ドーピング筋肉達磨の虎獣人を肥育チューブで○○ペットにしてやった

  平和なオフィス街の広がる都会…アスファルトの地面の地下深くに、地上で生活する善良な獣人たちのほとんどが知らない巨大な闇カジノが存在していた。建築基準ガン無視も、賭博行為も、闇金も裸足で逃げ出す鬼の債権回収も…何から何まで違法だが、「それ違法じゃん」とかいう類のあらゆる正論を握り潰してぶっ建てて運営していくくらいの権力と財力がそこにあり、今日も刺激と利益を求める多くの獣人たちを蟻地獄のように引き摺り込んでいた。

  そんな地上の光の届かないその伏魔殿の最下層…表社会で押し込められた欲望を煮詰める大釜のような闘技場は今日も異様な熱気に包まれていた。

  観客たちのギラギラした視線を四方から浴びる会場の中央…プロレスのリングよりやや広く高さ5mほどの金網で囲まれた四角いリング。その中で司会を務める猫獣人がマイクに向かって叫んでいた。

  「王者(チャンピオン)、身長210cm、体重160kg、アムールトラ種…虎島(トラジマ)入場!」

  リングのただ一つの入り口から一人の巨漢が入っていく。2mを優に超える長身に加えて全身に鋼のような筋肉を身に纏った屈強な虎獣人である。ライトアップされた全身の逞しい筋肉はボコボコと盛り上がり、タトゥーのような美しい縞模様を立体的に演出しているようにさえ見えた。

  彼が天井に向かって分厚い胸板と丸太のような両腕を広げると

  「「「トラジマぁああーーーーーーーっ!!」」」

  と会場中から割れんばかりの歓声が上がった。

  健全な格闘技試合で湧き上がるそれとは明らかに異なる金切り声や野生の猿みたいな奇声は、ギャンブルに文字通り命を賭けている連中や会場の隅っこで売り捌かれているドラッグをその場であおっている馬鹿のものだろう。

  一人の獅子獣人がリングの外から虎獣人に近づいてきた。年は四十路くらいだろうか、中年太り…いや下手な相撲取りよりもよほど立派な太鼓腹が上等な生地のスーツを押し上げてボタンがパツパツになっている。

  「調子はどうだ、虎島。」

  「へへへ、最ッ高のコンディションですよ会長、早く命知らずのチャレンジャーを可愛がってやりたくてウズウズしてるぜ。」

  「そうか、今日も期待してるぞ。」

  「任しといてください。勝ったら…いやぜってぇ勝つけどさ…いつものご褒美、お願いしますよ。」

  「ああ、もちろんだとも。私に利益をもたらしてくれた暁には今度は私がおまえをたっぷり可愛いがってやろう。」

  リングと場外に金網の仕切りはあるものの、段差はなくフラットになっているため、虎島と獅子獣人は金網を挟んで対面する形になっている。

  長身の虎は少し屈んで金網越しにライオンに顔を近づけると、大勢の観客の面前で見せつけるようにキスをした。金網の隙間から突き出した太い指と指、ネコの科ザラついた舌と舌をゆっくりねっとりと絡ませる。だが網に阻まれて抱き締められないもどかしさのためかその動きはだんだんと激しくなり、ブヨブヨの太鼓腹とゴツゴツのエイトパックを擦り合わせながら牙や爪で金網をガチャガチャと揺らし、ピチャピチャと水音を立ててお互いのマズルを激しくねぶるようになっていった。

  会場上部には観客席全てから見える巨大なディスプレイが設置されており、そこにライブ映像として映し出される肉食獣人の雄どうしの情熱的なキスシーンにトラジマコールが再び会場に木霊する。興奮した観客たちは手に持った専用端末から大小さまざまな額の電子チップを送ると、ディスプレイ上を金色の雨のように金貨が飛び交った。この一部が虎島にファイトマネーに加算され、残りは運営…すなわちそのほとんどが会長である獅子のポケットに入るのである。

  投げ銭を十分稼いだことを感じると、檻で仕切られた猛獣のような二人が長いキスを終えてようやく顔を離した。金網と唇の間に粘着質な唾液の糸が引いている。

  虎の目は体格に似合わず発情期の雌猫のようにすっかりトロンとしてた。

  「たまらねぇな…俺が屈服したくなるのはあんただけだよ。」

  チャンプとコミッショナーによる大胆なパフォーマンスに観客席の熱気も一段と高まり、観客席でも雄雌問わず即席カップルがそこかしこで誕生し、彼らの真似事を始めていた。

  「ひゃひゃひゃ、相変わらずお盛んじゃのう、獅子森(シシモリ)会長。」

  獅子獣人の前に、カツカツと杖をついて一人の兎獣人の老人が現れる。獅子獣人…獅子森は金網から口元に伸びた白い糸を指で拭うと、乱れた襟元を正して彼に向き合った。

  老体の兎は子供ほどの小柄な体格であり腰も曲がっていて、でっぷり太った獅子森と対峙すると、まさに喰うものと喰われるものといった構図にしか見えないが、しわくちゃの笑顔からは体格差をものともしない異様なオーラを発していた。

  「これはこれは兎川(トガワ)名誉会長、ご無沙汰しております。現役を退かれてからろくにご挨拶にも伺えず申し訳ない。何しろ忙しい身でして。」

  「その割にはよう肥えとるのう。しばらく合わん間にまた腹回りが太くなっとりゃせんか。鞄持ちやっとった頃はバッキバキじゃったのにのう。」

  兎獣人…兎川が杖の先で獅子森の丸い腹をつつくと、杖の先はブニュっと柔らかな贅肉に飲み込まれた。獅子森は苦笑いを浮かべ、ポンポンと太鼓腹を叩いてみせる。

  「いやはや手厳しいですなあ。グルメは私の数少ない趣味でして、なかなかやめられんのですよ。昨日なんかも兎のシチューを…おっと失礼。

  腹を凹ませたいのは山々ですが、何しろ時間がなくて、せっかくの会長専用ジムなんてものも持ち腐れですよ。まぁ多忙に関しては"前会長"殿はよくご存知かと思いますが。」

  「ふん、こっちは誰かさんの用意した名誉職っちゅうポストのおかげで毎日暇しとるわ。」

  「はは、それで今日は試合観戦ですかな。でしたら一番いい席を用意させますよ。それともリクライニング付きの介護ベッドの方がよろしいですかな。」

  「いやいや、席の手配には及ばんよ。今日の挑戦者はこのワシが連れてきたからのう。」

  「ほう、先生御自ら?珍しいこともあるものですな。一体どこから拐って…スカウトされてきたんで?」

  「なに、うちの屋敷に忍び込んだ鼠盗が鼠取りに引っ掛かったのよ。ところがコイツがなかなか気骨のある若者での…勝てば無罪放免を条件に試合に出すことにしたんじゃ。」

  (サディストの変態ジジイめ。オモチャにされて殺されるとも知らずに哀れなコソ泥だ。)

  獅子森は心の中で毒づいたが表情には軽蔑を一切ださない。

  「先生のお眼鏡に適うとは、さぞ有望な若者なんでしょうな。」

  「ひゃひゃひゃ、ではご紹介しよう。今回の挑戦者(チャレンジャー)を。」

  兎川の目配せを受けてリングの中の猫獣人は渡された紙を開くと、再びマイクに向かって叫んだ。

  「続いて今回のチャレンジャー……

  …え、あの、これ間違いありません?」

  猫獣人はリングの外の兎川を見たが、兎の老人は黙って頷いた。

  「えー、失礼いたしました。

  改めてチャレンジャー…身長140cm、体重さ…35kg、クロヒョウ種、豹野(ヒョウノ)!」

  ライトに照らされながらも足音も立てず影のようにそろりとリングに入ってきた黒豹獣人の小男を見て、観客席は爆笑に包まれる。背が曲がり足は妙に細く、歩幅と歩調が独特で一見ふらついているようにさえ見えた。

  獅子森も思わずぷっと吹き出した。

  「せ…先生、これは何のジョークです?」

  「ワシは勝負事にかけては一度たりとも冗談を言ったことはないわ。」

  「左様ですか。まぁいずれにしろリングに上がった以上冗談では済まされませんがね。」

  「ひゃひゃ、無論じゃ。血湧き肉躍る、死ぬほどエキサイティングな試合を保証しよう。」

  (ふん、隠居生活でついにボケたか。)

  ニヤニヤと笑う兎川の笑顔を一瞥し、獅子森はリングの二人に目を移した。

  豹野の入場とともにリングの唯一の入り口の扉が閉じてロックされる。

  リング中央で対峙する虎と黒豹の体格は、身長差1.5倍、体重差は実に5倍近くあり、加えて黒豹はひどい猫背をしているため余計小さく見え、リング外から見る両者は大人と子供どころか巨人と小人(ホビット)のようにさえ見えた。

  虎島は視線を下げて黒豹の顔を覗き込む。年はまだ十代くらいか…三十路手前の虎島から見てもしかすると一回りくらい下かもしれない。まだあどけなさが抜けない、丸い片耳に銀のピアスをしたやんちゃそうな若者である。体格だけ見れば小学生並みではあるが、その目付きは鋭くどこか野生的なものを感じる。

  じっくりと下から見上げてみれば、黒い被毛に覆われた手足は細いが全身にしなやかな筋肉を身につけており、自分と対極と言えるスプリンタータイプであることが見てとれた。

  (股間の膨らみからみて…あっちの方も小学生並みだろうな。)

  全身を舐めるように観察したあと、怖じける様子もない豹野の目を見て虎島は思わず舌舐めずりする。三度の飯より弱い者いじめが好きな彼は、その生意気そうな顔が苦痛に歪むのを想像しただけで既に下半身の海綿体に血が集まりだし、分泌してきたヌルヌルの粘液がパンツの内部を濡らし始めていた。

  見下ろす虎島とは反対に、猫背の体を反らすように見上げる黒豹…豹野が口を開いた。

  「やる前に一つ聞きたいことがあるんだけど。」

  「ん?」

  「何食ったらそんなにでかくなれるの?」

  「俺の肉体に興味があるのか?冥土の土産に教えてやるよ。朝と昼とおやつに5kgの肉を食うんだよ。血の滴るレアステーキだ。で、気に入らない奴とか気に入った奴をボッコボコに殴って犯して、その後また肉を腹パンパンになるまで食ってぐっすり寝るんだ。ベンチプレスなんざ一度もしたことがないが、面白いくらい体がデカくなっていくんだぜ。」

  野生の虎より知能の低そうなトレーニング理論を披露し、その正しさを証明するかのように虎島は胸を広げて掲げた腕に力を込めると、豹野も頭より大きな力瘤がブクンと盛り上がった。虎島の体目当てできたマッチョ好きの雌やガタイ専のホモはそれを見てまた黄色い悲鳴を上げながらチップを投げる。

  「ふーん、羨ましいね。俺はいくら食っても肉が付かないのに。」

  「ガハハ、チビガリは可哀想だな。いや、幼児体型か。そんなんじゃどうせ雌を抱いたこともないんだろ。せめて死ぬ前に俺の分厚い"肉"をたっぷり味わわせてやるよ。」

  [newpage]

  虎島の高笑いで一見和やかな雰囲気になりつつあった二人の間に、「そろそろ始めるぞ」と司会の猫獣人が割って入る。

  「それでは会場の皆様、賭金のベットをどうぞ。」

  司会の合図で観客たちは一斉に専用端末の操作を始める。巨大ディスプレイには虎島と豹野の情報とともに各々のオッズが表示され、観客たちはそこに電子チップをベットするのである。

  観客席の端っこでいかにも金のなさそうな二人のハイエナ獣人がボソボソと相談をしていた。

  「なあ、おまえはどっちに賭ける?」

  「そりゃチャンピオンに決まってるだろ。」

  「だよな。挑戦者のチビ豹、俺でも勝てそうだぜ。」

  「この会場の全員が同じこと思ってるだろうな。こりゃチャンピオンのオッズは最低倍率だな。」

  「オッズってなんだ?」

  「ああ、おまえ賭け試合初めてか。賭け金に対していくら配当が付くかってことだよ。競馬といっしょで人気がないほうが倍率が高くなる。」

  「ふーん、じゃあ今チャンピオンの方が倍率高いのはなんで?」

  「は?そんなわけ…」

  ハイエナはディスプレイに表示されたオッズを見て目を疑った。確かにチャンピオンの虎島に10倍近い倍率が表示されている…つまり現在、挑戦者側にそれだけ多額のチップが賭けられているということである。

  ざわつき始める会場にキーンっと館内放送が入る。

  「あー…てすてす…ごほん、ご来場の皆様方、ちょっと聞いてもらえるかな。ワシは今回の挑戦者の豹野君に出資をしとる兎川っちゅう年寄りじゃ。」

  いつの間にかマイクを手にしていた兎川が会場全体に話しかける。

  「すでにご覧のとおり、チャンピオンのオッズが高くなっとるじゃろう。ふつう実績のない挑戦者のほうがもっと倍率が高くなるのが相場なんじゃが…何を隠そうワシが挑戦者に賭けとるんじゃ。」

  会場のどよめきが一気に大きくなる。ハイエナ二人組も顔を見合わせた。

  「つまりあの兎の爺さんが、一人でオッズ吊り上げたってことなのか?」

  「そういうことらしいな。この会場全体の賭け金の十倍、いやそれ以上を一人で…何者?」

  会場中から聞こえる「このジジイ、ヤバい」という声に長い耳を傾けながら、兎川は話を続ける。

  「ぶっちゃけ最近の試合つまらんじゃろ?13連勝中のチャンピオンを止められる者はおらんし、配当も低い。競馬でもやっとったほうがまだ熱くなれるじゃろ。ワシはもっと諸君にギャンブルの興奮を楽しんでほしい。」

  兎川に語り口調に熱が込もり始める。

  「そこでワシ自身が出資者となり見込みのある挑戦者を送り込んだというわけじゃ。君らはこの豹野君をただの小男と思っとるかもしれんがコイツはそんなヤワなモンじゃないぞ。

  さあ、ギャンブラー諸君、大いに楽しんでくれたまえ。」

  兎川がマイクを切ると、混沌としていた会場が一気に興奮の渦に飲み込まれる。

  初心者ハイエナは狼狽えた様子で相方の肩を揺すった。

  「ど、どうする?どっちに賭けるんだ?」

  「チャンピオンに有り金全部に決まってるだろ。」

  「でもあの兎の爺さん、自信満々だぞ。何かあるんじゃないか?」

  「あのジジイは資産家かもしれないが絶対頭がイカれてる。こんな圧倒的な体格差の前には何をやっても無意味だ。」

  「だから怪しいんだろ。八百長じゃないのか?」

  「この闘技場の試合に限って八百長はあり得ない。少なくとも表社会での相撲や野球に比べたら、八百長は極めて起こりにくいんだ。」

  「なんで?」

  「まあルールを聞けば分かる。」

  ハイエナたちがボソボソと相談している間にも情報を聞きつけた上層の賭場の客達も会場に続々と押しかけており、観客席は立見席まで満員となっていた。

  バタンッ

  超満員となった会場の扉が音を立てて閉じた…

  「素晴らしい!先生のギャンブラー魂には感服いたしました。」

  獅子森は大袈裟に手を叩いて称賛する。

  「面白くなってきたじゃろ?会長も一口乗らんかね?」

  「いえいえ、私ごときが博打で先生に太刀打ちできるはずもございません。」

  (ふん、誰がギャンブルなんぞ。私はアホどもから搾取する側なんだよ。)

  獅子森は腹の中で笑いながら、ギャンブル依存症の下層民からたんまり搾り取って肥やしてきた大きな腹を撫でた。

  「間もなく時間いっぱいです。賭け金のベットを締め切らせていただきます。」

  司会の猫獣人がファイナルベットを宣言する。会場の人数は当初の倍以上になっており、積もりに積もった欲望のようなチップの山に獅子森はほくそ笑んだ。最終的にチャンピオンのオッズは3倍程度に落ち着いたが、それでもほとんどの客にとっては破格の条件であった。

  司会の猫獣人が虎島と豹野、そして会場全体に見回し再び喋る。

  「今一度ルールの確認です。

  時間無制限、どちらかが戦闘不能になるかギブアップを宣言するまで試合は続きます。

  なお両陣営、任意のタイミングで一度ずつ作戦タイムを取ることが認められます。」

  賭け試合初観戦のハイエナが隣のハイエナの肩をつついて声を掛ける。

  「なあ、これって要するにルールなしってことなの?」

  「まあそうだな。目潰し金的当然オーケー、噛みつきも引っ掻きもアリだぞ。過去には拷問みたいに爪を一枚ずつ剥いでギブアップを迫るなんてのもあったな。」

  「うへー、おっかねぇ。あの黒豹、さっさと気絶しちまった方が楽なんじゃないか。」

  「いや、気絶程度じゃ試合は終わらんぞ。」

  「え?」

  「気絶したフリして不意打ちするのもアリだからな。どっからどう見ても完全な死体になるまで戦闘不能とは見なされないんだ。」

  「じゃあ生きてあのリングから出るにはギブアップするしかないのか?」

  「ああ、でもどの道生きて帰るのは無理だけどな。」

  「でも、ルールじゃギブアップも認められてるんだろ?」

  「まあな。でも仮に生きてリングから出てきたとして、ハズレ券掴まされた観客どもが黙ってると思うか?この地下の最下層にゃ刑法199条なんて無いに等しいんだぜ。

  実際チャンピオンの虎島の13勝のうち3勝は相手のギブアップだが、降参したチャレンジャーは3人とも試合直後に観客に殺されてる。」

  「狂ってやがるな。」

  「まあそこがこの試合の醍醐味さ。慣れると癖になる。それに闘技者の命が八百長の起こりにくさを担保してるんだぜ。」

  「ああなるほど、いくら積まれたって殺されたら何にもならないもんな。」

  「だがら今回も安心してチャンピオンに全財産ぶっ込めるわけ。」

  初心者ハイエナが納得したところで、ちょうど司会の猫獣人が右手を大きく手を掲げた。彼がそのまま審判も務めるのである。

  [newpage]

  「両者、用意はいいか?レディ……ファイト!」

  審判の掛け声とともに虎島は豹野を見下ろしながら、警戒する様子もなくずいっと一歩前に出ると分厚い胸を平手でバンと叩いた。

  「俺に挑戦しようとする勇気に敬意を表して一発だけ好きな所を殴らせてやるよ。」

  「ハンデのつもり?遠慮しないよ。」

  「おまえのパンチなんざ屁でもねえよ。ほれ、鳩尾でもタマキンでもいいぜ。」

  虎島は人差し指をクイクイ動かして挑発する。豹野は彼特有のそろりとした歩き方で近づいていき、虎島の股間に拳を突き上げようと、腕を振り下ろして力を込めた。

  その瞬間、虎島が牙を剥き出しにしてニヤッと笑う。

  「なーんて、な!!」

  虎島はいきなり両手を広げて、豹野の体を覆うように掴み掛かった。だが豹野は脊髄反射的速さで小さな体をすくめて迫ってきた両腕を寸前のところでかわすと、その腕を鋭い爪で引っ掻いた。

  「チッ…」

  虎島の追撃をかわして豹野はさっと後ろに飛び退く。3本の筋状に滲んだ血をペロリと舐めて虎島は感心したように笑う。

  「へへ、動けるじゃねえか。今のでこれまでにアホを3人捕まえたんだぜ。」

  「くだらないね。チャンピオンなら実力で捕まえてみなよ。」

  豹野は両手を床に付けると、獣のように体を屈めた。

  「何のマネか知らんがいいぜ、鬼ごっこだ。時間無制限のな。」

  虎島が襲いかかってくると同時に、豹野は壁のほうに向かって野生の黒豹宛らに四足で駆け出した。

  「コイツ…四つ足のケダモノかよ。」

  虎島が振り上げる腕を紙一重でかわしながら豹野はひたすら壁沿いを走り回る。おちょくられているようで虎島はだんだん腹が立ってきた。

  「撹乱でもしてるつもりか。そんなにグルグルしてるとバターになっちまうぞ。」

  (そりゃ虎(あんた)だろ。)

  虎島は無理に追いかけるのをやめると「そのうちスタミナ切れを起こすだろ」と目で豹野を追いつつリングの中央で悠然と構えはじめた。

  虎島の周りを走り続ける豹野の速度がだんだん上がっていく。

  (加速して突っ込んでくるつもりか?)

  虎島は奇襲に備えて身構えたが、トップスピードに乗った豹野は突然壁に向かって飛んだ。

  「なに?」

  黒豹は金網の壁面をまるで重力が水平方向が変わったかのように駆け回る。サーカスのグローブオブデス(金属の球体の中をバイクで走り回る曲芸)の要領で四角いリングの壁面を渦巻き状に駆け上がっていき、最後に大きくジャンプして高さ5mの天井の中央にガバッとしがみついた。

  「よっと」

  豹野は両手で天井にぶら下がると、体を引き上げて両足を天井に付けてちょうど天地が反転した形でしゃがんだような態勢をとった。

  「「「スゲーーーーーーー!」」」

  観客たちは歓声を上げる。

  勝負の内容には関係ないのだが、観客の注目が豹野に集まり、まるで主役の座を奪われたようで虎島は内心面白くなかった。

  リングの中央で虎島は天井をビシッと指差す。

  「大道芸を見せてくれてありがとよ。だがそうやって蜘蛛みたいに天井に張り付いてたって勝負にならないだろ。さっさと降りてこいよ。」

  「プッ、クク…ここからだとよく見えるな、クククク…」

  突然コケにしたように笑い出す豹野に、虎島の苛立ちはとうとう怒りに変わる。

  「おい、何がおかしい。」

  豹野が次々起こす意外な行動とそれに沸く会場の空気に呑まれ、虎島の精神は余裕と冷静さを欠いていた。

  「まだ気づかないの?さっき腕を引っ掻いた時、あんたのパンツも破っておいたんだ。ケツが丸出しになってるよ。」

  「なッ!」

  虎島は慌てて後ろを向いて尻を確認した。

  敵が自分から目を逸らした瞬間、獲物を狙う野生のハンターのように豹野の瞳孔が縦に開く。

  (なーんて、ね!)

  豹野は体をしならせて音もなく天井を蹴ると、眼下の虎島に向かって黒い矢のように跳んだ。

  騙されたことに気づいた虎島が再び天井を見上た時にはもう遅かった。

  ザシュ

  「がああああああああああああ!!」

  虎島の悲鳴が響き渡り、リングの上に鮮血とともに小さな球体が叩きつけられる。

  「め、目があああああああああ!!!

  このガキぶっ殺してやるうううう!!」

  左目を失った虎島は残った半分の視野で豹野を探した。

  「どこにいきやがったああああ!」

  逆上した虎島は見えない敵を捕らえようとめちゃくちゃに腕を振り回す。血の昇った頭ではそれがさらに大きな隙を生んでいることなど考えることもできなくなっていた。

  ドスンッ

  「ぐがぁ!」

  突然、死角から大きな衝撃を受け虎島は短く叫んだ。喉を締め付けられている…いや、噛みつかれている。

  豹野の牙が虎島の喉元を捉え、ギリギリと締め付けていた。脳への酸素の供給を絶たれ虎島の視界は急激に白んでく。

  「て、てめ…先祖返り…か…」

  「ひゃひゃ、そのとおり。」

  虎島が塞がれかけた喉からやっと発した言葉にリングの外から兎川が笑いながら答えた。

  「豹野君の体は通常の獣人に比べてかなり原種に近い。二足歩行はちょっと苦手なようじゃが、強靭なバネとしなやかな体幹は爆発的な瞬発力を生み出し、鋭い鍵爪は引っ掻くだけでなく金網を登るのもお手のものじゃ。

  そしてその最大の特徴は…今まさに虎島君が味わっているその顎の筋力じゃな。」

  豹野の体を引っ掻いて引き離そうとするも、豹野の顎は鋼鉄製の虎バサミのようにガッチリと喉元に食い込み、160kgの虎島がたった35kgの豹野を振り解けずにいた。

  ギリギリと首を締め付けられた虎島は酸欠に陥り体中の力がどんどん抜けていき、ついにドスンと仰向けに倒れてしまう。

  「いいぞ豹野君、そのまま喉を噛み潰してしまえ。」

  兎川に言われるまでもなく豹野が強靭な顎をギリギリと締め上げていく。

  (こ、こんなチビに…ば、か、な…)

  もはや声を上げることもできず、遠くなっていく意識の中にかすかに叫び声が聞こえてくる。

  「おい、諦めるな!おまえには全財産注ぎ込んだんだぞ!!」

  「立て、虎島!俺は闇金にまで借りてんだ、お前が負けたら俺はお終いなんだよ!!」

  「俺なんか会社の金に手を出してんだぞ。負けたらぶっ殺すぞ!!」

  (チクショウ、最後に聞くのがクズ共の罵声かよ。)

  まさに地獄の釜の底のような阿鼻叫喚の中、虎島の意識が途絶えかけたその時、リングの外で見守っていた獅子森がすっと手を挙げた。

  「審判、作戦タイムを要求する。」

  審判の猫獣人は即座に豹野に駆け寄り、頭を押さえて虎島から引き離そうとする。

  「タイムだ。挑戦者、離しなさい。」

  豹野はしぶしぶ口を離すと、解放され呼吸が回復した虎島が息を吹き返す。

  「ガハッ、ゲホッゲホッ…はぁはぁ…」

  「チッ…」

  豹野は舌打ちして、引っ掻き傷を舐めながら兎川の方いるコーナーに戻っていく。

  虎島も呼吸を整えると獅子森の方へ戻っていった。

  「チャンピオン側の要請により、10分間の作戦タイムの入ります。」

  ふらつく足取りでコーナーに戻ってきた虎島に獅子森は包帯を差し出す。虎島は抉られた左目を包帯で止血する。

  「試合が終わり次第すぐに眼球を移植してやるから安心しろ。」

  「面目ねえ、会長。油断しちまった。」

  「私も完全に彼を見くびっていたよ。もう容赦は無用だ。アレを使うぞ。」

  [newpage]

  一方、コーナーに戻った豹野は金網にどかっと寄りかかり腰を落とした。

  (しくじった。あと少しで締め落とせたのに…体力使いすぎた。とにかく、少しでも回復しないと。)

  豹野は金網にもたれ掛かったまま目を閉じると、5秒ほどで静かに寝息を立て始めた。

  ボカッ

  「いてっ」

  「寝とる場合じゃないぞ豹野君(ボカッ)、ほれ、起きるんじゃ(ボカッ)、面白いものを見逃してしまうぞ(ボカッ)」

  「痛えなジジイ。杖でボカボカ叩くなよ。」

  「そんなことより、ほれ、虎島君のほうを見てみるんじゃ。」

  叩かれた頭を抑えてながら、反対陣営に目を向けた豹野は異様な光景に一気に目が覚めた。

  「な、何やってるんだ…」

  四つん這いになった虎島が口にホースを咥えて何かを飲み込んでいる。

  ホースは金網の先のデカい漏瑚(じょうご)に繋がっていて、獅子森が両手で抱えた青い業務用の50リットルゴミバケツから何かドロドロした白い液体を注ぎ込んでいた。

  「ゴクンゴクン…ゴクンゴクン…」

  あのドロドロが何なのかは豹野にも観客にも分からなかったが、水分や糖分の補給というレベルを遥かに超えているのは誰の目にも明らかである。勢いよく注がれる液体を虎島は喉を鳴らしてうまそうに飲み続けた。

  常人なら腹がパンクするだろうが、虎島の肉体を怪物のような巨体に育ててきた胃袋は並ではなく、送り込まれる液体を際限なく溜め込んでいった。

  虎島の筋肉で引き締まった腹が水風船のようにどんどん膨らんでいく…

  ブクン…ブクン…ブクン…ブクン……

  やがて大きなバケツが空っぽになると、四つん這いになった虎島の白い腹は床に付いてしまっていた。

  怪力自慢の虎島もあまりの腹の重さのためによろけそうになったが、金網に手をついてゆっくりと立ち上がった。虎島は口のまわりについたドロドロを舌でベロリと舐めとると、真っ赤な口を大きく開いた。

  「がおおおおおおおっぷ!!」

  ゴミバケツ一杯分の液体を飲み干したことを告げる大きなゲップを響き渡る。甘ったるい匂いが豹野のところにまで漂ってきた。

  巨大スクリーンに虎島の全身が映し出される。

  虎島は観客や豹野たちにに見せつけるようにくるりと一回りすると腹をポコンと叩いた。

  「ぐぷっ、美味かった…」

  虎島はパンパンに膨れ上がった腹を満足そうに撫でる。引き締まったウエストは見る影もなく破裂寸前の巨大な白いボールのようであり、鍛え上げられた上半身に不釣り合いの異様な体型になっていた。強靭な腹筋や腹斜金は腹の内部の圧力で引き伸ばされ球体と化した腹の表面にうっすら浮かび上がっている。

  「さあ、来るんだ。」

  獅子森の呼びかけに応じて虎島は巨腹を金網に押し当てた。

  獅子森が馬にでも使うようなサイズの注射器を取り出すと、虎島の腹に打ち込んだ。

  大量の薬液が注入されるにつれて、腹の表面に太い血管が浮かび上がっていき、木の根のように腹全体を覆うと身体中に広がっていった。

  ドクン…ドクン…ドクン…

  虎島の風船腹が心臓のように脈打ち始める。その脈動のたびに、風船から空気が漏れるように、腹が少しずつ萎んでいった。

  「グルルルル…」

  虎島の全身が震える。肥大化した血管はドクドクと激しく蠢き、全身に吸収した養分を運んでいるのだろ。

  バキ…ゴキゴキゴキ…ゴリゴリゴリ…

  全身から骨の軋む音が鳴り出す…

  驚くことに会場の全員が見ている前で虎島の身長が伸び始める。まるでビデオの早回しを見ているように、胴体だけでなく手足も確実に長くなっていき、豹野を見下ろす目線がぐんぐん高くなっていった。

  虎島の変化はそれだけではない。

  ブクン…ブクン…ムクムク…ムクムク

  腹の膨らみが小さくなっていくのに従って、鍛え抜かれた鋼の筋肉が腹の中の大量の養分を材料にしてさらに発達して盛り上がっていく。

  「グフ、グフフフフ…

  体中に力が溢れてくるぜ。」

  虎島は虎の本能のまま咆哮し、全身に漲る力を誇示するようにダブルバイセップのポーズを取った。

  年輪を一重また一重と積み重ねるように、丸太のような手足が内側から膨張し巨木のように成長し、腕を曲げると一段と逞しくなった力瘤がブクンと盛り上がった。

  広げた胸板ははち切れんばかりにバルクアップし、余分な脂肪が一切ないにも関らず、ふさふさの白い胸の毛皮も相まって純度100%筋肉の豊満なバストが形作られていた。

  背中は逆三角形の山脈と化し、彼が力を込めると自慢の虎模様の下では巨大な筋肉の塊がモコモコと蠢いていた。背中が広くなっただけでなく首も手足同様に筋張ってぶっとくなり、肩もこんもりと盛り上がったおかげで、大きな虎顔も相対的に小顔になったように見えた。

  …そして、膨れ上がった水風船のようだった腹は完全に萎んで括れを取り戻し、それどころか腹筋の溝に残っていた僅かな脂肪すら溶け消えて、さらに腹筋が強化されたおかげでエイトパックは握り拳を並べたようにボコボコと大きく浮き上がっていた。

  おまけに太い足でパツンパツンになったボクシングパンツの股間部分…筋肉だけでなく性器にまで栄養が行き渡っていたようで、竿も玉袋も規格外の体格に相応しくずっしりと成長しており、勃起しているわけでもないのにくっきり形が浮き出ていた。

  常人の域を越える化け物じみたビルドアップを見せつけられてもマッスル至上主義のファン達は一層の歓声と投げ銭で応えた。

  虎島本人もスクリーンに映し出される自分の姿を残った残った右目で眺めて、うっとりとした表情を浮かべる。

  一方、虎島の変化を呆然と眺めていた豹野は、はっと我に帰ったようにリングの外の兎川に詰め寄る。

  「おい、あんなのアリかよ。ドーピングじゃないか。」

  「ほっほ、面白いからヨシ。」

  「よくない!」

  豹野の抗議も虚しく、「作戦タイム終了、両者リング中央へ」と審判が作戦タイムの終了を告げた。豹野はブツクサ言いながらも諦めてリング中央に向かう。

  「気をつけるんじゃ豹野君、さっきまでの虎島君とは一味違うぞ。」

  「クソ、こんな化け物相手なんて聞いてないぞ。」

  [newpage]

  虎島が巨体を揺らしノシノシと近づいてくる。

  改めて真正面に対峙した虎の肉体は、筋肉量も上背も体の厚みも全てが10分前とは比べものにならない威圧感を放っていた。豹野は虎島の頭と天井の距離から今の身長は2m30程度と目算する。

  虎島はさらに身長差が開いた豹野を遥か上から見下ろすとニイっと笑った。

  「どうだ、パワーアップした俺の肉体は?美しいだろう。」

  「ナルシストかよ、気色悪いな。」

  「俺は客観的に自分を見てるつもりだぜ。客の反応がその証拠さ。この体に抱かれて死ねるなんてお前は幸せ者だぞ。」

  「俺を抱きたかったら、まず捕まえてみなよ。」

  豹野は床に手を付いて臨戦態勢に入る。

  「両者、用意はいいか?レディ……ファイト!」

  審判の猫獣人の試合再開の合図とともに、豹野は四足で駆け出す。周囲を走り回り、視界の潰れている左側から攻撃のチャンスを伺う。

  ところが、虎島は深く息を吸うと、残った右目を閉じて太極拳のように腕を大きく広げゆっくりと身構えた。

  (死角から攻撃されるのが分かってるからあえて視覚に頼るのをやめたか。どっちにしろ遠慮するつもりはないよ。)

  豹野は虎島の腕を掻い潜り、豹野は虎島の喉元目がけて飛び込んだ。

  (今度は逃さない…動脈をかっ切ってやる。)

  豹野の牙が虎島の喉を捉える。だが…

  「ぐ…ぐががが…(硬い…クソ、牙が通らない。)」

  太くなった虎島の首の筋肉は豹野の想像を超える強度になっていた。分厚い筋繊維に阻まれて牙が血管に届かない。

  「グフフ、そこに喰らいつくように誘ってたんだぜ。」

  首元にガッチリ噛みつかれているにも関わらず虎島は平然と喋っていた。豹野が顎に力を込めているうちに、虎島の手が豹野の細い体に掴みにかかる。

  (ヤバい…捕まる。一旦逃れないとまずい。)

  豹野は喉元から口を離すと、全力で自分の牙を噛み締めた。…バキンッ

  「ブッ」

  突然、虎島の右目に向けて豹野の口から血飛沫とともに何かが飛び出した。

  (何だ?まさか折った牙を吹き出したのか。)

  残された右目まで潰されてはさすがにまずいと、虎島はとっさに目を瞑り体を強張らせた。同時に腕の力が一瞬緩み、豹野は柔軟な体を猫のようにくねらせて腕の中から脱出すると、虎島の体を蹴って距離を取った。

  「チッ、逃げやがったか。」

  豹野はそのまま素早くリングの角まで逃れると、壁の角をスルスルと登って天井に張り付いた。

  自ら折った牙の跡から血が溢れズキズキと痛み始めてきていたが、そんなことを気にしてい場合ではなかった。

  (クソ…喉がダメなら目を潰すしかないな…なんとか隙を作らなければ。)

  虎島が簡単に追ってこれない"安全地帯"で作戦を練っていると、虎島は天井の豹野に目を向けたままリングの外の獅子森に声をかけた。

  「なあ会長、さっきの薬、強精剤でも入ってたんですか?なんかすっげえムラムラしてきたんだけど。」

  「いや…しかし雄(だんせい)ホルモンの増量の影響かもしれんな。やりづらいようなら今後の改良の参考にしよう。」

  「ううん、いいよこのままで。むしろこの方がいい。何が何でもアイツを捕まえたくなった。」

  虎島は突然リングの中央で膝をぐっと折り曲げてしゃがんだ。天井を見上げる虎島がニヤっと笑った瞬間、"何かヤバい"…豹野の本能がビンビン警鐘を鳴らす。

  「フンっ」

  極太の太腿が一瞬さらにブクンと膨れたかと思うと、虎島は高さ5mの天井に張り付いている豹野に向かって跳んだ。

  200kg近い巨体の虎が重力の支配から解放されたように自身の身長以上の高さにまで浮かび上がる。

  信じられない光景に会場の誰もが目を疑う。(ただ一人一番近くで見ていたライオンを除いて。)

  豹野が捕まりかけても眉一つ動かさない兎川ですら目を見開いて「ほおお!」と歓声を上げる。

  (嘘だろ!?ヤバい、掴まれる。)

  天井に逃げて安心していたためか、豹野の反応は一瞬遅れた。壁に飛びつこうと天井を蹴った瞬間、ものすごい力で長い尻尾を掴まれる。

  「捕まえたぜ……フンっ」

  「し、しまった!

  がはっ」

  虎島は落下の勢いを乗せて、豹野の体を振り下ろし、リングの床に叩きつけた。豹野は咄嗟に受け身を取ったが、凄まじい衝撃で掴まれていた尻尾がブチっと鈍い音を立てて千切れ、彼の体は反動で金網まで飛んでいった。

  「う…ぐ…」

  金網に叩きつけられた豹野は右腕を押さえながら立ち上がる。そのか細い腕は赤く腫れ上がっていた。尻尾の切れたパンツの尻が真っ赤に染まっている。

  豹野の苦痛に歪む顔を眺めながら、虎島は黒い尻尾を指で摘んでプラプラぶら下げて見せた。

  「ガハハ、自慢の尻尾が千切れたおかげで体へのダメージは抑えられたようだな。怪我の功名ってやつか。でもその腕、完全にイってるだろ。もう天井には逃げられないぜ。」

  虎島は尻尾をポイっと投げ捨てると、ゆっくりと壁際に迫っていった。豹野は逃げようとしたが、金網で囲まれたリングの中、腕を一本失った豹野は袋の鼠同然であり、いとも簡単に捕まり抱き抱えられてしまう。

  「クソ、離せ」

  豹野は虎島の肩に噛み付いたが、虎島は平然としている。

  「グフフ、待たせたな。約束どおり抱き締めてやるよ、子猫ちゃん。」

  豹野の胴体を同じかそれ以上に太い腕で締め上げ、分厚い胸板を押し付ける。

  「ぐ、ぐがあああああ」

  「まだ半分の力も入れてないぞ。ほら、がんばれ、どんどん締め付けていくからな。」

  豹野が全力でもがいたところで、抵抗はないに等しかった。虎島が胸に力を込めると二つの胸筋の山がボコっと隆起し、鉄のような硬さとなってプレス機のように豹野の体を押し潰した。豹野の口から漏れる苦痛に満ちた声に、虎島の興奮が高まっていく。

  「お前の体、本当に薄っぺらいなあ。

  ぐへへ…思い出すぜ初体験…お前みたいに細い奴を…ハァハァ…ボコって無理矢理公衆便所に連れ込んで…ハァハァ…必死に抵抗して叫んで…パンツ真っ赤にして…ハァハァ…最高に興奮したなあ…」

  虎島が一人で思い出に浸りながら楽しそうに独り言を呟くたびに、腕の締め付けが強くなっていき、豹野の体がミシミシと悲鳴を上げる。

  …そして、豹野の腹のあたりにもう一つ硬いものがムクムクせり上がってくる。

  「ふんっ!」

  「あ…が…がはあっ」

  体の中からバキンっという鈍い音が響き、続いてジョロジョロという水音とともにパンツが真っ赤に染まり、床に赤い水たまりを作っていく。

  「おっとうっかり肋骨折っちまった。それにその血尿、お豆ちゃん(腎臓)が潰れたみたいだな。」

  虎島が腕を解くと、豹野はドサっとリングに崩れ落ちた。折れた胸を抱えてうずくまり苦しそうに呻き声をあげる豹野を遥か上から見下ろし、虎島は満足そうに笑う。

  「どうだ、俺のおっぱいに潰された感想は?気持ち良すぎてまともに喋れないか?でも昇天するにはまだ早いぜ。」

  虎島はもうまともに抵抗できない豹野の頭を左手一本で掴んで持ち上げた。

  「本当は目ん玉も抉ってやりたいところだが、最後まで俺の肉体美を脳裏に焼き付けさせてやるよ。俺って優しいだろ?その代わり…」

  虎島は豹野の頭と同じくらいの拳骨で豹野のマズルを思い切り殴りつけた。前歯が一気に3本吹き飛び、鮮血が虎島の拳を染める。

  「あ、ぐ、があ…」

  「まだまだ。」

  虎島は続けて豹野の頭を掲げたまま顔面を殴り続ける。つんと通った鼻が潰れて血が吹き出し、上顎がひしゃげていく。

  さらにグローブよりもさらにぶ厚い手のひらでバチンバチンと往復の平手打ちを喰らわせると、奥歯が折れて口から飛び出した。

  「あーあ、かわいいお顔が台無しだな。

  これでラストだ、オラっ!」

  思い切り右腕振りかぶりボロボロになった顔面にダメ押しの右ストレートを叩き込むと、豹野の体はふっ飛んで反対の壁に叩きつけられた。

  「「「いいぞ虎島あああああ!」」」

  残虐ファイトを望んでいた観客たちが一気に沸き上がり会場が虎島コールに包まれると、虎島のテンションも最高潮に達する。

  「グフフ、たまらねえぜ…ハァハァ…」

  虎島は手を広げて観客を煽ると、リング中央でストリッパーのようにパンツに手をかけながら括れた腰をぐるりとくねらせる。そして太腿がパツンパツンになって窮屈そうだったパンツをちり紙みたいにビリっと破り去った。解放されたイチモツはブルンッと勢いよく反り返って逞しい腹筋にビタっと当たった。

  一糸纏わぬ姿を晒し、虎島は誇らしげに胸を張る。巨大スクリーンに映し出されるチャンピオンのイチモツに誰もが釘付けになった。

  虎の巨体に相応しい30cm超えの赤黒い巨根はガチガチに硬くなって天井を仰ぎ、すでに鈴口から透明な粘液をトロトロと吐き出していた。

  「「「ゴクンっ」」」

  一瞬会場が静まり返り、雄も雌もノンケもレズもみんな揃って口の中に溢れてきた生唾を飲み込んだ。

  虎島は見せつけるように我慢汁を太い指に纏わせゆるゆると自身のチンポを扱きながら壁際でうずくまる豹野にゆっくり近づいていった。一歩一歩歩くたび、ふさふさの白い被毛で覆われた玉袋の中でりんご大の特大の睾丸がゆさゆさ揺れる。

  豹野の頭を掴んで無理矢理立ち上がらせる。

  「おい起きろ。ほら、最初に約束したろ、俺のでっけえ"肉棒"しゃぶらせてやるよ。最後に楽しんどけ。」

  「ふ、ふざ、けんな…」

  「あーあ、歯ボロボロじゃねえか、歯医者さんに怒られちゃうぞ。」

  「誰がそんなくっせえチンポなんか…」

  「おいおい、お前はすごいラッキーなんだぞ。見てみろ観客どもを。みんな俺のちんちんが欲しくてたまらないみたいだぜ。」

  「は…?」

  豹野が見渡すと、すでに観客席の至る所で獣人たちのチンポのしゃぶり合いが始まっていた。

  特に虎島と同じ虎種の人気は凄まじく、ろくに風呂にも入っていなさそうな腹の出っ張ったオッサンの虎獣人でさえ何人もの雄雌が群がっていて、変わるがわる不潔そうな包茎チンポを舐めまわしている。

  金の無さそうなハイエナ獣人二人組は床に寝そべってお互いにチンポをしゃぶりあっていた。

  もう勝った気でいるのか、お祭り騒ぎで大麻(はっぱ)を吸いながら盛り合っているグループもあるようで、一部の場所では煙とともに異臭が立ち込め、快楽とトリップで奇声が響く。

  「…地獄だな。」

  「グフフ、こんな大舞台で俺のオナホになれることを光栄に思えよ。先祖返りなんていう珍品の口と喉の具合、確かめてやるよ。」

  虎島は豹野の口をこじ開けると、歯の抜け落ちた口内にイチモツをねじ込んだ。

  ズリュズリュズリュズリュ…

  豹野の腕より太いチンポが喉の奥を押し広げ食道まで侵入し、気道を完全に塞いでしまう。

  「ん、んぐ、んぐぐぐぐっ」

  「おお、血がヌルヌルしてあったかくて気持ちいいぜ。じゃあ動かすぞ。」

  虎島は豹野の体を掴んで持ち上げると、まさにオナホールのように前後に振って動かし、自らも腰を振ってチンポを刺激した。肋骨の折れた脇腹を掴まれて痛みで意識が飛びそうになる。

  喉の中でビクンビクンと脈打つ感触に強烈な吐き気を催し、オエっと吐き出してしまいたくても虎島の怪力がそれを許さない。

  噛みちぎってしまおうにも歯はほとんど失われており、捩じ込まれたチンポが太すぎて顎にまともに力を入れることができなかった。

  「ぐふっ、なかなかいい感じの締め付けだぞ。おら、苦しかったら泣き喚いて見せろよ。」

  虎島がバンバンと腰を振るたび、折れた鼻っ面が硬い腹筋に当たって激痛が走ったが、それすら喉の奥の不快感と酸欠の苦しさが勝って掻き消されてしまう。

  豹野の両目から大粒の涙がボロボロと溢れ出し、その表情が虎島のリビドーの火にさらに油を注ぎ、声にならない声を上げようとする声帯が震えればチンポへの刺激となって虎島をさらに喜ばせた。

  「ハァハァ…すっげ…きもちい…グルルル」

  巨大ディスプレイに映し出される豪快なイラマチオに、本日最大級の投げ銭が金色の嵐のように飛び交う。会場のほとんどの者が全財産を注ぎ込んだあとだろうに、一体何処から金が湧いてきたのか…

  その勢いはこの地下カジノの上層階で上演されているセックスショーを遥かに上回る利益を生み出すほどである。これには獅子森もにやけ顔が隠せない。

  「そろそろイクぜ…全部飲めよ。」

  咆哮とともに喉が張り裂けそうになるほど虎チンポがブクっと膨れ上がる。

  ドビュッーーーーーー!!!ドビュドビュドビュッ!!ビュルビュルビュルビュル!!

  豹野の胃袋にダイレクトに精液の濁流が叩きつけられる。虎島の大きな睾丸で製造される精子の量は半端ではなく、豹野の腹はみるみる膨れていった。

  「ぐ、ぐぼぼぼぼ…」(い、胃が、胃が破裂する…)

  薄くぺちゃんこだった腹はたった一度の射精で水風船のようにパンパンに膨れ上がる。豹野は足をバタつかせて苦しんだが、腹の中でブチっという音がしたのと同時に白目を剥いて動きを止めた。

  「フゥ、気持ちよかった。」

  虎島はスッキリした表情で萎えかけたチンポを豹野の口からズルっズルっと引き出した。鼻と口から精液がボタボタと溢れ出す。

  「ぐえっ…ゲホッゲホッ…」

  「お前のお口、なかなか良かったぜ。

  ごち、そう、さんっ!」

  虎島はピクピクと辛うじて動いている豹野のタプタプの水っ腹にボディブローを叩き込む。

  「ぶばああああああああああ!」

  豹野は口から噴水のように精液と血の混合液を噴き出しながら、リングの中央までふっ飛んで仰向けに倒れた。黒い毛皮が赤と白に染まる。

  「さて、けっこう楽しんだし、そろそろ止める刺してやるかな。」

  虎島は指をポキポキ鳴らしながら豹野に近づいていった。

  虎島がもう動くこともままならない豹野に向かって拳を振り上げたとき、それまで黙って試合を見ていた兎川が突然口を開いた。

  「審判、作戦タイムじゃ。」

  審判の猫は即座に動き虎島を止めに入る。

  「ちぇ、そういえばまだお前のタイムが残ってたな。人生最後の10分だ、悔いのないように遺書でも書いとけよ。」

  虎島は吐き捨てるように言って萎えたチンポをプラプラさせながら獅子森のいるコーナーへ戻っていった。

  「会長、あとちょっとのとこで止め刺しそこねちまったよ。」

  「相手はもう虫の息だ。問題あるまい。」

  「へへ、最後にケツ穴にぶち込んでやろうかな。あれだけ出したのにまだムラつきが収まらねえや。」

  「私の分も残しておけよ。このマラも精液も私の所有物なんだから。」

  「心配しなくたって薬の副作用でこんなでっかい金玉ができあがったんだ。精子工場絶賛稼働中ですよ。」

  虎島は片手で大きなふぐりを掴んでクニクニ摘んで見せた。獅子森が確かめるように金網に指を突っ込んで萎えかけたチンポを刺激してやると、またすぐにムクムクと反り立った。

  「やっぱ休憩明けまで我慢できねえ。」

  虎島は金網に指をかけブチンブチンと引きちぎって穴を広げると、硬さと大きさを取り戻した巨根を差し込んで獅子森に差し出した。

  「白状すれば、さっきは少し黒豹君に嫉妬してしまったよ。私もコイツをしゃぶりたくてたまらなかったからな。」

  獅子森は猫科のザラついた舌にたっぷり唾液を纏わせ、千歳飴のように竿を上から下までペロペロと舐め始めた。いやらしく浮き出た太い血管に舌這わせて、溢れ出る蜜を零さないよう丁寧も舐め取っていく。空いた手で虎島の腹筋や胸筋、大腿筋をまさぐりそのバルクアップした肉体を楽しむ。

  例のごとくディスプレイに映し出される淫らな光景は観客たちにも2回戦3回戦を促すのに十分な刺激となり、会場中が喘ぎ声と性の匂いのるつぼと化した。

  [newpage]

  誰もがディスプレイに映し出される大型猫科の淫行に目を向ける中、豹野はボロ雑巾のようになった体を引き摺ってひっそりと兎川の元へ這っていった。

  千切れた尻尾、折れた右腕と肋骨、砕けた上顎と鼻、ほとんど抜けた歯、潰れたいくつかの内臓…豹野は満身創痍だった。

  「よくギブアップせんかったのう。偉い偉い。」

  「おい、何でもっと早くタイム取らなかった。」

  歯をほとんど失い顎の砕けた豹野はしゃべるのも辛い様子であるが文句を言わずにはいられなかった。

  「すまん、すっかり試合に見入ってしまってたわ。さすがチャンピオンの虎島君じゃ、魅せるのう。」

  「いい加減にしろよクソジジイ…ぐぶっ」

  豹野は吐血しバタッと倒れる。

  「安心せい、必ず助けてやるわ。

  豹野君、ちょっとお腹をこっちに向けてくれんかの?」

  「もう体を起こすのもキツい…」

  「いいから言うとおりにするんじゃ。死にたくなければのう。」

  なぜか兎川の言葉から今までにない気迫を感じる。

  「わかったよ。」

  豹野は最後の力を振り絞って寝そべったまま黒い腹を兎川に向けた。誇張抜きでこれ以上は寝返りすらできないだろう。

  兎川は頷くと、足元に手を伸ばし床面の蓋を開けた。中はケーブルボックスになっており配線などいくつも線が通っていたが、兎川はその中から一本のチューブを取り出した。

  チューブの先端のキャップを取り外すと、その先端は細かく枝分かれしてまるで生き物の触手のような形をしており、蛸の足のように不気味に蠢いていた。

  豹野が言葉を発する前に、兎川はそのチューブを豹野の腹の中央…黒い被毛に隠れたへその穴に捩じ込んだ。

  「うぐっ」

  ズブ…ズブズブズブ…

  へそ穴を突き破って何かが腹に侵入してくる…その鈍い痛みと異様な感触に豹野は喘いだ。

  「な、何しやがった。」

  「今チューブが君の体の中に根を張っておるんじゃ。ちょっと痛いかもしれんが、我慢しておくれ。」

  チューブは巣穴に潜っていく蛇のように豹野のへそ穴にスルスル飲み込まれていく。

  「うぐっ、せ、背中が…首に向かって何か登ってくる…」

  「うむ、脊髄に接続できたみたいじゃな。」

  同じリングの中でこんな異様な現象が起きているにも関わらず、観客たちは巨大ディスプレイの中で虎島が獅子森の口内に射精するシーンに夢中で誰も気づいていなかった。まして豹野の体内で凄まじい変化が起こっていることなど。

  豹野の様子を確認した兎川は手元の端末を操作する。会場にゴウンという音が響き機材搬入用の大扉が開き、中から10トントラックの荷台ほどの大きさの"檻"が現れる。それは自動操縦されているのか豹野のいるリングの横に移動してきた。

  鉄格子で囲まれた檻の中には、相撲取り、それも脂肪たっぷりのアンコ型のような肥満体型の獣人達が10人ほど押し込められていた。

  全員が全裸であり、そして…彼ら全員の腹の中央…へその穴からは豹野と同じように長いチューブが伸びていた。

  ライオンと虎のフェラチオシーンをオカズにチンポをしゃぶりあったり自慰に勤しんでいた観客たちもさすがに「なんだなんだ?」とざわつき始める。

  獅子森も2度目のおしゃぶりを中断し、口の周りにべったりついた精液を拭いながら兎川の方へ歩み寄る。

  「先生、あのデブどもは何です?こんな催しがあるとは私は聞いていませんが?」

  「彼らはこのカジノの債務者じゃよ。

  会長がさっき虎島君に使っておった筋肉増強剤があるじゃろ?あの薬を開発するための人体実験の被験者だったんじゃが、失敗作の薬のせいであんなブクブクと太ってしまったようじゃの。

  処分に困っとったようなんでワシが個人的に引き取った。」

  「(モルモットの顔なんぞいちいち覚えとらんよ。)それで?まさかとは思いますが私を告発でもするつもりですか?」

  「いやいや、そんな無粋な真似せんよ。彼らは言わば…"養分"じゃな。」

  「はぁ…確かに彼らのようなギャンブル中毒はカジノにとっての"養分"には違いありませんが…?」

  兎川の意図を掴みかねて獅子森が考えていると

  「おい、さっさとここから出せ!」

  檻の中のデブ獣人たちの中でも一際太った猪獣人が鉄格子をガンガン叩きながら騒ぎ始めていた。

  「こんな真似してタダで済むと思うなよ!俺の親父は地元の有力者だ、社長だぞ。必ず訴えてやるからな!」

  上背もあり体重は200kgを優に超えていそうな猪は、檻を揺すっては頭に響くダミ声で怒鳴り散らす。

  兎川は檻の方に向き直り、ニヤニヤ笑いの消えた冷たい視線を向けた。

  「うるさいのう。親が偉いから何だというんじゃ、可愛げのない。

  耳障りじゃ…豹野君、あの猪から"吸って"しまえ。」

  死んだように横になっている豹野は体を動かすこともできなかったが、ただ一度丸い耳だけがピクっと動いた。

  すると突然、大声を出して騒いでいた猪が動きを止めてピタリと静かになる。

  「な、なんだ、この感じ…何か変だ…」

  猪の顔はみるみる青ざめていき、ダラダラと脂汗が流れ出す。猪の腹がぐううううと大きく鳴り始めた。

  「は、腹が、腹が急に…

  誰か食い物を、何でもいい、今すぐ食い物をくれ!誰か!」

  猪は叫びながら鉄格子から腕を伸ばす。先程とは明らかに様子が異なり、餓鬼に取り憑かれたように食べ物を求める。

  異常な飢餓感に自分の腹を見た猪は、へそに差し込まれたチューブが小さく脈打っていることに気づく。

  トクントクン…

  「な、何だよこれ…何かが、俺の腹から吸い取られてる?」

  猪は狼狽し、何とかへそ穴からチューブを引き抜こうとする。

  「んぐぐ…クソ、抜けねえ。ハァハァ…だ、駄目だ。……ハァハァ…力が抜けていく…」

  まるで長距離を走ったように呼吸が荒くなり、猪はその場にへたり込んでしまう。

  そうしている間に腹に差し込まれたチューブはより脈動のペースが速くなっていく。

  トクントクントクン…トクントクントクン…

  「誰か…頼む…食い物を…」

  猪は明らかに衰弱しており、その体にも変化が現れ始める。

  脂肪がたっぷりと蓄えられた2m近くありそうな太鼓腹が、風船の空気が抜けていくようにみるみるしぼんでいく。垂れ下がるほどの胸も分厚い尻も、中身が絞り出たように厚みを失っていった。

  最重量力士クラスの肥満体が、早回しのダイエット動画のように標準体型に近づいて急激痩せていく…

  猪に起こった異常な現象を目の当たりにした獅子森は胸騒ぎを覚えてリングの中の豹野に視線を移す。

  「こ、これは…」

  倒れている豹野の体が目に見えて大きくなっていた。先程まで痩せっぽちの子供のようだった黒い体が一般的な豹の成人のくらいの体格にまで成長している。

  豹野のへそに繋がれたチューブも猪のもの同様にトクトクと脈打っていた。ただし、猪とは逆に豹野の方に何かが流れ込んでいる。

  「どうやらうまく稼働しとるみたいじゃな。豹野君、どんな感じじゃ?」

  「温かい…体の中にエネルギーが流れ込んでくる…」

  ムク…ムクムク…

  豹野の体はさらに膨れ続ける。チューブから何を注ぎ込まれている腹はだんだんと丸く膨らんでいき、体全体にも肉が付き始める。

  「心地いい…痛みが和らいでいく…」

  シャープな体のラインが崩れだし、標準体型からぽっちゃり体型に変わっていく。筋張っていた手足も柔らかな肉が覆っていき太くなっていく。

  ムクムク…ブクブク…

  「潰れた内臓が…回復していく…」

  死にかけていた顔に生気が戻り、毛皮の上からでも分かるほど血色が良くなっていく。豹野が体力を取り戻していくのに従って、体が太っていくペースも加速していく。

  「折れた骨も再生してきたみたいだ。いや、それどころか…ん、んん…」

  ポキポキ…ミシミシ…バキバキバキ…

  体中から骨の軋む音が聞こえ始める。

  骨がぐしゃぐしゃになっていた鼻っ面が綺麗に整っていき、元のツンと通ったマズルに戻っていった。

  骨が太く長くなっていくにつれ、豹野の身長や手足が伸び始める。腹周りや太ももが急激に太くなったせいでボクシングパンツがパツパツになっていたが、ついに縦にも横にも伸びていく体に生地が耐えられなくなりビリっと破けた。

  「うわ、裸になっちまった。…まあいいか。」

  ブクブク…ブクンブクン…

  素っ裸になり、解放された腹はボヨンと広がる。丸く膨れるだけでは飽き足らず、付きすぎた贅肉は垂れ下がり、もはやぽっちゃり体型などとっくに通り越し、その体は立派な肥満体となっていた。

  「どうじゃ豹野君、体調は?」

  「もうどこも痛くない。それどころかすごく清々しい気分だ、最高のコンディションだよ。」

  豹野は膨れ上がった体を揺すってのっそりと立ち上がる。リング上を縦横無尽に駆け回っていた小柄な黒豹とは似ても似つかない巨漢がそこにいた。

  兎川は子供の成長を見守る親のように、その見違えた姿を見て目を細める。身長は180ほどにまで伸びていたが、腹回りの成長の方が著しくウエストは2m近くありそうである。パンツは破れてしまったが、肉が付きすぎて垂れ下がった下っ腹がちょうど股間を隠していた。おそらく体重は200kgを余裕で上回っていることだろう。

  胸もかなりのボリュームで、その辺の雌豹なんかよりよほど立派なおっぱいが出っ張った腹にデンっと乗っかっている。

  一方、檻の中ではガリガリに痩せ細った猪が白目を剥いて倒れていた。たっぷり抱えていた脂肪が全て消えた体は骨が浮き出てまるでミイラのようであり、わずかに口をパクパク動かすだけだった。

  ちょうど猪の体型がそっくり豹野に移ったようであり、両者の体の変化を見た誰もが、常識を一旦わきに置いて理解したことだろう。豹野が猪獣人からエネルギーを吸い取ったという事実を。

  豹野は自分の垂れ下がった腹肉を持ち上げるとブルブルと揺すってみる。たわわな両胸や手が届きにくくなった大きな尻の脂肪を自ら揉みしだき、その感触を確かめる。

  「本当に全部俺の肉になってる…俺、すごいデブになってる…」

  ディスプレイに映し出された黒いシルエットはもはや豹というより丸々と肥えた熊に近かった。最初は信じられないといった表情を浮かべていたが、手の中のプニプニと柔らかくもズッシリした肉感を照らし合わせてようやく実感が湧いてきたようで、豹野はこの日初めて笑顔を見せた。命のやり取りの中で見せる狡猾な笑みではなく、ほっぺたに付いたタプタプの肉を綻ばせた年相応の無邪気な笑顔だ。

  「ひゃひゃ、気に入ってもらえたようじゃな。」

  子供に与えたプレゼントの反応を見るように、兎川も目尻が下がる。

  [newpage]

  豹野の体の変化に審判の猫獣人すら目を点にして驚いていたようだが、ちょうど作戦タイムが終了したことに気付く。

  「挑戦者の作戦タイム終了、両者中央へ。」

  豹野はへそに繋がったチューブをずるずる引き摺ったまま虎島のほうへ歩み寄っていく。

  リング中央で三度対峙した豹野と虎島の体格差は、10分前とは大きく異なっていた。身長は虎島の方がまだだいぶ優っているものの、体重は豹野の方が重たそうに見えた。

  最終ラウンドは誰が予想したであろう超筋肉質VS超肥満というある意味夢の巨漢対決となった。ついでに二人とも全裸である。

  「おい死に損ない、なんだその腹は。ウチのボスよりデブじゃねえか。」

  「おい…」と獅子森が睨む。

  「あとその…腹から生えてる管みたいなヤツ?邪魔だろそれ。」

  「ああこれ?腹の中にくっついてて、抜きたくても抜けないんだよ。」

  豹野はチューブを軽く引っ張って見せる。

  「俺は別に構わないけど、それじゃもう走り回ったり避けたりできねえだろ。」

  「そうかもね。でももう逃げ回る必要はないよ。」

  「大した自信だな。じゃあそのブヨブヨの体の殴り心地を堪能させてもらうとするぜ。」

  審判が二人の間に入り腕を高く掲げる。

  「両者、用意はいいか?レディ……ファイト!」

  審判の猫開始の合図とともに腕を振り下げる。

  豹野はもう四つ足にはならなかった。身長で劣る豹野は前傾姿勢になり腕を顔の前に掲げ上段の防御姿勢をとる。

  (折れてた右腕まで治ってるのか?まあいい…)「まずはその脂肪たっぷりの腹をサンドバッグにしてやる。」

  ドスン!ボヨンっ!

  豹野の腹に鋭いボディブローが突き刺さり、虎島の大きな拳が半分ほど脂肪の中に飲み込まれる。

  「ぐはぁ…」

  衝撃のあまり豹野の口から胃液が飛び出す。

  「やっぱりお前さっきより弱くなってるだろ。避けられさえすりゃまだワンチャンあったかもな。」

  虎島はサンドバッグを殴るように豹野の腹を何度も殴り続ける。豹野は痛みに顔を歪め、ときおり胃の中身を吐きながらもガードは下げずひたすらに耐えた。

  「並みの奴ならとっくにダウンしてる頃だが、伊達に分厚い肉を付けてねえな。これはどうだ。」

  虎島は今度は膝を狙ってローキックを繰り出す。

  (デブの弱点は足回りだ。体重の分膝の負担がデカいからな。)

  「ぐ…」

  太くなった足に鋭い一撃を受けるが、豹野は踏ん張って耐える。しかしわずかに防御が緩んだ腹に追い討ちのパンチを浴びせられる。

  虎島の猛攻に観客たちの多くも勝利を確信していた。

  (そろそろ蓄積したダメージが限界を迎えるはず。)

  数十発のパンチを浴びせ、虎島の勘では過去最もタフな相手を基準としてもそろそろ内臓が悲鳴を上げるころだった。

  だが、目の前のデブは歯を食いしばり痛みに耐える表情は浮かべるものの、一向にガードを崩さない。

  虎島も少し疲労を感じ始める。

  「いい加減に倒れろこのクソデブが!」

  ブヨン、ブニュムニュ…ズブズブズブズブ…

  「ん…?」

  全力で叩き込んでだ拳を腹で受け止められ、虎島はようやく違和感に気付く。

  パンチが相手の体の芯を捉えられていない。脂肪が波打つことで衝撃が分散され、柔らかい肉がクッションのように威力を吸収してしまう。そして、猫獣人の頭程もある虎島の大きな握り拳が丸ごと豹野の腹肉の中に飲み込まれてしまっていた。

  脂肪の壁が厚くなっている…?

  バアンッ

  突然、左の頬に脳天が揺れるような重い衝撃を受け虎島はよろめいた。欠けた左の視覚の外から平手打ちを食らったことを理解すると、虎島は一歩下がって距離を取った。

  「ちっ…油断したか。」

  だが、豹野は防御で手一杯だったはず…それに自分の方が50センチ近く上背があるのだ。視覚のない左側からだったとはいえ顔面への攻撃なんてそう簡単に仕掛けられるはずがない。

  頭に疑問が渦巻いていたが、目の前の相手を見て虎島は言葉を失った。

  前傾姿勢の防御を解いた豹野の体は、さっきよりもさらに一回り以上大きく膨れていた。180程度だった背は虎島とほぼ同じくらいにまで伸び、体を覆う脂肪が分厚くなり胴体も手足もさらに太くなっている。

  「へぇ、脂肪って10センチ程度厚くなるだけでこんなに防御力上がるものなのか。あんたのパンチ最初はゲロ吐くほど痛かったけど、もうさっきほど痛くないよ。」

  豹野は厚みを増した腹をぽんぽん叩いてみせる。

  すると…

  ぐぐ…ぐぐぐぐ…

  虎島の見ている前で豹野の腹がさらに前に迫り出していき、下腹の肉は膝の下まで垂れ下がる。

  そして同時に、豹野の身長がグングン伸びて天井に迫っていき、呆気にとられる虎島の顔を上から見下ろすほどになっていった。

  「そ、そんなバカな、まさか…」

  虎島は豹野のへそから伸びるチューブがドクドク脈打っていることに気付く。悪い予感がしてリング外のデブ獣人が押し込められた檻の中を見ると、ついさっきまで一人一人が相撲取りのように太っていたはずだったのが、全員標準体型近くまで痩せていた。生気を吸われたようにへたり込んだり床に倒れたりしながら飢えと渇きに苦しんでいる様子だ。

  こんな光景を見せつけられれば、嫌でも察してしまう…豹野はチューブを通してデブ達からエネルギーを吸い取り自分の肉に変換しているのだと。

  10人ものデブたちから肉を奪い取って膨れた体重は数百kg…下手をすれば1トンを超えていても不思議ではない。

  豹野は満足そうに分厚い腹肉をブルンと揺すった。

  「さて、脂肪の鎧ができあがったところで、今度はこっちの番だ。」

  豹野は3mを超えた身長から、丸太のような腕を振り下ろす。虎島はそれをかわすと、跳び上がって豹野の顔面を爪で引っ掻いた。

  豹野のほっぺたに3本の真っ赤な引っ掻き傷が走る。

  「舐めるなよ。引っ掻きはお前だけの専売特許じゃねえんだぞ。」

  「イテテ…そういえばあんたもジャンプが得意だったっけ。…ふんっ」

  豹野が腹に力を込めると、チューブがブルンと大きく脈動する。檻の中の獣人達が苦痛に喘ぎ出し、体がどんどん痩せ細っていく。

  豹野のほっぺたの肉がスライムのようにタプンと揺れ動いたかと思うと、傷が波に飲み込まれるようにすうっと塞がっていき黒い被毛に覆われてすっかり元どおりに治ってしまった。おまけに体がさらに一回り大きく膨れ上がる。

  「いくら攻撃しても無駄だよ。養分を吸って回復できるから。」

  「クソっ、それなら…」

  虎島は豹野のへそから伸びるチューブに手を掛けると、綱引きのように引っ張り始めた。

  「このふざけた管、内臓ごと引きずり出してやるぜ。」

  虎島が力を込めると背中と腕の筋肉がブクンっと盛り上がる。彼は筋力増強剤なしでも鉄の鎖を引きちぎれるほどの背筋力を持っている。だが…

  「クソ、なんだこの管、抜けねえ…」

  牙を剥き出しにして力を込めるが、チューブは引き抜けるどころか地面に根が生えたようにビクとも動かない。

  顔を真っ赤にして引っ張る虎島を見下ろし、豹野はニヤリと笑った。

  突然、虎島の腕にかかっていたチューブの抵抗が消える。手元に集中していた虎島はいきなりのことで勢い余って後方にふっ飛び尻餅をついた。

  一瞬、チューブが腹からひっこ抜けたのかと思ったが、上から迫ってきた巨大な影に虎島は絶望する。

  豹野がその巨体で跳んだのだ。

  バアン!

  「がああああああああああああ!!」

  相撲取り並みのデブ10人分の体重を乗せたボディアタックが炸裂し、虎の叫びが会場に響き渡る。虎島の両足は豹野の巨大な腹の下敷きになっていた。

  虎島は激痛のあまり上半身をバタ付かせて暴れたが、乗っかっている豹野はビクともしない。

  豹野がゆっくりと体重をかけていくと腹の下からミシミシと骨が軋む音が聞こえ出す。

  「や、やめろおおおおおおおお!」

  「まだまだこれからだよ。」

  豹野は虎島の上半身に向かって体を倒した。

  「ぐわあ!」

  虎島は咄嗟に倒れてきた豹野の両胸を掴んで倒れ込まないように両腕で支えた。ちょうどベンチプレスで肘を伸ばした時のような姿勢になっている。

  「ははは、よく支えたね。」

  「ど、どきやがれクソデブ!」

  「え、まさかこの程度でギブアップ?チャンピオンのくせに情けないね。」

  豹野は体を押し付けさらに体重をかけていく。

  「ぐあああああ!」

  虎島は悲痛な声を上げる。押し潰されないように腕に力を込めるほど、折れているであろう足に激痛が走る。

  豹野は体重を乗せるほどに苦しそうになっていくその表情と声を遥か上から楽しそうに眺めていた。

  こうなっては勝機はもうない。闘技者としての虎島の判断は早かった。

  「審判、ギブアップだ、早く試合終了を宣言しろ!」

  虎島は必死に叫んだ。

  試合には敗北するが自分のバックには会長の獅子森が付いている。負けた腹いせに襲ってくるであろう観客達の対応は彼が何とかしてくれるはずだと虎島は考えていた。

  「おい、審判!」

  だが、審判は宣言を出さないどころか姿さえ見えない…

  ドサッ

  床に張り付いたままの虎島の視界に、いきなり何かが飛び込んできた。

  見れば審判の猫獣人が白目を剥き泡を吹いて床に倒れていた。顔中に蕁麻疹のようなボツボツができ、口の周りは吐瀉物でドロドロに汚れている。

  「ああ、ごめん。こんなにデブだと暑くてちょっと汗かいちゃってさ。タオルがわりに審判を脇の下に挟んだらなんか動かなくなった。

  俺の脇、そんなに臭い?」

  豹野は脂肪が垂れてボヨンボヨンになった腕を上げて、マズルを突っ込んでクンクンと自分の脇の下の匂いを嗅いだ。

  「うわ、くっせえ!何だこれ、金無くて一カ月風呂入らなかった時でもここまで酷くなかったぞ。

  もしかして、さっき吸収した猪の肉のせいか?」

  豹野は自分の体臭に顔をしかめる。

  「ふ、ふざけるなあああああ!」

  「悪かったね。お詫びにもっとでっかいおっぱい揉ませてあげるよ。」

  胸の下で叫ぶ虎島に豹野は笑いかける。

  するとチューブが激しく脈打ち、すでに痩せ細っていた檻の中の獣人たちはエネルギーを絞り取られミイラのようにカラカラに干からびていった。そのエネルギーは豹野のおっぱいの栄養となって特大の爆乳をさらに膨らませていく。虎島の両腕がモチモチのおっぱいの肉に飲み込まれていく…

  「はぁ…おっぱいがでっかくなってく…気持ちいい…」

  「ぐ、お、重いいい…」

  窮地に追い込まれる虎島をよそに豹野はうっとりとした表情を浮かべる。

  ムク…ムクムク…

  虎島の下半身に覆い被さる何層もの分厚い贅肉の下で、豹野の快感に反応するように何かが急激に大きくなっていく。極太の虎島の足よりも太いそれは、肉布団の奥でビクビクと熱く蠢き始めていた。

  [newpage]

  肉に飲み込まれていく虎島を見て、試合の責任者である獅子森が動いた。

  「それまでだ。勝負は終わりだ。」

  リング外から叫ぶ獅子森に兎川が杖の先を向けてその動きを制する。

  「邪魔をするでない、まだ勝負はついとらんぞ。」

  「こんなものはもう闘技じゃない。試合として認めるわけにはいかない。

  挑戦者、即刻試合を中止してチャンピオンから離れろ。」

  獅子森は金網をガンガン揺らして怒鳴りつける。

  「やめんか、客の前でみっともない。一度始めた勝負、最後まで見届けんか。」

  「うるさい、会長は私だ!私の権限でこの試合は中止に…」

  獅子森は途中で思わず言葉を呑んだ。

  小さな兎の老人の放つ異様な威圧感に獅子森の大きな体がすくむ。

  下積み時代から散々見てきた兎川の冷徹な眼差し…これまであらゆる負け犬やクズに向けられてきたそれが今自らに向けられていた。

  「中止だと?笑わせるなよ小僧。負けそうになったら将棋盤ひっくり返そうなんざ勝負師失格。俺はお前にそんなこと教えた覚えはねえぞ、獅子森。」

  「だ、黙れ、このカジノはもう私のものだ。私の決定が絶対なんだ。スタッフども、早くあのデブ豹を摘み出せ!」

  「…やれやれ、おぬしにはもはや賭場を仕切る資格はないようじゃな。

  豹野君、やってしまえ。」

  兎川の声に反応し、それまで腹の下敷きになった虎をいじめることに夢中になっていた豹野は肉に埋もれかけた首を獅子森の方に向ける。丸々と太ったライオンの体に、まるで獲物を目の前にした野獣のようにギラギラ瞳を輝かせていた。

  檻の中の獣同然のはずなのに、豹野と目が合った獅子森は金縛にあったように動けなくなる。

  ドスッ

  「うぐっ」

  突然、腹に鈍い痛みを感じ獅子森は呻き声を上げる。

  驚き腹を見ると、床から飛び出したチューブが腹に突き刺さっていた。チューブは生き物のようにズリュズリュと獅子森の体内に侵入していく。

  「お、おい、何だこれは。」

  獅子森は慌てふためきチューブを引き抜こうとするが、内臓に深く食い込んでいるようにチューブはビクともしない。豹野がベロリと舌舐めずりをする。

  トクトクトクトク…

  チューブが脈打ち始め、弱者たちから散々搾り取って蓄えた獅子森の腹の脂肪がどんどん吸い上げられていく。

  「や、止めろ。止めてくれ。」

  獅子森のでっぷりした太鼓腹はみるみるうちにしぼんでいき、ボタンが弾け飛びそうだったスーツがブカブカになっていった。

  トクトクトクトク…トクトクトクトク…

  腹の中の脂肪をすっかり吸い尽くすと、今度は体中が痩せ細り始める。手も足も養分を搾り取られて枯れ枝の細くなり、体全体が小さく縮んでいく。

  「た…たす、けて…」

  獅子森はその場に倒れ、助けを乞うように兎川に手を伸ばす。チューブは骨と皮になった獅子森からも容赦なくエネルギーを奪い続けた。

  「よかったのう、獅子森君。ようやくダイエットできたじゃないか。」

  兎川はカラカラ笑いながら、動かなくなったライオンのミイラのブカブカになった懐から通信機を取り出す。

  「カジノスタッフに緊急通達、会場から直ちに撤退せよ。」

  兎川は最後にライオンの顔を一瞥すると、さらに背の伸びた豹野の顔を見上げる。

  獅子森から養分を吸い取った豹野は恍惚の表情を浮かべて涎を垂らしていた。

  「すごい、今までとは比べものにならない良質な栄養が体に流れ込んでくる。体が生まれ変わっていくみたいだ…」

  エネルギーが体の隅々まで行き渡り、体が脂肪で膨らんでいくと同時に、体を覆う黒い毛並みがツヤツヤと輝きだした。

  豹野の尻がモコモコと動き出す。尻尾が千切れた部分からちょろりと金色のライオンの尻尾が生え、喜んでいるようにゆさゆさと揺れた。

  メキョメキョメキョ…

  虎島に折られて歯を失った歯茎から、もとの歯よりも鋭く大きな牙が生えてくる。

  「ああ、気持ちいい…ハァハァ…」

  豹野が吐息を漏らすと、潰されている虎島の腹の上で硬くなった何かがビクンビクンと暴れるように動き出し、大量のねっとりした温かい粘液が染み出して虎島の体を濡らしていく。

  ジュルリ…

  豹野の瞳はリングの外の観客席を捉えて、欲望に取り憑かれたように怪しく光った。

  「もっと…もっと養分が欲しい、もっと太りたい…もっと気持ちよくなりたいいいいいい!」

  豹野が叫んだ瞬間…

  ドチュドチュドチュドチュドチュドチュドチュドチュドチュドチュドチュドチュドチュドチュドチュドチュドチュドチュドチュドチュドチュ!!!!

  「「「ぎゃああああああああああああ!!!」」」

  会場全体から針の刺さる音が鳴り、続いて観客達の悲鳴が響き渡った。

  ロイヤルシートから立ち見席まで、全ての席の下から針が飛び出し、観客達の腹に突き刺さった。針の先の繋がったチューブはすぐさま獲物から養分を吸収するための活動を開始する。

  会場は阿鼻叫喚の地獄と化す。

  多くの者は何とかチューブを引き抜こうとしたが、誰一人として抜けることはなかった。

  それが無理だと分かるとチューブの刺さったまま会場から外に逃げようとする者もいたが、扉は硬く閉ざされて誰も外に出ることはできなかった。端末やスマホで助けを求めようとする者もいたが、なぜか外部との通信は一切できなくなっていた。

  「どこに行こうというんじゃ皆の衆。こんな面白いものをワシにポケットマネーにも満たない諸君らの命一つで見られるんじゃ、大変お得だと思うがのう。ひゃひゃひゃ。」

  そうしている間にも、チューブは獣人たちからエネルギーを吸い取っていく。

  豹野のへそに繋がるチューブがブクンブクンと太くなり、一回で獣人数人分の脂肪がチューブをこぶ状に膨らませ、ゴクンゴクンと音を立てて豹野の腹に注ぎ込んまれていく。

  「お、おおお、エネルギーが、か、体に、あ、溢れて、あ、ああ…」

  豹野の体は加速度的に膨れ上がっていく。

  虎島を押し潰そうとする巨大なおっぱいは栄養を与えられすぎてみるうちに2倍3倍に肥大してズブズブとその腕を飲み込んでいき、黒い毛皮から顔を出しているピンク色の乳首がプクッと膨れたかと思うと、

  ビュッビュッビュッビュッ!!

  生クリームのように脂肪分たっぷりの濃厚で真っ白な母乳が吹き出し虎島の顔面に吹き付けられる。

  「ぶわっぐあっ、や、やめろ。」

  巨大な胸を支える以外に一切余裕のない虎島にとって呼吸を乱されるだけで致命的なダメージとなっていた。

  「あ、あん…ああーん、母乳出ちゃう。栄養ターップリの濃いお乳出ちゃうよーー。俺、牛さんになっちゃったの?モーー、モオオオオオオ!なんちゃって、キャハハハハ!

  ねえ、気持ちいい?いーっぱい浴びてね。ねえ、美味しい?いーっぱい飲んでね、俺の射乳(シャニュー)!キャハハハハ!!」

  豹野は狂ったように笑いながら、ビュルビュル溢れ出す母乳を虎島に浴びせ続けた。

  「豹野君そんなキャラじゃったっけ?もしかして薬物中毒(ヤクチュー)の肉を取り込んでハイになっとる?」

  ブクンブクンブクンブクン!!

  溢れ出すように膨れ上がった黒い肉はリングに床にも広がっていき、倒れている審判の猫獣人の体もその中に飲み込まれていく。豹野の頭は天井近くにまで達し、首までほとんど脂肪に埋もれていたが、耳につけたシルバーのピアスだけが真っ黒な体の中で頭の位置を示していた。

  虎島の腕は二の腕まで肉の中に埋もれ、顔以外のほとんど全身がブヨブヨの肉に覆われていた。腕の支えがなければとっくに胴体がぺちゃんこになっているだろう。

  「豹野、俺の負けだ。頼む助けてくれ。金ならいくらでも払う。何でも好きなもの食わせてやるし、デブせ…ぽっちゃり好きの雌(おんなのこ)もいくらでも紹介してやる。

  だから…お願いだ、潰さないで…」

  本当に限界を迎え、虎島は泣きそうになりながら震える声で命乞いをした。

  すると音を立てて暴走していたチューブが動きを止め、豹野の体の膨張が収まり、馬鹿笑いと母乳もピタリと止まる。

  「虎島サン、俺あんたに謝らないと。さっきあんたのことナルシストとか言っちゃって悪かったよ。」

  「え?あ、いや、俺もお前のことチビガリとか言って悪かった。」

  「いや、あんたの言うとおりだよ。俺、チビな体がコンプレックスだったんだ。あんたを気色悪いなんて言っちゃったけど、たぶん憧れの裏返しだったんだと思う。」

  「いや、お前は凄い奴だよ。」

  豹野の優しい声に、虎島はなんとか命拾いしたと心の中安堵のため息を漏らした。

  「じゃあお互い悪かったのを謝ったところで仲直りの握手をしようか。ああ、今手が塞がってるね。代わりに俺の胸揉んで。」

  「あ、ああ…」

  虎島は仕方なく埋もれた手で胸の脂肪をムニムニと揉んだ。豹野は気持ちよさそうにアンアン声をあげて体を揺すると肉でできた黒い海がブルンブルンと波打ち、虎島を苦しめた。

  「ぐ、ぐえ…分かった、分かったから、揺らすのは止めてくれ。」

  「俺のおっぱい、たっぷり楽しんでくれた?じゃあ、そろそろ潰してあげるよ。」

  「お、おい、仲直りの握手しただろ。」

  「それはそれ、試合は別だよ。仲直りしてスッキリしたし、俺の爆乳も揉めたし、もう思い残すこともないだろ。」

  豹野の体に繋がるチューブが再び動き出し、豹野の体の肉がまた増殖し始める。リングの床全体に広がった腹肉は行き場を失って、水槽が水で満たされていくようにリングの壁面を下から覆い尽くしていく。胸の肉もボリュームを増して虎島の顔面に上から黒い肉が迫ってくる。

  「ぐ、ぐえ、もう膨らまないでくれーー」

  いくら叫んでももう豹野に訴えは届かない。

  虎島は一縷の望みを賭けてリングの外に向かって叫んだ。

  「兎川さん…いや"会長"、お願いだ、あんたのために働くから、何でもするから助けてくれ。」

  兎川は地獄に蜘蛛の糸を垂らす釈迦のように、虎島に穏やかに笑いかける。

  「虎島君、君はとても優秀な闘技者じゃ。その鍛え抜かれた肉体美とワイルドなマスクでスター性も抜群、まさにカジノのドル箱じゃよ。これからもカジノのために貢献してもらいたい、とも思う。」

  責苦に喘ぐ亡者を慈しむような兎川の優しい語り口に虎島は希望の光を見出す。

  「そ、それじゃあ…」

  「じゃが…そんな価値のある君は一体どんな断末魔を残すんじゃろうね。知っとるかな?魂と肉体を繋ぐ糸を"まつま"っちゅうて、それがブチンと切れるから"だんまつま"というんじゃ。」

  虎島が今1番聞きたくないトリビアを語る兎川の顔は少年のように純粋でワクワクとした好奇心に満ちていた。

  「そんな…

  う、うぐっ、力が…抜けていく…」

  巨大な肉の塊を支えていた虎島の腕がプルプルと震え出したかと思うと、極太の丸太のような腕がみるみるしぼんで細くなっていった。

  「ひゃひゃ、筋力増強剤の効き目が切れてきたようじゃの。さて、あと何秒持つかな?」

  豹野の体は容赦なく肉付いて重量を増していき、虎島の腕からプシプシと骨の軋む音が聞こえ始める。

  「も、もうだめだ。誰か、誰か助けてくれーーーーーー!!

  こんなデブに押し潰されて死ぬなんてイヤだーーーーーーーー!!!」

  その擦り切れた叫び声に答える者はすでに会場の何処にもいなかった。

  バチュン

  破裂音とともに、虎島の体はとうとう豹野の肉の中に完全に飲み込まれていった。

  「やったぞ、俺の肉でチャンピオンがぺちゃんこだああああああ!」

  「素晴らしい、なんと醜い断末魔じゃ。寿命が伸びるううう!」

  豹野と兎川は同時に叫んだ。

  「ダメ押しだ、ペラッペラになるまで潰してやる!」

  興奮が最高潮に達した豹野はコップの底のジュースをストローで飲み干すように、観客達に残された最後のエネルギーを一気に吸い込んだ。

  ズズズズ…ゴクゴクゴク…ゴプゴプゴプ…

  ブクンブクン…グムムムム…ブニョンブニョン…

  豹野の肉体は爆発的に膨れ上がり、金網で囲まれたリングいっぱいに広がった。肉が金網の中にギチギチと詰まって、網目から柔らかな肉が溢れんばかりにはみだし、頑丈なリングの骨組みを内側から押し広げていく。

  「ハァハァ…最高だ…俺の体、リングよりデカくなってる…」

  豹野はディスプレイに映る自身の体を見ながら床にガンガン腰を打ち付けて刺激を与えると、その巨大な体の下では、バキバキと骨が砕ける音やブチブチと肉が潰れていく音が鈍く響き渡る。

  ミシミシ、ギギギギギ…

  バアーーーン!!

  とうとう豹野の肉の圧力に耐えきれなくなったリングが崩壊し、黒い肉が一気に溢れ出す。

  「き、気持ちいいいいい!!い、イクっ!」

  ドビュッーーーーーー!!!ドビュドビュドビュッ!!ビュルビュルビュルビュル!!

  凄まじい水音が響き、床一面に広がった肉の下からドプドプと白濁した粘液が染み出す。

  「ふぅー、せっかく吸収した獣人10人分くらいの養分が出ちゃったかな。でもスッキリした…」

  豹野は肉に埋もれた首をグルッと動かし、檻から解放された自分の体を見回す。

  腕も足も首もほとんどが贅肉の中に埋もれたその体は、もはや獣人の形を留めておらず、だぶついた脂肪の層が何重にも積み重なったブヨンブヨンの肉の山と化していた。

  兎川がポンポン手を叩きながら豹野を見上げる。

  「おめでとう、新チャンピオン。君は晴れて無罪放免じゃ。」

  「チャンピオン?ああ、俺のことか。でもこの体じゃ、次の試合は無理だよ。無罪放免って言われてももう泥棒稼業はできないだろうし…」

  豹野は小さな兎川の目を見る。獣人の形を失い巨大な黒い肉塊となった自分を見つめる兎老翁の顔には怖れも蔑みもなく、ただ穏やかで満足そうな笑いを湛えていた。

  「そうだ、俺をあんたのペットにしてよ。体洗って、飯さえ腹いっぱい食わせてくれたらいいから。

  債務者とかコソ泥とか連れてきてくれたらまた押し潰すところ見せてあげるよ。」

  「それはいい考えじゃな。

  じゃが、せっかく同じ屋敷で暮らすのに、"あんた"とか"ジジイ"は勘弁してほしいのう。」

  「じゃあ、ご主人様とか?」

  「いやいや、堅苦しいのも好かん。君さえよかったらワシのことは"おじいちゃん"って呼んでもらえんか?」

  豹野は急にモジモジと肉に埋もれたほっぺたを赤らめる。

  「えーっと…俺、今まで家族とかいたことないから、そんな呼び方するの初めてだよ。

  …じ…じいちゃん。」

  「ほっほ、豹野君は素直でいい子じゃな。」

  ブヨブヨのお腹としなやかな黒い毛皮を兎川に撫でられて豹野の顔がぱっと明るくなる。

  「じゃあ、俺のことは黒助(クロスケ)って呼んでよ。」

  「よしよし、じゃあ黒助のために猫科獣人用のちゅーるをいっぱい買ってやるからのう。」

  「ほんと?ありがとう、じいちゃん。」

  「では、ワシらの家に帰ろうか。」

  兎川はゴロゴロと喉を鳴らす豹野の体をもう一撫ですると、杖をついて歩き始めた。

  豹野が腹に力を込めると、長いチューブがへその中にシュルシュルと吸い込まれていき、先端が丸まって出臍のように収まった。

  豹野は山のように巨大になった体で、何十…何百トンもの大量の肉を軟体動物のようにズリズリと引きずって兎川の後を付いていく。真っ黒な体の中で唯一金色をした小さなライオンの尻尾が嬉しそうに揺れていた。

  兎川は端末を取り出し、歩きながら話し始める。

  「ワシじゃ。会場の片付けを頼む。

  リングの上の虎の毛皮だけは処置してコレクションルームに送っておくれ。なるべく表情は崩さないように頼むぞ。」

  兎川たちが去った後、数多の獣人ミイラの他に誰もいなくなった会場で、巨大ディスプレイに崩壊したリングの様子が映し出される。

  そこには白い濁液に塗れて潰れた猫と…苦悶と無念に満ちた顔のまま果てた大きな虎の敷物が横たわっていた。

  終わり