2023年1月某日…
「…ふむ、飽きたな。」
十二支の面々を招いて三日間に渡って催された新年の宴会が終わり静けさの戻った天の神殿で、振る舞い餅の残りを火鉢で焼き直しながら神様は突然ポツリと呟かれました。神様を除いてただ一人神殿に残り側に侍っていた白い兎の若者の耳がぴくりと動きます。彼はまだ若い身でありながら今年の干支である兎族の代表として神様にお仕えし、ご神託を地上の動物たちに届けるという大役を仰せつかっておりました。
「餅には飽きられましたか?雑煮か汁粉でもお作りしましょうか?」
「いや、そうではない。」
「…では、何でございましょう。」
宴会の片付けを終えてようやく一息ついていた兎でしたが、何やら良くない予感を覚え姿勢を正して神様の前に向き直ります。
古今、神が何かに「飽きた」という時は決まって地上の全てを巻き込む大きな変革と混乱の前触れです。危機察知能力は十二支イチを自負する兎は、また何か気まぐれに面倒ごとをお言いつけになるのではないかと密かに身構えながら恐る恐る聞き返します。そんな兎の心の内を知ってか知らずか、神様は火鉢越しに少し身を乗り出し、白い顎髭いじりながら少し楽しそうに兎に話しかけます。
「私はおまえたち兎を含めた十二の動物を"十二支"と定めたろう?」
「ええ、全ての動物で駆けっこして上から十二番までを干支に決めたと、先祖代々伝え聞いております。」
「うむ、そうして一年ごと交代で干支を動物たちの大将としてきたのだ。かれこれ一万年ほどそうしてやってきたが、そろそろこの面子にも飽きてきたと思ってな…」
兎はこの時点で予想よりずっと厄介なことになりそうだという予感を鋭い耳にビンビン感じていました。しかし、(飽きたって何だよ…)と心の中で思ってもけして口に出すことはできません。
「…左様でございますか。」
「うむ、それにいつまでも既得権益に胡座をかいて同じ者たちが居座り続けては他の者が不満だろう。そこでな、新たに十二の動物を選び直し"新十二支"としてその座に据えようと思うのだ。どうだ、良い考えだろう。」
「はい、大変素晴らしいお考えにございます。」
「おお、兎もそう思うか。」
不満があろうがどうせ神様のお決めになることに口を挟むことはできないので兎はしかたなく賛同します。しかしいくら気まぐれとは言え、兎にとっては十二支の座がかかった重大な決定です。兎はゴクリと唾を飲み込みながらも冷静であるよう努めます。
「(落ち着け、大丈夫、駆けっこなら僕たち兎の得意分野だ。)…では一万年前のように地上の神殿まで競走するよう手配いたしましょう。」
「いや、今回はやり方を変える。」
「…え?」
「この前の駆けっこで決めるやり方、実は動物たちからのクレームが多かったのだ。夜のうちに出発した者が有利だとか、飛んでいる者が有利だとか、競争相手に間違った開催日を伝えたり他人の背に乗るのは不正でないのか…とかな。」
「(ああもう、何も考えず適当にやるから…)では、ルールを整備しては?」
「うーむ、でもなぁ…正直面倒臭いっつうか正月で駅伝はもう見飽きたっつうか……ゴホン、いや、生きとし生けるものの長たる器、必ずしも足の速さだけで測れるものではないからな。」
「左様ですか…ではどのように?」
「そうだな、やはりエンタメ性が欲しい。思わず手に汗握るようなスリリングな展開を見てみたい。」
「スリリングって…あの、暴力だけはやめてくださいね。」
「心配するな、血の汚れは神聖な場にふさわしくない。しかし、ふーむ、どうしたものか…」
考え込んでいるうちに火鉢で焼いていた餅がぷくっと膨れてきたので、神様は熱々のうちにきな粉をまぶしてお召し上がりになりました。
「うん、うまい。やはり餅は焼きたてに限る。…おおそうだ閃いた、餅だ。餅の大食いで十二支を決めることにしよう。」
「え…?ええええええ!!」
またそんなテキトーな…と兎は喉元まで出かかった言葉を飲み込んで慎重に次の言葉を選びます。
「お言葉ですが…動物の大将が単なる大喰らいというのはいかがなものでしょう。それに、その決め方では体の小さな動物が不利になりましょう。(特に兎が。)」
「おまえの言うことも一理あるがな。よいか、私は地上に多種多様な生き物を作ってきた。走るのが速い奴、雲より高く飛べる奴、多くの子を産む奴というようにそれぞれに得意なことを与えてな。そんな中で全ての生き物にとって真に公平な勝負などあり得ないではないか。」
「う…確かに仰るとおりです。」
「いろんな奴を作ってきたが、どんな奴にも"食って""数を増やす"という力は授けた。生き物の最も基本的な力だ。まさにそれを試そうというのだから限りなく公平に近いではないか。」
「恐れながら"数を増やす"力を試す方が参加者としては楽しいかと…」
「馬鹿者、神聖な神殿を何と心得る。」
「も、申し訳ございません。」
急に怒り出す神様に兎は平に謝ります。こうなってはこれ以上楯突くことはできません。
「では兎よ、早速動物たちに触れて回りなさい。時は今年の大晦日、場所は地上の神殿だ。」
「はは、そのお役目承りました。」
兎は天の神殿を後にすると雲に乗って地上に降りて棲家に帰りました。一日中には地上の全ての動物に神様の言葉を伝えなければならないので兎は大忙しです。夜なべしてパワポでチラシを作ると、夜が明ける前に雲に乗って動物達を訪ねて回ります。
兎が作った「新十二支争奪!餅食い大会」という自治会のイベントみたいなだっせぇフォントのチラシが、動物たちが受け取った瞬間にまばゆい金色のオーラを放ちます。卯年に限っては兎の言葉は神の言葉であり、彼が神託を込めればただのコピー用紙にさえ神性が宿るのです。同僚の十二支である大きな虎でさえこの時ばかりは平伏して恭しくそれを拝領します。
(はぁ、やっぱ気持ちいいよなぁ…虎さんも熊さんも狼さんも、みんなが僕にお辞儀して。十二支やってて一番良かったって思える瞬間だよ。)
兎はにやけ顔を抑えて小さな体に精一杯の威厳を込め「神様のお告げです。謹んで受けなさい。」と言って次々チラシを配っていきました。
そうして兎の作ったチラシの束も残り一枚となり、兎は高く険しい岩山を訪れていました。空飛ぶ雲の乗り物がなければ辿り着くことも難しい大きな洞窟の前で兎は深呼吸します。
「はぁ、最後は竜さんか…苦手なんだよなあ。だいたいなんで僕ばっかり虎さんと竜さんに挟まれてるんだ?二人とも引き継ぎの時とかいちいち怖いんだよ…」
いつものようにお決まりの文句を一通りぼやくと、兎は意を決してゴウゴウと風の流れる洞窟に入って行きました。
「こ、こんにちは…竜さんご在宅でしょうか…」
返事はありませんが代わりに一層凄まじい風が洞窟から吹いてきます。兎が仕方なく洞窟の奥へと進んでいくと、風はだんだん強さを増していきます。兎は吹き飛ばされないよう壁を伝って少しずつ足を進めます。
やがてたどり着いた洞窟の最深部では竜が山のように大きなとぐろを巻いて眠っていました。竜が寝息を立てるたびに洞窟の中では激しい風の流れが生まれます。
「起きてください竜さん!神様のお告げですよ!!」
兎は必死に叫びましたがゴゴゴゴという鼻息にかき消されて竜は目を覚ましません。
「こうなったら…」
兎は竜の体をぴょんぴょんよじ登ると竜の髭を思い切り引っ張りました。
「おーーきーーーろーーー!!」
竜の長い髭がピンと張ったとき、竜のいびきが一瞬止まりました。
「は…は…」
竜の体が少しのけ反り、にわかに大きな口が開かれます。
「え、嘘でしょ、ちょ、ちょっと待って!」
「ばっっくしゅーーーーーん!!」
「うわああああああああ!!!」
竜のくしゃみによって兎は一気に洞窟の入り口にまで吹き飛ばされます。
「いたたた…うわ、体中鼻水まみれ…うう、何で僕がこんな目に遭わないといけないんだよ。もう知らないよ、玄関にチラシ置いときますからね!」
兎は怒ってチラシを洞窟の入り口に置いてさっさと引き上げてしまいました。
***
兎の知らせを受けた動物たちの反応はまさに喜悲こもごもでありました。ある者にとっては成り上がる絶好の機会、ある者にとっては今の地位から引き摺り下ろされる危機なのです。
特に体が大きく大喰らいを自負する獣達…熊や鯨や象などはもう勝った気でいるのかそのまま宴会に突入し、「神最高!神最高!」という歓喜の雄叫びとドンチャン騒ぎが三日三晩続きました。
一方、現職の筆頭であるネズミ達はこの世の終わりとばかりに慌てふためきました。何とか少しでも体の大きい動物をネズミという括りにできないか画策し、カピバラに同盟を持ち掛けましたが組むメリットがないと断られ、世の無常を儚んで崖から身を投げる者が続出しました。
もともとライバル意識の強かった虎とライオンは一触即発のムードが日に日に高まり…
「俺、昨日餅100個食ったぜ。」
「ハッ、そんなもんかよ、俺は120個だ。」
「グヌヌ…じゃあ俺は今日130個食ってやる!」
という具合にお互いを見かけるたびに餅食いマウント合戦を繰り広げ、二人ともいつに間にか食欲も腹回りもブクリブクリと肥大化していきました。
しかし太り初めていたのは何も虎とライオンだけではありません。みんな餅食いの練習をしているうちにどんどん太って体付きが丸っこくなっていきました。
…さて、神様のお告げを動物たちに伝えた兎の若者はというと、隠れ里に住む兎一族の長のお屋敷に呼び出されていました。
「お呼びでございますか族長。」
「うむ、他でもない新十二支選抜のことだ。今回の件、おまえはどう考える?」
「あの…こう言ってはなんですが我々兎は十二支の中ではネズミさんに次いで体の小さな弱小種族…勝てる見込みないですし、いっそ諦めて不参加というわけには…」
「ば、馬鹿者!ご先祖様が勝ち取った十二支の座をなんと心得る!そう簡単に諦めることは許されんぞ。」
「しかし、このまま無策で選抜に臨んではみすみす負けに行くようなものでしょう。」
「ふむ、まあそうだろうな。…ところで次郎や、お月様には何が住んでいると思う?」
「へ、月…ですか?あんな所に生き物なんていやしないと思いますが。」
「大馬鹿者!月には兎さんがいて餅をついておるのじゃ!最近の若いのはそんなことも分からんとは嘆かわしい…」
「はぁ…それがどうかしたんですか?」
「まだ分からんのか?我ら兎は先祖代々餅の専門家、誰よりも餅を愛し餅に愛される我ら、餅にかけては誰にも負けはせん。今回の選抜のテーマ、正しく我ら兎に十二支を続投せよとの神様からの思し召しであると儂は受け取った。」
「(いや、神様がたまたま餅食べながら思い付いただけなんだけど…)しかし、どれだけ餅を知り尽くしていたとしてもそれだけで大型獣には太刀打ちできないでしょう。」
「案ずるな、策は授ける。…例の物を。」
族長がポンポン手を叩いて合図をすると、兎の若者…次郎の前に盆が運ばれてきました。盆の上には一見普通の丸餅が一つ載っています。
「これは我ら兎一族の秘伝、モチモチ餅じゃ。」
「モチモチ餅?」
「左様、これを食せば体が餅のように柔らかくなり、腹の皮や胃袋も伸びて本来以上の大食いが可能となるのだ。」
「何ですかそれ、初めて聞きましたよ。」
「一族でも限られた者だけが知る秘中の秘だからな。…次郎よ、モチモチ餅を用いた修行は過酷を極めるだろう、だが一族の名誉のためやってくれるな。」
「えぇ…どうして僕なんですか?大食いだったらお相撲さんとかの方が適任でしょう。」
「次郎よ、なぜ若輩のおまえを神様にお仕えさせておるか分かるか。儂はおまえに期待しておる。一族の未来と娘の"お雪"を託せるのはおまえしかいないと確信しているのだ。」
その名前に反応して次郎の長い耳がピンと立ちました。
「え、お、お雪さん?」
「うむ、おまえが見事十二支の座を守り抜いたあかつきにはお雪を嫁にやろう。」
「やります!必ずや十二支の座と一族の栄光を守ってみせます!」
次郎は打って変わって力強く答えました。性欲に素直な若い兎のオスなんてだいたいこんなものです。美女のためならたとえ火の中水の中、どんな試練が待ち構えていようとホイホイ了承しちゃうのです。
「よく申した!そうと決まれば悠長にしている時間はないぞ。早速修行プログラムを開始する。」
族長の合図で部屋には大量のモチモチ餅が運びこまれ、餅の山が築き上げられました。
「これを…ただ食べるだけですか?」
「そうだ、手始めに10個食べてみなさい。」
次郎は目の前の餅の山から一つ取り、パクリとかぶりついてみました。
「モグモグ…普通の餅より柔らかくてモチモチ感が強いな…でも美味い。これなら10個くらい何とか食べられそうだぞ。」
次郎は最初こそ順調に餅を食べ進めていきましたが、5個目を食べ終えたところで手が止まります。
「どうした次郎?」
「…もうお腹いっぱいです…餅って見た目以上に腹に溜まるんですね。ゲプ…」
次郎は苦しそうにお腹を抑えながらその場に倒れ込んでしまいました。族長はその様子を見てはぁと深くため息を漏らしました。
「やれやれ先が思いやられる…仕方ない、お雪、来なさい。」
「はい、お父様。」
族長に呼ばれて部屋に入ってきたのは輝くような白銀の毛並みを着物に包んだ見目麗しい若い雌兎でした。次郎はその美しさにはっと息を飲み、一瞬お腹の苦しさも忘れてしまいます。
「お、お雪さん?」
「次郎さん、私も陰ながら応援させていただきます。さあ、お腹を見せてください。」
お雪は動揺する次郎のお腹に手を当てると優しく撫で始めます。
「あ、ああ、気持ちいい…」
「うふふ、私これでも本職のマッサージ師なんですよ。」
お雪は餅を捏ねるようなリズミカルさと絶妙の力加減で次郎の膨れお腹を撫でさすります。すると、お腹の中からポカポカと温かくなり、お腹の皮がぐぐっと伸びる感覚とともしだいに満腹感が引いていきます。
「すごい…あんなに苦しかったのが嘘みたいだ。」
勢いを取り戻した次郎は再び餅を手に取りバクバクと食べ始めます。苦しくなってくるたびにお雪がお腹を撫でてくれるとそのたびにぐぐっとお腹が広がっていきます。
「ふぅふぅ…もうだめ、本当にお腹が破裂しちゃう。げえええええっぷ!」
次郎は今度こそ本当に限界を迎え天井を仰いでその場にドサっと倒れました。気がつけば目標の倍の20個の餅を収めていたお腹はまん丸に膨れ、下を向けば山のようにつま先を隠していました。
「う、嘘だろ、これ僕のお腹なの?」
次郎は戸惑いながら自分お腹を触ってみると、胃袋がパンパンに膨れている感覚はあるものの、お腹の皮がまるでつきたての餅のようにブニョンと伸びました。
「ふむ…初日にしては上出来だろう。明日よりノルマを少しずつ増やしていくから覚悟しておきなさい。」
「次郎さん、頑張ってくださいね。」
次郎はお雪の手助けで何とか立ち上がると、大きなゲップを繰り返しながら自分の棲家へ帰っていきました。
…翌日から次郎の餅食い修行が本格的に始まりました。そうは言ってもやることは限界までお腹に餅を詰め込むだけですが…
お腹がはち切れそうになるまで餅を詰め込むのはまさに苦行なのですが、その苦しさを超えた先には憧れのお雪の心づくしのマッサージとお腹が伸びて広がる心地よさがありました。ムニムニと揉み解されながら体が柔らかく餅状になっていく独特の感覚に次郎はしだいに虜になっていきます。
「次郎さん、そのまま食べるだけでは飽きてしまうでしょうから、お雑煮を作ってみました。」
餅が30個も浮かんだ特製の巨大雑煮をお雪は手ずからフーフーと冷まして次郎の口に運んでいきます。辛い大食いの中でお雪の笑顔が次郎の癒しでした。
お雪の気持ちに応えるためにも次郎は精一杯努力し、族長が決めるノルマをこなしていきました。次郎の胃袋はモチモチ餅の効果によって日に日に伸び広がっていき、最初は20個で限界を迎えていたお腹は30個、40個、50個…と次々限界を突破しその容量を増していきました。
そして、毎日のように高カロリーの餅を食べ続ける次郎の体には当然、凄まじい勢いで脂肪が蓄積されていきます。元々小柄で痩せていた次郎はみるみるうちに肉付いて、すっかり肥満体型になってしまいました。
「お雪さん、僕こんなに太ってしまったけど、一緒に居て嫌じゃないかい?」
次郎は太っても変わらず優しくお腹を揉み解してくれるお雪に、少し恥ずかしそうに尋ねました。お雪は口元を抑えおかしそうにクスクス笑いました。
「何を仰いますか、一族のため身を粉にするあなたを嫌だなんて思ったことはただの一度もありません。それにこのお腹、大きくてモチモチで触り心地がよくて…とてもマッサージのしがいがありますよ。」
お雪は雌の細腕からは信じられない力で肉の分厚くなった次郎のお腹を刺激します。ブニュブニュ…グニュグニュ…お雪の指が砂に沈むように何の抵抗もなく次郎のお腹の脂肪に飲み込まれていきます。
モチモチ餅の効果なのか、お腹に抱えた肉量が増えれば増えるほど肉を揉み込まれる快感がどんどん強くなっていくことに次郎は気づいていました。感極まったお雪の愛撫はペッタンペッタンと職人の餅つきのように激しくなり、次郎はたまらず喘いでしまいます。
「あ、あふぅ…お、お雪さん、僕、必ず勝ってみせます。勝ってあなたと夫婦(めおと)になります。」
「まぁ嬉しい…信じていますよ、次郎さん。」
一つの目標に向かって協力するうち、若い二人の間にはいつしか愛が芽生え始めていました。
…次郎が修行を始めて半年が経ちました。
次郎の体は痩せっぽちだった頃とは似ても似つかない超肥満兎と化していました。運動もろくにせずつき放題のお腹の肉はデロンと垂れ下がり、触れば餅のように柔らかくグニャリと伸びます。胸もお尻も肉で膨らんで次郎が歩くたびにブルンブルンと盛大に揺れます。
しかしそれはあくまで副作用…鍛えに鍛えた大きな胃袋には餅500個を収めることができるようになり、風呂桶サイズの大鍋で作った雑煮も一人で平らげてしまいます。修行のあとの次郎のお腹は元の数倍にも膨れ上がり、巨大な腹から短い手足が生えているような格好になってしまいます。族長はそんな次郎の姿を見て満足そうに目を細めました。
「見事だ次郎よ、よくぞ厳しい修行に耐え半年でここまで腹を鍛えあげた。」
「ふぅふぅ、あ、ありがとうございます…でももう立ってるのも辛い…選抜が終わったら、ダイエットしなきゃ…」
「では、修行を次の段階に進める。着いてきなさい。」
「え…?次って…?」
訳も分からないまま屋敷を出て族長の後を着いていくと、兎相撲の名門部屋に辿り着きます。土俵には回しをしめた長身巨躯の力士兎が腕を組んで構えていました。
「あれは…兎相撲の大横綱、長跳麿(ながとびまろ)関じゃないですか。」
「うむ、次郎、おまえにはこれから朝夕の餅食いノルマに加えて、あの長跳麿とぶつかり稽古をしてもらう。」
「えええええええ!!無理無理無理無理、絶対無理いいいいいいいいいい!!なんで相撲なんですか?大食いと関係ないじゃないですか。」
「よいか次郎よ、体格、筋力で勝る大型肉食獣たち相手にここ一番というところで押し負けぬためにはただ胃袋がでかいだけでは駄目だ。精神力、消化機能、心肺機能、スタミナ、そして筋力が必須であり、それらを総合的に引き出すには相撲の稽古が最適なのだ。」
「僕相撲なんて一度もやったことないんですよ、選抜の前に怪我しちゃいますよ!!」
「案ずるな、おまえの体はモチモチ餅の力で極度の柔軟性を身につけておる。大怪我はしないじゃろ、たぶん。」
「たぶんって…そんな適当な。」
次郎がぶつくさ文句を言っていると、ちょうど相撲部屋の玄関の戸が開きました。
「あ、お雪さん…」
「次郎さん、今度はお相撲の稽古を始めるそうですね。」
「え、あの、ええと…」
「頑張ってくださいね。私も応援します。」
「あ、はい…」
お雪の笑顔に背中を押され次郎は観念しました。相撲部屋の付き人に回しを締めてもらうと丸々と太った体のおかげで見た目だけはだいぶ相撲取りっぽくなります。
「次郎さん、よくお似合いですよ。」
次郎は照れ笑いしながらえっちらおっちら土俵の円の中に入っていきました。間近で見る長跳麿は次郎より遥かに上背がありまるで熊のようです。餅の食べ過ぎでブヨブヨ太っただけの次郎とは違い、分厚い脂肪の奥に強靭な筋肉があることが見て、取れその堂々たる姿に次郎は思わず身震いしてしまいました。
「あ、あの…お手柔らかにお願いします…」
「次郎と言ったな、族長から話は聞いた。俺たち兎の名誉のため立ち上がったその根性、この長跳麿、兎相撲第千代横綱として感服した。俺も喜んで一助となろう。さあ、俺は一歩も動かないから、ドーンとぶつかってこい。」
長跳麿は大きく突き出した自らのお腹をバンと叩いて次郎を挑発します。次郎はもう破れかぶれになり、全身の贅肉を揺らしながら体当たりを仕掛けました。ところが、次郎の巨体がぶつかっても長跳麿の体はまるで根を張ったようにびくともしません。次郎は回しを取られて、ものすごい力でぶん投げられてしまいました。
「うわあああああああ!」
ボヨンボヨンボヨン…次郎の体はまるでゴム毬のように跳ねて土俵の外まで飛んでいきました。
「うう…あ、あれ?あんなに地面に体を打ちつけたのに全然痛くない?」
次郎は試しに自分のお腹を強めに殴りつけてみました。すると肉の上をタプンと波が広がるように衝撃が広がっていき全く痛みを感じません。族長の言ったとおりモチモチ餅によって作り上げられた次郎の体の肉は驚異的な柔軟性で衝撃を吸収しダメージを大幅に軽減していたのです。
「すごい、これならいくら投げ飛ばされても平気だ。」
「さあもう一度だ!かかってこい!」
怪我や痛みへの恐怖がなくなった次郎は再び土俵に入っていき、さっきよりも思い切ってぶつかっていきました。もちろん力が強くなったわけではないので同じようにまた投げ飛ばされてしまいます。
ぶつかって投げ飛ばされて立ち上がってまたぶつかっていく…そんなことを繰り返して次郎は立ち上がることもできないくらいへとへとに疲れてバタっと倒れてしまいました。
「ハァハァ…もうだめ、動けない…」
そんな次郎のもとに香ばしい香りが漂ってきます。ヒクヒクと鼻が動き、大きなお腹がぐうううううと盛大に鳴ります。
「次郎さん、稽古お疲れ様です。お餅焼いたので召し上がってください。」
体を起こしてみれば、お雪が大皿に盛った餅山を抱えてにっこり微笑んでいました。次郎は疲れも忘れてお雪に元に駆け寄ります。口の中には涎が溢れてきてもう我慢ができません。
「ゴクン…い、いただきます。」
次郎は猛烈な勢いで餅をかき込んでいきます。
「うまい、うまい…ああ、こんなに美味い餅を食べたのは初めてだ。」
「うふふ、運動のあとのお食事は格別でしょう。おかわりもありますからどんどん食べてください。」
次郎は感動して目に涙を浮かべています。餅の山はみるみる減っていき、あっという間に次郎の腹に全て収まってしまいました。「すぐにおかわりお持ちしますね」とお雪は台所に向かっていきました。
茶を飲んで一息ついた次郎の背中が勢いよくバンと叩かれました。
「さすがの食いっぷりだな次郎。頼もしいぞ。」
「ああ、長跳麿さん。よかったらあなたもいっしょに食べませんか?」
「せっかくだが、俺は遠慮させてもらう。モチモチ餅は兎力士にとって御法度だからな。」
「そうか、それで族長はお相撲さんを代表にしなかったのか。」
次郎たちが話しているとお雪が台所からおかわりの餅を持って出てきました。
「長跳麿様のために普通のお餅もご用意してございます。」
「そいつはありがたい。お雪殿、ごっつぁんです。では次郎、餅食い勝負といこうか。」
「ええ、負けませんよ。」
次郎と長跳麿はそれぞれ大皿に盛られた餅の山をバクバクと食べていき何度もおかわりをしました。長跳麿はその強さだけでなく角界一の大食漢としてもその名を馳せており決して負けるつもりはありませんでしたが……
「グプっ…もう食えん、降参だ。」
長跳麿は仰向けに倒れその太鼓腹は小山のようにパンパンに膨れ上がっていました。しかし次郎はその比ではありません。餅風船と化したそのお腹は次郎本人より大きく重たくなり、仰向けになると自分のお腹に押し潰されてしまうため、腹這いになってお腹に乗っかります。
「ゲエエエエエエエエップ!!ふぅ食べた食べた、こんなにたくさん食べられたの初めてだ。」
「次郎さんお餅1,000個完食お見事です。はぁ…なんて大きなお腹…」
「ははは、こりゃ敵わん。」
お雪は次郎の巨腹を愛おしそうに撫でると、抱きつくように両腕を広げて揉み解し始めます。ブニュブニュ…お腹の肉が踊るように揺れ動き、次郎も気持ち良さに声を出して喘ぎます。
稽古の疲労と満腹感とマッサージの心地よさの中で次郎はいつの間にか眠りに落ちていました。
……翌日から次郎は相撲部屋の力士と同じ生活を始めました。朝稽古でお腹を空かせると餅を腹一杯に詰め込み、消化薬を飲んで昼寝をします。動ける程度にお腹が凹んだら長跳麿相手にぶつかり稽古を動けなくなるまで行いお腹がペコペコになったところでまた餅を詰め込みそのまま眠りにつきます。
見た目こそでっぷりあんこ型の相撲取りでも実際はただのデブ兎の次郎にとって相撲の稽古は手足が千切れるんじゃないかと思うほど過酷なものでした。それでもお雪の声に励まされれば何度投げ飛ばされても立ち上がる気力が湧き、彼女のマッサージを受けてぐっすり眠れば不思議と疲れが残りません。
そんな修行生活を1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月と過ごすうちに次郎の体に凄まじい変化が起きます。まるでつきたての餅がよく伸びるように体がぐんぐん大きく広がって背丈が伸びていき、初めは四股踏むのにも苦労するほどだった短い手足も徐々に長くなっていきました。重い体を動かし相手にぶつかっていくために、分厚い脂肪の内側に必要な全身の筋肉が満遍なく発達していき体つきがただの肥満体から相撲取りらしい逞しいものへと変わっていきました。
筋力が付いてくるとただ辛いだけだった相撲の稽古もだんだんと楽しみを見出せるようになってきました。体格が互角以上にになってくると相撲部屋の弟子を相手に相撲を取っても少しずつ勝つことができるようになり、初日に全力でぶつかってもまるでビクともしなかった長跳麿をだんだんと後退させることもできるほどに体重も力も技術も向上していきました。
ぐうううううううううううう!!
最近では次郎の腹時計の大きな音が夕刻の合図です。
体が大きくなるにつれて胃袋も巨大化し縦にも横にもさらに伸びて広がるようになり、次郎の食欲は爆発的に旺盛になっていきました。相撲部屋の弟子たち総出で餅を焼いても台所ではもう調理が間に合わなくなり、族長命令で造られた専用の餅工場から毎日大量の焼き餅が直接届けられます。
稽古の後、お腹を空かせた次郎は荷車に積まれた餅の山に頭を突っ込んで吸い込むように餅を腹の中に取り込んでいきます。口も喉も大きく伸びて広がり、餅が詰まることはありません。
「ゴクゴク…ゴクゴク…ゴクン。ガオオオオオオオオオップ、ふぅ、おいしかった。」
荷車数台分の餅の山を全て腹に収めた後の次郎の体はもはや兎の形を留めていません。天井に達するほどの巨大な餅風船から兎の頭と手が生えたような異様な姿形となり、お雪をはじめとする十数名の兎たちが協力してその腹を揉み解すのです。しかし、お腹があまりに大きすぎてもう手で揉むことはできないため、それぞれが手に杵を持ち、餅つきの要領でぺったんこぺったんこと巨腹を叩いて捏ねていくのです。
「次郎さん、お加減いかがですか。」
「あ、ああ、とても、き、気持ちいい…お雪さん…手を繋いでくれませんか。」
「ええ…」
お腹を膨らませた次郎とお雪の体はもはや象と鼠…いや、それ以上に体格差が開いていったのですがそれでも二人の心に変わりはありません。お雪は次郎の手を握り山壁のようなお腹にころんと身を寄せその温かさと柔らかさを感じます。婚前の二人には今はこれが精一杯の愛情表現でした。
次郎はお雪の手を優しく握り返し、蕩けてしまいそうなうっとりした顔を浮かべながらマッサージと消化の快感に身を委ね眠りに就きます。
ブクブク…ムクムク…次郎の体は餅と一体化するようにどこまでも大きく広がっていきました…
2023年大晦日…
日の出とともに地上の神殿に神様が降り立つと、集まった全ての生き物たちは皆深々と頭を下げました。
「皆、よく集まった。すでに伝えたとおり、本日は動物たちの大将として新たに十二の動物を選ぼうと思う。」
神様が手に持った杖を振るうと、地面が割れそこからぼこぼこと大量の丸餅が湧き出して積み上がり、やがて動物たちの前に巨大な餅の山が聳え立ちました。
「この餅を多く食った順に十二番目までを新たな十二支としよう。時間は正午までだ。…では始め。」
「「「うおおおおおおおおお!!」」」
動物たちは一斉に餅山に群がって我先にと餅を掻き込んでいきます。
優勝候補の筆頭である鯨や象は一口で数十個の餅を飲み込み周りとの一気にリードを広げていきます。熊、カバ、サイなど大型の獣がそれに続きいて凄まじい気迫で餅を飲み込みポイントを伸ばしていきました。
もちろん十二支の座を奪われたくない現十二支たちも黙ってはいません。体の大きな牛、虎、馬、猪、そして蛇の代表として南米からやってきた大蛇、鳥の代表としてアフリカからやってきたダチョウも猛然と追い上げます。羊、猿、犬も必死に食らいついていきます。ネズミは餅1個を飲み込んだところで腹が餅の形に膨れて動けなくなってしまいました。
「おお、これは思ったよりずっと見応えがあるぞ。よいぞよいぞ、皆頑張れ!」
神様は上機嫌で雲に乗って動物たちの必死な様子を見てまわりながら誰が何個食べたのか数えていきました。神様は動物たちの顔ぶれを一通り見て回るうちに、ここに来ていない動物がいることに気付かれます。
「ん、なんだ、兎も来とらんじゃないか。今年の干支だというのに不参加とは関心せんな。」
神様は少し気にされましたが、またすぐに観戦に戻りました…
さて、正午が近づいてくると、ほとんどの動物たちは餅でお腹をパンパンに膨らませて苦しそうにしていました。根性で無理矢理口に詰め込もうとする者、お腹を揉んだり体を動かして少しでも胃袋に空きを作ろうとする者、仰向けに倒れたまま依然高く聳え立つ餅の山をただ茫然と眺める者など様々です。
「正午まで残り30分、現在のトップは鯨、次いで象か。それ以降もまあ順当だな…もう皆満腹の様子だしここから番狂せは起こらんかな?」
神様がやや興醒めしたように動物たちの膨れた腹を眺めていると、ドスドスドスドス!!と地響きを立てて誰かが神殿に駆け込んできました。
「はぁはぁ…ぜぇぜぇ…や、やっとついた。よかった、何とか間に合った。」
その白い動物は汗びっしょりになりながら太った体に付いた肉を揺らして肩で息をしています。遅れてきたその動物を見て他の参加者たちがざわつきだします。
「何だあいつ、あんな動物いたか?」
「白熊じゃないのか?」
「白熊代表は俺だ。あんなデブ知らんぞ。」
「むしろ熊よりデカくないか?」
神様は雲に乗ったまま白く大きなその動物に駆け寄り声を掛けられました。
「遅かったな兎よ。この大事なときによもや寝過ごした訳ではあるまいな?」
それ聞いた他の動物たちは「ええ、あいつ兎かよ!」とその変貌に大変驚きました。背丈も横幅も灰色熊や白熊以上に大きくなり、体はブヨブヨとした大量の脂肪で覆われてまん丸の体型をしていますが、言われて見れば確かに頭には兎らしい長い耳を生やしています。
兎大きな体を折り曲げて精一杯神様にお辞儀をします。
「遅れて申し訳ございません。実は夜明けまでに神殿に着くように雲に乗って里を出発したのですが、僕の体重が重くなり過ぎたのか思うようにスピードを出ず、とうとう途中で動かなくなってしまって…そこから走って参じました。」
「そうだったのか。残り30分もないが、兎も参加するのだな。」
「はい、白兎の次郎、兎族代表として新十二支選抜に参加いたします。」
巨漢の兎…次郎は神様の前に声高に宣言すると、餅の山の前に歩み寄りました。
ぐううううううううううう!!!!と神殿全体を包み込むような腹の音が鳴り響きます。それは次郎の大きなお腹が発したものでした。
「たくさん走ってきたからもうお腹ペコペコだ。ジュルリ…美味しそうなお餅がこんなに…いっただっきまーーーす!」
ガバッと次郎の口が大きく伸びて広がったかと思うと次郎は餅山に頭を突っ込んで餅を丸呑みし始めました。
「バクン、ゴクン!バックン、ゴックン!!」
その勢いは最大動物の鯨を超えるほどで、大きな嚥下音とともに一飲みで数十個、数百個の餅が次郎の腹に送り込まれていきます。
ブクンブクン…ムクリムクリ…と一口食べるごとに次郎のお腹は目に見えてとその大きさを増していきます。太りすぎの熊のような体型だった体はだんだんとお腹だけが巨大化した歪な形へと変わっていきます。
「今更やってきて兎如きに何ができるものか」と高を括っていた見ていた鯨や象も、その勢いに焦って餅を詰め込むのを再開しますが、リードはどんどん縮まっていきます。
次郎のお腹の中では、一年に渡ってモチモチ餅を詰め込んで育て上げてきた大きく強靭な胃袋がその柔軟性を発揮して詰め込めば詰め込むほどぐんぐん伸び広がっていました。厳しい修行の成果が花開いた瞬間です。
「バクバクゴクンゴクン…バクバクゴクンゴクン!」
次郎は口を大きく開けたままブルドーザーのよう餅の山を切り崩して進んでいきます。多くの動物たちが束になって食べ進めてもほとんど高さの変わらない餅山が少しずつ削れて小さくなっていきます…次郎のお腹は鯨を遥かに超える大きさにまで膨れ上がり、数十メートルの巨大な餅玉に兎の頭が生えて大きな口でなおも餅を取り込み膨れ続ける異形の怪物のような姿となっていました。
他の動物たちは兎による餅山の解体を恐れおののき、あるいはドン引きしながらただ見つめていましたが、雲に乗って見おろす神様だけは愉快そうに笑っていました。
「ははは、天晴れだ兎よ。小兵の身でありながよくぞ限界を打ち破りここまで食らう力を高めたものだ。私はこういうのが見たかったのだ!」
次郎は神様のお褒めの言葉を聞いて勝利を確信します。一族の英雄としてみんなに褒め称えられながら、愛するお雪と晴れて夫婦になりパコ…明るい家族を作りまくるという幸福がもうすぐ手の届くところにまで来ているという実感を噛み締めながら、最後の1秒まで気を抜かないつもりでなおも餅を飲み込み続けます。
「正午まで残り5分、現在のトップは兎だ。」
神様が宣言したその時です…
神殿の上空をにわかに黒雲が覆いました。雷鳴が轟き閃光に照らされた雲間に鱗を纏った長い体が浮かび上がります。やがて雲を切り裂いて現れたのは、現十二支の一体を担う竜でした。
突然の竜の出現に全ての動物が驚き天を仰ぎ、頭を餅に突っ込んでいた次郎さえも食べるのやめてその姿を刮目しました。
竜は眠そうにトロリとした目を地上の動物たち、そして餅の山に向けました。
「なんだ皆の衆、集まって宴か?腹が減ったな、儂も混ぜろ。」
竜は突然、大きな口を開けました。そして息を大きく吸い込むと地上うずたかく積み上げられていた餅が全てチリのように空中に舞い上がったかと思うと、渦巻く風に乗って竜の口に吸い込まれてしまいました。
「…足りんな。」
竜は黒雲の間から長い尻尾を出すと、それをブンっと振り上げました。すると、地上に巨大な竜巻が巻き起こり、餅を食べて膨れ上がった動物たちを次々に上空へ巻き上げていきました。体の小さな動物はもちろん真っ先に吹き飛ばされましたが、象や鯨でさえ竜巻に巻き込まれグリグルと回転しながら空へ打ち上げられてしまいます。
「ふん、いただきじゃ…」
竜は真っ赤な口を開けて、上空へ飛ばされてきた動物たちをバクンバクンと一飲みにしていきました。最後に一番大きな鯨までをも飲み込んだ竜は再び地上に目を向けます。
「んん…?おお、まだあんなに大きな大福餅が転がっているではないか。」
竜は地上に急降下すると、巨大な大福餅に向かってかぶりつきました。
「ぎゃああああああ!!」
大福餅が叫び声を上げます。しかしあまりに大きすぎてさすがの竜の口にも収まりきらなかったのか、竜はそれを口に咥えたまま再び上空に登っていきます。
「竜さん、やめて、僕兎です!!」
「ははは、生きのいい大福じゃ。」
竜は口を大きく広げて真上を向くと、自然落下を利用して少しずつ大福餅…いえ次郎を喉の奥へと押し込んで行きます。次郎は必死に踏ん張ろうとしましたが、重い体は重力によってどんどん竜に飲み込まれていきます。
(なんとモチモチとして美味い大福餅じゃ。)
竜は長い舌で兎の体を舐め回しながら、喉を大きく広げて口からはみ出しているものを思い切り吸い込みました。飲み込みかけられた次郎は口の外に向かって必死に手を伸ばしました。
「い、いやだ、助けて!おゆきいいいいいいいいいいいい!!」
ゴッキュン!
彼の帰りを待つ最愛の人の名前は皮肉にも次郎の断末魔となり、その叫びは彼の柔らかな体とともに竜の喉の奥深くへ飲み込まれていきました。
口を閉じた竜の喉は丸く大きく膨らみ、それはもこもこと蠢きながらゆっくりと長い体の中を滑り落ちていき、やがて他の動物たちでできていた大きな膨らみと一体化して竜のお腹は玉を抱えたようにまん丸に膨れ上がってしまいました…
「ん?ここは?」
虚ろで眠そうだった竜の目に光が宿り大きくはっきりと見開かれました。黒雲が晴れ再び日の光が差し込みます。時刻は丁度正午になっていました。
「ふあああああああ!よく寝た。ゲエップ!ん?何だか腹が張っておるな。また寝ぼけて何か飲みこんじまったか?」
竜は何も覚えていませんでしたが、餅の山と地上のあらゆる動物たちを収めてでっぷりと丸く膨れたお腹を撫ひと撫ですると辺りを見渡しました。そして地上の神殿とポカンとこちらを見上げている神様に気づくと、ゆっくりと下降して地面に降り立ちました。膨れ上がったまん丸なお腹が邪魔をして上手くとぐろが巻けなくなっていましたが、膨れた体を横たえてなんとか神様に平伏の意を示します。
「これは神様、地上にご降臨なさるとはお珍しい。こちらで宴でもあるのですか?」
「ああ…いや…新しく十二支を選び直そうと思ってな…」
「ほう、それは面白い。ぜひ私も候補加えていただきたいものですな。それで今度はどのようにお選びになるので?」
「ああいいよ、もう決まったから。」
「はぁ…?」
***
2024年、神様は十二支を一支(いちし)に改められました。
カレンダーも年賀状も干支守も、全て辰モチーフに一本化されました。
そして描かれる竜はどれもまるでお餅を食べ過ぎたように福々しくまん丸にお腹が膨れたお姿をしておりましたとさ。
終わり