となりのやくざ

  1

  小さく開けた窓から、煙草の匂いがした。

  「おい、高志。いてんのか」

  いつものように六さんは、ノックもせずに玄関の扉を開けた。ろくに手入れもしていないだろうに、ビロードのような毛並みが、蛍光灯の明かりに反射して、ツヤを見せる。

  「いてんのかも何も、中から飯作ってる匂いしてたでしょうが」

  俺の住んでる安アパートは、通路に面した場所に台所が設置されている。窓なんか閉めてたって、夕飯時は匂いで分かるのだ。

  「へっへっへ。そういや、そうだったかな」

  悪びれた様子もなく、横咥えした煙草をぴこぴこ動かしながら六さんは笑った。どうやら機嫌が良いらしい。

  「まぁた、飯をたかりに来ましたね」

  年下である俺の生意気な言葉に、その熊獣人は怒りもしない。ばれたか、と器用に舌を出した。

  「あ、でも手ぶらじゃねえぞ」

  ぶら下げていた一升瓶を掲げてみせる。

  「どうせ、ほとんど六さんが呑むんでしょうが。まあ、何でもいいから早く中に入って戸を閉めて下さいよ。寒いんだから」

  「おお、悪い悪い」

  玄関の扉を閉めた六さんは、そそくさと俺の側にやって来て、俺の手元を覗き込んだ。

  「おい、今日のメニューはなんだ」

  「メニューなんて、たいしたもんじゃないですよ。煮物とおひたしと、秋刀魚の塩焼きぐらいかな。ああ、あと野菜炒めね」

  「けっこう、けっこう。それだけありゃあ、十分だ」

  他人事のように呟く六さんに、俺はおろし金を突き出した。

  「感心してないで手伝ってくださいよ」

  「え? お、俺がかぁ」

  六さんは途端に情けない顔を見せる。

  「俺が料理下手なの知ってるだろうが」

  「大根おろしぐらいできるでしょ」

  「そりゃあ、まあ」

  そう言いながらも、六さんは、おっかなびっくりの手つきで、大根ととおろし金を掴む。

  指が小さく震えているのを見ると必要以上に力を入れているのだろう。太短い指がぎこちなく動く様子に、俺は思わず吹き出してしまった。

  「怖がらなくても大丈夫ですって」

  「う、うるせー」

  中年男が困った顔で料理をする姿は、なかなかかわいげがあってよい。普段の強面ぶりを知っているだけによけいそう感じる。

  「それが終わったら野菜炒めもお願いしますね。冷蔵庫に入ってる野菜、適当に刻んで。ああ、ちゃんと大きさ揃えてくださいよ」

  「えー。俺、包丁持つの苦手なんだよなぁ」

  「何言ってんの。やくざが刃物怖がってどうするんですか」

  「いや、人を刺すのと野菜を刺すのとではだいぶ違うし」

  「不気味なことを言わないでください」

  六さんはやくざだ。

  しかも、今時珍しい一匹狼らしい(熊獣人にこの表現が似合っているのかわからないが)。

  つまりあちらこちらのやくざの組を渡り歩く、昔で言うなら用心棒。度胸と腕っ節の強さを買われて、あちこちの組事務所に大事にされているんだとか。

  得意げに話してくれたが、あんまり賢い生き方ではないのではないかと、それを聞いたとき俺は首を傾げてしまった。まあ、やくざの生き方に賢いも賢くないもないような気はするけど。

  背は虎獣人である俺の肩ほどもなく(俺もそれほど背が高いわけでもないのだが)、ぷっくりと腹のせり出している体はどう控えめに見てもメタボなおっさんでしかない。

  『本当に強いんですか?』の俺の疑問に、触ってみろ、と腕に力瘤を作る六さん。脂肪の塊に見えた腕が瞬時に鋼鉄に変わる。胸も腹も同じだった。

  学生時代、空手部で鍛えられた俺よりもがっしりした筋肉だ。確かに侮っていると、痛い目を見ることになるのだろう。

  真ん丸い顔に、よく言えばつぶらな、悪く言えば小さい目。反比例するように太長い眉。特徴のないどこにでもいるようなおっさんだが、一つだけ間違えることのないしるしがある。左眼に縦に走った刀傷。治療のやりようが悪かったのか、その目が開くことはないらしい。この傷とやくざという生業のせいで、近所の連中からは何かと怖がられている。

  そんなやくざと、どこでどうして知り合ったのか。答えは簡単だ。俺が引っ越してきたアパートの隣に、六さんが住んでいたのだ。

  もう二年前の話。大学を卒業すると、俺は住み慣れた故郷を離れて街へやってきた。

  荷物を運び込み、近所に住む大家に挨拶に行くと、開口一番『気ぃつけや』と忠告された。

  何ですか、と聞くと、『あんたの隣な、やくざが住んでんねん。たちが悪いから気ぃつけなあかんで』である。どうりで家賃が安いはずだ。大げさなほどに脅されてアパートに戻った俺は、すぐ隣のやくざの部屋に挨拶に行った。

  今考えればどうかしていると思うのだが、好奇心は猫をも殺す、という奴だ。

  隣の部屋のドアをノックすると、玄関が開いて六さんが出てきた。同時に醤油のこげるような匂いが鼻をついたが、気にせず引越しの挨拶をすると、

  『それより兄さん。すまんがちょっと砂糖を貸してくれねえか』

  『飯でも作ってるんですか』

  『ああ。飯を作ってんだけど、失敗しちまって。甘味を足せば食えるかなと思って」

  玄関から台所を覗き込むと、鍋の中には黒い物体が存在した。どうも何かの煮物らしい。黒いのは醤油と、炭になっている物体のせいだ。

  『これ……食えるんですか』

  『他に食うもんがねえからなぁ』

  しゅん、とした声に俺は内心笑ってしまった。大家に聞いてたのとはだいぶ様子が違う。

  『よかったらうち、来ません? これよりマシなもの食わせられると思いますよ』

  『そりゃ、ありがたいが……いいのかい。俺、これもんだぜ』

  六さんは指先で頬に傷を作ってみせる。

  『ええ、聞いてますけど。それが何か?』

  俺はにっこり笑って、まだ片付けもすまない自分の部屋に六さんを案内した。

  手早く料理を作って、今日のように酒だけは自室から持ってきた六さんに食わせる。

  『なあ、兄さん。飯まで食わせてもらっててなんだけど、名前、なんだったっけ』

  『坂城高志です』

  『ふうん、高志か。俺は新堂六五郎だ。六って呼んでくれ』

  それ以来、六さんはちょくちょく俺の部屋に顔を見せるようになった。俺も当然のように迎え入れる。

  近所の連中は、そんな俺たちを遠目に眺めて色々と噂している。堅気の俺がやくざの六さんと仲良くしているのが理解できないらしい。

  結局、かなり焦げてしまった野菜炒めを最後の仕上げとばかり食卓に並べると、俺たちは差し向かいになり夕飯を食い始めた。大抵は、六さんが話し役だ。昔経験したやくざの実体験を、面白おかしく語ってくれる。多少話が嘘臭いこともあるが、金を払ってもいいぐらいの話術だ。

  やくざなんてやめて、噺家にでもなればいいのに。

  酒の入ったコップを一息に空けながら、ふと思いついたように六さんは俺に尋ねる。

  「高志よ。お前、もうぼちぼちいい歳じゃねえか。結婚はしねえのか」

  「結婚? ないですよ」

  即答する俺。

  「え? なんでだ」

  なぜか身を乗り出す六さん。

  「いや、女だろうがなんだろうが、もう誰かと一緒に暮らすのは真っ平ですね」

  俺は吐き捨てる。

  「すると何か、同棲してた女にこっぴどい目にあったとか?」

  思い出したくもない過去の記憶が、頭をよぎる。

  「六さん」

  俺は六さんの目をじっと見つめる。その視線にたじろぐ六さん。

  「もう、やめましょうよ。こんな話」

  押さえながらも隠しきれない憤りを言葉から感じ取ったのだろう。

  「いや、悪かった」

  六さんは素直に謝った。

  「まあ、いいんですけどね。……それに俺が結婚したら、六さん困るでしょ」

  「え? いや、その……」

  「飯だってろくに作れないのに」

  箸で焦げ付いた野菜炒めを指す。

  「そ、そうだな」

  大げさなほどぶんぶんと首を振る六さん。

  「六さんが片付くまでは、面倒みますよ」

  「片付くって?」

  「結婚するか、野垂れ死にするか」

  「ひでぇこと言うなぁ」

  「やくざなんだから、どうせろくな死に方しないんだろうし」

  「まあ、そうだな」

  俺の言葉に、ちらりと暗い顔を見せた。珍しい。これくらいの軽口はいつものことなのだが。何かやくざ関係で、厄介事でも持ち上がっているのだろうか。

  2

  「だから誰にも言わねえと言ってるだろうが」

  「そんなもん、信用でけへんわっ」

  語気の荒いやり取りが、暗闇から聞こえる。

  時刻は午後一〇時を過ぎている。残業を終えて仕事帰りの俺は家路を急いでいた。今年は暖冬だという話だったのに、一一月の気候にしては随分と冷え込んでいる。早く帰るつもりでコートの一つも持ってこなかったため、寒さが痛いほど身にしみた。

  「こんな日は一杯やって、寝ちまおう」

  そんな事を考えていた矢先のことだ。アパート前の路地で、男たちの言い争いが聞こえてきたのは。目を凝らしてみると、七人、いや八人か。いかにもチンピラ風な獣人たちが、一人の男を取り囲んでいる。

  「警察は今、やっきになってヤクのルートを探っとる。それを知っとるあんたがチクったら、それだけで組の存亡に関わるんや」

  「存亡とはまた大層な言葉を持ち出してきたな。それで、俺をどうしたいんだ」

  聞き覚えのある声だと思えば、六さんではないか。

  しかし、八対一とは。俺は鞄を地面に置き、スーツの上着を脱いだ。

  「うちの組にもう一度戻って来てくれたらええねん」

  「ふん、俺を軟禁でもするつもりか」

  「ほとぼりが冷めるまでおってくれたらそれでええんや。金も出す。悪い話やないやろう」

  「嫌だね。俺は今、楽しく暮らしてんだ。いくら金を積まれた所で、ここでの生活をやめたいとは思わん。大体責めるなら、部外者である俺にそんな事を知られる手前の不手際を責めるのが筋だろうが」

  「これだけ頭を下げてるってのに」

  「おいおい、いつどこであんたが頭を下げたんだい」

  八人に囲まれているというのに、六さんの口調はいつも通りだ。いや、むしろ面白がっているようにさえ聞こえる。そんな様子にかぁっ、ときたのか、男たちは胸元からナイフを取り出す。

  「どうしてもついてこないんやったら、あんたのタマ、もらうことになるけど……」

  六さんは最後まで言わせなかった。丸太のような腕を振り上げると、べらべらと喋りつづけるチンピラの顔に拳を叩き込んだのだ。どがっ、と人間が出したとは思えないような激しい音を立てて、吹っ飛ぶやくざ。地面に落ちてもぴくりとも動かない。

  「なっ!」

  不意を打たれて慌てる残りのチンピラに殴りかかりながら六さんは言う。

  「馬鹿野郎が。ドスを抜いたらそこで喧嘩の始まりだろうが。いつまでも喋ってんじゃねぇっ」

  多勢に無勢だというのに、一向に怯まない。六さんは重戦車のように重い体をどたどたと動かしながら、チンピラたちをなぎ倒す。逆に、人数の多いやくざ連中の方があたふたしているぐらいだ。一度拳を振るう度に、道の端まで吹っ飛んでいく。六さんよりはるかに大柄な男たちが、だ。

  俺はあっけに取られてその光景を眺めていた。これでは助けに入るまでもない。そう思ったものの、このまま万が一、六さんが刺されでもしたら寝覚めが悪い。俺はこっそり男たちの背後に近付くと、焦って無防備な一人の頭にハイキックを喰らわせた。

  「うごっ!」

  ずるずると崩れ落ちるその猪獣人の姿を目の端の捉えながら、俺は他の奴に気付かれないように俊敏に体を移動させ、次の相手を探す。俺は未だに空手の腕が鈍っていないことに満足しながら、また一人隙だらけの男を打ち倒した。

  「や、やばい。一人じゃねえぞっ」

  「に、逃げろっ」

  自分たちの不利に今さら気付いたのか、男たちは逃走を始める。

  「おい、組長に言っておけ。くだらんことをするなとな。それこそ薮蛇になるんだぞ!」

  男たちの背に向かい、六さんは大声を出した。逃げたのは三人。つまり五人が、地面の上で気絶していた。一〇秒足らずの攻防としては驚異的だろう。

  「ああ、高志。おかえり」

  俺に気付いた六さんが、煙草に火をつけながら寄ってくる。ライターの炎に照らされた六さんの顔は、照れくさそうにしていた。

  「ただいま。六さん、やっぱ強いんスね」

  「まあな」

  平然と言うあたり、凄い。なかなか言えるこっちゃない。

  「お前も空手やってるっつうのは嘘じゃなかったんだな」

  「そんな嘘つかないですよ。それより、何なんです、これ」

  スーツと鞄を拾いながら俺が聞くと、六さんは顔をしかめた。

  「昔、一時世話になってた組の奴らだ。かなわんよ。組長が代替わりしてな。営業方針が変わったらしい。それで八つ当たりというか、逆恨みというか。付き合わされるこっちはたまったもんじゃない」

  俺には良く分からない事を言って、ため息をついた。

  「考えてたらだんだんむしゃくしゃしてきた。おい、高志よ。これから呑みに行かねえか。今日は俺が奢ってやる」

  「ええーっ、これからですか。俺、明日も仕事あるんですよ」

  「いいじゃねえか、付き合えよ。頼むからさ、なっ、なっ」

  ごつい掌で腕を掴まれた。こうなると逃げることなんかできやしない。

  「ちょ、分かった、分かったから、せめてコートぐらい取りに行かせて下さいよ。寒いんだから」

  「そんなもん必要ないぐらい呑ませてやるから心配するな」

  聞き分けのない六さんにゴリゴリと引きずられ、俺はその場を後にした。

  六さんの行きつけの店だというから、てっきり小料理屋かなんかだと思ったのだが、連れて来られたのは小洒落たバーだった。

  「全っ然、似合わねぇ」

  小さく呟いた俺の言葉を、聞きとがめる六さん。

  「なんか言ったか」

  「いいえ別に」

  ぎろりと睨む六さんを、俺は笑顔でスルー。

  「それより、何を頼む。ここはなんでもうまいんだぞ」

  「じゃあ、ブラッディメアリで」

  「俺はいつもの。酒の肴も適当に頼む」

  はい、と言葉少なに返事をして、年配のマスターが酒瓶を手に取る。

  「それにしてもさっきのあれ、放っておいて大丈夫なんですか」

  「ああ。どうせ、無分別な若い連中が勝手にやった事だろう」

  「お待たせ」

  六さんの前にはウィスキーのストレート、俺の前には、真っ赤なブラッディメアリが。

  俺はトマトジュースベースのそのカクテルに手を伸ばすが、そこに六さんの視線を感じる。

  「どうかしたんですか」

  「……嫌な色だな」

  ぽつり、と呟く六さん。俺ははっ、と気が付いた。

  「あっ、ごめん」

  六さんは今日ナイフで襲われたのだ。無傷とはいえ、血の色なんて見たくないだろう。

  悪い事をしたと、俺は慌てて酒を飲み干す。

  「ば、馬鹿、高志。一気飲みなんてするんじゃねえよ。お前は酒が弱いんだから。急性のアルコール中毒になったらどうするんだ」

  「六さん、俺はこのぐらいじゃあ……」

  「何言ってるんだ。そんなこと言って、後で面倒見るのは俺なんだからな」

  「ガキじゃねんだから心配しすぎ」

  「俺からしてみりゃ、ガキみてぇなもんだ」

  「ぷっ」

  俺たちのやり取りを見ていたマスターが、思わず吹き出す。

  「六さん、まるで父親だね。まったく、普段は渋い顔で呑んでるってのに。今日はハードボイルドどころか、半熟もいいところだ」

  「ほっとけ。それに父親はないだろう。せめて歳の離れた兄貴ぐらいにしといてくれ」

  「それはない」

  「それはない」

  俺とバーテンとのシンクロに、六さんはうっ、と眉をしかめる。

  「二人でハモらなくてもいいだろうがっ」

  「それにしたって、あれはいかんぞ、高志。うんうん、あれはいかん」

  しばらく酒を呑んで、顔を真っ赤にした六さんは、一人でふんふん首を振っている。俺がちびちび二杯呑む間に、一〇杯以上呑んでいるのだ。酒もまわるだろう。

  「どうしたんだい、六さん」

  「さっきの喧嘩のことだ。あんな時に出てくるんじゃない」

  唾を飛ばすような勢いで話し掛けてくる。

  「しょうがないでしょうが。六さん一人に相手は八人いて、刃物まで持ってんだから」

  「余計にいかんっ! 下手したら死んじまうんだぞっ」

  「……そりゃ、六さんだっておんなじだよ」

  「俺はいいんだっ」

  理由になっていない。俺はうんざりしてしまう。

  「大丈夫ですよ。一思いに殺してくれるなら。あんま痛いのは嫌ですけどね。身内がいないんだから、誰に迷惑かけるわけでもないし」

  俺は疲れたように答える。

  「おい、冗談でもそんなことを言うもんじゃないぞ」

  「冗談じゃないけど」

  俺が本気で言っているのが分かったのか。六さんはため息をつく。

  「……お前なあ。前から思ってたけど、年の割に醒めてるっつうか、なんだってそんな刹那的な考え方をするんだ」

  刹那的。俺はその言葉にかちんとくる。

  刹那的でなにが悪い。

  「六さんには関係ないでしょう」

  「関係ないことないだろうが」

  「いいじゃないか、ほっといてくださいよ」

  「ほっとけねえからいってんじゃねえか」

  今日は嫌にしつこい。いい加減、こっちもいらいらしてくる。

  「大体、そんなこと、やくざの六さんに言われたくないね」

  火に油を注ぐことになるのが分かっていても、俺は言葉を止めることが出来なかった。

  「なんだとっ!」

  予想通り怒り出す六さん。

  「俺はお前の事を思って言ってるんだぞ。それをっ!」

  ばん、とカウンターを叩く。想像以上の怒りを引き出してしまったらしい。

  「怒るほどのことじゃないじゃないですか。俺自身のことなんだし」

  「馬鹿野郎っ! 俺はなぁ、俺はお前の事をっ……」

  絶句してしまう六さん。俺はあまりの大人げない態度に呆れてしまう。

  これが二〇以上も離れた大人なのだろうか。

  「もう、いいじゃないっスか。こんな話やめましょう」

  「やめられるかっ! 死んでもいいなんて、言うんじゃないっ」

  なぜか必死に喰らいついてくる六さんは、やくざのくせに、目に涙まで溜めている。そんなに怒らなくても……。

  これ以上は堂々巡りだと、不毛さを感じた俺は立ち上がる。

  「明日も早いし、もう帰ります。六さん、御馳走様」

  後ろで怒鳴ってる六さんを振り返らずに俺はバーの外へ出た。ドアを閉める時に、『本当、親子喧嘩だな』なんてマスターのため息が耳に入ったのが、少し辛かった。

  ほろ酔いの体に、冷たい風が心地よい。

  もうすっかり消灯して、人通りの少ない商店街をぼんやりと歩いていると、俺の目に入るのはエンジンをかけたまま停まっている黒いワンボックスカー。その周りには男たちがたむろして、べちゃくちゃだべっている。

  「一時過ぎてるってのに、元気な奴らだな」

  どうせ若い連中が朝まで遊び倒すのだろう。学生はいいなあ、と俺は男たちの脇を通り過ぎる。

  「ちょっと」

  男たちの一人に、突然声をかけられた。なんだ。いちゃもんでもつけようというのか。

  振り向く俺の鳩尾に、何かが触れる。

  「なん……」

  一瞬で体中を駆け巡る衝撃。

  「あ……が……」

  手足がしびれて力が入らない。

  にやにや笑う男の姿と、その男の手にある火花を散らす黒い箱が、俺の覚えている最後の光景だった。

  3

  気が付くと、俺は尋常ではない状況に置かれていた。

  何十畳もあるような、畳敷きの和室で一人、放置されているのだ。縄で吊るされた状態で。

  スーツの上着は脱がされたようだ。ワイシャツとスラックスのまま、両手を後ろ手に縛られ、それをご丁寧に腰部と一緒に固定されている。こう縛られると腕は動かしようがない。巻きつけられた縄の先端は、天井の梁へと繋がっていた。つまり、俺の体は不細工なへの字の形で吊られているのだ。足は畳に届かず、体をよじらせても無様にぶらぶらと揺れるだけ。

  「くっ」

  俺は縄から逃れようと手首から血が出るほど身をよじったが、嫌というほど痛みが走っただけだった。

  「縄……か」

  縄。

  首吊り。

  差し伸べた手。

  拒絶。

  死。

  思い出したくない、嫌な思い出が甦る。

  「目が覚めたようやな」

  音もなく襖が開くと、足音と共に野太い声が聞こえていた。俺は顔を上げ、きっ、と声の主を睨みつける。

  「おぅおぅ、そんな怖い顔したらあかんがな」

  嬲るような口調のその男は、年の頃なら三〇代後半か。緑色の鱗に鋭い牙、太長い尾を持つ竜人だ。

  紺の着物を身に着けた大柄なその竜人は、いかにもやくざといった風貌をしていた。

  「あんた、誰だ」

  「お前はんの思ってる通りの人間や。六の奴にちょっかいかけとった連中の、まあ親玉や」

  俺を馬鹿にしたように、にやにやと笑う。

  「あんた、やくざの組長か」

  「そうや。―組言うてな」

  その名前は俺も聞いた事があった。この辺ではかなり大きな規模の暴力団だ。

  「俺に何の用だ」

  「決まっとる。うちの若い者をかわいがってもらったようやし、六とも親しいんやろ」

  「だから、何だってんだ」

  「いやいや、簡単な話や」

  組長は何でもないことのように手を振ってみせる。

  「ちょっと見せしめになってもらおうと思うてんねん」

  とんでもない事を平然と言うと、男はつかつかと近寄ってきた。片手で俺の髪を鷲掴みにして、ぐい、っと引き上げる。

  「ほう、端正な顔をしとるやないか」

  そう言いながらもう一方の手で俺の頬をゆっくりと撫でた。痛めつけるというよりも、品定めするような気色の悪い感触に、俺は首を振って逃れようと足掻く。

  「なんや、六の奴に忠義立てか」

  「何を、意味の分からない事を……」

  「すぐに分からしたる」

  組長は頬においた手を胸元まで下ろすと、俺の着ていたワイシャツを力任せに引きちぎった。

  「何しやがるっ!」

  「威勢のええ奴やなぁ」

  あらわになった俺の胸元に、組長は手を伸ばす。苦労一つした事がないのだろう。竜人にしてはぼってりと柔らかい指先が、俺の体を這い回る。

  「なかなかええ筋肉しとるのぉ。おお、うぶな色の乳首やないか。まだここはかわいがられたことないみたいやな」

  俺は愛撫されるような指の感触に、鳥肌が立つのを感じた。

  「肌が赤うなってきたで。興奮してきたみたいやな」

  男はよだれを垂らしそうなほど相好を崩している。

  何なんだ、こいつはっ!

  俺が顔をしかめると同時に、カチャカチャと音がする。組長は俺のベルトを外しにかかってるのだ。

  「わ、ば、馬鹿。何を……」

  抵抗する間もなく、素早くベルトを外した男は、俺のスラックスをトランクスごとずり下げた。

  「玉も竿も立派なもんぶら下げ取るやないか」

  その場にしゃがみこんだ組長は、俺の股間に顔を近づけ、うなだれているチンポをペロリと舐めた。

  「うわぁっ!」

  あまりの事に驚いて、悲鳴を上げてしまう。

  「かわいいやっちゃな」

  組長は満足した様子で、俺の背後に回る。

  「わしはなあ。お前はんみたいな若い男が大好物でな。……ケツかてプリプリしとる。うまそうや」

  俺の尻を、生温かい感触が這い回る。

  「やめ……何しやがるんだっ」

  「敏感な体してるんやな。たまらんわ」

  「くそっ、俺をどうしようってんだ。殺すならさっさと殺せっ」

  「何でそんなことせんならんねん。まあ、死ぬほど気持ちええ目には遭わせたるけどな」

  尻たぶにある濡れた感触は、ぬるぬるとケツの穴まで移動する。

  「うん、ええ味しとる」

  「やめろ、やめてくれぇっ」

  「何をカマトトぶっとんねん」

  不意に、ケツの穴に鈍い痛みを感じた。何か太いものをねじ込まれたような……

  「うぐっ、うぐぐ……」

  指だ。男の指が俺のケツに潜り込んでいるのだ。

  その感触にぞっとした俺は体をよじる。お構いなしの指先は、ケツの中で蠢く。

  「なんや、えらい固いで。まだ六に掘らせてないんかいな。あいつに犯られたら、こないに固いことはないやろうし」

  「ろ、六さんがそんなことするわけねぇだろ」

  嫌悪感と痛みに顔を歪めながら、俺は吐き捨てる。その顔を覗き込み、組長はにやにやと笑った。

  「何や、知らんかったんかいな。六がどう言っとたんか知らんけど、あいつは正真正銘の男好きやで。しかもお前はんみたいな若うてええ体した男がな」

  「まさか」

  「うまいこと隠しとったみたいやな。そんな素振りも見せんかったんか。しかし、あいつも辛かったやろうな。欲望に忠実な男やからな。ここで世話しとるときかて、好みの若い衆がおったら男好きやろうがなかろうが、無理矢理犯しとった。せやけど……」

  くつくつくつと声を立てる組長。

  「側におって、一緒に酒も呑もうかというような間柄やのに、よう手ぇ出さんかったやなんて、かわいいもんやないか。えぇ。六の奴、よっぽどお前はんに惚れとったみたいやな」

  組長の声は嬉しそうなものに変わる。

  「そんな六の野郎が大事にしてた男をてごめに出来るんやから、少しは溜飲が下がるわな」

  「くそ、何でお前なんかに」

  「怖がらんでもええで。ちゃんと気持ちよくしたるさかいに。ほら、どうや。お前はんのケツ、少しずつゆるぅなっとるで」

  悔しいが組長の言う通りだった。やくざとも思えないほど優しい動きで、飽きることなく俺のケツを掻き回す。

  「お前はんのチンポがおっ勃つまで、何時間でもこうしたるからな」

  「ううっ……」

  なぜか、苦痛の中に快感を感じてしまうのが自分でも分かった。指を動かされると、変に気持ちのいい部分があるのだ。

  「どうや、前立腺なんて刺激されたの初めてやろう。ほら見てみぃ。お前はんの息子が起き上がってきた。そのうち、わしにぺこぺこ挨拶しだすようになるで。そうや……」

  何を思いついたのか、組長は俺のケツから指を抜く。じゅぽっ、と言う音とともに、俺のケツに喪失感が広がった。ああっ、と思わず声が漏れそうになった俺は、自分の体が信じられなくなる。

  ……あんなものを、俺はもっと欲しいと思っていたのか。

  「わしの指なんかより、もっとええもんを入れたる」

  にやりと笑う組長が目の前に差し出したのは、チンポの形をしたバイブレーターだった。細長い形をしたそのバイブに、組長はオイルを塗りたくる。

  「そ、そんなものが入るわけが……」

  「大丈夫や。お前はんのケツなあ、初めての割にえらく具合がええ。このぐらいやったらすぐに呑み込める」

  「ば、馬鹿な……ふぐうっ、うぐぐぐぐ」

  ケツの中に、冷たく硬い、無機質な感触が押し込まれていく。指よりも太く長いバイブは、圧倒的な存在感を感じさせた。

  「これなら、もっと奥まで気持ちよくなるで。さあ、女みたいに声を出してよがってみぃ」

  「だ、誰が……」

  組長の言葉とともに、グィィンという振動がケツから体全体に伝わってくる。バイブのスイッチが入ったのだ。

  「……んぐぐっ」

  小刻みに震えるバイブが、歯を食いしばる俺の快感を掘り起こしていく。

  「感じるのはケツだけやないんやで」

  俺の正面にまわった組長は再び俺の体に手を伸ばす。柔らかい指先が俺の体を這い回る。

  「くっ」

  固く閉じたはずの唇から、声が漏れた。

  「気持ちええやろ。我慢せんでええ。大きな声で泣きや。遅かれ早かれそうなるんやから」

  そう言うと、組長は乳首に唇を押し当てた。

  「ひっ」

  俺は思わず声を上げる。蛭のように吸い付く唇。そこから、ちろちろと舌が踊る。

  「ほら、だんだん乳首が固うなっとるやないか。体は正直やで。見てみぃ、こっちかて元気なもんや。随喜の涙でずるずるや」

  そういうと、すでに完全勃起していた俺のチンポを掌でこねくり回す。じゅるじゅると抵抗もなく指先がすべるのは、俺が先走りを吐き出しているからだ。

  くそぅ。

  俺は泣き出しそうになる。男に体を触られて、しかもケツに無理矢理バイブを差し込まれた状態で、感じちまうなんて。

  「ええ体やな。これは触りがいがある、淫乱な肌や。さぞかし六も悔しがるやろうな」

  体をしゃぶり尽くすような愛撫に、俺は耐えられない。

  「……っ、ぁぁっ……ああっ、ああっ!」

  一度喘ぎ声を出してしまえば、もう抑える事なんて出来なかった。それどこか、声を上げるたびに快感が増幅されていく。

  体を身もだえさせながら、屈辱と快楽に苛まれる俺の姿に興奮したのか、組長の股間は大きく盛り上がっていた。

  「ぼちぼち、初釜をいただこうやないか」

  組長は帯をほどき、着物をはだけさせる。取り払ったふんどしのを外すと、スリットから反り返った肉棒を取り出し、俺に見せつける。

  「これが、男のお前はんを女に墜とす逸物や。よう見ときや」

  隆々と勃つ逸物から、俺は目をそらす。

  死ぬ気になれば何でも出来るなんて言うが、あれは嘘だ。俺は身を持ってそれを感じた。殺されてもいいが、男に体を辱められるなんて絶対に嫌だ。

  こうなった以上は……。

  俺は舌を出す。

  『死んでもいいなんて、言うんじゃないっ』

  脳裏に六さんの顔が浮かんだが、それを打ち消し、歯に力を入れる。

  ……六さん。

  舌を噛み切ろうとしたその瞬間だった。

  「そんな阿呆なこと、させへんで」

  俺の自殺に気付いた組長は、がしっ、と物凄い握力で俺は顎を掴まれ、こじ開けられる。

  「交わりの最中に興醒めな事されたら、困るなあ。猿轡の代わりに、これでも噛んどけ」

  無理矢理開けられた口に、丸めたふんどしを突っ込まれる。小便の塩辛さと、すえた男の匂いが口中に充満する。

  「どうや、うまいやろう」

  「んがっ、んがっ」

  帯で口を縛られ、ふんどしを吐き出す事さえ出来ない。

  「さあて。ほな、お前はんの処女尻を味見させてもらおうか」

  バイブが引き抜かれ、代わりに押し当てられる組長の逸物。俺は抵抗するようにケツに力を入れるが、ずん、ずんと俺のケツに押し込まれる。

  「んぐぐぐっ!」

  バイブと変わらない太さだ。しかし、バイブと違いケツに人の熱を感じる。それは俺に、男と体で一つに繋がった事を嫌というほど認識させた。俺は屈辱感で涙が出そうになる。

  「おお、やっぱり初物はええなあ。締まりもええし、この肉襞の感触なんて、たまらんわ。名器やで、これは」

  言葉で、俺を辱めようというのだろう。組長は、抜き差しを続けながら俺のケツの具合のよさをいちいち説明する。確かに、その試みは当たっていた。俺は絶望感に打ちのめされ、抵抗する気持ちすらなくしてしまう。

  「おお、急に締まりがきつうなってきたで。興奮してきたみたいやな」

  ぐちゅぐちゅといやらしい音が俺のケツから聞こえてくる。と同時に、勃起した肉棒を扱かれる。

  「ぐぐっ、んぐぅっ」

  「もう限界みたいやな。わしもそろそろイキそうや。よっしゃ、このまま種付けしたる。ええか、ええな……うぅ、イ、イクぅぅっ」

  「んぐぅぅぅぅっ」

  ケツの中に熱い汁が吐き出されるのを感じると、俺の肉棒も白濁液を発射させた。

  じゅるり、と言う音とともに、ケツから組長の逸物が引き抜かれる。

  ……やっと、終わったのか。

  身も心もぼろぼろになった俺は、がっくりと首を垂れる。

  そうや、わしはな、と心の中の呟きを聞いたかのように、組長は答える。

  「?」

  組長は閉じられていたふすまを明け、大声で怒鳴る。

  「おい、誰かいてへんか」

  「はい」

  呼びかけに答えて、待ち構えていたように若い男たちが姿を現す。見覚えのある男たち。そう、六さんを襲った奴らだ。

  「おやっさん、御用で」

  「ああ」

  組長は俺を見下ろして言う。

  「この男、初釜にしちゃあなかなかええ味やった。使わせたるさかい、お前らちょっと輪姦したれ」

  4

  組長がその場を立ち去った後、八人の男たちは縛られ吊るされたままの俺を無遠慮な視線で舐め回していた。

  「へぇ、こいつのケツを掘るんかいな」

  「しっかし、男のケツねぇ。あんまり気乗りせぇへんなぁ。おやっさんの趣味はようわからんわ」

  「まあ、そう悪いもんやないで。オメコに比べりゃ抜群に締まりもええしな」

  「ほんまかいな」

  「こいつ、ええガタイしとるからケツの締まりもよさそうやな」

  「ほら、こっち見てみぃな。ケツからおやっさんのザーメン垂れ流しとるやないか。卑猥やなあ」

  「チンポコからもザーメン滴らせて。恥ずかしないんかい」

  く……そぉ。

  俺は歯軋りをする。まるで見世物にでもなった気分だ。

  「ほな、俺からいかしてもらおうか」

  初めに名乗りをあげた猪獣人は、頭に包帯を巻いていた。確か、俺が蹴り倒した相手だ。

  不機嫌な顔をした包帯男は、懐から取り出した短刀で、俺が吊るされている縄に刃を入れる。ぶち、と縄は切れ、俺の体は畳の上に叩きつけられた。縛られているから俺は受身を取る事も出来ない。ただうめくだけだ。そんな俺を見下ろしながら、包帯男は服を脱ぐ。筋肉質の体の下半身でいきり勃った逸物がびくびくとしゃくりあげている。

  「さっさと、ケツを上げんかいっ」

  うつ伏せで身動きの出来ない俺のケツを両手で持ち上げると、包帯男は肉棒を手加減なく、思い切りぶちこんだ。ケツに裂けるような痛みが走る。

  「んがぁぁっ!」

  組長のそれよりも長い逸物だった。胃の腑まで突き上げられているようだ。俺はふんどしを咥えたまま、圧迫感に声を上げる。

  「痛いか。ふん、俺に怪我させた事を、死にたくなるぐらい後悔させたる。そら、いくぞ」

  最初から全開で、体がひしゃげるほどの突きを俺のケツに打ち込んでくる。感じさせようと嬲る組長の時とは違い、自分の欲望に任せた動きに、俺の体は苦痛しか感じない。

  「ぐっ、ぐぐぐっ」

  「どうや、こいつのケツの具合は」

  「ああ、悪ぅないで。肉襞が俺のマラに絡み付いて。締まりもええし」

  「なんや、無抵抗の男を犯すいうのも、なかなか興奮するシチュエーションやな」

  二人の接合部からはぐちゅぐちゅとザーメンが泡立つ音がする。それを見ながら、男たちの股間は盛り上がっていた。辛抱たまらんとばかりに、次々に裸になる男たち。

  「おい、早うイケや。次が待っとるんやで」

  「わかっとる、もう、……おぉ、イクぞぉっ」

  ケツの粘膜に、熱い飛沫を浴びせ掛けると、男はすぐに逸物を引き抜いた。

  「こら、女よりもええかも知れんな。二、三回は抜けるで」

  包帯男が感想を仲間に話す間にも、別の男が俺のケツにいきり勃った肉棒を突っ込んでくる。

  「うほっ、お前の言う通りや。こら、ええなあ」

  今度の奴はただ単調に抜き差しさせるばかりではない。腰を左右に回しながら、俺のケツの中を探索する。いろんな角度でケツの粘膜を擦られると、俺はケツの奥がじんわりと熱くなるのを感じてしまう。

  「おい、見てみ。こいつ、チンポコに芯が入りだしたで」

  「ほんまや、だんだん勃起してきてるわ。こいつ、変態やなぁ」

  何を言われても、今の俺にはそれをとどめることは出来ない。俺にできるのはせめて快感を少しでも感じないようにと、歯を食いしばって気をそらす事だけ。それでも、貪欲に快楽を求める俺のケツは逸物が与える気持ちよさをいちいち俺の体に伝えていく。

  なんで、こんなことに……。

  男のケツというのは、誰でもこんなに感じちまうもんなのか。

  「くそっ、もう限界だぁ。……イっちまうぅ!」

  再び、ケツに撃ち込まれる精液。

  「しっかしあれやな。八人もおんのに、一人ずつやなんてまどろっこしいわ。こいつの口でフェラさせたったらええんやないか」

  「阿呆言え。おやっさんに言われたやないか。舌噛みよるから猿轡外したらあかんって」

  「そらそうやけど……」

  「それやったら、わしに任せてみぃ」

  八人の中で、一番大柄な熊獣人が、一歩前に進みだして、にやりと笑う。縦も横も六さんの二倍以上はありそうなデカい体をしている。その股間でそそり勃つ肉棒も並みの大きさではない。

  「こいつを骨抜きにしたるさかい」

  丸坊主の巨漢が自らしごく逸物は、ぬめぬめと光っている。あれは先走りだけではなく、何かを塗り込んでいるのだ。

  「ほら、いくで」

  ぶっといチンポが、俺のケツに押し当てられる。

  ……こんなの入れられたら、俺のケツが壊れちまう。

  俺は少しでも抵抗しようと、ケツを振り、極太の肉棒から逃れようと努力するが、巨漢はそれを意にも介さない。

  「動くんやない」

  グローブのような掌で、俺の頭をがしっ、と力一杯畳に押さえつける。

  「ぐぅ……」

  その動作一つで、俺は完全に体を固定されてしまった。

  「力抜かんと、裂けてしまうでぇ」

  馬鹿でかい亀頭で、ケツ穴がこじ開けられてしまうのが分かる。

  「そうや、いい子や」

  「ぐぅぅぅぅぅぅっ」

  ケツ穴は拒絶しているのに、その鉄のような塊は、俺の体をゆっくりと貫いていく。

  「ぅぅぅぅぅぅ……ぐがぁっ!」

  ずるっ、と亀頭を全て呑み込む感触が、否応なしに俺の体を痙攣させる。

  痛い、苦しい。そして、熱い。

  そう、巨漢のねじ込んだ逸物は熱かった。これは人の熱じゃない。焼けただれるような熱さだ。

  男は腸壁に何かを擦りつけるように亀頭を抜き差しすると、ゆっくりと竿を俺の体深くに押し込んでいった。すると、あれだけの逸物を呑み込んでいるのに、俺の体から痛みが消えていく。それどころか、体から力が抜け、ケツに感じる気持ちよさが増してしまう。

  俺が感じる体の変化に、周りの男たちも気がついたのだろう。

  「おい、お前こいつに何をしたんや」

  問いかけに、巨漢は口の端を上げてみせる。

  「いつも女に言うこと聞かせるときに使うもんや」

  「シャブかいな」

  「そうや。水に溶かしたシャブをチンポに塗ってオメコにはめたら、女がよがり狂うやろ。男のケツにも効くんやないかと思ってな」

  『今、警察はやっきになって麻薬のルートを探っとる』

  もうろうとした頭に、昨日の夜耳にした、やくざの台詞が甦る。

  ……そうか、こいつらが気にしてたのはこのことだったのか。

  体中をざわざわと快感が侵していく。頭はぼんやりとしているのに、下半身だけは普段以上に敏感になってしまっている。肉襞に肉棒が触れているだけで、耐えがたいほどの快感の炎が体を支配する。その感覚に抗う事すらできやしない。

  「そろそろ、ええやろ」

  巨漢の軽い抜き差しに、ケツ襞がわなわなと蠢いた。

  「ほら、女とおんなじや。もう、わしのチンポを欲しがっとる」

  「んんっ、んんっ」

  男は俺を蔑むような口調で嘲る。だが、俺にはどうしようもなかった。ただ、悔しさに涙をこぼしながらも喘ぎ声を漏らすだけだ。

  「気持ちええところを、皆に見せたれ」

  巨漢は逸物を突っ込んだまま、俺の体を抱え上げ、あぐらを掻いた膝の上に乗せた。当然、俺の肉棒は男たちの目にさらされる。

  「おい、こいつ完全に勃起してるやないか」

  「ほんっと、変態やな」

  「チンポコびくびく動かしながら、先走りを垂れ流しとる。畳がぐしょぐしょやで」

  そんな俺に後ろから抱きかかえた男は、耳元で囁いた。

  「ほれ、自分からケツ振ってみ。この体勢やったらもっと奥まで入るで」

  そんな、こと……。

  俺は砕けるほど歯を噛み締め、首を振る。だが、俺のケツの中でびくんびくんと逸物が脈打つだけで、体がとろけそうになる。

  「分かってんねんで。突っ込まれてるだけやったら物足らんやろ。ほら、早う動かしてみ」

  「うう、ううう」

  俺は自分の浅ましさに赤面しながらも、快感を貪ろうと、自らケツを動かしてしまう。

  「見てみぃ、こいつ、自分からケツ振ってやがる」

  周りの男たちに囃し立てられてもどうする事も出来ない。そろそろと腰を浮かし、ケツを押し付けるように巨漢の膝に座り込む。

  「これだけ狂わしたら、舌を噛むなんて阿呆な事ようせんやろう」

  必死に腰を動かす俺の口から巨漢は猿轡を取り除く。男の言葉通り、今の俺には自殺する気力すら残されてなかった。

  「ほら、こないにめちゃくちゃにされて、わしらに言いたい事があるやろ。ほら、恨み言の一つでも言うてみぃ」

  後ろから男に促されて、俺は口を開いた。

  「し……い……くれ」

  俺の口から、言葉がこぼれる。

  「なんやと」

  にやにや笑いながら、俺に近寄る男たち。

  「しごい、てくれ。……俺の、俺のチンポをしごいてくれぇっ!」

  イキたかった。心底イってしまいたかった。

  恥も外聞もなく、俺は叫んでしまう。

  「わはははは、阿呆やで、こいつ」

  「こんな目に遭わされた俺たちに、なんちゅうこと頼みよんねん」

  皆は爆笑するが、俺はそれにすがりつく。

  「頼む、イ、イカせてくれぇっ」

  叫ぶ俺の口に、突っ込まれる男の肉棒。先走りのしょっぱい味が、俺の口に広がる。

  「うごぅっ」

  「なんで、お前を気持ちよくさせなあかんねん。気持ちよくなるのは俺らや」

  頭を両手で抱え込まれ、喉を突き破るような勢いで差し込まれる。

  「うぐぐっ、うぐぐっ」

  俺は泣き叫ぶが、その動きは止まらない。

  「舌なんか噛まんでも、このまま窒息したらええねん」

  口を使う男のリズミカルな動きに合わせて、巨漢の逸物も動かされる。

  「ああ、ぐぅっ」

  腰を振る巨漢がうめき声を上げる。

  「あかん。もう、イキそうや」

  「俺も、ぼちぼちや」

  俺の口を使う男も、その小刻みな動きが速くなっていく。

  これまでにないほど体を揺らされ、深く奥まで差し込まれる。俺のケツがこれまで以上に熱くなる。前立腺を激しく突かれ、肉棒から何かが押し出されそうだ。

  「くそっ、いくぞぉぉぉぉぉっ!」

  「うぐあぁぁぁぁぁっ」

  俺の上半身と下半身で、音をたてて逸物が弾けた。じゅぷ、じゅぷ、と大量の白濁液が、俺のケツと口を満たしていく。

  「おい、こいつ触られてもへんのに、発射させとるで」

  「トコロテンかいな」

  口から白濁液を吐き出しながら俯くと、俺の肉棒からじわじわと精液が流れていた。

  「三つの穴からザーメンを垂れ流す奴なんて見たことないわ」

  嘲る男たちを尻目に俺は力なく体を倒す。

  ……もう、これ以上は……。

  「おい、何をしてんねん」

  倒れそうな俺の髪の毛を掴んで、やくざたちは笑う。

  「こんなもんで許してもらえる思うたら大間違いやで」

  凌辱は、俺が気を失うまで何時間も続いた。

  5

  夢を見ているのだろう。

  耐えられないほど嫌な夢だ。

  一番耐えられないのは、これが現実だったということだ。

  大学を卒業するほんの数ヶ月前。

  俺の母親が死んだ。癌だった。長い闘病生活の末、逝ってしまった。

  毎日のように痩せて弱っていく母親の姿を見て、俺には覚悟が出来ていた。だが、父親は妻の死を認めようとしなかった。弱い人だったのだろう。妻を、何よりも愛していたのだろう。最愛の妻の葬式にさえ、出ようとしなかったのだから。

  妻の死を認める事が出来ない、だが妻はもう存在しない。その現実を受け入れられず塞ぎ込んでいく父親。それを見るのは辛かった。だが、俺にそれを止める術はなかった。

  『なあ、父さん。俺は父さんの力にはなれないのかな』

  ある日、そう言って差し出した手は振り払われた。

  『お前に、お前に何が分かると言うんだ!』

  分からないよ。

  俺は心の中で叫んだ。

  父さんが何も話してくれないのに、どうやって分かれって言うんだよ。

  その晩、父親は自殺した。

  首を吊って。

  二度目となった葬式の喪主を務めながら、俺はぼんやり考えていた。

  あの時、親父に振り払われた俺の手。

  未だに感触が残るその手を見つめ続けて、俺は気がついた。

  どんなに身近にいたって、どんなに一生懸命相手のことを考えたって、人と人とは分かり合えるわけじゃない。

  それを理解したとき、俺の心はすぅっ、と冷えてしまった。

  本当に大事な人に気持ちが伝わらないなら、俺の気持ちなんて、俺の存在なんて、あってもなくても同じじゃないか。

  それ以来、俺は何かに執着心を持つ事が出来なくなった。

  何もかもどうでもよくなってしまったのだ。他人の事も、自分自身の事だって。

  六さんをやくざと知って関わっているのもそうなのだろう。近所の人に忠告されても、仲良くして。六さんが八人のやくざに囲まれているときに手を出したのだって、本心では助けるためじゃない。

  自暴自棄の気持ちがそうさせたのだ。

  六さんにはそれが分かったからこそ、刹那的なんて表現をしたのかもしれない。

  確かに、刹那的だ。そして、そんな生活が寂しくなかったというと、嘘になる。だが、俺の心の中にはあのときの父さんの姿が焼きついたままだったから。

  もう、あんな思いは二度としたくなかった。

  「いつまで寝てんのや」

  大声とともに、体に冷たい水を浴びせ掛けられ、俺は目を覚ます。

  気が付くと、俺は全裸で庭先に転がされていた。縄も猿轡も外され、一糸まとわぬ姿で。

  それを恥ずかしく思う余裕もなかった。

  どこに隠れていたというのか、俺の周りを数え切れないほどのやくざ連中が取り囲んでいたから。

  体から水を滴らせながら、俺は身を起こす。

  そうか……。

  俺はやくざ連中に輪姦されて、気絶していたのだ。その事実を実感させるように、俺のケツはじんじんと痛みを訴えている。

  縁側であぐらを掻いた組長が、俺を見てさげすむように笑った。

  「あの後、八人に輪姦されてよがり狂っとたみたいやないか。よかったなあ。ええ目がみられて。どや、雌に墜とされた気分は」

  俺を嬲って喜んでいるのだろう。

  「さて、第二ラウンドといこうやないか」

  「……」

  もう、言葉も出ない。

  「しっかし、六の奴も今頃は惚れた男が連れ去られた事に気が付いて悔しがっとるやろ、ええ気味や」

  「卑怯、な奴め」

  「んん、しょうがないやろ。六には直接手ぇ出されへんからな。昨日も先走った連中が痛い目におうとる。わしはとにかく、あいつが黙ってるという確約が欲しいだけや。所詮一匹狼は組織には勝たれへん。わしらに逆らったら、あいつの大事にしてるもんが無茶苦茶にされるちゅう事を分からしたらなあかん」

  それだけ言うと、組長は俺の顔を見てにやりと笑ってみせる。

  「お前はんは見せしめの道具やな。ちょうどええから、お前はんのケツで穴兄弟の契りを結ぶことにしたんや。ここにおる若い衆はそうやな、30人はいとぉるが、こいつら全員でお前はんのケツを掘ったるわ。まあ、若い連中やさかい、一回程度ではおさまらんやろうな。百回輪姦されるか、二百回輪姦されるか。……逃げたかったら逃げてもええねんで。その体がちゃんと動くんやったら」

  組長の言葉通りだった。昨日一日犯されたせいか、はたまた使われた麻薬の後遺症か、手足に鉛でも付けられたように重い。

  俺はそれでも立ち上がろうとするが、足に力が入らずよろけてしまう。

  「心配せんでもええで。若い衆が全員満足したら、ちゃんと帰したるさかい。ただ……」

  組長はにやりと笑う。

  「それまで体がもてばええけどな」

  「親っさん。そんなことしたら六の奴逆上して乗り込んできたりしませんかね」

  側にいる男が、不安そうな声を出す。

  「阿呆が。来るわけないやないか。こっちには何人いてると思うてんねん。何ぼほど強かろうと、たった一人でこれだけの人数相手にできるわけないやろうが」

  そうだろうな、と俺は思う。

  助けになんて来るわけがない。

  たった一人で、これだけ大勢のやくざがいる中に飛び込んでくるわけがない。大体、そこまでする義理がないじゃないか。

  俺は強張った頬を引きつらせながら、小さく笑う。

  それはひがみでもなんでもなかった。人に期待する方が間違っているのだ。期待して、望んで、裏切られて。

  ただ、なぜか俺の頭からは最後に怒らせたまま別れた六さんのことが離れなかった。

  助けて欲しいわけじゃない。

  ……俺、謝りたかったのかな。

  「ほな、楽しませてもらおうか」

  やくざたちが俺ににじり寄り、その中の一人が俺の髪の毛を鷲掴みに……。

  「お前ら、俺の大事なもんに、何してやがる」

  不意に、野太く低い声が、広い庭中に響き渡った。それを聞いて、一瞬、やくざたちの動きが止まる。

  聞き覚えのある声だった。

  ばきゃっ、と激しい音をたてて、裏の木戸が破壊される。

  まるで映画のヒーローのように、そこから現れたのは、六さんだった。

  「六、さん」

  小さな体に怒りをみなぎらせているその姿は、いつもより何倍も大きく見えた。

  じゃり、っと六さんが一歩足を踏み出すと、怯えたように男たちは後ずさる。そう、やくざたちはたった一人の男の登場に怯えているのだ。今の六さんは、それだけの迫力を持っていた。

  俺はそんな六さんを呆然と眺めていた。

  六さんは何の障害もないかのように、すたすたと俺の正面まで来る。突然の登場に、俺の髪を鷲掴みにしたままの男は身動き一つ出来ない。

  「お前、何してやがる」

  「いや……あの……」

  ぱっ、と手を離して弁解しようと口を開くやくざ。しかし、六さんはその言い訳を聞くはずもなく、拳を振り上げた。

  どごっ、と渾身の力で振り下ろされた拳は、男の顔面を陥没させる。

  「すまん。迎えに来るのが遅くなった」

  まっすぐに俺だけを見つめている。

  「いや、それは……あっ、六さん、危ないっ!」

  俺は声を上げた。いつの間にか六さんのつぶれた左眼の方から忍び寄った一人の男が、手に持った木刀を六さんの頭目掛けて振り下ろしたのだ。

  ごすっ。

  顔をしかめたくなるような音が聞こえ、六さんの頭から、ぱっ、と血が散る。しかし、六さんは顔色一つ変えなかった。

  じろり、と男を睨みつけるだけ。

  「ひいっ」

  その視線に悲鳴をあげた男の手から、木刀が落ちた。よほど恐ろしい形相をしているのか。それとも、自分ではかなわないと悟ったのか。男はきびすを返して逃げ出した。

  「高志、大丈夫か」

  六さんは、血を流したまま、羽織っていたトレンチコートを脱ぎ、俺にかぶせた。

  「行くぞ」

  俺を立たせると、辺りを見回しゆっくりと歩き出す。

  周りのやくざ連中は身動きできず立ち尽くしていた。完全に六さんの存在に呑まれているのだ。

  「ええぃ、何をしとるんや。相手は一人やぞ。さっさとやってしまわんかい」

  焦る組長の声も、若い衆の心にまでは届かない。

  六さんは俺を先に歩かせたままゆうゆうと敷地から立ち去った。だが、俺はそんなわけにはいかない。屋敷の外に停めてあった車に二人で乗り込んでも、追いかけられているような気がして、後部座席から後ろを振り返る。

  「大丈夫だ」

  運転席から六さんの声がかかる。

  「何があってもお前には手を出させん」

  「……うん」

  力強い言葉に、俺は子供のように頷いた。

  市内を走り、ようやく車を停めたのは、ひとけのない地下の駐車場だった。

  「ここって……」

  ラブホテルか。

  「あ、馬鹿。勘違いすんなよ」

  慌てたように手を振る六さん。

  「こういうところが一番見つかりにくいんだ。それ以上の意味はないんだぞっ」

  そのコミカルな仕種に、俺は久しぶりに笑った気がした。

  ホテルの部屋に入り、中からしっかりとロックをかける。

  「ろ、六さん?」

  気が付くと、六さんは床に膝をつき、俯いていた。後頭部には赤黒い塊がこびりついている。

  血だ。俺を助けるときに負った傷だ。

  「大丈夫ですか」

  てっきり傷が痛むのかと思い、俺は駆け寄る。とにかく、手当てをしなければ。

  「……すまない」

  それはすぐ側まで寄った俺の耳に、ようやく聞こえるほど小さな声だった。

  「え?」

  六さんは、額を床に擦りつける。

  「すまない。俺の、俺のせいで、こんな目に遭わせちまった」

  握り締めた拳が小さく震えていた。六さんの顔からこぼれる雫が、カーペットを濡らす。

  「六さん……」

  泣いてる。あの六さんが泣くなんて……。

  「本当にすまねえ」

  しゃくりあげたいのを無理矢理押さえつけたような声で六さんは呟く。

  「そんな、六さんのせいじゃないですよ。悪いのはあいつらなんだし」

  「違う、違うんだ」

  六さんは激しく首を振る。

  「違うって」

  「俺が奴らから狙われていると分かったとき、俺は身を隠すべきだった。少なくとも、お前から離れるべきだった。俺のせいでお前が狙われる可能性だってあったはずだから。でも、それが出来なかった。……俺、俺は……お前の事が好きになっちまってたから……」

  俺のその言葉に息を呑む。組長の言葉は本当だったのか。

  「ひょっとすると、奴らから聞いたかもしれねえな。……俺が男好きだってのは。……お前からしてみりゃ気持ち悪いかもしれない。でも、でも……」

  それ以上は言葉にならなかった。六さんは俯いて体を震わせたまま。いつものたくましい、陽気な六さんとは違う、まるで親に見捨てられた子供のように頼りない姿だった。

  俺は胸が詰まって、六さんの目の前にしゃがみこむ。

  「六さん……」

  俺は両手で六さんの顔に触れると、ゆっくりと顔を持ち上げ、唇を押し付ける。

  「高志……」

  初めて重ねた男の、六さんの唇は思いのほか柔らかかった。

  「お願いがあるんだ」

  俺は唇を離すと、六さんに持ちかけた。

  「なんだ」

  「俺を……」

  恥ずかしい。自分の口からこんな言葉が出るなんて。

  俺は男好きじゃねえんだぞ!

  きっと男に散々輪姦されて、俺の頭はおかしくなっちまってるんだ。

  でも……いい。

  「俺のこと、抱いて……くれないかな」

  「……」

  六さんは答えない。じっと俺を見つめたままだ。それがよけいにこっぱずかしい。

  「い、いや、俺は別に男好きなわけじゃないぜ。そ、そりゃ、六さんのことは好きだし尊敬してるけどさ。別に六さんを慰めたいわけでもないし。いや、ただあいつらに好き放題されてケツが疼いてるっていうか、汚されちまった感じだから六さんに清めて欲しいっていうか……ああ、もう」

  くそぅ、うまく言えない。動転して喋れば喋るほどドツボにはまる気がする。そんな俺を見て、六さんは口を開く。

  「俺で……いいのか」

  「ううん」

  俺は首を振る。

  「俺は六さんがいいんだ」

  「そうか」

  のろり、と立ち上がった六さんは、俺の体を抱きしめる。コート越しに感じる六さんの温もりに、俺は赤面する。

  「あ、でも先に風呂に入ってくるよ。俺の体汚れてるから」

  気恥ずかしさから、六さんの体から離れようとする俺に、六さんは言う。

  「かまわん。俺が全部きれいにしてやる」

  六さんはコートを剥ぎ取ると、俺の体をベッドに押し倒した。

  

  再び、俺たちは唇を重ねる。六さんの舌は俺の歯をこじ開け、舌に絡みつく。流れてくる煙草臭い唾液を、俺は飲み込む。

  「おい、高志よ。お前のここ、びんびんになってるぜ。お前、男好きじゃねんだろうが」

  からかうような口調に、俺は顔が熱くなるのを感じた。

  「しょうがないじゃないですか。六さんにやられると思うと、なんか……興奮しちゃって」

  「かわいいこと言ってくれるじゃねえか」

  くしゃり、と俺の頭を撫でるとまじまじとこの体を眺める。

  「そんなに見ないで下さいよ。照れちまう」

  「減るもんじゃないだろうが。裸ぐらいしっかり見せろぃ。お前にゃわからねえだろう。俺がどれだけお前を抱きたかったか。お前を想ってどれだけせんずりこいたことか」

  そう言うと、六さんは伸ばした舌を俺の乳首につける。

  「ううっ」

  熱い感触に体を仰け反らす俺。

  「くそ、感じやすい体にされちまって。俺が開発してやりたかったのによぉ」

  悔しそうに呟くと、俺の体中に指を這わす。

  「六さん、た、たんま。お、おかしい、気持ちよすぎる」

  麻薬を使われたときよりも、敏感に反応してしまう。やすりのようにざらついた六さんの冷たい指が、火照った体を探るたびに、俺はうめき声を上げてしまう。

  「こっちはどの程度広げられちまったんだ」

  体中を撫でまわし、最後に六さんの指がたどり着いたのは、俺のケツの穴だった。

  「あ、そこは……」

  指を突っ込まれただけなのに、くちゃり、と淫らな音を立てる俺のケツ。輪姦されたときのザーメンがまだ残っているのか。

  赤面する俺にかまわず、六さんはケツの穴を掻き回す。

  「気持ちいいのか」

  俺はこっくりと頷く。

  六さんはケツを探りながら、俺の股間に顔を近づける。

  「六さん」

  俺は慌てて言う。

  「そこ、汚ぇから……」

  何度も射精したまま放置されていたのだ。

  しかし、六さんはためらわず、俺の肉棒をしゃぶりはじめる。

  「うまいな、高志の味がする」

  またそんな、人の羞恥心を掻き立てるようなことを。

  六さんの愛撫は組長のようにたっぷりと時間をかけたものだった。だが、それは俺を嬲るためじゃない。六さんは、慈しむような目で俺を見ている。

  「いいか」

  「うん」

  六さんは服を脱いで真っ裸になると、俺の両足を抱え込んだ。

  「ああ……」

  昨日俺を犯したやくざたちの誰より太く、硬く、熱いものが、俺の中に入って来る。

  「痛くねえか」

  「大丈夫」

  いったいどれだけデカイのか。息苦しいほどの圧迫感だ。それでも、ケツは麻痺しているのか、まったく痛みを感じない。

  「そうか」

  その言葉に安心したように、六さんはゆっくりと腰を動かし始める。少しも乱暴な動きではない。ケツの中をこね回し、俺の反応を見て、感じるところを見つけると、そこを重点的に攻める。ただ俺を感じさせるためだけに、やさしくゆるやかに抜き差しを繰り返す。

  輪姦されていたときのような激しい快感はないが、その代わりにじわじわと波が砂浜に押し寄せるように穏やかで、泣きそうになるほど気持ちいい。

  「あ、駄目だ。すっげぇ気持ちいい」

  いや、俺はすでに泣いていた。目尻からこぼれる一筋の涙。それを舌で拭おうと顔を近づける六さん。と、その動きが止まる。

  「……」

  「どうしたんです」

  「……届かねえ」

  六さんの背では、俺の顔まで届かないのだ。顔を歪める六さん。思わず吹き出す俺。

  「ちくしょうっ」

  よほど頭に来たのか、六さんは腰の動きを強いものへと変える。俺の体を押さえつけ、ずん、ずん、とチンポを叩き込む。

  「あっ、ああっ、ああっ」

  すぐに腰の動きに呑まれ、俺は喘ぎ声を出す。もっと泣かせてやれと、六さんの腰の動きが激しくなっていく。六さんの胸をつたう汗が、俺の体に滴り落ちる。見上げれば、六さんも歯を食いしばって快感に耐えていた。

  「くそっ、もう、イっちまいそうだ……」

  「六さん、俺も……もう、駄目、だ。先にイってくれ……」

  「馬鹿野郎。そんな格好悪いことできるか。いいからお前先にイケ」

  六さんは俺の両足を自分の肩の上に乗せると、空いた手で俺のチンポと乳首をいじくりだした。すでに勃起している俺のチンポは、汗と先走りと唾液とでぐしょぐしょだった。

  「あ、駄目だって、そんな、こと……しちゃ」

  「いいから早くイクとこ見せてくれよ」

  チンポをしごかれ、こりこりと乳首をつままれる。ケツの快感も相まって、三ヶ所の刺激に俺は耐えられない。

  「あっ、も、うぅ、イ、イクぅぅっ!」

  びしゃ、びしゃ、と俺は噴水のように白濁液を吹き上げる。昨日から数え切れないほど射精しているというのに、今回が一番勢いよかった。

  それと連結するように、ケツの穴もぐいぐいと六さんのチンポを締め上げる。

  「馬鹿、そんなに締めたら……くっ、出るぅぅぅっ!」

  あふれるほど吐き出されたザーメンから、俺は六さんの温もりを感じた。

  「高志、ありがとう」

  「なんですか、藪から棒に」

  お互いシャワーを浴び、服を着替え終わると、六さんは急に真剣な目で俺を見て、頭を下げた。

  「色々すまなかった。お前には迷惑をかけた。でも、出会う事が出来て本当によかった」

  「やめてくださいよ。今生の別れみたいに」

  「ああ、そのつもりだ」

  俺はまじまじと顔を見上げる。

  「落とし前をつけてくる」

  それはつまり、あのやくざの屋敷にもう一度出向くという事か。

  「俺をコケにした事はともかく、お前を巻き込んだ事はどうしても許せねぇ」

  「でも、あれだけの人数を……」

  逃げ出す事は出来た。だが、それとあいつら全員を叩きのめすのとは話が違う。

  「ああ。生きては帰れないだろうな。それでもいいんだ。もともと、麻薬がらみで揉めてたところに、目の前からまんまとお前を攫ってやったんだ。面子を潰されて、きっとあいつらは草の根分けても俺を殺そうとやっきになるだろう。むざむざと殺されるくらいなら、こっちから出向いて、少しでも道連れにしてやる。それに俺が死ねば、お前に関わりあおうという気もなくなるだろう」

  「死んで何になるんです」

  俺は自分の口からこぼれた言葉に、自分で驚く。人の事なんて、どうでもよかったはずなのに。

  ああそうだ。今だって、どうでもいい。他人の生き死になんて。自分が死ぬ事だってそれほど抵抗はない。

  でも。

  なぜか、なぜか今は六さんにだけは死んで欲しくなかった。

  「死ぬぐらいなら逃げればいい」

  俺の言葉に、六さんは首を振る。

  「逃げるなんて、格好悪ぃ真似……」

  「格好悪くて何が悪いんだよ!」

  気が付くと俺は叫んでいた。

  「格好悪かろうが何だろうが、生きていればいいじゃないか! 生きてたら辛い事も嫌な事もたくさんあるかもしれないけど、楽しい事だってあるじゃないか」

  俺の頭では、父親と六さんの姿がオーバーラップしていた。

  あの時振り払われた手。

  今、掴みなおさなきゃ、いつ掴めってんだっ!

  「俺はこんな目に遭ったって、六さんと出会えたことを幸せだったと思ってる。六さんだってそうでしょう!」

  「……ああ」

  「それは生きてたからじゃないか。生きてたからこそ、俺たちは出会えたんじゃないか」

  そうかもしれん、と六さんは言う。

  「だがなあ。これ以上生きてたって、何にもなりゃしないのさ」

  ぽつりと、呟く六さん。

  「逃げて生き恥をさらして、どうなる。大好きなお前にまで迷惑かけちまって、それでも一人で生き延びてどうなる。俺にはもう、何も残されてないってのに」

  六さんの言葉に嘘はなかった。俺には六さんの胸にある、ぽっかりと穴の開いたような喪失感が手に取るように分かった。だから俺は、言葉を紡ぐ。

  「二人なら?」

  「何?」

  「二人で逃げればいい」

  「……」

  六さんは目を丸くしたまま、俺の顔を見た。

  「俺と一緒に逃げればいい。あいつらが追いかけてくるなら、追いかけてこなくなるまで、どこまでだって逃げればいい」

  「ば、馬鹿、お前にゃまっとうな生活があるだろう。仕事だって……」

  「そんなもん、なんとだってなる」

  俺は本気だった。六さんとなら、逃げてもいい。

  「一時の気の迷いでそんなことしちまうと、後悔する事になるんだぞ」

  「わかってます。きっと後悔する事もあると思う。でも、自分にとって一番大事なものを今手放したら、それこそ後悔しちまうから。それとも……俺とじゃ、駄目ですか」

  俺はじっ、と六さんの目を見つめた。視線で睨み殺せるほど真摯な瞳で。

  黙っていた六さんは、ぽつりと呟く。

  「……知らねぇぞ」

  そう言いながらも六さんは俺の手をぎゅっと掴んだ。

  俺も力強くその手を握り返す。

  二人で生きていこう。

  今度こそ、この手は絶対に離さない。