うだる猫と甘い朝。

  朝、目を開けた瞬間から、ミヤの機嫌は最底辺に張り付いていた。

  枕の上で、猫の尻尾がぴしりと一度だけ跳ねる。誰でも分かる。これは完全に“むすっ”の振り子が振り切れている合図だ。

  「……んぅ...」

  喉から出た声は、鈴が水に落ちたみたいに澄んでいるのに、気だるさが絡みついていた。

  身体は重い。いや、正確には、重さの記憶が残っている。

  昨夜。

  仕事から帰ってきた恋人のみゆりは、疲れた顔をしていたはずなのに、目だけがやけにギラついていた。

  それ以上は、思い出そうとするとお腹の奥が熱を帯びるから、ミヤは思考の扉をそっと閉めた。

  布団をめくると、尻尾の付け根に残る赤みがじんわり昨夜を主張してくる。

  ミヤは顔を枕に埋めた。

  「……ひどい」

  その時、背後でベッドが静かに沈んだ。

  甘くて、少し重たい声が、朝の空気を溶かす。

  「おはよう、ミヤ」

  振り返ると、みゆりがいた。

  整った顔に、余裕たっぷりの微笑み。まるで昨夜のすべてを掌で転がしているみたいな表情。

  「……おはようじゃない」

  ミヤは睨む。身長差のせいで見上げる形になるのが、さらに腹立たしい。

  「昨日、急に……」

  言葉が詰まる。続きを言わせないように、みゆりの指が、ミヤの顎にそっと触れた。

  「急に、なに?」

  低い声が、耳の奥でゆっくり鳴る。

  ミヤの耳が、ぴくりと動いた。

  「っ……ずるい」

  視線を逸らしながら、ミヤは小さく吐き捨てる。

  「朝からするの...?」

  みゆりは楽しそうに息を含んだ。

  「だって、ミヤが可愛いから」

  その一言で、ミヤの尻尾が正直に揺れる。

  自分の身体が、まだ昨夜の余韻を抱えたままだということを、認めたくないのに。

  「心配しなくていいよ」

  みゆりは囁くように続けた。

  「ちゃんと、大事にしてる」

  “大事”の中身を思い出しそうになって、ミヤは慌てて布団を引き寄せる。

  「っ...今は...ダメ...っ」

  お願いに近い声。

  みゆりは一拍置いて、優しく笑った。

  「じゃあ、夜まで我慢する」

  その宣告に、ミヤの心臓が跳ねる。

  不機嫌の仮面は、もうとっくに溶けていた。

  朝日はカーテン越しに差し込み、

  昨夜の続きを、言葉にしないまま照らしている。

  ミヤは小さく息を吐いて、尻尾を抱え込んだ。

  今日一日、無事に過ごせる気が、まったくしなかった。