怪しいゲーム

  ピロン♪

  部屋でくつろいでいる男子高生・菅谷丈瑠の持つスマホに突如メールが届く。

  「ん?何だこれ…」

  開いてみると、何と新作ゲームのテストプレイヤーに当選したというメールだった。

  「どうしたの?丈瑠くん」

  隣に座っていた同級生にして丈瑠の彼女である水島優子が彼のスマホを覗き込む。

  「あぁ、何かゲーム?のテストプレイヤーに選ばれたってメールなんだけど…。

  俺こんなの応募したっけなぁ」

  「それって怪しくない…?

  ウイルス付きのメールとかじゃないかな」

  優子からそう言われて調べてみる丈瑠だったが、意外な事にメールを送って来たと名乗るゲーム会社は実在しており、会社のHPにも『不特定多数の人に向けてテストプレイ協力メールをお送りしております』と断り書きがなされていたのだ。

  「う~ん…。

  どうやらこのサイトに書いてある事と一致してるし、偽のメールってわけでは無いみたいだな。

  SNSで検索してみたけど、どうやら俺と同じように応募していないのにこのゲームに当選して、テストプレイに参加している人は結構いるらしい」

  「そっか…。

  じゃあ架空のゲーム会社を装った詐欺ってわけではない…のかな?」

  「SNSだとかなり好評みたいだし、せっかくだから遊んでみようぜ。

  タイトルは『救国の獣神』…。

  獣人の世界で自分だけのアバターを作って、他のプレイヤーと強力して敵と戦うオンラインゲームみたいだな」

  「…待って丈瑠くん、私、やっぱり軽率に覚えのないメールのURLを押しちゃうのはダメだと思っ!?」

  後になって怖くなってきた優子は丈瑠を止めようとするが、時すでに遅し。

  「…あ」

  丈瑠の親指はメールに添付されたURLを触ってしまっていた…!

  すると次の瞬間、丈瑠のスマホから強い光が放たれ、二人はその光に包まれてしまう。

  「うわあああああああああっ!!!」

  「嫌っ…。な、何が起こって……」

  そして光が止んだ時には、既にそこに二人の姿は無かった。

  二人の肉体は、丈瑠の持つスマホに吸い込まれてしまったのだ……!!!

  二人が目を開けると、そこは丈瑠の部屋ではなく、何と自然豊かな草原であった。

  「えっ…、どこだここ!?」

  「近所にこんな風景あったかな…」

  二人が辺りを見渡しながらオロオロしていると、空から何かが下りてくる。

  「お二人共、『救国の獣神』の世界へようこそ~!!!」

  それは、黒い身体を持つコウモリであった。

  「うおっ、コウモリが喋った!?」

  「体にスピーカーが付いてるのかな…?」

  驚く丈瑠と訝しむ優子、しかしコウモリは即座に否定する。

  「いえいえ、スピーカーなんて使ってませんよ?

  正真正銘、わたくしがこの口で喋っているのです!

  わたくしはズバット、このゲームの案内人を務めさせていただいております♪」

  ズバットと名乗るコウモリは、誇らしげに二人に頭を下げる。

  「"このゲーム"って…、まさかこれが俺達がテストプレイするゲームなのか!?」

  「はい、その通りです!

  既にお馴染みのゴーグルを通して疑似的にゲームに没入するVR技術…それを遥かに超えた"超"新技術・フルダイブによって、我が社はプレイヤーを直接ゲームの世界にご案内出来るシステムを完成させたのです!

  この技術を完成させたのは我々が世界初!

  つまり、テストプレイヤーであるあなた方は今、世界の最先端技術に触れているのです!!!」

  「ま、マジかよぉ…!すっげ~!!!」

  ズバットの解説を聞き、丈瑠は子供の様にテンションを上げる。

  一方、優子は

  「プレイヤーを直接ゲームの世界に連れてくるって…そんな無茶苦茶な技術ありえるのかな……」

  と、フルダイブ技術の異質さを怪しんでいる。

  「…というか、テストプレイヤーに当選したのは丈瑠くんだけだったはず。

  私もここにいて良いの?」

  「ええ、構いません!

  ご家族・ご友人、当選者の関係者であればどなたでも、何人でも一緒に参加出来るシステムとなっておりま~す!」

  「それよりズバットさんよぉ!

  このゲームどうやって遊ぶんだ!?

  俺、もうワクワクして落ち着かねぇよ!!!」

  ゲーム好きな丈瑠は、新時代のゲームに興味津々だ。

  「…ねぇ、丈瑠くん。

  やっぱり辞退しようよ。

  人間を別の世界に飛ばすなんて常識的にありえない技術だし、私怖い……」

  優子はやはりフルダイブ技術の異質さを信用出来ず、体を震わせて怖がっている。

  「…まぁ、元々は俺が当選したわけだし、優子が無理に一緒に参加する必要はないよな。

  ズバット、優子だけ元の俺の部屋に帰してくれないか?」

  「ん~…、残念ですがそれは出来ません。

  一度参加するとチュートリアル終了まで元の世界にお帰し出来ない仕様でして…。

  あっ、この世界は現実世界と時間の流れが違うので、そこは心配しなくても大丈夫ですよ!

  こっちの世界での1日は現実世界の1分に相当する時間ですので!!!」

  「…そっか。

  じゃあ仕方ない、さっさとチュートリアルを終わらせて優子を先に帰さなくっちゃな」

  「う、うん……」

  (現実とここで時間の流れが違うって…、あまりにも非現実的すぎるよぉ!)

  優子は仕方なくチュートリアルまでは一緒に参加する事を決めたが、その一方で現実世界と時間の流れが違うというズバットの説明に更なる恐怖を感じた。

  「それでは早速、チュートリアルを開始いたします。

  まずはプレイヤーキャラの適用です!

  この『救国の獣神』は、獣人のアバターを作成してその姿にプレイヤーご自身が変身して頂くシステムが搭載されています!

  ただし、今回はテストプレイという事で、残念ながらプレイヤーの皆様ではなく我々開発者が既に作成したアバターを使って頂く仕様となっております…。

  大変申し訳ございません!

  その代わり、お二人の適性にしっかりと合ったアバターをこちらで選ばさせて頂きますね!」

  パチンッ、とズバットが指を鳴らすと、丈瑠と優子の体に異変が生じ始めた。

  「えっ…、何か体がムズムズしてきたぞ……?」

  「へ、変身ってどういう…きゃあっ!?」

  丈瑠も、優子も、体がモリモリと巨大化し始めたのだ。

  172cmあった丈瑠の伸長がどんどん伸びていき、2m…、そしてついに2.5mに達する。

  当然、着ていたTシャツとズボンはビリビリだ。

  しかし、それらが破れて露出した肌には、何と黄色い獣毛が生え始めている。

  「うおぉっ!?何だよこの毛ぇ!?」

  下半身や背中、腕が次々と黄色い毛に覆われていくと、お腹の周りには黄色ではなく白い毛が生える。

  手や足は黒く染まったかと思えば、指先の爪が固く鋭いモノへ。

  お尻に違和感を感じ、まだ残っていたズボンとパンツを下ろすと、何とモフモフの尻尾が勢いよく後ろに飛び出した。

  「これっ…、まさか狐か!?」

  丈瑠は自分が今何の動物の獣人になって行っているのかを察した。

  変化はついに顔に及ぶ。

  ググッ…と鼻と口が前に伸びると、獣特有のマズルが形成。

  鼻は黒ずみ、丸くなる。

  歯が鋭く犬歯に変形すると、口周りは白い獣毛に覆われた。

  そして鼻から上に黄色い毛が侵食すると、耳が三角形になって上へ上へと昇って行った。

  目は丸く、大きくなってかわいらしい瞳に。

  「んっ…、何か胸に違和感があるような…」

  丈瑠が下を向くと、そこには何と、本来自分には存在しないはずの二つの巨大な乳房がモフモフの白い毛に覆われて前に突き出していた!

  「えぇぇぇぇぇぇっ!?

  これ、おっぱい……ていうか俺ってこんなに声高かったっけ?

  これじゃまるで…女の子みたいな……」

  いつのまにか喉仏が引っ込み、丈瑠の喉からは綺麗なソプラノボイスが。

  獣毛の侵食が頭まで到達すると、丈瑠のかっこよく今風にキメていたショートヘアが全て抜け落ち、頭頂部が黄色い獣毛に覆われる。

  少しずつ上へせりあがっていた耳も、黒い毛に覆われて頭の上に固定される。

  「っ!?

  あっ……ヤバい、無くなるッ!!!」

  咄嗟に両手で下半身を押さえる丈瑠。

  そう、今まさに、丈瑠の"男の象徴"が中へ吸い込まれるように消えて行っているのだ。

  「やめろっ!

  それが無くなったら…ただでさえおっぱいと高い声で女の子みたいなのにッ……!

  っ…、うあああああああああっ!!!!!!」

  丈瑠の抵抗もむなしく、彼の男の象徴は跡形も無く消え、代わりに女性としての象徴が形成される。

  「そんな……。

  俺……マジで女の子に……」

  その場にへたり込む丈瑠。

  そんな丈瑠の体の周りが光に包まれたかと思うと、次の瞬間には白と赤で染められた綺麗な巫女服が身に纏われていた。

  「はぁ…、はぁ……。

  終わった…のか……?」

  丈瑠は、ごく普通の男子高生から、身長2.5mの巨乳モフモフ狐巫女になってしまっていた……!

  一方、隣の優子もまた、とんでもない変化を迎えていた。

  「嫌ぁぁぁっ!?何これぇ!?私、どんどんデカくなって来てる!!!」

  157cmだった優子の伸長がバキバキと音を立てて伸びて行っており、軽く2mを超えたかと思えば、2.5m、そしてついに3mに到達してしまった。

  この時点で狐獣人になった丈瑠よりも巨体である。

  当然着ていたオシャレな洋服は全てビリビリに破れてしまい、優子は必死に胸と腰を手で隠している。

  そして、丈瑠と同じように、優子の体もまた獣毛で覆われ始めた。

  お腹の辺りから、茶色いゴワゴワとした獣毛が広がって行く。

  「えっ、いやっ!

  何なのこの毛!?」

  胴体、腕、脇、脚…、ムダ毛一つない清潔さを保っていた優子の体に、容赦なく獣毛が広がる。

  丈瑠と異なり、全身同じ茶色の獣毛のようだ。

  お尻がムズムズしたかと思えば、まあるい尻尾が生えた。

  爪は黒ずんでニョキニョキと長く伸びると、前方にカールして鋭く尖る。

  丈瑠の爪よりも固く、何でも切り裂けそうだ。

  「えっと…、これって熊!?

  私、熊さんになっちゃうの…?」

  丸い尻尾の茶色い獣毛、鋭い爪で、優子は自分が熊になって行っている事に気が付く。

  ついに変化は顔へ。

  ググッ…と鼻と口が前へ突き出すが、丈瑠のマズルよりも丸みがある。

  鼻が黒ずんで丸くなると、マズルの部分だけは獣毛が少なく、白い外見に。

  歯が鋭く…、どんな得物でも噛み砕けそうなほど立派な牙に変形すると、首元にポコっと喉仏が生成された。

  「ン"ン"ッ"…!?

  何"、こ"の"声"ッ"!?

  こ"れ"じ"ゃ"ま"る"で"っ"……!!!

  ゲホッ、ゴホッ!!!!!!」

  喉仏の影響で、突然風邪を引いたように声が濁る優子。

  その声は、優子の聞き慣れた綺麗な高い声ではなく、ワイルドで渋さに溢れた大人の男の低音へと変化していた。

  そして変化はそれだけではない。

  いつの間にやら小さく萎縮していた優子の胸の代わりに、厚く固い胸板が獣毛の下で出来始めている。

  胸板の下には6つに割れた立派な腹筋が形成。

  さらには腕、肩、首、胴体、脚…、全身の筋肉という筋肉がメキメキと盛り上がり、ボディビルダーもビックリな筋肉達磨に。

  「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!

  こんなムキムキの筋肉いらないッ!

  これじゃ私、全然かわいくないよォ……!!!」

  ムキムキの巨体と激渋低音ボイスとは裏腹に、その場にへたり込んでざめざめと泣き始める優子。

  しかし、変化はまだ終わっていない。

  鼻よりも上の部分に茶色い獣毛が侵食し、耳が上へ移動しながら丸く変形していく。

  目は小さく細くなり、得物を震え上がらせる鋭い狩人の目つきに。

  両耳が頭頂部に移動しきって頭部が茶色い獣毛に覆われると、代わりにこれまでケアしてきた優子の長く美しい黒髪が全て抜け落ちて行った…。

  「ぐすん……、んっ……?」

  呆然と泣き尽くしていると、ふと下半身に強烈な違和感を感じる優子。

  …そう、丈瑠と逆の現象が今、優子に起こっているのである。

  「だっ……ダメぇっ!!!!!!

  こんなの生えちゃ嫌ぁ……。

  やめて、お願いだから生えないでッ!!!!!!」

  咄嗟に下半身を両手で押さえるが抵抗むなしく、女性としての象徴が消えた代わりに"男の象徴"が生えて来たのだ。

  「いぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいやあああああああああああああああああああああああああああぁぁぁっっっっっっっっっっッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

  それは、まるで獣の雄叫びの如き大迫力の絶叫であった。

  そして優子の全身が光に包まれると、腰には黒いパンツが、胴体には防御用の胸当てが着せられ、肩に鉄製の鎧パーツが装備される。

  こうして、優子は細身の女子高生から、身長3m超えの筋骨隆々ムキムキ熊戦士になってしまった……。

  「……えぇっ!?

  このムキムキのワイルドな熊が優子!?!?!?」

  「そっちこそ、こんなにモフモフでかわいい狐巫女さんが丈瑠くん!?!?!?」

  お互いに変わり果てた姿で、変わり果てた声で会話を交わす丈瑠と優子。

  「獣人アバターへの変身が完了したようですね!

  お二人共、似合っております」

  ニコニコと二人を称賛するズバットに、丈瑠も優子も黙っていられない。

  「ふざけんな!!!

  俺達にそれぞれ適性のある獣人のアバターにするって言ってたじゃねぇか!

  何で俺が女の子になって優子が男になるんだよ!?

  せめて逆だろ!?!?!?」

  「こんな姿恥ずかしくて耐えられません…!

  早く私と丈瑠くんを元に戻してくださいっ!!!」

  しかし、ズバットは少しもうろたえない。

  「いえ、獣人アバターの適性に現実での性別は関係ないのです。

  我々はその人にとって本当に適性のあるアバターを見極め、選び、適用させて頂いております。

  今は違和感があるかもしれませんが、チュートリアルを進めて行けばきっと、わたくしの言った言葉が理解出来るようになると思いますよ?

  それと、アバターの解除はこれまたチュートリアルを終えないと出来ませんのであしからず」

  「そんな…。

  チュートリアルが終わるまで女の子の狐獣人のままって事かよ……」

  「嫌ぁぁぁぁぁぁっ!

  こんなボディビルダーみたいな体耐えられないッ!!!

  声もおっさんみたいでキモいよぉ!」

  丈瑠も優子も絶望の淵に立たされる。

  「それでは、ここからは電子アナウンスによるチュートリアルに移りますのでわたくしはこの辺で。

  お二人共、チュートリアル頑張ってくださいね!!!」

  そう言い残して、ズバットはどこかへ飛び去って行った。

  しばらくはお互い泣いたり地面に手を付いたりして嘆き合っていた二人だったが、やがて丈瑠が優子に恐る恐る話しかける。

  「…優子、ごめん。

  俺がお前の制止も聞かずあのURLを踏んじゃったせいで、こんな事に巻き込んで……」

  「ううん…、丈瑠くんだってまさかURLを踏んだだけでこんな異世界に連れて来られて、身体まで弄られるなんて想像出来るわけないもんね。

  ここで嘆いててもどうしようもないよ。

  早く二人でチュートリアルを終わらせて、元の身体に戻って家に帰りましょ???」

  「……だなっ!」

  顔を見合わせて頷き合う二人。

  一刻も早くこのゲームのチュートリアルを終わらせるという決意が一致し、前を向けるようになったのだ。

  よっこいしょ、と立ち上がる二人。

  普段の身体よりも高い視点から周囲が見えるため、二人共落ち着かないようだ。

  特に優子は伸長3mとなり、丈瑠を見下ろす形になっている。

  「なんか新鮮だね、私が丈瑠くんを見下ろす日が来るなんて」

  「俺も優子の顔を見るために首を頑張って上に向かせるのが不思議な気分だよ」

  二人は身体の違和感に振り回されつつも、チュートリアルを行う場所に向かって歩き出した。

  『「救国の獣神」チュートリアルへようこそ。

  ここでは敵との戦い方やスキルの使い方を学んで、バトルの基礎を身に着ける事が出来ます』

  森の中へ入った二人の頭上から、女性の電子音声が聞こえてくる。

  これがチュートリアルを担当するシステムボイスのようだ。

  ブオン、とSEが鳴ると、二人の前に一体のスライムが姿を現す。

  「ヌチャッ!」

  「うおっ、あれが敵か?」

  「すっごいヌメヌメしてる…。

  ただのCGだったらなんてこと無いんだろうけど、実際に自分の目の前にいると怖いかも」

  『まずは基礎中の基礎、攻撃の練習をしてみましょう。

  このスライムは練習用なのでプレイヤーには攻撃してきません、思う存分攻撃して下さいね』

  「よ…、よしっ!

  こんなチュートリアルさっさと終わらせてやるぜ!

  うおおおおおおおおおっ!!!」

  早速、丈瑠は全速力で走り、狐のモノに変化した右手でスライムに引っ掻き攻撃を行ってみる。

  しかし…。

  ピロンッ、とスライムの周りに表示されるダメージカウンターの数値はたったの「6」。

  スライムの上に表示されているHPバーの最大値は「40」なので、全然ダメージが入っていない。

  「あれっ…、あんまりダメージ通ってないな。

  まぁ俺まだレベル1みたいだし、最初のうちはこんなもんか…?」

  「えっと…、次は私の番だよね。

  上手く攻撃出来るかなぁ。

  やぁっ!!!」

  優子は身体がムキムキで重いため、スライムに近づくまでに少し時間がかかったが、その太い腕と大きく鋭い爪から繰り出される引っ掻きはとても迫力があった。

  「ベチョ~ッ!!!」

  丈瑠の時と異なり、スライムは一撃で消滅してしまう。

  表示されたダメージカウンターを見ると、何と今の優子の一撃の威力は「42」!!!

  丈瑠の攻撃の7倍の威力だ。

  「えぇぇぇぇぇっ!?

  す、すげぇ優子……!」

  「あ、アハハ…。

  このゴリマッチョな身体のせい、かな?

  恥ずかしい……」

  優子は変わり果てた肉体の恩恵を受けた事が恥ずかしく、顔を赤らめる。

  『第1段階、クリア。

  続いては第2段階です。

  ここからは敵が攻撃を仕掛けてくるので十分に気をつけて下さい』

  ドサッ!

  二人の前に無から湧いてきたのは、今の優子とほとんど同じ背丈のオークだった。

  「ブヒヒヒヒッ……!」

  厚い脂肪に守られた身体に、優子に勝るとも劣らないムキムキの腕。

  右腕には巨大な斧を装備している。

  HPバーを見ると、何と最大体力は驚異の「120」!!!

  「えっ!?

  ちょっ…いきなり敵が強くなりすぎじゃねぇか!?!?!?」

  「えっと、さっきの私の攻撃が『42』ダメージだったから…私が3回攻撃すれば倒せるよね。

  丈瑠くんは攻撃力があまり高くないみたいだし、ここは私が一人で頑張った方が良いのかな…?

  けど、今回は敵が攻撃してくるんだよね……怖いなぁ……」

  しばらく身体を震わせて怯えていた優子だったが、やがて勇気を振り絞り、オークに近づいて先程の様に勢いよく引っ掻いてみた。

  「えぇいっ!!!!!!」

  しかし…。

  ブニョッ!

  「えっ!?」

  何と、オークのお腹の脂肪に爪が弾かれてしまい、通ったダメージはたったの「10」。

  約4分の1までカットされてしまった。

  そして、爪を弾かれた事に驚く優子の隙を、オークは見逃さなかった。

  「ブヒャァァァッ!!!」

  オークは右手に握る斧を振りかざし、優子のお腹を横一直線に斬り付けた!

  「きゃあああああああああああああああっ!!!!!!」

  あまりに激しいダメージ故、野太い叫び声を上げながら後ろに大きく吹き飛ばされる優子。

  「優子ぉぉぉぉぉぉっ!!!」

  丈瑠は大慌てで優子の下へ駆け寄った。

  「いてててて……。

  良かった、血は出てないみたい……」

  ゲームだからか、はたまた強靭な筋肉のおかげか、あんなに大きな斧で斬られたにも関わらずその肉体には傷一つ残っていなかった。

  しかし、やはり痛い物は痛い。

  優子の上部に表示されているHPバーを見ると、「80」ある優子のHPのうち既に「11」しか残っていない。

  あの斧の一撃だけで「69」もの大ダメージを与えられてしまったのだ。

  「ど、どうしよう…。

  あと一回あの攻撃を喰らったら私死んじゃうよぉ……!」

  「クソッ……!

  俺も加勢したいけど、あんな雑魚攻撃力じゃかえって足手まといだし……。

  一体どうすれば!!!」

  すると、電子音声が再び流れ始める。

  『このゲームでは、プレイヤーのアバターの種類によって「アタッカー」と「サポーター」という二つの役割に分かれます。

  アタッカーは攻撃を担当し、サポーターはスキルでアタッカーを支援する事が主な動きです。

  アタッカーだけでは苦戦する敵相手でも、サポーターがスキルを上手く使えば勝利する事が出来るでしょう』

  「アタッカーとサポーター……。

  そうか、俺はサポーターで、優子はアタッカーって事か。

  道理で俺の攻撃力がやたらと低いわけだな。

  という事は、俺が何かスキルってやつを使えば優子をさらに強く出来るのかも…!?」

  丈瑠がふと下を見ると、巫女服の腰の部分に御幣が刺さっている事に気が付く。

  それを腰から抜いて両手で持ってみると、丈瑠の頭の中に『攻撃力アップ』のスキルが流れ込んだ。

  「受け取れぇっ、優子!!!

  攻撃力アップ!!!!!!」

  丈瑠が御幣を振りながら頭の中でスキルの使用を念じると、御幣が赤く光り、優子の身体が御幣の発する光と同じ赤色のオーラに包まれる。

  「わっ…!

  何だか体の奥底から湧き上がるエネルギーを感じる…!

  これならあいつに攻撃が通るかも!!!」

  丈瑠から攻撃力アップのスキルをかけてもらった優子は、重い身体を叩き起こし、もう一度オークに向かって走って行った。

  「行っけぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!」

  ジャキンッ!!!

  再び繰り出された優子の引っ掻きは、スキルのバフもあり、オークの脂肪によるガードも通り抜けて、肉体の奥深くまでダメージが通った。

  「ブギャァァァァァァァァァッッッ!!!!!!」

  オークに与えられたダメージは、脂肪ガードを貫通した上で通常の攻撃の3倍の「126」!

  オークのHPは一瞬で0となり、オークはその場で消滅した。

  「やっ……、やったぁ~!!!

  やったよ丈瑠くん!!!

  丈瑠くんがスキルをかけてくれたおかげだよ、本当にありがとう!!!」

  「いやいや、俺の方こそ戦えない俺の代わりに倒してくれてありがとな、優子!

  攻撃力を上げるスキル、すっげぇ便利だったな…!」

  二人は駆け寄って、両手を握り合いながら喜び合う。

  その姿は、お互い変わり果てた姿である事を忘れて自然に恋人同士の仲睦まじさを醸し出している。

  すると…。

  テッテレ~♪

  二人の頭上でファンファーレが鳴り響く。

  『おめでとうございます。

  お二人共、経験値が貯まってレベル2になりました!』

  レベルが上がった際の副次効果により、優子の受けたダメージが全回復する。

  さらに丈瑠も優子も最大HPや各種ステータスが上昇したほか、丈瑠は新たに『HP回復』、優子は新たに『全力攻撃』というスキルを覚えた。

  「わっ…、レベルが上がるとスキルも増えるんだな。

  HPをいつでも回復出来るのは中々便利そうだ」

  「私の"全力攻撃"はいつもより強力な攻撃を放てる分、一度使うと少しの間攻撃が出来なくなるスキルらしいね。

  敵にとどめを刺す時は便利だけど、使い所を誤るとこっちがピンチになる諸刃の剣って所かな…?」

  レベルアップして、強くなった事を実感する二人。

  『それでは戦闘の基本を学んでもらった所で、実戦を通してさらに慣れて行きましょう。

  チュートリアルの目標は、"この森の中でレベル10までレベルを上げる事"です。

  先程戦ったスライムやオーク以外にも、この森には様々な種類の魔物が生息しています。

  それらの魔物と戦っていく中で、戦闘において必要な動作や考え方が自然と身についていく事でしょう。

  それでは、健闘をお祈りしております』

  そう言い残して、電子音声は消えた。

  「レベル10か…。

  結構大変そうだな。

  多分今日1日じゃ終わらないんじゃないかな」

  「あのコウモリは"こっちの世界での1日は現実世界の1分に相当する"って言ってたから、最初から何日もかける想定なんだろうね。

  けど何もしなかったらそれこそ一生この世界に閉じ込められたままだろうし、どれだけ時間がかかってもレベル10までレベル上げするしかないよ、私達」

  顔を見合わせて頷き合う二人。

  ふと、先ほどオークを倒した場所を見ると、そのオークが持っていた巨大な斧がその場に落ちている。

  「その斧、ひょっとしてあのオークからドロップしたんじゃないか?

  プレイヤーが装備出来るのかもしれない。

  俺は非力だから持てそうもないし…優子、貰っておいたら?」

  「う、うん」

  優子が巨大斧を持ってみると、持ち前の筋肉のおかげで軽々と振り回す事が出来た。

  「凄い…。

  こんなにおっきい斧なのに、木の棒みたいに振り回せる。

  これならさっきまでよりも簡単に敵を倒せるかも!」

  優子は斧を背中にかける。

  「よし、新しい武器も手に入った事だし、早速レベル上げに行きましょ!

  こんな身体と早くおさらばするために!」

  「ははっ、気合バッチリだな優子!

  俺もしっかりお前をサポートしてみせるから!」

  こうして、二人はチュートリアル終了条件であるレベル10に達するため、森の中に潜む様々な魔物に次々と勝負を仕掛けて行った。

  やはり慣れない身体や実戦経験の乏しさから何度かピンチに陥る事もあったが、二人の息の合った連携により、着実に強くなっていく。

  こうして、1日目が終わる頃には二人はレベル5まで成長していた。

  「…ふぅ、流石にもう夜だからそろそろ休もうか。

  疲れたぁ……」

  一日中斧を振り回して魔物を倒し続けていた優子は、すっかりクタクタだ。

  「お疲れ、優子。

  ほら、俺のスキルで火を起こした。

  これで倒した魔物がドロップした肉や木の実を焼いて食べようぜ」

  丈瑠はレベル5になった際に覚えたスキル・着火を使い、薪に火を起こした。

  これなら魔物も火を恐れて近寄らないはずだ。

  「それにしても、私も丈瑠くんも結構張り切って頑張ったおかげでもう半分まで到達したね。

  これなら意外と明日中にレベル10まで到達出来るかも?」

  焼いた魔物の肉に豪快に噛り付く優子。

  その姿は、まるで野生動物の食事のようだ。

  「…いや、当たり前だけどレベルが上がれば上がる程次のレベルに上がるために必要な経験値は増えていくのがお約束だ。

  ここまでは簡単にレベル5までなれたけど、ここから先は一回レベルアップするまでにかかる時間が大幅に増えるんじゃないかな」

  丈瑠は焼いた肉も食べつつ、基本は木の実を焼いて主食にしている。

  「そっか…。

  じゃあ最悪一日に1レベルしか上がらない、みたいなペースになっていく可能性もあるわけね。

  ところで丈瑠くん、さっきから木の実ばっかり食べてて足りてる?

  お肉ちょっとしか食べてないじゃん」

  「あぁ、大丈夫大丈夫。

  もちろん肉も美味いんだけど、今日は何故か木の実が食べたい気分で…」

  「ふーん…、私はお腹空きすぎてそんなちっちゃな木の実じゃ全然足りなく感じるなぁ。

  これもこんなに大きくて筋肉だらけの身体になっちゃったせいかな…。

  …はっ、この身体で食べたカロリーって元の身体には適応されないよね?

  もし後になってカロリーが一気に私の身体に戻って来るみたいな仕掛けがあったら…きゃ~っ!!!」

  優子は喉仏を震わせて裏声で高い声を出して怖がるフリをする。

  「あはは、多分気にしなくて大丈夫だよ。

  それに俺は、体型が変わった位で優子の事を嫌いになったりしないもん。

  もちろん、今だって」

  チュッ。

  狐のマズルで、熊になった優子の頬にキスをする丈瑠。

  「ひゃっ…!?

  もう、いきなり大胆なんだから…♡」

  優子は照れくさくて、顔を赤らめながらもじもじする。

  「…絶対、元に戻って帰ろうな」

  「うん…、必ず!」

  [newpage]

  2日目、やはり丈瑠の推測通りレベルが中々上がりにくくなっており、お昼を超えても尚未だ二人はレベル5のままだ。

  そんな中、一気にオーク3体に襲われ、二人はピンチに瀕していた。

  「ハァ、ハァ……。

  流石に丈瑠くんの攻撃力アップスキルがあっても3体同時はキツい…!」

  「クソッ…、俺のサポートがあってもこんなに苦戦するなんて!」

  優子は間違いなくオークにダメージを与えている。

  ボロボロなのはお互い様だ。

  しかし、やはり2対3ではこちらの分が悪いのは明白だった。

  「ブヒャヒャヒャヒャッ…!ブヒィーッ!!!」

  優子の一瞬の隙を突き、1体のオークが優子を避けて後衛の丈瑠に向かって突進してきた!

  「なっ…、うわああああああああっ!!!!!!」

  「丈瑠くんっ!!!」

  (まずい…、このままじゃ丈瑠くんが殺されちゃうっ!

  そんなの嫌だ、そんなの…絶対ッ……!!!)

  丈瑠にピンチが迫った時、優子の全身からかつてない馬鹿力が湧き上がる。

  「丈瑠にっ……、手を出すなァァァァァァァァァッ!!!!!!」

  咄嗟にオークに追いつき、背中から勢いよく斧を振り下ろす優子。

  この一撃がクリティカルヒットし、丈瑠を狙ったオークは一気にHPが0になる。

  「ブギャッ……!!!」

  テッテレ~♪

  今のオーク撃破によって、優子のレベルが丈瑠より一足先に6に上がった。

  「よっしゃ…!

  ついにレベルが上がったぜ!

  これで私のHPも全回復だな…!」

  そして、優子は新たにスキル・全体斬りを入手。

  これで複数体の敵を一気に攻撃出来るようになった。

  「丈瑠ッ!

  私に攻撃力アップを!!!」

  「…お、おう!」

  丈瑠は何か違和感を感じつつも、言われたとおりに優子に攻撃力アップをかける。

  「サンキュな、丈瑠!

  よぉし、これで一気に…消え去れぇぇぇぇぇぇッ!!!!!!」

  優子はスキル・全体斬りを使い、残ったオーク2体を一気に殲滅。

  「「ブゴォォォォォォッ!!!!!!!!!」」」

  テッテレ~♪

  経験値が入り、遅れて丈瑠も無事レベル6に。

  「ガハハハハ!!!

  私と丈瑠の手にかかりゃ、ざっとこんなもんよ!

  なぁ、丈瑠!!!」

  「……ねぇ、優子ちゃん」

  丈瑠は意を決して、さっきから感じていた違和感を優子に伝える。

  「さっきからその…、変じゃない?

  喋り方、というか何と言うか……」

  「……んお?」

  丈瑠に指摘されて、優子は初めて自身の口調がおかしくなっている事に気が付いた。

  「うおぉぉぉぉぉぉっ!?

  何だこれェ!?

  言われてみたらさっきから私、まるで男みたいな口調に……!

  んっ…、ゴホンゴホン。

  えっと、私…は、水島優子。

  高校2年生の普通の女の子…よ。

  よしっ、意識すれば何とか……」

  「一体どうなっているのかしら。

  声が変わってるのもあって、さっきの優子ちゃんはまるで心まで男になっていたみたいだったわ」

  「ちょっ…、丈瑠、くんっ!?

  お前も口調、口調ッ!!!」

  「きゃあっ!?!?!?」

  優子に指摘されて、丈瑠も自身の口調のおかしさに気が付く。

  「何よこれ…。

  俺、女の子みたいな喋り方になってるじゃなi…、じゃなくて、なってるじゃねえか!!!」

  「…まさか、さっきのレベルアップの影響か!?

  いや、そうとしか考えられねェ」

  「そう言われてみれば…、ちょびっと、本当に少しだけだけど、昨日の時点で俺がやや大人しく、優子ちゃ…優子が大胆になって来ていたような。

  もしかして、レベルが上がる毎に俺達、この身体に似合う性格に変わって来ているのか……!?」

  レベル5までは緩やかな変化だったため気が付けなかったが、二人の精神は少しずつ、しかし着実に、レベルが一つ上がる毎に肉体に合ったそれに染まり始めていたのだ。

  「という事は…。

  これ、私と丈瑠…くんがレベル10になった時って……」

  「……俺も優子ちゃ…優子も、完全にこの身体に合った人格に変わり果てているんじゃないかしr…か!?」

  ゾゾゾ~ッ……。

  二人の背筋が、一瞬にして凍り付く。

  「ズバットォォォッ!!!

  今すぐ出て来い!!!

  私達を元に戻せェェェェェェッ!!!!!!」

  「お願いズバットさん!!!

  俺、心まで女の子になりたくないです!!!

  体も心も元に戻して、俺達をおうちに帰してくださぁい!!!!!!」

  二人はどこかにいるであろうズバットに向けて必死に訴えかけたが、泣いてもわめいてもズバットが現れる事は無く、ほとほと疲れ果ててしまう。

  「はぁ…、はぁっ……。

  ダメだァ、あいつ完全にシカトしてやがる。

  結局、レベル10まで上げてチュートリアルを終えないと私達帰してもらえないって事かよ」

  「でも…この調子でレベル10までレベルを上げたら、きっと今よりも心が書き換えられて…俺達が俺達でなくなってしまうわ……!!!」

  レベルを上げなければ一生ここから出られない。

  レベルを上げれば自分が自分で無くなってしまう。

  まさに、悪魔の二択である。

  しかし、やはりこんな異世界で一生閉じ込められたままという選択肢はあまりにも辛い…、それは二人共同じだった。

  「…なぁ、丈瑠…くん。

  レベル、上げよう」

  「えっ…、でもそれじゃあ」

  「こんな誰もいない空間に閉じ込められて野垂れ死ぬよりもマシだ。

  それに…、たとえ一時的に精神を書き換えられたとしても、最後まで心を強く持てば、きっと元の身体に戻れるチャンスは来る。

  人間の身体に戻れば、書き換えられた心も元に戻るかもしれねぇだろ?」

  「それは…そうかもしれないけど。

  でも俺、怖いっ…!

  俺が俺で無くなっちゃうのが……!!!」

  ブルブルと身体を震わせる丈瑠。

  そんな丈瑠の手を、優子の大きな手がギュッと握った。

  「大丈夫、昨日言ってくれたじゃねぇか。

  たとえ変わっても相手の事を嫌いになんてならないって。

  私も同じだよ。

  これから先、どれだけ元の私と違う人格に書き換えられても、私は丈瑠の事が好きだ。

  だから丈瑠もきっと大丈夫、私がどれだけ変わり果てても私の事を愛してくれるって信じてる。

  だから…なっ?」

  ニカッと微笑んで見せる熊獣人の優子。

  (えっ…、優子ちゃんってこんなにかっこいいんだっけ!?)

  キュンっ♡

  その男らしい笑顔に、丈瑠の胸が高鳴る。

  「えっ…あっ……うん。

  そう…だよね。

  俺は、どんなに俺じゃない誰かにされようとも、絶対優子ちゃんを愛し続ける。

  そう確信出来たわ。

  ありがとう、優子ちゃん♪」

  ニコリ、と笑顔を取り戻す狐獣人の丈瑠。

  (おいおい…、丈瑠ってこんなにかわいかったのか。

  改めて惚れ直しちまうぜ…!)

  「っ…♡」

  そのかわいらしい表情に、優子はキュンとときめいてしまう。

  「……さっ、そうと決まったらさっさとレベルを10まで上げきっちまお…いましょう。

  お互いがお互いの変化に気づいた時は、遠慮なく指摘して自分を思い出すという事で」

  「えぇ…、じゃなかった、あぁ。

  頑張りまs…頑張ろうぜ!」

  二人はレベル上げを再開した。

  しかし、やはり戦いの中で咄嗟に言葉を出そうとすると、書き換えられた精神に見合った言葉が出てしまいがちだ。

  「おらァッ!!!」

  「えいっ!!!」

  戦闘時の掛け声も、優子はすっかり逞しく、丈瑠はすっかりかわいらしくなっている。

  そのうち多少の言葉遣いは気にならなくなって、お互いあまり指摘しなくなっていった。

  やがて夜を迎え、寝床の準備をする前にもう一狩り、というタイミングで倒した魔物の経験値でちょうど二人のレベルが7に上がった。

  食事の準備をする優子。

  そんな優子の姿を見て、丈瑠が指摘する。

  「ねぇ優子ちゃん…、さっきからすっごい脚組んでるわよ?」

  優子は惜しげも無くあぐらをかきながら、大きな肉を焼いていたのだ。

  「おぉ、わりィわりィ。

  ついうっかり無意識でこんな体勢になっちまった。

  …そういう丈瑠も、無意識にお姉さん座りしてるぜ」

  丈瑠は見事なお姉さん座りで、背筋をピンと伸ばして座っていた。

  「えっ…!?きゃあっ、ほんとだわ!!!」

  指摘された事を直し、優子は昨日までと同じ正座、丈瑠はあぐらをかく。

  しかし、二人共どうにも落ち着かない。

  「何か…、正座ってこんなにムズムズするものだったか?

  私、耐えられねぇ…」

  「お股を広げて座るのってこんなにはしたなく感じるんだったかしら…。

  やっぱり俺も戻す!」

  結局、二人共先程までの座り方に戻してしまった。

  「どうやら、レベル7の影響は無意識の所作や仕草が肉体に合わせて変わるってものらしい。

  その証拠に、私は今無意識で"アソコ"のポジションを直しちまった…」

  「俺も…。

  何だかレベル7になってから無意識に内股になってしまうの」

  「7まででこんなに変わっちまうなんてな…。

  8や9になったら、私達一体どうなっちまうんだ」

  「でも…家に帰るには俺達、レベルを上げるしか無いのよね」

  不安げに焚火を見つめる丈瑠。

  そんな丈瑠の唇を、優子はスッと重ね合わせた。

  チュッ。

  昨日と異なり、マウスtoマウスのキスである。

  「っ…♡

  どうしたの優子ちゃん!?」

  「いや、お前が不安がってるからさ。

  少しは落ち着いたか?」

  キラン☆

  優子の牙が光る。

  「っ…!!!

  うん、落ち着いた…。

  ありがとう、優子ちゃん……♡」

  ワイルドなイケメン仕草が光る優子に、丈瑠はますます乙女の気持ちになっていく。

  (ハハハ…、かわいいなぁ丈瑠は)

  そんな丈瑠を見て、優子もまた幸せな気持ちになるのだった。

  3日目。

  今日はこれまでよりも深い森の深部へ足を進めた二人。

  当然、それだけ強い魔物が出て来るが、経験値も多く集まる。

  昨日レベル7になった際に丈瑠が覚えたデバフスキルを使う事で、強敵相手にも優子は立ち向かえるようになっていた。

  「オラオラオラァッ!!!

  私達に経験値をよこしやがれェッ!!!!!!」

  「俺のかけたスキルであの魔物の防御力は0よ!

  たたみかけて優子ちゃん!!!」

  「おうよ!

  死にやがれェェェェェェッ!!!」

  バシュッ!!!

  優子の斧に一刀両断され、魔物は死んだ。

  テッテレ~♪

  ついに、二人のレベルは8に到達する。

  当然、二人の精神にさらなる変化が生まれるわけで…。

  「ヘヘへへへ…、俺様と丈瑠のコンビにとっちゃあ何てこと無い雑魚だったなァ!

  あ~腹減った、ここらで飯にしようぜ丈瑠ゥ!」

  「そうですわね…。

  ワタクシもお腹が空きましたわ、きっとこの魔物のお肉は絶品ですことよ♪

  まぁワタクシは木の実の方がヘルシーで好みなのですが」

  …そう言った瞬間、二人して口を両手で押さえる。

  「……俺様、とうとう一人称が"俺様"になっちまった。

  わ…わt…わっ……!!!

  ダメだァ、どうしても元の口調に戻せねェ!

  俺様女の子なのに、こんな下品ではしたねェ口調使いたくねぇよ……!」

  「わっ…、ワタクシもこんな、お嬢様のような変な口調でしか喋れなくなってしまいました…わ。

  うぅ、恥ずかしいですわ…ワタクシ、殿方でありますのに……!!!」

  二人共顔を赤らめて完全に変わってしまった自身の口調に羞恥心を覚えている。

  「…けどよォ、ここまで来たらもうやりきるしか無いってもんだよなぁ?」

  「同意ですわ。

  一刻も早くレベル10まで上げて、少しでも羞恥心を感じる時間を短くしましてよ!」

  早々と昼食を済ませ、二人はレベル上げを再開する。

  「相手の防御力・ダウン!

  優子様の攻撃力・大幅アップ!

  今ですわ、優子様!!!」

  「ありがとな丈瑠!

  畳みかけるぜェ、止めて見な!!!」

  もはやオーク3体程度では大した敵にならない。

  丈瑠の相手へのデバフ・優子へのバフ、そして優子の全体攻撃。

  この組み合わせでバッタバッタと敵をなぎ倒し、この日の晩にはとうとう目標直前・レベル9に到達した…!

  パチパチ…。

  焚火の火花が飛ぶ中、黙々と食事を取る優子と丈瑠。

  ある程度食べ終わると、丈瑠が口を開いた。

  「あの、優子様。

  いよいよワタクシ達、あと1レベルでチュートリアル終了ですわね」

  「…だな。

  思えば、長いようで短い3日間だった。

  敵を倒して、強くなって、また敵を倒して…。

  楽しい時間だったなァ。

  強くなる、ってこんなに気持ちがいい感覚なんだな。

  俺様、癖になっちまったぜ。

  もっともっと鍛えて強くなりてェ!!!

  あ~、レベル10になったらもう終わりかと思うと寂しくて死にそうだぜ」

  「…あの、優子様?

  ワタクシ達の目的はあくまで"チュートリアルを終わらせて元の身体に戻り、家に帰る事"だったはずでは」

  優子の発言に耳を疑った丈瑠は、思わず優子にそう告げる。

  「おっと、いけねェ。

  そうだったそうだった。

  でもよォ、俺様こうして雄の熊獣人になって、お前にサポートしてもらいながら魔物と戦い合うこの3日間、最ッ高に楽しかったんだぜ?

  か弱い人間の雌として現実世界で暮らしていたら一生味わう事の無かった、この快感ッ……!!!

  丈瑠も心の奥底では、俺様にサポートスキルをかけて上手く支援出来た事が楽しかっただろ???」

  「それは……ワタクシも否定出来ませんが……」

  丈瑠もまた、後衛として優子を上手くサポート出来る自分に快感を感じ、この3日間が名残惜しく感じていた。

  「おぉそうだ、思いついたぜ!

  俺様、実はこんなに鍛えた肉体に雄の身体になったのに、"優子"って呼ばれるのがすげぇ違和感なんだよな。

  だからよォ、プレイヤーネームを別に付ければ、この筋肉に相応しい呼ばれ方になるんじゃねぇかって!

  よく考えてみりゃあ、そもそもオンラインゲームなのに今まで本名で言い合ってた方がおかしかったんだよな!!!

  名案だと思わねェか?

  ガッハッハッハッハ!!!」

  「ぷ、プレイヤーネーム…?

  しかし優子様、恐らく明日にはワタクシ達はレベル10に到達し、チュートリアルを終えて現実世界に帰還出来るかと思いますわ…?」

  「だからこそ、残り1日存分にこの世界を楽しみ尽くしたいんじゃねーか!

  それに今お前から"優子様"って呼ばれて、やっぱり変な気分になっちまったんだよな。

  俺様に相応しい、男らしくてかっこいい名前…、そうだ!

  "マグナス"が良い!

  男らしい俺様にピッタリだ!

  俺様はマグナス…。

  俺様の名前は今日、この瞬間から"マグナス"だッ!!!」

  偉大な、巨大な、という意味を持つ名前をプレイヤーネームにし、テンションを上げる優子…、いや、マグナス。

  「ほれ、お前も何か今の自分に似合う名前を付けて見ろよ。

  美しくて女らしい名前によォ!」

  「い、いえ…。

  ワタクシは……」

  丈瑠はプレイヤーネームが必要だとは思えず首を横に振るが、やがてマグナスが『なら俺様が決めてやる』と、勝手に丈瑠のプレイヤーネームを考え始める。

  「…そうだな、決めたぜ。

  お前は今から"オリビア"だ!

  "優しいもの"って意味があるんだぜ?

  いつも俺様をサポートしてくれるお前にピッタリな名前だと思わねェか!?」

  「お、オリビア…。

  ワタクシの名前は、オリビア……。

  …何だか悪い気はしませんわ。

  いえ、むしろしっくり来るような…?」

  マグナスからつけられた新しい名前が妙に馴染んで不思議な気持ちになる丈瑠…いや、オリビア。

  「へへへ…、オリビアはかわいいなァ」

  そっとオリビアに近寄ったマグナスは、オリビアの胸に実る二つのたわわを両手で揉み始める。

  「あんっ…♡

  ちょっとマグナス様!?

  いきなり何てはしたない真似をっ…」

  「まぁまぁ固い事言うなって。

  俺様とオリビアの仲じゃねェか!」

  そう言って、マグナスはオリビアの唇を強引に奪う。

  「ッ…!?」

  何度も、何度も口づけを行うマグナス。

  最初は驚いたオリビアだったが、愛する人からの行為であるため嫌な気はせず、むしろなされるがまま全てを受け入れる。

  「あぁっ…、マグナス様。

  いけませんわこんな事。

  本来はワタクシは男の子、あなたは女の子ですのよ…?」

  オリビアのこの台詞は、ほとんど口だけの抵抗だ。

  「あぁ、その通りだ。。

  だからこそ、お互いに入れ替わった性別のまま愛し合う貴重な機会をとことん味わい尽くしてェんだよ♡」

  「ま、マグナス様ぁ……♡♡♡」

  その夜、二人の獣人は夜遅くまで愛を深め合った……。

  4日目、二人はついに森の最深部までたどり着く。

  そこに待っていたのは、チュートリアルのボスである緑色の鱗を持ったプラントドラゴンだ。

  「コイツか?

  この森で一番強ェっていう魔物はよぉ!」

  巨大斧を肩に乗せ、マグナスはやる気満々だ。

  「えぇ、恐らくこのドラゴンこそこの森の魔物を統べる支配者ですわ。

  このプラントドラゴンに勝てば、大量の経験値が手に入る事は間違いありませんことよ!」

  「グオォォォォォォォォォッ!!!!!!」

  森の主が二人に威嚇した瞬間、最後の戦いの火ぶたが切って落とされた。

  プラントドラゴンは地面から自分の意思のままに動かせる大きな根を何本も出し、二人に襲い掛かる。

  その根をマグナスは斧でぶった切り、オリビアを守った。

  「ありがとうございます、マグナス様!

  ワタクシからのお返しですわ!」

  オリビアが放ったレベル9で習得の新スキルにより、マグナスの全ステータスがアップする。

  「うおぉぉぉ、すげぇ!

  俺様の全身からありとあらゆるパワーが満ち溢れて来やがるッ…!

  流石オリビアのスキルだぜ!!!」

  プラントドラゴンが口から吐いてくる種爆弾をかわしながら、マグナスはプラントドラゴンに近付いていく。

  脳裏に蘇るのは、これまでオリビアと積み重ねてきた様々な記憶だ。

  (出会いは高校の入学式だったなァ。

  俺様が落とした親父の形見のハンカチをオリビアが拾ってくれたんだっけ。

  …ん?

  俺様のお父さんは元気に会社員をやってるはずだが…、ハンカチだってただの市販のハンカチで……、んんん???)

  何故だか色んな記憶がごっちゃになって、マグナスは混乱する。

  (冒険者資格の試験で緊張した俺様をオリビアが笑わせてくれて…、って冒険者資格の試験って何だよ???

  あれは高校の定期試験の話だろ?

  それから、オリビアと城下町へデートに行った時は一緒に恋愛映画を……。

  いや城下町に映画館なんてあるわけねぇだろ!!!

  …そもそも、"エイガカン"って何だ???)

  一方、後方のオリビアの方もまた、マグナスとの思い出を振り返っているうちに様々な違和感を感じ始める。

  (ワタクシがマグナス様のハンカチを拾って届けた時に、彼の逞しさに一目惚れしたんですのよね…。

  …逞しさ?

  いえ、ワタクシが惚れたのはマグナス様の天使のような笑顔だったはずでは…。

  ワタクシが実家の神社の後を継ぐかどうかお父様と大喧嘩してしまった時には、マグナス様は親身になってワタクシを励ましてくれましたの…。

  ……いいえ、ワタクシの実家は神社などでは無かったはずですわ!?

  父さんとは学校の成績の事で喧嘩しただけだったはずなのですが…。

  ええと、それからマグナス様と城下町のショッピングモールへデートに行った時には、ワタクシがマグナス様にお似合いになる胸当てをプレゼントして…。

  城下町にショッピングモール……?

  プレゼントしたのは胸当てではなくスマホカバーでしたはず…。

  ……すまほ、かばー?

  何ですの?それは……)

  マグナスも、オリビアも、何が自分の記憶で何が植え付けられた偽りの記憶なのかわけがわからなくなる。

  しかし、そんな事で迷っている余裕は無い。

  目指すは目の前のプラントドラゴンの撃破、ただそれだけ。

  二人共一旦悩むのはやめて、プラントドラゴン討伐に集中する。

  「お決めになって、マグナス様ぁぁぁぁぁぁッ!!!」

  「これで…終わりだァァァァァァァァァッッッ!!!!!!」

  ザンッ!!!

  プラントドラゴンの首はマグナスの斧によって切り落とされ、首から下の胴体は力が抜けたようにその場に崩れ落ちる。

  マグナスとオリビアの勝利だ。

  「…やった。

  俺様達はついに倒したぞ、プラントドラゴンを!!!

  うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!」

  「やりましたわね、マグナス様っ…!!!

  本当に、お疲れ様でした!!!!!!」

  駆け寄って抱きしめ合う二人。

  テレレテッテレ~♪♪♪

  これまでよりも豪華なファンファーレが鳴り響く。

  そう、二人はついに目標である"レベル10"にまでレベルアップしたのだ。

  「お二人共、チュートリアルクリアおめでとうございます!

  僅か4日間でのクリアは新記録でございますよ!!!」

  そう言って手を叩きながら空から降りて来たのは、あの案内人のズバットだ。

  「あっ、ズバットてめェ!

  この間俺様達が散々呼んだ時はちっとも来てくれなかった癖によぉ!!!」

  「どうせ、ワタクシ達を遠くから監視していらっしゃったのでしょう?

  趣味が悪いったらありませんわ」

  当然、この4日間何度呼んでも自分達の前に姿を現さなかったズバットに怒りをぶつける二人。

  しかしズバットはヘラヘラとした態度でそれをいなす。

  「へへェ、プレイヤーがチュートリアルを終えるまでわたくしは手出し出来ない規則でございまして…。

  誠に申し訳ございませんでした。

  それより、チュートリアルに挑まれていたこの4日間で、お二人共随分その身体に馴染んで頂いたようですねェ♪

  だから最初に申し上げましたでしょう?

  『今は違和感があるかもしれませんが、チュートリアルを進めて行けばきっと、わたくしの言った言葉が理解出来るようになる』と。

  わたくしから見てお二人にそれぞれ適性のあるアバターを割り当てたのです、わたくしの目に狂いはありませんでした!」

  そう二人に誇らしげに伝えるズバットだったが…。

  「あァン…?

  あばたあ…って何の話だ?」

  顎をポリポリと掻きながら首を傾げるマグナス。

  「…ズバット様の仰る言葉の意味がよく理解出来ませんでしたわ。

  もう一度説明して下さらない???」

  オリビアも、上品な雰囲気は崩さないままズバットに質問し返した。

  「おおっと…、そうでしたそうでした。

  お二人にはもう、"関係の無いお話"でしたね♪

  これは失礼!

  そうそう、手続きの関係で改めてお二人の情報をこちら側で登録する必要があるのですが、わたくしの前で一度自己紹介をして頂けないでしょうか…?」

  「ンだよ、めんどくせェなぁ。

  ま、構わねぇけどよ。

  俺様の名は、熊獣人のマグナス!

  魔物に殺された親父の仇を取るために冒険者として魔物を狩る事が生業の戦士だぜェ!!!」

  「フフッ…。

  ワタクシは狐獣人のオリビア。

  悪しき魔物を浄化し人々の平和を守るために冒険者になった巫女ですわ♪」

  マグナスもオリビアも、まるで自分が最初から獣人だったかのように振舞って自己紹介をしている。

  …そう、二人はレベル10に達した時点で自己認識が完全に獣人としての自分のそれに書き換えられ、現実世界で人間として暮らしてきた記憶をすっかり忘れてしまったのである。

  代わりに、人間だった頃の記憶はそれぞれこの世界での思い出に置き変わっているため、二人の関係自体は人間の頃と変わらぬ恋人関係になっているのだ。

  「そうですかそうですか、マグナスさんにオリビアさん…。

  なるほど、よくわかりました♪

  …今からお二人にする質問は恐らく意味がわからないと思いますが、ただ『いいえ』とだけ言っていただければ構いません。

  よろしいですね?」

  「何だそりゃ?

  何のための作業なのか意味わかんねェな…」

  「まぁ、手続きに必要なのでしょう。

  構いませんわ」

  「それでは…。

  『チュートリアルを終えましたが、ここでアバターを解除して元の世界に戻りますか?』」

  「「いいえ」」

  ズバットの言う通り質問の意味がわからなかったため、即答する二人。

  すると、二人の目の前にワープゲートが開かれる。

  「さぁ、このゲートを通れば他の冒険者の方もいらっしゃる集会所へ行けますよ!

  改めて、『救国の獣神』の世界へようこそ…♪」

  「ウオォォォッ!俺様はこのために"ちゅーとりある"?ってやつを受けてたんだよォ!

  オリビア、早く行こうぜッ!

  ここからが俺様とオリビアの冒険者ライフの始まりだァ!!!」

  「あっ、お待ちになってマグナス様!

  ワタクシ、走るのは苦手で…!

  ちょっと、マグナス様ぁ~!!!」

  二人がゲートを通って集会所へ行く様子を見て、ズバットはニヤリと笑みを浮かべる。

  「…NPC2名、『戦士・熊獣人マグナス』、『巫女・狐獣人オリビア』。

  確保完了、っと……。

  はぁ~っ、良いゲームを作るというのは手間がかかりますねェ!!!

  しかし、手間暇かけた分『救国の獣神』は更なる高みの次元へと羽ばたいていく…。

  これだからゲーム制作はやめられません♪」

  [newpage]

  ……菅谷丈瑠、水島優子が巻き込まれたこの一連の流れは、フルダイブ型オンラインRPG『救国の獣神』を世界一クオリティの高いゲームにするためのゲーム制作会社の陰謀であった。

  この制作会社はゲームのためだけに疑似的な異世界を作り、そこにプレイヤーが入り込んで遊ぶための技術の開発に成功した。

  しかし、いくら異世界を作る技術があっても、そのゲームの中に登場するNPCの人工知能が拙ければ、凡百のゲームと変わりない。

  知能の低い雑魚の魔物は良いとしても、作中の物語に登場するキャラクターやフィールドを歩くNPCは、人工知能での再現には限界がある。

  そこで、制作会社が思いついたのが、『実在の人間をNPCに変え、ゲーム内に配置する』という方法だ。

  実際の人間の脳をベースにすれば、多少頭の中を弄っても人工知能とは比べ物にならない豊富な思考が可能となる。

  制作会社は『テストプレイヤーの招待』と偽って適当な人間を『救国の獣神』の世界に呼び寄せ、NPCとして登場する予定のキャラクターの姿に変え、ついには心までも書き換える事で、世界一リアルな反応が出来るNPCを生み出したのである。

  ちなみに、メインストーリーに関わるキャラクター以外は名前を決めていなかったので、心を書き換える最中でその元人間のNPC自身が名前を考案するように仕組まれている。

  今回、丈瑠と優子に施された、『レベルアップと共に精神を改変する』システムの詳細は以下の通りである。

  ・レベル2~5 性格の僅かな改変、ただし本人は気が付かない程度

  ・レベル6 小程度の口調の改変

  ・レベル7 仕草や所作の改変

  ・レベル8 一人称・口調(大規模)、及び人格の改変

  ・レベル9 更なる人格改変、及び自発的な名前の改名

  ・レベル10 ゲーム内の設定に準じた偽りの記憶への改変、現実世界に関する記憶の消去

  …しかし、このように実在の人間をNPCに改変して運用する事は、それだけ各地で行方不明者が発生してしまう事を意味する。

  流石の制作会社も、その点はしっかりと把握している。

  だからこそ、ゲーム世界での1日は現実世界の1分に相当するという時間設定なのである。

  今回のテストプレイにおいては、改変したNPCの運用はゲーム内時間での120日…、つまり現実世界での2時間分のみ運用し、それが終われば一時的に元の世界に帰している。

  こうする事で、現実世界で見ればわずか2時間姿を消していたにすぎず、事件に発展しなくなるのだ。

  当然、今回事件に巻き込まれてNPCに書き換えられてしまった丈瑠と優子も例外ではなく……。

  「んっ…、あれぇ?」

  目を覚ますと、視界に広がるのは見慣れた自分の部屋だ。

  「んあぁ…、ここ、は?」

  声のした方を見ると、そこには"自身の恋人"が横たわっていた。

  「…マグナス様、ですの?

  って、何ですのワタクシのこの低い声は!?」

  「その口調は…、オリビアか。

  って、えぇぇぇぇぇぇっ!?

  めっちゃ声高いし…。

  俺様、女になってるぅぅぅぅぅぅ!?!?!?」

  …そう、二人はNPCとしてゲーム内で120日分の運用を終え、現実世界に帰って来たのだ。

  ……書き換えられた精神はそのままで。

  「……というか、思い出しましたわ!

  ワタクシ、本当は菅谷丈瑠という男子高生でしたの!!!」

  「そういう俺様は…、水島優子、女子高生だ。

  そうだよ、何で俺様たち忘れちまってたんだ!?

  俺様もオリビアも、本当はあの世界の獣人じゃなくて現実世界を生きるごく普通の人間だったじゃねェか!!!」

  突然元の身体に戻り、混乱する二人。

  精神が完全に書き換わっているせいで、元の性別に戻ったはずなのにまるで今初めて性転換したかのような反応だ。

  ピロン♪

  丈瑠と優子のスマホに、タイミング良くメールが届く。

  開いてみると、『救国の獣神』運営からのお礼のメールであった。

  内容としては『テストプレイに参加してくれてありがとう、君たちのおかげでマグナスとオリビアという二人のNPCの動作確認を行う事が出来たよ。

  残念ながらベータテストはここまでな事と、これ以上君たちをゲームの中に閉じ込めると刑事事件に発展しかねないから、一時的に元の世界に帰す事にしたんだ。

  お詫びと言っては何だけど、「救国の獣神」が正式にサービス開始した暁には、君たち二人に運営サイドからの正式な依頼で定期的にNPCのマグナスとオリビアとしてゲーム内に来て欲しい。

  もちろんお給料は渡すし、運営特権でこのゲームを完全無料で遊べる特典も付けるよ♪

  また、あの世界で二人に会えるのを楽しみにしているよ。

  追伸:SNSでゲームの宣伝よろしくね』…というものであった。

  「…何ですのこれ!

  ワタクシ達を散々弄んで、身も心も弄り回しておいてこんな上から目線な態度!!!

  ムカつきますわ……!!!」

  「けどよォ…。

  俺様、マグナスとしてあの世界で暴れ回ってるあの瞬間がこれまでの人生で一番楽しかったんだよな。

  しばらくはもうあの世界に行けないと思うと、やっぱり寂しいぜ」

  「…そうですわね。

  ワタクシも何だかんだで、オリビアとしてマグナス様と生きるあの120日間は本当に楽しく過ごせましたわ」

  「それにしてもよォ……。

  水島優子としての俺様の身体ってこんなに貧相だったかぁ???

  腕も脚もガリガリで、心細いったらありゃしねェ。

  まっ、でっかいおっぱい付いてるのは得した気分だけどな♪あんっ♡」

  その美貌が台無しな程下品な顔で、優子は自分の胸から垂れ下がる乳房を揉み始める。

  現実世界の時間で言えば僅か2時間前までとは激変したその姿は、黒髪ロングの清楚な雰囲気は欠片も感じられない。

  「ワタクシも、今改めて自身の身体を見ると不健康で不清潔でとても耐えられませんわ…!

  あぁ、お顔にこんなにニキビが!!!

  素材は悪くないのに、だらしなさすぎて嫌になってしまいますの!!!」

  反対に、丈瑠は突然美意識が高くなり、これはこれでガサツな男子高生だった2時間前までとはギャップが大きい。

  「…とにかく、俺様達に出来る事は元の身体で日常に戻って、『救国の獣神』の正式サービスを待つ事だけみたいだな。

  現実の時間で言えば2時間…、俺様達の自意識でも120日しか経ってないってのに、別人の身体に入っちまったみたいな違和感だぜ」

  「同感ですわ。

  これがワタクシの本来の肉体である事は頭ではわかっているのに、心ではそれを受け入れられない違和感…。

  ワタクシ、これから菅谷丈瑠として上手くやって行けますの……?」

  不安げな表情を浮かべる丈瑠。

  そんな丈瑠の顔を、優子はそっと抱き寄せる。

  「心配すんなって、俺様達ならきっと大丈夫だ。

  何たって、一度身も心も別人に書き換えられたってのに、俺様とオリビア…いや、丈瑠の関係は少しも変わらなかったんだからなァ。

  今度のピンチだって、二人ならきっと乗り越えられるさ!」

  元の身体に戻った影響で身長は今や丈瑠の方が高く優子の方が小さいが、それでも丈瑠は、自分を抱き寄せる優子の手に底なしの包容力を感じてときめいてしまう。

  「えぇ…!

  マグナス様でも、優子様でも、ワタクシはあなたのお傍にいられれば希望を持てますわ……!!!」

  二人は、そっと唇を重ね合わせた。

  ついでに、それぞれのSNSアカウントで『救国の獣神』のテストプレイを絶賛する宣伝投稿を書き込んでおいた。

  それから、約1年後。

  二人は元々の身体で日常に戻り、すっかり元の生活に戻っていた。

  …いや、正確に言えば"元の生活には"戻っていない。

  優子も丈瑠も、この1年間で生活スタイルは大きく激変したのだ。

  まず、雄の熊獣人マグナスとして筋肉に全身を覆われていた時の安心感を忘れられない優子は、元の肉体でも体を鍛えて筋肉を付け始めた。

  ジムに通い、家に器具を揃え、暇さえあれば筋トレを欠かさずプロテインもしっかり摂る…。

  毎日のランニングも欠かさず行い、太陽に身を焼かれる日々。

  真っ白で綺麗だった肌は、この1年ですっかり小麦色に日焼けした。

  綺麗に整えていた黒髪も、邪魔だからと理髪店で眉・おでこ・耳・うなじ全部モロ出しのベリーショートまでバッサリ切ってしまった。

  こうして、鍛え抜かれた筋肉と日焼けした肌、ボーイッシュな短髪というビジュアルに変わり果てた優子は、学校内の女子から一躍大人気になった。

  一方で、雌の狐獣人オリビアとして上品に、かつ美意識を高く持つようになった丈瑠は、元の男の肉体に戻って以降も自身の身体の至る所に気を使うようになった。

  肌のケアはしっかりと、ニキビや出来物を除去し、オシャレにも気を使って衣服をこだわるようになった。

  髪も特に校則には引っかからないため長く伸ばし始め、手入れの甲斐もあって今や女子も含めた学園内の生徒の中で最もサラサラとした髪の持ち主となっている。

  まるで貴公子のようにどこか近寄りがたい高貴なオーラを醸し出すようになったため、周囲の友人達は戸惑ったが、本質的な性格はあまり変わっていなかったため今でも男の友人達との関係は続いている。

  「おぉい、丈瑠~!いるか~!?」

  ある日の放課後、優子が丈瑠のクラスに顔を出す。

  「きゃ~っ!優子様よ!」

  「今日もお美しいわ…!」

  周囲の女子たちが突然の優子の訪問にあたふたする中、

  「帰宅の準備出来ました。

  帰りましょうか、優子さん」

  と上品に返事した丈瑠が椅子から立ち上がる。

  「…なんかさ、最近の丈瑠ってその…、綺麗だよな」

  「あぁ…。髪も長くて艶々だし、油断すると時々女子に見間違える時があるんだよな……」

  優子と合流し去っていく丈瑠の後ろ姿に、丈瑠と親しい友人達が人知れず話す。

  校門を出て、並び歩く優子と丈瑠。

  二人共、背丈は変わっていないのに、そのビジュアルは1年前とは180度正反対だ。

  「はぁ~…。

  やっぱり現実世界って退屈だよなァ。

  アタシもアタシなりに筋トレとか自分の乳揉みとかこの世界での楽しみを見つけてはいるけど、刺激的な戦いが全然無いし」

  「わかります、優子さん。

  僕も肌のケアやオシャレ、メイクと言ったこの世界ならではの趣味を見つけてはみましたが…、やはり『救国の獣神』の世界で得られた快感には程遠いです」

  「けどよ…、それでもこうして毎日学校に通って、丈瑠と顔を合わせていると、不思議とそんな退屈が吹っ飛ぶわけよ。

  やっぱり恋人のパワーってのは偉大だよなァ???」

  「ふふ、同感です♪」

  チュッ。

  人目も憚らず、二人は口づけを交わす。

  「ぷはァっ…!

  何か熱くなってきたぜェ。

  どうするよ、このままアタシんちで一発…イっちまうか???」

  ニヤリ、と歯を見せながらワイルドに笑う優子。

  汗の滴る日焼け肌と男顔負けの超短髪が、かえってセクシーだ。

  「それも良いですね、それでh…、おや?」

  ピロン♪

  ちょうとそのタイミングで二人のスマホが鳴る。

  開いてみると、そこには『「救国の獣神」正式サービス開始のお知らせ』の文字が…!

  「おうおうおう…、待ってたぜェこの時を!!!」

  「どうやら、お楽しみは向こうに行ってからになりそうです…"わね"!」

  「だよなァ!?

  んじゃあ早速行こうぜェ!

  アタシ達…いや、"俺様"達の世界へッ!!!」

  こうして、二人のゲームの世界と現実世界、二つの世界と二つの性別を行き来する二足の草鞋生活が幕を開けた……!!!