ぽっちゃりタヌキの下痢話

  夏の陽射しが降り注ぐ公園。カオルとユキは遊んでいた。

  風に揺れる木々の葉が、まだらな影を地面に落としている。

  ぼーっとしているだけでも汗をかく日和。蝉の鳴き声がした。

  「よぉっし、ユキ、目ん玉ひらいて、よーく見てるんだぞ!」

  「う、うん……カオルちゃん、がんばってね」

  豪快に言って微笑むのがタヌキの女の子、カオル。

  控えめに返答するのは男の子のウサギ、ユキだった。

  どちらとも汗を流し、薄い布地に染みをつくっている。

  鉄棒を握り、ぶらさがるカオル。脂肪が、ぶるぶると踊った。

  カオルは世間が思う典型的なタヌキ獣人で、肉づきのよい体格。

  短いポニーテールを後頭部に揺らして、鉄棒にぶら下がっていた。

  同年代の子供たちより一回り、二回りも大きく、着飾りのないTシャツから飛び出した腕は「ぷにっ」と太ってこそいるものの、内側は意外に筋肉が盛られている。ただ太っているだけではないと学校や、近所から一目置かれる女の子。

  柔らかな曲線を描く腹部がシャツから見え隠れ。

  ホットパンツは、豊かな腰回りにぴったりとフィットし、上に横腹がカップケーキのように食み出している。半球状の臀部は、鉄棒を握り直すと左右に揺れる。太ももは遊びで鍛えながらも、柔軟な脂肪が毛皮の下で微かに波打つ。

  「よいしょ……いいかユキ、スマホしっかり構えてろよ!」

  「うんっ! 動画、とってるよ!」

  ホットパンツから伸びる脚は丸みを帯び、膝には絆創膏が貼られていた。

  頬にも絆創膏があって、両目は自信にギラリと輝き、ワンパク小僧さながらだ。

  「ユキ、飛ぶからなっ!」

  カオルの声が響く。鉄棒から飛び上がった。

  両足を突き出すようにして、前に前にと進んだ。

  着地の衝撃で地面から小さな土埃が舞い上がった。

  鉄棒から宙を蹴りつけ、数メートル先までジャンプしてみせた。

  ユキは木陰のベンチに腰掛け、カオルの一挙手一投足を見つめていた。小柄な白ウサギの臀部は、ベンチに深々と沈み込み、いまにも溶けて崩れてしまいそうな有り様。大きな耳をピクリとやって、振り向き親指を立ててみせた彼女に拍手する。

  「す、すごいね、カオル……本当にこんなに飛んじゃった」

  ユキは小さな声で言った。その目には憧れの色が浮かんでいた。腰に両手を当て得意げになったカオルは、ぷるっと腹の軟さを見せつけるようだ。

  「ざっとこんなもんだよ」

  興奮気味のユキはベンチから立ち、とてとて、と近づいていった。

  「動画。確認しよう」

  「うんうん、よく撮れてるな。でかしたぞ」

  スマホの画面、彼女の動きには躍動感があふれ逞しい。

  幼馴染のカオルが密着していた。ユキの鼻は体臭を感じた。

  汗と草の匂いが混ざり合う、ちょっとだけ砂っぽい風味が混じる。

  夏の少女らしい香り……太っているからか少し甘ったるくて、潮っぽい汗が毛に滴る様子。丸い頬に元気いっぱいの両目。なぜか、日差しが一層に強くなる。そう感じたのは内側から、熱くなったせい。

  「ねえユキ、次は一緒に遊ぼうよ!」

  カオルが手を差し伸べる。その笑顔は眩しいほどだ。

  で、でも、疲れているから、と返したい。体力が違いすぎた。

  ユキは少し躊躇したが、やがてその手を取った。カオルの手は温かく、少し荒れていて、遊び慣れた感触。鉄棒を握りしめていた熱とサビっぽい香り。聞こえてくる幼馴染の息遣いに安堵する。

  「うん、僕も鉄棒やってみるね」

  「その前にあっちで遊ぼう、まだ疲れてるだろ?」

  「う、うん」

  ユキは引っ張られて、引きずられながらも走り出す。

  二人は手を繋いだまま、公園の中を駆け出した。ユキの心臓が高鳴る。それは走ることによるものだけではないようだった。横目でカオルの横顔を盗み見て、なぜか悪い気がしていた。頬が上気し、髪が風になびく様子に、ユキの血管では言葉にできない感情が、巡っていった。

  顔にある茶色。アイマスクみたいな模様にドキリとする。

  カオルの短いポニーテールが風になびく。頭頂にはタヌキ特有の丸い耳が覗いていた。 耳の内側には柔らかそうな産毛が生えており、ピクリと動いて周囲の音を捉えている。彼女の頬はふっくらとしており、口元には小さな牙が垣間見えた。

  ぷんっと漂う体臭。一緒に食べたスイカの匂い。彼女の甘さ、潮が際立った。

  走るにつれ、カオルの体つきがより際立つ。Tシャツの下からは、弾力のある腹。その大きさを確認できる。それは決して不格好や不摂生ではなく、むしろ健康的でエネルギッシュな印象を与えていた。ホットパンツからはみ出す太ももは、筋肉質でありながらも、脂肪が弾む。尻尾は、短く丸っこくて可愛らしかった。

  ユキは少し遅れ気味に走り、引っ張られる。片腕は引っ張られたゴムのよう。

  ウサギの長い耳は後ろになびき、バタバタと音を立てる。細身の体つきは、カオルとは対照的だ。しかし、その動きには軽やかさがあり、跳ねるような走り方は兎らしさを感じさせる。疲れていても、いいところを見せようと無意識で意気込んでいるのだった。

  丘を登り切ったところで、カオルが立ち止まった。彼女は大きく息を吐き、汗ばんだ額を拭う。その仕草と共に、野性的に湯気があがる。それは土や草の匂いに似ているが、どこか甘みのある独特の香りだった。

  

  「ふう、いい運動になったね!」

  カオルが笑顔で言う。出る息は少し荒く、大きな胸が、大きく上下している。

  ユキもカオルの隣に到着し、膝に手をつきながら深呼吸をする。鼻が小刻みに動き、カオルの香りを嗅ぎ取っているようだった。

  

  「カオル、す、少し休憩しない?」

  ユキが提案する。彼の声は少し上ずっており、顔は紅潮していた。それは走ったせいばかりではないようだ。体が熱くて、日差しが暑くて、もう倒れそうだった。この気持ちを彼女に知られたら、そう不安になって、心臓はドキドキする。

  「しょうがないなユキは、もやしだなぁ」

  カオルはくすくすと笑い、地面に腰を下ろした。

  座ると腹の肉が前に出てきた。ユキは少し躊躇した後、カオルの隣に座る。二人の体が触れ合い、ユキは思わずビクリとする。カオルの体温と、彼女から漂う獣の香りが、ユキの鼻腔をくすぐった。

  「あぁ、いい気持ち……風が出てきてよかった!」

  「そ、そうだね!」

  風が吹き、草原の匂いが二人を包み込む。カオルの短い毛並みが風になびき、ユキは思わずその柔らかそうな腹部に手を伸ばしそうになる。しかし、最後の瞬間に我に返り、慌てて手を引っ込めた。

  「ね、ねえカオルちゃん」

  ユキが小さな声で呼びかける。「僕たち、これからもずっと一緒にいられるかな?」

  カオルは不思議そうな顔でユキを見た。彼女の瞳には、夕日が映り込んでいる。

  「当たり前じゃん。私たち幼なじみだもん」

  その言葉を聞いて、ユキの胸の中で何かが跳ねた。

  「そ、そ、そうだよねぇ」

  「息があがりすぎだぞ、今日はあたしにつきあわせちゃったけど、あとでゲームを教えてもらう約束。忘れてないだろな? もう、あいつらに不器用なんて言わせないんだから」

  「うん、コンボでしょ? おし、教えるよ」

  何度もうなずき、舌を噛みそうになって、疲れを思い出し、言葉が上ずった。

  「どうしたの? 具合悪い?」

  上目遣いで胸肉を寄せているカオル。両腕を芝生につけ、前傾姿勢になっていた。

  ユキは深呼吸をして、カオルの隣に座っていた。長い耳がピクリとなり、カオルの息遣いに反応する。やがてカオルは、さらに顔を近づけてきた。

  「ねえ、顔赤いよ?」

  彼女の手がユキの頬に触れる。

  その瞬間、ユキの体に電流が走ったかのようだ。

  カオルの手の温もりが頬から全身に広がっていく。

  

  「べ、別に。僕は、体力、ないから、さ」

  ユキは言葉を濁すが、心臓の鼓動が加速するのを感じていた。

  再び遊具エリアの鉄棒に、今度はユキが必死にしがみついている。

  長い耳は汗で湿り、シャツは背中にピタリとくっついた。細い腕は震え、顔は真っ赤になっている。

  一緒にぶらさがり限界を図っているのだ。

  置かれたスマホの画面を見下ろすカオル。

  ユキの視線が、自然とカオルに向けられる。

  カオルがぶら下がった姿勢になると、彼女の体つきがより際立つ。同年代の少女たちよりもはるかに発達した胸が、Tシャツの下で大きく膨らんでいる。ホットパンツからはみ出す太ももは、筋肉質でありながらも柔らかそうだ。

  そして汗だくのシャツがずり上がり、へばりついて落ちなくなった。そしてカオルのお腹が露わになる。ぽっちゃりとした柔らかそうな腹肉と、くっきりとしたへそが目に入ってくる。

  「……」

  ユキは息を呑む。彼の心臓が、突然激しく鼓動し始めた。

  「ほら、見てる?」

  カオルの声が聞こえる。

  「腕の力だけじゃなくて、お腹にも力を入れるんだよ」

  どこか遠くから聞こえているようだった。ユキの意識は、目の前の光景に釘付けになっている。カオルの体が少し揺れる度に、彼女の体つきの柔らかさと力強さが強調される。ポニーテールがなびき、タヌキ耳がピクリと動く。見慣れているのに、じっと見てしまっていた。

  「そうそう、お腹をちゃんと見ててね。こうやってな、奥に力を入れると踏ん張れるんだからね」

  ユキは、自分の顔が熱くなる。

  喉が渇き、手のひらに汗がにじむ。

  カオルの声で、ユキは我に返る。彼女は軽々と鉄棒から飛び降り、着地した。

  「どう? 簡単でしょ?」

  カオルが得意げに胸を張る。

  その仕草で、彼女の体つきがさらに強調される。

  ユキは慌て目をそらす。胸が、もやもやしていた。

  声は少し上ずっていて、具合が悪いのかと思うが、違うとも直感していた。

  胸の中で、何か新しい感情が芽生えつつあるのを感じる。それは怖くもあり、同時に心が躍るものでもあった。

  「ユキ? どうしたの? 顔真っ赤だよ、のぼせた?」

  カオルが不思議そうに首を傾げる。

  「へ、平気! 僕がヒョロヒョロだからって、そんなに心配したら、お、男がすたっちゃうよ!」

  

  ユキは取り繕うため立ち上がる。

  だけど、いまも、脳裏に浮かんでいた。

  ずりあがり露出する薄茶色の毛並み。柔らかそうなお腹が露出する。へそのくぼみがはっきりと見え――――ユキの心臓が早鐘を打つ。

  「ッッッ!」

  長い耳が火照り、背中に汗が流れる。カオルの一挙手一投足に、彼は釘付けになっていた。

  突然。静寂を破る音が響いた。

  プー

  と。小さいが、はっきりとした破裂音。

  ユキの耳がピンと立つ。カオルの表情が一瞬凍りつく。

  ガス臭がすると、ブー! ブー! ブブゥ! と盛大な音。

  次の瞬間、風に乗って独特の臭いが漂ってきた。ユキの鼻がヒクヒクと動く。生々しい、少し酸っぱさを帯びた匂いが彼の鼻腔をくすぐった。臀部が動いているのを、確かに観てしまった。

  ユキの顔が瞬く間に真っ赤に染まった。

  カオルは慌てて鉄棒から飛び降りた。彼女の着地の衝撃で、小さな砂埃が舞い上がる。

  「あ、ごめん!」

  照れくさそうに笑いながら言った。頬を朱に染め、目を泳がせている。男の子も泣かせる腕っぷしのタヌキとは、思えない乙女な所作。

  「ちょっとトイレ行ってくるね!」

  カオルは小走りでトイレの方向へ向かっていった。

  彼女の後ろ姿を見つめるユキ。丸みを帯びたお尻が左右に揺れる様子に、目が釘付けになる。短いタヌキの尻尾が、その動きに合わせて震えていた。

  気がつくと、ユキの足が動いていた。こっそりとカオルの後を追った。

  心臓の鼓動が早くなる。頬が熱い。手のひらに汗がにじむ。ますます滲む。

  彼女の香り。汗と、さっきの匂いが混ざったような。風に乗って漂ってくる。

  ユキの鼻が小刻みに動く。胸の中でモヤモヤとした感情が渦巻いている。それは今まで感じたことのない、新しい感覚。

  ユキの頭の中は混乱した。

  なぜカオルを追いかけているのか。

  なぜあの匂いが気になるのか。そして何より。

  なぜこんなに、体中が、ドキドキしているのか。

  風に乗って漂ってくる香りを捉える。汗の塩気を帯びた匂いと、ガスの臭いが混ざり合い、ユキの鼻腔をくすぐる。自分の何かを呼び覚ますかのようだった。鼓動が激しくなって耳の先まで熱くなる。ユキは自分でも理解できない衝動に駆られていた。

  ユキの鼻がくんくんと動き、カオルの残り香を必死に捉えようとする。

  その香りは、理性では説明できない、本能的な衝動を突き動かしてやまない。

  やがてトイレの中にまで足を踏み入れる。女子トイレ。男子禁制の禁断の空間。

  唸り声がして、頭に浮かぶのは、便器に腰掛け、必死にあのお腹を擦る幼馴染だ。

  壁一枚を隔てて、苦しげな息遣い。不安そうな唸り。しゃくりあげそうな弱々しさ。

  ブッ! ブゥゥウ! ブッ! ブブブブッ! ブゥゥ!!

  突如として鼻を突く強烈な臭いが漂ってきた。

  腐った卵のような硫黄臭に、酸っぱい発酵臭が混ざったような異様な臭気。

  鼻がヒクヒクと動く。その臭いは頭を曇らせるほどの強さで、クラクラする。

  ユキは無意識のうちに鼻を鳴らしていた。くんくんと音を立てて空気を吸い込む。感覚では「臭い」と分かっていても、別の反応が起きてしまった。股間が、ムクムクとズボンを押しあげている。全く理解がおよばない、何か、起こしてはならない、何か。

  想像の目は扉の向こうを透視する。

  カオルの体の線を追い、その曲線に見入っていた。

  ホットパンツが下ろされ汗と絡まる太もも。シャツの下で揺れる胸の膨らみ、全てが彼の目に焼き付いていく。

  ジャアアアアアアアアアアアア!!

  水面に、便器に、勢いよく放水する音。

  水洗トイレみたいだ。そう思いながら嗅ぐ、尿の甘酸っぱい香り。

  一緒に呑んだスポーツドリンクや、チョコレートが混ざっていた。

  ぽちゃっ

  ぽちょんっ

  

  聞こえる小さな音。排便しているのに、出てくるのは欠片程度のもの。

  ぽちゃ、ぽちゃっ

  耳朶をうつ度に、体に電流が走るようだ。

  恥ずかしさと興奮が入り混じった複雑な感情が、ウサギの全身を包み込む。

  ユキは自分の変化に戸惑いを覚えながらも、この新しい何かへ魅了されていた。

  「カオルちゃん……」

  汗の粒が浮き出るほどの両手。息を荒げ、聞かれまいと抑え、扉に耳を押しつけたい欲求に突き動かされ、手だけを添える。手のひらが、腹の毛をさすりあげる音がひっきりなしに聞こえる。

  視線をさげれば、どうしてか。

  ズボンの下で、股間が血をめぐらせていた。

  壁越しに聞こえる排泄。うめき。必要以上に耳をそばだてる。

  小さな音や動きに、ユキの想像力が掻き立てられる。頬が熱くなり、心臓の鼓動が早まる。全力疾走をしたって、こうはならないのに、そう戸惑いでいっぱいだ。

  時間が過ぎ、カオルが出てきた。とっさに動けず女子トイレで向かい合った。

  ユキは身を隠せない。しかしカオルは平然とした様子で、体調の話をする。

  「最近お腹の調子悪くてね。なのに、ぜんぜん出てこなかったよ」

  その言葉に、ユキの中で何かが揺れ動く。うん、と首肯するので精一杯だった。

  態度を変えないカオルだが、女子トイレにいたと指摘されずにいた。不調なのだとユキは思う。彼女が想像している以上に、体が危ういのだ。

  「参っちゃったよぉ、もう何日も、うんちが出てこないから。あたしの中が居心地良くて引きこもっちゃったのかなぁ? なんてね」

  うん、とユキは生返事。股の間でビクつくものが、知られないかと、恐れていた。なぜかはわからない。本能的な羞恥心と、恐怖心が、神経に通っているのだ。

  「ゲームの約束だったけど、お腹がちょっと心配だから、今日は帰るよ」

  「うん……また今度ね……僕は、だいたい、空いてるから……」

  二人は挨拶を交わし別れたが、その夜ユキは眠れなくなった。

  カオルの姿、匂い、音が頭から離れない。ベッドの中で体を丸め、新しい感情との格闘戦。股間が大きくなる理由も、血管を巡る激しさも理解がおよばない。

  いまも、触れると硬くなっていた。

  翌日。学校でカオルと顔を合わせたとき、廊下で軽く視線をあわせた。微笑んで、手をふってくれた。

  「……!」

  ユキは昨日のことを思い出す。

  顔を赤らめてしまい、手を振り替えせなかった。

  放課後。二人で帰り道を歩き、ユキは、昨日の出来事を思い返す。

  何度も何度も思い返し、あのドアを想像の中で、何度も何度も開いた。

  カオルの何気ない仕草や言葉に、今までとは異なる意味を見出してしまう。

  下校時、ユキはカオルを見つけ、挨拶を交わしながら一緒に歩き始めた。

  彼女は少し顔色が、いや、表情がすぐれなかった。たまに顰めっ面をするのだから、よくわかった。

  「カオルちゃん、大丈夫?」

  ユキが尋ねる。

  香る汗。体が火照った。

  「うん、お腹がちょっとね~」

  カオルは弱々しく笑った。

  「昨日から、調子があんまりよくなくって。ヨーグルトもいっぱい食べたし、寝たら治ると、思ったのになぁ」

  美味しかったからいいけど、冗談めかしに告げるカオルだが、眉を寄せる。

  丸っこい頬は震え、奥歯を噛み締めた音を、ウサギの耳は聞き逃さない。

  「がんばって、急ごう……肩をかそうか?」

  「オーバーだなぁ。そんなに細いのに、あたしを支えられるわけないじゃん」

  だが、一分、二分。ほんの少しの時間が経過すると、汗臭が濃くなった。

  足取りが徐々に遅くなる。ホットパンツから伸びる太ももが、いつもより緊張しているように見えた。彼女は時折お腹に手を当て、顔をしかめる。

  グルルル!

  突然。カオルのお腹から大きな音が響いた。

  彼女の腹部は痙攣し、口は一文字に噤まれてしまった。

  丸い頬が横に引き伸ばされたようで、目は、潤み始める。

  「本当に大丈夫?」

  「だ、だいじょうぶ……」

  カオルは答えようとしたが、「ブッ!」という小さな音の後。表情が一瞬こわばった。

  ユキの鼻をくすぐる臭いが風に乗って漂ってくる。おならなのに、嫌であるはずなのに胸を、ときめかせてしまう。幼馴染の苦境を目に、ユキは、感情を抑えきれず、食い入るように眺めてしまう。汗ばませた両手を胸に、息を荒くする。

  「ごめん……だ、だいじょうぶじゃ、ない……」

  カオルの頬が赤くなる。アイマスクの模様に涙が走った。

  

  彼女の歩みが止まる。

  シャツの背中には汗のシミが広がっていた。

  短いポニテが、ふるっ、と左右に散っていく。

  額の毛が湿気って、前髪が、へばりついている。

  プススススッ! プッ! ブボッ! ボォォ!!

  より大きな音が響き、カオルは顔を歪めた。

  「い、いたた」

  ユキは戸惑いながらも、友達を心配する気持ちが勝った。

  「い、家まで、持ちそう?」

  カオルは泣きそうな顔で首を横に振る。

  前かがみで、お尻を突き出し、尻尾をあげている。

  無意識で排便の姿勢をとろうと、必死になっていた。

  次の瞬間。カオルは激痛に襲われてしまい腰を折った。

  ブッ! ブッ! ブッブッブーッ!!

  

  連続したガス音。より強烈な臭いが漂う。

  食べ物の腐った臭い。甘いヨーグルト臭まで、混ざっている。

  カオルはしゃがみ込み、お尻を少し浮かせるような姿勢になった。

  ユキは何をすべきか分からず、ただ呆然と立ち尽くしていた。カオルの苦しむ姿に、胸が締め付けられる。息を荒く胸を上下させて、汗ばむ胸元、首周り、お腹をさすって苦しそうにする幼馴染を見つめ生唾を飲む。大好物を前にした以上に、心臓が高鳴る。遠足前の高揚感に勝るとも劣らない、そんな何かが、肋の内側にひしめいている。

  

  「ごめん、ごめんなさい」

  ユキは小声をあげるものの、カオルは耳にしていなかった。

  「こ、これくらい、だいじょうぶ。うんち、したくなっただけだもん、は、ははは。三日ぶりか、四日ぶりくらいかな? や、やっと、出てきてくれたんだなぁって、嬉しいくらいだもの」

  

  カオルの声は、震えている。

  ユキは決心したように言った。

  「大丈夫だよ。一緒に帰ろう」

  彼は恥ずかしさ、胸に生じた何かを押し殺し、カオルの手を取った。

  二人はゆっくりと、しかし、立ち止まりながら進む。自分に芽生えた何か、ユキにはまだ分からなかった。それでも幼馴染を助けたい、その気持ちが上回ったのは確かだ。

  「お、お腹、いたい」

  カオルの息遣いが荒くなるたび、ユキの耳がピクリと動く。

  ハァ、ハァ、と吐息がして、それに混じり「グボボボ」と腸内の音が、響く。

  ブッ!!

  小さなガス音。

  ユキの鼻が反応する。風に乗って漂ってくる臭いは、先よりも濃厚だ。

  酸っぱさと生々しさが混ざり合い、汗に女の子の匂いが、ユキの嗅覚を刺激。

  カオルが立ち止まるたび、ユキは彼女の体の変化を感じ取っていた。汗で湿ったTシャツが体にへばりつき、その下で震える背中が見える。ホットパンツの生地が、お尻の丸みに沿って、ピンと張っている様子が、ユキの網膜に浮かびあがった。

  

  「うっ! い、いたたた、痛いよぉ」

  カオルの声が震え、同時に「プスッ! ブゥゥ! ボッ!」と嫌な放屁。

  より強烈な臭いの波が押し寄せ、ユキは思わず目を瞑った。しかし、鼻は無意識のうちにその香りを追いかけていた。視覚を遮断したことで、むしろ、鮮明になった。その熱気さえ、鼻の奥に染みつくようだ。

  カオルがしゃがみ込んだとき、ユキは彼女の苦しみを感じ取った。

  同時に、自分の体が熱くなっていくのを感じる。心臓の鼓動が早まり、頬が火照る。

  「ユキ、だめ、も、漏れる……くるしい、よぉ……」

  カオルの声は信じられないくらいに上ずって、お尻は震えガスがひっきりなしに、漏れ出すのだった。その声に、ユキは我に返った。大事な幼馴染を助けたいという気持ち、今まで感じたことのない感覚が入り混じり、胸中に渦を巻いていった。ランドセルが邪魔なんて、少しも思わなかった。

  昨日一緒に遊んだ公園を目に入れた。その途端。

  ユキは、しゃがむ彼女の膝裏に手を差し込む。

  そのまま持ちあげ、丸い背中を抱えあげる。

  お姫様抱っこの格好で、強引にあげた。

  「や、やめて、も、漏れちゃう……」

  ブッ! ブブゥ! とユキに悪臭が吹き掛けられる。

  

  「あと、ちょっとだから……!」

  言って、ユキは両腕の悲鳴を耳にした。

  大した筋力もないのに、全身を真っ赤に染めあげ、涙目になりながら大柄な幼馴染を抱え込んだ。両膝がアスファルトを、公園の地面を踏むたびにギシギシと呻きをあげる。

  体温。汗臭。脂肪。揺れる胸元の全てが目に映り、何かに急き立てられていく。

  それでもユキは、カオルちゃんを、助けるんだ、とそれらを振り払っていた。

  和式トイレに駆け込む。カオルをおろすと、彼女は慌てて脱ごうとしたが。

  ブッ! ブボボボボボボボ!!

  「あぁぁぁぁぁ……!!」

  喉から搾り出される、かすかなる嗚咽。カオルがあげるにふさわしくない、弱々しいものだった。

  ブボボボボボ! ブビュビュビュビュビュゥゥ! ブゥゥウ~~!!

  汗塗れのホットパンツを膝小僧まで下げ、しかし、しゃがみきれない格好のままカオルは排泄する。おならと、抹茶色の汚物が、次から次へと和式便器や壁にぶちまけられてしまう。臀部が震え、水を吸ったようなシャツに包まれた胸周り、はみ出た横腹までもが痙攣する様を、ユキは生唾を呑み観察してしまった。それでも罪悪感や排泄を観るべきではないという意思を強く持ち、下がろうとするが、手首を掴まれていた。目を閉じ嗚咽を口の端から漏らすカオル。その手を、ユキは握り返す。

  ブゥゥウゥウウウウ!! ブボボボブビビビビビビィィ! ビチビチビチィ!

  大量の汚物が、腐敗臭をあげながら、土石流さながらに便器に落ち、四方八方に飛び散ってしまう。ぽっちゃりとした半球状の臀部から、内臓で消化されたものが、老廃物となって便器に積み重なり、周囲を泥状に汚してしまっていた。

  ブビュウゥウウウ! ブリブリブチブチビィィイイイイ!!

  穴を、尻を、ひくひくとさせながら穢れた激流が漏れ出す。

  ガスの噴出には強弱があって、便はパンツの上にも落下していた。

  女児用のカラフルなパンツ。そこに腐った泥が、汚辱をくりかえす。

  ガクガクと膝を震わせるばかりか、腸を掻き回す唸り声があがるのだ。

  「ふぅ……ふぅ……!」

  カオルは歯をくいしばり、まぶたを強くおろしたまま、苦痛に耐えかねていた。

  そんな彼女を見つめ、あそこを大きくさせ息をあらげている。最低だとユキは思う。

  もっと観たい。もっとしてほしい、もっと嗅ぎたい。そんなふうに、願ってしまった。

  鼓動はウサギみたいに跳ね回る。耕した地面に水をまいたように、便器が染まっている。

  湯気をあげながら、苦しむ彼女の放屁に聞き入り、その呼吸を忘れまいと耳に教え込む。

  外では蝉がひっきりなしにないて、トイレの湿気にアンモニアの渇いた臭い。幼馴染の汗臭に下痢臭が、肺腑に押し入ってくる。悩ましげに膝をこすりあわせたユキは、震えあがり、腰を引いてしまった。おもらしを、してしまった。硬いものから、何か知らないものが……どくどく、どくどくと、溢れ出すのだ。なぜか身が浮きあがったふわふわを感じながら、罪悪に胸を焦がす。

  ブウゥゥウウウウウウ!!

  爆発的な音に、ユキは現実に引き戻される。

  水泳の息継ぎをするように、大きく息を吸い込むカオル。

  手を握り変えしながら、おもらしがぬめっていると知った。

  ブチブチブチィィィイ! ブビヒィイィイ! ブボォォ!!

  カオルは暴れる大腸を片手で諌めながら、膨らんだ腹を震わせる。

  男の子にも負けない勇ましい彼女が、茶色い汁を吹き出しながら喘ぐ。

  べったりとしたものが、湯気をあげる下痢便が。やっと止まるのだった。

  その場にしゃがみこんでしまい、カオルはすすり泣く。パンツはもうぐちゃぐちゃになっていて、とても家まで持って帰れる状態ではなかった。もちろんホットパンツも内側に便汁がついているが、こちらまで捨てては帰れない。

  ふたりは帰路につく。

  おんぶし、おんぶされていた。

  「大丈夫だよ……元気だして」

  「だってぇ……」

  すすり泣く声を慰め、苦笑するのはカオルのほうだった。

  火事場の馬鹿力を発揮できたユキであるが、手足が痛くて、ひきつっていた。

  おもらししたと男の子なのに号泣し、その粘液を幼馴染にこすりつけている。

  カオルはランドセルを腹側に背負って、ユキはそのまま背負い込んでいて、それでも簡単に運んでいるのだった。

  「漏らして酷いことになったの、あたしのほうが悪いでしょ? いまだって、お尻ぐちゃぐちゃだもん……」

  「!」

  大量に飛び散ったもの。未だに漂う排便の悪臭。

  カオルに抱きつき、首筋に鼻を添わせ、嗅いでしまう。

  「ポケットに何か入れてるの?」

  「す、スマホ……あとボールペンとか」

  ふーん、とカオルはあっさり信じて、疑わなかった。

  次からヨーグルトの食べ過ぎは控えなくっちゃ、とカオルは笑っていた。

  でも、この状態を誰にも見つかるまいと、茂みの多い隠れ道を通っている。

  「パンツ捨てちゃったから、清掃員さんに悪いなぁ~。お母さんにも、叱られちゃうかも」

  「僕も……パンツ汚しちゃったから、叱られちゃいそう」

  今日はふたりとも、厄日ってやつだね。

  カオルはそう微笑んで、ユキは生返事をするだけで精一杯。

  彼女の臭いと肉にしがみつき、悪臭を嗅ぎ、ずっとこうしていたいと、願ってしまっていた。