調子に乗って「発情期は甘え」とか言ったら、猫耳女子にされて7日間耐えないと戻れなくされた

  発情期なんて、我慢すればいいだけだと思っていた。

  リオレルは、ずっとそう思っていた。

  あの娘たちが顔を赤らめていた時も、腰を落ち着かなくしていた時も──

  "意志が弱いだけ"だと、笑っていた。

  なのに今。

  女にされた身体の奥が、何の前触れもなく──ずくん、と疼いた。

  ただ横になっているだけなのに、何かを"待っている"。

  それは三日目の夜だった。

  *  *  *

  「……結局、自分に甘いだけなんだよな」

  木陰に腰掛けたリオレルは、所属するギルドの訓練場の方を眺めながら、つぶやくように言った。夏の日差しが落ち着き始めた午後。仲間たちは水を飲みながら、ひと息ついていた。

  耳の先に汗を浮かべた獣人の少女たちが、こそこそと話し合っている。

  「また、そろそろ来るんじゃない? 発情期……」

  「ん、薬切れてきたかも……って、昨日からなんか変で」

  それを聞いて、リオレルはふっと鼻で笑った。

  「なあ、見たか? あいつら。顔真っ赤にして、"もう無理"みたいな顔してさ。大袈裟だっての」

  「……リオレル」

  声をかけてきたのは、同じギルドに所属する狐系の獣人──リアだった。すらりとした体躯に、鋭く整った目元。どこか涼しげな美人だったが、人間のそれとは違う輪郭を持っていた。

  鼻筋はわずかに前に張り出し、口元も狐らしい形状をしている。顔全体を薄い体毛が覆い、陽に透ける銀色の光沢を帯びていた。

  開いた上着の胸元にはふわりと銀白の体毛が覗き、大ぶりの耳は風を受けてゆっくりと揺れている。

  その容姿は"獣人"という言葉のとおりであり、装飾ではない生きた"種の個性"を体現していた。

  「それ、あんまり言わない方がいいよ。聞こえたら、怒られるよ」

  「なんでさ。だって本当のことだろ?」

  リオレルは肩をすくめた。

  「発情期? 本能? そんなもん、"我慢"すれば済む話だって。言い訳してるだけなんだよ、結局」

  口にした直後だった。すぐ背後から、涼やかな声が降ってくる。

  「……では、あなたは"我慢できる"と?」

  誰かが問いかけた。声だけで、すぐにそこに"女"がいると分かった。だが、リオレルはそれほど気に留めなかった。反射的に肩をすくめ、いつもの調子で返す。

  「当たり前だろ、そんなもん。女になってようが、発情期だろうが──"耐える"なんて、根性の問題だろ?」

  ふと、目線を向ける。そこに立っていたのは、一人の女性だった。

  白く、すべるような光沢を持つ法衣。肌をなめるように落ちるその布の質感は、まるで霧を編んだようで、実体が曖昧にさえ見える。異様に艶のある銀色の髪は、肩を過ぎるあたりまで伸び、わずかな動きでも光を弾くように揺れていた。

  背は高くない。だが、小柄すぎるというほどでもない。年齢も──よくわからない。顔立ちはどこか幼いようで、しかし整いすぎていて、目を離しづらい。美しいとは違う。可愛いとも少し違う。その中間。

  見惚れているうちに、そういう言葉が浮かばなくなる、そんな不思議な相貌だった。

  「……本当に、そう思ってるの?」

  澄んだ声だった。それでいて、どこか底が知れない。

  リオレルは少し面食らいながらも、顔に笑みを浮かべた。

  「え、まあ……そりゃ。女になっても、発情期でも、耐えられると思いますよ、俺は」

  「本当?」

  その問いには、どこか奇妙な響きがあった。

  「本当、です。俺、精神力には自信あるんで。理性で乗り切れないなら、それはもう獣と変わらないでしょ」

  言い切ってから、リオレルはふと周囲の視線に気づいた。狐娘のリアが、冷たい目を向けていた。

  「……ほんと、そういうとこ嫌われるよ、リオレル」

  「え?」

  「経験もないくせに、知ったふうに言わないで。わたしたちがどんなに大変か、ちょっとでも考えたことある?」

  リオレルは口を閉じた。なんとなく、場の空気が重たくなっているのを感じた。だが、その女だけは、微笑を浮かべたままだった。

  「では、あなたにぴったりの"体験"があるかもしれませんね」

  その言葉が何を意味していたのか、この時点のリオレルは、まったく分かっていなかった。しばらく訓練場で過ごしたあと、リオレルはそのままギルド宿舎へと戻った。

  そして、その日のことなど──すぐに忘れてしまった。

  その夜、彼は久々に、ぐっすりと眠った。

  ▲Day 1.

  夜明けにはまだ早すぎる──そんな、時間の底にいるような静けさの中で、リオレルが最初に感じたのは、湿り気だった。

  夢と現の境界がぼやけたような、奇妙に静かな空気だった。

  頬に貼りつく髪。

  首筋をつたう汗の感触。

  目を覚ましたリオレルは、まず寝汗の不快感に眉をひそめ──そして、ようやく気づいた。……かつての自分とは、まるで違うことに。

  普段のリオレルは、金色の短髪に、細いけれど鍛え上げられた筋肉質な体躯。顔立ちは悪くなく、酒場ではそれなりにモテた。「鼻が高い」「笑うとかわいい」「目元がかっこいい」──そんな言葉を何度となくかけられてきた。

  だが、今。

  鏡がなくてもわかる。腕も脚も細くなり、肌らつややかで、骨格も小さくなっている。

  何より──長く伸びた髪が、頬に貼りついていた。顔の輪郭は丸みを帯び、目は驚くほど大きくなっている。

  筋肉は消えたわけではないが、代わりに柔らかく女らしい肉付きが全身を覆っていた。

  腕が細い。胸が重い。そして腹の下に、なにかが──ない。

  ……そう思ったけど、同時に“ある”という知覚も生まれた。なにも"無かった"はずの場所に、妙に柔らかな“感覚の核”が生まれていた。意識すれば、知らない筋肉がそっと動く。

  「……は?」

  喉から漏れたその声に、頬の筋肉がぴくりと痙攣した。

  女の声──甘く、細く、やけに艶っぽい音。一瞬で、眉が跳ね上がる。目が見開かれ、口が開いたまま、声が出せなかった。

  急いで身体を起こし、足元を見た。視界が低い。腰のラインも、脚の付け根も、自分の知っているものじゃない。汗ばんだ肌が、自分のものだとは思えなかった。

  「おい……これ、どういう──」

  その声も、また"女"だった。

  鏡がないかと辺りを見回す。見慣れた白壁と木の床。ギルド宿舎の一室──のはずなのに、今はどこかよそよそしく思えた。扉のすぐそばに立っていた女が、静かに口を開いた。

  「お目覚めですね。ようこそ、――“体験“へ」

  その女に、リオレルは見覚えがある気がした。あの時の──木陰で話しかけてきたあの女だ。

  どう見てもあり得ない状況なのに、なぜか、恐怖も警戒も湧いてこなかった。ただ、ここにいるのが"当然"のように思えてしまう。

  「あんたは確か……」

  「セレスティアと申します。セレスで構いません。ご案内役を務めさせていただきます」

  柔らかく微笑んだまま、彼女は一礼する。

  「本日から七日間、あなたには"女性としての発情期"を体験していただきます。今回選ばれたのは、猫系の獣人族。

  とはいえ外見はほとんど人間と変わりません。祖先に獣の血を持つというだけで、特性が現れない個体も多いのです」

  その声が耳に届いた瞬間──なぜか、妙に鮮明に響いた。

  澄んでいて、澄みすぎている。空気の震えではなく、頭の奥に直接音が差し込んでくるような……そんな、異様な聞こえ方だった。

  (……変だ。空気の反響じゃない。もっと……近い?)

  鼓膜を通している感覚がなく、それでいて一言一句を逃さないほど繊細だった。 彼女の声に含まれる抑揚さえ、まるで肌で感じているかのように伝わってくる。

  「……冗談だろ」

  リオレルは呻いた。だが、胸の膨らみは揺れ、股間は──もう男のままではなかった。それでも、そこにはたしかに“何か”があって、意識を向ければ、それはやっぱり反応した。

  「発情期はまだ始まっておりません。初日は慣らしを兼ねた観察期間です。徐々に兆候が現れますが……その耐久については、ご自身で判断を」

  「判断って……元には戻れるんだよな?」

  「七日間、"絶頂することなく"耐えきれれば、元に戻して差し上げます」

  セレスの声には、微塵の迷いもなかった。

  「……まあ、当然だよな。別に耐えるだけなら──」

  「ただ、もしどうしても我慢できなくなった場合は──そのときは、きちんと"誠意"を見せていただければ、赦してあげます」

  「……なにそれ」

  「無理に我慢する必要はありません。発情というのは、本来、抗えないものなのですから。

  あなたが"そういう気持ち"になってしまったとしても、責めたりはしません。……ただ、そのときはきちんと、自分の言葉で謝ってくださいね」

  その"優しい"声に、リオレルの眉がぴくりと動いた。

  「謝るのは、そっちの方だろ?」

  セレスの目が細められる。

  「この七日が終わったら、謝ってもらいますよ。ちゃんと俺が正しかったって。……俺の理性と、自制心をなめるなよ」

  「ふふ……楽しみにしています」

  「俺は──いや、わたしは、耐えてみせますよ」

  言いながら、あえて"わたし"と言い直した。男の名残を断ち切るように、堂々と、誇らしく。

  違和感などない。むしろ──この状況でも揺るがぬ理性と誇りの証のように思えた。

  「わたしは、耐える。それで、証明してみせます」

  「では、どうか"最後まで"ご自身を貫いてくださいね。……途中で赦しを乞うことにならないように」

  ご丁寧に着替えが用意され、寝間着として簡素な白衣と下着が渡された。柔らかい布の感触。胸の重みに合わせたブラ。

  脱ぐときより、着るときの方がきつかった。

  特にショーツを履く瞬間──何もない股間を、下腹の中心から内側へ、静かに締め付けるような感覚があった。

  まるでそこにも、新しい神経が根を張っているかのように。

  「──気のせい、だよな」

  そう呟きながら、寝台に戻った。

  寝返りを打つたびに揺れる胸、太ももに触れる布、肌の感度──

  どれもが、自分のものではないのに、やけに馴染んでいる気がして──リオレルは、もう一度黙った。

  ……どこか、普段より背中や頭が重たいような、そんな妙な感覚もあったが、今は気にしている余裕もなかった。

  *  *  *

  朝食のあと、リオレルは施設内の広場に呼び出された。

  そこに集まっていたのは、同じギルドのメンバー──女の子たちばかりだった。彼女たちはいっせいにリオレルを振り返り、そして──沈黙のあと、ほぼ同時に吹き出した。

  「……マジで本人? 嘘でしょ?」

  「てか顔ちっさ! 髪、サラッサラだし、なんでそんなに肌キレイなの?」

  「胸、普通にあるし……しかも、ちゃんと揺れてるし……ぷっ!」

  最初に声を上げたのは斥候のエリスだった。今のリオレルに近い、ほとんど人間に見えるタイプの獣人の彼女。頭の上には、やわらかそうな垂れ耳が一対──犬系らしい特徴がしっかり残っている。

  口元を手で押さえながらも、その耳はぴょこぴょこと忙しなく揺れていた。笑いを堪えきれていないのは、耳の動きが何より正直だった。

  「おかしいっていうか……うん、想像以上だこれはっ」

  同じく斥候のカレンが、腕を組んでじろじろとリオレルの全身を値踏みするように見ながら言った。

  ここまでは、ある程度、覚悟していた。女の姿を見られることも、冷やかされることも──リオレルなりに、心の準備はしていたつもりだった。思っていたより騒がしいとはいえ、まだ我慢はできる。だが――

  「ええっ! その人リオレルなの!? なにその尻尾!? ていうか女の子になってる!!」

  「……ってか、耳でかっ! しかも、めちゃくちゃ毛並みいいんだけど!?」

  その声は、少し離れたところにいた別のギルドメンバー──明るい性格の弓兵の少女、ミルだった。彼女が驚いたように目を見開いて、リオレルの頭を指差していた。

  ──やっぱり、言われたか。

  リオレルは微かに目を伏せた。

  今朝、鏡を見たときにはすでに気づいていた。ふかふかの毛で覆われた猫耳が、しっかりと生えていたこと。そして腰のあたり、妙な重さの正体が──自分の"尻尾"だったこと。

  けれど、こうして口に出されると、なんとも言えない恥ずかしさがこみ上げてくる。予想していたことなのに、それが言葉になると、妙に刺さる。わざわざ指摘されたわけでもないのに、どこか"見透かされた"ような気がして──

  その耳が、羞恥に反応してぴくりと動いた。まるで自分の意思とは無関係に、勝手に反応してしまったかのように。

  「てかさ、あんた今朝、正面の部屋の子に自慢げに話してたんでしょ?」

  「そうそう、"七日間、女になって発情期を体験するんだ"って──」

  エリスが腰に手を当てて、芝居がかったドヤ顔を作る。

  「"でも俺なら耐えられるし?"とか、"理性あれば余裕でしょ?"──って!」

  「その顔でそれ言ってたと思うと、まじ笑うんだけど」

  「ていうかさ、声まで可愛いし。昨日のリオレルの声、もう覚えてないかも」

  「仕草も声もそうだけど、なんか……馴染んでる感がすごいよね」

  そう言いながら、エリスが胸元で両手をそろえ、わざとらしく体をくねらせて女子っぽい仕草を真似てみせた。そのたび、耳が楽しげに跳ねていた。

  「馴染んでない!」

  思わず声を張ると、また一斉に笑い声が上がった。手を上げて抗議するその動きすら、どこか"女の子の怒り方"に見えてしまっていた。

  エリスの耳がぱたぱたと揺れながら、悪戯っぽく笑った。

  「てか今の怒り方……逆に可愛いんだけど」

  「"この声で怒鳴られても"って感じだよね、ふふっ」

  別の子が頷きながら茶化すと、それにもまた笑いが起きる。

  「でもまあ、ほんとに七日間耐えきれたら、それはそれで尊敬するよ」

  「あたしはヒューマンだけど、女友達見てたら分かるよ。あれ、普通に地獄だからね~~」

  カレンがさらりと肩をすくめた。声に悪意はないが、真顔で言うぶんだけタチが悪い。

  「七日間の"修行"ってことで♡」

  エリスが尻尾を振りながら言う。リオレルはなにも返さず、ただ視線を泳がせた。

  笑いながら、好奇の目を向けてくる仲間たち。そのどれもが、今の自分を"女"として見ているのがわかって、喉の奥がひりついた。

  思っていた以上に、こうした軽口はじわじわと心を削ってくる。

  セレスの"赦し"がどうこうという以前に、まずはこの空気に──この"扱い"に、耐えなければならなかった。

  *  *  *

  セレスが言っていた通り、その日は「女になった」という以外、特に何も起きずに終わる──

  そう思っていたのだが。

  夜。

  最初に気づいたのは、胸の奥に生まれた妙なざわつきだった。寝台に身体を横たえても、なかなか眠れない。いつもなら、訓練終わりの疲労ですぐに眠れるはずだった。

  けれど、今夜は──すべてが少しずつ、違っていた。

  枕の感触が変だ。首筋をくすぐる髪の毛。寝巻きの布が擦れるたび、肌がぴくりと反応する。空気の冷たささえ、妙に神経を逆撫でしてくる。

  (……なんだよ、これ)

  寝返りを打つ。胸が潰れて、少し遅れてふるりと揺れる。その重さと柔らかさが、自分の一部とは思えなかった。太ももがこすれ合い、内腿の柔らかさにイラつく。

  指を組んで腹の上に置いてみても、その下から伝わる体温と弾力が、気味悪く思えた。

  男だった頃の身体は、もうどこにも残っていなかった。

  思い返す。朝食時、器が微妙に持ちづらかった。箸を握る手が細く、小さく、口も思ったより開かずに食べづらかった。

  座った姿勢での排泄も、馴染みのない形に戸惑った。

  意識的に確認しようとすれば、"そこに違うものがある"という事実を突きつけられる。

  尿が出る瞬間、「ここから出るのか……」という実感が走った。少しだけ、内側にこぼれるような感覚があり、どう拭けばいいのかもわからなかった。

  ギルドの奴らの顔も、頭をよぎる。

  「声、かわいくね?」

  「仕草、もう女子じゃん」

  「リオちゃん、頑張って♡」

  (……ふざけやがって)

  笑い声は、いま思い出しても耳に残っていた。特に"声"の話は妙に引っかかる。喉に手を当てて、小さく「おい」と呟いてみた。──やっぱり、女の声だった。

  可愛げがあるというより、柔らかくて、逃げ場のない音。感情が込もれば込もるほど、女らしさが滲み出てしまう。

  (……慣れたら、終わりだぞ)

  そう自分に言い聞かせて、リオレルは布団をきつく抱え込んだ。誰もいない静寂の中で、自分の身体が"女"であるという事実だけが、確実に、何度も、突きつけられていた。

  リオレルは目を閉じ、両腕を交差させて胸元を抱きしめた。まるで、自分自身の中から生まれた"なにか"を押さえつけるように。

  それでも、熱は、確かにそこにあった。

  静かに、ゆっくりと。

  ──発情期の兆候が、始まろうとしていた。

  ▲Day 2.

  朝の光が、静かに寝室に差し込んでいた。

  リオレルは寝台の縁に腰を下ろし、深く息を吐いた。下腹部の熱は、昨夜よりも確実に強まっていた。脚のあいだが、いやにじっとりと湿っていて、下着の感触が張りついてくる。

  起きてすぐなのに、もう耳の裏や腿の内側がほてっていた。そこに風が当たるだけで、思わず身をすくめたくなるほど、神経が尖っていた。

  「おーい、リオレル。手、空いてる? 小麦袋の運搬、頼めるかー?」

  外に出ると、ギルドの作業班が倉庫で荷物を積んでいた。調教師のミリアと、射手のフランが並んで袋を運んでいる。

  「へえ、ちゃんと来たんだ。女になったら引きこもるかと思ってたのに」

  「でもほんと、違和感ないよねー。パッと見じゃ、"男だった"なんて思えないもん」

  ミリアが軽口を飛ばすと、フランがくすりと笑った。

  「うるせえよ」

  口ではそう返したものの──近づいてきたミリアの身体から、ほんの微かに石鹸と汗の混じった匂いが漂ってきた。

  普段なら気にも留めない程度のものが、今日はやけに鼻についた。喉の奥がむずがゆく、頭の奥をかすかに揺さぶってくる。

  (なんだよ……この感じ)

  しゃがんで小麦袋を持ち上げるとその瞬間、股間に湿った布が押しつけられ、ぬるりとずれる。立ち上がれば、太ももに引っかかった下着が引き剥がされるように戻る。

  そのたびに、奥の方がぴくりとした。

  「ふふ……でもさ、なんか分かる気がする。"あたしも最初は抵抗あったけど、発情って気持ちいいよ?"って」

  「気持ちよくねえって!」

  即答した。だが、その声に自信があったかというと──ほんのわずか、ぐらついていた。

  「ふーん……じゃ、あと3日くらいしたら聞いてあげるよ。そのときも同じこと言えたら、すごいと思うな」

  ミリアは肩に小麦袋を担ぎ、軽やかに歩いていった。

  リオレルは唇を噛みしめる。こんなことで負けるわけにはいかない──そう言い聞かせながら。

  作業を終えて部屋に戻った午後。リオレルは、再びあの灰金の髪を見た。

  「こんにちは、リオレルさん。……お加減、いかがですか?」

  セレスは、まるで最初からそこにいたかのように自然に立っていた。

  白く簡素なローブに、淡い紫の瞳。その瞳は、笑っているのにどこか──冷たい。

  「……問題ない」

  声は平静を装っていたが、視線は明らかに揺れていた。

  セレスの瞳が、そのわずかな動揺すら見逃さなかったかのように、柔らかく細められる。

  「昨夜から、下腹部がじんわり熱を帯びてきたはずです。接触への過敏化、潤滑の自動分泌、これが"第一波"です」

  「……知ってるよ。説明は受けてる」

  「でも、実際に体験するのは初めてでしょう? 理屈では済まされないことが、これからたくさん起きます。……全部、"あなたの身体"の問題です」

  その声には、優しさと残酷さが同時に混じっていた。

  「もし……途中で耐えられなくなった場合は、ギブアップすることも可能です」

  「するつもりはねえよ」

  「ええ、ええ。今は、ね。でも一応、お伝えしておきますね」

  セレスは微笑むと、こう続けた。

  「西の礼拝堂に来てください。だれも使っていない古い建物ですが、わたくしはそこで待っています。朝の8時から、夜の20時までそこにいます」

  「礼拝堂……?」

  「はい。そこに来て、"赦しを乞う"のであれば……そのときは、あなたの"誠意"をきちんと見せてくださいね」

  笑顔のまま、セレスは静かに身を引いた。この話はこれでおしまい──とでも言うように。

  その夜、なんとなく気になってリオレルは他のメンバーに聞いてみた。

  「あのさ、西の礼拝堂って、今誰か使ってたりするか?」

  「あそこ? もうとっくに封鎖されてるはずだよ。何年も人の出入りなんかないって話だぜ?」

  まるで、幻でも見ていたようだった。

  けれど──確かに、あのときセレスは"そこにいる"と言った。あの女は、いったい何者なのか──そう思った瞬間、寒気とも熱ともつかない感覚が、リオレルの背中を撫でていった。

  *  *  *

  夜、灯りを落とし、リオレルはひとり、ベッドの上にいた。

  シャツの内側で、胸がじっとりと汗ばんでいる。シーツに触れる腕や脚が妙に熱を持っていて、動くたびにじわりと湿った空気がまとわりついてきた。

  目を閉じても、身体が落ち着かない。背中が火照り、脚のあいだも既に下着ごと湿っていた。起きてからずっと、変な熱が下腹の奥にこもっている。

  ふと、ふわっとした甘い匂いが鼻をかすめた。

  顔をそむけても、消えない。むしろ──下の方から、立ちのぼっている気がした。鼻を近づけたわけでもないのに、そこから出ているものだと分かった。

  (……まさか。これ、俺の……?)

  自分の匂いなんて、意識したこともなかった。でもこれは、明らかに男のものじゃない。湿って、甘くて、肌にまとわりついてくる。

  思わず身体を起こしかけて──膝を締めた。

  無意識に太ももがこすれた瞬間、下腹の奥で、筋肉がひとつ、きゅっと反応した。まるでそこだけが、独立して呼吸をしているみたいに──勝手に締まり、また緩んだ。

  「……く、そ……っ」

  歯を食いしばり、身体を丸めて布団を抱きしめる。

  言葉にできない何かが、中でうずいている。触れさえしなければ、きっと収まる。そう思って、手を止めた。

  でも、脚のあいだからはとろりと温かいものが滲み出ていた。布越しに、ぬるい濡れが広がっていく。

  (ちがう、これは──俺じゃない)

  そう何度も言い聞かせた。でも、身体はもう明確に"雌"としての反応を始めていた。

  自分の内側が、どうにも“ひらいていく”感覚があった。閉じていたはずの何かが、ゆっくりと──自分の知らない手で、押し広げられていくような。

  誰かが触れたわけでもないのに、どこかが緩んで、そこが脈打つのがわかった。

  (……もう、やめてくれよ……っ)

  震える足をぎゅっと閉じ、シーツにしがみつく。下半身の奥で、脈を打つような感覚がいくつも生まれていた。どこが痛いのか、どこが感じているのか──もはや境界さえ曖昧だった。

  気づけば、枕の横のシーツに濃い染みができていた。

  誰にも見られていないのに、顔が熱い。

  悔しい。怖い。恥ずかしい。でも。

  ……それでも、触れなかった。それだけが、唯一の誇りだった。

  ▲Day  3.

  朝日が差し込むころには、リオレルの意識は既に朦朧としていた。

  まぶたは重く、視界はかすみ、頭は熱に浮かされたようにぼんやりしている。

  けれど、それは「寝不足」のせいだけではなかった。むしろ── 寝られなかったこと自体が、発情の症状のひとつだった。

  脚のあいだが、まだじんわりと熱い。下着は、夜中に何度も張りついて、そのたびに取り替えた。けれど──意味はなかった。どれもすぐに、びっしょりと濡れてしまった。

  「リオレル、大丈夫?」

  声をかけてきたのは、調教師のミリアだった。リオレルは、反射的に「大丈夫」と答えようとした。けれど──

  「顔、めっちゃ赤い。……てか、目、充血してない?」

  「……うるさい」

  声は、掠れていた。喉が乾いていた。羞恥ではなく、単純に"熱に浮かされている"という感覚が、胸の奥に広がっていた。

  「ふーん……もしかして、もう来てる? "そっち"、始まってる感じ?」

  からかい混じりの声が刺さって、リオレルは無言のまま顔を背けた。

  「……やっぱ、慣れてないとキツいよね。わたしも最初はめっちゃしんどかったもん。

  でも、一回“済ませたら“、めちゃくちゃ楽になるって、すぐ分かるよ」

  「……やってねえよ」

  低く呟いた。

  「やってないし、やらねえ。……絶対、な」

  ミリアは肩をすくめ、ニヤリと笑う。

  「まー、がんばって」

  その言葉が、妙に冷たく響いた。

  夕刻、リオレルはひとり、街の中を歩いていた。どこかで気を紛らわせようと思った。

  けれど、それは失敗だった。歩くだけで、太ももが擦れる。身体の芯から湧き上がる熱に、呼吸が浅くなる。誰かとすれ違うたび、首筋の産毛がぞわりと立つ。

  ──おかしい。なにもしてないのに、身体がこんなに反応してる。

  通りすがりの男の吐息に、肩が震えた。手が触れたわけでもない。ただ、近くを通っただけ。なのに、背中にざわりと粟立つ快感が走る。

  店先の香料。鼻をかすめた香辛料の匂いに、下腹部が反応した。

  自分でも信じがたい。におい──それだけで、内臓の奥が甘く疼くなんて。

  胎の深くが"満たされたい"と、微かに脈打った。──"におい"で反応してしまうことが、信じられなかった。

  視界に入ったのは、鍛冶屋の前で汗を拭う男の腕。その筋の張った二の腕を見た瞬間、腰の奥が、じんわりと熱を持った。理由なんか、わかるはずがなかった。ただ、"そこ"が求めた。

  目じゃない、理屈でもない──女の身体が、自分より強そうな雄を、勝手に選び取ろうとしている。

  (……見てない、欲しがってない。そんなはずない)

  けれど、"そこ"は明確に答えていた。まるで、心とは別の生き物みたいに、ゆるりと熱を広げていく。

  誰も彼を見ていない。けれど、彼はまるで自分の中だけで、淫らな劇を見せられているような羞恥と戦っていた。

  「はぁ……っ、く……」

  誰にも聞こえないよう、物陰で壁に手をついた。下腹が、焼けるように熱い。内側の、どこか柔らかい部分がじわじわと開きはじめているような、そんな感覚。息を吐くたび、そこがひくついて、身体の奥から甘い脈動が立ち上がる。

  けれど、それ以上に厄介なのは──"そこを触ってほしくて仕方がない"という、本能的な渇望だった。

  (ダメだ、ダメだ……やったら、終わりなんだ……!)

  わかってる。

  わかってるのに、手が勝手に腹の下へ伸びそうになる。

  ("絶頂"したら、もう戻れない──)

  この地獄の始まりに、そう言われていた。だからこそ、踏みとどまらなければならない。耐えれば──元に戻れる。

  「……っ……く、そ……っ!」

  声を殺して、指を握りしめた。あと何日だ? あと──四日?

  (無理だ……って思ったら、終わりだ)

  その場に膝をつきそうになった自分を、なんとか奮い立たせた。

  *  *  *

  寝台に横たわってから、リオレルは何度、時間を確認しただろうか。

  寝たい。眠れば、少しはマシになる。そう信じていた。けれど、寝ようとすればするほどに──体が疼いた。脈を打つように、下腹が熱を持ち、脚のあいだがじんわりと湿っていく。

  寝ようとすること自体が、発情の引き金になっていた。

  (くそ……なんで……)

  眠気はある。まぶたも重い。でもそのぶん、意識が溶けて、快感が入り込んでくる。考える余裕がなくなるほど、身体が勝手に"期待"し始める。

  (おかしい……おかしい、だけど……)

  眠りたいのに、寝られない。寝られないから、余計に発情が加速する。そしてまた、眠れなくなる。ぐるぐると回る頭の中に、"気持ちいい"だけが残っていく。

  思考の淵が削られ、丸く、柔らかくなっていく。"理性"という名のものが、溶けて、崩れて、──ただの"欲しい"だけになっていく。

  気づけば、心の奥で"誰か"を呼んでいた。

  それは助けではない。抱擁でも、愛でもない。ただ、「触れてほしい」──それだけの声だった。

  そんなはずじゃなかった。

  誰かなんて、求めてなかったのに。

  けれど、脳の奥が、子宮が、指先が──ひとつの願いを形にしようとしていた。

  (寝かせて……お願いだから、早く……)

  数分おきに目を閉じて、また開いて、そのたびに自分の意識がいかに冴えているかに絶望する。

  肌は汗でじっとりと湿っていた。寝巻きの内側に、なにか熱いものが張りついているような感覚。

  足のあいだが、くちゅ……と音を立てて擦れるたび、全身にぞくりとした震えが走った。

  (ダメだ……触れたら、終わりだ……)

  何度、そう思っただろう。ほんの少し、指をずらすだけで、楽になれる。

  そうすれば、この苦しさは──

  (……違う)

  楽になるんじゃない。"終わる"んだ。

  今の自分が女である証を、自分で認めることになる。それが、耐えてきたすべてを壊してしまう。

  (……ここで負けたら、"俺"じゃなくなる)

  歯を食いしばった。掛け布を噛んで、肩を震わせて、力を入れた指は、震えながら太ももを掴んでいる。自分自身の暴走を、押さえ込むように。

  足を閉じるたび、下腹の奥が疼き、ひとりでに脚が震えた。脈打つようなうねりが、股間から脳にまで突き抜ける。吸ってはいけない熱を吸い込むたび、乳首が尖っていく。

  体の奥で、熱が細かくはじけるように脈を打っていた。

  「……くっ、はぁ、あっ、く……」

  喘ぎとも言えない息が漏れる。なのに、それは明らかに"快楽"だった。

  ──もう、限界だと思った。

  身体が、何度も、擬似的な絶頂の波に飲み込まれながら、それでもなお、「本物」に至っていないことだけが、かろうじて理性を繋いでいた。

  ほんの一寸でも触れていたら、崩れていた。ただ呼吸していただけなのに――"絶頂直前の状態"が数時間、続いていた。

  意識の輪郭がとろける。

  快楽と眠気がないまぜになって、自分が何を考えているのかさえ、曖昧になっていく。

  (もう、これ以上は……)

  脚のあいだに、布団の端を巻き込んで締めつけた。

  自分の脚を、自分の力で拘束するために。

  (この手を動かしたら終わる──!)

  足を閉じるたびに、シーツの奥から水気を帯びた音が響いた。自分の意思ではない。動かした覚えもない。それでも、身体は勝手に濡れ、音を立てて悦びを告げていた。

  "触れなければいい"──その一点だけで、リオレルは自分を保っていた。

  ……思い返せば、初日も、二日目も、こうして夜がいちばんつらかった。

  この状態がいちばん酷くなるのは、夜なのかもしれない。暗くて、何もすることがなくて、逃げ場がないから──

  きっと、朝が来れば、少しは……楽になる。そう、信じた。

  (もう少しだ……)

  (朝まで……朝まで耐えれば、終わる……)

  リオレルは時計に目をやった。まだ、一時間も経っていなかった。

  ……冗談のような現実だった。いったい、今までに何度、絶頂寸前の波を越えたのか。

  指一本動かせば、きっと"終わる"。それを止めているだけで、全身の神経が、じりじりと擦り切れていくようだった。

  シーツの中は、もうぐっしょりと濡れていた。布を巻き込んで脚を閉じても、体の奥から染み出してくる。自分の中に、何か、ずっと、ひらいたままの“受け口”があることが、どうしようもなく分かってしまう。

  もう何度、限界を超えたかわからなかった。意識が飛びそうになって、腕を噛んで、歯を立てて──金属の味がした。それでも、快感の波は止まってくれなかった。

  ……夜が、終わらないようにさえ思えた。息を吐くたび、熱がどこにも逃げ場なく身体に溜まっていく。まるで、時間の流れだけが、自分から遠ざかっていくようだった。

  ──だから、朝の光は。

  あまりに唐突で、あまりにまぶしかった。

  (……耐えた……!)

  ……ふっと、音が消えた気がした。

  頭の中を占めていたざわめきが、突然すうっと引いていく。胸が上下している。けれど、それが"自分"である実感がなかった。全身が麻痺したように、感覚が遠のいていた。

  息を吐いた。ただ、それだけで──生還できたような気がした。

  (……終わったんだ)

  そう、思った。ようやく、ほんの少しだけ眠れそうな気がした。

  意識の底から、ゆっくりと何かが浮かび上がってきた。安堵。誇り。涙のような、汗のような温もり。

  「……勝った……」

  小さく呟いた。心の底からの、誇りと安堵。自分を"自分"のまま、守り抜いた実感があった。

  シーツは濡れていた。下着は、何度も交換が必要だった。けれど、"イッてない"。

  (ギリギリのラインで、踏みとどまった──!)

  けれど──

  時計の針が動いたとき、カレンダーの数字が目に入った。

  (……ん? 今日で……三日目……?)

  なぜだろう。自分は、"朝になれば終わり"だと、当然のように思っていた。

  まるで、脳が勝手に勘違いさせていたみたいに。けれど、そこには、容赦なく現実が残っていた。

  「……あと……」

  いったん口を閉じる。

  目を凝らして、日付を確認する。

  「……四日……?」

  リオレルの顔から、血の気が引いた。

  今のこれを、あと四回ではない。この地獄を、さらに強く、長く、深く、四日分。

  (無理だ……!)

  その言葉が心をよぎった瞬間、脚の奥が、またしても疼いた。

  絶頂していなくても、身体はもう──

  求めて、疼いて、渇いて、ただ"注がれる"ことだけを夢見ていた。

  ▲Day    4.

  ──気づいたら、眠っていた。

  ほんの数分だけ意識を手放しただけだと思っていた。でも、窓の外はもう、ずいぶんと明るかった。

  (……いつ寝た?)

  記憶が曖昧だった。まるで脳が勝手に"落ちた"ような感覚。

  夜を越えるだけで、あれだけ疲弊していた。火照った身体は、ほとんど発熱しているようで、頭も、喉も、まだじんわりと乾いている。

  喉に力を込めて、ぽつりと呟いた。

  「……っ、う、そ……だろ……」

  その声が、妙に掠れていた。高く、細く、どこか頼りない──女の声だった。昨夜、荒く呼吸を繰り返していたせいか、喉の奥がひりついていた。

  (……やっちまった……)

  脚のあいだから染み出す、粘ついた感触がすべてを教えてくる。

  目が覚めた瞬間、濡れているとわかった。視線を落とすと──シーツに、透明な染みが広がっていた。

  顔が、みるみる熱くなる。夜中、一度も触れていないはずだった。なのに、どうしてこんなに濡れている?

  (寝てるだけで、出たのか……? ……いや、それどころじゃない。これ──)

  横の壁にかけられた、時計が目に入った。

  「え……? あ、れ……っ」

  口の中が渇く。

  ──仕事の集合時間は、とうに過ぎていた。

  背筋が凍る。よりにもよって、"これ"が原因で、遅刻した。

  (まさか……発情で寝坊とか……)

  昨日までなら、笑い飛ばしていた。「あいつら、発情期で遅刻? 甘えすぎだろ」って。けれど今、遅刻の原因は──間違いなく、自分の身体だった。羞恥という言葉では足りない何かが、喉の奥に詰まっていた。

  時計を見る。まだ急げば、昼前の便には間に合う。

  (……着替えなきゃ)

  寝台を離れた瞬間──脚のあいだで、ぬるん、と濡れたものが揺れた。

  (……ダメだ。今のままじゃ、歩くだけでまた……)

  下着を確認するまでもなかった。夜の間に、何度もじわじわと溢れていたせいで、ショーツは湿気を吸って重たくなっていた。

  新品に替えても、またすぐ濡れるのが目に見えている。

  (……ナプキン、使うしかねぇか)

  リオレルは眉をひそめた。

  不本意だった。"女の習慣"──自分とは無縁だったはずのそれが、今の身体には必須だった。これをしなければ、今日一日まともに過ごせそうになかった。

  棚の奥をあさると、「発情期対応」と記された小さな袋が見つかった。中には、きれいに折りたたまれた白くて分厚いシート。

  「……こ、これか……? 俺が……使う、の……?」

  その声も、高く、揺れていて、どうしても自分の声だと思えなかった。

  (直接、貼るのか……?)

  試しに、ナプキンを取り出し、粘着面をぺりっと剥がす。

  とりあえず肌に貼ってみようとして――

  「……っ!? ちょ、まっ……つっめた……!? なにこれ、……え、違うのか!?」

  思わず身体をのけぞらせて飛び退く。ぴとりと粘着面が内腿に貼りついた瞬間、全身がぞわりと粟立った。

  改めて袋の中を確認するが、説明らしきものは見当たらない。

  仕方なく、ナプキンと下着を見比べながら、なんとなく「ここだろう」と当たりをつけ──リオレルは、ぎこちなくショーツを手に取り、慎重にそれを貼りつけた。

  なんとなくそれっぽい位置に貼りつけ、穿いてみる──

  「うわっ……な、なんだこれ……」

  妙に存在感のある感触。しかも、それがぴったり"濡れる場所"に沿っているのがわかる。全身にじんわり汗がにじむ。

  慣れたら終わりだと、そう思っていたはずなのに──今の自分は、その"終わり"に、もう片足を突っ込んでいる気がした。

  その日、リオレルに割り当てられたのはギルドの依頼の一つ、雑貨商への物資運搬だった。箱を背負い、坂道を登る。周囲に何人かの男たちがいる。別の班の冒険者たちだ。

  その中に、見知った顔があった。明るい性格の調教師・ミリアと、魔導職のリリーナ。どちらも、同じギルドに所属する仲間だ。

  「おっそ〜、リオレル〜! てか、その格好、汗だくじゃん?」

  「……放っとけ」

  リオレルが顔を背けると、ミリアが小声で、けれど悪戯っぽく囁いた。

  「もしかして……発情で遅刻〜?」

  「──っ」

  心臓が跳ねる。言葉が出ない。

  「うそ〜♡ マジで発情で寝坊? あんなに強気だったのにぃ?」

  にこにこしながら追撃する、明るい声。

  そしてその横で、リリーナが冷ややかに口を開いた。

  「へぇ……"我慢すればいい"んじゃなかったんだ?」

  「……っ……ちが……っ」

  「……なるほどね。女の身体になったとたん、"我慢"って言葉が通じなくなるんだ」

  声のトーンは低い。けれど、そこに込められた感情は、ただの皮肉じゃなかった。

  ──あのときの。発情期に苦しむ仲間を、リオレルが笑ったときの。あの冷たい視線と、怒りと、悔しさと──今、すべてが"女になったお前に返ってきた"のだとわかる。

  笑っているミリアと、冷めた目のリリーナ。その両方に挟まれながら、リオレルは何も言えなかった。

  「……ふん」

  リリーナは鼻で笑って、先に行く。ミリアはぺろっと舌を出して手を振った。

  その場に取り残されたリオレルは──ナプキン越しにじっとりと滲む熱を、誰にも言えずに噛み殺した。

  ただ、言葉を飲み込んだその瞬間だった。下腹の奥──ずっと奥。自分でもどう表現すればいいかわからない場所が、ぎゅうっと、内側から脈を打った。

  (……っ、やば……)

  あれが"子宮"というものなのか。自分の中にそんな器官があることが、今さらになって痛いほど実感される。理不尽だった。なのに、そこが、今──誰かを欲しがるように疼いていた。

  悔しさと羞恥が混ざる。なのに、その悔しさが、下腹をさらに熱くしていた。

  ──その後。

  箱を背負い、坂道を登る。周囲に何人かの男たちがいる。別の班の冒険者たちだ。特に会話もない。ただ、重いものを黙々と運ぶだけの作業。

  なのに。

  (は……っ)

  呼吸が荒くなる。荷物の重さではない。

  歩くだけで、擦れる。熱い。ナプキン越しに"刺激"されている。下腹部が、ピクッと痙攣した。ナプキンに密着した柔らかい肉が、歩くたびに擦れて、ムズムズとうずく。

  それだけじゃない。肩にかかる髪、服の縁が肌に触れる感触、ふとももをなぞる布の揺れ。地面を踏みしめたときのわずかな震動でさえ、腰の奥に響く。

  まるで、皮膚という皮膚すべてが性感帯になってしまったみたいだった。触れられたわけでもないのに、ぞわぞわと、気持ちよさが込み上げてくる。

  呼吸するだけで、火照った肌に空気が擦れて、うっとりするような熱がこみ上げる。

  そして何より──背筋を伝って立ちのぼったうねりが、首筋を駆け抜け、耳のてっぺんをゾワッと痺れさせる。

  頭の芯がじわじわと蕩けていくような、皮膚の裏から、快楽が脳みそにまで沁みこんでくるような感覚だった。

  (なんで……歩いてるだけなのに……!)

  男の話し声が聞こえた。ただそれだけで、心臓が跳ねた。

  理性が止めろと言っているのに、身体は勝手に妄想を始める。

  (……もしここで、誰かに後ろから抱きつかれて、そのまま……)

  ガクッと膝が抜けかけた。危うく荷物を落としかけ、あわてて両腕で押さえる。

  男だった頃──突き上げるような衝動に襲われたときですら、こんな風に疼くことなんてなかった。張りつめたものを手で抑えれば、なんとかやりすごせた。

  けれど今は、違う──触れることもできない場所が、ずっと、ひくひくと疼いている。

  「……ぅ、あっ……、な、に……、これ……っ」

  声にならない声が、喉の奥で引っかかった。熱に浮かされたような目が、涙でにじんでいる。

  思考は男のままなのに、口から漏れる声も、吐息も、表情すら──どれも女のそれだった。顔をゆがめながら呟いたその声が、妙に甘く、情けなく響いた。

  「大丈夫かー?」

  声をかけられた。

  無理やり笑って、「平気」とだけ答える。

  (ちがう……俺は、平気じゃない)

  胸が熱い。喉が詰まる。高鳴る鼓動が、意識ばかりを焦らせる。けれど、もっと深いところでは──粘膜がじんわりと震えていた。それが何の予兆なのか、わかりたくなかった。

  視界が水平を保っていない。地面がわずかに斜めに歪んで、誰かの声も、遠くなったり近くなったりしていた。

  (……え? 世界……回って……?)

  足元が、ふっと浮いたような感覚。

  目の前の通りが波打って、景色そのものがとろけていくような錯覚。けれど、自分の身体もまた──とろとろに融けていくような熱をまとっていた。

  どちらが歪んでいるのか、分からなかった。世界か、自分か。輪郭が滲んで、どこまでが自分の感覚なのか、もはやわからない。

  耐えきれずに、胸の奥から息が漏れた。

  「……やばい。これ……ほんとに、やばい……」

  女の声だった。

  熱のこもった、か細く、掠れた──まるで懇願にも似た、甘い響きだった。

  *  *  *

  仕事を終えギルドに戻ったリオレルは、荷物を床に降ろした瞬間、膝から崩れ落ちそうになった。周囲に人の目があったから、どうにか耐えたけれど──

  その下着の内側は、まるで漏らした後のようだった。歩くだけで、擦れて気持ちいい。それが、どれほど"仕事"という行為を苦行に変えるか、彼は初めて知った。

  昼の間ずっと、ずっとナプキンの中央が粘ついていた。吸収される感覚。滲み出す感覚。自分にしか聞こえないはずの音が、まるで全員に聞かれているようで。

  「なんか今日、リオレルおとなしいな」

  仲間の誰かが、軽口を叩いた。だが、それにも反応できなかった。

  (おとなしいじゃねぇよ……こっちは必死なんだよ……っ)

  荷物を降ろしただけなのに、ナプキンがひときわじゅわっと沈んだ。"受け止める"ための構造が、あまりに身体に馴染みすぎていて──

  (……これ、絶対、普通の女よりもヤバい)

  そう思った瞬間、股間から蜜がひとすじ、ナプキンを通り越してショーツの側面にまで染みてきた気がした。

  (……帰ろう)

  昼は、耐えきった。けれど、もう限界だった。──このままじゃ、"次"はない。

  部屋に戻るなり、リオレルは寝台に倒れ込んだ。

  「……っくそ……っ」

  息が荒い。肩が上下する。

  ナプキンは、もうとうに限界を超えていた。取り外して確認する勇気も、なかった。けれど──確認しないわけにも、いかなかった。

  (……洗濯、しないと)

  意を決して、脱ぐ。ショーツの内側に貼りついた白いそれ。指をかけて剥がすと、ぐっしょりと濡れた感触とともに、ぬちゃっと鈍い音が鳴った。

  「……う、わ……」

  思わず目を逸らす。手に持ったそれは、完全に使用済みの"雌の証"だった。

  たぷん、と重さを感じるほどに吸い込まれた粘液。鼻を近づけなくても、ほのかに甘酸っぱい匂いが漂う。──まぎれもない、"発情した雌の匂い"。

  「……これ、俺の……なのかよ……」

  呟くと、喉が詰まった。頭がぼんやりして、足元がぐらついた。そのまま、崩れるように膝をつく。着替えようとした手が止まる。ぬめったショーツの中、膣がまだピクピクと収縮していた。

  たまらず、自分の太ももをぎゅっと抱える。涙がにじんだ。

  「なんで……なんで俺、こんな……」

  泣くことなんて、滅多になかった。けれど今は──こみ上げてくる感情が、もはや処理できなかった。羞恥、恐怖、敗北感。

  でも、絶頂してない。それだけが、まだ"誇れる"最後の砦。

  (……まだ、勝ってる)

  手が震える。

  もう一度、言い聞かせるように、呟いた。

  「俺は……まだ、勝ってる……」

  けれど、その"証拠"が、今は手の中にあった。

  ──ぐっしょりと濡れた、ナプキン。そして、ショーツ。

  (……洗わないと)

  立ち上がり、洗面所の桶にぬめった下着を沈める。

  水を張ると、すぐに淡い濁りが広がった。白い布に吸い込まれていたそれが、静かに溶け出していく。

  指先でつまみ洗いをする。ぬちゃ、ぬちゃ……と、濡れた布が肌に貼りついた。

  (……ちがう、洗ってるだけだ。汚れを……)

  でも、どうしてだろう。その指先に、うっすらと快感が走った。匂いが漂う。甘く、淡く、熱を誘うような匂い。

  (……俺が、こんなもん出してるなんて……)

  もう一枚。洗面器の底に沈んでいたナプキンを持ち上げると、たぷん、と水を含んで沈んだ感触が、掌にまで伝わった。

  (俺の身体、こんなに……)

  その瞬間、下腹部がぴくんと痙攣した。

  洗っているだけなのに──股間の奥が、きゅう、と啼くように疼いた。

  「や……ば……」

  慌てて蛇口をひねり、水で流し込む。

  ごしごしと洗う。でも、こすればこするほど、身体が反応してくる。

  (洗濯で感じるとか、さすがに……っ)

  息が詰まった。そうまでして耐えながら──リオレルは、洗った下着を無言で干したあと、ようやく風呂場へと向かった。

  風呂場の湯に身を沈めた瞬間、下腹部がびくりと跳ねた。水面が揺れ、脚のあいだでぬるりと何かが流れ落ちる。

  「……っあ……っ!」

  呻いた。

  声が漏れた。

  自分で驚くほど、女の声だった。

  湯の中、気づけば脚が、自然に"誘う"ような形に開いていた。

  意図したわけじゃないのに──まるで、誰かに見せつけるような脚の角度。

  (ちがう……これ、ちがう……っ)

  目を閉じ、頭を抱えた。

  鼻に抜ける湯気の匂いすら、どこか甘くて、熱を誘う。

  (……こんなの、地獄だ)

  本気で、そう思った。

  耐えた。昨日も、今日も。絶頂していない。なのに、もう身体のすべてが、"イくことを前提"に動いている。

  あと三日──

  耐えられるのか。不安が、夜の湯気に混ざって、肌にまとわりついた。

  湯船から上がり、身体を拭く。ナプキンをもう一枚、袋から取り出して、手元で開く。

  (……今夜こそ、寝なきゃ……)

  昨日はほとんど眠れていない。体力も、精神も、ギリギリだった。

  なのに──その夜も、リオレルはまったく眠れなかった。

  横になっても、瞼を閉じても、疼きが止まらない。膣の奥。ぬるぬると潤みきったその場所が、まるで独立した生き物のように、脈を打ち、きゅぅんと啼いている。

  「っく、ぅ……っあ……っ」

  シーツの上で、リオレルの身体は何度もびくびくと震えた。

  絶頂はしていない──けれど、それと紙一重の波が、際限なく、何度も、何度も押し寄せてくる。

  (……寝なきゃ……頼むから、寝かせてくれ……)

  一瞬、目を閉じていた気がした。だけど次に気づいたときには、脚のあいだからぬるりとした液体が垂れていた。

  ナプキンはすでに濡れていて、無意識に、腰が小刻みに揺れていた。いや、震えていたのかもしれない。

  「や……だ……やだ……やめろ……俺、そんなこと……っ」

  ──寝言だった。

  声にならない呻きが、唇の隙間から漏れていた。

  夢を見ていたのかもしれない。誰かに抱かれる夢。男に、女に、見たこともない怪物に──何もかもが曖昧で、ただ、奥を突かれて快楽に崩れる自分だけが鮮明だった。

  最初は正面から。脚を開かされ、奥まで受け入れさせられた。そのあと、背中を押さえつけられ、髪を掴まれながら──後ろから、乱暴に。

  なにをされているのかも、誰にされているのかも曖昧だった。けれど、快楽に崩れていく自分の姿だけは、いやに鮮明だった。

  「イってない……イってない……だから……」

  それも、半分は寝言だった。でも、声に出している自覚はあった。

  呪文のように、意識の底で繰り返している。息は荒い。首筋から汗が流れ、乳房が上下に揺れる。

  自分の指が、いつのまにか太ももを掴んでいた。

  (違う……違う、触ってない……触ってないから……!)

  絶頂さえしなければ。それだけが、自分の最後の誇り。

  でも──布団の上、蜜で濡れた太ももが何度もこすれ合う。そこからぬちゃり……という音が、夜の沈黙の中に滲んでいく。

  あまりの羞恥に、喉が震えた。

  「ちがう……ちがう、俺は──っ」

  そう口にしたとき、その"俺"という言葉に、身体がぴくりと跳ねた。

  (──え、、あ……? これは、やばい……!)

  "俺"と名乗ることすら、快楽の引き金になっている。自分のアイデンティティが、性感帯になっている。

  ──気づけば、夜はとっくに更けていた。眠っていない。時間だけが、ただ、過ぎていた。

  ▲Day      5.

  気づけば、空が白んできていた。

  部屋の隅に、かすかに朝日が差し込んでいる。

  「……あ、さ……」

  「……また、来たのか……」

  リオレルは、汗で濡れたシーツの上で、仰向けのまま、虚ろな目で天井を見つめていた。髪は汗と蜜で頬に張りつき、ショーツはもはや濡れた布切れと化している。

  唇は開きっぱなしで、言葉とも声ともつかない音が漏れていた。

  目は濡れて、焦点の合わないまま、天井の向こう──現実から逃げるように、虚空を見つめている。その表情には意志がなかった。あるのは、耐えてもなお残る"身体の快楽の痕跡"だけ。

  あらゆる抵抗の末に貼りついた、熱と湿り気の"女の顔"だった。

  眠れてはいない。けれど、それでも──絶頂だけは、していなかった。

  「……ぅ、あ……っ」

  脚を閉じるだけで、奥が反応する。腰が、勝手に震える。その震えが背骨を伝って首筋を駆け上がり、こめかみの奥にまで突き刺さる。ずっと、そこに熱がこびりついているようで、ズキンと疼く。

  ──頭が痛い? いや、違う。快感の一種……なのか? わからない。

  甘く、粘り気のある、さわやかで気持ち悪い……意味のわからない感覚が、頭全体に広がっていた。

  「……はぁ……っ、く……っ」

  ただ呼吸をしているだけなのに、乳首がこりこりと硬くなる。空気を吸って、吐いて──それだけで気持ちいい。これ以上ないほどに、身体は反応していた。

  ここが限界だ、と確信した。

  なのに。

  頭の奥に、"あと三日"という数字が、しつこくへばりついていた。

  壊れた鐘の音みたいに、何度も、何度も、響いてくる。否定しても、打ち消しても、それだけは消えてくれなかった。

  「……ま、だ……三日、も……っ?」

  声がかすれる。

  まるで、時間が止まっていたはずの夜が、まだ終わっていないと告げられたような感覚だった。

  *  *  *

  「うお、だいじょぶかリオレル!?」

  ギルドの扉をくぐった瞬間、リオレルは立ち眩みに襲われた。目の前がぐらりと揺れ、思わず壁に手をついて支える。

  一番に声をかけてきたのは、鍛冶担当の少年・カイ。心配そうな顔で駆け寄ってきたその距離の近さに、リオレルの体がビクリと震える。

  「ち、近い……っ、カイ……っ、離れ……」

  口にした声は、かすれて、裏返った。それを聞いた瞬間、カイの顔がさらに心配そうに歪む。

  「うわ……声、ヤバいぞ。まさか熱あるんじゃないのか?」

  「……ない、はず……っ」

  否定しようとして、声が震える。

  正確には、熱はある。体温ではなく、発情による熱。

  (男の匂いが……だめだ、近いと……頭が……)

  全身の神経が、皮膚の表面でピリピリと軋む。

  腰が落ちそうになるのを、ギリギリで踏みとどめる。

  「はいはい、無理しないでね? リオちゃん、こんなんで七日間耐えるつもりだったわけぇ?」

  くすくすと笑いながら肩を叩いてきたのは、軽戦士の女子・レア。悪気はない。が、その無邪気さが、今はただただ辛い。

  さらに奥のテーブルから、パンをかじりながら声を上げたのは魔術師のアデル。呆れたような声だった。

  「元はと言えば、自分で言ったんだろ。"発情期なんて、我慢すればいいだけ"ってさ。……なら、我慢すれば?」

  その一言が、なぜか"異国の言葉"のように聞こえた。それは、"この苦しみを知らない者"の声だった。

  だが、次に聞こえてきた声は、少しだけ空気が違った。

  「……でも、ほんと大丈夫? 顔、真っ赤だよ。……ていうか、ちょっと震えてない?」

  鍛冶場の端にいた、回復術師のナナが、心配そうに近づいてきた。その声音は優しく、真剣だった。

  ――そのとき。

  「でもさあ、今のお前……なんか、やたら可愛いんだよなぁ。なんでだろ」

  一番奥の椅子で足を組んでいた、軽戦士のジークがにやりと笑った。

  「顔ちっちゃくなったし、目もでかいし……声、なんか俺の好きな歌手に似てるな? いや、マジで、もっかい喋ってくんない?」

  「てめ……っ」

  一歩踏み出そうとしたのに、脚が震えて前に出ない。怒りを吐き出そうとしたのに、口から漏れたのは、甘くかすれた女の声だった。

  どくっ、と。脚の付け根が、脈打つように疼いく。一瞬、何も見えなくなりかける。心臓が跳ねるように鼓動し、呼吸が乱れる。

  「……ごめん、今日……無理だ。帰る」

  リオレルはかろうじて言い残し、扉を背にギルドを出た。背後では、ナナが心配そうに声をかけていた気がした。ジークの笑い声も、まだ耳に残っていた。

  でも、それらすべてが、遠く、遠く感じられた。

  (……もう無理かもしれない)

  歩きながら、リオレルは思った。脚のあいだから、ナプキン越しに熱が伝わる。濡れた感触が、すでに"止まらない状態"に突入していることを告げていた。

  リオレルは、自室の扉を開け、倒れ込むように中へ入った。部屋の灯りを落とし、寝台に横たわる。けれど、それは休息ではなく、地獄への扉だった。

  昼間、部屋に戻ってからというもの、彼はずっと寝巻きの裾を握りしめ、股間の感覚を、必死に意識しないよう努めてきた。

  けれど──もう、それは不可能だった。ちょっと脚を動かすだけで、ぬるり、と熱が走る。何かに触れなくても、息を吐くだけで、胸が硬くなる。

  頬に張りつく髪の毛が揺れるだけで、ゾクリとした快感が背筋を走る。

  「……う、うぅ……っ」

  タオルを噛んだ。枕に顔を押し付けて、もがくように、脚を交差させて股間を押さえる。時計を見る── "一時間経っただろうか"と思えば、一分すら過ぎていない。

  (ふざけんな……なんで……なんでこんなに……っ)

  もう何度、枕に顔を埋めたか分からない。

  舌を噛まないと、唇から甘い声が漏れそうだった。起き上がり、膝を抱えて床に座り込む。頭を抱えて、爪が頭皮をひっかく。

  「なんで……なんで、俺……」

  目の奥が焼ける。

  心がどんどんすり減っていく。

  そして──

  「……あーーーっ!! あーーーーっっ!! ……ああぁぁーーーーっ!!」

  ただ、叫ぶ。

  意味なんてなかった。訴えでもなければ、助けを求める声でもない。ただ、どうしようもない衝動の行き場を求めて、肺の奥から絞り出された、本能の音だった。

  「う、ううぅ……っ、うぅぅぅ……!!」

  喉の奥から、嗚咽があふれ出す。痛みじゃない。苦しみじゃない。でも、確かに"壊れそうな自分"がそこにいた。

  気持ちよくなりたい

  全部、楽になりたい

  一度だけでいい、いっそ壊してしまいたい

  本能がそう叫んでいるのに、誇りだけが、それを食い止めている。

  永遠のような、数時間。リオレルはついに、視界を手放しかけた。それは、眠りではなかった。夢とも現実ともつかぬ、快楽と渇望が混ざりあった――幻。

  夢の中で、誰かがリオレルの頬を撫でていた。

  その指先はぬるく、なめらかで、なぜか、どこか懐かしい。

  ──男だった頃の、自分自身。その幻が、リオレルの身体を撫で、抱きしめてくる。

  「……大丈夫。俺が全部、気持ちよくしてやるよ」

  甘くて、優しくて、そして、残酷だった。

  (……ちがう、ちがう、ちがう……っ)

  身体が、受け入れようとしていた。

  心が、縋ろうとしていた。でも、そこで──目が覚めた。

  「っ……!」

  目を見開き、息を吸う。

  自分の指が、寝巻きの裾の上から股間を押さえていた。

  寸前だった。

  あと一押し、いや、あと1秒遅ければ、きっと──

  「……は、あっ、あ……っ、はっ、く、そ……っ」

  声が漏れる。

  膝を抱え、床に座り込む。頭を抱え、爪が頭皮をひっかく。

  「なんで……なんで、俺……」

  自業自得だとは分かっている。

  でも、それでも。

  こんなにも苦しんで、こんなにも耐えて、それなのに、誰も助けてはくれない。

  ("ギブアップしたい"なんて、思ってない。俺は──)

  でも、脳裏に浮かんだのはセレスのあの表情だった。その笑みが、あざけるように、残酷に、焼きついていた。

  『“赦し”を乞うなら、そのときは……』

  その言葉だけが、なぜか耳の奥で、何度も再生された。

  「ふざけんな……っ、俺は、まだ……っ、まだ──」

  涙がこぼれた。

  声にならない嗚咽だけが、夜の部屋に響いた。

  そしてリオレルは、震えながら呟いた。

  (……なにが"発情期なんて我慢すればいいだけ"だ……)

  (言ったのは、俺だ。──俺が、自分で、言ったんだ……)

  口の中で呟いたその言葉に、自分自身が一番、泣きそうになっていた。

  ▲Day

  6

  .

  

  *  *  *

  柔らかな金の光に包まれた空間だった。

  まるで聖域のように──何もかもが赦される、甘く優しい世界。

  セレスが、微笑みながらリオレルの髪を撫でている。

  その指先はあたたかく、慈愛に満ちていて、全てを肯定するようだった。

  「もういいんですよ、リオレル……あなた、ほんとうに頑張ったわ。もう、赦されていいのよ──ね?」

  その囁きに、ただ素直に頷きそうになる。

  抵抗なんて、もうどうでもよかった。胸元に指が滑り込み、柔らかな場所をそっと撫でられる。

  唇が触れるたび、意識の底がゆらりと揺らぐ。気持ちよさだけが、真実だった。

  ──そのまま溶けて、沈んで、終われたら。

  ぱちん。

  目が覚めた。

  途端に、世界が崩れた。

  まず、肌に貼りついたシーツ。

  いや、"染みついた"と言うべきかもしれない。

  汗と蜜と、耐えきれずに零れ落ちたなにかが混ざり、下半身がひどく重く、湿っていた。

  髪が額に貼りついている。

  首筋を這う髪先が──

  びりびりびりびりびりびりっっ!!

  「……ッッ……ぁああぅぁっ……!!」

  首筋から駆け抜けた刺激で、全身が一瞬にして跳ね上がる。

  快楽の波。それも、美味を通り越して圧倒的な"えぐみ"になるほど凝縮された刺激。

  もう、刺激の粒が粗すぎて、感情と理性の区別がつかない。

  呼吸ができない。脳が霞む。快楽で壊れかけた心が、辛うじて現実を取り戻す。

  けれど──それもほんの一瞬。動かした手が、太ももの内側に触れた。

  再び電撃が走る。その感触だけで、また頭の奥が白く弾けそうになる。

  「……やだ……もう、やだってば……」

  声にならない、うわごと。情緒がぐらぐらに崩れている。

  今なら誰かに抱きしめられただけで、泣き崩れてしまいそうだった。

  なのに──

  「……あと、ふ、つか……」

  その言葉だけは、呪文のように口をついて出た。

  あと二日。それだけが、意識を繋ぎとめる言葉。

  絶頂しなければ、まだ戻れる。崩れかけた自我の最後のかけらが、そこにしがみついている。

  (……戻る……わたし、は、戻る……)

  ぼろぼろの誓いだった。

  すでに"わたし"と口にしてしまうほど、壊れかけている自我。

  なのに──それでも、諦めるわけにはいかなかった。

  もうとっくに狂っている。

  それでも、"まだ終わっていない"と信じたかった。

  *  *  *

  結局その日は仕事ができるわけもなく、リオレルは女子に抱きかかえられる形で泣きながら部屋に戻っていた。

  部屋の中は、重苦しい静けさに包まれていた。

  壁の時計が、コチ、コチと音を刻むたび、その一秒一秒が、身体に針を刺すように感じられる。

  リオレルは、うつ伏せで寝ころんでいた。

  焦点の合っていない瞳をどこにも向けられず、ぽかんと開いた唇からは、よだれが垂れていた。

  髪は汗で額に張りつき、目元は涙で濡れている。

  口元はうっすらと笑っているようにも見えて──ただの廃人のようだった。

  もはや、ナプキンなど意味を成していなかった。

  発情によって分泌され続ける粘液は、下着どころか寝間着までをも濡らし尽くし、

  あの薄いシートでは、到底受け止めきれなかった。

  ──だから彼は、もうパンツも履かなかった。

  代わりに、厚手のバスタオルを二枚重ねて敷いて、そこにうつ伏せで跨るように、

  両足でぎゅっと股間を押しつけるように挟みこんだ。

  まるで、女の子がぬいぐるみを抱くように。

  じかに肌に触れる布地が、じわじわと湿ってゆく感覚が、

  なぜか"愛されている"ように思えて──

  そのたび、意識の底がじくじくと蕩けていった。

  バスタオル越しにぬち、ぬちと音がしている。膣が勝手にひくつき、体液がとろとろとあふれつづけていた。

  タオルを股間に押しつけながら、リオレルは呆けたように、ただ、快楽の波に身を委ねていた。

  肌に触れる布の感触が、体が揺れるたびに肩に触れる衣服が、全部、気持ちいい。

  汗ばんだ太ももがこすれるたびに、膣がひとりでにきゅっとひくつく。

  お腹の奥が、うねるように疼く。

  腕を動かせば、胸が揺れて、そこがまた甘く締めつけてくる。

  (あっ……あっ、あっ……くる、また……っ)

  誰もいない部屋。

  触れていないのに、勝手に身体が昂ぶる。脳が"あの時の快楽"を再生し始めている。

  セレスの手。

  耳元の吐息。

  乳首を甘く撫でた舌先。

  光が、奥を、蕩かした……あの感触が──

  「……やっ……やめろっ、……やめ……やめ……」

  口が勝手に動いた。

  意識はとろとろに溶けているのに、声だけが喉から洩れた。

  まるで、何かの録音のように──もう、自分の意志じゃなかった。

  それでも、言ってしまった。

  思い出すな、なんて。そんなの、とっくに無理なのに。

  バスタオルをぎゅうと押しつける脚の力が抜けず、腰がゆるやかに揺れている。

  開きっぱなしの唇には、快楽の名残のような笑み。

  少しだけ出ている舌の先からはよだれが垂れ、目はとろんとうるんで焦点が合っていない。

  壊れかけた女の子の顔──けれど、どこからどう見ても、愛らしかった。

  可哀想なくらい、いやらしく、かわいかった。

  (……もう、わたし、だめだ……)

  でも、そんな表情から絞り出された「やめろ」は、快楽に浸りながらも、それでも"抗おうとした"証だった。

  だからこそ、余計に── 哀れで、淫らで、ひどく、かわいらしい響きを持っていた。

  「っ、く……あぁ……っ、はぁっ……はぁ……っ」

  喉が詰まり、口が開き、甘い吐息が零れていく。

  唇を噛んでも止まらない。腰が勝手に揺れ、膝がこすれ、膣からはねっとりした熱が漏れ続けていた。

  やばい、やばい、やばい──

  わかっているのに、止まらない。

  (……誰か、助けて……っ)

  不意に、そう思った。

  何日ぶりかの"救い"への願い。けれど、すぐにその思考すらも快感に沈む。

  誰かに犯されてもいい。自分を押し倒して、ぐちゃぐちゃにしてくれたら、きっと、楽になれる。

  妄想が、止まらない。ギルドの男たちの手。声。体温。

  「いや……っ、だめ、わ、俺は……俺は、男、で……」

  「わたし」と言いそうになって、口をつぐむ。鏡を見れば、そこにはもう──

  すっかり女の顔をした、ぐしゃぐしゃのリオレルがいた。

  涙で、目元が濡れていた。唇は開きっぱなしで、よだれが伝っている。

  からは、また蜜が垂れ始めていた。

  「ううぅ……っ、ああぁぁぁぁ……!!」

  突如として、声が爆発する。

  叫ぶ。泣く。床を叩く。

  「もうやだ……っ、やだ、やだ、やだ、やだっ!!」

  言葉にならない嗚咽。

  狂ったように髪をかきむしり、脚を抱えて、床にうずくまる。

  壊れる。あと二日? 無理だ。

  今が限界だ。もう何もかも、だめだ。

  ──でも、それでも、"まだ"絶頂していない。

  その事実だけが、リオレルをかろうじて引き留めていた。

  だがその自我も、今夜──ひとつの薄皮一枚の膜に過ぎなかった。

  *  *  *

  陽が時計塔の方角へと傾き、窓の外が朱に染まっていく。

  部屋の中には、誰もいない。けれど、壁の時計がコチ、コチと音を刻むたびに、その一秒一秒が身体に針を刺すようだった。

  (……また、夜が来る)

  その瞬間だった。

  「──あ、ああっ……ぅ、く……っ」

  腰の奥が、ひとりでにひきつって、脈打った。

  誰も触れていない。何もしていない。けれど、"内側"が勝手にきゅうっと締まり、そのまま──

  まるで、"何かが押し出される寸前で止まった"ような感覚だけが、

  びくびくと尾を引いていた。

  (ッッ、……また、きた……っ)

  子宮が、うねるように動いている。

  ただ疼くのではない。"産む"ような動き。

  圧迫と、空虚と、なにか……期待? 訳のわからない波が、首筋まで逆流して、こめかみの奥でじゅくじゅくと疼いていた。

  足のあいだから、じわ、と温い液体が滲む。

  自分で止められない。──あまりにも、女としての反応が強すぎる。

  (今夜は、絶対に無理だ……)

  それは、確信だった。

  ──思い返す。

  三日目。

  眠れない夜だった。

  寝ようとするたび、下腹が疼いて、脚のあいだからくちゅりと音がした。

  一晩中、息を殺して、シーツを脚で挟んで、誰かに見られてるわけでもないのに顔をうずめて──

  それでもなお、"触れない"だけで耐えきった。耐えたからこそ、朝に呟けた。「……勝った」って。

  だけどその直後に知った。「あと四日ある」と。

  四日目。

  睡眠時間ゼロのまま、夜が来た。

  夢うつつのなかで、誰かに抱かれる感覚。

  "俺"と口にしただけで、快感が走った。男であることを思い出すたび、女として否定されて、快楽になる。

  アイデンティティが、性感帯になっていた。

  五日目。

  夢に出てきたセレス。優しく囁き、撫でて、全部を赦してくれた。

  目覚めた時、身体はびしょ濡れで、髪が首筋に触れただけで絶叫していた。

  その日も──なんとか、イかずに済んだ。でも、もう、ダメだと思っていた。

  ──そして今日。六日目。

  最初から、ずっと子宮が脈打っていた。

  誰にも触れられていないのに、夢の残り香だけで身体が反応し続けている。

  夜になったら、絶対に──超える。

  (七日目なんて、迎えられるはずがない)

  自分でも、わかっていた。 なのに──口にすることはできなかった。

  「耐えられない」と認めたら、その瞬間に、すべてが崩れてしまいそうだった。

  でも、このまま"イって"しまったら、男には戻れない。

  この身体のまま、一生を終えることになる。それだけは、何としても避けたい。

  ──なのに。

  (……でも、それで、終わりなら……)

  ふと、そう思ってしまう自分がいた。快楽に塗れて、誰かに抱かれて、泣いて、壊れて──

  「もう俺って誰だっけ?」って笑っていられたら、どれだけ楽だろう。

  (ちがう、それじゃダメだ……っ)

  心の奥が叫ぶ。「それでいい」なんて、言っちゃダメだ。

  それは、自分で自分を見捨てるってことだ。

  (まだ、……まだ終わらない。俺は、まだ……)

  ──その瞬間だった。

  「や、やだ……っ、やめろ……っ、んっ、ぁ……ぁあ、ふ、ふぁぁっ……!」

  下腹部に、明確な"波"が来た。

  それは快感ではなかった。"絶頂の手前"ですらなかった。

  ただ、引きずり込まれるような感覚だった。

  何かが、奥の奥で、開いた。もう触れてもいないのに──いや、触れたら最期なのは、わかりきっていた。

  それに、自分の口から、そんな声が出たことが信じられなかった。

  喉が、勝手に震えた。息が漏れて、甘くて、柔らかくて、どう聴いても──女の喘ぎだった。

  (……いまの、俺の声……?)

  目の奥が熱くなる。恥ずかしい。悔しい。苦しい。

  それでも、その恥も悔しさも、喉の奥で火照りとなって、さらに身体を敏感にさせていく。

  「ちがう、ちがう……今のは、俺じゃ……」

  口の中で否定しても、もう遅かった。脳が、記憶してしまっている。その声を出した時の感触を──

  そして、それが気持ちよかったことを。

  (……なんで、こんな……っ)

  ただでさえ限界だった。そこへきて、自分が"女の声で喘いだ"という事実。

  それが、身体の芯をぐらぐらと揺さぶる。もう、羞恥すらも快楽になってしまっている。

  (このまま、ここにいたら──本当に、俺は……!)

  迷いなんて、とうに崩れかけていた。だけど──さっきの一撃が、背中を押した。

  言い訳すら吹き飛ばして、身体が動いた。足が、勝手に扉の方へ向かっていた。

  (……セレス……)

  その名を、心の中で呼んだ。

  涙も、嗚咽も、情けなさも、すべてを捨てて。

  地べたに額をこすりつけてでも──許しを乞いたかった。

  涙も、嗚咽も、情けなさも、全部さらけ出して、赦しを乞おう。

  この身体で一生を終えるよりは、地べたに額をこすりつけてでも──そう、決めた。

  *  *  *

  靴音が、冷たい石畳にこだまする。

  フラフラの足取り。まともに前も見えない。 もう、服の裾は濡れていた。膝のあいだから滴る蜜が、腿を伝って伝って、ショーツの意味すら奪っていた。

  それでも──彼は、歩いた。

  「あそこに行けば、楽になれる」「赦してもらえる」「もう、終われる──」

  その一心だった。

  ようやく、協会の前にたどり着く。 扉は、装飾的な木造り。昼間、セレスから聞いた通りの建物だった。

  (……おかしいな、こんな場所に、人がいたなんて)

  ギルドの誰かが、そう言っていた気がする。 でも今のリオレルにとっては、どうでもよかった。

  扉の前に立ち、ノブに手をかける。 そして──引く。

  動かない。

  「…………え?」

  もう一度、力を込める。押す。引く。ノックする。

  開かない。

  目を凝らすと、扉の脇に張り紙があった。

  《受付時間:8:00〜20:00》

  《20時を過ぎた方は、翌日再度お越しください。》

  《──"あなたの誠意"、きちんと見せてくれるのを、楽しみにしています♡》

  セレスの、あの整った筆跡だった。最後に添えられたサインの下に、可愛らしく描かれた小さな星。

  「……そんな……っ」

  震える声が漏れる。

  「……お願い……おねがい、だって……もう、無理なのに……」

  扉をノックする。手のひらが赤くなるまで叩く。 けれど、何も返ってこない。 扉は沈黙を保ったまま、リオレルの絶望を映す鏡になっていた。

  「セレス……っ……いるんだろ……? たのむから、開けてよ……っ……!」

  声が震える。涙がこぼれる。脚が崩れる。 そして、彼女はその場に、崩れ落ちた。

  冷たい石畳。夜風に濡れる身体。 脚のあいだから、熱い液体がとろとろと流れ落ちる。

  でも、もうどうでもよかった。抱えた膝が、内腿を押し上げる。 ひくひくと膣が蠢き、快感が頭を焼く。

  (どうして……どうして今じゃ、だめなんだ……)

  ("もうダメ"って思ったから来たのに……!)

  (明日まで……? あと……ひと晩……このまま……?)

  耐えきれない。

  だけど、戻る場所もない。残されたのは──夜だった。

  夜の闇のなか、リオレルはひとり、 閉ざされた扉の前で、 濡れたタオルと泣き腫らした目を抱いて、 狂ったような肉の疼きと共に──

  「……助けて……」

  ただ、その言葉を繰り返すことしかできなかった。

  空は黒く、星が滲んで見えた。リオレルは、協会の石畳に蹲ったまま動けなかった。

  タオルは、すでに意味をなしていなかった。敷いていた布がずぶ濡れになり、座っていた尻の下からも蜜が染み出すように広がっている。

  「……寒い……」

  声に出したはずだったのに、喉から出たのはただのかすれた吐息だった。

  寒さではない。身体の芯が、熱を持ちすぎて、外気との温度差で震えていた。

  腰の奥が疼いていた。

  股間が熱い。

  胸がじんじんと締めつけられ、ふくらみの中心が擦れて疼く。

  (……もう、いやだ)

  目を閉じても、快楽の幻が浮かぶ。

  あの"光"の感触。子宮の奥を蕩かされた記憶。耳元で囁かれた「いい子」の声。

  全部、全部──

  もう一度"あれ"を感じられたら、なにもかもどうでもよくなる。

  それだけは、わかっていた。

  「……誰か……」

  「お願い……もう、どうにかして……っ」

  そう言いながらも、

  脚をすり合わせるたび、ひくひくと膣が震えていた。

  どこにも触れていないのに、びくん、と身体が跳ねる。

  (やばい……やばい……)

  (今……ここで……)

  (もしイったら──)

  リオレルは、唇を噛んだ。

  奥歯が鳴った。

  爪が手のひらに食い込む。

  「……っ……あ……ぅ……っ」

  脚のあいだから、とろり、と蜜がこぼれる。

  頬に涙が伝い、冷たい夜気に触れた。

  「やだ……やだっ……まだ……ダメ……っ」

  「……あと、一晩……だけ……」

  わかっていた。

  ここで果てたら、全部終わり。

  でも──

  (このまま、朝まで……?)

  狂う。

  指一本動かさなくても、

  風が吹くだけで、

  ひとりでに快感が襲ってくる。

  誰もいない夜道。

  石畳の上で、下着まで染み抜けた寝巻き姿の女が、ぐしゃぐしゃに濡れて、震えている。

  これが、今のリオレルだった。

  「……セレス……っ」

  声を絞った。

  涙で顔が濡れていた。

  嗚咽が喉の奥を締めつける。

  「……たすけて……」

  その声に応える者はいなかった。

  けれど──

  そのまま、リオレルの身体は、ゆっくりと横に倒れ込んだ。

  硬い地面の上。

  だが、もう感覚は曖昧だった。

  肉体の悲鳴。神経の錯乱。涙と唾液と愛液が、顔も股間も濡らしていた。

  視界がぐるぐると歪む。空の星が、ぐにゃりと滲んでいく。

  (……朝まで……耐えれば……)

  その一念だけが、心の奥に残っていた。

  気を失うように、リオレルはまぶたを閉じる。

  もう、夢も見なかった。

  ただ、全身を焦がすような熱と疼きに焼かれながら、

  彼女は──

  長い夜を、静かに、狂いながら耐え続けることしかできなかった。