『ここ…』
ザアァーーーッ……風が森になびく。風を受けた湖が心臓のように鼓動していく。2回目。同じ場所。
『居ない…』
でも違うこととすれば、あの追いかけた緑の妖精は居ない。居るのは、サトシただ1人。
『ーーーくん』
『!』
名前を呼ばれた気がして、後ろを振り向いた。
『あっ、あなた、は』
銀色の耳に銀色の尾。あの人と瓜二つ。そっと、近づいてきた。
『僕のーーーいーーー』
『なん、て…?』
また聞き取れない。そこの部分だけが。でも、大事な言葉のような気がする。ちゃんと、知りたい。しかし、それを夢は許してくれないそう。だんだんと目の前が霞みがかっていくーーーー
「!!」
パチッと目が覚めた。暖かな朝日、ふかふかの布団。それらがサトシの体を包み込んでいた。
「またあの夢…」
ただの夢ではないように思う。けれど、夢から覚めるとあの顔を忘れてしまう。
「どうして忘れちゃうんだろう」
忘れちゃいけない事なのに忘れてしまう。それは一体サトシにどんな意味をもたらせているのだろうか。
コンコンッ。
「サトシくん起きているかい?」
「あ、ダイゴさん!」
ノックの先から優しい中低音。悩みから一気に解放された。ガチャッ。
「おはよう。今朝は眠れたかい?」
「はい、とっても!」
ベッドから出て両手を挙げて伸びを一つ。その様子にダイゴは微笑んだ。
「ふふっ、良かった。それじゃあご飯にしようか」
「はい!顔洗ってきます!……ピカチュウメタグロスおはよう!」
そのままバタバタと洗面所へと駆け出して行った。途中でピカチュウとメタグロスに会ったのだろう。挨拶をする声が聞こえてきた。その様子に小さく笑った。
「…………」
抜け殻になったベッドにそっと触れた。まだ温もりが残っている。シーツへと鼻を寄せてクンッと一つ香った。
「甘い…」
それは今まで嗅いだ事の無い甘い香りだった。
あの出逢いからダイゴとの生活が始まった。ここは獣人とポケモンが暮らす世界。パソコンや電話テレビに船や電車とサトシの居た世界と変わらない風景が見える。しかし、決定的に違うのは人は皆獣を要した姿をしているということ。サトシのような姿の人間は居ない。
それからポケモン。ポケモンは人と共に暮らし時には助け合う。人と共に暮らしているのは野生で捕まえたポケモンでそのポケモンはトレーナーと呼ばれる主人のポケモンとなる。トレーナーはポケモンを育て時にはポケモンバトルと呼ばれるポケモン同士を戦わせ競う。そのトレーナーの中でも一際強さを持つ者が居る。それが各地方に点在するチャンピオン達。チャンピオンは強さの他に人としての強さも兼ね備えており、ただ強いだけではチャンピオンになれない。たくさんの努力と苦悩を乗り越え辿り着いた座なのだ。
そんな世界にサトシはやってきた。ダイゴはサトシがこの世界に迷い込んでしまった事を知り自分の家で暮らすことを提案。行く宛てのなかったサトシはダイゴの提案を素直に受け入れた。そしてこの暮らしが始まって2週間が経とうとしていた。
「今日は街に行こうか」
「まち?」
ダイゴからの誘い。口に運んだパンがカリッといい音を立てた。
「僕の家だけじゃ気が滅入ってしまう。気分転換にね。職場にも顔を出しておきたい」
「ダイゴさんのお仕事の場所…行ってみたい!」
興味津々。好奇心旺盛なその顔と素直で純粋な心。2週間経ってサトシという人間が少しずつ分かってきた。
「(可愛いな…)」
コロコロと変わる表情に人懐っこい性格。そして、何も汚れていないその心。まだ出逢って間もないのに、どれもがダイゴを惹き付けた。どの人にも可愛いなどと思ったことがないのに。
「ダイゴさんの職場と町楽しみだなピカチュウ」
「ピカピィカ」
サトシの話に隣でポケモンフーズを食べていたピカチュウは素直に首を縦に降った。なかなか人に懐かないピカチュウがこれ程までにサトシに気を許しているその姿にサトシがとてもいい子だということが伝わってくる。
「それじゃあ食べ終わったら行こう」
「はい!」
食卓が彩られていった。
「うわぁっ」
「ピカァ」
ドーーーンッ。効果音にしたらそのような感じ。街の中でも一際目立つ建物。
「ここが僕の職場、デボンコーポレーションだよ」
「デッカぁ」
首が取れてしまうのではないかと言うぐらい上を見あげた。
「さぁ、中に入ろう」
サトシを招き入れエントランスホールから中に。
「ダイゴさんこんにちは」
「お久しぶりですね」
「うん久しぶり。いつも警備ありがとう」
「「とんでもございません」」
自動ドア。その両隣には茶色い丸い耳と長細い尾を持った警備員が立っていた。
「なんだかライオンみたい」
「正解」
「やっぱり!」
当たった。素直に嬉しい。
「ここに来るまでも色んな種族が居ただろう?」
「はい!フクロウにネズミにサルに…本当にこの世界には動物の姿をした人しか居ないんですね。後、ポケモン!」
「ふふっ、正解」
こちらに来てからサトシが知る獣人はダイゴしか知らなかった。そしてその獣人の隣や街の中にはたくさんのポケモン達がいた。ダイゴの言う通り、ポケモンは獣人達と仲良く助け合いながら暮らしている事が伺えた。
「ポケモン達が居てくれるから僕達人間は便利に生きることが出来る。人とポケモンは切っても切れない縁なんだ」
「そっか。この世界にとってポケモンって大切な存在なんだ」
「そう」
「ピカピカ」
そんな話をしているとピカチュウも聞いていたのか、サトシの肩の上、頬にスリスリとすり寄ってきた。そんなピカチュウの頭を優しく撫でた。微笑ましい光景。自然と目が下がっていく。
「着いたよ。ここが僕の仕事部屋」
ダイゴと話している間に辿り着いた。他の扉と違う両扉で重厚。扉の上には”副社長室”と書かれていた。その部屋にダイゴは躊躇なく入っていった。
「ダイゴ様」
「ダイゴ」
「社長出勤かよ」
部屋に入ると人が三人いた。一人はダイゴの耳とは違った茶色がかった尖った耳とダイゴよりは短いふさふさの茶色の尾。一人はサトシと同じ人に見えるがよく見ると肌のところどころに青い鱗がある。そして最後のガラが悪そうな一人は薄茶の丸耳を持ち尾は黒く垂れ気味。それぞれに獣や動物の特徴を持っていた。
「呼び出してすまないね。サトシくんに少し街を案内していたんだ」
「サトシぃ?ああ、隣にいるガキか」
「ガキじゃないサトシ」
「ガキはガキだろう」
「なんだと!?」
「やんのか!?」
「こらカゲツ」
睨み合う二人にすかさず青い鱗の青年が仲裁に入った。
「リトルボーイすまないね。カゲツは口は悪いが決して悪いやつじゃない。許してくおくれ」
とてもすまなさそうに謝っていた。その姿にサトシの怒りはすぐに納まった。
「あなたは?」
「私はミクリ。海蛇の獣人。こっちはカゲツ。ハイエナの獣人。私たちはダイゴの友達みたいな者だよ」
「ダイゴさんの友達?」
ダイゴに顔を向けると、静かに頷いていた。
「私はクロダと申します。犬の獣人でダイゴ様の秘書をしております」
「ダイゴさんの秘書?」
「ダイゴ様はこちらのデボンコーポレーションの副社長でありホウエン地方のポケモンチャンピオンでもあるのです」
「副社長にチャンピオン・・・うん、ダイゴさんが強くてすごい人っていうのはわかった!よろしくお願いします!」
「「「!?」」」
「ふっ、ふふっ」
ただそれだけ。それだけだった。サトシのダイゴに対する反応は。でも、その反応がダイゴには新鮮で心地がいい。ポンッとサトシの肩に手を置いた。
「サトシくんは見ての通りこちらの世界の人間ではない。違う世界の人間だ」
「ほー、また面白い」
「まるでファンタジーのようですね」
「一週間前、東の森の奥で出逢った。僕を助けてくれた恩人だ。帰り方もわからないし、僕の家に住んでもらってる。サトシくんがこちらの世界に慣れるまではリモートワークかサトシくんをデボンに連れてくる。いいな、クロダ」
「承知いたしました」
事情は察した。胸に手を当てお辞儀をした。
「ところでダイゴ。東の森にはなぜ?」
ふとっ、ミクリが聞いた。
「野生のポケモン達の様子がおかしくて見に行ったんだ。そうしたら巨悪なバンギラスに出会った」
「バンギラス?あいつはホウエンに居ないポケモンだろう。なんでそんなやつが居るんだよ」
今までのやり取りを見ていたカゲツが話に入ってきた。
「わからない。しかし、普通のバンギラスではなかった。まるで何かに操られているかのようで、そのせいか攻撃性が高まり技も強力になっていた。油断して僕もメタグロスもやられてしまって…そんな時にサトシくんが現れたんだ」
「なるほど。その話を聞いていると、そのバンギラスとサトシくんが現れたのには何か関係性がありそうだな」
ミクリは顎に手を当て言葉を零した。
「ミクリもそう思うか。僕も思っていた…調査が必要なようだね」
サトシがこの世界に現れたのには何かがあるはず。そして、あの凶悪なバンギラス。サトシといる間にもダイゴはあの日の事を思い返し考えていた。何かが、起きようとしている。
「ダイゴさん」
「サトシくん」
何だか話が難しくて話に入れないが、何か自分の事で起きている。それだけは感じ取り思わずダイゴに体を寄せた。その不安に気が付きダイゴは肩に置いていた手に力を込めた。
「もう一度東の森にーーー「俺が行く」
「カゲツ?」
そう言いかけて、カゲツが割って入った。怠そうにしつつ鋭い眼光。
「チャンピオン様がわざわざ出る案件じゃねぇ。家に帰ってガキのお守りしてろ」
ぶっきらぼう。口はそう言っているが瞳は嘘を付けない。やはりダイゴの友達なのだ。
「じゃあ、お願いするよ」
心からの信頼を置いている。垣間見えた。
「私の方でも調べてみよう。何かわかったらダイゴに報告する」
「ミクリもありがとう」
「………」
ダイゴの周りにはいい人がたくさん居るのだと思えた。この温かさをサトシは感じていた。
「ダイゴ様別件でお話が」
「なんだ?」
話が途切れたところで、クロダが切り込んだ。
「縁談の話が来ております。ムクゲ様が一応聞いておけとーーー「断る」
バッサリ。
「見る前からじゃん」
「写真見てから判断したら?」
「いや、写真を見なくてもわかる。どうせみんな僕を見ていない。そのことはひしひしと伝わるよ」
縁談の話が出た途端、ダイゴの表情が固くなった。家にいる時には見ない顔だった。
「丁重にお断りしろ。それから親父にも伝えてくれ。僕には縁談の話は必要ない。僕の目で、僕自身で、僕の“番“を見つける、とね」
「かしこまりました」
小脇に抱えていた写真が開かれることはなかった。
「それじゃあ、僕らは帰るよ。サトシくん行こう」
「は、はい」
グイッと引かれた手。その手には少しばかり力が入っていた。
ダイゴがなんだか強くてすごい人ということがわかってから先ほどよりも視線を感じることに気がついた。
「ダイゴさんよ」
「やっぱり素敵だなぁ」
「あんな人と結婚できたらいいのに」
女性の視線。それが全てダイゴへと注がれていた。しかしそんな視線を無視してダイゴは疾風と歩いていた。さっきの縁談の話といい、それらはダイゴにはどうやら必要がないらしい。しかし、恋愛?という物がわからないサトシには難しい話だった。そういえばダイゴは番と言っていた。番とはなんなのだろうか。
「ねぇダイーーー「ダイゴさん!」
ダイゴに直接聞いてみようと声をかけた時だった。一人の馬の獣人青年が片手にモンスターボールを取りダイゴ達の前に立ち塞がった。
「俺とポケモン勝負してください!」
真剣な顔つき。青年の申し出にダイゴは立ち止まった。
「ポケモン勝負?」
「自分の手持ちポケモン同士を戦わせる事だよ。トレーナーの殆どはポケモン勝負がしたいと思っている人が多い」
そう言われてふと思い出した。そういえば初めてダイゴと出逢った時、メタグロスとピカチュウがバンギラスに向かって技を出していた。きっとあの事。
「すまない、受けて立ってあげたいところだけど今日のところは……」
「お願いします!チャンピオンのダイゴさんと勝負が出来ることは滅多にないんです!お願いします!」
頭を下げて青年が必死に懇願していた。その姿でわかる。ダイゴが本当にすごい人なのだと。そんな人と勝負がしたいだなんて当たり前だ。それにーーー
「見てみたい!」
「えっ?」
「ポケモン勝負見てみたいです!どんな感じなのか、オレ、知りたいです!」
気になる。ポケモン勝負とやらが。響きだけでも楽しい物のように思える。
「ピカチュウも見てみたいだろう?」
「ピッカッチュウ」
「だよな!ねぇダイゴさんお願い!」
サトシの問いに肩に乗っていたピカチュウも手を挙げて答えた。満場一致。サトシのお願いならば自然と聞きたくなる。不思議な力だ。
「わかった。その勝負受けて立とう」
「ありがとうございます!!」
青年はまたとない機会に気持ちが高ぶった。足を広げバトルモード。全体から闘志を感じる。
「使用ポケモンは1対だ」
「はい!」
カチャッ。
「いけっ、バクーダ!」
「バクッ」
「なんだあいつ!?」
青年のモンスターボールから出てきたのはバクーダと呼ばれたポケモン。背中に岩のような物を付けまるでラクダのようだ。
「サトシくん見ていて」
腰からモンスターボールを取り出した。
「これがポケモン勝負。そしてその頂点を極めたトレーナーの姿だ。いけっ、メタグロス!」
「メターーーッ!」
フィールドに出されたのはサトシも仲良くなった灰色のメタグロス。
「あっ、メタグロスの目が」
感じた。ダイゴとメタグロスの瞳が同じ熱を持っていることを。
「君からどうぞ」
「では行きます!バクーダ噴煙!」
「バクウッ!」
バクーダは背中に付けた岩山から炎の塊を吹き出した。そしてそれらは頭上からメタグロスへと落ちていった。
「メタグロス危ない!」
技が当たってしまう。サトシは焦りを見せた。しかし、それに対してダイゴは冷静だ。
「高速移動!」
「メタッ」
ダイゴの指示にメタグロスはその巨体からは想像できないぐらい素早くフィールド上を駆け巡り上から落ちてきた炎の塊を交わして行った。
「ええっ!?全体技なのに避けられた!?」
「確かに噴煙はフィールド全体を使って繰り出す技。普通なら避けきれないと思うよ。でも、僕のメタグロスを侮ってはいけない。メタグロス」
「メタッ」
シュッシュッ。噴煙の波を掻き分けメタグロスは素早く駆けて行く。
「えっ?」
「バク!?」
気がつけばバクーダの懐に。
「いつの間に!?」
「コメットパンチ!」
「グロースッ!」
「しまっ!?」
「バクッッ!?!?」
ガアアンッ!メタグロスの腕から大きな一発が飛び出しバクーダの顎下へ入った。そのままバクーダはトレーナーの前まで吹っ飛んで行った。
「バ…ク…」
「バクーダ…」
コメットパンチを至近距離から受けたバクーダは横になったまま気絶した。
「勝負ありだね」
勝負がついた。ダイゴの圧勝。
「す、すげぇ…これがポケモン勝負…」
目の前で起きていた光景。ダイゴとメタグロスが一心同体で戦う姿。それにずっと目を奪われていた。
「やっぱりダイゴさんの圧勝だよな」
「ダイゴさんに誰一人として敵わないのよ」
そうして気がつけば勝負をしていたダイゴと青年を囲んで多くのギャラリーが出来ていた。
「ダイゴさんありがとうございました。ダイゴさんに挑むのはまだ早かったみたいです」
「そんなことはない。僕と勝負をしたことでより強くなるための引き出しが増えたんだよ。もしアドバイスをするとしたら、バクーダは足が遅い。それを逆手にとって防御面を鍛えればもっと強くなれるはずだよ」
「はい!ありがとうございます!」
勝ったけれど決して負けた相手を貶すことはなく、敬意を払いつつチャンピオンとして助言をする。これがトレーナーの頂点。
「オレもピカチュウと…」
「ピッ?」
「ダイゴさんのように…」
自信に満ち溢れつつも驕らない。それでいて強くてすごい。クロダやミクリの言っていたことがわかった。胸からジワリと滲む熱。ダイゴから目が離せなかった。
あれからダイゴとサトシは帰ってきた。共に夕食を取りそれからはサトシが風呂に入っている間にダイゴはリビングでパソコンを広げ何かを調べていた。真剣に作業をしていたから邪魔をしてはいけないとそのままソファーに行った。
「(カッコ、イイな…)」
銀色の耳と銀色の尾。それに生える銀緑色の髪と瞳。どれもが整ったバランス。ダイゴの至る部分が目に入り時々見惚れてしまう。
「ふふっ」
「!?」
「そんなに見つめられていると照れてしまうよ」
「あっ、ごめんなさい」
無意識だった。そんなに見つめていると思っていなかった。
ギッと擦れる音。それから程無くして隣にやってきた大きな存在。恥ずかしくて顔を見ることができないが、自分の方を向いているのだろう、厚い胸板が見えた。
「どうして見てたの?」
「えっ、あっ、どうして、だろう…」
「無意識だったんだ。可愛いことしてくれるね」
「かわっ!?」
「あははっ、慌てた顔も可愛いね」
可愛い。その言葉が頭に連呼した。自分は男で可愛いなんて言葉は聞き慣れない。でも、嫌ではない。どちらかと言えば嬉しい方の感情。
「ポケモン勝負はどうだった?」
「!すごくワクワクしました!」
今日のポケモン勝負のことを振られパッと思考がそっちに持っていかれた。
「あのバクーダっていうポケモンの技避けきれないって思ったんですけどダイゴさんもメタグロスも冷静で瞬時に判断して避けちゃってて、気がついたらメタグロスはバクーダの近くにもういるし、そう思ったら終わってて、でもダイゴさんは最後まで相手を労ってて……ダイゴさんが強くてすごい人なんだっていうことを感じました!」
「そんな風に思ってくれたならチャンピオン冥利に尽きるね」
「はい!オレもダイゴさんとメタグロスのようにピカチュウと一緒にポケモン勝負してみたいです!」
「!!そうか…そんな風に…」
キラキラした目で興奮気味に語る表情と、一つ一つの言葉がダイゴの中に刻まれていく。今までにもそうやって自分を目標にしてくれている人はいた。しかし、これほどまでに心を動かされたことはない。サトシとその人達との違いはなんなのだろうか。
「僕がポケモン勝負教えてあげるから」
「本当ですか!?やったぁ!ありがとうございますダイゴさん!」
無邪気な笑顔。汚れのない黒い瞳。純粋で綺麗な心が眩しい。
「(また…)」
フワッと香った甘い匂い。今朝にも嗅いだ。なんならサトシと出逢い自分の家で暮らすようになってからこの甘い香りが漂うようになった。
「(もっと)」
もっと嗅ぎたい。ギシッ。
「ダイゴさん?」
「サトシくん…」
今朝、サトシのベッドからも香った。その匂いの先を辿ると、それは紛れもなくサトシからで。
「えっ、あ、ダイゴさん…?」
クンクンと鼻を鳴らし近づいてきた。半ば押し倒されたかのような体制に。
「ダ、ダイゴさんどうしたの?」
「サトシくんから甘い香りがするんだ」
「オレから?」
試しに腕を嗅いでみたが、自分では何も香りがしない。
「全然しないですけど…」
「いや、する。特にこの…首あたりから」
「ダイゴさん!?」
そういうと、ダイゴの顔が自分の首に埋まった。
スンスンスンスンッ。
「(す、すごい勢いで嗅がれてる!?)」
嗅いでいる音が漏れるほどの勢い。頬に当たる銀色の耳はピンッと立ち、銀色の尾はゆらゆらと揺れていた。
「ダイゴさんあのっ!」
こんなにも自分の体臭を嗅がれたことはないから恥ずかしい。そうサトシが思うと、ブワッと更に香りが広がった。
「……美味しそう」
「えっ!?」
バチッ!目が合った。どこか獲物を狩るような、そんな獣の目。でも、嫌ではない。嫌ではなくてでも、心臓はドキドキ鳴ってーーー
ペロッ。
「つつあっーー!、?」
まだ出ていない喉仏。そこを一つ、舐められた。そうすると背筋がゾワッとして体験したことがない感覚に襲われた。
「ダイゴさん待って!!」
「!!」
その感覚に今は争いたくて咄嗟に声を張り上げた。すると、ダイゴの尾はピンッと立ちそれからサトシの両肩を持って自分から距離を空けた。
「すまない…サトシくんの匂いに釣られて…」
サトシの匂いを辿るがあまり己を忘れて迫ってしまった。思わず顔に手を当てた。
「つっ…」
あの立派な銀色の耳と尾が今は力無く垂れ落ち込んでいることが伺えた。なんだかそれが可愛いと思えて、サトシはそっとダイゴの頭を撫でた。
「大丈夫です。ちょっとびっくりしただけだから」
「サトシくん…ありがとう」
ダイゴの表情が緩んだ。ホッと胸を撫で下ろした。そうすると、今度はサトシが頭を撫でられた。大きな手。
「(やっぱり、カッコいい)」
自分よりもすごく年上で自分にはない経験をたくさんしていて、でも自分を子どもだからと扱わずなんでも教えてくれる。強くてすごくて自信があるかっこいい大人の男の人。憧れ、サトシに初めて芽生えた心。
「もうこんな時間か。遅くなってしまったね」
「あ、本当だ」
気がつけば時計の針は22時を指していた。
「僕はお風呂に入るから、サトシくんは先に寝てね。おやすみ」
「わかりました。おやすみなさい」
夜の挨拶をしてダイゴは先に風呂場へ。バタンッと閉めた風呂場の扉に背中を預けた。
「は、ははっ、まさかこうなるとは…」
自分の股間に目をやれば、男の象徴がズボンを押し上げていた。強烈な甘い香りと舌に残る味。忘れられない。強く残った。
「番…」
頭の中にはその文字が強く浮かび上がっていた。
「異世界から来た人間ですか。どうやらあのポケモンと関わりがありそうですね」
忍び寄る影。その影は少しずつダイゴとサトシとしてとあるポケモンに迫っていた。