「ピカチュウ10万ボルト!」
「ピカッ、チュウウゥ!!」
「メタグロスラスターカノン!」
「グロースッ!」
バチンッ、バチバチバチッ。二つの技がぶつかり合う。
「ピカチュウがんばれ!」
「ピカァ!」
「メタグロス」
「グロスッ」
銀色の閃光と黄色の閃光。ぶつかり合う技は少しずつ銀色の閃光の方に軍配があがっていた。
「そのまま押し勝て!」
「グロースッ」
「ピカッ!?」
バチンッ!銀色の閃光はその勢いのまま黄色い閃光を飲み込んだ。
「ピカピーー!」
「ピカチュウ!!」
「ビガッ、ビッ」
ラスターカノンはそのままピカチュウに当たり、後ろに転げながらうつ伏せに倒れた。そんなピカチュウにサトシは駆け寄り抱き上げた。
「ピカチュウ大丈夫か!?」
「ピカピ」
傷つきながらもしっかり瞳はサトシを写し首を縦に振った。その様子にホッと息をついた。
「やっぱりダイゴさん強いや」
「これでもチャンピオンだからね。でも、サトシくんとピカチュウの息は確実に合ってきている」
「本当ですか!?」
「ピカピッ?」
「ああ。ピカチュウはサトシくんの想いに応えようとしているしサトシくんもピカチュウへの指示が素早くなってきている。何よりもそうやってピカチュウを労って急いで駆け寄る姿は立派なトレーナーと言えるよ」
ダイゴからの言葉。褒められて嬉しい。思わずピカチュウを抱きしめ頬を擦り寄せた。
「えへへっ、ピカチュウ大好きだぜ」
「ピカピカッ」
まだ出会って間もないはずなのにサトシとピカチュウの絆は確実に築かれていた。最初はチグハグだった勝負も何回も勝負を重ねていくことで絆はより強まり二人の間に信頼が出来ていることが窺えていた。ある意味それが羨ましいと思った。
「…僕は?」
「えっ?」
「いや、なんでもない」
その想いがつい口から出てしまっていたが、サトシには聞き取れなかったようで誤魔化した。
「(太陽みたいな笑顔だ)」
サトシとこうして暮らし始めてもうすぐ一ヶ月を迎えようとしている。自宅は随分と賑やかになった。サトシのピカチュウはモンスターボールに入ることを嫌がったため常に家の中にいる。そんなピカチュウに合わせてメタグロス達を出すようにしたら、サトシがメタグロス達に積極的に話しかけてくれるようになった。その光景がなんだか好きで、仕事をしながら微笑ましい姿に癒されていた。
「(あの子を僕の番にできたら…)」
今までは番なんて要らないと思っていた。デボンコーポレーションの副社長、ホウエン地方チャンピオン、石の研究家。ダイゴには3つ肩書きがあった。それのどれもは自分が努力で手に入れた物。でもその肩書きに漬け込んでこようとする人が大半で、お見合いの話を持ちかけられたり近寄ってきたり…でもそれのどれもが下心が見え見えで、本当のダイゴを見ていない。
『私を番にーーー』
『私ならダイゴさんをーーー』
そう言って寄ってきた女性達が多数。でも、どれもダイゴは靡かなかった。番にしようとも思えなかった。そんなダイゴが自分から番にしたいと思った。サトシの屈託ない笑顔と純粋な心、何よりツワブキダイゴとして自分を見てくれている。そんなサトシに惹かれるのは時間が掛からなかった。だから少し前に暴走した。サトシから香る甘い匂いに釣られて自分を抑えることができず、気がついたら首筋を舐めていた。あんなことは人生で初めてだった。どんな時も自分の感情をコントロールすることは出来ていたのに、あの時あの瞬間、サトシにだけは我慢ができなかった。あの時サトシが強く静止してくれなければどうなっていただろうか。考えると恐ろしい。
「はぁっ、お腹すいちゃった」
「ピカピッ」
「あははっ。じゃあご飯にしようか」
「はい!」
番にしたい。その気持ちは日を増して少しずつ増幅していった。しかし、それを言葉にすることをダイゴは躊躇していたーーー
少し前の夜。サトシがこちらに来て間もない頃。ダイゴはある文献を目にした。
『世界に災いが起こる時、異世界より時を渡りし聖者が現れ世界を平和に導かん』
世界の災い。チラついたのはあの凶悪なバンギラス。奴と出会う前に東の森の近くのポケモン達が何かに怯えていることに気がついた。その原因が何なのかを探りに森へ入った瞬間、攻撃された。バンギラスは何かを確実に探していた。しかし、明確にこちらへ攻撃もしてきた。まるで自分たちの行いを邪魔する者を排除するようなそんな動きだった。そこにサトシが何処からか現れた。瞬い光と共に。
サトシが介抱してくれたあの時、サトシが異世界人だとすぐにでもわかった。子どもとわかるその姿に彼の身の安全を守らなければ。それが最初だった。それからというものの、サトシとの生活は自分に花を持たせた。いつしか…その思いが膨れていくにつれサトシから香る匂いが強くなっていった。今ではこうして部屋を分けているのに香ってくる。それぐらい、強烈だった。でもそれと同時に文献を漁っていくうちにサトシがこちらに来た意味に勘づいていった。サトシはこの世界の災いを終わらせるために来たのだと。いや、来させられたというべきか。なぜならサトシ自身が分かっていないからだ。誰の導きだったのか……今はそこを探っているところ。つまりこの世界の災いが終息した時サトシは元の世界に帰るということ。そう思ったら番になど出来ない。
「…………」
複雑な想いが交差していた。
のどかななんでもない日。外からリビングが見える場所。日向がさしポカポカと暖かい。
「…………」
メタグロスを背に膝にピカチュウを抱え共に日向ぼっこをしていた。その横で捉えたリビングで仕事をするダイゴ。カタカタと忙しなくパソコンを叩き仕事をこなしていた。
「(カッコいい)」
仕事に向き合う姿。それに目を奪われた。
デボンの帰りに見たポケモン勝負。ダイゴはこちらではそのポケモン勝負の一番強い人というのを知った。実際にその姿を目にして、一瞬で勝負をつけてしまった光景に目を輝かせた。それはサトシの世界ではポケモンはもちろん居ない上にポケモン同士を戦わせるだなんてことは無い。初めてこの目でポケモン勝負という物を目にして、ポケモンから出る技に魅力を感じた。そして、ダイゴのチャンピオンとしての誠実さ。勝ったことを驕らずトレーナーへアドバイス。単純な勝負の強さも持ち合わせながらその頂点としての役割を果たしている。そのどれもがカッコよくて心臓がドキドキと脈を打っていた。そこからダイゴに対する憧れが増した。自分もダイゴのようにポケモン勝負がしたい、と。そうしてダイゴに稽古をつけてもらうようになって、こんなにも楽しいものがあるのかと思った。サトシの世界では考えられないことだった。
「ダイゴさんと出会えたから…」
あの日。弱ったダイゴを見かけた時、この人を助けなければいけないと強く思った。目の前のバンギラスに勝てるわけがないと分かりつつも。それから知った獣人とポケモンがいる世界。膝にいるピカチュウの温もりと背中に当たるメタグロスの硬い感触。ポケモン達の息遣いにこの世界に確実に生きていることを実感させられる。こんなにも人と共存し助け合う生き物に自然と興味が沸いた。そんなポケモン達の事を教えてくれたのは紛れもなくダイゴだった。ダイゴは違う世界の自分にも優しく接してくれ、色々なことを教えてくれた。そんな大人なダイゴに懐くのに時間は掛からなくて、もっと教えてほしいと思った。その中でダイゴに対して懐かしさもどこか感じるのもあった。初めて会った筈なのに、ダイゴに出会った時、初めてのように感じなくてどこかで会っているようなそんな親近感があった。でも、どうしても思い出せない。
首を一撫でした。この間、首の匂いを嗅がれ舐められた。大きな耳がふわふわで尾は揺れていた。まるで犬が戯れてくるようなそんな感じ。でも、その中にどこか強い獣の、獲物を捕えるかのような雰囲気も感じて、思わず名前を呼んで叫んだ。止まってくれたが、ダイゴと何かの拍子に触れ合ったり、頭を撫でられると胸がドキドキとして顔が熱くなる。それでいて恥ずかしさというか、もっとしてほしいのにそれ以上すると壊れてしまうような気がしてしまう。初めて感じるこの気持ちの名前が幼いサトシにはまだわからない。一つ言えるのは、ダイゴのような人になりたい。そんな強い憧れがあること。
「帰りたくないな…」
いつかは元の世界に帰らなければいけないのだろうか。そんな不安もサトシにはよぎっていた。
「ダイゴッ!」
ドンドンドンッ!強く玄関扉を叩きながら名前を呼ばれた。
「この声…」
「ミクリだ」
あの冷静沈着なミクリからはあまり聞いた事がない声色。何かがあった。
「どうしたんだミクーー「カゲツがっ!」
扉を開けるのと同時に両肩を強く掴まれた。
「カゲツが、大怪我を」
「!!」
「!」
それからは慌てて支度をして街の大病院に。
ガラッ!
「カゲツッ!」
「うるっせぇな!生きてるわ!」
「はぁはぁ、そうか、生きていたか」
慌てて入った病室。そこには頭と足に包帯を巻かれ頬や腕にガーゼが当てられ横になっているカゲツが。傍らには主人を心配そうに見つめ寄り添うグラエナの姿があった。
「たくっ、ミクリは大袈裟なんだよ」
「いやいや、死にかけで僕のジムに駆けて来たのは君だろう」
「だぁー!しょうがねぇだろっ!グラエナを早くポケモンセンターに連れていきたかったんだよ!」
思ったよりも賑やかな病室。それにホッと一息。しかし、病室にいるということはそれなりに重症ということ。緩んだ顔を引き締めた。
「何があったんだ」
ダイゴがそう聞くと、カゲツはグラエナを触る手とは反対の手に拳を作った。
「東の森で噂のバンギラスと会った」
「奴に会ったのか。そうするとその怪我は奴と」
「ああ。あいつは確かに何かを探していた。こっちから挑んでやろうかと声を掛けたが全く俺らには見向きもしない。あったま来たからグラエナで先制攻撃仕掛けたら…このザマだ」
負けたことに対してのイラつき。それがひしひしと伝わってきた。
「ただあいつと戦ってて妙な物を見た」
「妙な物?」
「グラエナも俺もやられて万事休すかと思ったら突然緑の光が通って行きやがった」
「!」
緑の光。その単語にサトシは耳をより傾けた。
「そいつが通った瞬間、バンギラスはそいつを追いかけて行っちまった。そのおかげで助かったが、借りはできちまったしバンギラスを仕留められなかった。クソッ」
「まぁカゲツが無事で何よりだよ……サトシくん?」
ふとっサトシに気がついた。声を掛けたが返事はなく何かを考えているようなそんな表情だった。
『また…』
高く木々が生い茂り光が差す。森の中。この前も見た夢の場所。
スーッ……
『あっ、待って!』
あの時出会った緑の妖精。それを追いかけようとして一歩踏み出した時だった。
『えっ?』
カサッ、カサカサッーーー……
『な、なにっ?』
突然草が枯れ始めた。驚いて下を向いていると目の端に止まった。
『つっ!』
バッ!と上を向いた。
ハラハラハラッ。何枚何十枚何百枚。数え切れない程の枯れた葉が静かに落ちてきていた。
『森が、枯れて…』
先の方の木々まで枯れていきまるであの美しかった森の姿はどこにもない。
『あっ、湖』
この信じられない状況に狼狽えていると、突然目の前に湖が現れた。しかし、その湖も知っている姿ではない。透明感のある澄んだ水とは違い茶色く濁っていた。
『ど、うして、何が、起きてるんだよ』
これは夢。夢だとわかっているのにどこか現実味もあって夢というだけに終わらせられない。
『あっ』
どこから共なく現れた緑の妖精。湖の上に佇んでいた。
『なあお前ーーー』
そう声を掛けようとして止まった。
『な、違う、違うっ!お前はそんな目じゃない!』
緑の妖精が顔を上げて驚いた。以前に会った時には優しくどこかイタズラ心も見えるそんな可愛らしい見た目だった。それが今、目の前に見える妖精は、瞳に光はなく体の色合いもこの枯れた森と同じようにくすんでいる。そして何より、恐ろしい表情。明らかに様子がおかしい。
ブクブクブクッ、バシャーーンッ!
『!?』
妖精のすぐ後ろの水面が大きな水飛沫と共に盛り上がった。
『な、に、これ…』
それは恐ろしい姿形だった。この森に溶け込む程同じ茶色の体色をしていてよく見るといくつものツルが巻き付いているようだった。目の前の妖精をもっと大きく悍ましい姿にしたようなそんな巨体。
『あ、あ…』
怖い。本能がそういった。それに従って一歩後ずさった。
『ーーシくん』
『!!』
弱々しくも呼ばれた名前。バッと振り返って声を失った。
『サ、トシ………くん…』
『あ、ああ……』
銀色の耳と銀色の尾。いつも夢に見る狼は地面に倒れ苦端から血を流していた。いつもは見ない姿。そしていつもは聞こえない声。初めてはっきりと名前を呼ばれたのにその声は苦しそうで。
『どうして、どうしてっーーー』
絶望。
『うわああああーーーー!!!「サトシくん!!!」
「はっ!?」
パチッと目が覚めた。目を開けたら天井ではなく耳が垂れたダイゴの心配そうに見つめる顔が入ってきた。
「ダイ、ゴ、さん」
起き上がろうとする体をダイゴは支えた。支えるために添えた手にはしっとり濡れた感触がし、それでサトシがひどく寝汗を掻いたことが伝わった。
「勝手に入ってしまってすまない。けれど酷くうなされていたから」
「オレそんなに……」
風呂を済ませ丁度寝室に行こうとした時、サトシの部屋から苦しそうな声が聞こえてきた。勝手に入るのもと思いつつ何かあったらと覗いてみれば、酷くうなされていた。
「何か悪い夢でも?」
そう聞くとサトシは俯いて小さく頷いた。
「あの、あのねダイゴさん、あの…」
この夢を話してみようか。まるで現実味があるこんな夢を。でももしかしたら笑われるかもしれない。孤児院に居た時はそんな夢を見た後そうだった。自分で震える体を抱きしめて布団に潜った。その記憶を思い出してギュッと布団を掴む。強く掴んだその手にそっと手が重ねられた。
「話してごらん。話すだけでも落ち着いてくるから」
「あ……」
優しい銀緑色の瞳。それからそっと腰に巻きついた銀色の尾。この人には話しても大丈夫。
「……ここに来る前、自分の世界に居た時夢を見たんです」
「夢を?」
「この間の…東の森のような森に居て大きくて綺麗な湖があって。そんな所に居た。暫くしたら緑の妖精がやって来て湖に触れた。そして振り向いたら狼の姿をした人が立っていた」
「狼?」
狼。その単語を聞いた瞬間、耳がピクッと動いた。
「そう狼。ここに来た時も夢を見たんですけど、どうしても顔もオレに話してくれる言葉も起きる頃には忘れちゃって……でも、なんだか知ってるような気がして」
「そう、か…」
サトシの夢に出てくる狼。その狼は一体誰なのか。心がザワついた。
「それが今日はいつもと違いました。森は枯れ果てて湖は濁ってて…そしたら緑の妖精にまた会いました。でも、姿も雰囲気も違くて…」
「緑の妖精…?」
「そして大きな怪物?が出てきて…気がついたら狼さんも倒れてて……その時初めてオレの名前を呼んでくれたのにやっぱり顔は覚えてない…どうして忘れちゃうんだろう」
悲しそうな顔。サトシにこんな顔をさせる狼とはどんな相手なのだろうか。悔しい。自分ならこんな思いさせやしないのに。そう思ったら勝手に体が動いていて、サトシの後頭部を自分の胸に引き寄せた。
「ダイゴさん?」
「サトシくんの言ってる緑の妖精。それには実際に会えたのかい?」
「…はい…実はオレの世界に居た時緑の妖精を追いかけて気がついたらこの世界に居ました。だから緑の妖精にまた会って聞いてみたいんです。どうしてオレをこの世界に呼んだのか」
胸から響く音。その音と体温に包まれて胸がドキドキするもどこか安心もあった。だから今まで起きたことの全てを話した。
「なら、その狼にだっていつかは会える。夢に緑の妖精が出てきて実際に会えたんだから。でも…」
そっと頬に手を添えられ上を向かせられた。
「サトシくんをこんな悲しそうな顔にさせるのは許せないけどね」
「えっ…」
自分を心配してくれている中に怒りが含まれている、そう感じた。
「……その夢の狼が僕だったらいいのに」
とても悲しそうで苦しそうで。いつも自信たっぷりで何でも教えてくれるダイゴが今は弱々しい動物のよう。
「ダイゴさん…」
ゆっくり手を伸ばすと、サトシの手にダイゴは擦り寄った。狼は肉食動物。自分の世界で言えば野生の動物。人に懐くことはあまりない。そんな狼が自分の手に頬を擦り寄せている。懐かれている、のだと感じられた。だからこそ、ダイゴをダイゴの友人を傷つけたバンギラスが許せない。そして、緑の光。それも気になっていた。
「……東の森に行く」
「えっ?」
「緑の妖精にもう一度会いたい」
小さな決意。その黒い瞳には覚悟が備わっていた。
「緑の妖精に会ってどうしてこの世界にオレを呼んだのか聞きたい」
サトシの言葉にダイゴは小さく頷いた。
「わかった。サトシくんが言う緑の妖精とカゲツの言う緑の光は恐らく同じ。確かめに行こう」
「はい!」
その日の夜。ダイゴとサトシは同じベッドで寝た。明日の決意に二人で寄り添った。
「ビビィ…」
森では小さな命が影を潜めていた。