狼の番 ー出逢いー

  “狼”

  それは哺乳類上最も愛情深い動物。群れの形成は全て血縁関係のみで構成され、その中でもお互いに強く惹かれ合う雄と雌はお互いを一生の番と決める。例えどちらかの命が尽きようとも他を娶らず、その身が朽ち果てるまで生涯を掛けて番だけを愛していく。

  この物語は、”狼獣人”の青年と異世界からやってきた”人”の少年が出逢い、番になるまでの愛情物語。

  『サトシ、困ってる人苦しんでる人が居たら必ず助けてあげなさい。それがどんな結果になってもいつかは必ず自分に返ってくるの。あなたはあなたの望んだ通りに動きなさい』

  これが母の教え。この教えを胸に、少年サトシは今まで生きてきた。

  「おい!それはコイツの唐揚げだろ!勝手にとんな!」

  「うるせぇ!ここでは俺様が1番なんだよ!俺様に従え!」

  そのやり取りにザワつく食堂内。サトシと同い年ぐらいの子もいれば、今目の前でやり合ってる上級生もいる。ここは、何らかの理由で親が居ない子ども達が共同生活をする場。

  「お前が1番とか関係ない。こいつの唐揚げはこいつの物。お前が取った分お前のおかずから返せ!」

  「嫌だね。こいつのおかずも俺の物。返す義理はねぇ」

  「おまえっ!」

  プチッ、糸が切れた。気がついた時には、自分より身長も体格も大きな相手に飛びかかっていた。

  「先生早く来てー!」

  「こらー!二人ともー!」

  食堂は乱闘騒ぎ。”やめなさい!”そんな声が耳に響いたが、目の前の上級生を許すことが出来ず、サトシは自分を抑える事が出来なかった。

  あれから取っ組み合いの乱闘は数人の職員がやってきて終息した。サトシと上級生は別室にそれぞれ連れて行かれ事情聴取というなのお説教。

  『いくら正義だからって飛びかかるなんていけません』

  『でもあいつが悪いんだ!おかず取ったんだよ!?』

  『どんなに悪くても暴力はいけません。またその時が来たらすぐに私たちを呼んで』

  『そんな事してたらあいつが逃げちゃうよ!』

  『とにかく!私たちの言うことを聞くこと。これまでに何度も問題を起こしましたね?次こんなことをしたらお仕置きですからね。よく反省するように』

  こんなやり取り。

  「もう、なんだよ…絶対あいつらが悪いのにさ…」

  先生が上級生を庇う事に納得が行かない。結局おかずは戻ってこなかった上に今頃上級生にはまるで効いてないお説教をかましていて、お咎めなし。自分の方が脅される始末だ。

  「…………」

  自分は決して間違っていない。それに、母親の教えに背きたくなかった。自分の正義を否定されたような感覚の悔しさと、それを肯定してくれるような人が欲しい寂しさと、母親を早くに亡くし一人で生きてきたサトシを包み込んでくれる存在はどこにもいなかった。ギュッとシーツを握りしめ、目を閉じた。

  ーーーーーー

  ザァーーーー………高い木々が生い茂るも暖かく全てを包み込むような太陽の光とまるで母が赤子を優しく撫でている時のような柔らかい風が、森に生を与えている。その傍らには、自分の姿が水面に映る程の透き通った大きな湖が。

  『ここは…』

  見た事がない場所。でも、決して嫌な場所じゃない。

  『ん…?』

  森の方から小さな何かがやってきた。湖の真ん中に付くと、ツンッ、ツンッと、小さな手で水面に触れていた。

  『緑の…妖精?』

  その小さな生き物に目を奪われていると、鼻に甘くも獣のような匂いが混じった。

  『!』

  バッと振り返った

  『お、お、かみ』

  ピンッと立った銀色の耳、フサフサの大きな尻尾。似たような色のスーツに身を包み、銀緑色の髪色と瞳。自信に満ち溢れつつも、どこか自分を見つめる瞳は優しく、その雰囲気からも自分よりもずっと年上だとわかる。そんな人というべきか獣というべきか、一人の青年がいつの間にか立っていた。

  『あなた、は…』

  『ぼーーーつがーーー』

  上手く聞き取れない。

  『なんて…』

  そのまま声が、遠のいていく。

  ーーーーーー

  「つっ!」

  パッと目が覚め体を起こした。少しばかり汗をかき、シャツが僅かに湿っていた。

  「なんだったんだ…?」

  先ほどのは夢?それにしてもどこか現実のような感じにも思えた。まるでゲームの世界の異世界のようなそんな設定の。ふと、窓の外に目をやった。今日は満月。月明かりがベッドを優しく照らしていた。

  ひょこ。

  「!?」

  すると、窓の外に見た事のない生き物が……いや、今さっき夢で見た。

  「緑の妖精!?」

  掛けていた布団からバッと起き窓の方に全身を向けた。

  「つっ!」

  「!」

  バチッ、目が合った。すると、緑の妖精は口に手を当て小さく笑って飛び去ろうとしていた。

  「ちょ、ちょっと待って!」

  “追いかけたい“その想いが強く出た。トレードマークの赤い帽子を被り部屋を、施設を飛び出した。

  「どっちだ?」

  門を潜り左右を見渡した。どちらに行ったのか。

  「セレッ」

  声がした。左を見ると少し遠くの方に居た。そのまま緑の妖精は森の方へと向かって飛んでいきその後をサトシも走って追いかけた。

  少し山の上にある施設。少し歩けば森がある。森は深く決して入るなと忠告されていた。だから、初めて踏み入れた。生い茂っている草木で足元は見えず時々躓いてしまうことも。けれどそうすると、緑の妖精は止まる。一定の距離は保ちつつも自分を気にしているように思えて、まるで誘われているかのよう。どこまで行くのか、もっと、もっと、元来た道が見えないぐらい奥深く踏み入れていた。そしてーーーー

  「はあっ、はあっ、はあっ……」

  体感にして40分、随分歩いた。息を整えゆっくりと体を起こし、目の前の光景に囚われた。

  「こんなところが」

  目の前にはあの夢と似たような湖。あれだけ空高く生えていた木々もその湖の周りを囲むように空いていて、満月が顔を覗かせている。と、湖の真ん中にあの緑の妖精が。ジャブジャブジャブ、体が濡れることも構わず水へと入った。だんだんと近づいていくが、今度は逃げる気配はない。それどころか、待っているように思えた。

  「ねぇ、お前は一体」

  「リリリッ」

  手を伸ばし話しかけた。すると、緑の妖精はその場で円を描くように飛んだ。

  「わっ!」

  水面が突然光った。その光はサトシを包み込んだ。キーーーンッ、何か体が浮いたような感覚。その刹那、黄色い小さな面影と灰色の大きな物体が何かに立ち向かっている姿が見えた。

  「バンギラーーー!」

  大きな濃い緑色の巨体。目は血走り後ろからは黒い覇気が強く滲み出ていた。

  「くっ、こんな凶暴なバンギラス見たことがない」

  「メタッ」

  森の奥深く。澄んだ緑の空気とその辺りの大きな湖。本当ならば静かな空気も招かれざる客により緊迫した雰囲気へと変貌を遂げていた。

  「お前はこの森へ何しに来ているんだ」

  バンギラスと呼ばれた生き物と対峙しているのは、ダイゴという狼獣人の青年。

  「メタグロス油断するな」

  「メタッ」

  ダイゴの目の前にいるのは、灰色の言わのような巨体のメタグロス。バンギラスの動きを見逃さないよう、集中している。

  「バンギー!」

  「メタグロスコメットパンチ!」

  「メターーッ!」

  バンギラスがこちらへ向かってきた。それに応戦するため、メタグロスに技を指示した。ガキンッ!技と技がぶつかった。

  「なにっ!?」

  「メタッ!?」

  しかしその瞬間、パキパキパキッとメタグロスの腕が見る見るうちに凍っていった。

  「あのバンギラス冷凍パンチを覚えているのか」

  予想外だった。まさかその技を覚えているとは全く頭になかったのだ。

  「メ、タ…」

  「メタグロス!」

  その間にもメタグロスは凍っていき、コメットパンチを放った右腕は全て氷に包まれてしまっていた。

  「バンギャー!!」

  「しまっ!ぐわっ!」

  「メタッ!?」

  その隙をバンギラスは付き、ストーンエッジをダイゴへと放った。間一髪で避けたものの、全てを避け切る事は出来ず左腕に命中。ダイゴは地面へと叩きつけられ、草木には鮮血が流れた。

  「メタッメタッ!」

  「メタ…グロス…」

  傷ついた主人の元に凍った腕を引き摺りながら向かった。主を護らなければ。為す術はなくとも。しかし、その間にも左腕からはドクドクと血が流れていた。

  「バンギラーーー!!」

  「つっ」

  目が霞む。声も遠い。このまま殺られてしまう。そう、思った。

  カッ!

  「バンギャ!?」

  「つっ?」

  「メタッ!?」

  光の柱がダイゴとバンギラスの間に現れた。それは天高く伸び神々しく輝いていた。

  「てん…し…?」

  霞む目に影を見た。ハッキリとは分からなくて、でも、どこか暖かい。

  「あれっ、オレどうしたんだ?」

  腕で顔を隠していた。それを解くと先程と似たような場所に思えるが、何となく違うように感じた。

  「って、なんだこのデカイ生き物は!?」

  気がついて驚いた。濃い緑の巨体のバンギラスと灰色の岩のような巨体のメタグロス。その存在にサトシは驚いた。

  「一体どうなってーーー!?」

  辺りをキョロキョロと見渡して気がついた時には駆け出していた。

  「お兄さん大丈夫!?」

  倒れていた狼獣人ダイゴにサトシは躊躇なく近づいた。

  「つっ!」

  「痛っ」

  しかし、その手をダイゴは払い除けた。

  「ちょ、なんだーー「ガルルッッ」

  払い除けた手をさすり文句を垂れようとしてやめた。

  「怯えてる…?」

  耳をこれでもかと立たせ、後ろにある尻尾も毛が立ち明らかに自分を警戒している様子だった。

  「バンギャッ」

  「あっ」

  ダイゴにばかり気が入っていて後ろの存在を忘れていた。振り向くと、バンギラスがこちらを鬼の形相で睨みつけていた。

  「つっ」

  その目に一瞬怯んだ。しかし、すぐにダイゴを見て顔を強めた。そして、スッとダイゴの前に立ち両手を広げた。

  「これ以上お兄さんを傷つけるならオレが許さない」

  「!」

  サトシの対応。それに腕が凍って思った身動きが取れないメタグロスは驚いた。

  「来い!オレが相手だ!」

  「バンギャッーーー!!!」

  その言葉にバンギラスの拳が動いたーーー

  「チュウゥーーー!!」

  ジュウゥーー!それはまるで電気が走った音。それと共に黄色い閃光がやってきた。

  「ギャアアアッッ!!」

  見事に直撃。バンギラスはビリビリと全身が痺れ大きな叫び声を挙げた。

  「な、何が起こって…「ピッカ!」

  サトシの前に黄色いネズミのような生き物が現れた。赤い頬に稲妻型の尻尾。

  「お前が助けてくれたのか?」

  「ピカチュッ」

  コクッと黄色いネズミは頷いた。

  「バン、ギラ…!」

  「あっ、あいつまだっ!」

  しかし、攻撃性が上がっていたバンギラスは痺れた体で立ち上がった。

  「ギャアアッ!」

  「ピカッ!?」

  「つつっ!?」

  やられる、そう思った。

  「グローーースッッ!!」

  「バンギャアアアアーーーーー!!」

  パリーンッ!メタグロスは凍っていた右腕を振り上げ、軍神のコメットパンチをバンギラスの腹へと打った。その拍子で氷は割れメタグロスは自由を再び手に入れた。

  「す、すげー。一発で」

  あまりのすごい光景にサトシは呆然とした。

  「グロスッ」

  「つっ」

  メタグロスがこちらを見た。そして少しずつ近づいてくる。もしかして…?サトシは少し身構えた。

  「メタッ…」

  しかし、メタグロスはサトシへと頭を下げた。その大きな巨体が頭を下げている光景はなんだかくすぐったい。

  「ありがとうって、言ってるのかな…あっ、お兄さん!」

  今の戦いに気を取られて肝心の人を放っていた。慌てて戻れば、気を失い完全に倒れていた。

  「急いで連れて行かないと。どこか安全なところに…」

  「ピッカ!」

  すると、黄色い生き物はサトシの服をクイクイと掴み少し先を歩いた。

  「安全な場所を知ってるのか?」

  「ピカチュ」

  コクッと頷いた。

  「よし、わかった。この狼のお兄さんお前の主人だろ?お前が運んでくれるか?」

  「メタッ」

  そうメタグロスに伝えると、メタグロスは念を唱えた。するとダイゴの体が浮きメタグロスの頭へと乗った。

  「よし。じゃあ行こう」

  バンギラスが寝ている内に場所を移動しないと。そのことだけはわかった。サトシ達は黄色い生き物の後に付いて行った。

  「ピカッ」

  「うわぁっ。すげぇ」

  歩いて少し。黄色い生き物に連れられて来たのは、森の中でも一番大きな樹木。その樹木が空洞になり大きなメタグロスさえも入れるぐらいの広さがあった。

  「よし。お兄さんを寝かせて傷の手当てをしないと」

  「ピッカ」

  「メタッ」

  サトシがそういうと、ピカチュウは樹木の外へ行き、メタグロスは先ほどの念の力で周りにある草木を集めて緑のベッドを作った。

  「ベッド作ってくれてありがとう。ゆっくり降ろしてくれ」

  サトシの指示にメタグロスは忠実に従い、自分の主人を下ろした。未だに腕からは血が流れていた。

  「この血を止めないと…」

  「ピカピッ」

  すると、外に行っていた黄色い生き物が口に何かを咥えて戻ってきた。それを治療をするサトシの前へと置いた。

  「これは?」

  「ピカチュッ、ピカッ」

  サトシがそう尋ねると、ピカチュウはダイゴの血が流れている腕へと持ってきた葉を押し付けた。

  「あっ、薬草みたいなものか。それなら止める物も必要だよな」

  それが薬草だということがわかった。しかし、止める物がない。何かないかと自分の服に触れた。

  「これだ!」

  バサッとシャツを脱いだ。そしてなんの躊躇もなくシャツを縦に破いた。

  「オレがこれを巻くからお前は抑えててくれ。えっと、名前…「ピッカチュウ」

  「あっ、ピカチュウっていうのか?」

  「ピカピッ」

  ゆっくり確かに頷いた。

  「オレはサトシ。ありがとうなピカチュウ」

  「ピカッ」

  自己紹介をしつつ、ダイゴの腕に薬草を巻いて行った。その様子をメタグロスは静かに見守った。

  「よし、なんとか巻けた。あとは安静に…って、ちょっと寒いな」

  ブルッと体が震えた。それもそう。シャツを脱いでしまったサトシの上半身には何も身に纏っていない。

  「ううっ、どうしーーー」

  どうしたものかと考えていると、ふと気がついた。ダイゴから生えている大きな尻尾に。そこにサトシは体を滑り込ませ、自分のお腹の上に置いた。

  「うわぁっ、ふわふわであったかい」

  ふわふわの大きな毛。それは子どものサトシには意外にも丁度がいい。その温もりが暖かさもあり、だんだんと眠気に襲われた。

  「なんか…眠く…少し…」

  瞼が重い。もう開けていられない。その姿に、ピカチュウはサトシの背中に体をくっつけ、メタグロスはダイゴとサトシとピカチュウを囲むように体を下ろした。

  「ん……」

  朝露が空洞内に垂れてくる。その雫でダイゴは目を覚ました。

  「ここは…」

  ゆっくり体を起こし周りを見渡した。

  「!!これは…」

  その光景に一瞬驚いた。相棒のメタグロスとあまり見かけないピカチュウと自分の尻尾を布団代わりにしている少年と。何とも珍しい光景にただただ驚きだった。

  「君は…あっ、この腕」

  少しずつ思い出した。バンギラスのストーンエッジを避けきれずに攻撃を受けた。その時に傷を負ったことを思い出した。

  「薬草を当ててくれたのか。自分の洋服を犠牲にして」

  上半身裸の少年と破れたシャツが転がっていたのとそれで少年が自分を看病してくれていたことを瞬時に理解した。そういえば朦朧とした意識の中、誰かの手が優しく伸びていたような気がする。

  「もしかして君が…」

  きっと間違いない。そう思ったら、この目の前の少年が気になってしまっていた。このどこか可愛らしい少年が。

  「ん…」

  そうやって見ていると、少年が動いた。そして、ゆっくりと瞼が開かれていった。

  「おはよう」

  「あっ…お兄、さん…?」

  しばしの寝ぼけ。それからだんだんと頭が覚醒してきて目の前の狼お兄さんとのことを思い出した。

  「お兄さん!!ど、あ、起きて大丈夫なんですか!?」

  「うん。君と僕のメタグロスとそこのピカチュウ、みんなのおかげで元気になったよ」

  「よ、よかったぁ」

  慌てて腕を見てきたサトシに、もう元気である姿を見せた。その姿にサトシは胸を撫で下ろした。

  「本当にありがとう。君たちの助けがなかったら僕は死んでいた」

  「いえっ!お兄さんが元気になってくれたなら大丈夫です!」

  ああ、とてもいい子なのだろう。その笑顔と言動でダイゴはすぐに見抜いた。

  「君は見たところ…この世界の人間ではなさそうだね」

  「えっ!?わかるんですか!?」

  「この世界の人間はみんな獣の特徴を持っている。でも君にはその特徴が見当たらない。だからそうかなと」

  ダイゴの居る世界。ここは、獣の特徴を有した人間のみが住んでいる。だから、サトシのように肌と同じ色の耳を要している人間は存在しない。

  「積もる話もあるだろう。とりあえず僕の家に来ないかい?」

  「はい!行きます!」

  とても素直。その素直さが返って心配だ。そう思ったら、ますます自分の家に招きたくなった。本能が言う。この少年から離れてはいけないと。

  「僕はダイゴ。君の名前は?」

  「サトシです!」

  「そう、サトシくん。これからよろしく」

  「はい!よろしくお願いします!」

  握った手。その小さな手の温もりをダイゴは噛み締めていた。