「ねぇ!これよんで!」
まだ小さい私の息子が一冊の本を持って駆け寄ってくる。
「はいはい、ちょっと待ってね。」
ちょうど洗い物を終えた私は手を拭きながら答える。
「はやくはやくー!」
息子は本を私に押し付けてくる。
「今日はどんな絵…あら今日は図鑑なのね。」
私は息子の持ってきた本が図鑑だと気づき珍しく思う。生き物全般の子供むけの図鑑のようだった。
「じゃあ読んであげるからソファーに座りましょうね。」
息子と一緒にソファーに座り図鑑を一ページ目を開く。
「気になるのがあったら教えてね。説明を読んであげるから。」
そう言うと私はゆっくりとページをめくっていく。
最初は魚から始まり次に虫と続いていくが息子はこれといって興味を示さない。
(男の子だからカブトムシとかの虫に反応すると思ったのに不思議ね。)
そう思ってページをめくると、
「あっ!それ!おとうさんだ!」
そう息子がいきなり声をあげた。
「え??どれ?」
私はページの中に夫に結びつくような生物を探す。
「それだよ!それ!」
息子は必死に指を指すが図鑑には届かない。私は指先がどこを向いているのかを確認する。
「あぁ、もしかしてこのお馬さん?」
私は馬の写真をなぞる。
「うん!おとうさんがよくやってくれるんだ。」
そういえば、よく夫が息子にお馬さんごっこをやっていたことを思い出す。
「そういえばそんなこともしてたわね。ヒヒンッ…あら!?」
私は普通に笑ったはずなのに何故か馬の鳴き声みたいな声が出てしまい驚いて口に手を当てる。
「おかあさん?どうしたの?」
息子が不思議そうな顔で私を見てくる。
「なんでもないよ。さっ、図鑑の続きを読みましょうね…ってえぇ!?」
私は図鑑を持とうとした自分の手をみて驚愕してしまった。私の手は馬の蹄のようなものへと変化していた。
「どういうこと!?どんどん馬に……!ブルルッ。」
私の体はどんどん馬に近づいていき、首が長くなり鼻と口も前へと突き出してくる。顔の形が変わってせいか視界も広くなって変な感じに変わる。ついに二本足で立つ事も出来なくなり私は一頭の馬へと変貌した。
「おかあさん?なんで馬になったの?」
突然の事態に私は声をあげれずにいると、
「ねぇ!おかあさん!どうしちゃったのぉ!」
息子が泣きそうな声をあげて私ははっと正気に戻る。
「ヒヒンッ、大丈夫だよ!あっ喋れる…。」
馬になっても人の声が喋られる事に気づいて私は一安心する。息子も私が心の中まで完全に馬になっていないことがわかりホッとした顔をして垂れていた鼻水を啜る。
お互いに少し落ち着いて私は狭い室内で身動きに苦心しながら自分の姿を確認する。
「やっぱり何度見ても馬だわ。私。ブルルッ。」
鏡に映った馬である自分の姿をみてため息をつく。
「わぁー!!本物のおうまさんだー!すごいや!」
息子は馬になった私にすっかり慣れたらしく私の背中に乗って遊んでいる。
(この子が楽しめてるのはいいんだけど、そろそろ私も元に戻りたいわ…!)
私はソファーの上に置かれた例の図鑑を見つめる。
「やっぱり怪しいのはあの図鑑……よね?」
私は慣れない馬の体で家具にぶつからないようにゆっくりと図鑑に近づいていく。
「ねーねー走ってよー。」
息子は相変わらず私の背中で遊んでいる。
「ヒヒンッ!無理いわないの。さて…。」
私は例の図鑑の馬の写真を見る。
(原理はよく分からないけどきっと私がこの図鑑に載ってる馬の写真に触れたからこの姿になったんだよね…?ならもう一度触れれば…!)
私は藁を掴む思いで右前足をあげて馬の写真に触れようとする。
(この体だと下をうまく見れない…。それに蹄だとうまく触らないや。)
私はとにかく図鑑を触りまくる。側から見たら馬が図鑑を踏みつけているようにしか見えないだろうが、必死なのだ。
「これで元に戻れればいいんだけど……ヒヒッ!?」
私の視点が低くなっていくどうやら長くなっていた首が短くなっているみたいだ。
「よかったーー!!!なんとか元に戻れるみたいね。」
私は歓喜の声をあげる。
「えーー!!そんなー?」
それと対照的に息子は残念そうな声をあげながら背中から降りる。
蹄がどんどん人の手足へと戻っていき身体中に生えていた体毛もなくなって人肌になり
私は無事、元に戻ることができた。
「はぁぁー、一時はどうなることかと思ったわ。」
私はぺたんと床に座り込む。
「ねー?またおうまさんごっこやりたいー!」
私の気も知らずに息子は例の図鑑を私に押し付ける。
「だーめ。馬になったら元に戻るの大変だし狭い家の中じゃ物を壊しちゃうでしょ。さ、その図鑑は片付けるから渡しなさい。」
私は簡単な理由をつけて息子から図鑑を奪い取ろうとする。
「むぅーー!ならいいもん!えいっ!」
息子は私に向かって図鑑を投げるといじけてどこかへ走っていってしまった。
「コラッ!物を投げたらいけません!」
なんとか息子の投げた図鑑をキャッチできた私は自分の手を見て再び驚愕してしまった。
「うそ…。今度はトラ…?」
私の指はトラの写真に触れてしまっていた。
「そんなぁ……。うっ、さっそくトラに…。」
変化は早く全身が黄色と黒色の体毛で覆われた方おもうと細長い尻尾と鋭い牙と爪が生えて私はトラへ変身してしまった。
「グルルル…。まさか元に戻ったとたんに別の動物になっちゃっうなんて……。まあ、この姿なら馬より動くのは難しくなさそうだし、元に戻る方法もわかってるからあの子のご機嫌でも取りに行きましょうかね。」
私は尻尾をブンと一回動かすとぎこちない走りで息子の後を追っていった………