愛犬コタロウとの別れ

  弟が死んだ。

  正確に言えば弟のように暮らしてきた我が家の愛犬、コタロウが亡くなった。

  コタロウは僕が2歳の誕生日の時に両親からのプレゼントされたラフ・コリー。

  年齢は15歳、平均寿命を考えれば十分長生きだと思う。

  もし心残りがあるとするならば、それはあまりにも突然のお別れだった事だ。

  ある日の夕方、家へ帰るといつも出迎えてくれるコタロウが来なかった。

  「コタ?」

  玄関から家の中に声をかけるが、返事がない。

  老犬ではあるが、大きな病気もなく元気なコタロウの事だ。きっと最近買ってあげたおもちゃに夢中なのだろうと思い、

  そのまま居間に入ると、そこにはぐったりとした様子のコタロウが横たわっていた。

  「コタ!しっかりしろ!」

  急いで駆け寄り抱き上げるが反応がない。

  庭に出ていた母が、僕の声に気づきすぐ戻ってきてくれた。

  母と一緒に急いで近くの動物病院へ連れていくも、着いた時には既に手遅れだった。

  どうやら、心臓が原因で急死したとの事だが細かい話は覚えていない。

  亡くなったその日は、家族みんな夕食がのどを通らないほど悲しみにつつまれた。

  翌日以降は、役所の手続きや片付け等で父母は忙しくしていた。

  僕はと言うと学校を特に休むこともなく、いつも通りに過ごしたと思う。

  物心がつく前から一緒に成長して暮らしてきた僕とコタロウ。

  突然の別れに僕の感情は追いつかなかった。

  泣きたかったのかもしれないけど、いま涙は出てこない。

  もちろん、犬と人間の寿命を考えればいつかはコタロウが先に死ぬことにはなる。

  それはどうしようもない事なのだとは薄々感じていたけれど、

  こんなお別れの仕方はあんまりだ。

  僕はベッドで眠りにつく時、ふとつぶやいた。

  「やり直したいって思ったって、コタはもう……。」

  もし神様がいるなら、少しの時間でいい。

  僕とコタロウにお別れをさせてください。

  それはコタロウが亡くなってからちょうど50日目。

  僕はふと気が付くと、ぼんやりと佇んでいた。

  さっきベッドで寝たはずだから、これはたぶん夢?明晰夢ってやつだろうか?

  暑くも寒くもなく、暗くはないけど深い霧がかかった何とも奇妙な場所だった。

  薄気味悪さを感じていると、前からこちらに向かって走ってくる音が聞こえる。

  急に現れたそいつは、僕にとびかかってきた。

  いや、突然強く抱き締められたのだった。

  ふと鼻に抜けるそいつの匂いに僕は覚えがあった。

  「コ、コタなのか!?」

  「リョウタ!」

  拘束を解かれ、そいつは改めて僕の前に姿を現し、ニッコリと笑顔になった。

  目の前にいるのはまさにアニメやファンタジーに出てくる犬獣人。

  長いマズルに全身ふさふさの獣毛、そして長い尻尾が揺れていた。

  背丈は僕と同じくらいだけど、全身の獣毛の色はまさに生前のコタロウのままだ。

  「へへっ、リョウタもオレのにおいが分かるんだね!」

  「うん。忘れるわけがないよ、ずっと一緒だったコタのにおいだもの。」

  一緒に日向ぼっこしたり、雨に濡れてしまって体を洗ってあげたりと一緒に過ごしていたのだ、

  いくら犬より嗅覚が衰えている人間の僕だって覚えている。

  「でも、どうして?」

  亡くなった犬が獣人となって現れた今、これは僕の夢だと確信したものの聞かずにはいられなかった。

  「オレ、向こうの世界に行く前に神様にお願いをしたんだ。最後にリョウタに会わせてください、

  ちゃんとお別れをさせてくださいってね。そしたらこの姿にしてくれて、少しならお話していいよってしてくれたんだ!」

  「そう、なんだ……。」

  僕は、自分になんと都合よい夢を見ているのだろうと思う。

  そして、コタロウは言葉を続けた。

  「だからね、リョウタ。急にいなくなって寂しい思いをさせてゴメン。オレは先に向こうの世界で待っているから、

  リョウタはこっちで元気でいてくれよな!ママとパパにもよろしく!」

  その言葉に、僕は涙が堪えきれなかった。

  頬を伝う涙をコタロウはペロリと一舐めする。

  そういえば、コタロウにはよく顔を舐められていたっけな。

  この夢はもうすぐ覚めるはずだ、僕もお別れをしなきゃ。

  声を振り絞って目の前にいるコタロウに告げた。

  「コタ、僕と母さんと父さんを愛してくれてありがとう。コタは同じ時間を過ごした大切な自慢の弟だよ。

  いつかまた、会おうね。」

  コタロウはゆっくりと頷くと、もう一度僕を抱き締めた。

  夢の中だとは思えないコタロウの温もりを感じながら僕の意識は薄れていく。

  それが夢の終わりだった。

  ふと、目が覚めると朝の7時。

  起き上がって机に置いていたコタロウのお気に入りのおもちゃを手に取る。

  かすかに残っているコタロウの匂い。

  「やっと、お別れができたね。」

  僕はおもちゃを机の引き出しにしまい、朝食を取るためリビングへと向かった。