何だかもの凄く身体が軋む。僕は目は開いたものの、まるで身体を動かす事が出来なかった。窓から柔らかな陽射しが差し込んで来る。…朝?僕は一体どうしたと言うのだろう。そこまで考えて僕はハッと思い出した。
塔へ行って、長老に会ったんだ。それから長老が僕に何かした…。胸が苦しくなってそこから気づけばベッドの上だ。周囲を見渡すと、王都の宿の僕とパーカスの部屋だ。隣の大きなベッドにはパーカスは見当たらない。
困ったな。おしっこに行きたくなってきた。でも僕の身体は全然動かない…。
「ぱーかちゅ…?ぱーかちゅ。ぱーかちゅぅー!!」
足早に足音が近づいて来て、パーカスが顔を覗かせた。
「ぱーかちゅ!おちっこ!」
僕はベッドから起きあがろうと必死で頑張りながら、パーカスに助けを求めた。パーカスは慌てて僕を抱き上げるとお手洗いまで走った。ギリギリ、いや、少しちびっちゃったけど、湯浴みしたから問題ない…。
身体が温まったお陰か、ギクシャクするものの少しは動く様になった。酷い筋肉痛の様なこの状態は一体何なんだろう。しかも結局僕は長老の話を聞けていない。『人間』の話を直接聞きたかったのに。
「ぱーかちゅ、ちのう、にんげんのはなち、きいちゃのー?」
抱っこされて宿の食堂まで向かいながら、僕はパーカスに尋ねた。パーカスには色々聞きたいことがあったけれど、僕の語彙力でどこまで話が引き出せるか不安がよぎった。
パーカスは僕の顔をじっと見つめて、ほっぺたにキスして微笑んだ。今朝のパーカスはどこか変だ。いつもはここまでチュッチュしないのに。パーカスの髭が当たって少しくすぐったい。ほら、また!
僕とパーカスはキャッキャと笑いながら食堂に入っていった。この宿はやっぱり普通のお屋敷の様で、泊まっている人も全然居ないみたいだった。今もここには誰も居ない。
「ぱーかちゅ、だれも、いないにぇ?」
するとパーカスは、気まずそうに言った。
「テディ、実はここは私の王都の屋敷なのじゃよ。ここ数年あの辺境の街に籠っていたからの、屋敷が傷まない様に家の者に頼んで知人や友人の王都の仮宿として解放していたのじゃよ。」
僕は口をポカンと開けて、パーカスの顔を見上げた。この洒落た屋敷がパーカスのもの?そう言われて見ると、色々合点がいった。はなからここの使用人がまるで自分達の主人の様にパーカスにかしづいていたからだ。
確かにパーカスは引退する前は王国騎士団に属していた訳だから、王都にも自分の家が有るのも納得だ。
「パーカス様、どうぞその可愛らしい方を私にも紹介して下さい。」
そう言いながら食事を終えた僕らの前に進み出たのは、耳の大きく尖った落ち着いた物腰の獣人だった。ダンディという言葉が僕の頭をかすめる。ふんわりとした大きな尻尾は狐獣人かもしれない。
「テディ、セバスを紹介しよう。彼は若い頃から長い間私に仕えてくれている信頼のできる獣人じゃよ。セバス、この子が手紙に書いたテディじゃ。私の大事な養い子じゃから、宜しく頼むぞ。」
セバスと呼ばれたダンディな紳士は、僕に手を差し伸べると軽く握手して言った。
「テディ様、セバスです。仲良くしてくださいね。屋敷の者達も、一昨日の到着以来テディ様と話をしたくて落ち着かないのですよ。パーカス様も王都へ着くなりバタバタし過ぎではございませんか。まったく、貴方様はいつも…。」
ん?セバスのお小言タイムなのかな。パーカスもタジタジになってる。僕は助け舟を出してやるべく、パーカスの手を引っ張って誰にも負けない最強のセリフを言った。
「ぱーかちゅ、おちっこ!」
「やれやれ、まったくセバスは相変わらずじゃわい。久しぶりに会ったというに、まったく遠慮がないのじゃから。」
パーカスがそう言って疲れた様にソファもたれ掛かった。僕はハンモックに寝かせて貰ったのはいいけれど、これは不味い。揺れて起き上がることもできない。しかも微かに揺れてお腹がいっぱいの僕は眠ってしまいそうだ。
「…ぱーかちゅにあえちぇ、うれちかっちゃのね?ちぇばちゅ。…ぱーかちゅ、きにょう、ぼくどうちたの?」
僕は眠気と闘いながら、パーカスに昨日の事を尋ねた。パーカスから話してくれる事を待っていたら眠ってしまう。
「昨日か…。昨日は色々あり過ぎての。どこから話したら良いのか。ともかく『人間』はやはりこの世界に迷い込んでくることがあるらしい。迷い人と呼ばれての。じゃから、テディも迷い人なのじゃよ。」
長老が書棚から集めた本を眺めて、僕を迷い人と呼んだのは覚えている。僕の頭の中に嫌な事をしたのも。青い魔石…。あの老人は結構ヤバい人みたいだな。手紙を読みながら僕に何歳か聞いたんだ。それから急に身体が苦しくなって…!
僕は次々に記憶が蘇ってきて、ハッとしてパーカスに顔を向けて尋ねた。
「ぱーかちゅ!ぼく、ちにちょうだっちゃ!ちょうろー、ぼく、ころちょう、ちた!?」
僕の真剣な問いも、このダメになるハンモックの上に寝転がっていたら鬼気迫る雰囲気を出せない気がする。パーカスは目を見開いて慌てて答えた。
「長老は別にテディを殺そうとしたわけじゃないぞ?テディの本当の年齢がどれくらいか知りたがっただけじゃよ。この世界に来る前のな?」
僕は眉を顰めた。自分でもわからない事が、長老には分かるんだろうか。
「…ぼく、なんちゃいらった?」
僕の質問にパーカスはしばらく黙っていたけれど、考え考え答えた。
「獣人とも、竜人とも成長が違うから何歳というのはハッキリは分からなかったがの、そうじゃな、ジェシーの兄よりは大きかったかもしれんのう。」
僕はジェシーのお兄ちゃんを思い浮かべた。10歳と言っていたけれど、僕にはもっと大きく見えた。そう、中学生ぐらいか。という事は、元々の僕はもう少しお兄さんという事なのかな。ていうか、どうしてパーカスはそれが分かったんだろう。
「ぱーかちゅ、みちゃの?おっきい、ぼく、みちゃ?」
するとパーカスは慌てた様に長老の魔法でそう感じたのだと言った。そうなんだ。魔法って何でもありなんだな。僕はその時単純にそう思っただけだったけれど、この時パーカスが本当の事を言ってくれてたら、後であんな風に困ったことにはならなかった気がする。
結局人間については、魔素が溜まる体質だとかの細かい事は置いておいても、この異世界で何とか適応して生活出来ていた事が分かっただけでも僥倖だった。あの長老が僕にやらかした事には目を瞑ってやろう。
僕がうむうむと一人で納得していると、パーカスが僕に言った。
「テディが人間であることは、一種の個性の様なものじゃ。じゃから、テディのやりたい様に生きて良いのじゃよ。私はその為になら、どんな協力も惜しまぬからの。」
僕は温かい気持ちでいっぱいになった。パーカスはいつだって僕の味方でいてくれる。僕はちょっぴり甘えたくなって言った。
「…ぱーかちゅ、だっこちて。」
パーカスが微笑みながら抱き上げてくれてすっかり定位置に収まりながら、僕がたとえ元々がそこそこの若者だとしても結局500歳のパーカスにとってみたら、幼児と変わらないのじゃないかと思った。それってもっと甘えてもいいってことだよね。欠伸と一緒にニンマリしてしまったのはパーカスには内緒だ。