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【第7話IF】もしも、魔女エルネスタに敗北していたら――

  「……くくっ。」

  「本当に面白いわ。」

  ゆっくりと立ち上がった魔女エルネスタは、満足そうに微笑んだ。

  「まさか私の魔法を破る者がいるなんて。」

  「でも、それもここまで。」

  杖を失ったはずのエルネスタが、静かに両手を広げる。

  祭壇全体に、漆黒の魔法陣が幾重にも展開された。

  「……なっ!?」

  リュミエが目を見開く。

  「まだ魔力が……!」

  ユリシアも息をのむ。

  セラは胸に抱えた月の結晶と火の結晶を見つめ、不安そうに呟いた。

  「そんな……。」

  エルネスタはゆっくりと笑みを深める。

  「あなたたち、本当に勝ったと思ったの?」

  「魔女を甘く見すぎよ。」

  その瞬間――

  漆黒の魔法陣から無数の黒い光が噴き上がった。

  [uploadedimage:25295515]

  「しまっ――!」

  避ける暇はない。

  黒い光は三人を包み込み、全身へ絡みついていく。

  身体が熱い。

  骨が軋む。

  力が抜ける。

  「いやあああっ!」

  ユリシアが叫ぶ。

  リュミエも剣を握ろうとするが、指先が思うように動かない。

  腕が縮む。

  脚も細くなっていく。

  身体全体が急速に小さくなり始めた。

  [uploadedimage:25295518]

  「な、何を……!」

  セラも必死に魔法を唱えようとする。

  しかし、声は途中で途切れた。

  白い光が三人を包む。

  耳が長く伸びる。

  全身が柔らかな毛に覆われていく。

  尻尾が生え、視界が急激に低くなった。

  数秒後。

  祭壇の床に残っていたのは、人間ではなかった。

  一匹の橙(だいだい)色の子猫。

  一匹の薄黄(うすき)色の子猫。

  そして、一匹の白猫。

  [uploadedimage:25295552]

  「にゃっ!?」

  (体が……!)

  リュミエは驚いて自分の前足を見つめる。

  肉球。

  小さな爪。

  剣を握ることなどできない。

  「みゃあ!?」

  (うそ……私まで!?)

  ユリシアも必死に立ち上がろうとする。

  しかし四本足の身体は思うように動かせない。

  「みぃ……。」

  (そんな……。)

  白猫になったセラは、小さく震えながら二人を見つめていた。

  ---

  エルネスタは満足そうに笑った。

  「これでようやく静かになったわ。」

  三匹の子猫は震えながら身を寄せ合う。

  その中からエルネスタは、リュミエとユリシアをひょいと抱き上げた。

  「にゃっ!」

  (離して!)

  「みゃあっ!」

  (嫌っ!)

  必死にもがく。

  しかし、小さな身体では逃れることはできない。

  魔女は指先を軽く鳴らした。

  淡い紫色の魔法陣が二つ現れる。

  その中から姿を現したのは、小さな金属製の檻だった。

  細い銀色の格子。

  中には柔らかな布が敷かれている。

  だが、逃げ出せる隙間はどこにもない。

  「今日から、あなたたちのお部屋よ。」

  そう言うと、エルネスタはリュミエを一つ目の檻へ、ユリシアをもう一つの檻へと入れた。

  「にゃっ! にゃあっ!」

  (こんなの嫌だ! 出して!)

  リュミエは格子へ飛びつく。

  前足で何度も叩くが、檻はびくともしない。

  「みゃあ……みゃっ!」

  (お願い……ここから出して!)

  ユリシアも必死に押し開けようとする。

  しかし、小さな肉球では鍵を外すことすらできなかった。

  少し離れた場所では、白い子猫となったセラが不安そうに二匹を見つめている。

  「みぃ……。」

  (リュミエさん……ユリシアさん……。)

  エルネスタはセラへ一瞥を向けると、小さく鼻で笑った。

  「あなたは放っておいても構わないわ。」

  「魔力も力もない子猫一匹じゃ、何もできないもの。」

  そう言うと、両手に二つの檻を提げたまま、紫色の魔法陣を展開する。

  眩い光が祭壇を包み込み――

  次の瞬間。

  エルネスタと、檻に閉じ込められたリュミエとユリシアの姿は跡形もなく消え去った。

  祭壇には静寂だけが残る。

  白い子猫となったセラは、二人が消えた場所を見つめ続けていた。

  「みゃぅ……。」

  (そんな……。)

  小さな前足を一歩踏み出す。

  しかし、その先にはもう誰もいない。

  広い地下祭壇に響くのは、自分の鳴き声だけだった。

  「みぃ……。」

  (ごめんなさい……。)

  その声に応える者は、誰もいない。

  ――白い子猫は、静かな地下祭壇に一匹だけ取り残された。

  エルネスタが転移した先は、ベスティア城――玉座の間だった。

  王も、大臣も、兵士たちも。

  すでに魔女の支配下に置かれたまま、誰一人として口を開かない。

  その視線だけが、一斉にエルネスタへ向けられる。

  「お帰りなさいませ。」

  誰かが静かに頭を下げた。

  エルネスタは満足そうに頷く。

  「ええ。ただいま。」

  そして両手に提げた二つの檻を、玉座の前へ並べた。

  中では二匹の子猫が格子へ飛びついている。

  「にゃあっ!」(出して!)

  「みゃあっ!」(お願い!)

  必死の叫び。

  しかし周囲にいる誰にも、その言葉は届かない。

  聞こえるのは、ただ可愛らしい猫の鳴き声だけだった。

  「さて。」

  エルネスタは両手をゆっくり掲げる。

  祭壇から持ち帰った月の結晶と火の結晶が宙へ浮かび、淡い光を放つ。

  二つの結晶が共鳴すると、金色の粒子が集まり始めた。

  光はゆっくりと形を変え、一枚、また一枚と金属製のプレートを生み出していく。

  鏡のように磨かれた銀色の板。

  その表面へ、文字と肖像画が自然に刻まれていく。

  一枚目。

  人間だった頃のリュミエの顔。

  その下には、美しい文字。

  リュミエ

  [uploadedimage:25295555]

  二枚目。

  優しく微笑むユリシアの肖像。

  その下には、

  ユリシア

  [uploadedimage:25295557]

  二枚のプレートは完成すると、ゆっくりとそれぞれの檻へ近づいた。

  カチリ。

  小さな音を立てて、正面へ取り付けられる。

  「にゃ!?」(それ……!)

  リュミエは目を見開いた。

  「みゃっ!?」(私たちの名前……!)

  ユリシアも信じられないという表情で見つめる。

  エルネスタは楽しそうに笑う。

  「誰が入っているのか、一目で分からないと困るでしょう?」

  「あなたたちは今日から、私の大切なコレクション。」

  「可愛い見世物として飾ってあげる。」

  [uploadedimage:25295558]

  「にゃああっ!!」(違う!)

  リュミエは勢いよく格子へ飛びつく。

  ガシャン。

  ガシャン。

  小さな身体では檻はびくともしない。

  「みゃあぁ……!」(やめて……。)

  ユリシアは檻の隅で身体を丸め、小さく震えていた。

  エルネスタは二つの檻を満足そうに眺める。

  「名前も姿も分かる。」

  「これなら誰が見ても楽しめるわ。」

  玉座の間へ集まった兵士たちも静かに近寄ってくる。

  「可愛らしい猫ですね。」

  「本当にあの勇者たちなのですか?」

  「ええ。」

  エルネスタは微笑んだ。

  「間違いなく本人たちよ。」

  兵士の一人が檻を覗き込む。

  「にゃ。」(見るな……。)

  リュミエは小さく威嚇する。

  しかし兵士は笑うだけだった。

  「怒っているようですね。」

  「ふふ。」

  エルネスタは満足そうに目を細める。

  「ちゃんと感情は残してあるもの。」

  「だからこそ、反応が面白いのよ。」

  その言葉に、二匹は悔しそうに俯いた。

  もう剣も握れない。

  魔法も使えない。

  助けを呼ぶことすらできない。

  人間の言葉は、もう誰にも届かない。

  「にゃ……。」(リュミエ……。)

  「にゃあ。」(大丈夫……諦めるな。)

  互いを励ますように鳴き合う。

  だが、その鳴き声も周囲には愛らしい猫の声としてしか聞こえなかった。

  エルネスタは二つの檻を玉座の左右へ丁寧に飾る。

  まるで高価な装飾品でも扱うかのように。

  「これで完成。」

  「ベスティアを救おうとした勇者たちの末路。」

  「永遠に、この城で飾られてもらうわ。」

  玉座の間に、静かな笑い声が響く。

  「くくっ……。」

  「本当に、最高の結末ね。」

  エルネスタは玉座の前へ歩み出る。

  左右には、檻へ閉じ込められた二匹の子猫。

  リュミエとユリシアだった存在。

  必死の叫びも、城中には愛らしい猫の鳴き声としてしか響かない。

  エルネスタは月の結晶と火の結晶を掲げた。

  二つの結晶が共鳴し、玉座の間いっぱいに巨大な魔法陣が展開される。

  紫色の光が天井まで駆け上がり、ベスティア全土へ広がっていく。

  「最後の仕上げよ。」

  「これで、この国は完成する。」

  光は城を飛び越え、

  町へ。

  広場へ。

  民家へ。

  森へ。

  王国全土へ降り注いだ。

  その瞬間――

  町で暮らす人々の身体が、一斉に淡く輝き始める。

  犬になっていた青年。

  猫になっていた少女。

  鳥となっていた兵士。

  馬となっていた騎士。

  そして、逆に人間の姿になっていた犬や猫たち。

  全員の身体から淡い光が立ち上った。

  「……?」

  誰もが異変を感じる。

  しかし、それは痛みではなかった。

  胸の奥へ何かが沈み込んでいくような、不思議な感覚。

  やがて光は静かに消える。

  その瞬間。

  人と動物の魂は、それぞれ現在の身体へ完全に固定された。

  もう、入れ替わりではない。

  魂も。

  肉体も。

  完全に同じ存在となった。

  人間だった記憶だけを持つ猫。

  犬。

  鳥。

  馬。

  彼らは人間だった頃の記憶を失ってはいない。

  家族も覚えている。

  名前も覚えている。

  人生も覚えている。

  だが――

  その身体は、もう二度と人間へ戻ることはない。

  城の兵士たちも同じだった。

  見た目は完全な人間。

  しかし、その身体へ宿るのは、かつて城で飼われていた犬や猫、鳥たちの魂。

  人間としての生活。

  知識。

  記憶。

  言葉。

  そのすべてが身体へ同期されている。

  誰一人として、自分が動物だったことに違和感を抱かない。

  まるで最初からそう生きてきたかのように。

  王も静かに頭を下げた。

  「これで……ベスティアは永遠に平和です。」

  「ええ。」

  エルネスタは満足そうに微笑む。

  「もう誰も、この世界を書き換えることはできない。」

  その言葉を聞いた檻の中のリュミエは、目を見開いた。

  「にゃあっ!?」(そんな……!)

  ユリシアも震える。

  「みゃあ……。」(みんな……戻れないの……?)

  エルネスタは二匹へ視線を向ける。

  「安心なさい。」

  「あなたたちだけは特別。」

  「私の大切なコレクションとして、ずっとここに置いてあげる。」

  魔女は優雅に玉座へ腰を下ろした。

  檻の中では、

  橙(だいだい)色の子猫のリュミエと、

  薄黄(うすき)色の子猫のユリシアが、

  涙を浮かべながら寄り添っていた。

  二匹の前足が、そっと触れ合う。

  もう、人間の手を重ねることはできない。

  それでも、お互いだけは失いたくなかった。

  その光景を見下ろしながら、エルネスタは静かに笑う。

  「これが――私の理想の世界。」

  玉座の間には、

  魔女の笑い声だけが、いつまでも響き続けていた。

  エルネスタは、檻の中の二匹を見下ろしながら静かに微笑んだ。

  「そうそう。」

  「ひとつ、言い忘れていたわ。」

  リュミエは顔を上げる。

  「にゃ……?」(何……?)

  エルネスタは愉快そうに口元を吊り上げた。

  「あなたたち。」

  「現実世界でも、もう猫になっているわ。」

  一瞬、時間が止まる。

  「にゃっ!?」(えっ!?)

  「みゃあっ!?」(そんな……!)

  二匹は檻の中で激しく暴れた。

  エルネスタは肩をすくめる。

  「ログアウトしても無駄。」

  「現実も、こちらへ書き換えたもの。」

  「ゲームと現実の区別なんて、もうないのよ。」

  その言葉は、絶望そのものだった。

  リュミエは必死にシステムウィンドウを開く。

  震える前足を伸ばす。

  ログアウト。

  その項目だけは、まだ残っていた。

  「にゃ……。」(お願い……。)

  決定。

  世界が白く染まる。

  次に意識が戻った時。

  陸は、自室のベッドの上にいた。

  (戻れた……。)

  そう思った瞬間だった。

  視界が低い。

  布団の感触が違う。

  腕を動かそうとしても、

  目の前にあったのは、小さな前足。

  柔らかな肉球。

  橙(だいだい)色の毛並み。

  「にゃ……。」

  思わず漏れた声も、人間のものではない。

  慌てて飛び起きようとする。

  身体は軽く跳ねるだけだった。

  鏡の前へ駆け寄る。

  そこに映っていたのは――

  [uploadedimage:25295566]

  リュミエの面影を残した、一匹の橙(だいだい)色の子猫。

  「にゃああっ!」(戻ってない!?)

  その時。

  部屋のドアが静かに開いた。

  「リュミエ?」

  優しい女性の声。

  神谷理江だった。

  彼女は穏やかに微笑みながら部屋へ入ってくる。

  「おはよう。」

  「今日も元気ね。」

  陸は必死に首を振る。

  違う。

  自分は陸だ。

  猫じゃない。

  そう伝えたいのに。

  「にゃっ!」

  口から出るのは、猫の鳴き声だけ。

  理江は笑顔のまましゃがみ込み、小さな身体を優しく抱き上げた。

  「リュミエ。」

  「朝ご飯にしましょう。」

  その名前を聞いた瞬間だった。

  胸の奥が、不思議に温かくなる。

  リュミエ。

  その響きが、とても懐かしい。

  (違う……。)

  (俺は……。)

  (神谷……。)

  思い出そうとする。

  名前が、ぼやける。

  神谷……

  誰だった?

  頭の奥が、白く霞んでいく。

  代わりに別の記憶が、自然と溢れ始めた。

  暖かな毛布。

  小さな箱。

  理江の優しい手。

  初めて抱き上げてもらった日の温もり。

  毎日撫でてもらった記憶。

  膝の上で眠った午後。

  (あれ……。)

  (これは……。)

  (俺の思い出……。)

  違う。

  そんなはずはない。

  自分は高校生で――

  いや。

  違う。

  僕は猫。

  生まれた時から、猫だった。

  名前は――

  リュミエ。

  飼い主は――

  神谷理江。

  それが当たり前。

  それ以外の人生なんて、最初から存在しない。

  理江は優しく頭を撫でる。

  「いい子ね、リュミエ。」

  その声が心地よく胸へ染み込んでいく。

  「にゃあ。」

  自然と甘えるような鳴き声が漏れた。

  もう抵抗する理由も分からない。

  理江の腕の中は、とても安心できる場所だった。

  窓の外では、朝日が静かに差し込んでいる。

  その温もりの中で、

  一人の少年だった記憶は、

  静かに、

  完全に消えていった。

  [uploadedimage:25295602]

  ――BAD END 「神谷陸は最初から存在しなかった」

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