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以下、主流ではないタグです。
・経験値操作(吸収/献上)
以下、内容についての注意点です。
・ ケモホモタグがついていますが、異性間の交流・接触表現のシーンがあります。行為こそありませんが、タグを見て来られた方は忌避感を覚えるかもしれません。ご了承ください。
・ドレインタグがありますが、無理矢理ドレインするとか、それによって弱っていくとかいうシーンはないので、あらかじめご了承ください。
[newpage]
全能神は七日をかけて世界を作った。
陰陽を、空、陸海を、惑星を、生物を、自身の模倣品を。これにて完成、と手を打った神は、さて、もう飽いたと世界を、また別の神をこさえてどこかへと行ってしまった。
残された神たちは、偉大なる父のために、この任された世界をよりよく、よくしていこうと努めた。
全能の力を持ちえない神々は、人の手を取りつつ、魔物という存在の生まれた世界の成り行きを見守っていた。
[newpage]
ある一室で、勇者が膝をついた。目を見開き、呆然としている。
お守りにとつけられていた数多の装飾はひとつひとつが役目を終えて無残にもあちこちに飛び散り、羽のように軽くも魔法を弾き刃を受け止めるという奇跡の授けられた鎧は継ぎ目を狙われ、人々の祈りよりも早く、あっという間に役目を失った。そして、とどめとなったのは、勇者当人へと向けられた巨大な魔法、あるいは、眼前に迫った、本能に悟らせる勢いを持った剣の切っ先であった。
「あ……あ……」
数分前の、勇み躍り出た勇気はどこへやら。これまで立ちふさがってきた五もの幹部を討伐しておきながら、この体たらく。この背中を押した村人たちがこの姿を見たら、どう思うだろうか。失望か、憤怒か、それとも、舌打ちか。神が異世界から連れてきたから、勇者という存在である。そう信じてやまない人間は、勇者その人以外は、ここにはいない。
「勇者、投降せよ。されば、命は取らん」
彼女の目の前には、魔王がいる。敗者に剣を向けたまま、背後にうずまく魔力の奔流を静止しながら、答えを待っている。もし抗うのなら、と続けるも、彼女はただ、放心している。
勝者のその姿は袖のないローブによって顔を含めた全身が覆い隠されている。見えているのは突き出している剣を持つ丸太のような腕だけだ。腕によってめくれた正面側も、もう一枚ローブを着込んでいるらしく、中の様相を知ることなどはできない。だが、小柄な勇者の倍はあろうかという体格は、なおも魔王という称号にふさわしい威圧感を放っている。
歴史の分岐点となる二者の間に、数分間にも続く沈黙。
やがて勇者は、神から与えられた剣を手放した。魔王に唯一届くという仄かな輝きを放つ、唯一無二の戦友が、カランと音を立てて、激しい戦いの跡に横たわる。負けるな、まだ終わってはいない、と主を鼓舞するかのように刀身に埋め込まれている宝石がゆっくりと発光したものの、そのきらめきは彼女に届くことはなかった。
「ああ、それでいい。こんな世界のために、お前が命を捨てる必要はないのだ」
完全な敗北を知ると、勇者の剣はふっと輝きを失った。愛想を尽かしたかのように、あっさりと。
魔王は警戒態勢を解く。持っていた剣を手放せばふわりと消えて、背後に渦巻く魔力の塊を一瞥し、敵を排除する切り札は目標を見失い、みるみるうちに小さくなっていく。やがて、二人が対峙していた景色がようやく見えてくる。
そこは城の、謁見の間。その力を誇示する目的か、はたまた存分に力を奮えるようにするためか、だだっ広い。千という人間が押し寄せたら手狭となる人間の王と比べれば、その倍は収容できるだろう広さだ。そこにぽつんと対峙する勇者と魔王の二人の姿を、眺めているものが一人。
「終わったっすか、魔王サマ」
戦いが終わったことを確認するや否や、声を上げるのは玉座の隣で立っていた二足歩行の、こちらもまたローブをまとう魔物だ。外にさらされている部分は、夜色に点々と白い斑模様の見える鱗に覆われており、ドラゴンの血を引いていることを推測させる。短めの口吻に、後頭部に生える三対の角、深紅の瞳には縦方向の闇がぱっくりと覗いている。
「ああ、頼んだ、エクスス」
石畳に長い尻尾を引きずっていることをまるで気にしていないエクススこと、魔王の側近は勇者の視界に入り込むと、膝に手をついて、その安否を問いかける。
「大丈夫っすか? 助けられて、よかったっす」
魔物だというのに、朗らかに笑うエクススに、勇者は動揺する。先ほど、魔王と死合うその直前、彼女のことをじっと、無表情に冷たく見下ろしていたそれが、途端、柔和に接してくるのだから。
「痛むトコはないっすか? とりあえず、歩けるようになったら、教えてほしいっす」
喋る度、ちらちらと覗く櫛を思わせる牙が覗くが、そこに敵意はない。人間、ましてや異世界人から見ても好印象を思わせるエクススは、勇者の回答を待つ前に身体を起こす。ついでに、その手には取りこぼした剣が握られていて、すっかりその光沢はくすんでいた。
エクススは無造作に刀身を掴むと、すっと指を滑らせる。無限の切れ味を持っていたそれは、血を流すことなく、ギャギャギャと不快な音を立てる。もはや、神の力は失われてなまくらと化している。
「もう、これもいらないっすよね」
側近は笑う。小さく頷いた勇者に目もくれず、最終兵器だったものを、勢いよく床に叩きつけてへし折った。
「さ、片付けをして、やられたやつらを起こさないといけないっすね!」
パンと手を鳴らしながら張り切るエクススの向こう側で、魔王は荒れた謁見の間を見て回っている。大きな損傷を見つける度に立ち止まり、漫然とした様子で見つめるのだった。
「魔王め、力をつけているな」
勇者の敗北を眺めていた一柱の一言。彼女をいたわることも、犠牲を嘆くでもなく、そう吐き捨てた。
「どうすれば奴をこの世界から抹消できるでしょう。これで何人目でしたっけ?」
指折り数える柱に、これで十七だ、と指摘する者も。
「方法を変えないか? どれだけサポートしても、弱らせる、のは無理ということだ。こちらから出向いて、力づくで」
すぐさま反論が飛ぶ。
「できていれば苦労はしていまい。相手は魔王だぞ? それに、神々が人間に直接干渉するのはご法度」
直接打って出ようものなら、人間はそれに依存する。また、加護を与えようものならば、希望と共に、妬み恨みが生まれ、怠惰に染まりうるのが人間というもの。満場一致の共通認識だ。
「だから、全能神が新たに造った世界から、呼び寄せているのです。例外の者になら、まだ例外だからと、納得させられますからね」
全能神は世界を作り続けている。作っては、管理をせがれに任せ、また作っている。それが偉大なる父のすることかと、これもまた満場一致の意見である。
「対策を練りつつ、次の者を連れてこよう。次は、胆力のあるやつがいい」
解散の鐘が、打ち鳴らされた。
[newpage]
魔王が両腕を広げると、傷ついた石柱は傷が塞がるかのように戻っていく。周りを見つめる余裕を取り戻した勇者は、遠目に見つめていて、初めこそ気持ち悪さを覚えていたものの、全く立ち止まることなく修繕が進んでいく様を眺めているうちに、羨望へと染まっていった。
「眺めてて、楽しいっすか? あんなの」
まだ立ち上がらない勇者の隣に立ち、しゃがむエクスス。その手には彼女の身に着けていた残骸たちを抱えられており、今にも床に散らばりそうなものだった。
「逆再生っていうか、早回しの動画見てるみたいで、面白いな、って」
彼のその態度のおかげか、勇者は故郷のことを思い出していた。録画したものを高速再生したり、そこからボタン一つでもどっていく様は、さながら魔法のようだと考えたことのあったな、と。
「そりゃ、よかったっす。魔王サマ、勇者が来る度にああやって直してるんすよ。放置してたら天井が崩れるかもしれないとかって」
過去に、二回くらい崩落したから、嘘でもないと続ける。もちろん、魔王自身は無事だったのだが、崩壊後に労力を裂くくらいなら、放置せずにさっさと直す方が長持ちすると気づき、それ以来、戦いの後は重労働を一人で担っているのだ。
「あ、えーっと、なんて呼べばいいっすかね?」
ふと、思い出したかのように尋ねるドラゴンの目は、くりくりと見開かれている。
「カナ。勇者カナって呼ばれてる」
名前を復唱して、覚えたっす、と頷く。
「負けてくれてありがとっす。ああ、もちろん、気が変わって、殺したりはしないっすからね。魔王サマに誓って。もし、キミの世界がどこにあるのか分かれば、帰せるはずっすから、安心して」
にこにこと笑い続けるエクススを見上げて、ふっと力の抜けるカナの身体に、慌てて竜の腕が伸びる。バラバラと落ちていく残骸が足の指にふりかかろうと、力を失った敗北者の身体を支える。無理もない。この魔王の城に訪れるまで、ずっと緊張状態が続いてたのだ。エクススに話しかけられた時、緊張の糸が途切れてもおかしくはなかった。ただ、殺されるかもしれない、という一抹の危惧が、神とこの世界の人々に植え付けられた先入観が、命を賭けさせられていた戦いの日々が、どうにか意識を保たせていたのである。
「大丈夫っすよー。ゆっくり、休んでください」
くてん、と寝息を立て始めたカナを船出を見送り、ドラゴンは魔王に声をかける。彼女を部屋につれていくから、片付けの手が止まる、と。魔王は声を上げることなく片手を軽く挙げて返事をして、補修に専念していた。、小さな掛け声と共に抱きかかえつつ立ち上がった側近は玉座の脇の方向へと歩き出し、舞台裏へと姿を消した。
「勇者として、魔王を倒していただきたい」
そう告げられて目を覚ましたカナは、着たこともない振るったこともない装備を身に着けて、旅立ちを余儀なくされた。
次第に動くことに慣れ、装備も馴染み、魔物たちを倒していく。行く先々で魔物を倒し、感謝され、いつか帰れると信じて、魔王というものを倒せば帰れると信じていた。
だが何百と続いた戦いは、元の生活への郷愁を刺激した。帰って普通の生活をしたい。友達はどうしているのかなと、元の世界では年相応の欲望を抱えながら、厳しい中、死線を感じながら戦い続けた。それだけでも、称賛に値するものだが、神は決して、それに応えることはなかった。
帰りたい。
魔王を倒してからだ。
その、倒すべき魔王が、帰れる、と手を差し伸べたならば、鞍替えすることなど、想像に容易いことだった。
[newpage]
カナが目を覚ますと、柔らかなベッドの上だった。高い天井と、見るからに高級そうな雰囲気の漂う薄暗い空間の中で、暖かいなぁ、と何度も寝返りをうちながら、身体に走る痛みを噛みしめる。魔法で治した古傷である。前線に立たなければならなかった恐怖を、今更思い出して背筋を強張らせる。
「騙されて、ないかな……」
世界の半分をやろう、なんて言われることはなかったが、エクススのあまりにも親身な態度に、裏があるのではと、休息のあまり冴えた頭は警鐘を鳴らす。その一方で、勇者の装備はすでに失われていて、彼らの脅威となるものはなくなった。故に、彼女自身に目的があるのではないかと、思い至ってしまう。
「逃げなきゃ、ダメかな」
だが彼女の身体は否定する。もっとここで寝ていたい。お腹は空いたけど。もっと休みたい。それを手助けするのは、魔王の言葉と、側近の裏のなさそうな笑顔だ。
「……」
無理やり呼ばれて、一方的に道具を渡されて。そして魔王を倒せ、魔王を倒せとしか言われてこなかった。
「疲れた……」
神様なんだから、きっとすごいんだろうなと思っていたのが、馬鹿らしいとため息。
この世界の人々が信仰するくらいなら、そうするべきなんだろうと妄信的に信じ込んだのだ。
「別に、いっか」
と、ベッドの脇にある机に、水が置いてあるのが見えた。
一通りの解毒の魔法をかけてから、慎重に口をつけ、仰ぐ。グビグビと喉を鳴らして飲んでしまうと、途端に空腹を覚える。すきっ腹に入り込んだ冷たい水が貯まり、胃が空だよとアピールしている。
と、図ったかのように部屋にガチャと音が鳴る。そちらに視線をやれば、トレーを持った、以前と変わらないエクススがいた。
「あ、おはよっす。お腹、すいてるっすよね?」
愛嬌のあるドラゴンの笑顔に、こくりと頷くと、ずいぶんと貧相な食事が出された、硬そうな種子の浮かんだおかゆのようなものだけ。わずかに口を尖らせたことに気づいたか、彼は我慢して、と肩をすくめる。
「キミ、二日間寝っぱなしだったんす。だから、まずはこういうのでないと、後が辛いっすよ。……それにもっと長く、ろくなものを食べられていないことは、知ってるっすから、今は我慢してくださいっす」
二日、という言葉に驚きつつも、カナはそれならばと質素な食事を、ゆっくりと口にした。一口ずつ、咀嚼して、呑み込んで、また口に含んで。たまに、共に運ばれていた水を飲んで。ふと、故郷のことを思い出して、カナは一筋の涙を流すのだった。
勇者が目覚めて、数日。
カナには部屋が与えられ、不自由のない生活が与えられた。満足な食事も、浴場も、寝床も、話し相手も、何もかもが揃っている。勇者の頃の生活とは、天と地ほどの差を覚えながら、カナはよく笑うようになった。
「え、魔王の威厳を保つために、あんな顔してたの?」
ぽわぽわとしているエクススのその立ち振る舞いは、威圧感は魔王と呼ぶにふさわしい。だが、その傍に立っている以上、そう努めねばならないのだ。
「笑わないでくださいよー。あの顔、大変なんっすから」
なら表に出なきゃいいのに、とカナは思いついたことを口にする。戦いが終わってからでも、できたことをなぜしなかったのかと、首をもたげるには自然な疑問である。
「でも、幹部は六人って、神に聞かされてたっしょ? 残り一人が見えないからって警戒されないためっす。それに、戦いはからきしなんっすよ。料理とか物資補充とかのが、得意っす」
エクススの料理はカナの他に、魔王、および復活を遂げた幹部にも振るわれている。もちろん、彼らにはカナがここにいる、ということは内緒だが。それはすごいとほめたたえるカナに、そろそろ仕事だと、側近の顔立ちに立ち戻った彼は、すっくと立ち上がる。
「似合わないよ」
破顔するのに、数秒とかからない。
「いいっすよ、似合わなくても」
ガチャンとエクススが勇者の部屋を後にして数歩、そろそろっすか、と軽く天井を仰いで呟いた。
[newpage]
カナはその日も、浴場へと案内される。ただしエクススではなくローブで何もかも隠している魔王本人が案内役だった。
その威圧感は変わらず、思わず息を詰まらせるカナだったが、落ち着け、と再三背中をさすられて立ち直る。どうしてあなたなのか、と尋ねれば、世話役が急用なのと、幹部に知られないためだという。どうして秘密にする必要があるのか、と訊けば、血の気が多い故に今度こそ殺されることになるからだと、静かに説明する。
抵抗できる、と見栄を張るカナだったが、勇者装備がないことを忘れるな、と魔王。その力がないのだから、ただの魔法に長けただけ人間に過ぎないことを、自覚しろと忠告する。何を心配してるのか、カナは理解に苦しんでいたが、そうこうしているうちに浴場へとたどり着いた。
律儀にも、エクススと同様、人払いのための見張りまで買って出てくれる魔王に、カナは感謝しつつ、なんともいたたまれなくなる。勇者だ、勇者なのだと意気揚々と挑んできた相手の世話をしてくれているのだから、どんな気持ちなのかと、表情も分からない相手の心情を推し量るものの、かけるべき言葉は結局見つけられずに、浴場へと到着する。
浴場、とはいえ魔物が入ることはそうそうないのか、それほど広い場所ではない。湯舟が二つあるばかりで、排気設備がうまくいっていないのか、湯煙で視界は埋まっている。勝手を把握しているカナは丁寧に湯浴みをしてから、静かに湯舟に浸かる。
自然と漏れる大きなため息。再び瞼を上げれば、向かいの湯舟には、誰かがいるのが分かった。いつもなら利用者がいなくなってから、エクススがここまで案内してくれるのだが、魔王の手違いか、誰かがそこにいる。視界が悪く輪郭のみでは、誰であるのか、カナには判別できなかった。
思わず、静かに身構える。寝室以上に無防備であるこんなところで、独り。急いで魔王のもとへと戻れば助けてもらえるかもしれないが、果たして。
「いい知らせっすよ、カナ」
ともすれば、聞き慣れた声がわんわんと響く。そこにはおそらく、黒に白斑の、輪郭だけを見れば人型のドラゴンがいる。どんな顔をしているか、カナの方を見つめているのか、だが、そんなことよりも。
「な、なんで、入ってるのよ!」
魔物とはいえ、おそらくは異性。見えないとはいえ、別の湯船とはいえ、同じ空間に居ることに意識が向かざるを得ないのは、自然なことである。
「え? なんっすか? 何を慌ててるんすか?」
とぼけているわけではない。当の魔物としては、今日の仕事がひと段落して、さぁ休む前に湯浴みしよう、とそこにいるのである。魔王はそれを知ってか知らずか、こうして二人を引き合わせてしまったのである。
「のぞき! 変態! 警察!」
叫ぶカナに、いまいち状況が呑み込めていないらしい魔物ことエクススは、のらりくらりと落ち着くように諭す。それでも細い腕でどうにか身体を隠している彼女に、湯煙で何も見えていないし、興味もない。自分は人間に興味なんてないと繰り返し、繰り返し説明する。
やがて警戒はしつつも、やがてカナは落ち着いた。この濃い湯煙は、互いを完全に覆い隠している、ということに、納得したのである。加えて、自らの生かしてもらっているという立場なのだ。みすみす、敵対しなおす必要はないと、自身に言い聞かせたのである。
口数少なく、先に上がったのはエクスス。間をおいて、カナも出る。
そして魔王が立ち沈黙していた場所には、ローブを着こんだ彼がいる。戻るっす、といつもと変わらぬ様子で、カナを元の部屋へと案内する。このまま、今日の別れを告げて、いつものように横になろう、とベッドに座り込んだカナは振り向き、彼を見上げる形となった。いつもならば、すぐに出ていくはずだが、彼はじっと彼女のことを見下ろしていた。
「いい知らせを忘れてたっす」
カナははてと首を傾げるも、すぐに浴場でのことだと思い出す。
いわく、元の世界へと送る算段がついたのだという。厳密には、数多ある世界の中から、勇者カナのいた世界の特定ができた、というのだ。それは間違いなく、勇者という役目が終わりを迎える、ということでもあった。加えて、送ること自体は技術として確立しており、明日にでも可能である、ということ。
本当に、と目を丸くするカナは、途端にうつむきがちになる。そのままぶつぶつと指折り数えた後、どう声をかけた者かと視線を泳がせていた彼に、底なしの笑顔を向けた。
「うん、帰れるっすよ。ただ、一つだけ、問題があるんす」
マジメでもない、ただのいつもの微笑み。
「この世界にきてから、経験値ってのを、神に集めるように言われてたと思うんす。それがあると、ちょっと問題があるんすよ」
というのも、経験値はこの世界特有のルールなのだという。それを持ったままだと、送り出す時に、座標に狂いが生じてしまうのだとか。
「経験値を集めるために、魔物を倒せ。色々な方法で倒すと、効率がいいぞ」
世界に降り立ち、装備を身に着け方を手取り足取り教えてもらい、この世界での強くなる方法を神から教わる。
それから、剣で斬りつけ、盾で突き飛ばし、時には野営地に火を放つ。
果たして本当に、そのゲームのような経験値、というものが溜まっているのかと不安を覚える日々だったが、町の聖堂に行けば、神が教えてくれる。
「よくここまで経験をした。さて、勇者カナ、お前は何をしたい?」
その問いかけに、帰りたい、という選択肢はなくて、ただ斬撃を強くするとか、魔法の中でも何を強くするのか、というものだけだった。ましさく、ゲームそのものだ。最終的に、全てが最大値だ、なんて祝福を受けつつ、魔王の城へと乗り込んだものだった。
[newpage]
久しく耳にしていなかった、しかし聞き慣れた単語に、ふと、彼女の脳裏には様々な光景がよみがえる。
「だから、経験値を全部、渡してほしいんっすよ。自分に」
死線を潜り抜けた末、ここまでたどり着いた証の一つ。それが経験値だということは理解している。だが、それがあることで、勇者の望む帰還が妨げられるというのであれば、それを望む異邦人の出す答えは、ただ一つである。
「帰れるなら、もちろん。どうしたらいいの?」
希望が目の前にあるのなら、今すぐにでも。それが彼女の望みであった。
するとエクススは大きく頷いて、おもむろに自らのローブを手を伸ばしたが、静止する。
「あー……自分に触ってくれるだけで、いいんすけど、嫌っすよね。浴場で悲鳴を上げるくらいっしたし」
目じりを下げて、ならばどうするか、とでも言いそうな顔に、カナの顔は紅潮する。自分だけが勝手に騒いでいただけなのに、そんなふうに受け止められていたなんて、と申し訳なさがこみあげてくる。
「握手とかじゃ、だめなの?」
すっかりと覚めてしまった細い小さな手が差し出された。それに釣られ、エクススも手を上げて軽く握るが、やっぱりダメっすと首を振る。
「ここまで来たっていうことは、とんでもない量の経験値の保有者ってことなんっすよ。これじゃ数日経ってもゼロには届かないっす」
ちなみにさっきは何をしようとしていたのかを尋ねる。すると、軽くローブをめくって 普段から隠されている内側を見せる。筋骨隆々な人間ともそれほど変わりのない、ただし鱗に覆われた引き締まった身体がちらりと晒され、本当に弱いのかと目を疑いたくなるほどだ。
「肉体の直接接触っす。上半身だけでもと思って。んで、接触面積が多いほど効率がいいっす。何なら、大丈夫っすかね?」
勇者を零落させるために悩む魔物の幹部、という奇妙な構図の中、カナは自分の許容の量りと、エクススにできるだけ触れられるということと、今すぐにでも帰って推しの配信を観たい、という三つを天秤にかけ始める。魔物とはいえ、頭が異形なだけの、異性と思しき好青年だから、極端な嫌悪感はない。ただ、できるだけの接触を求められる中、好きなだけ触られるのは、彼だからと言って構わないというわけではない。そして、帰れる、という目の前の希望の後のことを考えれば。
と、彼女の視界に揺れものがあることに気が付いた。彼の足元ぎりぎりの丈のローブの隙間、脚とは違うもう一本。
「エクスス、尻尾、あるの?」
うん、と赤い目を丸くする彼は、背中側を軽くたくし上げる。そこには地面につきそうなほどの長さの、舞わ宇の腕を思わせる太い尻尾がある。
「まさか、何するつもりっすか」
これまで見せたことのない苦虫をかみつぶした顔に、名案だと思ったのに、とそれを抱き枕にすることを提案する。効率はいいかもしれないが、その間、ずっと背骨を触られている感覚にさいなまれるのはごめんだと、彼はそこを隠しながら突っぱねた。
ならばと、勇者カナは妥協案を、彼に提示した。
カナは横になって、明日に備えて眠ろうとする。だが、ようやく帰れる。帰ったら何をしよう、ということに興奮を覚えてしまい、寝付けずにいた。無理もない。この世界にて、何回の昼夜が経ったのかもまったくもって見当がついていないからだ。
自分は、行方不明なんだろうか。それとも、帰ったらあの日に戻っていたりしないだろうか。そんなご都合主義が一つでもあれば、せめて神様に、ありがとうの一つでも言ってやろうと考えた。
「ねぇ、エクスス。経験値って、なんなの?」
ふと、敗北以来、音沙汰のない雇い主について思い出した。彼らにも同様の質問をしたが、勇者が唯一強くなれる方法だ、としか彼女には伝えなかった。その証拠に、剣を振るえば敵は簡単に斬れるようになったし、攻撃を、車とぶつかったような衝撃を受けても平然と立ち上がることができた。だから、強くするものなんだということは、本当なんだろうと、カナは理解していた。
「ん、経験値っすか? 相手への干渉力を底上げするためのもんっす」
耳元でささやくような声色が答え、続ける。
「例えば、剣を持って、相手を斬るっす。そのとき、経験値のないときとあるときを比べると、同じ感じで相手を傷つけても、高い方が致命傷になるようになってしまうんっす」
だが、彼女の腕はいささか細いまま。体力はいくらかついたが、女戦士、と言われるほどの身体とはなっていない。
「すごい跳べるようになったりしたっしょ? 跳ぶ、っていうことに対して、跳ぶということに対して干渉を増幅させることで、それができるんす」
変なの、とカナはつい答えてしまった。だが、気にしていないのか、眠いのか彼の説明は続く。
「魔法なんて分かり易いっす。同じ魔法でも、あるなしで威力が段違いだったっしょ? それが干渉力っす。同じ魔法でも、その魔法自体に強く干渉して、強化されてしまう。それがこの世界っす」
その元となっているのが、経験値。
蓄積して、干渉力を高めて、魔物を倒して、また溜めて。
繰り返してきたこの世界での思い出を巡らせて、夢のようで、同時に地獄ような日々を振り返る。
「でも、正直、人間の手には余るものだと思うんす。あ、カナはこの世界の人間じゃないっすから、気にしなくていいっすからね」
はっと目が覚めたらしい彼の声がうわずる。分かってる、とカナは返事をして、ふと視線を横にやる。白い幕で覆われた目、黒と白の、真っ暗だというのに発光しているかのように見える口吻が、わずかに開いて肉食の牙をさらしている。
結局、彼に抱かれる形で彼女は眠ることなった。ひんやりとするむき出しの腕と脚だけを、できるだけ触れるようにして。始めこそ居心地が悪かったものの、静かで、身じろぎひとつもしない彼の懐に慣れて、次第に睡魔がやってくる。すぅと胸元で寝息を立て始めると、赤い瞳がぱちくりと、彼女を見下ろした。
わずかに、その口端が嗤うように歪む。
[newpage]
翌朝、勇者カナは魔王たちに見送られて元の世界へと帰った。
エクススが用意させた魔法に府も行った彼女は一瞬のうちに、数あるうちの世界の一つ、しかし彼女にとっての唯一の故郷である世界へ、何事もなく、旅立った。
彼女が何者なのか、そんなことすら知らない下っ端の魔物たちが後始末に追われる中、その場を後にしたエクススと魔王は、此度の勇者のことも、被害のことも、思い出の杯を交わそうなどの言葉もなく、共に歩く。魔王が先に歩き、エクススが後からついていく。
途中、幹部の一人こと、最初に敗れていた魔物ととすれ違い、空き時間について尋ねられる。するとまだ陽も高い時間帯だというのに、今日は空いていないと一蹴する。では明日に、と予約をとりつけるも、エクススは何も言わなかった。
彼らは魔王の私室に入る。直後、その扉には鍵がかけられた。
[newpage]
魔王の部屋は、その名に反して質素なものだった。勇者に宛がわれていた部屋なんかよりも、ずっと。
家具は必要最低限、明かりもオイルランプが一つあるばかり。あえて目を引くものがあるとすれば、彼の身に着けているローブの替えが隅にあるだけで、贅を感じるものがあるとすれば、一人で使うには広すぎることと、彼の体格からしても大きめのベッドがあることくらいだ。
「魔王サマ、もー少し、趣味か何かに傾倒してもよくないっすか?」
殺風景。この部屋に評価をつけるならばその一言につきる。
「うまい飯に、優秀な部下、あとはこの寝床がある。これ以上、生活に望むのは罰当たりだろう」
魔王はローブに手をかけて、脱ぎ始めた。一枚取れば、ぶわりとすさまじい毛量の鬣を持つ獅子の頭が姿を見せる。ごわごわとした金の鬣と瞳が、背後のエクススへと向くと、手入れも適当っすね、と彼を呆れさせる。不要だ、と吐き捨てる魔王は、肩から下を隠すローブを着たまま、ベッドへ横になる。
「そうっすけど、魔王サマ、マジメすぎっす」
ふわふわを背中に感じながら寝入るわけでもなく、天井をじっと見つめる魔王は、ここには誰もおらん、と側近を睨みつける。
「……ズィー、浴場あるんすから、行ったらどうすか」
魔王は私室で以外、そのローブを脱ぐことはない。その姿を隠し続けている故に、浴場などの施設も利用しない。元来から、入浴といった習慣のないために、ズィーは城の建造の際、エクススがそこを希望したときには、それはもう嫌な顔をしていたものだ。
「人間のように汚れるわけでもないのに、必要ない」
かくいうエクススは、人間の発明した浴場というものに関心を抱いていたのだが。
「そうっすけど、毛並みは大事にした方がいいっす」
ベッドの脇に立った彼はそっと手を伸ばして、王の証に触れる。梳かれてもいない、指のひっかかる鬣に、カットしたいっす、と愚痴を零しながら、ズィーの上にまたがる形で、竜人はベッドに乗る。
「ローブ脱いだ時、くたびれた顔が見えたら、神もがっかりっすよ? 多分」
獅子の胸元のローブの留め具を外し、脇にどけていく。そこには側近よりも恵まれた体格に、過剰とも思えるくらいに膨らんだ筋肉の鎧がある。それらを覆う短い毛皮もまた、ごわごわだ。一度、舌なめずりしたエクススは、唯一の衣服を脱がせていく。その彼を見上げるズィーは、彼を静かに見上げつつも、深く呼吸していた・
恥ずかしげもなく、鍛え抜かれた肉体がさらされた。無論、急所を含めて。
「これから殺す相手だぞ? そんなやつにどう思われようと、知ったことか」
一方のエクススも、ズィーの、魔王の肢体を舐めるように見つめる。
「それも、そっすけどね」
ズィーの腕が持ち上げられて、竜の衣の留め具にかかる。慣れているのか、太い指でも何の苦も無く小さな留め具は外された。そして、軽く引っ張ればするりするりと鱗を滑って、落ちていく。一糸まとわず相対したエクススとズィーはひとたび視線を交わすと、わずかに開いた口吻を近づけ合い、交わった。
舌どうしを触れ合わせ、できるだけ触れ合おうとする。エクススはゆっくりとズィーに全身を預けて、彼の頬に触れ、ズィーはエクススの、翼の名残のある背中に手を回す。
「経験値は、どれだけあったんだ?」
湿った音が途切れたその瞬間、魔王は笑っている深紅の瞳を見上げながら静かに尋ねる。
「今回も、上々っすよ。追い詰められてるのか、かなりギリギリまであったっす」
エクススは胸を魔王に押し当てて、その自らに宿った力を主に分け与える。彼自身には影響しない経験値を、一人の魔物へと手渡していく。
「そろそろ、決着をつけてもいいかもな。やつらから人間どもを解放してやれば、どうなるんだろうな?」
にやりと笑った魔王に、どうなるんすかね、と好奇心に満ち溢れた視線が注がれる。
「もしかしたら、もう勇者を呼んでるかもしれないっすね……被害者が出る前に、ヤッちまいってもいいっすけど」
幾人の勇者をもってしても、その魔王は破れない。
「そう、だな。巻き込むのも心苦しい」
勇者が挑む度、刻一刻と、魔王の世界への干渉力は上がっていく。
「じゃあ、やっと壊せるんすね、この世界を」
その獅子、剣を振れば大地を裂く。
「ああ、じじいどもに目にモノを見せてやろう」
その獅子、魔法を唱えれば災厄を呼ぶ。
「父さんをやるときは、絶対に自分に見せるっすよ」
その獅子、全能神の孫にあたる。
「ああ、もちろん。おまえは見てるだけでいい」
父の管理するこの地を、壊してみたいと思ったそのときから、彼は魔王となった。同時に、親友こと経験を司る神の子である竜も、かの父の愛するこの大地を、その手から奪ってみたいと考えた。
「楽しみっすね! もうすぐ、全部、全部ズィーのものっす!」
だからその身に宿る、経験の力を、親友に、あるいは愛しい彼に注ぎ続ける。ズィーは日に日に魔王としての干渉力を強め、神を滅ぼすことができるまでに成長した。
「ああ、楽しみだ」
ゆっくりとまた、二人は口づけを交わした。
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その日、世界に終焉がおとずれた。
魔王をうつ勇者の存在もなく、あっけなく神は全てうち滅ぼされた。
ともすれば、魔王は、魔物は人々に何かを強要することはなかった。
どこかへと立ち消え、人々は初めて、神の手から、世界を手に入れたのである。
これが、神没歴元年となった。
終わり
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あとがき
もっとさー、ベタベタさせたかったんだけどさー、やっぱ淡々と行われるものの場合、こうなっちゃうよねぇーー、と次の作品ではもっと過激な表現に臨もうも決意しました。
はい、経験値ドレインして、それを他者に渡し続ける……これも(やっぱり)愛だよね!
問題は性欲よりも愛(忠義)優先なので、行為のような描写は作り辛いというとこですね。かといってそんなノリで騙してドレインするのも、エクススは不本意だろうし……まぁ次回の私がうまくやってくれることでしょう。
さて、以下設定のお話です。
全能神の子供が世界の管理を任された結果、その神の子どもが謀反を起こして魔物と呼ばれる存在になりました。厳密には、この世界を壊してみたい、という好奇心から親の神と対立することを選びました。神が生まれもって神であるとしたら、おそらくそれは破壊神となることでしょう。
その一人、経験値(Experience→Exce→エクスス)の神というのは、いわゆる職業の熟練とか、「何に割り振るかね」という感じに尋ねて来る存在ですね。この世界だと、経験値でどの干渉力を上げるか、という感じになるでしょう。経験値を預かる存在なので、経験値による干渉力の強化の影響を受けません。親友のズィーが親にかまってもらえずふてくされているところに、経験値注入作戦を提案したのがエクススです。
一方の全能神(Zeus→Z)も同様、父親は世界の主神としてふるまっているのに嫌気がさし、エクススの提案にのって、元気に育ってガチムチになりました。元気に育ってるよ、魔王が!
他にも七曜にならい、神を設定しようとしましたが、まぁそこまでは膨らみませんでしたね。魔物サイドはズィー、エクスス、幹部五人なので七人なんですけどもね。他に細かいことは何も決めていません。
さ、色々思いついたのはここまでです。
ドレインだけじゃなくて献上するシチュも増えてくれたら、ネタ提供冥利に尽きますね。
ではでは。
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