「今回のハロウィンも逮捕者が出たんだってな。何つうか懲りねえよなあ・・・」
おれはスマホを片手に寝転びながらネットニュースの内容に関する感想を呟いた。
今日は特に予定を入れている訳ではなかった。おれは、遅めの昼食を食べてから暇を持て余した結果、ネットサーフィンでのんびりと時間を潰していた。
「そうみたいだね。ぼくはちょっと残念だと思うよ」
廊下を隔てた先にあるキッチンからしろくまの声が聞こえてくる。どうやら、この話題に食いついてきたらしい。
「しろくまの意見はどうなんだよ。やっぱ、ハロウィン否定派か?」
「ハロウィン自体は否定をしないよ。まあ、元々の意味合いとは違ってきているけれど、他人に迷惑を掛けない程度に楽しむのはいいとぼくは思うよ。仮装をしてお菓子を貰いに行くとか、お菓子を作って食べるとかね」
「・・・そういや、お前も仮装をして楽しんでいたよな」
「ぼくは仮装というか、変装は好きだからね。さてと・・・おやつにしようか」
「んっ、おやつ?そういや、さっきからいい匂いがしているなと思ったら・・・」
おれが上体を起こすと同時にチャイムの音が響く。このタイミングでの訪問者ってことは、しろくまの奴、狙っていたな。
おれは玄関へと素早く向かうと、その訪問者を迎えた。
「こんにちは、マスター。今日はお招きありがとうございます。あっ、これ、トラくんと一緒に買ってきたお土産です」
「いやあ、悪いっすね。ハロウィンケーキの試食会っつうことでお邪魔しますね!」
ドアの先には手土産を持つ狼とその横でにこやかな笑みを浮かべる虎が立っていた。狼はもちろん隣に住んでいるオオカミのことだ。そして、虎はオオカミの親友の1人のトラのことだ。
リビングに通され、しろくまが作ったであろうケーキを目の前にしたトラは子どものように笑った。
「こりゃ見事だ。流石はしろくまさんはスイーツもプロ級っすね。まあ、カフェの経営をしているんじゃ当たり前か!」
トラは大雑把な性格だが、他人を慮ることの出来るいい奴だ。オオカミはパン屋で働いているが、トラは和菓子の店を経営している。調子のいい奴に見えるが、その経営手腕と味覚センスは目を見張るものがある。
「美味しそうですね。僕もケーキ作りに挑戦してみようかなあ」
テーブルのど真ん中にはかぼちゃの形をしたケーキが乗っていた。しかも、ご丁寧にかぼちゃの皮でジャック・オー・ランタンを表現している。お世辞でも何でもなく普通に専門店で販売されていてもおかしくないレベルだ。
「もしかして、カフェで販売する予定とかあるんですか?ハロウィン限定で・・・」
オオカミがしろくまに質問をする。
「これは作る手間とコストの関係でその予定はないんだけど、この中身のケーキは商品にしようかなって考えているんだ」
「ということは、これは入れ物ってことっすか・・・?」
トラが首を傾げる。
「うん、そうなんだ。単品で食べてもいいし、一緒に食べても美味しいはずだよ」
と言いながら、あらかじめ切れ目を入れていたと思われるケーキの蓋を外すと、鮮やかなオレンジ色をしたケーキが姿を現した。
「おっ、外見とは違う種類のケーキがなんだな。オレンジ色ってことは柑橘系を使ったのか?」
「いや、これは人参じゃないでしょうか・・・キャロットケーキですか?」
「ふふ、正解だよ。切り分けるから座って待っていてね」
しろくまは嬉しそうに笑うとキッチンに向かった。しろくまがこうやって自然に笑うとおれも何だか嬉しい気持ちになった。
少し前までは、色々あったからな。
そんなことを思いながら、おれはしろくまが切り終えるのをゆっくりと待っていた。
「うわあ、美味しいですね。人参を使ったケーキって、人参の分量が難しいって聞きますけど、実際どうなんですか?」
オオカミがケーキを口にすると、嬉しそうに質問をしろくまにぶつける。
「使用する人参の量が少ないと何のケーキだか分からないし、多いと水っぽくなるからね。そこは、何回か試作してみたんだよ。人参の状態によっても変わってくるものだし、分量に関しては生地の具合を見て、という感じかな」
「あっ、細かい人参も入っていますよね。これって・・・」
「うん、良く気付いたね。人参を摺り下ろしたものだけじゃなくて、千切りにしたものも混ぜているんだよ。そうすると、人参本来の甘みだけじゃなくて食感も加わるんだ」
「なるほど・・・ちなみに、バターは使っていないようですけど、何か理由はあるんですか?僕はバターを使ってもいいかなと思ったんですが・・・」
オオカミはメモをしながら熱心にしろくまからレシピの秘密を聞き出そうとしている。その目はまるで職人の目だった。トラはトラでひたすら夢中で食っているだけだ。そこが対照的で何だか可笑しく感じる。
「せっかく人参を使っているからね。ベータカロテンやビタミンAの吸収をよくするためにも植物油を使っているんだよ。オオカミくんの言う通りにバターを使ってもいいけど、カフェでケーキを頼むのは女性が多いからカロリーを抑えた方がいいかなとも思ってね。その代わりに白砂糖じゃなくて、コクを出すためにキビ砂糖を使ったんだよ」
「味だけじゃなくて、栄養素のことまで考えているなんて、流石はしろくまさんですね。しかも、女性のお客さんのことも考えでカロリーまで気にされているなんて・・・。僕がロバさんのお店で出すとしたら、バターを入れて味を調整したり、クルミやナッツ類を入れたりしてみたいです」
「うん。本来ならフロスティングを添えるものだからね。これはこれで美味しいとは思うけど、パン屋さんだとそれは難しいから、単体で食べても満足出来るものにしないとね。ぼくも興味あるなあ。そうだ、ちなみに、クリームチーズで作ったフロスティングがあるんだけど、付けてみるかい?」
「お願いします!」
「・・・何か入り込む余地がねえな。トラ、あっちの部屋で少し飲みながら話そうぜ。いいウイスキーがあるんだ」
「えっ、まあ、そうっすね。それもいいかも。あっ、その前にケーキをもう少し貰おうっと。しろくまさん、ちょっと頂きますね!」
相変わらずよく食う奴だ。おれとトラは話に夢中になっているしろくまとオオカミの邪魔にならないように違う部屋で飲むことにした。
「まあ、あいつはセンスがありますからね」
キッチン横のテーブルに座ると、トラがグラスを傾けながら嬉しそうに笑う。おれ達はしばらく談笑をしていた。グラスの氷が小さく音を鳴らす。
「・・・でも、それもマスターやしろくまさんのお陰っすよ」
「おれたちは特に何もしてねえよ。あいつにはそれだけの力があったんだ。それに、お前の懐の深さもな」
「そうですかねえ・・・マスター、ちょっと聞いてもらっていいすか?」
「んっ?」
急に真面目な表情になったトラはグラスを置くとおれの顔を真っ直ぐに見据えた。
「おれとオオカミの関係・・・ご存じの通りなんですが・・・」
オオカミとトラは学生時代からの親友っつうことは周知の事実だ。だが、この2人は共通の秘密を抱えていた。そして、オオカミは自信のなさから肯定することが出来ずに悩みに続けていたが、トラの言葉で救われた事情があるっつう訳だ。
「あれから、嫁に正直に話をしましてね。まあ、すげえ怒られましたよ。オオカミのことも事情もよく知っているし、完全には認めてもらった訳じゃないとは思うっすけど、一定の理解は示してくれました。オオカミのことはこれからも面倒を見てやれって。ちゃんと報告をしてくれるのなら、大丈夫よって・・・」
「へえ・・・そりゃ良かったな。難しい問題だとは思ったがよく言えたよなあ」
「そうっすね。おれも随分と悩みました。でも、最後はオオカミが一押しをしてくれたんですよ。あいつも本当に強くなった。おれを必要としないくらいに・・・」
「そうだな・・・少し、寂しいか?」
「いや、そんなことないっすよ。別にあいつとはいつでも会える訳だし。何つうか、巣立ちを見送った父親みたいな・・・」
「はっ、何だそりゃ・・・」
「へへっ、おれも何を言っているんだか。でも、あいつは特別な奴なんですよ。はは、照れるな・・・」
「さっきから、2人で何の話をしているんだい?」
しろくまが音もなく現れた。背後にはオオカミの姿が見える。
「ん、巣立ちの話だよ、巣立ち」
「スダチ?」
「そういうことにしておくか、てか、腹減ったな・・・」
おれが時計に目を向けると、時刻は18時を回っていた。
「もうそんな時間でしたか。すみません、僕たち、そろそろ・・・」
「そうだな、今日はご馳走様でした。しろくまさん、マスター」
「んー、飯でも食いに行かねえか?おれはオオカミとあまり喋ってねえしよ。時間があれば美味いところでも・・・」
「そうだね、オオカミくんとトラくん、どうかな?」
「おお、いいっすね。嫁には飯はいらねえって言ってきたんで。オオカミはどうするよ」
「僕もお腹空いたのでご一緒させて下さい」
「おう、じゃあ、行こうぜ!」
この穏やかな日常がいつまでも続くといいな、と少し前のおれからはあまり想像できないようなことを心の中で呟きながら、玄関から出てくるオオカミ、トラ、そして、しろくまの顔をそれぞれ見つめると、おれは玄関の扉をゆっくりと閉めた。
おれたちの日常はこれからも続く。