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あくまで二次創作の話です ~代理君シェアハウスでの一幕~

  1

  

  「すんません先生。みゃーさん、赤ちゃんになっちゃいました」

  

  てへぺろ、と舌を出したピンク髪のキツネの第一声は、帰ってきた同居人を呆気に取らせるには充分すぎた。

  

  「なんて?」

  「ですから赤ちゃんですって赤ちゃん。赤ん坊。乳児。Baby。Bambino。Малыш。」

  「なんでわざわざグローバルなランゲージにしたの? ……いやそこじゃなくて。誰がって?」

  「みゃーさん」

  キツネの黒い指が指さした先。リビングのソファーの上には、黒髪のフェレットが仰向けですやすやと寝息を立てている。

  それだけならまあ、よくある光景なのだが……問題はその格好だ。

  

  着ているのは上下が一枚になった茶色のつなぎ服。それも、股の部分が開閉できるようにボタンが縫い付けられた、いわゆるロンパースと呼ばれる幼児用の物。お腹に張り付けられた大きなハートのアップリケがより幼さを引き立てている。

  首元にはよだれかけ。カラフルなGood Boyの文字には所々染みがある。

  よだれかけに引っかかっているのは犬の足跡マークがついたおしゃぶり。乳首部分の噛み跡は、彼が何度か咥えたことを示唆している。

  白い足を包むソックスの甲にはデフォルメされたペンギンの顔。

  片腕に抱えているのは茶色のクマのぬいぐるみ。これだけはときどき抱きながら歩き回っている姿が目撃されているため、さほど珍しくはない。

  

  同居人が変わり果てた姿でんくんく、と指しゃぶりをしている様子に、先生と呼ばれたジャージのウサギ獣人は翠の半眼を向けた。

  

  「キツネ」

  「はい」

  「正座」

  「はい……」

  態度からおおよそ察してはいた。

  その上で大人しく説教を享受するあたり、このトラブルメーカーがまた何かをやらかしたのは間違いないようだ。

  

  「それで? 何をどうしたらあの人がああなっちゃうんだよ……」

  「へえ。それが、かくかくしかじかでして」

  

  人差し指を上に向けるキツネの動きに合わせて、ほわんほわんほわん……と回想が始まる音をウサギは聞いた。

  

  時は四時間ほど巻き戻る。

  日がすっかり沈んで代わりにお月様が浮かぶ頃。

  某所のシェアハウスでは二人の獣人がリビングで晩酌をしていた。

  一方はピンク髪のキツネ獣人。ハウス内での愛称はキツネ。上下黒のインナーに青いパーカーといつもの格好で、お猪口で少量ずつ、舐めるようにお酒を味わっている。

  もう一方は最近入居した白いフェレットの獣人。名をみゃーもりと言う。サラリーマンである彼の普段着は灰のスーツと黒のスラックス、そして赤いネクタイであり、今日も例外ではない。こちらはジョッキになみなみと注がれたハイボールを、事あるごとに勢いよく呷っている。

  

  「みゃーさん。美味しいお酒が手に入ったんですけど、一緒にどうですか? 先生もAくんも外行っとって。一人で飲むには勿体ないヤツなんです」

  きっかけはキツネからのお誘いだった。その手にあるのは酒の知識に乏しいみゃーもりでも耳にしたことがあるぐらい有名なラベルの五合瓶。おまけに明日は休みとあれば、彼に断る理由は無かった。

  

  「お酒がキツネさんならツマミは僕ですね」

  

  仕事終わりで帰宅したみゃーもりはすぐに回れ右してコンビニに走る。数分後、再び帰宅した彼はレジ袋の中身をテーブルいっぱいに並べていく。

  スルメにサラミにポテチに炭酸水に氷。そして忘れてはならないのが。

  「お、ファ◯チキ。みゃーさんナーイス」

  

  声を弾ませたキツネとフェレットは互いに酒を注ぎ合い、二人の夜が始まった。

  入居してからどうです? 困っとることありませんか? ボク、ここではセンパイですから。困ったことあったら言って下さいみゃーさん。

  お仕事はどうです? 朝から晩まで毎日忙しそうですけど。……ほーん。やっぱり長く勤めとると色々あるんやねぇ。それでもみゃーさんはチョイと働き過ぎな気がしますけど。

  ところでみゃーさん最近出たこのゲーム知ってます? 知らん? 今度プレゼントするから一緒にやりましょう。

  あー、そのアニメ見とりますよ。今季の覇権間違いない面白さです。

  みゃーさん恋人いてはるんです? ボク? ボクはノーコメントで。

  男二人で語ることなんて相場は決まっている。グラス三杯まではため息と共に仕事の愚痴を垂れ流し、吐くべき鬱憤が消えてからようやく趣味や恋など明るい話にシフトするのだ。

  この二人、と言うよりみゃーもりも例外ではなく。キツネ主導で話題が展開される中、仕事を語る度に吹き出しそうになる感情を飲み込むようにジョッキを傾けている。

  必然的に進む酒。

  時計の長針が二周も回る頃になれば、泥酔と言っても差し支えないほどに出来上がったフェレットが、両手でジョッキにしがみつくような姿勢で居た。

  

  「みゃーさん結構グイグイ行っとりますけど、アレは大丈夫なんです〜?」

  

  対するキツネはほろ酔いと言ったところだろうか。頬に少々朱が差した程度で、普段と特段代わりはない。

  「キツネさんのお酒が美味しいからですよ〜。んん〜? アレってなんですか〜?」

  

  間延びした語尾のみゃーもりが、スルメを甘噛みしながら問い返す。

  

  「みゃーさんも夜が心配な方やと思っとったんですけどねぇ。ほら、この前も――」

  キツネはスマホを取り出し、タップ&スワイプで一枚の画像を見せてくる。

  そこに映っていたのはこの家の脱衣場で、洗濯機に服を入れているパンツ一丁のフェレットの後姿。しかし、よく見るとそのパンツは布製ではなく、白と青の星がお尻に印刷された、いわゆる紙パンツと呼ばれる代物だった。

  

  「あちゃ〜、見られちゃってましたか。お恥ずかしい限りで〜」

  

  普段の彼なら赤面と共に大慌てで消すよう取り乱すところだが、アルコールの力とはすごいのだ。「あらやだわ奥さん、オホホ」ぐらいのノリで自身の恥部を受け流す。

  

  「もー、この日は大変でしたよ〜。ほら見て下さい。おしっこがおむつから完全に溢れちゃって、服も布団もびっしょびしょで」

  「どれどれ。あ、ほんまや。おむつ、後ろからでも分かるぐらいぷくぷくに膨らんでますなぁ。それに、みゃーさんの毛もあんよにぺったりひっついとりますがな」

  

  それどころか恥を肴に話を続ける余裕まで見せる。

  (みゃーさん、酔うと鈍感になるタイプなんかな……。今度別の写真も見せてみよか)

  ちびちびとお猪口を傾けながら、キツネは秘蔵フォルダの中身に思いを馳せる。

  「あ、でもですねキツネさん。今は僕、ダイジョブなんですよ〜。ちょっと待ってて下さいね〜」

  

  ふわつきながらもしっかりした足取りで二階に消えていくみゃーもり。キツネがスルメの一本を食べ終えない内に戻ってきた彼の両腕は、見慣れているようで見慣れない物を抱えている。

  

  「ほら見て下さい、キツネさん。僕の、新しい、おむつです〜」

  「ほう。これはこれは」

  

  カシャカシャカシャカシャ。シャッターチャンスを逃さないのは現代っ子の嗜みなのだ。レンズの向こうでは、黄緑と白とオレンジの三色に彩られたパッケージを、それはそれは愛おしそうに抱きしめる年上の姿がある。

  

  「テープにしたんですか」

  「そうなんですよぉ〜。このコのおかげで、モレもゼロで、毎朝と〜っても助かってます〜」

  

  一枚取り出して広げたおむつは下着の形になっていない、いわゆるテープタイプと呼ばれるやつだ。柄はデフォルメされた白くまとか象とかライオンとか。幼い柄に似合わない吸収帯の分厚さが、みゃーもりの言葉に説得力を持たせている。

  なお、みゃーもり自身の名誉のために言っておくが。

  このおむつは彼の好みが多分に含まれているものの、選んだのは彼ではない。

  病状と嗜好を深ーく理解している主治医が治療のために選んだ、いわば『処方箋』であることをここに明記する。

  

  「どうりで朝洗濯機を回す回数減ったと思いましたわ。――ところでみゃーさん、それちゃんと当てられるんです?」

  「もちろんですよ〜。ぼく、きつねさんよりずーっとお兄さんなんですから」

  みゃーもりは躊躇うことなく下着ごとズボンを降ろすと、フローリングに敷いたおむつへ腰を落とす。

  対するキツネはポケットから三脚を取り出すとスマホを固定して、迷うこと無く録画ボタンをオン。年上が目の前でおむつを当てるという極上のシーンを記録するのに余念が無い。

  

  よっ……。

  ほっ……。

  あれ〜? しろくまさん達がまえで、でもこっちは真っ白で……ん〜?

  

  「あーあー。アカンアカン」

  

  酔いの進みが思ったよりも深かったらしい。

  前も後ろも、それどころか表も裏も逆にして悪戦苦闘する姿を見かねてキツネはおむつを取り上げる。

  「当ててあげますから、ほら、たっちして下さい。あんよ開いて〜。先に尻尾通していきますからね〜」

  声掛けも含めて妙に慣れた手つきで進めていくキツネ。股下を通したおむつを強めに持ち上げ、鼠径部にしっかりフィットさせると四枚のテープを下二枚から貼り付けて固定する。

  「ちょーっと冷たいけど堪忍なー」

  「んっ……」

  途中、性器を下に向けるのも忘れない。こうしないとおしっこがお腹を伝い、横漏れする確率が大幅に上がってしまうのだ。

  「ホイ、完成っと」

  残りのテープを止め、お尻から股下まで指を滑らせてギャザーを立てて終了だ。みゃーもりに知らせるように膨らんだお尻を叩くと、空気を多量に含んだ「ぼふっ」という音が鳴る。

  にしても……。

  「に、似合いすぎやろみゃーさん……」

  「えへへ~、ありがとうございますキツネさん」

  どっちの意味でのお礼なのか。

  半ば呆れの混ざったキツネに対して、服をたくし上げながら、お腹と背中へ視線を巡らせるみゃーもり。白い尻尾が軽快に揺れる様は、彼の気持ちを雄弁に物語っている。みじろぎする度に部屋に満ちるくしゃくしゃ音は紙おむつの、それもビニール製特有のそれである。

  「いやいや、ありがとうはこっちのセリフですわ」

  録画を見返しにっこり笑顔のキツネが親指を立てる。

  「お礼にボクも何か……」

  パーカーのポケットを探るキツネ。

  出てきたのは……。

  

  「アメちゃん食べます? ミルク味」

  「いただきます」

  「他には何か……お、コイツは……なんや五円かいな。ケチ臭いパーカーくんめ。せめてご主人のために五百円ぐらい食べといてもバチ当たらんで」

  酔いのせいかよく分からない罵りを上げながら、椅子に背中を大きく預けるキツネ。勢いのままに後ろへ倒した視界が台所の引き出しを捉えた時、彼の脳内に1つの閃きが走った。

  「みゃーさんみゃーさん」

  「? なんですか~?」

  「『催眠術』って興味あらへん?」

  さいみんじゅつ。オウム返しに呟くみゃーもりの頭にクエスチョンマークが浮かぶ。

  無理もない。日常生活で聞く機会など皆無であろうし、ただでさえアルコールで鈍った頭では――いや、この場面で言われたら、たとえ素面であろうと同じ反応をするだろう。

  ややあって。ピンと来るものがあったのか、白い耳と一緒に顔を上げた彼は手を叩くと、

  

  「『さいみんじゅつ』ってあの」

  「せやせや。この五円玉をタコ糸で結んで揺らすと」

  「70%のかくりつでねむらせる――」

  「ダイパ世代やったかー。……でもまあ概ねそんな感じです。いつもよりぐっすり眠れたり、寝起きがスッキリしたり、ヤなこと忘れたり……。実はボク、先生にも催眠かけてアレコレしたことあるんですよ!」

  

  言うてあの時は反撃されて酷い目見たんやけど。まあこれは言わぬが華だろう。

  

  「へぇ~、せんせいも。せんせい、どんなおねがいをされたんです~?」

  「あの人、そん時怪我しとってな!……ま、まあそうやな。怪我が早う治りますように、っちゅうところです」

  「すご~い!」

  

  饒舌から一転、唐突に口を噤んだキツネの目には、『キツネ~?』とグーに息を吹きかけるウサギの幻影が確かに見えていた。

  そんなお調子者の事情などつゆ知らず、無邪気に両手を叩くみゃーもり。

  「ぜひぜひ、ぼくにもお願いします~」

  「りょーかい。そしたら、みゃーさんはどんなことに困っとるん?」

  「ぼくは……そうですね~……」

  「ほう。ほう。ほうほうほうほうほう!」

  

  出るわ出るわ、赤裸々な告白の数々が。

  その内容たるや、キツネが思わずフクロウに化けてしまうほど。頷きと心のゴシップ帳への書き込みが留まることを知らない。

  「よっしゃ任された! みゃーさんのお悩み、センパイであるこのボクがするっとまるっと解決したるわ!」

  

  細目を開いて青い瞳と犬歯を煌めかせたキツネは胸を叩く。

  ま、仮に前みたいに暴走したとしてもみゃーさんやし。この体格差なら力ずくで辱められることもないやろう。

  胸の内に愉しみと打算を秘めながら、その手の振り子が大きく振られた。

  ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

  

  パン、とキツネが両手でみゃーもりの肩を強めに揺らす。

  いわゆる『気付け』というやつで、催眠の終了を相手に伝える合図だ。

  みゃーもりの覚醒を待つ間、キツネはふと硬貨を乗せた手を見やる。

  成功した、という確信があった。

  むしろありすぎた。

  アルコールの力でいつも以上に饒舌になった口が、

  そのおむつ似合っとりますよー、とか。

  おむつなんて単なる下着なんやから、気にすることあらへんよーとか。

  心配せんでもみゃーさんは赤ちゃんみたいにかわええでー、とか。

  あれやこれやと思いつくままに語りかけていっていた気がする。

  

  「コレ、大丈夫やろうか」

  

  かくしてキツネの不安は的中する。

  焦点が不確かだったみゃーもりの両目がパッチリ開いて数秒。きょとんとした表情になったと思ったら、突然卓上のスルメを鷲掴みにして口に入れた。と思ったら顔が険しくなって、舌をべーっと出して吐き出す。

  続いてポテチを、こちらもなんと鷲掴みで眼前に持っていく。開いた掌から砕けたチップスがぽろぽろ落ちるが、本人は気にする様子もなく、その手をペロペロと舐めて嬉しそうにしている。

  呆気にとられるキツネを他所に、今度はグラスに刺さったステア用のスプーンをグーで握ると、そのまま口へ――

  「ちょっ! あかんってそれは!」

  

  直感的にマズイと判断して取り上げる。

  な、なんやこれ。いやこれひょっとして……。

  みゃーもりの視線が油と自身の唾液にまみれた手とキツネの手にあるスプーンを往復したと思ったら、その目にじわりと涙が浮かぶ。そのままぐずぐずと鼻をすすりながら、声を出さずに泣き始めた。

  「あーあーあーあー……」

  戸惑いながらも、直感的にやるべきことを悟ったキツネはみゃーもりを抱き上げて、背中をぽんぽんぽん……と一定のリズムで叩き続けた。

  秒針が進む音と幼子がぐずる音の中。やがて後者に取って代わって、静かな寝息が腕の中から聞こえてきた。

  これ、間違いあらへん。

  ソファーに下ろした穏やかな寝顔の同居人を見て、キツネは予想を確信に変えた。

  「ってわけでみゃーさん、赤ちゃんになっちゃいました♪」

  「よーし、一発しばくから動くんじゃないぞ♪」

  スパーン、と小気味良い音がリビングに響いた。

  [newpage]

  2

  「で、あれはどうすれば治るんだ」

  

  頭をさするキツネを無視して、ソファーで眠るみゃーもりを遠巻きに眺めながらウサギは問うた。

  

  「前の先生の時みたいに、何もせんでも勝手に解けると思いますよ。今回はアルコールの力でちょ~と深くかかっとるかもしれませんが、それかて時間で抜けてきます。無責任に聞こえるかもしれませんが逆です。素人がチョイかじった程度の催眠なんてそんなもんですわ」

  「つまり」

  「このまま寝かせておけば、朝には元通りっちゅうことです」

  

  ウサギはほっと胸を撫で下ろす。もし、この状況が数日続くと言われたら……。

  『もしもし、私みゃーもりの同居人の者です。はい、はい、実は彼、赤ちゃんになってしまいまして……』

  

  「考えたくもないな……」

  「正気を疑われますね。僕らもみゃーさんも」

  

  ウサギはこれ見よがしに溜息をつき、頭を押さえる。職業柄、自宅に引きこもりがちのウサギが久しく外出したのが午後三時。お気に入りのショップで人ごみに揉まれてクタクタで帰宅したらこの有様なのだ。ため息の一つもつきたくなるのが人情だろう。

  

  「ぼくも一杯飲んじゃおうかなぁ」

  「堪忍してくださいよ先生。赤ちゃん二人はさすがに手に余ります」

  「どういう意味だよまったく……あれ?」

  キツネの軽口をいなしながら、再びみゃーもりに目を向けたウサギはあることに気が付いた。

  

  「そういえば話は変わるけど、みゃーさんの服ってどうしたの?」

  「嫌ですわぁ先生。これ全部先生の私物やないですか」

  「どうりで見覚えがあると思ったら……」

  

  現在みゃーもりが身につけている服からソックスに至るまでのグッズの数々は、思い返せば「置き場が無い」を理由にウサギからキツネに預けた物だった。

  時々、某大手通販サイトからファンが自発的に送ってくれるのだが、中には作画資料として入れておいただけの物品も多い。そのため送られてきても身につける必要も無く……さりとて誰かにあげることもできない、完全にクローゼットの肥やしと化していたのだ。

  あの時は「使いたかったら使っていいよ」「機会があったら使わせてもらいますわー」などと互いに笑い合ったものだが……。

  「まさか機会がこんなに早く訪れるとはね」

  「ホンマですわ。人生何が役立つか分かりませんなぁ。いやぁ、先生の仕事と親切なファンの方々に感謝です」

  「いやでもキツネ」

  「分かっとります。皆まで言うなというやつです」

  ((この人メッチャ似合ってるな……))

  結局性根は似たもの同士の二人なのだった。

  その後も二人で「ガラガラ無い?」「振ったら鈴が鳴るネコちゃんおりましたよ」などと悪巧みを重ねていると、その声に反応するように身動ぎしたみゃーもりの目がゆっくり開いていく。

  気づいたキツネとウサギは互いに目配せしながら、黙ってその様子を伺う。

  みゃーもりは手元を見たり、キョロキョロ辺りを見回したと思ったら、突然顔をクシャッと歪ませた。

  

  「アカン先生! くまちゃんです、ぬいぐるみ!」

  「よっしゃ任された!」

  キツネの指示にウサギは機敏な動きでソファーの下、みゃーもりの死角に落ちていたぬいぐるみを拾うと、茶色の両腕を可動させながら、

  

  「コ、コンニチワーくまさんダヨー」

  「いや下手クソか」

  

  見ているキツネが恥ずかしくなってくるような、見事な棒読み演技である。

  

  「うっさいなあ! 赤ちゃんあやした経験無いんだからしょーがないだろ!」

  

  不慣れと恥じらいで顔を真っ赤にしたウサギはクマの両腕を操りながら反論する。悲しいかな。キツネに対してだと、その両腕は非常に滑らかに動いている。

  

  「それかてもうちょいやりようが……お?」

  呆れ顔のキツネの両目が開く。

  みゃーもりは必死に腕をピコピコさせているクマには目もくれず、その後ろで焦るウサギをじー、っと見つめると――。

  「わわっ」

  戸惑うウサギを意にも介さず、その胸にゆっくり収まった。

  

  「先生懐かれましたなー」

  「いや待って! これどーすんのさ!」

  ジャージを両手でぎゅっと掴んで離す気配が全く無い。

  おまけに。

  「ひゃあああああっ!?!? みゃ、みゃーさんちょっと! く、くすぐったい!」

  

  ウサギの首元あたりまで垂れた耳を、みゃーもりは「はむっ」と口に咥えて、吸って、甘噛みする。

  敏感な箇所への急な刺激に、もう片耳と尻尾はピン! と立ち上がりながらも、腰から下は脱力しながらへなへなと床に座り込むウサギ。

  その様子に何やら思うところがあったキツネは、「あっ!」と声を上げて耳打ちする。

  「センセセンセ!」

  「な、なに……」

  「モレました?」

  「ア゛ァ゛!?」

  「冗談ですって。おー、こわ。……でもせっかくみゃーさん抱っこしたなら、そのままお部屋に連れてって寝かしつけちゃって下さい。ベッドから落っこちないように朝まで添い寝もお願いします」

  バチーン、とウインクするキツネ。

  「キツネがやればいーじゃん! と言うか、みゃーさんこんなにした責任あるでしょ」

  「そうしたいのはやまやまなんですが」

  床に落ちたクマのぬいぐるみをキツネがみゃーもりへ差し出す。すると、素直に受け取るもののウサギのように抱っこをせがまれることは無かった。

  「ね? たぶんみゃーさん先生から離れませんよ」

  「うー……しょ、しょうがない、かぁ……な、なんで僕にこんな……」

  「う~ん……そうやなぁ。……先生のお耳が美味しそうやから、とか?」

  「そんなアホみたいな理由で――」

  「もしくはホンマに先生が好きなんやと思います。知ってます先生? フェレットの赤ちゃんって甘噛みする癖があるんやけど……愛情表現の一種、らしいですよ?」

  

  ふさふさだったウサギの耳は、みゃーもりの唾液で毛が張り付いて片方だけが萎んで見える。

  喜ぶべきなのか違うのか。キツネの言葉にどう反応するべきか悩むウサギは、片耳の甘い刺激に耐えながらポツリと一言。

  「とりあえず、シャワー浴びたい……」

  

  それだけ言うので精一杯だった。

  [newpage]

  3

  それから少しして。

  ウサギの耳に飽きたみゃーもりの口がおしゃぶりに吸い付いたのを合図に、ウサギは二階への移動を始めた。

  もちろんシャワーは後回しだ。

  

  運動不足の体でもふらつくことなく階段を登りきったウサギは通路の左右を逡巡すると、右側へ足を向けた。

  「おじゃましまーす……」

  

  腕の中の本人へ向けて、と言うより、他人の部屋へ無断で侵入する後ろめたさからウサギは呟く。

  中は飾り気の少ない質素な部屋だった。目に付く物と言えば一台のタンスとデスクトップPC、あとはベッドぐらいで、プラモはおろか漫画やポスター、棚なども一切見当たらない。

  床には紺のカーペットが敷かれているが、その上にテーブルやこたつが乗っているわけでもない。「裸足だと寒いから敷いた」というシンプルな思惑が伝わってくるようだった。

  生活感が無いのではなく、本当に必要な物だけを置いた部屋。

  だからこそ、ベッドの上に鎮座するビッグサイズの兎がより目立つ。そんな部屋だった。

  

  「みゃーさんの部屋、初めて入ったかも」

  

  ウサギはベッドにもたれるように腰を降ろす。

  越してきたのが最近ということもあるし、そもそも自室へ積極的に招く人でもないので当然と言えば当然だ。入居の歓迎会もリビングでやったっけ。

  

  「初めて入るのがこんな状況だなんて……ごめんねみゃーさん……」

  

  そんなウサギの呟きなどつゆ知らず。「うーうー」と喃語を発するみゃーもりの視線と腕は、ベッド上でくたっと俯くぬいぐるみに向けられていた。

  気付いたウサギはベッドに彼を横たえる。みゃーもりはクマと兎、二体のぬいぐるみを一緒に抱き込むと仰向けに転がった。

  「あー……ひょっとしてぼく、動くぬいぐるみとだと思われてた……?」

  

  無事な方の耳を弄りながら、ウサギの頭にそんな考えが浮かんだ。同じ兎で垂れ耳なのも共通点なのだが、今着ているジャージもあのぬいぐるみも、言われてみれば「くたびれた感」とでも言うべき年季がそこはかとなく漂っている。

  ぬいぐるみの耳を幸せそうに咥えるみゃーもりの姿を見て、思いつきは確信に変わった。

  なぜ初見で自分だけが懐かれたのか。合点がいったウサギは苦笑を浮かべながらみゃーもりを眺める。

  お気に入りの二人を抱えながら、あっちへ寝返り、こっちへ寝返り。足を絡ませたと思ったら、今度はクマの耳をはむっと口に含んだり。

  

  その様子を微笑ましく見ていたウサギの頭にふと、『これはチャンスでは』という考えが浮かんだ。

  『先生。寝る前にみゃーさんのおむつ替えたって下さいね。たぶんもう三回ぐらいはしとるんで。このまま朝まではキツイと思います』

  二階へ上がる前。キツネがこともなげに告げた言葉を思い出したのだ。

  抱っこの最中、さりげなくお尻に手を当てたが、自分もよく知る感触――つまり、結構な量を吸ったおむつの感触が返ってきていた。

  「せんせー。おむつとか諸々ここに置いときますね」

  「サンキュー」

  まさにベストと言えるタイミング。ひょいっとキツネが顔を覗かせ、置く物だけ置いてササッと消えていった。手伝ってくれても……と思ったが、キツネはキツネで飲み会の後片付けをやってくれているのだ。

  仕方ない。ここは腹をくくるか。

  ウサギは覚悟を決めると、股ボタンをポツ、ポツ、ポツと外していく。

  ロンパースによって抑えられていたおむつが重力に負けて少し伸びる。その際の多量の水分を含んだビニールの音で、おおよそどれだけの失敗を受け止めたのか、ウサギにはなんとなく分かった。

  にしても――。

  「か、かわいっ……! みゃーさん何でこんな可愛い柄の穿いてるの……? 僕も知らない柄だし……え、ひょっとして……趣味……?」

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  小柄ではあるがみゃーもりは立派な大人だ。そんな彼の失禁を数回受け止められる時点でこのおむつがしっかり大人用であることは疑う余地がない。

  しかしデフォルメされた動物が描かれた貼り付け面や、中央を通るお知らせサイン、濡れたら足跡マークが出てくる吸収帯は、明らかに幼児性の強調としか思えない仕様だ。

  大人が穿くにはあまりにアンバランスなデザイン。であるにも関わらず、それを穿いているみゃーもりにまるで違和感を感じない。

  カシャ……カシャ……カシャ……。

  被写体がびっくりしないようにフラッシュは切って、控えめに数枚、ウサギはついついスマホでその様子を収めてしまった。

  

  「はっ!? しまった、つい」

  気を取り直して交換再開。キツネの道具を手元に引き寄せて、ついにテープに手をかける。

  「みゃーさん、失礼します……」

  大きく響くテープの音が四回。おむつ本体を開いたウサギは、体格相応の陰部に顔を赤くしながらも温かいタオルで清拭を進めていく。

  小柄で軽い体はウサギの腕でも苦もなく上がる。以前見たおむつ交換のやり方を思い出したウサギは両足の足首を交差させると、まとめて片手で持ち上げて、ひっくり返したお尻も綺麗にしていく。

  チラっとみゃーもりの様子を見る。

  軽く目を閉じてなすがままになっているところを見るに、どうやらタオルが気持ち良いらしい。

  ウサギは安心して新しいおむつの上にお尻を着地させると、あとはいつも通りというやつだ。他人にやるのは勝手が違うが扱う物は変わらない。手早くテープを止め、再びロンパースのボタンを閉じるのにそう時間はかからなかった。

  大仕事を終えて「ふぅ……」と一息つくウサギ。お尻の下までたっぷり膨らんだおむつを丸めると、改めてその重さが手に伝わってくる。

  

  「い、いっぱいしちゃったね、みゃーさん」

  

  続けて「いい子いい子」と黒髪を撫でる。

  なんとなく。なんとなく言ってみたかっただけのセリフ。言われた側のみゃーもりが一切気にせず、解放感から両足をバタつかせているのに対して。

  「な、なに言ってんだボク……」

  言ったウサギは急な羞恥に襲われて、顔の熱さを振り払おうと首を振った。

  

  「ふぅ……さーて、寝ますよみゃーさーん」

  

  火照りが収まったウサギはベッドの足元に丸まっていたタオルケットをみゃーもりにかける。

  その隣で横になった途端眠気に襲われ、ウサギは大きくあくびをした。

  無理もない。時刻は日付を跨いだ頃。ただでさえ疲労して帰宅し、そのうえ特大のハプニングを処理したとなれば心身の疲労も相当なものである。

  それでもなんとか手を動かして、みゃーもりの背中をポンポン撫でる。

  あー……そういえば……。

  ゆっくり滲んでいく視界の中、ウサギは一つの懸念を思い出す。

  僕、トイレ行ってないや……。……まあ、いっか……。

  腰の下にはシーツで隠されているが、自分もよく知る防水某の感触。仮に。仮にだが。万が一失敗しても、ベッドの主がこの有り様なのだ。なんとでも誤魔化せるでしょう。

  背中を撫でる音に寝息が混じる。やがて寝息が二つになるのに、そう時間はかからなかった。

  [newpage]

  4

  朝起きると隣にみゃーもりの姿が無い。

  寝起きの癖で布団をまさぐり、湿り気が無いことに安堵したのも束の間。一大事に気付いたウサギはまさかと焦ってベッドの下を確認するが、泣いているフェレットの姿はどこにも無かった。

  

  「一晩経てば元通りですよ」

  

  脳裏をキツネの言葉がよぎり、落ち着きを取り戻したウサギはふとスマホの写真フォルダを開いた。

  そこには昨晩、つい出来心で撮った同居人の写真が幾枚も収められていた。それらを見ながら、

  

  「可愛かったなぁみゃーさん。服のシワとかおむつの膨らみ方とか、資料のためにもう一日ぐらいあのままでも……」

  

  いやいやいや、と思い直して首を振る。一晩だけだったからあの程度で済んだのだ。もし一日もあのままだったら気が休まる暇なんて無かっただろう。それに、ご飯はどうするのだ。粉ミルクなんて流石に――

  「いや、あったなそういえば……」

  『大人のための粉ミルク』という字面が面白くて入れていた物が少し前に届いたっけ。

  でもあの状態のみゃーさんに飲ませようと思ったら、それこそ哺乳瓶でも無いと――

  「……あったな……。大人サイズのやつ」

  世界の業の深さを噛み締めながら、ウサギはリビングに降りていく。

  「おはようございます先生。先に頂いています」

  食卓には人影が二人分。一人はピンク髪のキツネ。もう一人はトーストをかじりながら時々コーヒーをすする、フェレットの姿だった。

  良かった。全部元通りだ。

  ホッと胸を撫で下ろしたウサギは「おはよー」と挨拶しながら自分もテーブルに着いて――目を剥いた。

  「なっ……なっ……なっ……! ちょっ! キツネ! 何これ!?」

  声をかけられたキツネは、彼にしては珍しい困り顔で、これまた珍しくコーヒーを飲んでいる。ただでさえ細い糸目が、瞑っているかいないか分からないレベルまで細められていた。

  それもそのはず。テキパキとした所作で食事をしながら、時々ニュースに相槌を打っている同居人。いつもと変わらない光景のはずなのに――。

  「なんでみゃーさんまだ赤ちゃんの格好してるのっ!?」

  「? 先生。ぼくの服、何か変ですか?」

  ウサギの指摘に、受けた本人はまるで心当たりが無い様子で自分の格好を見やる。

  体をひねって背中やお尻を確認する最中、ウサギは見てしまった。ロンパースのボタンの隙間から覗くその下着が、黄色く染まって厚ぼったくなっている様を。

  「みゃ、みゃーさん……その、おむつ……じゃなくて、し、下着……」

  「あ、これですか」

  白いフェレットの顔に朱が混じる。流石にこれには恥じらいを見せるみゃーもりだったが、しかし、その口から継いで出たのは。

  「すみません先生。後で交換お願いできますか?」

  「――――!?!?!?」

  

  絶句するウサギと「ごちそうさまでした。部屋から替えのおむつ、取ってきます」と二階へ消えるみゃーもり。そんな二人を眺めながらキツネは呟いた。

  

  「中途半端にかかった……いや、解けたんかコレ。意識はいつものみゃーさんやけど着ている物に違和感持ってへん。オマケにおむつは先生が替えるモノやと思っとる。ってことは、昨日の好感度も引き継いどる感じか。さーて、どうしたもんか……」

  ズズッとコーヒーを一口。慣れない苦みで頭が冴えることを期待したが、サッパリ効果は無いらしい。ただただキツネが手にするコップの中身だけが消えていく。

  

  戻ってきて早々に仰向けで転がるみゃーもりと、交換用のおむつを押し付けられてオロオロしているウサギを尻目にもう一口コーヒーをすすりながら一言。

  「ま、なんとかなるやろ」

  「じゃねーだろキツネぇ! お前もう催眠術禁止! 今後絶対やめろ! あーもうみゃーさんボタン自分で外さないで! テープも剥がしちゃダメだってー!」

  「先生、替えたらまた『いい子いい子』もお願いします」

  楽観と悲鳴と甘えた声。朝のシェアハウスの一室に、三者の声がこだました。

  余談だが。

  さらに一日でみゃーもりの催眠は完全に解けた。しかし当日は自身の格好に違和感を持っていないため、散歩だ買い物だと何かと外出しようとする彼を引き留めるのに、ウサギはかつてないほどエネルギーを消費した。

  あとキツネの頭にはコブが増えた。

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