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*グレイシアと冷たい冬*
ガラル地方のある道路にグレイシアの家族が暮らしていた。
父親グレイシアは狩りが得意で、日がな一日食料調達に勤しんでいる。沢山いる子供たちを養うためだ。
母親グレイシアは狩りがあまり得意ではなかったが、容姿は端麗で子を思う気持ちは誰よりも強く、父親グレイシアからも厚い信頼を得ていた。
子供たちは5匹いて、姿はグレイシアであるものの、産まれたての彼らはまだ顔にあどけなさを残しており、やんちゃ盛りだ。
外はトレーナーもいる。そしてその中には残酷な者もおり、子供らを連れ出すにはあまりにも危険だ。
グレイシア夫婦の最初の子供は、彼らが外に連れていったことが原因で、それはそれは惨い殺され方をした。
____________
「グゥ…ッ!!!グレッ!!!グレぃイ゛イ゛イ゛!!!!」
もみあげを引きちぎられ、四肢は結束バンドで拘束され、
トレーナーのナットレイに犯されていた。
トゲが体に突き刺さり、肉を抉られた仔グレイシアは悲痛な叫びを上げていた。
「ぐしゃあ!?ぐふぅぅ!!!ふううぅっ!!!」
その惨状に先程まで子を探していた夫婦は呆然としたが、
すぐに仔グレイシアに駆け寄った。
しかしナットレイの蔓に阻まれてしまう。
植物のようでいて本質的には金属に近いそれから彼らは逃れられない。
野生でがむしゃらに育ったたかだかレベル40程度の親グレイシアと、トレーナーに鍛え上げられ、無駄のない努力値配分をしたレベル70のナットレイ。どちらに勝ち目があるかは火を見るより明らかだった。
グレイシア夫婦は娘を助けようとするも動けない。
ナットレイの蔦に体をぐるぐる巻きにされ、大切に育てた娘が代わる代わる犯されるのをまざまざと見せ付けられる。
ナットレイに始まり、タルップル、ドロンチと連れているドラメシヤ、ウインディ、バンバドロ。
ウインディを除けば弱点をつけるポケモンばかりなのに、
何も出来ない自分らが不甲斐なくて仕方がないのだろう。
目を固く瞑り耳を塞ぐ母グレイシアと身を捩り必死に抜け出そうとする父グレイシア。
小さな我が子の体格とはとても見合うはずのない大きさのポケモンに覆いかぶさられ、無理やり捩じ込まれているからか仔グレイシアの股口は出血しており、蔓で打たれたのか背中にはミミズズ腫れがある。
『ナットレイ、もういいぞ。仔グレイシアにヘビーボンバーだ。』
とても長く、永遠のように感じた地獄から開放された夫婦の目の前に残されたのは、潰れて地面のシミと化した娘だったものだけだった。
『あ!血ィ踏んじまったなあ…まあいいか。』
「ぐぎゅ!」
トレーナーはポケモンをボールにしまい、呆然とする母グレイシアの背中にスタッドの着いたブーツをぐりぐりとめり込ませ、ソールに着いた娘の血を拭うと、タクシーに乗ってまたどこかへと消えていってしまった。
確かにこの日、グレイシア夫婦は人間にトラウマを植え付けられたのだ。
____________
そんなことがあったからか、彼らは狩りにとても慎重だった。
父グレイシアが狩りに出向く間、母グレイシアは家で子らの安全を守っているのだ。
父グレイシアは道に生っているモモンやオレンを持ち帰ってくる。たまにキルクスタウンでくすねた魚やパンなんかも持ってくる事があり、何不自由なく暮らしていた。
そんなある日のことだ、父グレイシアが傷だらけで帰ってきたのは。
その口にはかろうじて解凍されかけた魚を数匹咥えていたが、巣穴に入り込むなりバタリと倒れ込んでしまったのだ。
「グレィ〜♪グゥグゥ♪」
いつものようにキルクスタウンで魚を盗もうとした矢先のことだったらしい。
その中でも特段大きく、店の端に並べてあるものを咥えて逃げようとする。が、しかし、
目の前のヒートロトムが大きな炎を生み出していた。
「ぐッ……ギィイイイ!!!!」
熱い。熱いあついあつい。
容赦のないオーバーヒートがグレイシアの顔面を覆っていた。
練度はグレイシアより低いのだろうが、効果抜群の高威力ワザを放たれたグレイシアはひとたまりもない。
壮年の男が店頭に出てきたと思えばいきなり目を吊り上げ、グレイシアを怒鳴りつける。
『テメェか!いつもウチの商品盗んでやがったのは!!!』
「ぐぎゅぐぁあああああっ!!!」
のたうち回っている暇はない。
冷たい地面に転がり必死に消化を終えるとグレイシアはその足で素早く逃走を始める。
しばらく走ったので速度を落として後ろを振り返ると
壮年の男は幸いにも遅かったらしい、あんなにおおきかった男が小さく見える距離にいた。このまま逃げ切れる、と思ったが、ぜえぜえと肩で息をして走る男に大声で声をかける若者がいた。
『おじさん!どうしたんですかそんな必死に……』
『おめぇさん!そいつが例の泥棒だ!とっつかまえろ!!』
『えぇ!?はぁ…コイツが……!』
パン屋の店主らしい若者は雪かきをしていたプラスチック製のシャベルを振り上げると全力でガブリアスに乗り、追いかけてきた。
すぐに追いつかれた。
「グキュ!!グレッ!!!グレィイイイ!!!」
雪の上に転がり倒れたグレイシアはそのまま若者に滅多打ちにされた。背中には紫の痣ができ、口からは血を吐いている。
もうひんしだ。それでも意識を保っているのは家族への愛ゆえだろうか。
『ホントなら保健所送りにしてやりてえところだが…開店準備中だ、もうやんなよ』
ガブリアスはこちらを一瞥すると、グレイシアに雪をかけ半生き埋め状態にすると若者について戻って行った。
グレイシアは早朝に盗みに入ったために助かったのだ。
そういう経緯で、グレイシアはもう死にかけだ。
一家の大黒柱たる父グレイシアが死んではひとたまりもないと思った母グレイシアはありったけのきのみを彼に与えた。
母から万病に効くと聞いたラムのみを与え、オレンやオボンも大量に与えた。
父グレイシアを枯れ草で作った寝床に転がし、安静にさせる。
その後に心配して「ぐぅぐぅ」「ぶいぶい」と鳴く子供たちを宥めながら自分たちも食事をした。
父グレイシアが大怪我をしてから2日後、
母グレイシアははたと困っていた。
食糧が底をついたのだ。
父グレイシアは回復する見込みもない。
夜中もぐるるとうなってのたうち回っている。
本来はセンターに行かないと治らないレベルの火傷をしていたのだ。まだ治りきっていないどころかダメージを受け続けている。
野生のグレイシアはとうぜんセンターの治療を受ける権利はない。
継続して木の実を与える必要がある。
しかしその木の実を供給してくれる父がダウンしているのだ。
母グレイシアはやむなく狩りに出かけることにした。
父に仔グレイシア、仔イーブイの世話はできまい。
子も連れていくしかないが、それも、仕方の無いことだった。
雪にはしゃぐ我が子を率いて外に出る。
仔グレイシアも仔イーブイも雪遊びに夢中で道路の真ん中から離れない。互いに転がりあってじゃれている。
今年は例年と比べて降雪も多く、中々獰猛なポケモンは出てこないし、人通りも少ない。これなら大丈夫だろうとグレイシアはここから動かないよう言い聞かせて狩場へ向かった。
少し離れた場所にきのみが沢山なる森がある。
そこで母グレイシアはナナのみやモモンのみをとっていく。
そこにはチーゴのみやラムのみ、クラボのみもある。
グレイシアは四足歩行なので一気に運ぶことはできない。
2、3個ずつ往復して運んでいく。
傍から見れば効率悪いことこの上ない。
「ぐきゅうううう!!!」
「きゅっ!きゅわっ!!!」
少し離れている場所ではあるものの、確かに我が子だ。
我が子の悲鳴が聞こえてくる。
咥えて運んでいたきのみが落ちるのも構わず走る。
道路の真ん中を見ると我が子が雪に埋まって震えている。
除雪車だ。
除雪車が子らに迫っている。
ゴゴゴゴゴ……ガガガガガ……
除雪車の席の位置は高く、雪を巻き込むために大きな音が出ている。
__私が動くなと言ったから…!!
子らを救い出そうと道路へ飛び込んだが遅かった。
「きゅああああっ!!!!」
「ぎゅいいいいっ!い!!!」
ガリガリ!!ガガッ!!ゴギ!!!
排雪穴から我が子だったものが溢れる。
骨が砕かれてミンチになっていく我が子をグレイシアは悲壮な面持ちで見つめる。
『うお!なんだなんだ!?』
除雪車に乗っていた運転手も排出される赤黒い塊に違和感を覚えて降りてきた。
『うわ…ポケモンが挟まったのか…面倒だな……』
運転手は専用の器具で仔グレイシア達の死体を掻き出し始めた。
「ふぅぅぅ!?」
母グレイシアは愕然とした。
取り出された子らの体は、下半身だけが削られてまだぴくぴくと動いているものや、顔面が潰されたものなど様々だった。
『もうどうにもならねえし捨てちまうか…』
運転手は死体を手袋越しに引っ掴み、並走していた軽トラの荷台に放り投げて行った。
「ぐれぃ!!!ぐれぃぃぃ!!!!」
せめて生きている子だけでも返して!!
返してもらったところで下半身がないのに、どうしようと言うのかは知らないが、母グレイシアは厚着をした運転手の足にしがみつく。
「ぐぅッ!!!?」
『ッるせぇな!!』
運転手はグレイシアを蹴り飛ばして振り払うと首根っこを掴んでどこかへ電話し始めた。
「ふう゛ゥ゛ゥ゛!!!!ふーーっ゛!ふーっ゛!!」
『あ、すみません野良のグレイシアなんですけど、はい、はい_』
抵抗も虚しくグレイシアは保健所の所有する檻付きの車に回収されて行ってしまった。
キルクスタウンでは父グレイシアの犯行が問題になっていたのだ。害獣という認識が浸透してしまったグレイシアへの対処は極めて冷酷なものになるだろう。
子を全て失った可哀想な母グレイシア____
これから、父グレイシアの行動のせいで殺処分される可哀想な母グレイシア____
もうじき父グレイシアも衰弱して死ぬだろう。
こうしてひとつのグレイシアの家族がそれぞれ最悪な方法で死に至るのだ。
これが野生のポケモンが辿る残酷な結末。
しかしこれらも、仕方の無いことなのだろう。
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*イーブイで実験*
「きゅいきゅい!」
遺憾の意をまったく怖くない鳴き声を上げて表明するイーブイ。
「ぶぅ〜?」
状況を全く理解していないイーブイ。
「ぶ……」
状況を理解してじっと体力を温存するイーブイ。
実にいろいろな個体がいる。
ここはイッシュのとある実験施設。
生後3ヶ月程のそこそこ成熟したイーブイがひとつの部屋に10匹ほど集められている。
こいつらは今まで何不自由なく暮らしてきたイーブイだ。
孵化までこの施設の職員が行った。
この部屋にはクッションもふかふかのベッドもプールもない。
餌もたまにしか与えられない。
しかしこの部屋にはルールがあった。
ひとつ、ここにいるイーブイ達は絶対に寝てはならない。
ふたつ、寝たイーブイがいた場合、1日1食夜に与えられる餌は連帯責任で抜きとする。
みっつ、供給される餌の量は定量、中にいるイーブイ達で分配するものとする。
最初に自分たちを育ててくれた研究員が、1番頭の回る個体に伝えていったルールだ。
状況を理解していないイーブイ以外にはこのルールは伝達済みだ。
1日目、彼らの体調は変わらない。
それは夜になっても、だ。
1日くらいなら案外ポケモンは何とかなる場合が多い。
出てきた餌を目視で10等分して分ける。
最初こそ餌を持ってきた研究員に媚びて出してもらおうとする個体もいたが、それも研究員の鋭い眼光で怯み、もう媚びようとする者はいない。
しかしその後、問題が起きた。
「ぶぅ……ぶぅ……」
「ぶ、ぶい……??」
「きゅう…」
最初の状況を理解していないイーブイ(ここではアホイーブイとする)が夜になったと理解して、餌を食べたあとそのまま寝てしまったのだ。
「ぶいっ!!ぶいっ!!」
眠りが深いのかいくら経っても起きる気配がない。
残りの9匹は「起きたら叱ろう」と決めて長い夜を耐えしのぶことにした。
―――
2日目。
朝。
アホイーブイは呑気に目を擦り起床した。
いつもと違うのは、優しく寝癖を整えてくれる研究員の柔らかい眼差しが、容赦なく自分を睨みつける恨めしげな顔の同族に置きかわっていること。
「ぶぅ!!ぶいぃ!!(お前が寝たせいでボク達までご飯抜きになっちゃっただろ!)」
「ぶいぃ!?!?いぃぶぅ……(なんで!?どういうこと…?)」
イーブイ達はげんなりした。
おそらくこいつに何を言おうと伝わることはないだろう。
ならばできることはただ一つ。
この部屋の中で寝たら自分が酷い目にあうと分からせることだけだった。
朝から夕方までアホイーブイへのリンチが続いた。
「ぶ、…ぶきゅぅぅ……(ご、ごめんなさ……もうしないから…)」
少しの仕置きのつもりであったイーブイ達であったが、
寝不足でストレスが溜まっているのか、判断力が鈍っているのか、歯止めも効かずイーブイを痛めつけ続けた。
アホイーブイのしっぽはちぎり取られ、耳は変な方向に折れ曲がり、体のそこらじゅうに引っ掻き傷や咬傷ができていた。
「ぶい!(みんな、そのへんでおわりにしよう!)」
リンチを止めたのは1番物分りのいいイーブイだった。
アホイーブイがいくら足手まといだとしても、同族を死に至らしめたことへの罰則がどうなるかは分からない以上、殺害はやめた方がいいと言う判断だった。
彼の説得に納得したイーブイ達はそれぞれにバラけ、
体を伏せて体力を温存する方向にシフトチェンジをした。
寝てはいけない、そのことを擦り込まれたアホイーブイも、
自分の抜きとられたしっぽをきゅうと抱きしめてまた夜を耐え忍ぶ。
3日目。
かくりかくりと首を下げては、ハッとして上を向き、何とかして耐え忍ぶイーブイ達。
その面持ちは皆一様に暗い。
たねポケモンにあるまじき濃さの隈でどこか一点をぼーっと見つめている。
2日目の朝にあった動く余裕は最早なく、廃人のように動かずじっとして夜まで待った。
夜になるとまた10匹分の食事が提供された。
彼らはまた餌を10等分し、それぞれで食べる。
否、9頭はそれで食べられたのだが、1匹のメスが唐突に吐き戻した。(以降、ゲロイーブイ)
睡眠不足で胃が荒れているのだ。まともに食事もできず、結局餌も残してしまった。
ゲロイーブイの周囲には彼女の吐瀉物が散乱している。
誰も彼女に近寄ろうとしない。
彼女が残した飯に目ざとく近寄るアホイーブイ。
しかし周りの仲間がそれを阻止する。
「「ぶいい!!!」」
「ぶゃぁ!?」
おまえが食うんじゃねえよ!と言わんばかりの冷たい態度にアホイーブイは何も出来ず、少量の木の実を8頭で分け合う様を眺める他なかった。
4日目。
ここからイーブイ達の様子がおかしくなっていく。
一気に仲間達が死に始めた。
ゲロイーブイは栄養失調と睡眠不足で衰弱死していた。
案の定だ。
それから1匹のメスと1匹のオス。
彼らが覆い被さるようにして死んでいた。
もちろんイーブイ達は何があったのかを知っていた。
夜中に極限状態で生存本能が暴走したオスの1匹が、近くにいたメスに飛びかかったのだ。
「ぶいっ!ぶい!ぶいい!!」
先程までのげっそりとこけた表情とは打って変わって、
恍惚の表情でメスを犯すオスのイーブイ。
「ぶっ……ぶい……ぶいっ……!」
もう何も思わないのかただ黙って受け入れるメスのイーブイ。
オスはメスの中で果てると、子孫を残せて悔いなしと言うようにそのまま息絶えた。
メスはその体勢のまま明け方までそこら辺に転がっていたが、
やがて小ぶりで歪な卵を産み落とすと、そのまま同じく死んでしまった。
このメスにはつがいがいたのだが、そのオスはメスを寝盗られたショックで壁に頭を打ち付けまくって死んでいた。
昨日までいた9頭の同族たちが、
一気に5匹まで減ってしまったのだった。
いちばん賢いイーブイが、足で蹴って転がし、ほかの死体もまとめてゲロイーブイの近くに集めた。
寝ずに同族の死にゆく様を見せられたイーブイ達は近くで固まり、互いに励まし合いながら耐え忍ぶことにした。
アホイーブイを除いては。
この日からアホイーブイへの明確ないじめが始まった。
群れの輪の中には当然入れず。
餌も少量。
少しでも寝かければ、優しく声をかけるでもなく蹴り飛ばしたりするし、アホイーブイが吐けば自分で舐めて掃除するように命じた。
精神的にも苦痛を味わったアホイーブイがより衰弱していくのは分かりきったことだろう。
彼が誰よりも勇み足で死に向かっていると、皆わかっているのだ。
だが数々の死にゆく同族たちの姿を見た彼らからしたら、
もう仲間のいっぴきが死のうがどうでもいいことなのだった。
5日目。
4匹で集団になっていたイーブイ達はスッキリとしたようなしていないような顔をしていた。
明らかに足りてないとはいえ、全員睡眠を取ってしまったからだ。
今日のご飯は抜き_そう考えると気が重いが、
寝れたことで幾分かはマシだった。
それに、1番賢いイーブイの妙案もあった。
夜。
彼ら5匹のイーブイには当然餌を与えられない。
しかし彼らは気にしない。
アホイーブイ以外の4匹がアホイーブイを囲む。
「ぶぅい??」
アホイーブイはずっと虐げられ省かれたにも関わらず、みんなが戻ってきてくれたのかな?と呑気に思っている。
「ぶぎぃ!?」
アホイーブイの脇腹に1番賢いイーブイが噛み付いたのを合図に、残りの3匹もアホイーブイの身体を貪り始めた。
「ぐぎゅいいいいっ゛!!!!ぐあ゛ぅう゛!!ぎぃっ゛!!」
4匹はくちゃくちゃとアホイーブイの肉を咀嚼する。
ポケモンはある程度頑丈だ。
炎の塊や雷をモロに食らっても死なない生き物だ。
それがアホイーブイを生き地獄へと導いている。
アホイーブイは結局、食べ進められてあるイーブイの牙が肺に穴を開けるまで死ねなかった。
残されたイーブイは4匹だけになってしまった。
皆、木の実ばかりの食事の生活から肉を摂取できたことや昨日、よく眠れたことから目が爛々としている。
ギラギラしているとも言うか。
翌朝、白い立方体の部屋に残されたのは4匹のイーブイの死体だった。
1匹のイーブイがもう1匹のイーブイに噛みつき、捕食しようとした。
それにつられて他のイーブイも他の個体を食べようと動き出した。
実験は終了だ。
部屋の天井の一部がスライドして小さな穴の空いた金属板が現れた。
プシューーーーゥ……
紫色のガスが部屋を満たす。
そのまま4匹のイーブイは中毒症状によって死んだ。
皆、苦悶の表情を浮かべている。
給餌口の蓋を開けてマスクをつけた研究員が2名ほど入ってくる。
『うわくっせぇ!数日前から死んでるヤツが腐っちまってら…』
『しかし全滅するとはねえ……』
この実験施設ではあらゆるポケモンを部屋に閉じ込めて極限状態での群れの動きを研究していた。
実は10匹分の餌を1日で食べきらずに温存して置いて睡眠は一日おきにとるという攻略法がある。
大体は数匹が同時に寝た時点で全員で寝ても差し支えないことや餌を温存する手を思いつき、3週間ほど持たせられる種も存在するが、イーブイは特に頭の回らない種族だったようだ。
今度はグレイシアを熱い砂漠を模した部屋に閉じ込めたり
電流を流してイーブイが寝たら無理やり起こす事でさらに追い詰めてもいいな。
[newpage]
*支配から目覚めた男*
俺はイーブイを飼っている。
元はと言えば、友人にポケモンバトルが強くならないと相談したことで半ば無理やり引き渡された個体だ。
俺にはドンカラスとチラーミィがいるし、ノーマルタイプには困ってないんだが…
進化させれば強力になるぜ!と言われたが進化する兆しもないし、なんならこの前会った時に厳選余りを押し付けられたことを知った。
自分で望んで飼った訳でもない奴に進化の石を使ってやるのはなんだかもったいない気がするし、他の進化法はないのかと悩んだ矢先、なつき進化なるものの存在を知った。
なるほど、しばらく一緒に暮らしていれば自然とニンフィアやエーフィやブラッキーになるものなのか。
俺はこいつとそこそこ長いこと一緒に暮らしているが、そういった兆候を見たことは1度もない。
「ぶぅいぃ〜!!」
「いぶぶいう゛ぃ〜!!」
好かれているとは思っていなかったが、嫌われてるとも思ってはいなかった。
そこそこに安心感を与える存在であるという自負があったのだが、よく観察してみるとこいつが俺にじゃれてくるのは決まって餌の時やプールを出して欲しい時、ベッドにあげて欲しい時だけだと気が付いた。
なるほど、こいつは俺を給仕か何かだとしか思っていないらしい。
水はぶちまけるし、糞尿はそこら辺で垂れ流すし、オムツは嫌がる。
飯には文句を言うし俺のベッドは毎晩奴に占領されてしまう。
入ってこようとすると大暴れしてどうにも敵わないのだ。
技でねじ伏せることもできたが、可哀想でできなかった。
まあそれはいい、まだ飼い始めて1年程度だ。
俺はポケモンの扱い方もしつけ方も知らないし、
これからバトルやなんかに連れていく事で絆を育めばいいのだから。
それにイーブイはかわいい。可愛いから許すというのもなんだか甘い気がするが、世のトレーナーなんてそんなものだろう。
そう考えていた俺であったが、動き出しが少し遅かったのかもしれない____
イーブイはてんでダメだった。
まず初めに、ポケモンの躾をしてくれるブリーダーの所へ預けることにした。
イーブイの躾にはそう時間もかからず、1週間程度で習慣づけることができるらしい。
俺は強面でガタイのいいブリーダーの爺さんにイーブイを預けた。
しかし3日ほどで連絡が来た。
『この子、とってもいい子でしてね。躾なんていらないですよ。』
そう言って返却されたイーブイ。
そういうものかなあ、と思ってイーブイを家へ放すと
カーテンを破りクッションにかじりつきやりたい放題し始めた。
家に久々に帰ってきて嬉しいのかな…と甘い考えも浮かんだが、
相変わらず飯はひっくり返すし粗相もする。
それでも新居が汚れるのが嫌な俺は嫌々その片付けをしてしまうのだ。
完全に、俺はイーブイから舐められているのだった。
そんな事が続いた年の七夕。
この時期になるとジラーチを模したオブジェや笹飾りなんかが街中に現れたりする。
かく言う俺の会社でも誰が言い出したのかは知らないが短冊にお願いごとを書いて飾ろうという話になった。
デザイン系の会社に勤めているのでなかなか芸術的な感じに仕上がっている七夕飾りに感嘆した。
若い女性社員に無理やり渡された短冊に、
俺はこういうのに縋るのも手かも……と思いながらしぶしぶ
飼っているイーブイをちゃんとしつけるきっかけができますように。と書いて、人の目に触れにくい高所に括り付けた。
七夕……とは関係ないだろうが、今日は会社を定時で上がることができた。
今夜はそうめんにしよう、そして早めにゆっくりしよう。
そう決めて自分の住む一軒家のドアを引いた。
「きゅうきゅう!!」
「きゅいぃ〜!!」
やけにイーブイの声がご機嫌だ。
俺のことを出迎えもしないのはもうデフォルトだが、こんなにも元気なのは珍しい……というか初めてだ。
『っヒュ____』
部屋は驚くことに、というか案の定、散らかっている。
主に壁____
俺は頭を抱えた。
高い所に置いておいたハズの自社製品の画材が開封され、
床一面に折れたクレヨン状の画材が散乱している。
壁には何を書いたのかも分からない下手くそな絵がでかでかと描かれている。
そしてその犯人は正しく、赤い画材を咥えたイーブイだった。
俺の、俺たちの新居だぞ…?
俺が一生懸命稼いで買ったマイホーム……
お前に汚されるために買ったんじゃない……!!!
俺は俺のものとは思えない怒りが込み上げてくるのを感じた。
今まで可愛い、厳しくしたら可哀想だと思っていた目の前の動物が、ただの馬鹿で低知能で無能なカスにしか見えない。とても醜い。
ドンカラスはヤミカラスの頃のような顔をして、壁についていたが故に汚されてしまった彼の立派な鳥かごを見つめ、カァ…と鳴いた。
チラーミィは綺麗好きな性分で、塵ひとつ許さない性格だ。
怒りを必死に抑えたような顔をして「ちらぁっ!ちぃっ!」と鳴きながら床を掃いている。
思い返せばチラーミィはずっとイーブイが粗相をしたりするのを不快そうに見ていたな……
ドンカラスも、自分の鳥籠が揺さぶられる度に何とかしてくれと言わんばかりの顔で俺を見ていた。
全部俺が甘いのが悪かったんだ。
俺はなんて奴だ。申し訳なくて頭が真っ白になる。
『チラーミィ、ドンカラス、』
2匹の名を呼び、思いつく限りの謝罪をした。
ごめん、ごめんな。ずっと嫌だったんだよな。我慢させてごめんな。このカタは俺がつけるから、どうか馬鹿な俺を許してくれ。また3人で仲良く暮らそう。
途中から自分でも何を口走っているか分からなかったが、
ドンカラスが頼んだぞとばかりにひと鳴きしてカゴで眠り始め、
チラーミィが、やってやれ!とばかりにしっぽで背中を叩いてきた。それに俺は救われたんだ。
『____おい』
自分でも驚くほど低い、腹の底から捻り出したような声がイーブイをオオイカブサル。
「ぶ、ぶいぃ…?」
油の差し忘れた錻力人形のようにぎこちなくこちらを見るイーブイ。今までの神妙な雰囲気から不味いことをしたと察したのか。
シャカシャカと爪の音を立て、俺から逃げようとするイーブイ。
しかし上手く進めない。
ドンカラスの"こわいかお"だ
赤い眼でイーブイの方をギロリと睨んでいる。
トレーナーの俺もすくみ上がりそうな冷たい顔だ。
こりゃ相当恨んでるな。
俺はそのままイーブイの首を掴むと語りかけた。
『今まで甘やかした俺も悪かったよ。』
思ったようなお叱りも飛んで来ず、ホッとしたような、やっぱりこいつは甘いなと言うような小馬鹿にした表情を浮かべるイーブイ。
そんなイーブイを俺はダイニングテーブルにガン!と押し付けた。
「ぶぐぇ!?」
『これからはちゃんと厳しくしてやるから、な?』
「ぶぃい!ぶいいい!」
流石に分が悪いと思ったのかイーブイは必死に媚びるような鳴き声でこちらに訴えかける。
さしずめ、「悪いことだって知らなかったの!私も悪いけど、あなたも教えてくれなかったから、あなたも悪いわ!」とかそんなことを言っているのだろう。
『普通のお前くらいの年のポケモンならな!!やっちゃダメなことといい事の区別くらいついてんだよッ!!!』
そのままイーブイの頭を揺さぶる。
「ぅぎゅううううううう!!!」
かろうじて自由に動く前足を伸ばしてチラーミィに助けを求めるイーブイ。
「ちらっ!」
チラーミィはぷいとそっぽを向くとてちてちと汚れている場所に歩いていってしまった。
「ぶぅううう……」
助けはないと悟ったイーブイは必死に目を泳がせる。
さて、困ったな……
ここが俺の甘いと言われる所以なのかもしれないが、
この先にすべき仕置きが思いつかない。
「ガァ、」
俺の困惑を察知したのかドンカラスは黒い塗料を足で器用にこちらへと転がし、カレンダーの方を見させるように嘴をクイッと向けた。
なるほど、あくタイプってすげー!
今回俺が会社から持って帰ってきたのは、まだ開発途中の塗料。
しかもただの塗料ではなく、ポケモンの仮装用の塗料だ。
ハロウィンやパーティーでポケモンと一緒に特別な装いをしたいというトレーナーも少なからずいるだろう。
そのニーズに合わせて開発していた、ポケモンに使っても安全で、発色が良く、直ぐに落ちる顔料。
もちろんまだ完成していないし、安全かどうかも試していない。
『_ドンカラス、こいつの前足抑えといてくれ!』
「カァァ♪」
「ぶぎゃあっ!?」
バサバサとテーブルに降り立ったドンカラスは鋭い足の爪をうつぶせになったイーブイの両の前足に食い込ませて固定する。
俺は利き手で黒い塗料を持ち、紙に文字を書くときのようにもう片方で胴を固定した。
そう、七夕にちなんでイーブイを短冊にするのだ。
願い事というか、今までの反省をさせるというか。
イーブイは首周り以外の毛はさほど長くないので、簡単に書くことができた。
『「わたしは恩知らずで傲慢な低脳イーブイです」』
『「反省中なので助けないでください」』
背中側とお腹側からそれぞれイーブイを辱めるような内容を書いて道路に面した玄関先に吊るしておく。
「ぶゅううう!!!!!」
暴れるが、耳をふたつの洗濯バサミで挟んで飾っておくのは容易いことだった。
申し訳程度に笹飾りも添えておくか。
名目上はイーブイ短冊なので。
そうそう、言い忘れていたが俺が住んでいる地域は南半球だ。
だから七夕といいつつ全くの冬だ。
寒いだろうなあ……というか、俺も寒い。
『あ゛〜さむさむ…暖房暖房……』
まあ1日2日放っておけば大人しくなるだろう。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
そのまま1日と半日が経過した。
俺は週一回会社に出社する日を除けばその他は全てリモートワークなので、風呂上がりにニュースで霜の降りた住宅街が映し出されるまですっかり忘れていた。
「ぶ、ぶきゅぅぅ……」
イーブイは虫の息だった。
ノーマルタイプでこおりは弱点でもなんでもないが、
ろくにバトルも経験しないでレベルも低いので自然の寒さでもダメージが来るのだろう。
夜の気温は氷点下だ。
漏らしたのか股の辺りが凍りついている。
「ぶぅぅ…」
ガタガタと震えながらもこちらを威嚇してくる。
こんな目に合わせた俺が憎いのだろう。
だがまっったく怖くないし、不思議と前まで抱いていた親のそれと近い愛情も感じなくなっていた。
ひとまず殺してしまったとあれば気まずいには変わらないので、
家に持って帰る。
下肢は小水にまみれていて汚いので新聞紙の上に置いて今まで通りフーズを与えた。
もうこいつに愛はないので給餌というより作業に近い。
ガツガツと食べ始めるイーブイ。
『前まで散々文句言ってたのにな、』
「ぶいっ!」
ふい、とそっぽを向いて奴は拗ねた様子を見せる。
『また締め出してやってもいいんだぞ。どれだけ俺に反抗しても、俺がいないと餓死するくせに。』
「……。」
『まぁいいや。ちゃんと食い切れよ。』
イーブイは返事をしなかった。
そうだ、飢餓状態の生き物が急に食べ物を胃に入れると良くないんだっけか…
「ぶ…ぶいぃ…ぶげええええええええぇぇぅ!!」
1日2日ならいいかと思っていたが、急に食物が入った胃に入り身体が驚いてしまったのかイーブイは吐き戻してしまった。
「ぶぃい……」
せっかく食べたものも吐いてしまい、さらには口の中に胃酸の味が広がったのかにがにがしい顔をする。
『なぁ、ちゃんと食い切れって言ったよな?』
「ぶい……」
食えんとばかりに後込むがそんなのは関係ない。
「ぶい!」
片付けろとばかりに威張るがそれも関係ない。
『ちゃんと食い切るんだぞ』
吐瀉物の中にイーブイの顔を押し付けて強制的に食べさせようとするがなかなか言うことを聞かない。
「いぃぶぁあ……」
ソファの上でチラーミィとドンカラスが寛いでいる。
イーブイはその2匹に目を向けると助けてくれと乞うような顔をした。
ふいと目を背け談笑に戻る2匹。
元々あのソファもイーブイが我が物顔で占領していたものだ。
そんな横暴を働いていた相手に優しくできるほど2匹も優しくない。いい性格の2人だ。
俺がイーブイを懐かせようとするあまりに2人を抑制させてしまった。
『お前、与えてもらってる存在で何わがまま言ってるんだ?』
『ひとまず、お前が吐いたぶんも食っとけよ。』
そういうと俺は玄関の入口に敷かれた新聞紙にケージを被せてソファの上に座り込んだ。
寝る時間になったので、一緒に寝たがらないドンカラスを泣く泣く暖かい鳥籠に置いて、チラーミィとベッドで寝た。
イーブイを締め出してからというもの、ようやく俺たちもベッドで寝れるようになった。
今思えば、なぜあんな傲慢な奴に従っていたのかわけがわからない。
俺たちは硬いソファー睡眠から解放されたのだった。
翌朝イーブイを確認すると、
驚くことに全ての吐瀉物を食べきっていた。
「ぶいぶい!!」
ちゃんと食べてえらいでしょ?
早く朝ごはん頂戴!と言うように鳴くイーブイ。
どう考えてもおかしい。
吐瀉物の方が量が多かったとはいえ、残された無傷の餌もこいつで言うところの1食分はあったはずだが、それさえも完食しているコイツは本来なら腹など減っていないはずだ。
それにマズいマズい吐瀉物を食わされたあとで飯なんてまともに要求できるか…?
不思議に思った俺はイーブイを持ち上げた。
『おい、これどういうことだよ』
「ぶいぃいいい!!!」
イーブイが居た場所には大量の吐瀉物があった。
もちろん昨日のやつだろう。
イーブイは自分の体の下に吐瀉物を隠してやり過ごそうとしたのだ。
よく見ると腹にもべったりとそれが付着している。
「ぶ、ぶきゅ♡」
てへぺろ♡と言わんばかりにとぼけた顔で鳴くが、
今までそれで許してくれた俺はもういない。
イーブイの首根っこを掴んだまま風呂場へ直行する。
トップスの袖とズボンの裾をたくし上げてイーブイにシャワーをかける。
「ぎゅいぃいいいぃっ!!」
そのままかけたのでもちろん水は冷たいまま。
水圧も強いままだ。
真冬の冷水はさぞ冷たかろう。
ついでに塗料も落としてしまおう。
吐瀉物にまみれて小水に濡れ、非常に汚らしい。
びちゃびちゃになったイーブイは水の影響で毛がペタンコになり、首のもふもふもしぼんでいてかなり惨めだ。
まず塗料を擦るだけで落ちるかチェックする。
「ぶぅ……?」
優しく擦るが少し文字が掠れて見えるだけで完全には落ちきらない。
「ぶいぶ〜ぃい!」
イーブイは優しく体を洗う俺をみて「ここも洗ってよぅ!」というようにしっぽを向けてきた。
『お前、動くなよ』
軽く擦ってもダメならこれはどうだろう。
おれはごわごわのタオルを取り出してイーブイの表皮をガシガシ擦る。
「いぶ!!いぶぅぶ!!!いびぃぃぃ!!」
毛が引っ張られるのが不愉快なのか皮膚が痛いのかじたばたと暴れ回るイーブイ。
そんなことしたって疲れるのはお前だけなのだ。
まだ黒いのが残っている。
これは問題作かもな……。会社にもレポートを送らないと。
俺はいよいよタワシを取り出してイーブイの背中や脇腹を擦った。
「ぃぎいいいいいいいぃいっいいい!!!」
とうとう皮膚から血が滲みだし、イーブイの悲鳴も媚びた鳴き声から動物のそれに変化する。
これ以上は特に変わらないだろう。びしょ濡れで血だらけで憔悴したイーブイにドライヤーをかけてリビングに戻った。
その間イーブイは怯えていた。
血やら組織液やらを吹いてやろうと思っていたのにイーブイは戻るなりソファーに寝転がり始めた。
『おい!!』
「いぶ!」
こんなに荒療治をしたのだからこれくらいいいだろうと言わんばかりにゴロゴロするイーブイ。
くつろぐ場所を汚されたチラーミィはご立腹だ。
この後の流れはわかっている。
イーブイは今まで通り厚かましく飯を要求し、俺のベッドで眠らせるように命令してくるのだろう。
直接暴行はしない。それは俺がポケモントレーナーになる際に自分で決めたひとつのルールだった。
ポケモンと分かり合うために、おれは決してポケモンを傷つけることはしないと。
でも良く考えればそうだ、引き取った当時のイーブイはまだ幼く、ボールに入れるのも早かった。
だからそのまま飼っていたが、ずるずるとボールに入れるのを先延ばしにしてきてしまった。イーブイが嫌がったからだ。
そうだ、イーブイは俺のポケモンじゃない。
気が付けば俺はチラーミィに技を出すよう指示していた。
『チラーミィ、スイープビンタ。』
「チラッ」
その受け答えは思ったよりも厳かで、小声で行われた。
バチンッ!!!
「いぶっ!? ぶべっ!」
チラーミィのしっぽがイーブイの腹にクリーンヒットし、イーブイはソファーの上から飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「ぶっ!!ぶぎぃ!ぶやぁあ…ぴぎぃっ!!」
繰り返されるビンタと言うには生ぬるい殴打にイーブイの瞳は再び恐怖に支配された。
「やめさせてくれ、」というように弱々しくこちらを見る。
『チラーミィ、そのまま勝手にしないか見張っててくれ。
何かあったら殴って構わない。』
『殺すなよ』
「ちぃ〜らぁ♪」
「いぶぅ!、?」
今まで自分の奴隷だと思っていた俺が、チラーミィに自分を痛めつけるように命じている。
さぞ驚いただろう。もうお前の言いなりにはならない。
俺はお前のトレーナーじゃないし、お前は俺のポケモンじゃない。最初から従う道理なんてなかったのだ。
俺はフレンドリィショップへ走った。
イーブイが入る程度の分厚いガラスで囲まれた水槽を買った。
『水ポケモン飼われるんですかぁ〜?』
『はは、キバニアを1匹譲ってもらったんで』
店員からのトークも違和感なく躱してささっとショップを後にした。怒りというものはすごい。
部屋に戻るのびたーんと床に突っ伏したイーブイと、
ぷんぷんといった効果音がつきそうな顔で腕を組んだチラーミィがいた。
ドンカラスはニヤニヤとイーブイを見つめている。
ささっと水槽を組み立てるとチラーミィに礼を言ってイーブイを掴みあげる。
『いまからお前をおうちに連れて行ってあげるからな』
「い…いぶぶいぃ…♪」
もちろんイーブイが家に来た時に買ったふかふかのちぐらではなく、新しく買った頑丈な水槽だ。
家具もクッションも何もない。
水槽にイーブイを投げ入れた。
「い…いぶ……?」
やはり思っていたのと違うのかキョロキョロと辺りを見回すイーブイ。
これからここがお前の家だよ。
かくして俺たちの生活は今まで通りになった。
その日は凍える身体に鞭打って車を出し、ドンカラスとチラーミィを連れてレストランに行った。
イーブイにはキズぐすりを塗り込んでやった。
これから食事はオレンのみ1日1個だ。
最初はこちらに媚びて元に戻して!いい子にするから!と
ガラスの壁に前足をくっつけて、しゃかしゃかと音を立ててアピールしてきたが、
『なにか文句があるのか?』
と脅せば直に黙るようになった。
チラーミィとドンカラスとコタツに入ったり、スイーツ作りをしたり、クリスマスツリーを飾り付けたり、
そうした楽しい空間を、イーブイは黙って見ているしかできないのだ。
ご近所さんから貰ったつきたてのお餅を食べたり、
七面鳥を食べたり、ケーキを食べたりするのを、イーブイは365日変わらない食事をかじりながら見ているしかできない。
時には構ってやる。
冬場は雪遊びと称して水槽に大量の雪を投入してやるし、
クリスマスプレゼントで同族(の死体)を投げ入れてあげたり、
夏場は水槽本来の使い方をするように水を並々入れて丸1日犬かきをさせたりする。
エサもやるし弱ったら回復するので中々死なない。面白い。
こうして俺たちは半年間の波乱と引替えに、生活を彩るおもちゃを手に入れたのだった。
あ、ポケモンにも安心!水で擦ってすぐ落ちる仮装用ペインター
発売予定です。
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