「ごめんなさい、遅くなっちゃった!」
「全然待っていないよ。大丈夫だ」
飛び出す式典会場。
出たところで迎えてくれるのは犬獣人型宇宙人、パブラシアさんだ。
今は月、アルキメデスコロニーで復旧のため滞在中。今日の作業が終わったあと、一度別れて外で待ち合わせをしていたところ。
パブラシアさん、さっき変身したのそのままにワイシャツだ。上着は脇に抱えている。――ムムム。
胸元に手を伸ばせば、ちょっと目を大きくして、でも身を屈めてくれる。
「ど、どうした?」
「シャツ。はだけすぎ」
「――あっ、ああ、すまない。だらしなかった」
「ちがう。……他の人が見ちゃうでしょ」
リゾート惑星の感覚が染みついてるからなのか、元からなのかはわからないけど、もう。モウモウ。
そんなこちらを、おかしみと優しい光を宿した瞳が見やる。
「なんで笑うのー」
「笑っていないよ。君が愛おしかっただけだ」
また。そういうこと平気で言うラシアさん。
恥ずかし……いや嬉しいけど……。照れ隠しで、胸のボタンを留めつつ襟元をピッとしてあげる。
「はいこれでっ」
「ありがとう」
そうして並んで歩きだす。
関係者が宿泊しているホテルまでは少し歩く。色々話しながら、
「そう言えば、オービーターにも会ったよ」
「ああ、私もだ。宇宙飛行士の話をたくさんせがまれた。嬉しいものだ」
それでふと思いついたこと。
「ね、ね。こっちも、たまに船長って呼んでもいい?」
「え? いや、いいけれど……」
「よくなかった?」
その反応に少し考える。それは彼の本質的なところだったから。
けど心配はどうやら違ったみたいで、パブラシアさんは顎をコリコリする。
「いや、君には船員クルーじゃなくてパ……」
で、何か言いかけて結局口をつぐんだりしてる。
――パ? なんだろ?
「なにー?」
「な、なんでもないよ」
「えっちなこと?」
「えっ……!? いやいや、ちがうよ」
「エッチラシアさん」
「変なあだなで呼ばないように。――船長命令だぞお?」
「わ。はーいっ、了解しました船長!」
それでふたりで吹き出す。いつも大体こういう感じ。
大きな手がこちらの手を取った。その掌は少ししっとりしている。
「それで、ええと、いいのか、このあと……」
さっき会場で言われたこと。――部屋に来ないか、と。
……もちろん。もちろんいいんだけど。いいんですけどぉ。
わざと黙って見ていたら、今度は彼がすこし眉をへの字にする。
「君こそ、どうしてそこで笑うんだ……」
「だって、さっきはあんなにキメ顔だったのに」
「キメ……!? い、いいじゃないか、改めて言ったら少し照れくさく……」
「いいよ、全部かわいいもん」
ごほんごほんと咳払い。ウォッホン。
あ、これ船長らしい威厳のポーズだったのか。カワイイ。
「まったく君は私を恥ずかしがらせる天才だな!」
「ごーめーんパブラシアさん。怒らないで」
「怒ってなんかいない。いるものか……」
そんなやり取りをしつつも手は繋いだまま。
ゆっくり歩きながら、これから向かう道を思ってなんとなく察する。
「知ってる人に会っちゃうかもだよね」
「ああ」
秘密にすべきこと……かどうかはともかく、自分たちのために十分気を遣っていいことではあるから。
だから、言った。
「いいよ、別のとこでも」
うなずいて、すぐ足を止める彼。一緒に止まる。
こちらの答えを想定して、最初から目をつけていたのかもしれない。
……そうだとしたら、やっぱりちょっとエッチです。
「そうしたら、こことか、どうだろうか」
でもその場所。まだ式典会場付近、つまり都市部の重要エリア。
そこにあるのは、見上げるほどの超高級ホテル。
◆◆◆
うおっ高い。吹き抜け高い。内装キラキラしてる。噴水まである。水が、水が出てるだって噴水だから。
高級ホテルの空気にあてられて無駄に緊張。思わず横を見るけど、パブラシアさんは平然としている、ように見える。うーん、こうしてみると改めてイケワン……。
「ん、どうしたんだ?」
「――いや、いいよって言ったけど知ってます? こういうところ、お値段……」
知っているよ、と彼は笑って。
「それは心配しなくていい。任せてくれ。今は全然使わないから貯まる一方なんだ。それに、いつか君とこういうところに来たいと……あっいや決してそういう意味ではなく……」
「……そういう意味でもいいけど」
いいんですよそりゃ嬉しいし。でもそれとは別の気後れだってあるわけで。
長身が正面に立って少し腰を落とした。目線を合わせてくれる。
「まっすぐに立って」
「え? ――こ、こう?」
そうしたら、スーツの皴を伸ばしたり、払ってくれたりする。さっきこっちがしてあげたみたいに。
「ほら、全然おかしくない」
「そうかなあ」
いつも仕事で駆け回ってる普通のスーツなんだけど。
「大丈夫。こういう時は姿勢も大事なんだ。胸を張っていればいい」
「……まあ、パブラシアさんがそう言うなら」
「うん。それに私も久しぶりだよ。こんなフォーマルな格好をするのは」
「似合ってるよ、その格好も」
「ありがとう」
そうしてふたりで受付へ。事件の影響もあって空きが出たらしく、(このクラスでは)リーズナブルな部屋が空いていた。しかも部屋の希望まで訊いてくれて。
それで、窓が大きくて星がよく見える部屋、とお願いしたらわざわざ確認までしに行ってくれる。
「すごいサービス」
「このクラスになると、むしろ接客が増えるんだな。機械的な対応より、気の利いたサービス」
なるほど。で、ルームキーを受け取りながらお礼を言ったら、受付のヒトが控えめな視線を寄越した。嫌味のない、ほんの少しの親しみを込めた表情。
「先日のライブ、拝見していました。従業員……いえ、このコロニーの住人としてお礼を」
「えっ!? あっ、ええとあの、はい。こちらこ、そ……?」
まさかそんなこと言われると思っていなくてキョドりまくる社会人。
と、肩に大きな手が置かれて、
「彼のオペレーションのおかげなんだ。すごい活躍だっただろう」
「えっ、パブラシアさんとか、みんなが頑張ったからだよ」
「謙遜することはない。本当だ」
「そっちこそー」
受付の人の笑顔に、またほんの少し親しみが追加される。
「お二人は、とても通じ合っているのですね。まるで、長い航海を共にする船員のような……?」
「ああ……。――いや」
その言葉に、でも船長ははっきりと首を振った。
それから胸を張る。とても誇らしそうに。
「パートナーなんだ。とても大切な。人生の」
◆◆◆
スイーンとエレベーターが昇っていく。
スイーン、スイーン、スイーーーーーン。
高級ホテルのエレベーターは音にも高級感があります。
「なあ……どうして黙っているんだ?」
沈黙がいささか気まずかったのか、パブラシアさんが問うてくる。
エレベーターの内部は磨き上げられたガラスで、向こう側の夜景が一望できる。ザ・高級ホテル。
そこに映り込む彼に、目線だけ返してあげた。
「またああいうことを平気で言いましたねしかも他のヒトに対しても」
「……怒っている?」
「怒ってませんよ」
なんかさっきもやったやり取り、の逆バージョン。
「でもでもででもですね、“人生の”は、ささすがに超爆弾級じゃないですか」
「動揺している?」
「してますよ!?」
自覚ないんですかこの船長。まったくもう。
口を尖らせてみせ、いつもみたいにごめんごめんと言ってくれるかと思っていたら、ガラス越しに会話していたパブラシアさんがこちらに向き直った。
少し緊張しているみたいに表情を引き締めて、
「――少なくとも私は、本当にそうなりたいと思っているから」
「今日はもうパブラシアさんの勝ちです」
「なんの勝負が!?」
…………いいえ、こっちが勝手に意識していただけ。
優しすぎるこのヒトと、ちょっとでも対等でいたいって。
でももう負け負け。かなうわけないし、それにそんなの別にいいのだった。だってそういうところが……。
認めちゃえば、ふっと力も抜けて緊張が解けた。魂も抜けた気がするけど。
寄りかかれば、すぐ抱き寄せてくれる。……あったかい。
少しだけ疲れも感じて目を閉じる。
「……今回、ほんと大変だったね」
「本当に。色々ありすぎた。君は宇宙に飛び出すし……」
「オービターがいなかったら……」
「怖い想像をさせないでくれ」
そうして思いを馳せる、いくつかの巡り合わせ。
宇宙飛行士になりたい少年と記憶。心を繋ぐことを知ったヴィランたち。運を掴んだ不運のバウンティハンター。
どれか少しでもズレていたら、この結末はなかったかもしれなくて。
それはまるで、偶然に星と星が重なったみたいにも思える。
それに……。
横からの言葉に、そこで思考がいったん途切れた。
「――なあ。私は君に、そういうことを変に言いすぎだろうか」
「そんなことない」
……それに。
正直で真面目で、ちょっと心配症で、優しすぎる船長。特別なヒト。
そんな誰かと巡り合えるなんてこと。
それはあまりに、奇跡だったのかもしれなくて。
――彼はそういうことをよく知っているから、出来るかぎり伝えようとしているのだと、いまさら理解が及んだ。
「パブラシアさんのそういうところが好きだし」
「っ…………、そ――――本当、に?」
「うそ」
「えっ」
「……そういうところ[[rb:も > ・]]、ぜんぶすき」
肩に置かれていた手がぎゅっとなる。
「どうしてそう、君はいつも私をびっくりさせるんだ」
「許してくれるから…………だめ?」
「だめなことなんて、あるものか。ひとつもない」
そんなやり取りの間にも、エレベーターはただ静かに天に向かう。
昇るにつれて広がっていく視界。灯るたくさんの街の光。ヒトの営みの証。
それが、みんなで頑張った結果でもあるのなら。
このヒトと一緒にいられて良かったって、心から思える。
「――パブラシアさん」
「――うん」
だから今度はこちらからその手を取った。彼がいつもそうしてくれるみたいに。
広い[[rb:宇宙 > ソラ]]のなか、繋いだ星の輝きを、決して離したりしないように。
「好き、です」
「っ……、――ああ」
彼が鼻を鳴らす。握った手がぎゅっとなる。
横を向こうとしたら、さらにぐぐっと抱き寄せられて動けなくされた。見ちゃダメらしい。
…………でも、エレベーターのガラスには、ちゃんと映ってるんだ。
そうして、しばし心地の良い沈黙に浸っている。目的の階まではあと少し。
パブラシアさんも疲れていたのか目を閉じている。
ふと思いついて囁いた。
「……ね」
「……ん、うん?」
「今日は“俺”にして」
「――わかった」
一瞬だけ考えて、彼はすぐにうなずいてくれる。
それでまたこちら、自覚もなく何か冗談でも言おうとしたのかもしれない。
「あのね、」
その言葉を発するより早く、口を塞がれていた。
長身が上から覆うように。もう何も言わせないぞ、と。
温かいものが口内に侵入してきて身体に、特に下半身に痺れが広がる。力が抜けて、でも彼は離してくれない。大きな両の手が肩と腰を強く支えている。
エレベーターが止まるまで、ずっとそうしていた。
途中、他に誰も乗ってこなかったのは、本当に幸運である。
[newpage]
――ベッド。高級ホテルの超大きいダブルベッド。ふかふかにして広大。この上でバーベキューとかできるのでは?(錯乱)
肉体的な疲れと、相変わらずの小市民的気後れでベッドの上でぼんやりしていると、体を乾かしていたパブラシアさんが浴室から出てくる。
……なんかやけにニコニコしてる。デデン、と両腕を広げてみせたりして、
「バスローブなんて着たの初めてかもしれないなあー!」
「ほんとに? パブラシアさん似合いすぎ」
「おー君も似合ってるぞおー」
バスローブにテンション上がっちゃったらしい。かわいいかよ。
で――ベッドに思いっきりダイブしてくる。ちょっとちょっと!
「わー! もうっ」
「寒くないかあー」
「あったかいよ……ちょっともう沈む超沈む!」
「ははは、無重力状態みたいだー! 宇宙飛行士の訓練みたいだなー!」
「ほんとにぃ!?」
何度もぼよんぼよんする年上のイケワン。高級ホテルの高級ベッドでそんなこと。
「こういうのしたくなかったかー!」
「したかったですけど!?」
超したかったですけど!!
で、しばらくそうしていたらようやく落ち着いてくれたみたい。目ぇ回った。
こっちは彼のバスローブの下に手を突っ込んでしがみ付いてる。ごわごわとふかふかの獣毛。石鹸のそれと混ざる彼の匂いに包まれてる。
パブラシアさんはこちらの裸の肩や後頭部をなんども撫でて、それからまた手を取った。指を一本一本確かめるみたいに握ったり開いたりしてる。
「パブラシアさん、手繋ぐの好きだよね」
「ああ――」
少し考えるようにしてから、彼は言う。
「君は……あの時、俺の手を取ってくれた。一緒に戦ってくれた。不安で、心細くて、自棄ヤケになりそうだった時……」
それでも暗い空気にならないようにか歯を見せて笑って。
「その時の記憶が、心に焼き付いてしまったのかもな。だから本当は、もっと繋いでいたいんだぞ。もーっとだぞ」
「……もう。はい、どうぞ。いくらでも」
両手を差し出せば、勲章を受けるみたいに恭しく取って、そっと頬に当てる。
ふうっと息をつく安心しきった顔。こっちまで胸がじんわりしてくる。――そういう顔してくれるの、嬉しい。……ほんとに、うれしい。
パブラシアさんが目線を上げて、
「そうだ。他にもしたいこと……地球で行きたいところがあるんだ。今度、一緒に」
「そうなの? もちろんいいよ」
「ん、待ってくれ。ムイラウカⅣでも最近流行りのマリンスポーツがあってもう予約が取りにくく……どっちにしよう」
「じゃあ両方行こうよ」
「あ、いやしかし、君の家にもそろそろ行きたく……」
「やりたいことどんどん出てくる!」
穏やかな顔が照れくさそうな笑みに変わる。
うん、やりたいことリストが長くなって仕方がないんだ、と。
「君のおかげなんだよ。カッコつけたいって思うのも、色々な世界を見たいと思うのも。君はいつもそうやって、俺を引き上げてくれる。まるで連なる星みたいに……。君がっ……君は――――」
話す内に言葉に詰まってしまう。
けれど皆を導く船長は、やっぱり精一杯にカッコつけて、心から笑うのだ。
「君は、暗い所にいた俺の、光なんだよ」
「――――」
「まったく……本当にいけないな。[[rb:私 > ・]]はすぐ湿っぽくなってしまう」
その頬には、一筋の光。
手を伸ばして柔らかい頬毛と一緒に撫でてあげる。
俺と私が混ざる時に、彼のほんとうに触れる。
「――あのね。パブラシアさんはそう言ってくれるけど……」
そんなまっすぐなこのヒトに答えたくて、頑張って言葉を探す。
彼はそんなこっちを、いつも待ってくれる。
「こっちだって……パブラシアさんのおかげで……いろんなことやってみたいって……」
高級ホテルにもビビらないのとか、スーツが超似合うのとか。いつだって前向きなことを言えるのとか、どんなところでエッチしても余裕あるのとか。
好きなひとに、好きってまっすぐ言えるのとか。
そういう風になりたいって。そういうの、ぜんぶ。
――この[[rb:宇宙 > せかい]]に、あなたがいてくれるからなんだって。
「パブラシアさんみたいに、カッコよくなりたいって、いつも思ってる……んだよ」
ひねり出せたのは、そんな言葉でしかなかったけれど。
彼も微笑んで、同じように頬に手を添えてくれた。
「――ああ。君のそんなところも、好きだ」
そうしてゆっくり顔が近づいて。
キスをする。
長く、長く。さっきしたのよりずっと長かった。
「さっき、君が言ってくれて――けれどまた先を越されてしまったから、お返しだ」
「そしたら、こっちももっとお返しする」
「まったく――本当に君は!」
それでまた笑いあう。だいたいいつもこんな感じ。
手を取りあって、引っぱりあって、高めあう。
これから先だって、いくつものしたいこと、やりたいことが出てくるはずだから。
この力学が終わることはない。
「それなら――ふたりでなら、どこまでも行けるな」
「――うん!」
きっと宇宙の果てまでだって。
それで改めて見やる部屋の外。
「星、いっぱい見えるね」
「窓が大きいからな」
そんな、いまさら部屋の感想を言い合うのにも笑い合ったりして。
それでもう一回キスしてもらおうと顔を近づければ、
「あっ、ちょ……!」
パブラシアさんがさっと体を曲げてお腹の下に鼻をぐりぐりしてきた。
そこから上目遣いで、甘えるように。
「……こっちももう一回、したいな」
「もおー!」
やっぱり、このヒトみたいになれるにはまだまだのようです。
クヤシイから脇に手を突っ込んでくすぐってあげれば、そこが弱い彼は笑い転げる。それで長身に任せて覆い被さってくる。ずるい。
そんなでくしゃくしゃにしあっていたらバスローブも脱げちゃって。
でっかい身体をなんとかひっくり返して乗っかって見下ろせば、見上げてくるきらきらした瞳。
それはきっと、いつか大好きな星を見上げて、宇宙を夢見ていた日のそれに似ているはずだ。
「パブラシアさん」
「うん」
手が伸びて、指が絡みあって、また繋ぐ。
生まれも来た道も、過ごした[[rb:時代 > じかん]]すらぜんぜん違う。
それでも幾億の星のなかで奇跡は巡り。
引かれあって、そして。
「ぜったい、離さないで」
「ああ。決して離さない」
ふたり、ここで出逢った。
◆引かれあう星の力学
――完。