Message in a bottle

  妻と娘を喪って、3年の月日が流れていた。

  あの日は、妻と5歳になったばかり娘が朝からデパートに買い物に行くのだと張り切っていたのだ。

  「あなたも行かない?」

  「パパも一緒に行く?」

  2人から声をかけられる。

  僕は昨晩の残業疲れからか、半分寝ぼけながら「いってらっしゃい。」とだけ言い、2度寝しに寝室へと戻った。

  これが最後に交わした言葉だった。

  僕たちは海が好きだった。

  犬獣人は水が苦手なヤツも多いが、僕も妻も犬種がラブラドールだからか抵抗はなかった。

  結婚前から妻とは頻繁に海へデートに出かけていた。

  「また、海に行きたいな!」

  「うん、行こうか。」

  2人で波打ち際を歩きながら他愛のない話をする時間は特別だった。

  娘が生まれてからは、3人でよく遊びに行ったものだ。

  「えい!」

  「こら、またパパに水をかけようとしただろ!」

  「ふふっ、あんまりパパを困らせちゃダメよ?」

  3人の尻尾がはしゃいでいるかのように揺れていた。

  穏やかで幸せだった記憶だ。

  そして、あの事故以来僕が1人で海に行くことはなかった。

  3回忌が通り過ぎた。

  ふと思い立って、僕の足は海へと向かっていた。

  天気は曇り、風が吹いているせいかいつもより少しだけ寒く感じる。

  海岸に着くと、シーズンではないからか人はほとんどいなかった。

  波の音を聴きながら、目を閉じる。

  妻と娘との思い出。

  優しい笑顔の妻。

  お転婆で愛らしく、これからの成長が楽しみな娘。

  僕とは違って、妻はキレイ好きだから毛並みの手入れは欠かさずに、娘もいつもきれいに整えてられていた。

  2人を抱き締め、あの美しい毛並みに触れることはもう叶わない。

  あの日からもう2度と増えることのない思い出達は鮮明で、時に残酷な記憶として僕の頭の中にいる。

  悲しいのか、虚しいのか……。

  この気持ちを上手く言葉で表せないまま、ただただ時が過ぎていったのだ。

  目を開けて、現実に戻る。

  棒立ちのままでいる訳にもいかずに波打ち際を歩いてみた。

  砂浜に目を落とすと海藻やごみが漂着物として打ちあがっているが、ふと1つ、透明で小さなビンが目についた。

  「ただの空き瓶じゃないな、これはボトルメール?」

  ビンの中にはひしゃげた1枚の紙きれが入っているようだ。

  ちょっとした出来心で僕は蓋を開けて、紙切れを取り出す。

  紙には宛名も差出人も書いておらず、ひらがなでメッセージが書かれていた。

  「げんきでね。」

  小さな子供が書いたような字だ。

  このメッセージの差出人はどんな気持ちでこの海にビンを投げ込んだのだろう?

  誰が読むかもわからない、誰にも読まれることがないかもしれないメッセージ。

  それでも、誰かに伝えたくてこのビンは海へと投げられたのかもしれない。

  伝えられなかった思いを伝えるために。

  そんな事を考えていると、ふと涙が頬を伝う。

  お墓の前では妻と娘が安らかであって欲しいと願うことがあっても、

  自身の思いを吐露することはなかったように思う。

  僕は不器用な男だ。

  自分が伝えるべきことはあるはずなのに、気づけていなかったのだ。

  「潮風がしょっぱいなぁ……。」

  涙を拭いながら、僕は呟いた。

  僕は決心した、思いを伝えようと。

  数日後、僕はお墓参りを済ませた後に再び海へと向かっていた。

  今日は晴れており、風もなく波も穏やかだ。

  僕はこの海で誰ともわからないメッセージを受け取った。

  だから、返事を書かなければならない。

  僕は小さなビンと1枚の便箋を用意していた。

  僕が伝えるべき思いであり、もらったメッセージへの返事として、下手な字ながら書きつけた。

  「ありがとう。」

  妻、娘、そしてボトルメールの送り主へと伝えたいメッセージだ。

  便箋をビンに入れ、しっかりと蓋を締める。

  僕はビンを海へと投げ込んだ。

  波にさらわれ、ビンは遠ざかっていく。

  送り主に届くかどうかは分からない。

  広大な海を漂っているごみとして、読まれることなく廃棄されるかもしれない。

  それでもどうか、この思いが伝わりますようにと願いを込めて、僕はビンを見送った。

  少しだけ風が出始めた海。

  それに合わせて、僕の尻尾はゆらゆらと動き始めていた。