「ねぇペンギンさん、僕がお盆休みに何して過ごしてるか聞きたくない?」
「別にいいよ。どうせ家でゴロゴロしながら笹食べてるだけなんでしょ?」
「はっずれ〜。正解は『笹を食べながら家でゴロゴロしてる』でした〜」
「それ、どっちも同じでしょ…笹子さんはお盆休みは何してるの?」
「私ですか?うーん、特に何かしてるわけではないんですが…強いて言うならトーテムポール作りがマイブームですね」
「そんなマイブーム初めて聞いたよ…」
今日もしろくまカフェでは、とぼけた会話を繰り広げる常連のパンダとペンギン、ちょっとズレた発言をする笹子、そんな会話を微笑ましそうに聞きながらコーヒーを淹れるシロクマくんといった、いつも通りのメンバーによる変わりない日常が繰り広げられていた。
そんな中、入口のドアのベルが鳴った。どうやらお客様が来たらしい。
「いらっしゃいませー」
「あの、すみません。失礼ですが店長のシロクマさんはいらっしゃいますか?」
そこには茶色い大きめなリュックを背負ったクマの少年が立っていた。
やや幼さが残っている風貌と小柄でぽっちゃりした体格に似合わず丁寧な口調で訊ねた少年は、毛色は全体的に黒く胸部にはツキノワグマに似たV字型の白い模様。そして肩や背中、耳からは長い体毛が生えていた。
「はい。僕がマスターのシロクマだけど、何かご用かな?」
「ねぇ、あんな毛むくじゃらな子この町にいたっけ?ペンギンさん」
「僕が知ってるわけないでしょ。多分最近引っ越してきたばかりなんじゃない?」
クマの少年の問いに答えるシロクマの横で、パンダとペンギンは少年に聞こえないようにひそひそと話した。
「初めましてシロクマさん、ナマケグマです。中学2年生で相撲部に所属しています。その…会ったばかりでこんな事頼むのもなんですが…僕と相撲を取ってください!」
「え、相撲?」
「相撲ですか?」
「シロクマくんと?」
「相撲…」
「それはスモモ、
それは羽毛、
それはスモア、
それは不毛」
「え、えっと…」
突然シロクマがどこからともなくスモモや羽毛布団などを出し、ペンギンがそれにツッコむというシュールすぎる光景にナマケグマは戸惑いを隠せなかった。
「ちょっとシロクマくん、急にダジャレなんて言うからナマケグマくんが困っちゃってるよ」
「ごめんごめん、つい癖で。それはそうとナマケグマくん、そこで立ち話するのも疲れるだろうし、空いてる席にでも座ってよ」
「い、いいんですか?ではお言葉に甘えて…」
シロクマに促され、ナマケグマはパンダに「お隣失礼します」と声をかけてカウンターに座った。そして笹子さんが持ってきてくれたドリンクを飲みながら、ナマケグマは自分のことについて話し始めた。
「実は僕、普段は都会の方に住んでるんですが、お盆休みの間隣町の祖父母の家に滞在することになったんです。そこで2頭のお手伝いをしながら、毎日走り込みや四股踏みなど、稽古も欠かさず行っていました」
「へぇー、中学生だってのに随分しっかりしてるねぇ」
「せっかくのお盆休みなんだから、少しくらい休めばいいのに〜」
「…祖母にも言われました。でも横綱になる為にも、日々の稽古を疎かにしてはダメなんです。小学生のころ、他のクマと比べて身体が小さかったり、毛むくじゃらだったり変な名前だからってずっとからかわれてたんです…別に好きでナマケグマとして生まれたわけじゃないのに、悔しくて悔しくて…」
自分の苦い過去を思い出し不意に涙が出そうになったナマケグマだが、力士たるもの人前で泣いちゃダメだとグッと堪え、そのまま話を続ける。
「そんなある日、父がテレビで相撲を観てたのをチラッと覗いてみたら、1人は高校生くらいの人間の子供で、もう1人はそれと比べものにならないくらいの巨漢の男性がいました。こんなの、わざわざ戦わなくても勝負決まってるじゃんって思ったら、彼は小柄な体格を活かしてあっという間に相手の懐に入り、右足を掴んでそのまま仰向けに倒す、いわゆる"足取り"という技で見事勝利を掴みました。そしてものすごい歓声が会場から湧き上がり、父も『こいつ、小せぇ身体してんのにすげぇなぁ』って褒めてました。それを見て僕は思ったんです。たとえ身体が小さくても、素早さと技を使いこなせばどんなに大きな相手にも勝つことが出来る。つまり僕もあの子みたいに強くなったら、もうみんなに馬鹿にされなくなるかもって…」
「足取り…」
「あ、シロクマくんダジャレはもういいからね」
「え〜」
「え〜、じゃないでしょ!」
「そして僕は相撲クラブに入って、稽古を通して技や素早さを強化させたり、筋肉もつけようと色々なトレーニングもしてきました。初めこそ負けっぱなしでしたが、顧問が色々と指導してくださったおかげで今じゃ中学の相撲大会で優勝するようにまでなったんです!この間僕のことをからかってきた奴らに勝負をふっかけられたんですが、思いっきりコテンパンにしたらあっさり僕に降参してました。あの時は本当にスカッとしたなぁ…
あ、すみません…ちょっと長くなりすぎちゃいましたね…もし、何か聞きたいことがあったら遠慮しないで聞いてください!」
「ほんとぉ?じゃあ聞きたいんだけど、ナマケグマくんはどうして相撲をやろうと思ったの?」
パンダの的外れにも程がある質問に、その場にいた誰もがまるでギャグ漫画かのようにずっこけた。
「パンダくん!君は今まで何を聞いてたの!?」
「だって話が長いんだも〜ん。とりあえずナマケグマくんが揚げ足どりの天才だってことはわかったけど…」
「せっかく話してくれたナマケグマくんに失礼だし、"揚げ"は余計だから!…じゃあ代わりに僕が聞くけど、ナマケグマくんはどうやってしろくまカフェのことを知ったの?」
「確かに、それは気になりますね」
「実は昨日、祖母がこのカフェのことを教えてくれたんです。とは言っても雑誌の記事に載っているのを見ただけらしいんですが、『店長がホッキョクグマなんだけど、コーヒーもランチもすごく美味しいらしいから、良かったらお盆休み中にみんなで食べに行きましょう』って誘われました。気持ちは嬉しかったけど、稽古を優先しなくちゃいけないと思って断っちゃいました…」
「その雑誌って、もしかしてハシビロコウが編集長やってた…」
「しーっ!君はもう何も言わないで!話が進まなくなっちゃうから!」
「え〜?ちょっと聞きたかっただけなのにぃ…」
「でもその時、ひらめいちゃったんです。これってもしかして、地上最大の肉食獣のホッキョクグマと相撲を取れる絶好のチャンスかもしれないって。そう考えたら居ても立っても居られなくなって、祖父母には出かけてくるとだけ伝えて、電車に乗ったり地図アプリで場所を調べながら、ここにたどり着いたって訳です」
「なんていうか…行動力もそうだけど、君のその発想がすごいと思うよ…色んな意味で」
「わかっています。いきなりこんな事頼むのは失礼だし無謀だってこと…でも、大人の方と真剣に取り組んだ事は今まで一度もないので、このチャンスを逃したくないんです!どうかお願いします!一度だけでいいので僕と相撲を取ってください!」
ナマケグマはそういうと、カウンターに手をついて深々とお辞儀をした。それを見たシロクマは少し考え込むと、口を開いてこう言った。
「…ナマケグマくん、実はうちの庭に土俵があるから、相撲は出来るっちゃ出来るんだ」
「ほ、本当ですか!?」
「君の庭、本当になんでもあるんだね…」
「それに君の話を聞いてたら、出来る限りの事はしてあげたいと思ったんだ。だから…僕は行司役になってあげるね」
「やったぁー!!…って、今行司って言いませんでした?」
「いやぁ、相撲はたまにテレビで見たりしてるから、行司出らしいことなら出来ると思うけど、相撲取りっていう柄じゃないから…ごめんね」
「じゃあどうして庭に土俵なんか作っちゃったのさ…」
「…そうですよね。やっぱり会ったばかりの人に相撲の取り組みを申し込むなんて失礼にもほどがありますよね…本当にすみません…では僕はこれで失礼します…色々とご迷惑をおかけしました…」
「あ、ちょっと待って。僕は無理でも、彼ならきっと相手になってくれるかも」
しんみりとした顔で帰ろうとしたナマケグマを、シロクマは咄嗟に呼び止めた。そしてさっとスマホを取り出し、慣れた手つきで電話をかける。
「あーもしもし、僕だけど…」[newpage]
「おいシロクマぁ!今度はなにさせるつもりだぁ?」
カフェのドアが勢いよく開くと、不機嫌そうなグリズリーが声を荒げてやってきた。それと同時にナマケグマは思わずビクッと身体を飛び上がらせた。
「やぁ、グリズリーくん。随分遅かったね」
「うるせぇ!こちとら急に呼び出されてイラついてんだよ!どうせまた電球変えてくれとか、くだらねぇ雑用なんだろ!」
「まぁまぁ落ち着いて。急に大声出すからナマケグマくんが怖がってるよ」
「ナマケグマだってぇ?名前はともかく、クマにしちゃ随分毛むくじゃらだな」
グリズリーはナマケグマに近づくと物珍しそうに見つめる。背丈こそシロクマとほとんど変わらないグリズリーだが、強面な顔つき、筋肉質でがっしりとした体つき、ドスの効いた低音ボイス、そして革ジャンやベルトにゴーグルといったワイルドな服装は、ナマケグマが怯えてしまうのも無理もないと言わざるを得ない風貌を醸し出している。
「え、えっと、その…」
「よぉ、ナマケグマ…だったか?さっきはビビらせちまって悪かったな。俺はグリズリー。バーのマスターをしている。そんなビクビクしてねぇでもうちょい気楽にしてろよって言いたいところだが、こんなナリしてる奴が急に来たら、誰だってビビっちまうよなぁ」
緊張して言葉が出ないナマケグマを少しでも落ち着かせようと、グリズリーは少しでもできる限り気さくに話しかける。
「い、いえ!ただびっくりしただけなので、気にしないでください!本当はちょっと怖いけど…」
「大丈夫大丈夫。グリズリーくんはこう見えて結構お人好しだから」
「そうそう、それにオルゴールにアロマキャンドルとか意外と乙女チックなところもあるからねぇ〜」
「てめぇら余計なこと言うんじゃねぇ!」
「もう、そんな声出したらまたナマケグマくんがびっくりしちゃうじゃない」
「うっ…悪かったな…」
「だ、大丈夫です。少しずつですが慣れてきたので…」
「まぁそれはさておきナマケグマくん、さっき僕らにした話を、グリズリーくんにも聞かせてあげたら?」
「は、はい!少々長くなるかもしれませんがよかったら…」
「おう、いいぜ。聞いてやろうじゃねぇか」
グリズリーはそう言いうとナマケグマの隣にドスンと座った。そしてナマケグマは自分の過去や相撲部のこと、そしてしろくまカフェに来たきっかけをグリズリーに話した。
「なるほどなぁ…要するに、お前は俺と相撲を取りたいってわけだな?」
「は、はい…もちろん無理にとは言いません!グリズリーさんもきっと色々と忙しいだろうし僕の相手なんてしてる暇は…」
「面白ぇじゃねぇか!その勝負、受けて立つぜ!」
「「「え?」」」
胸をドンと叩きながら堂々と返事をするグリズリーに、シロクマたちは思わずキョトンとした。ナマケグマも最初は現実を受け入れられずにポカンとしていたが、その顔は徐々にパァッと明るくなった。
「ほ、ほほ本当に…いいんですか!?」
「おうよ!相撲に関しちゃ素人だが、少なくともシロクマの野郎に雑用させられるよりかは断然やりがいがありそうだからなぁ!久々にひと暴れしてやるぜ!」
「ひどいなぁ、グリズリーくん…それよりも、ちゃんと手加減してあげてよ?」
「そうですよ。相手はまだ子供なんですから…」
「何言ってやがる。コイツが本気で行くなら、俺もそれに応えなきゃなんねぇだろ?なぁ、ナマケグマ?」
「は、はい!やるからには僕、今までの成果を全力でぶつけるつもりで取り組ませてもらいます!だからグリズリーさんの本気、全部出し切っちゃってください!」
「おぉ!望むところだ!アラスカの王者ご自慢のパワーでお前を場外まで寄り切ってやるぜ!」
「そうはさせません!持ち前の素早さと技で、あなたを驚かせてやりますよ!」
あれほど緊張していたのが嘘のように、堂々と誇らしげに宣言するナマケグマに対し、グリズリーは腕をグッと曲げて力こぶをアピールした。どうやらどちらもすっかり闘争心に火がついたようだ。
「よし、それじゃあ盛り上がってきたところで、早速土俵に向かおう!笹子さん、店番はよろしくね」
「あ、はい。本当は私も見たかったけど…仕方ないですよね!2頭とも、頑張ってください!」
「わぁ、なんだかワクワクしてきたなぁ〜。ボク、グリズリーさんのこといっぱい応援するぞ〜」
「いやいや、そこは普通ナマケグマくんを応援するところでしょ?」
「じゃあペンギンさんが応援してよ?それでボクがグリズリーさんを応援したら、一対一で丁度いいでしょ?」
「なんで勝手に決めつけちゃうかな?…まぁ別にいいんだけどさ」
「あ、そうそう、念のため言っておくと実際の相撲とは異なる点があるかもしれないけど、あまり深く考えずゆる〜く楽しんでね」
「シロクマくん…一体誰に話しかけてるの?」
[newpage]
豊かな自然に囲まれたしろくまカフェには、想像を絶するほど広大な庭が存在する。キノボリカンガルーの焙煎所や家庭菜園など…カフェには欠かせない施設をはじめ、ゴルフ練習場やバスケットコートといった娯楽まで揃えている。中にはアルバイトの笹子ですら知らない場所もあるが、シロクマに聞くと不敵な黒い笑みではぐらかされてしまう。そんな謎多き庭にある土俵に、行司のコスプレをしたシロクマが立っている。そして土俵の周りに置かれた簡素な観客席にはパンダやペンギンが今か今かと待ち侘びていた。
「ひがぁーしぃ〜、ナマケグマァ〜!」
シロクマの行司らしい威勢のいい声に呼ばれ、ナマケグマは土俵に上がった。彼の通う中学校の名前が書かれた廻しを締めてどっしり構えた姿は、正に中学相撲大会の優勝者にふさわしいと言えるだろう。またカフェにいた時とは打って変わってキリッとした目つきは、取り組みに対し真剣になってる…或いはどこか緊張しているようにも見えた。
「ナマケグマくん、なんだか緊張してない?」
「そりゃあ、グリズリーくんみたいな大きいクマと戦ったことないだろうからね。おーい、ナマケグマくーん!
あんまり緊張しすぎないで、自信を持って頑張ってー!」
ペンギンの声援に思わず振り向いたナマケグマは、少し表情を緩めて会釈をし、一瞬にして正面を向き真剣な顔つきに戻った。
「にいぃーしぃ〜、グリズリィ〜!」
一方グリズリーは、待ってましたと言わんばかりに闊歩しながら土俵に上がった。そしてナマケグマから貸してもらった大きめな廻しに手を当てながらナマケグマを見下ろす。予想通りワイルドでマッシヴなグリズリーと廻しの相性は抜群で、知らない人がみたら横綱と勘違いしてしまいそうな程の貫禄をこれでもかと醸し出している。
「おぉー…こんなに廻しが似合うクマ、グリズリーくん以外いないんじゃないかってくらい似合ってるなぁ…ナマケグマくんには申し訳ないけど」
「グリズリーさんかっこよすぎ〜!"アリ塚のゴーヤ"ご自慢のパワーで吹っ飛ばしちゃえ〜!」
「それを言うなら"アラスカの王者"だろおおおぉ!!…ったく、調子狂うぜ…」
ワイルドで漢らしい雄に憧れるパンダは、グリズリーの廻し姿を見て大興奮で声援を送るも、興奮のあまり思わず言い間違えてしまう。それを聞いたグリズリーは反射的に怒鳴り声でツッコミを入れたが、ふと我に帰り、取り組みに集中せねばとナマケグマの方を向く。
「…なぁ、ナマケグマ。ちぃと始める前に、アレをやってみてぇんだが、いいか?」
「"四股"のことですか?えぇ、もちろん!グリズリーさんの四股踏み、僕もぜひ見てみたいです!」
「おう!よく見てろよ…」
グリズリーは丸太のように太い両脚を広げながら腰を下ろし、右脚をできる限り上に持ち上げた。そして…
「うおりゃあ!」
と物凄い声を出しながら、力任せに土俵を右脚で踏みつけた。ドシイィーン!という轟音と共に、まるで地震でも来たかのように土俵が揺れる。そして観客席にまで振動が伝わったのか、パンダとペンギンはよろけて椅子から落ちそうになった。
「びっくりしたぁ…グリズリーさん、四股踏みもワイルドだねぇ…」
「ちょっとグリズリーくん!やりすぎだよ!」
「こんなのまだまだ序の口だぜ?オラァ!もう一丁いくぞぉ!炎上!炎上おおおぉ!!」
ペンギンのことなどお構いなしに、グリズリーは反対の脚も思いっきり上げ、今度は全体重を掛けて土俵を踏みつける。より激しく揺さぶられる土俵だが、それでもナマケグマは相撲で鍛えた体幹を生かし、ひるむことなく踏ん張っていた。
「グリズリーくん、これ以上やったら土俵が壊れちゃうから、そろそろナマケグマくんにもやらせてあげなよ。後で弁償してくれるんだったら話は別だけど…」
「わかったわかった…このくらいにしてやるよ。にしてもよぉ、結構揺らしちまったつもりなんだが、よく一歩も動かずに踏ん張ってられたなぁ、ナマケグマ」
「えぇ、確かにグリズリーさんの四股はもの凄い力でしたが、このくらいで倒れてたら相撲部の名が廃れちゃいますからね」
「ほう?ならお前の四股踏み、見せてもらおうじゃねぇか」
グリズリーにそう言われると、ナマケグマは慣れた動作で両脚を広げながら腰を下ろし、腰割りの体制を取る。そしてそのまま右脚を、グリズリーがやった時と比べものにならないくらい天高く上げた。
(マジかよ…あんなところまで上がるもんなのか…)
グリズリーが目を大きく開けながら見ていると…
「…ふんっ!」
と力んだ声と共に勢いよく土俵に踏みつけた。そしてすかさず反対の脚も同じように上げ、また土俵に踏みつける。小柄な体格が故にやや迫力には欠けるが、一つ一つ丁寧かつ無駄のないその動きは、グリズリーの力任せの四股踏みとは違い非常に洗練されていた。まさに今までの稽古で培った成果の賜物と言えるだろう。
「ナマケグマくん、すごいねぇ…」
「まだ子供だというのにあの動き、なんて凄い才能だろう…」
「ふぅ……それじゃあ…四股踏みもここまでにして、そろそろ始めましょう!」
「おうよ!漢同士の戦い、本気でぶつかり合っていこうぜ!」
「さぁ、見合って見合って〜…」
シロクマの掛け声で、ナマケグマは腰を屈めて両手を土俵につけ仕切りの体勢を取る。グリズリーも、取り組みを始める前にナマケグマから教わった通りの手順で構えた。互いを見つめ合うその眼差しからは、絶対負けられないという強い意思がひしひしと感じ取れる。パンダとペンギンも固唾を飲んで見守り、しばらく静寂が訪れた。……そして、
「………ハッケヨイ!」
シロクマが軍牌を上げたその瞬間、ナマケグマが目にも止まらぬ速さで突進してきた。あまりの初動の速さにグリズリーが驚くのも束の間、グリズリーの巨体に強烈なぶちかましを喰らわした。そして自らの顔をグリズリーの腹に押し付けながら、グリズリーの廻しをガシッと掴んで踏ん張った。
(は、速ぇ…しかも中坊にしちゃ中々の威力だ…だが力なら俺の方が有利だ!)
グリズリーは上からナマケグマの肩を掴み、ありったけの力を込めて土俵外に出そうとした。流石のナマケグマも体格による力の差には敵わず、ゆっくり、だが確実に土俵外へと追い詰められていく…
「いっけ〜グリズリーさん!」
「ナマケグマくんしっかりー!」
(…この力…流石はグリズリーさん…でも今なら"アレ"を決められるはず…!)
(よし、この調子で…ん!?)
土俵の真ん中から端まで半分という位置まで寄り切られたその時、ナマケグマはパッと廻しから手を離し、グリズリーの右脚を両手で抱え込んだ。
「ナマケグマくん何してるの?」
「あれはもしや、足取りを決めるつもり!?」
(足取り…?……はっ!さっきナマケグマの話で出てきたあの技か…!そうはさせねぇ!)
ナマケグマは全体重をかけて脚をグリズリーの後ろに持って行こうとした途端、ペンギンの余計な一言で何をする気か勘づいたグリズリーにより上から押さえこまれてしまった。これでは得意技を決める事が出来ず、今のナマケグマに出来るのは、これ以上押されないように精一杯脚をしがみつきながら踏ん張る事のみ。そんなナマケグマの行動も虚しく、グリズリーはチャンスと言わんばかりにグイグイと土俵外へと寄り切りっていく。
「お〜!流石グリズリーさん!揚げ足取りを防いじゃうなんて!」
「だから揚げは余計だよ!…ってそんなことより、このままじゃナマケグマくん負けちゃうよ!ナマケグマくーん!がんばってぇー!!」
技を封じたグリズリーに大喜びのパンダに対し、ペンギンは絶体絶命のナマケグマに必死にエールを送る。だが夏真っ盛りの猛暑とグリズリーの怪力に耐え続けてきたせいで、身体中汗だくになったナマケグマの体力は、通常の取り組みの倍以上奪われ力も弱くなってきた。それに比例してグリズリーの寄り切りのスピードも速まっていき、とうとう内土俵の端にまで追い詰められてしまった。やはり相撲は力こそ全て…それは勝ち誇ったような表情をしたグリズリーを始めその場にいた誰もがそう確信していた。…ただ1頭を除いて。
「んぐぐぐっ…ふんぬううぅ!」
今にも脚が土俵の外に出そうになっているナマケグマは、最後の最後まで諦めたくないという一心なのか、限界まで力を込めて踏ん張った。それによりなんとか動きは止まったが、それが通用しなくなるのはもう時間の問題だ。
「最後まで粘るじゃねぇか…だがこれで終わりだあぁ!……って、なにぃ!?…うぉっ!し、しまった!」
グリズリーがトドメを刺すようにナマケグマに全体重をかけたその時、グリズリーの両手からスッとナマケグマが消えた。それによりバランスを失ったグリズリーは片足立ちになり、今にも倒れそうな状態となる。
「…今だ!!」
バランスを取り戻そうと必死なグリズリーの背後から聞こえるナマケグマの声、グリズリーがそれに気づいた時には、グリズリーの背中に物凄い衝撃が走った。それにより脚が地面から離れ、宙を舞う茶色い巨体はうつ伏せになって地面に落下し、そのまま岩のようにゴロゴロ転がっていく。そしてパンダとペンギンのいる席に当たる一歩手前で、仰向けになった状態で止まった。
「勝者!ナマケグマ!」
「そんなぁ…グリズリーさん、負けちゃった…」
「すごい!すごいよナマケグマくん!」
「……やった……やったぞ…!僕勝ったんだ!!」
シロクマは見事逆転勝利を決めたナマケグマに向け軍牌を上げると、パンダは倒れたグリズリーを見つめながら残念そうにし、ペンギンは拍手でナマケグマを讃えた。当のナマケグマは、自分より一回り、いやそれ以上に大きい相手に勝てた喜びを噛み締めるように、ガッツポーズを決める。
「おめでとうナマケグマくん。とてもいい取り組みを見させてもらったよ。まさか最後の最後にあんなどんでん返しが来るなんて思いもしなかったよ」
「あ、ありがとうございます!シロクマさんの掛け声も良かったですよ!まるで本物の行司のようでした!」
「ふふふ、そう?どうもありがとう。それとグリズリーくん、君もよく頑張ったね。お疲れ様」
「いてて……まさかこの俺があんな風に転がされちまうとはな…おかげで土まみれになっちまったぜ…」
身体にまとわりついた土を払いながら、グリズリーはシロクマとナマケグマのいる土俵に上がった。
「まぁ、君は元々茶色いからそこまで気にしなくていいんじゃない?」
「適当なこと言うな!…んなことよりナマケグマ、あの時どんな技を使ったんだ?速すぎて何が起こってんのか全然わかんなかったぜ…」
「あぁ、それなんですけど…実は結構一か八かの賭けだったんですよ」
「…どういうことだ?」
「まずグリズリーさんに足取りを封じられ一気に寄り切られた時、正直自分でももうダメかと思いました…でもお互い身体中から汗が溢れてることに気づいた時、僕思いついちゃったんです。もし最後の最後で僕が踏ん張ったとしたら、グリズリーさんならきっとトドメに全体重を掛けて寄り切ってくるはず。それと汗で滑りやすくなってるのを上手く利用すればグリズリーさんから抜け出せるかもしれないって。
そして僕の思った通りグリズリーさんが全体重を掛けてきたその瞬間、僕は右手でグリズリーさんの廻しを掴みながらサッとグリズリーさんから抜け出しそのまま後ろに回り込みました。最後にグリズリーさんがバランスを失っている隙に背中を思いっきり押す、いわゆる"送り出し"が決まり手だった…いやぁ、恐らくグリズリーさんもびっくりしたと思うんですが、正直言うと僕自身あんなに上手くいくと思わなくて…
…あ、またやっちゃった…すみません…つい興奮して…」
ナマケグマのマシンガントークにみんながポカンとした顔になっていることに気づくと、ナマケグマは申し訳なさそうに謝罪した。
「ううん、大丈夫。大体話の内容は掴めたから。要するに相撲は力が強けりゃいいってもんじゃない。時には知恵も必要ってことだね」
「いやぁ、それにしてもあの一瞬でそこまで思いつくなんて、若いからか頭の回転が速いんだねぇ」
「ボクも今度リンリンに捕まったら、ナマケグマくんみたいにサッと背中に回って思いっきり"えぐり出し"をしてみようかなぁ〜」
「それを言うなら"送り出し"ね!?それだとすっごい怖い意味になっちゃうし、どっちにしろリンリンが可哀想だよ!」
「…こりゃ素直に負けを認めるしかねぇな。ナマケグマ、素人の俺が言うのもなんだが、お前はいつか絶対最強の横綱になれると思うぜ!」
「そ、そんな…僕なんてまだまだですよ…今回の取り組みだって本当はもっと速く決める筈だったのにグリズリーさんにあそこまで押されてしまいましたし、身体もまだそんなに大きくないので…」
「なぁにへりくだってんだよ!アラスカの王者であるこの俺を倒したんだから、もっと自信を持って!それに毎日ちゃんと飯食ってよく寝て稽古に励んでりゃ、身体なんて自然にデッカくなるもんさ!ガハハハ!」
照れくさそうに謙遜するナマケグマに対し、グリズリーは彼の肩に手を回した。そして豪快な笑い声を上げると、ナマケグマもそれに釣られて笑い出した。
「…てか、腹減っちまったな…」
「じゃあ、一旦カフェに戻ろうか」
「さんせ〜い!ボク一生懸命見てたからか、もうおなかぺこぺこだよ〜」
「…応援してお腹減るならまだ分からなくはないけど、それは流石に無理があるでしょ…」
「おいシロクマ!休憩終わったら今度はお前と勝負だ!」
「えぇー、なんで僕?相撲取りって柄じゃないし、行司っていう大事な役割があるのに…」
「あの、よかったら僕が行司やりますよ?」
「ほら、ナマケグマがこう言ってるんだ!つべこべ言ってねぇで、俺と正々堂々相撲を取りやがれ!」
「やれやれ…やっぱりナマケグマくんに負けたのが余程悔しかったんだね…しょうがないなぁ、グリズリーくんは」
パンダとペンギンは漫才のような会話を繰り広げ、グリズリーのあまりの負けず嫌いっぷりに呆れたシロクマは肩をすくめた。そんなおかしくも楽しげな様子の彼らを、ナマケグマは微笑ましそうに眺めた。
(みんな本当に、優しくて面白くて、いい人たちだな…そうだ、今度は家族を連れてみんなで遊びに行こう!特におばあちゃんには悪いことしちゃったし、僕の方から誘ったらきっと喜んでくれるかもしれない…)
「おーいナマケグマ!お前も速く来いよ!」
「は、はい!今行きます!」
グリズリーに呼ばれたナマケグマは、彼らの元に向かう。その足取りは軽やかで、どこか嬉しそうに見えたのであった。
終