虎のマッスル借る狐

  「フンっ…フンっ…ラスト、んぐぐ…ふん!」

  奥歯を食いしばり鋭い牙を剥き出しにしながら250kgのバーベルを10回持ち上げ終え、虎獣人はベンチからムクっと体を起こした。

  黒いタンクトップから覗く分厚い胸筋ははち切れんばかりにパンプアップし、筋肉の盛り上がった巨大な肩や背中からは湯気が立ち上っている。

  「虎君、精が出るねぇ。ゲプっ」

  隣のベンチに腰掛けた狐獣人が甘ったるい匂いの漂うドリンクを飲みながら虎に話しかけた。筋骨隆々の虎とは対照的に狐の体は脂肪でブクブクと太っていて、でっぷりと大きく出っ張ったお腹がシャツからチラッとはみ出していた。

  虎は狐の方をギロっと睨んだ。

  「おい、おまえさっきから座って休んでばっかじゃねえか。真面目にやらねえなら出てけ、邪魔だ。」

  「えー、いいじゃん別に。どうせガラガラなんだしさぁ。」

  狐の言うとおり、市民体育館の一角にあるこのトレーニングルームには二人の他に利用者はいない。近所に新しくスポーツジムができてからというもの古い施設を使う人がめっきり減ったが、虎のようにトレーニングの上級者で一人静かに自分を追い込みたい者にとってはむしろ好都合だった。

  「そういう問題じゃねえ。やる気のない奴が隣にいると気が散るんだよ。帰れ。」

  「そんな冷たいこと言わないでよ。ボク、虎君に憧れてトレーニング始めたんだからさぁ。どうやったらこんなにすっごい筋肉が付くの。いいなあ、雄らしくて逞しくて素敵だなあ。羨ましいなあ。」

  狐は馴れ馴れしく虎の太い腕や肩をペタペタ触ってきたが、自慢の肉体を褒められて虎も内心悪い気はしていなかった。

  「そう思うなら一回でもやってみろ。地道に鍛える以外に方法はないぞ。」

  虎はお返しとばかりに狐の柔らかい腹肉をムニムニ摘んだ。

  「はいはいわかったよ。…ふん!」

  狐はめんどくさそうにベンチに寝転ぶと、バーベルに手をかけた。腕の贅肉をプルプルさせながらなんとかバーベルを胸まで下ろしてきたものも、全力を込めても持ち上げることができないようだった。

  「だ、だめ、持ちあがんないいい。虎君、助けて!」

  「ああもうしょうがねえなあ。」

  顔を真っ赤にして助けを求める狐に、虎は片腕でひょいっとバーベルを持ち上げると狐を解放してやった。

  「軽っ。…ってたった40kgかよ。」

  「ふー、だめだめ。ぜんぜん持ちあがんないや。やっぱボクには地道にコツコツは向いてないみたい。」

  狐はよいしょっと体を揺すって起き上がると、スマホを取り出し隣にいる虎の写真を撮影した。

  「なに勝手に撮ってんだよ。」

  「いいじゃん別に写真くらい。じゃおつかれー。」

  狐は結局ほとんど運動せずにトレーニングルームから出て行ってしまった。

  「フン、根性なしめ。だからあんなだらしない体型になるんだ。」

  虎は狐のことなど放っておいて一人黙々とトレーニングを再開するのだった。

  市民体育館を後にした狐はホテルのレストランで行われているケーキバイキングに訪れていた。甘いものが大好きな狐は色とりどりのケーキに目を輝かせ、次から次へと皿に取っていく。

  今日運動で消費した分のカロリーを一個で帳消しにしてしまうようなケーキを、狐は次々と口に放り込んでいった。

  「バクバク…んー、おいしい。やっぱり運動したあとのスイーツは最高だなぁ。」

  狐は何回もおかわりし数十種類あるケーキをお腹に収め、狐の太鼓腹はケーキがパンパンに詰まって二回りほど膨れておへそが迫り出してしまい、叩けばポコンといい音が鳴る。

  「ゲプっ、食べ過ぎてこんなにお腹が膨れちゃった。」

  大きなお腹を抱えて大満足で帰宅した狐はシャツを脱いで半裸になり姿見の鏡の前に立つと、先程撮影した虎の写真と自分の体を見比べる。

  「はぁ…やっぱボクってすっごいデブだなぁ。早く虎君みたいなカッコいい体になりたいよ。」

  中身が詰まってさらに大きさを増したデップリと太ったお腹、膨らんだ丸い胸、ボヨボヨと贅肉で太くなった腕…何もかもが虎の硬く筋肉質な体とは正反対だった。

  狐は鏡に映った肥満体型の自分をスマホで撮影すると、ゴロンとベッドに寝転がり、スマホアプリを立ち上げる。

  『狐:体重150kg 体脂肪率65%

  虎:体重120kg 体脂肪率5%』

  スマホを操作しながら狐は楽しそうに笑う。

  「へへへ、虎君の今日のトレーニング成果いただき。代わりにボクの摂取カロリーを虎君にプレゼント!」

  ***

  半年後…

  「ふん…んぐぐぐ…はぁ…クソっ」

  7回持ち上げたところで虎は苦しそうにラックにバーベルを下ろした。

  「あれ?もう限界?」

  隣のベンチで狐がニヤニヤしながら話しかけた。

  「クソっ、なんか最近調子悪ぃ…前は200kgくらい楽勝で上がってたのに…」

  悔しそうに自分の膝を殴る虎は以前に比べて丸みを帯びた体付きになっていた。体全体にプクプクと贅肉が付き始めて、腕や脚の表面に浮き出す筋肉のラインが脂肪で埋まってしまっている。一般的な虎の成人よりはまだかなり筋肉量が多いものの、半年前の彼に比べたらその衰えは隠し切れない。

  そして…分厚い胸板から腰にかけてシャープに括れていたウエストが、今ではポッコリと突き出してちょっとした太鼓腹になっていた。脇腹にも肉がダブつきはじめ、過去に見事な逆三角形を形成していた彼の肉体は今やスリーサイズが全部同じドラム缶体型である。

  「どうしたの虎君?最近サボっちゃった?」

  「そんなはずねえ…ここ最近だってずっとトレーニングを欠かしたことなんてないし、食事だって高タンパク低カロリーを守ってる。…なのになんで…」

  理由の分からないスランプに陥って戸惑う様子を虎を、狐は嬉しそうに眺めてるいた。

  虎の激しいトレーニングを毎日横でただ眺めていただけの狐は、虎とは逆にみるみる逞しい体付きに変化してきていた。ブヨブヨと弛んでいた手足や胸は脂肪がだいぶ減って引き締まり、まだ大部分が贅肉に隠れているがただのデブと違って体の内側に育ってきた筋肉で膨れているのがわかる。

  そして特徴的だった大きな太鼓腹は風船の空気が抜けていくようにだんだんと小さく萎んでいき、ストンと落ちた平らなお腹になり脂肪の奥にわずかに腹筋の形が見え始めてすらいた。

  「さーて、ボクも今日のトレーニングをしようかな。」

  狐は太くなった腕をバーベルにかけた。腕がプルプル震えることもなくなり、確実に重量を扱える筋力が備わっているのがわかる。

  「ふぅ、100kgってこんなに軽かったんだ。次は120kgに挑戦しよっかなあ。」

  楽しそうに重量を追加する狐を見て虎は内心焦っていた。まだ自分の方が筋力も扱える重量もだいぶ上だが、スイスイ階段を登っていくように狐が限界を突破していくのに対して、虎はかつてのマックスの重量がだんだん遠ざかっていく。こんな不真面目な奴に、そのうち追い越されるんじゃないか…という不安が虎の脳裏をよぎった。

  「クソっ、まだまだ!」

  この気持ちを払拭するにはもっと自分を追い込んで鍛えるしかない。ブドウ糖と水分を補給して気合いを入れ直した虎は、再びバーベルを持ち上げ始めた。

  「ふふふ、もっともっと頑張ってね虎君。」

  汗だくになってがむしゃらにトレーニングに励む虎を狐は"いつものように"スマホで撮影した。

  狐は体育館を出たあと、すっかり常連になったホテルのケーキバイキングに向かう。

  「今日もたっぷり運動したから、いっぱい食べちゃおう。」

  狐は山盛りのケーキを美味しそうにバクバクと食べていく。その勢いは太っていた頃以上で、食べ尽くして空になった皿を持ってはまた大量に取ってくるのを何度も繰り返す…

  「げええええっぷ。はぁ、幸せ…」

  甘ったるいゲップを吐き、お腹を撫でる狐。そのお腹はパンパンに膨れ上がって、ベルトを外しただけでは間に合わずズボンのファスナーが全開になっていた。せっかく手に入れた真っ平らなお腹が大量に詰まったケーキでまん丸な太鼓腹に逆戻りしていた。

  帰宅した狐はいつものように半裸になり、姿見の前に立つ。引き締まってきた上半身と不釣り合いなほどに膨れたお腹をポンポン叩く。

  「今日もこんなに大食いしちゃった。さっそく虎君に分けてあげようっと。」

  狐はスマホで鏡越しに自分の姿を撮影すると、ベッドに横になってアプリを起動する。

  『狐:体重100kg 体脂肪率30%

  虎:体重130kg 体脂肪率25%』

  「さてと、まずは虎君から今日の分のトレーニング成果を貰おうかな。」

  狐はさっき撮影した虎の画像をアプリ内にアップロードする。

  すると、狐の体が大きく跳ねた。全身の筋肉が電気信号を流したようにビクンビクンと震えだし、皮下脂肪の下の筋肉が限界まで追い込んだようにパンプアップして太くなる。

  「へへ、虎君、今日もしっかり鍛えてくれたみたいだなぁ。さて、お返しに…」

  続いて、狐はたった今撮影した自分の半裸画像をアップロードした。

  狐は仰向けになったまま爪先の方を見る。ケーキが詰まってパンパンに膨れていた山のようなお腹がみるみるうちにへこんでいき隠れていた足が見えるようになった。

  「ふぅ、お腹が楽になった。」

  元どおり平らになったお腹を撫でながら狐はアプリを見る。

  『狐:体重98kg 体脂肪率29%

  虎:体重132kg 体脂肪率26%』

  「もうちょっとで腹筋割れてくるかな?楽しみだなあ。」

  狐は満足そうに笑ってそのまま眠りについた。

  ***

  虎は必死でトレーニングに取り組んだが、なぜか筋力は日に日に弱くなっていった。食事にも気を付けているにも関わらず、脂肪は目に見えて増量していき、体が重くてウォーミングアップのランニングさえままならなくなる。

  「はぁはぁ…体が、重い…くそっ、なんでだ…」

  「ははは、体が軽いと運動が楽しいなぁ。」

  そんな虎を尻目に、大した努力もしていないように見える狐はさらに加速度的に筋肉質な体になっていく。体中に付いていた余分な脂肪がすっきりと消えていき、筋肉が体の表面にはっきりと姿を表すようになってきていた。力も強くなり重い重量もガンガン扱えるようになっていく。

  ベンチプレスの重量で虎が狐に追い抜かれるのにさほど時間はかからなかった。

  いつしか虎はトレーニングルームに現れなくなった。

  虎はまずは体重を落とそうと、食事を徹底した減量メニューに切り替えて、重い体を揺すってウォーキングをしたりしてダイエットに取り組んだ。しかし、そんな努力を嘲笑うかのように、体重は増え続け体にはどんどん脂肪が付いていった。

  「おかしい…なんでこんなに太っていくんだ…」

  病院で相談をして検査も受けたが異常は見つからず、ただ時折、体が急にムクっと膨らむような…脂肪を体内に直接注ぎ込まれるような奇妙な感覚を覚えながらも、虎はそれが何かわからずにいた。

  どうしようもない無力感が虎を包み込んでいく。

  「どうせ無駄なんだ…もう好きにするさ。」

  努力しても成果が上がらず体型維持のモチベーションは下がっていき、虎はとうとうダイエットを止めてしまった。せめてもの抵抗にと続けていたウォーキングすら止め、それまで避けていた高カロリーな食事や甘いお菓子を解禁し、好きなように食べるようにしようと決めた。

  トレーニングしていた頃は見向きもせず、数年ぶりに食べたクリームたっぷりのケーキに虎は感動を覚える。

  「う…うま過ぎる!俺は今までこんな美味いものをどうしてずっと我慢してきたんだ?」

  一日一個だけのつもりが、一個もう一個と増えていき、虎の食事量はだんだん増えていく…

  それからというもの、部屋に籠って大好物になったケーキを食べてはゴロゴロする生活が始まった。体重の増加はさらに加速していき、ついに200kgを超えてしまった。

  かつて筋肉のみで120kgを誇っていたバルクマッチョな体は見る影もなく全身ブヨンブヨンに弛み切って、岩のように硬かった腹筋は分厚い脂肪の奥底に沈み込んで腹がどんと大きく迫り出し下腹は膝にまで垂れ下がってきていた。

  以前だらしない体だと言って馬鹿にしていた狐の体重を大きく超えてなお虎の肥大は止まらない。たとえ虎が丸一日絶食したとしても、体が膨れる謎の感覚ともに勝手に脂肪が増えていくのだ…

  それでも体型を全く気にしなくなった虎は食べてさえいられれば幸せを感じていた。

  トレーニングをやめて1年ほどが経ったある日、虎のもとに一通のメールが届く。高級リゾートホテルからのケーキバイキングへの招待状で、無料で食べ放題とのことである。

  虎はここしばらく外出していなかったが、食べ放題と聞いて久しぶりに重い腰を上げた。

  ホテルに着くと、後ろから聞き覚えのある声で話しかけられた。

  「やあ虎君、久しぶり。今日は来てくれてありがとう。」

  振り返った虎は一瞬声失った。

  目の前には、別人のように筋肉質な体型になった狐が立っていた。顔も余分な肉が落ちてすっかり精悍になり爽やかな笑顔を浮かべている。

  「なんでおまえがここに?」

  「ボクが虎君を招待したんだよ。今日はボクがボディビルコンテストで優勝したお祝いなんだ。お世話になった君にも見て欲しくてさ。」

  狐はホテルのスタッフの目も憚らずシャツを脱ぎ虎に上半身を晒す。かつての虎を超えるほどに背中も胸も分厚く発達した筋肉は巨大な逆三角形のフォルムを形作り、見事に鍛え上げられ余分な脂肪の一切ない腹筋は彫刻のように美しかった。狐が太く逞しい二の腕に力を込めると力瘤がブクンと大きく盛り上がる。

  「見てよこの筋肉、すごいでしょ。

  ボク前までちょっとぽっちゃりだったから、こんな大変身できたおかげで有名になってさ。おかげでスポーツ用品メーカーやジムとスポンサー契約もしたんだ。」

  狐にすっかり逆転した肉体だけでなく人生の成功も見せつけられ、引き籠もってバクバク食べてばかりの虎は逃げ出したいほど惨めな気分を味わった。

  「今日は貸切だから思う存分食べていってね。」

  虎は帰ってしまおうかとも思ったが、目の前には美味そうなケーキが山のように並べられていて、甘い香りの誘惑に勝てず結局席に着いた。豪華な作りの椅子が虎の体重によってミシミシと音を立てる。

  狐はシャツを着直すと、虎の向かいに座った。

  二人の座った大きなテーブルには数十人、下手すれば百人以上が食べるような量のケーキを始めとした各種スイーツが並ぶ。

  「ここのケーキすごく美味しいんだ。ボクも毎日通ってるけど全然飽きないよ。」

  「毎日だって?」

  「うん、おかげでノンストレスで体型をコントロールできてるよ。」

  おかしい…ケーキなんて減量の大敵のはずだ。虎も体を絞る時には特にカロリー計算には気を遣ったものだったが、狐はこんなカロリー爆弾を毎日食べながらボディビル大会で優勝したというのだろうか。

  狐は目を輝かせ、ケーキにがっつき始める。

  「バクバク…モグモグ…んー、おいひい!」

  リスのように膨れた口の中身をフルーツジュースで流し込むと狐はまた次とにケーキを口に放り込んでいった。

  疑問を抱えながらも虎も食べ始める。ホテル専属の職人が作っているだけあってどれも甲乙つけ難いほど美味しく、虎は感動しながらも夢中になって食べていった。

  やがて、二人でテーブルの上のケーキを半分ほど食べ終えた頃、虎は食べる手を止めて大きく膨れたお腹を撫でた。

  「ゲプっ…もう食えねえ。」

  「あれ、虎君もうお腹いっぱいなの?」

  「ああ、おまえよくそんなに食えるな。」

  「うん、まだまだ食べられるよ。毎日食べ放題に通ってるうちにボクの胃袋すごく大きくなっちゃったみたいなんだ。今日はせっかくの貸切だし本気出しちゃおうかな。」

  狐のお腹は食べ物で膨れてすでに括れを失っていたが、ベルトを外して締め付けから解放されるとお腹はさらに一回り大きく膨れた。

  腹が楽になった狐は文字通り大型肉食獣も顔負けの勢いでケーキを口に運んでいく。

  「ムシャムシャ…バクバク…あー、幸せぇ。」

  恍惚にも似た蕩けてしまいそうな顔でケーキを貪り食う狐を虎は呆然と見つめていた。

  狐のお腹はみるみるうちに膨れ上がっていき、シャツが捲れ上がってへそが丸出しになってもなお迫り出していく。

  ミチミチ…ミシミシ…

  狐のお腹から筋肉の繊維や毛皮が引き伸ばされる音が聞こえ始める…

  「ゴクン…あー、おいしかった。がおおおおおおっぷ!!」

  最後の一個を飲み込み、テーブルの上にあった残りに食べ物は、全て狐の腹に収まってしまった。狐が吐き出した大きな甘ったるいゲップがレストランに響く。

  シャツから完全にはみ出した狐のお腹は食前の引き締まった腹の面影はなく、大きさだけなら超肥満体の虎のお腹と同じくらいにまでまで膨れ上がり、限界まで引き延ばされた腹筋が表面に薄らと浮かび上がっていた。

  「ふぅ、さすがに食べ過ぎちゃったかな。こんなに膨れちゃって…ちょっと苦しいや。よいしょ…」

  狐は背もたれに寄り掛かって大きなお腹を少し邪魔そうにしながら、取り出したスマホで自分を撮影する。

  「さてと…虎君、僕が今摂取した余分なカロリー、全部君にあげるよ。ボクの筋肉に有益なタンパク質とかビタミンとかの栄養を除いてだけどね。」

  「は…?何だって?」

  狐はスマホを操作する。

  すると…今にもはち切れそうだった狐のお腹がビクンと大きく震えたかと思うと、まるで急激に消化が進んでいくようにみるみる萎んで小さくなっていく。やがて風船のように膨れていたお腹は中身を失って括れ取り戻し、狐はベルトを締め直すと元どおりに引き締まった理想のシックスパックをポンと叩いた。

  「ふー、すっかりお腹が軽くなった。」

  「い、一体どうなって…んぐう!」

  今度は虎の体に変化が起きる。

  これまでも時々感じていた体に何かが注ぎ込まれて膨れていく感覚…それが今まさに虎の体に起こっていた。過剰なエネルギーを与えられているように体中が熱くなって汗が吹き出す。

  脂肪だらけのブヨブヨのお腹がさらに肉付いて膨れていき、パツパツのシャツが捲れ上がっていく。胸や尻などの全身も脂肪でムクムク膨らんで服の繊維やボタンがブチブチと悲鳴を上げた。

  バゴン!

  「がぁ!」

  とうとう虎の体重に耐えきれなくなった椅子が崩壊し虎は床にドスンと尻餅を付いた。

  狐はスマホ画面をチラッと確認すると、虎に近づきその無様な姿を小馬鹿にするように目の前にしゃがんだ。

  「大丈夫?虎君、今ので体重が300kgを超えちゃったね。おデブだった頃のボク二人分だよ。」

  「ぐ、痛てて…狐、まさか俺がこんなデブになっちまったのも、どんなに頑張ってダイエットしても痩せられなかったのも…全部おまえのしわざか!?」

  「うん、そうだよ。

  ついでに教えてあげるけど、虎君が今まで頑張ってトレーニングした成果は僕がもらってあげたよ。まぁ、虎君がトレーニング止めちゃってからは自力で鍛えたんだけどね。」

  「ふ、ふざけんな!!返せ!!」

  虎は尻餅をついた姿勢のまま、狐のスマホを取り上げようと手を伸ばしたが、狐にひょいっと避けられてしまう。

  「あはは、そんな鈍い動きじゃ一生捕まらないよ。仮に捕まっても、ボクはもう君よりずっと強いけどね。」

  狐は立ち上がるとシャツの裾をめくって虎に引き締まった腹を見せつける。

  「ボク、こんな大喰らいになっちゃったし、今更大好きな甘いものを我慢するなんて絶対に無理だと思うんだよね。でもせっかく手に入れたこの筋肉モリモリのカッコいい体を手放すのはもっと嫌なんだ。

  だから虎君にはこれからもボクの摂取した余分なカロリーのゴミ箱になってもらうよ。安心して、動けなくなるくらい太ってもボクが生活の面倒は見てあげるからさ。」

  狐はそう言い捨て踵を返すと、笑いながら軽い足取りで去っていく。

  「くそっ、待ちやがれ!!んぐうう!!」

  虎は追いかけようとしたが、体が重すぎて立ち上がるだけでも一苦労でモタモタしている間に狐はホテルを出てどこかへ消えてしまっていた。

  一人取り残された虎はショックと体の重さで再びその場にへたり込んでしまった。

  「そんな…狐が大食いを止めない限り俺はもう一生痩せることができないのか…?」

  狐が心を入れ替えて節制してくれる可能性は雷に打たれるより小さいだろう。虎は深い絶望に打ちひしがれるようにガクッと俯いていた。

  …だが、突然彼の中で何かが切れたように口元に笑みを浮かべた。

  「ふ、ふふふ…はははは!!

  もうこうなったら世界一のデブを目指してやる。狐のヤローがボディビルダーの頂点なら、俺はデブの頂点を極めてやるぜ。もう辛いトレーニングやダイエットとはおさらばだ。

  グフフフ…よーし食って食って食いまくってやるぞー!!」

  ***

  それから…

  虎はこれまで以上に好きなものを好きなだけ食う生活を始めた。意外にも狐が約束どおり生活の援助をしてくれたおかげで、虎は働く必要も一歩も外出する必要もなかった。

  虎は痩せていた頃に続けていたストイックな食生活で我慢してきたものを取り戻すように、狐の金で次々と高カロリーの美味いものを取り寄せては思う存分グルメを楽しんだ。

  食って寝て部屋でゴロゴロしているだけなので暇な時間が多くなり、暇つぶしにSNSで話し相手を探しているうちに、世の中には自分と同じようにデブを目指している奴がけっこういることに虎は気づく。

  試しにバキバキに鍛えていた頃の写真とともに、ブクブクに太った今の姿をネット上に晒したところ、予想よりも遥かに反響が大きく、

  『マッチョだった頃より100倍セクシーです。』

  『垂れ下がった大きなお腹で押し潰してほしい。』

  『俺も虎さんみたいな超肥満体になりたいです。』

  『ファンです。お勧めのスイーツ差し入れるので食べてる姿アップしてください。』

  『なんて素敵な肉体…触ってみたい。』

  と、その体や食べっぷりを絶賛する声が多数寄せられた。

  虎も体を褒められて悪い気はしなかったし、フォロワーから美味いものが勝手に送られてくようになるし、特大ベッドに寝転がってたくさんの賞賛を浴びながら貢ぎ物を食べているとなんだか王様にでもなった気分だった。

  「マジかよ…何か食いながら腹肉揺すってるだけで高評価が伸びていきやがる。」

  虎は調子に乗って食べる姿や太っていく様子をどんどん公開していった。体が肥大していく以上の速さでフォローの数は爆発的に増えていき、気づけば虎はネットではちょっとした有名人になっていた。

  半ばヤケクソになって始めた自己肥育だったが、鍛えて筋肉質だった頃からナルシスト気質のあった虎は多くの人に求められるうちに、いつしか太っていく自分の体を受け入れ愛するようになっていった。

  狐から体に直接カロリーが仕送りされてくる感覚も今では心地よいとさえ感じるようになっていた。

  ブクンブクン…ムクムク…

  狐から注がれる大量のカロリーによって、ベッドの上をスライムが侵食するように虎の尻の肉が膨れ広がっていく…巨大な腹が前へと迫り出し、下腹の肉が溢れて垂れ下がる。出っ張った腹の上に乗っかる胸は水風船のようにボヨンと膨れ巨乳自慢の雌虎にも負けない超特大の爆乳へと成長していった。

  「はぁはぁ…狐の奴、今日はまた一段と派手に食いがったな。こんなに肉が付いちまって…ぐふふ、なんか気持ちよくなってきちゃったなぁ。」

  虎はかつて鍛え上げた自身の筋肉を愛でていたように、プヨプヨと自分を柔らかく包み込む贅肉を撫でさすりうっとりとした表情を浮かべる。過剰なほどに栄養をたっぷりと与えられた毛皮は艶やかな被毛に鮮やかな縞模様が輝き、分厚く柔らかな皮下脂肪も相まってどんな高級な絨毯も敵わない極上の手触りを実現していた。

  「この調子なら500kg突破もすぐだな。ああ、俺のこの肉体美、なんてでっかくて立派なんだ…」

  虎は独り言を呟きながら、特注の大鏡に写った自分の姿にいつまでも見惚れていた。

  ***

  あれから狐と直接会うことはないが、最近、プロテインだかジムだかのネット広告でモデルをやってる狐の姿を見かけた。あいつは以前よりさらに体がデカくなって体中の筋肉がはち切れそうなくらい膨れ上がっていた。

  普通、ボディビルダーは体太らせて筋肉を増量する増量期と、脂肪を削ぎ落とす減量期を繰り返すもんだが、おそらく狐にはそれがない。年中いつでも腹一杯まで食いまくって余分なカロリーは俺に押し付けていれば、自分は筋肉の成長に有益な栄養だけを最高効率で摂取できる。だから脂肪を付けず筋肉だけをどんどん肥大させることが可能なんだ。

  狐の体が筋肉で膨れ上がるほどに俺に押し付けられるカロリーも増えてきているようだ。それに俺自身、今の生活になってから食欲が増して食う量が増えてしまっている。俺はきっとこれからも際限なく太り続けるだろう。

  だけど今の俺は自分がどこまで太っていくのか楽しみで仕方がない。体重計を見るたびに増えていく数字を見ていると、昔ガンガン鍛えまくってた頃に扱える重量が150、160…200とどんどん増えていったに似た高揚感すら覚える。

  俺はこのまま世界一のデブ虎を目指すつもりだ。いや、未来永劫、誰にも抜くことのできない体重記録を打ち立ててやる。

  …そのうち狐の奴を飯にでも誘ってみようかな。あいつを恨んだこともあったけど、俺達はすでに切っても切れない関係だし、体をデカくしたいという野望を持つ者どうし、今ならあいつとも美味い酒が飲める気がするんだ。

  さあ、狐に負けないくらい今日もバクバク食いまくってどんどん太るぞー!

  終わり