【掌編】人狼病の君と

  幼馴染の君が人狼病となったのは1か月前の事だった。

  学校を休んでいる君に今日もプリントを届けに行く。

  君の家の呼び鈴を鳴らす。

  「すみませ~ん。タカシです。リョウ君にプリント届けに来ました。」

  君のお母さんが迎えてくれた。

  「あら、タカシ君。いつもごめんなさいね。」

  「あの……、リョウ君の具合は?」

  「今は落ち着いているわね。もうすぐ学校に戻れると思うのだけど。」

  人狼病は遺伝子変異の病気だ。

  とはいえ遺伝性はなく、突然発症する病気であり世界全人口の約1割の人々が発症している。実際の所あまり珍しくはない病気だ。

  人狼という名前になっているが、人によっては犬だったり狐だったりイヌ科の動物的特徴が体に表れる。耳、牙、マズル、爪、獣毛、シッポ等々知らない人が突然出くわしたらきっとびっくりして悲鳴を上げるだろう。

  一度かかると生涯にわたり外見が満月の前後しばらく変わってしまうというのはなかなかにショックの話ではあるが、逆に言えば外見だけの話でそれ以外は生活に問題ないため変身したままで学校や会社に通う人がほとんどだ。現にうちの学校にも人狼病の生徒や先生はいる。

  とはいえ、君は発症したばかりだから変身が安定しておらず医者から念のため安定するまでは学校を休むようにとの指示で、幼馴染の僕がプリントを届けるようになったという話だ。

  「もし良かったら、上がって声かけてあげてちょうだい。」

  「いいんですか?」

  「お友達のタカシ君が来てくれたのだもの、あの子も喜ぶはずよ。」

  そう言って、僕を君の部屋の前まで案内してくれた。

  「リョウ、タカシ君来てくれたわよ。プリント届けてくれたんだからちゃんとお礼言いなさいな。」

  そう言って僕を置いてキッチンへと戻っていった。

  「……タカシ、居るのか?」

  落ち込んでいるような、元気がなさそうな声が扉越しに聞こえる。

  「うん。リョウ、具合は?」

  「薬飲んでいるからまだちょっとな。でも、大丈夫だ。」

  「そっか。あまり気にするなよ。時間経てば色々慣れるって。」

  なるべく気にさせないように軽い口調では行ってみたものの、思春期の自分達が外見を気にしないなんてことはあり得ない。これは人狼病関わらず僕も周りもそうなのだから、きっと君は余計に気にするんだろうな。

  「プリントありがとうな。……あのさぁ。」

  「何?」

  「突然だけど、俺の今の姿を見てくれないか?」

  「へっ?」

  「今の姿はものすごく嫌なんだけど、休んでばっかりもできないからさ。人の目に慣れるためにもまずお前に見てもらおうかなって母さんとも相談したんだ。」

  「本当に見てもいいの?」

  「……あぁ。」

  僕は君の変身した姿は今まで一度も見ていない。

  嫌だといった姿なのだから、きっと、家族以外の人に見せるのは僕が初めてなのだろう。

  「わかった。部屋入るね。」

  君の覚悟に応えない訳にはいかない。僕もどんな姿であろうと何も変わらないんだって事を伝えなきゃ。そうして、ゆっくりと君の部屋の扉を開けた。

  そこに立っていたのは、狼の姿をした君。スラリとした身体は今や全身が黒い獣毛で覆われ、鋭い爪が両手両足に生えている。顔全体を見ると耳はペタンと伏せており、伸びたマズルはまさに狼を思わせる姿だった。

  そして、なぜか上裸で腰にラップタオル(プールの着替えの際に使うアレ)を巻いている。時々尻尾がユラリと動くのが見て取れた。

  「……どうだ?」

  狼の大きな口から君の声が聞こえる。鋭い牙も見え隠れする。

  「なんでラップタオル巻いてるの?服は?」

  でも、服装の方が気になってしまった。

  「全身獣毛でもさもさしているから普通の服じゃ入らないんだよ。尻尾も生えているからズボンも履けないし。」

  「あぁ、なるほどね。確か人狼病の人って服って特別なんだよね。」

  「そうだな。ウチではまだ買ってないから、これが服の代わり。ってか、どうなんだよ?」

  「なにが?」

  「俺、醜くないか?」

  「人狼になってるからってこと?」

  「そう。」

  「醜いかどうかは人それぞれだと思うけど、僕は思わないよ。近所の犬と比べたら可愛くはないけどね。」

  「何だよ、人が真剣に悩んでいるのに。」

  「だって、外見が変わってもリョウはリョウでしょ。それに僕たちこれから大人になっていくのだから外見なんて自然と変わっていくもんでしょ。何を気にしているのさ。」

  「それは……そうだけど。」

  外見は確かに重要だ。人狼病はその外見からいじめや差別の対象となりやすいのも事実。でも今は、これだけは伝えたい。

  「どんな姿でも僕はリョウの友達だよ。」

  そう言って気恥ずかしくなった僕は部屋を出ていった。

  君の家を後にして帰り道、ふと空を見るともう月が出ていた。

  「今日は満月だったんだ。」

  足早に僕は自分の家へと帰る。

  君が嫌がる満月を見ながら、一緒に下校するのはもう少し後の話。