今まで守ってくれていたのに結婚してないとわかった途端露骨にすり寄ってくる獣人上司の話

  「ねえねえ、人間く~ん❤今週の土曜日の夜って空いてたりしない?もしよかったらぁ、私と飲みに出かけてほしいんだ~❤もちろん、二人きりでね❤」

  ある日の昼休憩の最中のこと、同僚の淫魔さんが突然、胸を押し付けてきながらそう言って誘ってきた。

  それはもう、何度めかの飲みの誘い。

  僕が毎回のように断っているはず……なのに、毎度なんとか誘惑しようとしてくる淫魔さんの、定型文のような誘い文句だった。

  「い、いやその日の夜は予定があるので……」

  一応、いつも通り目を合わせずにそう言うことで誘いを回避できるか試すものの、「え~❤じゃあ昼でもいいよ?❤それか、どうしても無理っていうならさ、今日の仕事終わりでもいいけど❤」と食い下がってくるので、やはり退く気はないらしい。

  まったく、いつもこうだ。

  この淫魔さんは、入社当時からほとんど毎日のようにこうやって言い寄って来る厄介な人である。

  どう考えても下心が丸見えなので毎回断っているのだが、その度にどこまでも食い下がってくる、ほとんどストーカーみたいな人だった。

  本来なら僕は今頃とっくに無理やり婿入りさせられていてもおかしくないほどに。

  それなら、何故そうなっていないのか?

  それは、いつも僕を守ってくれる人がいるからだ。

  「おい、お前!人間くんを口説こうとするな!💢全く、淫魔はこれだから……社内恋愛は禁止だと何度言ったらわかるんだ!💢そんな暇があったら仕事をしろ!💢」

  頼りになる上司で、いつも僕を守ってくれているクール獣人さん。

  彼女が大声で淫魔さんをピシャリと叱りつけると、淫魔さんはその恐ろしさに「ヒィッ……す、すみません……」と小さく声を漏らしながら身体を縮こませて去っていく。

  そして、淫魔さんがしょんぼりした顔で自分のデスクに戻っていくのをしっかり見届けてから、獣人さんはニッコリ笑顔で僕の肩に手を置いた。

  「いや、すまないな。今日は早めに気がついてやれなかったよ」

  そう言って、少し申し訳なさそうにする獣人さん。

  しかし、どこに落ち度があろうものか。

  「いえいえそんな!いつも助かってますよ!」

  僕がそう返すと、獣人さんは自信が無さそうに「そうか……?」と言ってくるものの、尻尾は大きくブンブン左右に振っているのだった。

  「それにしても全く、アイツはいつまでも懲りないヤツだな。社内で堂々と君を飲みに誘うとは。仕事はできるくせに、種族としての本能には抗えないのか?」

  しばらく雑談が続いたのち、ふとため息を吐いて、やれやれという感じで獣人さんはそう言う。

  それを聞いて、僕はふと気になり「獣人さんはどうなんですか?」と尋ねてみた。

  尋ねてから、まずい、セクハラとかになっちゃうのかな……と不安になるも、獣人さんは平気で答えてくれる。

  「まあ辛いが、我慢するしかないんだよ。発情期なんかになると誰彼構わず……特に君に襲いかかりたくもなるがね……」

  そう言われて僕は少し肝を冷やしたが、獣人さんは慌てて言葉を付け加える。

  「あ、いやいやすまない!あくまで本能で仕方なくというだけだぞ!それに、ちゃんと自制はできてるし!配偶者がいる相手を無理やり襲うような真似はしないから安心してくれ!」

  そう言って、苦笑する獣人さん。

  発情期ってそんなに辛いんだ……と知ると共に、それでも我慢しているなんて優しい人だ、と思った。

  が、少ししてふと彼女の発言の違和感に気づく。

  「配偶者がいる相手……って誰のことですか?」

  訊くと獣人さんは困惑した表情で首を傾げ、「君のことだが……?」と言ってきた。

  はて、どういうことだろう。

  獣人さんは今まで僕が既に結婚していると思っていたのか?

  僕の方も困惑しつつ、ひとまず誤解を解こうと「え、いや、僕結婚してないですけど……」と言う。

  すると、獣人さんは突然心底ビックリした様子で「えっ!!!そうなのかっ!!!」と大声を出した。

  勘違いが発覚したとはいえ、そんなに驚くことかな……と思いつつ、「ちょっと、声が大きいですって」と言うが、獣人さんは「大きくもなるだろう!本当か!?本当に結婚してないのか!?」と肩を揺す振ってきてしきりに訊いてくる。

  「し、してないですよ。逆にどうしてそう思ったんですか?」

  質問を返すと、獣人さんはデスクの上に指をさして「その羽根ペン!天使族の匂いがするじゃないか!」と言ってきた。

  それは、僕がいつも使っている羽根ペン。

  不思議に思いながらそれを手に取り、一体どういうことだろうと少し考える。

  そして、ぼんやりと思い出した。

  「……ああ、そういえばこれ、上位存在さん避けになるとか言うから通販で買ってみたやつですね。天使族は婚姻の証に自分の羽根を使ったものを贈る習慣があって、これを持っていると周囲の上位存在さんたちに既に天使族の伴侶が居ると思わせることができるとかで……。まあ、結局効果は無いみたいで、無駄な買い物でしたけど」

  そう言って僕は淫魔さんの方をそれとなく見ながら自虐っぽく言って笑ってみせる。

  ところが、獣人さんはなんだか混乱した様子で「効果が無いだと……?私は今までずっと、君に配偶者がいるのだとばかり思って……」と呟いていた。

  「あの、大丈夫ですか?」

  あまりに上の空な感じがしたので、獣人さんにそうやって心配の声をかけると、彼女は驚いた様子で尻尾をピーンと伸ばした後に、何故か先程とは比にならないくらい大きく尻尾を振り出す。

  そして、何やら浮ついた調子で言葉をかけてきた。

  「……いっ、いや!大丈夫だぞ!?そ、それよりだなっ!君!今日、仕事終わりに飲みに行かないか!?も、もちろん変な意味じゃないぞっ!!!なんとなくっ!!!あ、いや、ほら、最近君は頑張っているし労いの意味も込めてだな!!!」

  そう言っているあいだも、獣人さんはこれまでに見たことがないくらい尻尾を激しく振っていて、どうしたんだろうと思いつつ、この人からの誘いならいいかと考え「まあ、いいですよ」と了承する。

  すると、獣人さんはこれまでに無いくらい嬉しいと顔に書かれているくらいにうっとりした表情をし始めて、あれ、そういえば社内で堂々と飲みに誘うなんて良くないことだみたいにさっきは言ってなかったっけとぼんやり思い出していたが、まあこの場合は話が違うのかなと思って指摘はしなかった。

  それが良くなかったのだろう。

  ――――――――――

  「たっ、頼む!❤私と番になってくれ!❤なあ、いいだろ!?❤相手がいないんならさ!!!❤私は今まで君を守ってたんだから!!!❤いいよな!!!❤」

  そう叫んで、獣人さんは激しく腰を打ち付けてくる。

  「もっ、もうやめてくだひゃいぃっ!!!」

  酔っ払っていて回らない舌でなんとかそう言っても、獣人さんは全く意に介していないように「これからは私が養ってやるから退職していいぞ!❤というか退職しろっ!❤💢そうすれば社内恋愛にはならないし、お前も淫魔に言い寄られるのを嫌がってたんだからっ!❤それで私と番になるんだ!!!❤❤❤」とか言ってきて、全然本能が我慢できてない獣人上司に朝まで搾られ続ける話。