化石チョコを食べたら恐竜へ…

  僕はやり切った思いと疲れた足を引きずるようにして会社を後にした。明日の連休を目前にしてこの一週間の激務を乗り越えた自分へのご褒美が欲しくなる。そんなことを考えながらいつものように帰り道のコンビニに足を向けた。

  「今週も疲れたけど、なんとか乗り切ったしおいしいものでも買っていこう」

  自動ドアが開く音と共に冷えた空気が僕を包み込み、色とりどりの商品が並ぶ棚が目に飛び込んでくる。

  (とにかく甘いものが欲しいな...)

  そう考えながら、僕は店内をゆっくりと歩き何を買おうか見渡す。

  チョコレート、キャンディ、クッキー……数多い選択肢に迷ってしまう…。

  そんな時、レジ横の特設コーナーに目が留まった。半額シールが貼られた商品群の中に妙に目を引くものがあった。

  「へぇ...面白そうだな~」

  手に取ってみると、それは『化石チョコ』と呼ばれる菓子だった。固いのような外殻のチョコレートを砕いて中から、さらに奥にあるチョコレートの恐竜の化石を取り出す、一種の考古学者気分が味わえるお菓子だ。

  (甘いものとしてチョコは悪くないし、こんな遊び心のあるお菓子……久しぶりだし買っちゃおうかな…)

  屋台の型抜きを思い出し、童心にかえったようなわくわく感に思わず頬が緩んでしまう。レジに向かいカゴに入れ飲み物と一緒に買って帰路についた。

  家に帰り着きゆったりとした服に着替える。その動作だけで一日の疲れが少し和らいだような気がした。

  「さて、いただきますか」

  ソファーに腰掛け購入した化石チョコを広げる。パッケージを開けると石のような質感のチョコ塊が現れた。

  付属のハンマーのような物で優しく表面を砕いていくと、中からチョコレートでできた白い色をした恐竜の化石が姿を現す。まるで本物の発掘作業をしているかのような気分に思わずテンションが上がってしまう。

  「おっ、ヴェロキラプトルか。けっこう細かいところまで作り込んであるな」

  綺麗に取り出せた恐竜の姿に満足し、スマートフォンを取り出して写真を撮る。

  「いただきます」

  予想以上の甘さが舌の上で広がる。疲れ切った体だったのかこの甘さが異常なほど染み渡るような感覚があった。

  風呂に浸かり布団に潜り込んだ時、いつもより体が暖かく感じた。疲れのせいだろうか、それとも……。考える間もなく、意識は深い眠りの中へと沈んでいった。

  しかし、その眠りは長くは続かなかった。

  深夜、僕は突然の不快感で目を覚ました。部屋は闇に包まれ僕の視界は真っ暗だった。しかし、その暗闇の中で異様な熱さを感じる。

  (うぅ………なんだ、この感じ…)

  寝つきが悪かったせいか、時計を見ると中途半端な時間を指していた。頭がぼんやりとしている。

  「しかも口の中も甘ったるいし食べ過ぎたのかな…」

  口の中から甘ったるい匂いが漂ってくる。さっき食べたチョコレートの味が蘇ってきたようだ。

  うがいしようと思いベッドから起き上がろうとしたが予想外の事態に直面する。

  「わっ!?バランスが!」

  バランスを崩しふらふらと揺れる体。まるでアルコールが入っているように足取りが不安定だ。慎重な足取りでゆっくりと洗面所へと向かうが一歩進むごとに違和感が増していく。

  (熱っぽいし…風邪かな)

  風邪なら頭痛などもあるが何か様子が違う。全身を包み込む熱は通常の発熱とは明らかに異質で火照るような熱を感じていた。洗面所に辿り着きおもむろに鏡を見るとそこに映った自分の姿に息を呑んだ。

  「え...?」

  腕から汗が真夏の屋外の運動後のように汗腺から水泡が出るように何かが染み出てきて水泡を形成し始めていた。

  そして、その水泡が割れると…。

  「うわっ!」

  透明な水泡は割れると粘度の高い茶色い液体に変化し流れ出す。その光景はまるでチョコレートが溶けて垂れているかのようだった。漂う匂いもさっき食べたチョコレートのような香りがしている。

  茶色い液体が流れ出す。その光景は、まるでチョコレートが溶けているかのようだった。

  パニックに陥りながら、急いで流れ出た液体を拭き取ろうとする。しかし、拭き取るたびに新たな箇所から液体が湧き出てくる。必死に体中を拭うがその行為が逆効果だった。

  「はうっ!!」

  拭うたびに、ビクッと体が反応する。そして、その反応と共に体に快感が走る。

  「どうなってるんだ、僕の体…」

  予想外の快感が全身を駆け巡り恐怖と戸惑いが襲う。そして言い知れぬ心地よさが入り混じった複雑な感覚が僕の中で渦巻いていく。

  腕から始まった変化は、今や全身に広がっていた。胸、背中、脚…次々と水泡が形成され、割れては茶色い液体となって流れ出す。

  しばらくすると溢れ出ていた茶色い液体の勢いが徐々に落ち着いてきた。僕は震える足で何とか立ちで洗面台の鏡で自分の姿を確認しようとした。

  「何だこれ……こ、これは…僕なのか!?」

  鏡に映る姿は人間とは呼べなくなっていた。中途半端な半人半恐竜のような姿に変貌していた。

  体の熱さは依然として続いているものの、さっきまでの動けない状態からは脱していた。おそるおそる体を動かしこの新しい姿を詳しく観察してみる。

  「右腕は…まだ大丈夫みたいだ」

  右腕は人間の手なことを確認し安堵のため息が漏れる。しかし、その安心感も束の間だった。

  「うわっ!」

  急にバランスを崩してしまい下半身に目をやると、そこには人間の脚ではなくトカゲのような鱗に覆われた足があった。鋭い鉤爪が床を引っかき床に傷をつけてしまっていた。

  バランスを取ろうとするが新しい体の構造についていけなくよろよろと揺れる体を必死に支える。

  意図的に目を背けていた左手に意識を向けると鋭い爪が生えていた。人間の手とはかけ離れた、捕食者の武器としか思えない爪だ。そして、二の腕周辺には…。

  「どっからどう見ても羽毛っぽいよな……」

  細かな羽毛のようなものが生え始めていて羽毛が素肌に触れるたびに予想外の快感が走り、ビクッと体が反応してしまう。

  (体が熱いし敏感になってる…)

  なんとも言えない昂揚感が入り混じる。しかし、その感覚も長くは続かなかった。突如、体の内側から異変を感じ始めた。

  「はぁ……はぁ……」

  まるで体の中で何かがグツグツと煮えたぎっているような奇妙な感覚。それは徐々に強まっていく…。

  熱に充てられながらも下半身を見るとそこには人のものとは違う尖った陰茎がそそり立っている。どうやら興奮状態にあるらしく、その先端からは透明の液体が滲みだし今にも爆発しそうな状態だ。すでに頭が回らなくなってきていてもっと気持ちよくなりたいという気持ちも沸き上がる。

  これ以上続けてしまうと自分が自分でなくなるような気がして怖かったが、体が変化して気づいたこともあり僕の本能に別の何かが少しずつ混ざってきているのを感じ抑えが効かなくなってきていた。理性を保つためにも必死に衝動を抑えようとするが、そんな僕の意思とは裏腹に体はさらなる刺激を求め始めている…。

  「…もう我慢が…できないッ!!!」

  次の瞬間、僕の体は無意識に動き出していた。欲望のまま硬くなった陰茎を右手で握り上下に動かしていき、今まで体験したことない快楽が押し寄せてくる。そして、体の中の煮え始めていた何かも活性化し始め、体全体を蝕んでいく。

  ぐちゅぐちゃという卑猥な音が静かな部屋に響き恐竜の足となった足がガクガクと震える。そして、ついに限界を迎えたのか射精感がこみ上げてきた。

  「ぐぅぅぅぅぅっ!!!」

  声にならない叫び声を上げ絶頂を迎えると同時に全身を硬直させる。股間の先端から白濁とした液状のものが噴き出すのかと思ったが陰茎がビクビクと震えるだけで何も出てこなかった。火照りが一瞬冷めたと思っていたが、すぐにまたぶり返してきた。それどころか、もっと激しくなっていっている気がする。

  完全に理性が無くなり右手で扱くスピードを上げると脳に電流が流れるような快感が襲ってくる。気持ち良すぎて何も考えられなくなる。ただひたすら本能に従い右手を動かすだけのナニかになっていた。

  何度目か分からない絶頂に達する寸前に体に溜まっていた何かが噴火しようとしていた…。

  「あ゛ああぁぁぁぁぁ!!!」

  咆哮のような叫び声を上げながら全身の筋肉が痙攣するように震え上がり、同時に尖った陰茎の先からとぷとぷと濃い茶色の粘液が噴出する。それはまるで壊れた蛇口のように止めどなく溢れ続け今まで必死に押さえつけていたものが一気に解放される。

  解放という名の歓喜の声を上げながら全身の汗腺からも茶色の粘液が溢れ出す。粘液は生命を持つかのように全身を覆い尽くしていく。それは単なる粘液ではなく、僕の存在そのものを飲み込もうとするような意思を持った存在のようだった。僕の肌はまるで粘度の高い泥を全身に塗られたように徐々に濃厚な茶色に染まっていった…。

  甘美な香りが部屋中に充満する。それは紛れもなく、あのチョコレートの香りでありその香りの源は僕自身となっていた。

  (気持ち…いい……溶けてしまいそうだ…)

  快感と共に奇妙な高揚感が全身を駆け巡っていたこの変化は単なる表面的なものではなかった。覆われた箇所の下にある皮膚が蠢き、筋肉が震え、骨がきしむ始める。痛みを快感に変換し体の細胞一つ一つが新たな形を求めて暴れ始めた。

  「ぐっ!ぎぁオォォッ!!!」

  唸り声は途中で野生動物のうなり声へと変貌を遂げる。その瞬間、体の形状が急激な変化を始め今まで平均的だった体つきが、まるで目に見えない力で圧縮されるかのように縮小していく。

  人間のシルエットは飴細工のように徐々に崩れ始め、全く新しい形が姿を現し始めた。意識が追いつかないうちに体は本能的に低い姿勢を取っていた。

  混濁する思考の中、尻のあたりから異物が突き出す感覚がする。そこには鱗に覆われしなやかな尾が生える。生来そこにあったかのように体のバランスを取るための器官として機能し始める。

  全身が徐々にヴェロキラプトルの姿に近づくにつれ、表面を覆っていた粘液が体に吸い込まれるかのように消えていく…。

  声が裏返りっているのか、もはや人間の言葉ですらなくなりつつあった。

  腕全体の外側には繊細で美しい羽毛が生え始める。両腕が細長く伸びた鎌のような鋭い爪を持つ三本指へと変貌を遂げている。体全体も鱗のような皮膚と羽毛の特徴が両方ある姿に変わっていた。

  変化が完了するまでにさほど時間はかからなく、人間だったころの面影はなく完全にヴェロキラプトルになっていた。意識が揺らぎ人間としての理性が氷のように溶けゆく薄れていき、未知の本能が火山の噴火のように沸き上り混ざっていく…。

  「ギャウ!」

  縦に細長く伸びた瞳孔を持つ漆黒の目が、夜の闇を貫くように周囲を鋭く捉える。喉から絞り出された鳴き声は、何百万年もの進化の歴史を遡った小さな捕食者の声となっていた。

  心の奥底から原始的な衝動が湧き上がる。

  (ソト…デタイ…! ハシリタイ!!)

  残っている人間としての最後の理性が必死にその衝動を抑えつけようとする。しかし、新たに目覚めた本能の前にはそれも無力であった…。

  網戸に向かって跳躍し、それを容易く突き破る。夜の街へと飛び出すし人間としての意識が夜風に吹き散らされるように消えていった。そして、一匹のヴェロキラプトルが月明かりに照らされた屋外に野性的な姿を晒しその姿を消していく。

  朝日が窓のカーテンの隙間から差し込み、その温かな光で意識が徐々に覚醒し始める。頭の中はまだ霧がかかったようにぼんやりとしていて昨夜の記憶が霞んでいる。

  「ん…?」

  目を開けると見慣れた天井が目に入る。自分の部屋のベッドで横になっていることに安堵しつつも、何か言葉では表現できない違和感が全身を包み込む。

  視線を移すと掛け布団が野生動物の鋭い爪で引き裂かれたかのような跡が幾筋も走っていた。昨晩の夢だと思っている出来事が頭をよぎり思い出して冷や汗が止まらなくなる。

  「網戸も…外れてる…」

  昨夜の出来事が鮮烈に蘇ってくる。体から発した広がる甘美な香り、体を覆う粘液の感触、そして…全身を貫く変身の痛みと快感。

  「夢じゃ…なかったのか…」

  震える声で嘆いてしまう…。現実を受け入れられない気持ちと確かに体験した感覚が入り混じり、心の中が困惑する。

  深呼吸をすると、部屋に漂う甘ったるい香りが鼻腔を刺激する。それは昨夜の記憶を呼び覚まし魅惑的で危険な香りに思えてしまう。

  「この匂い…チョコレート?」

  体から溢れ出ていた茶色い液体を思い出す。しかし、部屋を見回しても飛散した痕跡は見当たらない。

  ふと、机の上に目をやると…

  そこには、昨夜食べたはずの化石チョコがまるで何事もなかったかのように机に置かれていた。

  「また今度……試してみようかな…」

  危険だと思っても好奇心が上回る。再び、あの姿に…あの感覚を体験できるかもしれない。昨夜の記憶は曖昧だが、体が覚えている。あの快感と解放感…そして、捕食者としての圧倒的な力。

  にやりと笑いながら、僕はチョコレートを手に取った。