少しヒビの入った表面を指でとん、と触ると、今の時間が10:26であることを教えてくれた。スマートフォンをポケットに仕舞い、光を溜め込んだカーテンを開け放つと、サファイア、ネイビーのペンキを気分の比率で混ぜ合わせ、一枚板に殴りつけるように塗り込んだのに、しかし不思議と爽やかな色合いが視界いっぱいに広がる。
地上で一番大きなその水溜まりには、時折白の点が目線の中で行ったり来たりを繰り返しており、海上には相応しくないであろう、気まぐれな小動物の主が、気まぐれな小動物を思わせるウミネコだと気づいたのは数秒後のことだった。
空に対して雲が8:2くらいであることから、天気は快晴までとは行かないけれども晴れの中では最高のポテンシャル、といったところか。海の表情は凪といったところで、船を出せば心地よく釣りを楽しむことができるであろうと想像がついた。景色を10~15度持ち上げると、空と海とを区切る境界が今日も優雅な直線美を見せてくれている。瞳を閉じて腹式呼吸をすれば、大海から揮発した潮の香が鼻腔をくすぐる。親の顔を見るよりも堪能した匂いだ。
景色が暗闇のまましばらくそうしていると、カップラーメンが出来上がるほどの時間が経っただろうか。日光をダイレクトに浴びていたせいか、体温の上昇により額に雫を噴いてきたことに気づく。
先程右ポケットに突っ込んだスマートフォンを取り出し、とん、と触ると、今の時間が10:31であることを教えてくれた。
流石に『山々を切り開き田園が延々と広がるような』とまでは行かずとも、田舎とド田舎の中間あたりに座する。という表現が正しそうなくらいには小さい。
この町と市街地とで比較をしてしまえば、何をするにも不便と酷評せざるを得ない。勝る部分を探すほうが一筋縄ではいかないだろう。
下校ついでにコンビニでお菓子を買い食いする、といったエピソードは漫画かテレビでしか見たことがない。
というのも24h営業と名を打つ建物自体が存在しなかったことから、平時より金銭もとい財布を持ち歩く習慣を義務教育を終えるまで持ち合わせていなかった。
まあ確かにいつも帰宅してすぐに、居間にあるお茶請けの菓子をいくつか失敬するのがルーチンワークであったために夕飯までの空腹に耐える、ということが出来たわけで。
使い所がないキラキラした金属の集まりなんかに、若者のQOLを1%でも上げることは不可能であっただろう。自販機?もちろんそんなものはない。
事実、日々の生活は自家用車を所持しておらねば成り立たない。
バスならば、町内バスに乗り込んでから市内バスへ乗り継ぎをし、さらにそこから終点まで行けば駅だ。
歩けば10分圏内のところに全国展開を見せるショッピングモールがある。これだけで片道800円と、バス停での待ち時間が奇跡的に0だったとしても1時間半弱を浪費したことになるプランだ。ちなみに1本逃せば救いの手が現れるのは1時間後となる。
もしこれだけの距離を歩いていくとなると、山を2つだか3つだかを超える羽目になり、片道4時間で着けばいいほうだねと笑われてしまう。何事も上には上がいるの対義的な慣用句として下には下がいるという表現があるが、『その中でも下から数えた方が早そうだなぁ』と自負している。そう思った後に、『携帯の電波が通ってるだけ進んでいるのかも』とやや顔を引きつらせて笑ってしまう。
今から十数年ほど前、俺がまだ社会の"先っちょ"も知らないようなガキだった頃の話。
舞台はこの窓枠から見える景色と全く同じ、海沿いにある小さな町だ。
両親が転勤族だったという関係で、厳密に言えば生まれ故郷ではないものの、育った場所であることに変わりはなく、
感覚として『ふるさと』という認識にさして特別感を感じたことはなかった。
むしろ、出身に関してだけいえば遠く離れた別のところというだけで、特に大きな理由はなくとも物珍しさからか、優越を得たような錯覚を感じたことはあった。
田舎比べの話題といえば、
やれ「バスが1時間に1本しか来ない」だの
やれ「コンビニは存在しない」だの
やれ「街灯がないので夜になると真っ暗」だの……。
そんな、語り出すと悪態しか出てこない町で俺は学生時代を過ごした。
ぶれたので話を戻す。
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「ただいまー!」
玄関の網戸を勢い良く、しかし力任せに壊してしまわないよう注意を払いながらこじ開けると同時に、犬を飼っていようものなら即座に踵を返して逃げてしまうぐらいの声量を腹から穿つ。靴を脱いではフローリングのエリアに足を進め、間髪入れず廊下の端っこへカバンを放り投げる。登下校や勉学の日々、いわば苦楽を共にしている相棒など刹那的に思う間すらなく。
木造の床に踵を幾度となくドタドタと叩きつけては、常日頃から家族より言いつけられているルールのひとつである手洗いうがいを済ませる。常備してある安物の、おそらく百円均一で購入したのであろうプラスチック製で緑のパステルカラーを纏ったコップは、少年専用のものとして8割がうがい、残る2割が水分補給と、その役割を日々文句ひとつ言う事なく何年もの間こなし続けていた。
・挨拶は自分からする。
・玄関の戸を開けっ放しにしない。
・脱いだ靴は向きを揃える。
・手洗いうがいを済ませる。
これが何年も前から言われ続け、すっかり身についた我が家の習慣の一部だ。遵守せねば身長の遥か上から何者かの拳骨が飛んでくる。当たり前の事だが、それ以上に大事なことだと教わったが、そんなことを理解する知性と先見の明は持ち合わせておらず、ただ単に叱られるのが嫌だからという理由があったが故に習慣化するのはそう苦ではなかった。
ルーチンといえるほど習慣的に視界が居間へ、そしてテレビ台とその付近に鎮座する据え置きの家庭用ゲーム機へと切り替わる。カーペットに腰を落ち着けて、やはりゲームを始める前に一息つこうと立ち上がろうとした頃。
奥の和室から畳を一歩また一歩と、当人の自重もあってか少年よりも大きくて力強くありながら、確実にこちらへ狙いを定めて向かってくる足音と、衣擦れの音が聞こえていた。少年の二倍以上はあるであろう体躯、それは身長としてだけの意味だけではなく、大人としての存在が近づいていることを意味している。
家族で自分以外を省くと唯一、X染色体とY染色体を併せ持つ性別の存在、祖父だった。
「おう、帰ったか」 「んー、ただいま爺ちゃん」
バリトンボイスの更に下、意識的に聞かねば発言の意味合いを聞き漏らしてしまうバストーンのボイスが耳の奥へ駆け抜ける。虎獣人である祖父の声質は重く、骨身に染みるほどに硬い。春と夏の変わり目に位置する今の時期、世間的にはそろそろ半袖が一般的であろうこの季節にも関わらず、肉体に熱が篭って堪らないのであろう獣の身体を宿す彼の姿は、人間と比べると真夏といって差し支えないのだろう。
祖父の姿は頭に白タオルを巻き、それ以外にはやや色の落ちた赤い褌のみの姿だった。町で漁師として日々格闘する祖父の鍛え上げられた肉体は、還暦を超えても尚衰えを知らず、腹に脂肪を蓄えておりながらも見事な体つきであるという評価は揺るがない。
両の腕は肉というよりも鉄か何かの無機質な物で加工されているのかというぐらいに硬く、子供一人ぐらいが捕まっても重心をずらすことなく保ち続けることができ、あわよくばその状態のまま、ガハハと笑いながらダンベル代わりに上下させることもやぶさかではないくらいだ。
布切れしか身に纏っていない彼の出立ちは、物心ついた時からすっかり見慣れた姿といっても酷く魅力的であることに変わりはないものの、思春期を迎えた此方にとっては思わず生唾を飲み込んでしまうほどの猛毒と言わざるを得ない、そんな爆発的な火力を秘めていた。前袋に位置する雄の象徴としての部位は、赤で隠されているといえども、むしろ隠されているからこそ扇情的で、つくづく大人の男とはこういうものなんだろうと。そして成人になれば特に何をしていなくとも祖父のような立派な男らしい体躯を身に纏えるのだろうと。教えられずとも知識として刷り込まれていく分には十分過ぎた。そんな肉体美から敢えて目を逸らしていても、年老いて色味の褪せた色味が視界に入ってしまうだけで、数メートル内の同じ空間に壮年の裸が存在していることを脳が明瞭に示唆し、心臓の鼓動を早める本能的な動作は正常に行われていた。
家族なのだから服くらい着ろと言うことは簡単なのだろうけれども、目の前にある大型プレートの七面鳥の丸焼きを食いもせず、ラップで包んでしまうような愚かなことをする必要は微塵もないのである。という理由からこちらから服装に対して咎めるということは今までも、そしてこれからも無いだろう。
頭の中で祖父の肉体を目に焼き付けろと嘯く悪魔と、先日買ってもらったゲームを堪能すべきと囀る悪魔が、醜い言い争いを繰り広げて早15秒と少し。
「冷蔵庫に桃があるが、喰うか」 「食べる!」
食い気味に返事を放つ。ちなみに過ぎたことではあるが、我が家のルールである手洗いうがいを居間に進入するより先に終わらせていなければ、この会話が発生しない。
何事もなかったかのように、先にトレイから右手に失敬していた個包装のビスケットを戻す。その様子を見ながら返事を聞き取った祖父は目を細めて頷くと、のしのしと一歩ずつ地を踏みしめて台所に向かおうとする。一旦腰を落ち着け面積が一畳くらいある机を一瞥するも、特に毎日代わり映えするでもなく、目新しく興味がそそられるものもなかった。通り過ぎていった姿が横目から消えたのを待ち、隙有らばと振り返って投擲ナイフのように鋭い視線を何箇所かに送ったのち、格式高い美術品を拝見するが如く粘着質にべたべたと塗りたくる。暑いと言っていたのは偽りではないのだろう。雄らしい汗の成分と年相応に熟した加齢からなる、フェロモンが混ざり合った香りが鼻に入り込んでくる。とても心地がよく、そして気分が高揚する不思議な感覚を噛み締めることができた。
嗅覚以外にも視覚で楽しませてくれることを忘れてはならない。先程の正面とは異なり、背面から見た姿でまず注目を集めるのは、およそ肩のあたり、三角筋に位置する場所でふんぞり帰っているタトゥーの存在だった。控えめな口紅のように薄いピンクで仕立てられたのであろう何らかの花模様の周りには獣人特有の体毛が生えておらず、そのオリジナリティから一目でその身体の持ち主が祖父であるということが分かるくらいに、存在感を醸し出している。
以前それはなんのタトゥーなのか。何故タトゥーをしているのかを直接問うてみたことがあったものの、どこか答えづらいような沈黙を何秒か噛ませたあと、適当にあしらわれた記憶がある。
あまり良い思い出ではないのだろうと、溢れる疑問への好奇心よりも空気を読むことを優先してからは、どことなく聞き出しづらくなっていた。祖父の妻である祖母に同様に質問してみても、答えは不明瞭なままである種ひとつの謎のようなものだった。
漁師といえば釣り上げたり引っ張りあげたりするだけなのだから逞しいのは腕だけであろうとたかを括っていたもののやはりそういうわけではなく、波風立つ不安定な漁船の上で踏ん張りを効かせねばならぬから、そのぶん腿や脚が隆々とするのは至極当然のことと言える。年老いても重心を前にして歩くなどということは一切無く、むしろ逆にこちらよりもピンと背筋を張っているのではないかと比べたくなるくらいにその姿は美しかった。広背筋から腰回りにおいて後ろから抱きつきたくなる、いわゆる誘い型の抱擁され力は非常に強く、揉み心地の良さそうな臀部と、その臀部の合間に漢らしさを一層際立たせる赤い紐が一直線に、そして緩むことなくきつく締め込まれていた。
「冷えとるから旨ぇぞ」
虎からすれば、こちらはただ虚空を見つめて物思いに呆けているように見えたに違いない。急に話しかけられたものだから、ギョッとしてしまうと特に何かを言うわけでもなく、小皿に切り分けられた白桃が数切れ、銀色のフォークが突き刺さった状態で運ばれてきた。
「あれ、爺ちゃんは食わんの?」
それはそのはず。サーブされた小皿は一つしかなかったからである。考えるより先に現れた当たり前の疑問を口にすると、
「おう、さっき切った時に摘んだけぇ要らんわ、お前が全部喰え」
そう言いながらテーブルの真向かいに座する。長い舌をペロリと唇まわりで一周させ、それが終点に行き着いたタイミングで、ふんと鼻息を強く吐く。どうしてこんなに色気があるのか理解が追いつかなかった。無自覚かわざとなのかは、この際毎日が手遅れなので問題ではないが、およそ年の半分近く裸同然で過ごしている既成事実も相まって、祖父自体がポルノ的な何かなのかと疑わざるを得ない。
「わぁ、ありがとう。いただきます!」
間食と云えども食事前の挨拶を欠かしていないことを確認した祖父は、離席する前と同様に目を細め、それと同時に僅かに口角をあげていた。
帰宅してから会話を交わして、桃を取りに行ってから戻ってくるまで、終始性的な対象として妄想のネタに使われていたことなど微塵も思っていないだろう。テーブル越しにあぐらを掻いているであろう祖父に「あーん」してもらいたいだとか。肉体を視姦しやすいようにこの家具が透明なガラス製だったらいいのに、だとか。年頃を迎えた少年が抱くであろう軽度な下心を、彼が全て知ったとき、いつものように笑ってくれるだろうか、とか。なんならその下心を全て悟った上で、ギリギリのラインを踏み越えないようにわざと焦らしているんじゃないか、とか。あわよくばワンチャンなにか起きないかな、とか。そんな下らなくも生きがいに繋がる事柄を頭の大部分で何個考えながら消すを繰り返し、フォークで押し込んだ桃の味は、いつにも増して甘く口の中で蕩け、歯を立てずとも舌だけで咀嚼できるくらいに柔らかく、そして勿論のこと美味かった。
父が幼い頃に他界し、父親代わりとして育ててくれた祖父以外にも親戚の男衆たちがいる。自身と比べると少なく見積もっても三回りは年上であるが、年数回しか姿を見せないという家系環境から、
やましい意味合い以外のことも含めて身近に雄を感じることができる祖父の存在はかけがえのない貴重な存在だった。
視覚から性的刺激を無意識だか否かは分からぬままに与え続けてくる祖父は、その行動とは裏腹に寡黙で厳格でストイックな性格をしていた。怒ると落雷したかの如く凄まじい轟音が家中に鳴り響くし、海が職場なために日が昇るよりも前から家にはいないし、気づいたときには風呂(厳密には水浴びに等しいが)を終えてしまっているし、日課である21時くらいから始まるテレビの天気予報を見たら床の間へ向かい、数分後にはいびきをかき始めてしまう。生活リズムが合わないというか、大前提に家族であるというのに、学生が帰宅した時間から数えても毎日最長で4,5時間しか顔を合わせる暇がないというのは、仕方がないというのは理解した上でつまらなかった。
そして残念なことに、食べ終えてから特に会話が続くわけでもなく。脳裏にこびりついた、残りの囀る悪魔が言う通りゲームをしに戻り、風呂に入る時間を向かえ、他の家族が全員帰宅して夕飯を囲み、翌日に備えて就寝するまでの間、特筆すべきことも特になく時間だけが過ぎていった。なんと勿体無い事か。
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ある日のことだった。
その日も毎日と変わらないはずで、強いて細かな違いを挙げるとすれば、お茶請けにあるビスケットが煎餅になっているか否か。祖父が準備してくれる食べ物が有るか否か。テーブルの上に粗雑に放り投げられた地方新聞の日付が今日と一致しているか否か。本当にそのくらいしか変化のないはずだった。
風呂から上がり、夕飯を済ませてから各々が自由な時間を過ごしているとき、なぜかいつにも増して祖父の近くに居たいというよく分からない感情から、何か会話を交わすわけでもなく同じ空間に座り込み、褌姿でソファに落ち着ける祖父を横目にテレビを見ていた。
ゴールデンタイムのバラエティ番組の何が面白いのか、この年齢にして未だに分からないなと考える。祖父もそれは同じなのか、番組の観客席にいる大人たちが歓声だの笑い声だのをあげる瞬間であっても、感情ひとつ表すことなくただただ画面を見続けていた。
視点を上げて目をやると、チクタクと秒針を動かす仕事を行い続ける壁掛け時計が19時半を目前にしていた。この時計は1時間きっかり経つたびにその時間の数だけ鐘を鳴らし、毎時半を迎えると決まって1回、同様の音を家の中へ響かせる役割も担っていた。この時間から逆算して、祖父はあと2時間弱で寝てしまう。
祖母は台所で夕飯の片付けをしているから此方の空間に足を踏み入れてくることはないし、仮に近づいてきたとしても祖父がいる場所は棚があるおかげで死角になっているから目に入ることもない。別にやらしいことを期待しているわけでは毛頭ないけれど。
「ん?なんだ」 「なんでもない」 「ーーー」
虎の発した声はチャイムに掻き消され聞くことが叶わなかった。おそらく、そうか。とだけ言ったんだと思う。当然の疑問を切り捨てるように振り払うと、特に気にも留めず祖父はこちらにやっていた目線をテレビに戻してしまう。左隣を位置取りソファに腰掛けると、重力と体重に従ってそのぶん僅かに両者が沈んだ。
何を考えたのか、直後に目前の虎は地につけていた両踵のうち左脚を三角に折りソファの上に持ってくる。この場所からだと褌の布地から持ち上げられた部位がより強調されてしまう。
突然皿が落ちて割れるのと同等か、それ以上の出来事に頭の処理が追いつかなくなり、真っ白になってしまった。そしてその混乱と動揺は、ある一点の部位から目を離せなくなるという行動に縛りをかけられてしまったことで、虎にも知られてしまっているだろう。
心臓の鼓動がどんどん高鳴るのを感じる。手足がすっかり発汗しはじめているものの、また風呂に入らなければならないと考えを改めるほどの余裕もない。虎獣人の一物はもう、限界まで手を伸ばす労力すら必要ないほどに間近にあった。そのエピソードだけでも鼻息が荒くなるのを抑えきれなかったであろうに、祖父は悪戯心を刺激されたのか追撃の手を休めることなどしなかった。
「気になるか」
獰猛そうな犬歯をちらつかせながら、赤布に納められた象徴の膨らみをデコピンの容量で弾き、聞いてくるその顔つきは、やめろと行ってもちょっかいを出すことを辞めない腕白な男児のようで。しかし目の前に映る雄は千歩譲っても万人が満場一致で男児とはならぬほどの巨漢で。こんな痴態を直近で見せられて気にならない方がおかしいに決まっている。と、そう思えるほどにはまだ既の所で踏み止まっていた。雄として最大火力であろうそのセックスアピールに抗う手段を持ち合わせるには、保健体育と道徳と倫理と、あとやはり保健体育の履修が足りていない。
「え?」 「さっきからずっと、此処を見ちょるからな」
終わった。
そもそもこれからどんどん暑くなる時期を迎えているというのに、わざわざ隣に座る理由はない。男色の気があるのかとそのまま訊かれてしまえば、全身の毛穴という穴から火を噴き出し即座に絶命してしまうだろう。しかし冷静になって考えてみれば、【さっきからずっと】見ているのがバレているということは、祖父もずっと此方から視姦していることを黙認していたということで。実質的に合法なのではないかと考えを改めるのに大体5秒。そして毒を喰らわば皿までと態度で示すに至るまで、
「んおッ……?」
2秒。