黄色に茶の縞模様、温かい柔毛に触れると、それに反応してか、腕の中の小虎は甘えるようにしてわずかに身を震わせる。接合部からは、互いの熱が伝わり、混ざり合う感覚に酔いしれながらも、少しでも長く、自分を好きにしていい時間を与えようと、声聞士は今宵の小姓にその身を委ねる。
「おや、ぶん……」
捻り出した声は、ともすれば苦痛にも聞こえる声色だが、そうではないことは、当然声聞士も理解していた。覆いかぶさった体は、ふっくらとした毛皮の奥に確かな肉感を宿し、人によっては固く無骨なものだが、彼にとっては安心感と満足感を与えてくれるもので、余計にその身を預けたくてたまらない。
「甲斐…うごく、よ……」
その言葉に対し頷いているのかどうか分からないが、指を絡め繋いだ手に力が込められることで、声聞士は肯定の意志を感じ取っていた。普段から積極的に情事に勤しんでいるわけではないが、目の前の男児が期待と悦びの籠った目で見てくれることは、嬉しさを感じずにはいられなかった。
「………っ」
緊張を懸命に隠しながら、ゆっくりと体を動かす。力強い彼の手がさらに声聞士の手を絞め、その圧力がより一層腰を動かす。ベストポジションを確かめるようにして、何度も往復していくうちに、自分の口からも熱く湿度の含んだ吐息が漏れていることに気づく。
「あ…っ、おや、ぶ…ん…おやぶん……♡」
「かい……甲斐っ……‼」
必死に身を捩る彼の声は、いつもの甘えたものではなく、どちらかというと彼本来のドスの効いた音程であった。そこに余裕や威厳は含まれておらず、時折声を上擦らせながら息も絶え絶えになっている様子から、素の姿をさらけ出してくれているようで、かえって声聞士の興奮を加速させる。出陣や編成の時にはあれだけ冷静な頭も、この状況ではうまく回らないのか、ただただ相手の名前を溢し続けることしかできない。それは声聞士も同じで、主として格好をつけようとすることすら忘れて、乱暴というよりも夢中という言葉が正しく、メインディッシュにがっつく子どものように、自身のモノを甲斐の体に刻み込んだ。
ゾクリとつま先から頭頂まで悪寒とも似ても似つかない波が甲斐の体を駆け巡ると、それは心地の良い脱力を与え、余計に自分を突き上げる肉棒の衝撃を無防備に受けることができる。
「お、おやぶん…♡そ、こ…お゙…、きもち…ぃ♡」
ぽろりと口にした言葉は、自分の状況を主に伝えるためか、それとも本能的に出てしまったものか、甲斐でも分からない。ただ、前後不覚な状態になるほどの歓喜と悦楽に、甲斐は身を置いているということは確かだった。
「ぅ……か、い…♡ん、はあ゙……っ‼」
それは勿論声聞士も同じであり、筋肉質な甲斐の肉壁に抱き着くように己の雄を絞め上げられると、否が応でも情けない声が歯の隙間から出てしまい、思わず涎が口端から首まで垂れてくる。しかし、それを拭く余裕も興味も、今の声聞士には微塵も残っていない。目の前の柔らかで温かな肉に手を添えることと比べたら、みっともない姿を晒すことなど些事に過ぎなかった。
多少乱暴が利くとはいえ、地魂男児も生きている。普段から丁寧に扱うように気を遣っているつもりだった。それなのに今の自分は、本能的に体を動かすばかりで、そこに一抹の申し訳なさを感じつつも、それすら背徳感と言う興奮材料に昇華される。
「おや、ぶん゙っ…か、かいは…あ゙っ…もぉ……♡」
まさしく目にハートを浮かべながら、甲斐は改めて声聞士の指に己の指を絡め直す。ぎゅっと握りしめ、自身が達してしまうと全身でアピールする。
「う…うん…ぁ…♡いっ…しょ…に……っ‼」
それに追従するようにして、声聞士の指にも力が入る。乱れた腰の動きに、ゴールが近いことを互いに悟る。
「おや、ぶんっ…あ゙ぁ…おやぶんっ…♡♡」
喘ぎ声ともつかない吐息が漏れると同時に、ふたりは同時に精を吐き出した。
「はぁ…は、はぁ……」
何度も肩を上下させ、甘えるようにして朦朧とした中互いの体を撫でると、繋がったままの全身に微睡みにも似た気持ちよさが巡り、身を預けている小虎は、ずっとこうしていたいとさえ思ってしまう。
「おやぶん……♡甲斐のからだ、どうでしたぁ…?」
「う……うん、すご、い…よかった…」
「えへへ……親分のために……甲斐、張り切っちゃいました」
息も絶え絶えになりながら、声聞士は甲斐の笑顔を見て自分もまた笑みをこぼす。静けさが深まる荘園内で、お互いの顔を見ていると、照れくささが込み上げてきたのか、熱さで火照った顔に再び赤みが現れる。
「……えっと、すっかり、遅くなっちゃいましたね‼今週も、親分のそばで勤めを果たせて、甲斐は幸せです♡」
誤魔化すようにして甲斐は立ち上がると、そそくさと後始末を済ませていく。
「ぇ、あ、うん。いつもありがとう、甲斐」
そっけないように聞こえるその言葉も、しっかりと感謝の意が籠っていることを、甲斐は良く知っている。満面の笑みをその言葉に返すと、そそくさと部屋の壁に立てかけている小黒板にまで近づく。そこには「小姓」という見出しの下に、大きく「甲斐」と書かれている。
「はぁ……甲斐はこの瞬間が一番寂しいです……ええと次は……」
自分の名前を名残惜しみつつも消すと、甲斐は声聞士の方を振り返る。すでに立ち上がって近くまで来ていた彼は、近くに置いてあった日誌を取り出すと、ぱらぱらとめくる。
地魂男児たちのパーソナルな部分を知るために、ここでは小姓の交代制を導入している。頻度の多い男児はいるものの、基本は全員と平等に接することができるよう、声聞士は調整と記録をしていた。
「えーっと……次は能登で……その次は、但馬かな」
ふたつ先のその名前を聞いて、チョークを握っていた甲斐の手が止まる。
「但馬って…最近入ってきたヤツですよね。小姓も初めてなんじゃないですか?」
甲斐の言葉に、声聞士は頷く。
「うん、そろそろ、任せてもいいかなって思うし」
甲斐の思惑は分かっていた。小姓は、主人である声聞士の身の回りの世話や仕事のサポートをする重要な役割だ。いくら書類仕事など苦手分野がある甲斐とはいえ、初めて小姓をするであろう地魂男児をつけることが心配なのだろう。それは勿論、声聞士を独占したいという嫉妬の一面もあるが、ただ単純に、初の仕事をする男児が気がかりな気持ちが強かった。
「……そんな顔しなくても、大丈夫だって」
「心配にもなりますよぉ。でも、親分の言いたいことも分かりますから」
耳をピクリと動かして、露骨に顔をふくれさせる甲斐。こうやっていれば、決まってあとでフォローをしてくれる。そんな優しい、もといチョロい一面が声聞士にあることも、甲斐は計算済みだ。
「……その代わり、あいつがなんかやらかしたら、いつでも呼んでくださいね‼甲斐に頼っちゃってください‼」
カン、カッカッ、と大きく音を立てるほどの筆圧で、甲斐は黒板にでかでかと「但馬」の名前を書き記した。
* * *
「お…俺、ですか…⁉」
「うん、そろそろ近くでの仕事もしてもらいたいなって…だめかな」
垂れた耳が特徴の白い犬の地魂男児、但馬は声聞士の言葉に目を丸くして驚く。翌日になって、但馬に声聞士が小姓の話を持ち掛けると、彼は思わず持っていた怪しげな本を落としそうになっていた。
「あっ…えっと……光栄なんですが……本当に、俺でいいのかなって……」
目を逸らして眉を顰める但馬は、明らかに不安そうな様子だった。実際は、新しく入ってきた地魂男児が小姓を務めるまでの期間としてこれは早すぎるということはなく、単純に彼のもともとの自信のなさが影響しているものだ。
「うん、俺は但馬にお願いしたいなって思ったんだけど」
「そんな……俺……精一杯、がんばります‼」
身を引いた考えをするが、頼まれた重要な仕事を断るほど、責任感のない男児ではないことは声聞士も見抜いていた。しばらくの時間を置いて、こちらに向き直る但馬の表情からは、覚悟が読み取れる。
「そんな堅苦しく考えなくて大丈夫だから…こっちも色々教えながらやるし」
「色々……じゃ、じゃあ、主様の知ってる色んな子たちの絡みとか……あ、主様ご自身のでもいいですよ……えへへへ……」
「ほんとに…緊張してる…?」
小姓を務めることを予告されてからは、但馬は事前に小姓の仕事について学ぶ期間を作っていた。書類整理や、荘園内の当番、部隊の編成など、声聞士の仕事の把握と、それらをどうサポートするか。但馬は、自分に自信がなく不安な分、入念に準備するほうで、基本的な仕事などは、他の地魂男児に聞いて回ったりもしていた。
「……これは大丈夫なはずだし、これも……あっ」
メモしていた仕事内容を確認していた但馬の手が静止すると、徐々に顔を赤らめる。
「えっと……これは、どうしよう……」
* * *
そんなある日、いつものように修錬所で鍛錬をしている甲斐を、但馬は入口の影からじっと見ていた。大きな得物を振るい、訓練用の人形を重く叩き斬る甲斐の姿は壮観で、小柄ながらもその筋力が見ているだけで伝わってくる。大胆な一振りをするたびに甲斐の太い腕に力が籠り、柔らかな毛の下に隠れた筋肉が主張すると、素振りにも関わらず、空を切り裂く音がはっきりと聞こえてきそうなほどだ。
「……おい、なにさっきからジロジロ見てんだよ」
「ふぁ…ご、ごめんね、えっと……」
動きを止め、若干の怒気を含んだ声で覗き魔を呼ぶ声に、但馬は全身の毛をビクッとさせながらも、おずおずと未だ鍛錬によって汗ばんだ甲斐の方へと近づく。
「急にごめん…えっと…甲斐くん、前に主様とお仕事してたよね…」
絞り出した声は、どこか不安げな様子で、なかなか目を合わせない但馬に、甲斐は若干の苛立ちを覚えてしまう。
「それがどうしたんだよ」
「実は…主様のことをよく知ってる甲斐くんならと思って、聞きたいことが…」
その言葉に、甲斐の耳が上機嫌に揺れる。
「…ま、まあ、俺は親分のことならいっちばん知ってるしな?お前も初めてだろうし、分かんないことがあったら教えてやらないことも───」
「えっと……それが……」
ちらちらと修錬所に誰もいないのを確認して、但馬は甲斐の耳に口元を近づける。
「夜伽について…なんだけど……」
「は…?」
目を丸くしてフリーズする甲斐に、誤魔化すようにして但馬はさらに言葉を重ねる。
「あっ、その…するんじゃないの?そういうの…小姓はそうだって、聞いたんだけど……」
「だれから……って、それは大体予想付くな。でもわざわざ、俺に聞くことじゃないだろ‼お前だってそういうの、詳しいんじゃねえのか⁉」
但馬の趣味については、荘園内でもひときわ目立つ存在として知られている。誰かとふたりきりでいる時に、どこかから視線を感じるという声も時たま上がって来るほどで、その容疑者として扱われることも多い。だからこそ、甲斐は自分に聞きに来る理由が分からなかった。
「うん、まあ……俺も何も知らないってわけじゃないけど……でも、今まで見るばっかりで、そんなこと実際には……」
目が泳いでいる但馬に対して、大きくため息をつく甲斐。その一挙手一投足が、彼の恐怖心や不安をより煽るものと分かっていても、つかずにはいられなかった。
「それで、俺に何しろって言うんだよ」
「えぇと……ど、どういうふうに主様としてるのか、教えてほしいな……って……」
「馬鹿言えっ‼なんでそんな……」
「お、お願いっ…‼こんなの頼れるの、甲斐くんしかいなくてぇ……」
両手を合わせて懇願する但馬に狼狽える甲斐。正直、誰に限らず、頼りにされるのは嫌いじゃない。実際、声聞されてばかりの地魂男児にあれこれ教えてきたことも、一度や二度ではなかった。しかし今回の話は、他でもない声聞士にまつわる相談だった。溺愛している相手との夜の営みのノウハウを教えることは、甲斐にとっても複雑なことであることは間違いない。ただ現状、小姓の役割が与えられた男児が、主との同衾を務めることは、地魂男児の間でも周知の事実になっている。
「……お前が親分を満足させられなかったら、それは俺にとっても、一大事だ」
「え…?」
「……夕刻になったら……俺の個室に来い」
「そ、それって……」
甲斐の言葉に、わなわなと震える但馬の顔が綻んでいく。素直に肯定の返事をしたくないのか、目を逸らしながらぽつりとそれだけ口にした甲斐に、但馬は気づけば喜びのあまり飛びついてしまっていた。
「あっ、ありがとう‼甲斐くんに頼んでよかった…‼」
「ばっ、馬鹿、急に掴んでくんな‼」
「あ、ごめんね……へへ」
慌てて引き剥がすと、自身の咄嗟の行動を振り返ってか、照れくさそうに笑う但馬に、甲斐は思わずため息を漏らす。
「はぁ……おい、勘違いすんなよ‼俺は、ただ親分をちゃんと満足させられるようにしたいだけだ‼親分のためだからな‼」
「うんうん……主様とどんなことしてるのか……いっぱい教えてもらおうっと……」
「お前がやるんだぞ…分かってんのか…⁉」
笑顔、というよりもニヤけ顔の但馬を見ると、さらに不安を募らせてしまう。しかし、一度引き請けてしまった以上、最後まで約束は守ると、自己犠牲じみた責任感のもと、甲斐はぎゅっと下唇を噛む。
「そ、そうだよね…‼ありがとう、甲斐くん、じゃ、じゃあ……あとでね……‼」
妄想に浸っていた但馬はハッとした表情をすると、とたんにこわばった表情を浮かべて、修錬所を逃げるように出て行ってしまう。
「……はぁ、どうすんだよ、これ」
残された甲斐はその背中を見て何度目か分からない溜め息をつく。すっかり汗が乾いて冷えてしまった体に気を向けると、そのモヤモヤをぶつけるようにして、再び修練用の刃を振るった。