旧友

  1

  「では、そういうことで。はい、ありがとうございます」

  深々と頭を下げ、顧客を事務所から送り出すと、俺、篠木浩市は深々と息をついた。

  数ヶ月越しだった懸案事項がやっと解決したのだ。

  「ふう」

  自分の席に戻ると、眼鏡を外してまぶたの上をぎゅっぎゅっ、と揉み、嫌煙家の顧客の前では吸えなかった煙草に火をつけて深々と煙を吸い込んだ。

  安堵感を噛み締めながら、犬獣人にしても小柄な体で大きく伸びをし、体毛と同じ色の煙を吐き出す。

  あいつから電話がかかってきたのは、そんな時だった。

  『よう、ノギ、いるか!』

  少し顔をしかめて受話器から耳を話したくなるほどの大声。

  そして、もはや50代にも手が届こうかという社会人の俺の名を、そんな風に略して呼ぶ奴なんて、他にはいない。

  櫻井憲剛。

  俺の悪友。

  「いるから電話に出られるんだろうが!」

  思わずこちらも怒鳴り返すと、カラカラと笑い声が返ってくる。

  『そうだな、悪い悪い』

  電話越しで豪快に笑っているガタイのいい虎獣人の姿が目に浮かぶようだ。

  その声を聞くだけで、俺の心は20代の青春時代に戻ることが出来る。

  胸の奥の甘酸っぱい傷とともに。

  『お忙しい社長さんがちゃんと電話に出てくれるかなぁと気を使ったんだよ』

  そりゃ、こっちは曲がりなりにも社長なんて肩書きを持っているが、あくまで零細企業のトップでしかない。大会社の、しかも敏腕と名高い営業部長のほうが何倍も忙しいだろう。

  「よく言うよ。お前の方が忙しいだろうに」

  『……ああ、そうだな』

  ……ん?

  俺はその応対ぶりに首を傾げる。

  いつもは間髪入れずに嫌味の一つも返してくる憲剛が言い澱むなんて。

  こいつとはもう30年近い付き合いだ。

  ここ数年は数えるほどしか顔を合わせていないが、それでも様子がおかしけりゃ声を聞くだけでわかる。

  「なあ、憲剛。お前、どうかし……」

  しかし、俺がその疑問を最後まで口にする前に、受話器から憲剛の声が響いてきた。

  『なあ、ノギ。オメェ、今日の晩、暇か?』

  「え? まあ、時間はあるが……」

  俺は机の上に置かれたスケジュール表を見る。

  ちょうど一仕事終わったとこだし、さしあたって急ぎの案件はない。

  一晩ぐらいゆっくり過ごすことは出来るだろう。

  『じゃあ、さ。今晩一緒に飲みに行こうぜ。俺が奢るからよ』

  「……お前、こっちに来てるのか?」

  都会住みの憲剛がこんな田舎までわざわざ出張って来るとは。

  『ああ』

  「なんだ、仕事でか?」

  「……まあ、そんなとこだ」

  どこまでも歯切れの悪い口調。

  こいつにしては珍しい。

  『で、どうなんだ。会えるのか?』

  「そりゃ、かまわねぇけど……」

  『じゃあ、夜8時に。駅前で』

  「あ、ああ……」

  『それじゃあ』

  ガチャリ、と切れてしまった受話器を、俺はぼんやりと眺める。

  ……どうしたんだ、あいつ。

  学生同士じゃないのだ。

  お互いに忙しい身の上だから、唐突に今晩会おうなんてことを言い出す奴じゃないのに。

  「……俺が暇じゃなかったらどうするつもりだったんだよ」

  まあ、たとえ忙しくとも、多少の都合はやりくりしてでも会いに行きたい奴ではあるのだが。

  なぜならあいつは、俺の親友で……初恋の相手なのだから。

  2

  俺とあいつはいわゆる同期の桜、という奴だ。

  学部は違うが、同じ大学に入学したのが同時で、おまけに寮の部屋まで一緒だった。

  もっとも、初めはろくに口を利くこともない間柄だったのだが。

  第一印象から、俺みたいな男とは合わない輩だと思い込んでいた。

  当時流行っていた、バンカラなんて言葉が誰よりよく似合う虎獣人。

  見上げるほど大柄でいかつい体をした奴は、誰の着古しかぼろぼろの学生帽と学生服を身にまとい、腰からは手拭いなんかをぶら下げて、一回生の癖にまるで番長でございといった風貌でカラカラと下駄を鳴らしながら大学内を闊歩していた。

  性格も陽気でいつだって豪快に笑っていて、俺とはまるで正反対。

  そんな奴と同室で暮らしていかなければならないと考えると、それだけで憂鬱になる。

  もっとも、あいつも俺をいけ好かない奴だと思っていただろう。

  しかめっ面でにこりともしない、眼鏡をかけた、いかにも偏屈そうな小柄な犬獣人。

  いや、いかにもではない。

  確実に偏屈だっただろう。

  今考えれば赤面の至りだが、当時は世の中に何が面白いことがあるかという顔で、そしてそんな風に考えて生きていた。

  他人に関心をもつこともなく、大学もただ研究がしたいという思いだけで入学したのだし、憲剛のように青春を謳歌しようなんて気持ちはこれっぽっちもなかった。

  チビのくせにがっちりとした体格だったし、高校時代はそれなりに鍛えていたから、舐められたり馬鹿にされるようなことはなかったが、それでも煙たい奴だと皆には思われていただろう。

  実際仲良くなってから、憲剛もそう思っていたと言っていた。

  同室住まいでも俺達は、事務的な話以外は一切しなかった。

  そんな俺達が近づくきっかけになったのは、入寮一週間後に行われた新入生歓迎の飲み会だった。

  どこでもそうだろうが、寮の飲み会なんて、新入生歓迎というお題目はあっても、本来は上回生のためにあるような会だった。

  ほとんど酒も飲んだこともないような子供子供した新入生にしこたま飲ませて酔い潰す。

  先輩学生の威厳を見せつけると同時に、寮で生活するうえでの通過儀礼でもあったのだろう。

  実に手荒い歓迎だ。

  まともな酒といえば、寮長の部屋からくすねてきた秘蔵のカストリ焼酎ぐらいで、後は目でも潰れるんじゃないかと思うようなエチルともメチルとも分からない代物を薬缶に入れて用意し、新入生に回し飲みさせる。

  肴なんて、精々寮の台所から失敬したきゅうりのぬか漬けぐらい。

  もちろんそれで悪酔いしないわけもない。

  酒の勢いで、全裸になる者、布団で簀巻きにされて転がされる者、反吐を吐く者。

  酒に慣れた上回生とは違い、大抵の新入生はひっくり返ってしまう。

  それを見て先輩たちは楽しむのだ。

  しかし、その年の歓迎会で最後まで残っていたのは、上回生ではなく俺と憲剛の方だった。

  2人共、俗に言う『ザル』という奴だったのか。

  むすっとした顔でひたすら酒をあおる俺と、馬鹿笑いしながら盃を干す憲剛。

  先輩たちもどれだけ勧められようが平然と飲み続ける俺たちのペースについてこれないまま次々沈没し、残された俺たちは仕方なく差し向かいで酒を飲むことになる。

  「オメェ、本当に不味そうに酒を飲むなぁ」

  話し相手がいなくなり、しょうがなくだろう。

  陽気な憲剛は、そう俺に話しかけてくる。

  俺は味も何もあったもんじゃない、ただ舌を刺すだけのアルコールを口に含むと、憲剛に仏頂面で返す。

  「ああ、酒なんざ不味いからな」

  「じゃ、なんでそんなに飲むんだよ。適当に飲んで、酔い潰れた振りでもすりゃあいいのに」

  「……」

  「そうだろ?」

  「……そうだな、なんで飲んでるんだろうな」

  言われてみればその通りだ。

  真剣に首をかしげる俺を見て、憲剛はひときわ大きな笑い声を立てた。

  「なんだ、おかしいか?」

  これだから酔っ払いは……、と俺は思う。

  「オメェ、ただの真面目な堅物かと思ってたけど、面白いやつだなぁ」

  「俺は面白くなんかない」

  しかし酔った憲剛は聞く耳を持たない。

  「俺とは気が合わないかと思って敬遠してたけど、意外と仲良くなれそうだ」

  「俺なんかと仲良くなってもしょうがねえぞ」

  「それは俺が決めることだよ。まあ、よろしくな」

  それ以来、憲剛は何かと俺に声をかけてくるようになった。

  俺は以前と変わらずろくに自分から会話をしようとはしなかったが、憲剛は気にせず俺にちょっかいをかけてくる。

  仕方なく、俺がその相手をしてやる。

  そういう構図が出来上がってしまっていた。

  虎のくせに人懐っこい犬っころみたいだ、と俺は思った。

  逆にあいつも犬のくせに愛想のないやつだなぁなんて思っていたことだろう。

  でも、それはそれでよかったのだろう。

  活動的な憲剛は、出不精な俺を無理やり外に引っ張りまわし、俺は俺で勉強の苦手な憲剛の面倒を見させられることになる。

  傍から見れば、2人の関係の主導権は常に俺が握っているように見えただろう。

  俺がまとわりつく憲剛をかまってやっているかのように。

  でも、本当は逆だった。

  明るさ、朗らかさ。人を引き付ける魅力。

  俺は、自分にないものを持っている憲剛に、いつしか憧れを抱いていた。

  いや、正確に言うならば惚れてしまっていたのだ。

  それまで自分の性癖に、そのような傾向があるなんてことには気づかなかった。

  今まで、誰かを好きになったことなんてなかったのだから。

  まさか、こんな奴―しかも男―に恋愛感情を抱くことになるなんて思いもよらなかった。

  しかし、その気持ちを自覚しても、俺にはどうすることもできなかった。

  第一、男同士でどうすればいいというのだ。

  ただ、その気持ちを押し殺し、いつもと同じように憲剛と接することしかできない。

  俺はきっと臆病だったのだろう。

  だが、それでもよかったのだ。

  一緒に過ごすことさえできれば。

  4年近くの寮生活は、今考えれば、かなり劣悪な環境だった。

  男2人が押し込まれるというのに、四畳半だけの狭い部屋。布団を二組引けば、それだけで一杯になってしまう。

  備品だって、小さな文机が1つおいてあるだけ。

  勉学が本分の学生寮でこれはどうかと思う。

  もっとも、それを使うのはほとんど俺ばかりだったので、特に問題なかったのだが。

  憲剛が机を使うのは、試験前に俺に泣きつきながら一夜漬けに専念する時だけだったし。

  陽の光もろくに差し込まない、どこかじめっとした室内。そのわりに畳は焼けきっていて、なおかつ大量の水でもこぼしたのか、雨に濡れてそのまま乾いた教科書のようによたって波打っていた。

  ところどころに煙草の焦げ跡やよく分からない染みがこびりついている。

  しかも、夏は暑いし、冬は寒い。

  暑がりな憲剛は、夏は全裸でその太い逸物を見せつけるように俺に晒して寝ていたし、暖房器具もない冬は、寒いからと俺の布団に潜り込んでくる。

  俺にとっては、まあ嬉しいが辛い季節だった。

  よくもまぁ、俺が勃起している姿を悟られなかったもんだと今でも思う。

  兎にも角にも、俺にとって、そんな風に憲剛とともに暮らした寮生活はきっと人生で一番幸せな時期だったのだろう。

  嫌なことも楽しいことも、全て鮮明な記憶として今もありありと思い出せるのだから。

  そんな2人きりの寮生活は、卒業を迎えること無く、唐突に終わる。

  3

  今でも、あの晩のことはまるで昨日のことのように鮮明に思い出せる。

  20年以上前のあの晩のことは。

  「ノギ! オメェ、大学やめるってどういうことだよ!」

  ドタドタと騒々しい音を立てて、狭い寮の一室に飛び込んできた憲剛は俺を睨みつける。

  「やめるんじゃねぇ、やめたんだ」

  ただでさえ少ない荷物を片付けながら、俺は言う。

  ……手際よく終わらせないと。

  なにせ、明日の朝には、この寮を出て行くのだから。

  その時、俺達は大学4回生だった。

  相変わらず同じ寮の同じ六畳一間に住んでいる同級生。

  体格も性格も正反対の二人が、その頃にはすっかり悪友と言えるような関係になっていた。

  その悪友が、片付けを続ける俺の手を掴んで、怒鳴る。

  「なんで、俺に言ってくれねぇんだ! 俺はオメェのこと親友だって思ってたのに」

  「親友にだって、言えることと言えないことがあるだろう」

  違う。

  親友だからこそ、言えなかったのだ。

  「オメェは俺がどれだけおめぇのことを大事に思ってるか、わからないのかよ!」

  「……」

  ……わかってるよ。

  しかし俺は口には出さない。

  「理由は何なんだ」

  「……」

  「おい、やめる理由は何なんだよ!」

  激昂した憲剛に俺は胸ぐらを掴まれる。

  「……」

  「それも言えないのかよ!」

  「……」

  「金か? 学費が足りねぇのか? だったら俺が日雇いでも何でもして……」

  「そんなんじゃねぇよ」

  「じゃあ何なんだよ! 黙ってたら、分からねぇだろうが」

  「もういいだろ! ほっといてくれ」

  がつっ、と不意に俺の顔に衝撃が走り、気がつくと体は部屋の隅まで吹っ飛んでいた。

  殴られたのだ、憲剛に。

  「何しやがる!」

  頬に感じる熱を感じながら俺は立ち上がる。

  「うるせぇ! 文句があるならちゃんと説明してみろよ!」

  「言えないこともあるって言ってるだろうが!」

  俺は、へしゃげた眼鏡を部屋の隅に放り投げると、憲剛に掴みかかった。

  「親友なら、そのぐらい察しろよ!」

  そして、そのまま憲剛の頬を殴りつける。

  体を仰け反らせる憲剛。

  そりゃ俺は小柄だが、それなりに体も鍛えている。そう簡単に殴り負けしたりしない。

  しかし、次の瞬間、俺の腹に憲剛の拳が突き刺さり、体がくの字に曲がる。

  「がはっ」

  「出来るかよ、そんなこと!」

  その場に跪きそうになるのをぐっとこらえ、俺は憲剛を睨みつける。そして、その巨体に飛びかかった。

  「お前には関係ないだろ!」

  いくら小さくても、大の男が勢い良く飛びかかったのだ、憲剛の体が床に倒れる。

  そのまま馬乗りになって殴りつけようとする俺の腕を憲剛は抑え、俺達は揉み合う。

  部屋中を転がりながら上下は入れ替わるが、やがて体格の勝利か憲剛が俺を抑えつける。

  力では及ばずとも、と俺は下から憲剛の顔を睨みつけた。

  「……っ」

  しかし、俺は目の前にあるその顔を見て、言葉を失う。

  目の前の虎獣人の顔はまるで泣きそうに歪められていたから。

  いつも陽気なこの男のそんな顔を、俺は見たことがなかった。

  「関係ないなんて……言わねぇでくれよ……」

  その言葉を聞いて、俺の体から力が抜けた。

  黙って寮を去ろうと思っていたのに、つぐんでいた俺の口が独りでに開く。

  「……俺がずっと書いてた論文、あったろ」

  この数ヶ月、俺がこの部屋で文机に向かいせっせと万年筆を走らせていたのをこいつは知っている。

  「ああ。オメェが毎晩遅くまで書いてたやつだろ。どっかの学会に発表するとか言ってたんだよな。確か、助教授と共同研究という形で発表するとか」

  「あれ……盗られちまったんだ。あの研究全部、助教授がやったことになってた。論文もほとんど俺が書いたのに……」

  「……っ!」

  俺はその頃、卒論とは別にある研究テーマで論文を書いていた。

  それは、子供の頃から漠然と考えていた疑問を形にしたもので、これを研究したいがために大学に入った、言わば俺の生涯の研究の基礎にしたいと思っている内容だった。

  ある時、俺が研究室でその話をすると、助教授がその内容を面白がり、2人で共同の論文を書いてみないかと誘われたのだ。

  共同というのは気に入らなかったものの、自分より上の立場の人間とともに論文を執筆することで、より高いレベル物を作り上げることが出来るかもしれないと俺は承諾し、必死に論文を書いた。事実、手直しは助教授に頼んだが、その内容のほとんどは俺が寝る間も惜しんで書き上げたのだった。

  「本当かよ……」

  俺がどれだけ必死に取り組んでいるかを知っているからこそ、絶句する憲剛。

  「ちゃんと抗議はしたのかよ!」

  「ああ。でも、誰も信じちゃくれなかった。……当然だよな。まがりなりにも助教授様と、ただの学生のどっちが信用できるかってことだよな」

  もともと、偏屈で人付き合いの不器用な俺は、教授の覚えも良くはなかった。 しかも、俺の担当は助教授が行なっていたから、接点もほとんどなかったのだ。

  この話を誰にもしていなかったのも具合が悪かった。

  そんな俺がいくら抗弁しようとろくに相手もしてくれるわけがない。

  それどころか、逆に俺が悪者にされてしまった。

  助教授の研究を横取りしようとしたろくでなしだと。

  「なんか、馬鹿らしくなっちまってよ。こんなところでシャカリキになってるのがさ」

  本当は、妥協しちまえばよかったのかもしれない。

  素直に承諾してれば、助教授に貸しの一つも作れただろうし、今後それを生かして研究室でいい位置につくことだってできたかもしれない。

  それが大人ってもんなのだろう。

  しかし、偏屈な俺にはそれが出来なかった。

  どうしても許せなかった。

  その挙句が、このざまだ。

  「なんでこんなに頑張ってたんだろうってな」

  自分のことを誰も信じてくれない。

  それは、思いの外俺にとって大きな打撃だった。

  ……他人のことなんか、どうでもいいと思っていたはずなのに。

  「もう、いいかなと思っちまったんだ」

  どちらにしろ、悪い評判がついた俺は、あの教授のもとではやっていけないだろう。

  そう考えると、何もかもが嫌になって、俺は大学をやめる決心を決めたのだ。

  「そんなの、俺に相談してくれよ。オメェの汚名を返上するためなら、俺何でもやったのに……」

  「だから言えなかったんだ……」

  もしも、そのことを知れば、憲剛は俺のために色々と動いてくれようとするはずだ。

  権威のある教授に、抗議行動をすることさえ。

  しかし、そのことで逆に迷惑をかけてしまう。こいつだって、ただの一学生にすぎないのだから。

  そんなことをして憲剛が大学から目をつけられてしまえば、こいつだってただではすまない。

  下手すれば無事に卒業だって出来なくなる。

  「……そうか」

  言葉に出さなくても、俺の言葉の真意を理解したのだろう。

  憲剛は馬乗りになっていた俺の体から離れる。

  「……まあ、いいさ。このところ親父が会社を継ぐために故郷に帰って来いってうるさかったからさ。ここらで親孝行ってのもいいだろう。大学まで行かせてもらったんだからな」

  今の俺には強がりを言うぐらいしか出来ない。

  「でもよぉ、オメェ卒業しても大学に残りたいって言ってたじゃねぇか。研究者になるのが夢だって……」

  「それはもういいんだ。……結局、俺には分不相応だったんだよ」

  俺のその言葉に、ポツリと呟く憲剛。

  「……ごめんな」

  しょげた顔の憲剛に俺は笑いかける。

  「なんで、お前が謝るんだよ」

  「俺、何もしてやれなかったから。俺にとって、オメェは大事な友達だってのに……」

  そう言うと、憲剛は俺の体をきつく抱きしめる。

  「お、おい……」

  学生服についた男臭さが、俺の体を包む。

  「親父に昔言われたんだ。辛い時に誰かに抱きしめてもらうだけでも安心するからって。辛いことがあっても頑張れるからって」

  「……」

  「昔、俺がガキだった頃におんなじ事されて元気が出たからさ。……俺、こんなことしかしてやれねぇけど」

  そして、気恥ずかしさをごまかすように笑ってみせる。

  「本当は、可愛い女とかの方がいいんだろけどよ。少しでも慰めになるんなら、俺で我慢してくれ、な」

  決して気持ちいいとは言えない、ゴツゴツした体。

  しかし、俺を包み込む憲剛の体は、氷のように頑なだった俺の気持ちを溶かしていった。

  「よく頑張った。オメェはよく頑張ったよ」

  そして、その言葉は俺の心を鋭く貫いた。

  そう、その時一番聞きたかった言葉。

  全否定されたはずの俺の存在を、少しでも認めてくれるその言葉。

  「うぅ……」

  歯を食いしばる俺の瞳から、涙が溢れてくる。

  そうだ。

  本当は辛かったんだ。

  誰にも信じてもらえなくて。

  罪をなすりつけられることよりも、嘘をつかれたり信用されていないことが、すごく辛かったんだ。

  張り詰めていた糸が、ぷつりと切れた。

  「うわぁぁぁぁぁ」

  俺は憲剛にしがみついたまま、子供のように泣きじゃくる。

  憲剛はそんな俺の頭を不器用に撫で続けた。

  4

  「おお、ノギ! こりゃいい店じゃないか」

  「そうか?」

  「ああ、学生時分、俺達が通ってた飲み屋みてぇじゃねぇか。すげぇ懐かしい感じがする」

  「喜んでくれるのは嬉しいが……憲剛、お前こんな店でいいのか?」

  「こんな店とはご挨拶だね、篠木さん」

  「あ、いや、……そんなつもりじゃ」

  店の大将に軽く睨まれて、俺は首をすくめてみせた。

  2年ぶりに再会した憲剛に、行きつけの店に連れて行って欲しいと言われて、俺は普段足繁く通う店に連れ込んだ。

  一人暮らしの俺が毎日食堂代わりに使っている家庭的な店だ。

  珍しいものは出さないが、そこそこ旨いものを食わせてくれるから気に入ってる。

  しかし、憲剛はあまりこの手の店を好まないと踏んでいたのだが。

  会社でエリートの憲剛は、接待などで高級な店を利用することが多く、最近は相当に舌が肥えているようだった。

  以前俺が出張で、憲剛の近くにまで会いに行った時には、政治家クラスのお偉いさんが利用するような高級な料亭に連れて行かれて困惑したのを覚えている。

  仕事柄よく使うそうだが、学生時代に腐ったミカンを食って腹を壊して寝込んでいた憲剛からは想像もつかない話だった。

  まあ、お互い大人になったのだろう。

  久しぶりに会った憲剛からは、以前よりも貫禄が伺える。

  表情からも、腹からも。

  「ちょっと、太りすぎじゃねぇのか、憲剛」

  「ノギだって、そうだろうが。チビのくせに太りやがって、だるまみてぇじゃねぇか」

  「うるせぇよ。んなことより、乾杯だ、乾杯」

  何より体重増加の原因であろうビールを掲げ、俺達はカチンと小さく打ち鳴らす。

  「やっぱりうめぇな、おい」

  ジョッキを一息で干すと、口の周りに白い髭をつけて、憲剛は笑う。

  「今日は仕事でこっちまで来たのか」

  「……そう、だな」

  なぜか、少し困ったような顔をする憲剛。

  「やっぱり忙しいのか」

  「まあ、な」

  「いつまでいられるんだ」

  「明日には帰るつもり、かな」

  「しかし、こんな田舎に営業に来るとは。営業部長のお前が来るぐらいだからよっぽど大口の相手が見つかったんだろうな」

  「まあ、そうだな」

  「相手は誰だ。……ああ、あんまりそんなこと聞いちゃいけねぇな。商売敵になるかもしれねえんだからな」

  「いや、オメェのとことは業種が別だからなぁ。でもまあ、そんなふうに考えてくれるとありがたい」

  「……」

  ……?

  何だろう。

  話していてもいつもの反応と違うのだ。

  あまり手応えを感じないというか、心ここにあらずというか。

  こいつも会社ではエライさんだから、あまり同僚や部下にそういう話はできないのだろう、無関係の俺相手となると、仕事が好きでたまらないって表情で、話しちゃいけないような業務内容でもとめどなく喋るのが常なのだ。

  それが、何重にもオブラートに包まれたような喋り方。

  俺は仕事に情熱を向ける憲剛の話を聞くのは嫌いではないので、一問一答のようなこのやり取りに何か拍子抜けした気分だった。

  ……まあ、いいか。

  こいつでも、仕事の話がしたくないこともあるのだろう。

  俺は話題を変えてみる。

  「最近、奥さんは元気にしてるのか」

  「……ああ」

  俺の言葉に、苦笑いとも違う、まるではかない笑みを浮かべる憲剛。

  その表情で、俺は得心した。

  ……なるほど、奥さんとうまくいってないのか。

  それでこいつ、元気がないんだな。

  そう言えば、こないだ電話でそんな事を言ってたような気がするなぁ。

  わざわざこんな田舎に来たってことは、俺に相談でもしにきたのか。

  しかし、会ってしょっぱなから生々しくそんなことを聞くわけにもいかない。

  ……気を使わせやがって。

  俺は、憲剛が一番元気が出るであろう鉄板の内容を振ってみる。

  「娘ちゃんはどうだ?」

  ……これなら大丈夫だろう。

  「……ああ、元気だ」

  ……あらら?

  今度こそ、その反応に俺は目を丸くする。

  それこそ、憲剛の娘に対する、目に入れても痛くないほどの溺愛っぷりを知っているのに。

  一言、娘のことを聞こうものなら、こいつは一晩中だって話し続ける事はできるだろう。

  それで何度も辟易させられた覚えがあるぐらいなのだから。

  しかし、この話題にもおざなりでまったく乗ってこない。

  「……そうか」

  ……こいつ、どっか悪いのか?

  だが、相変わらずのビールの飲みっぷりと、テーブルの上の料理を機関銃のように掃討していく健啖ぶりからはそんな風には見えないのだが。

  「まあ、家族の話なんておいといてよ。……それにしてもこの店の料理うめぇなぁ。特にこの豚の角煮、絶品じゃねぇか。口に入れたらとろとろにとろけやがる」

  「ああ、そうだろ」

  「それにこのカレイの煮付け。なんか懐かしい味がするよ」

  「そうだろ、そうだろ。俺もそう思ってたんだ。昔良く通ってたあの店と同じ味がするだろ」

  「ああ。本当、こういう店で飲んでると、昔のことを思い出すなぁ。2人で寮生活してたこと」

  「そうだな」

  そう。俺がこの店に足繁く通うのも、昔を思い出させるものがあるからだった。

  「そういや、覚えてるか、俺が教科書代にって、親父のくれた金時計を質に入れたら、オメェがそれで酒飲んじまったこと。あれには随分困ったんだぜ」

  「俺のせいにするな。あら、お前が飲みに誘ったんじゃねぇか」

  「そりゃそうだけどよ。まさか全部呑んじまうとは思わねぇじゃねえか」

  「その後、日雇いに連れ込んで、その分稼がさせたの誰だよ。まさか俺も自分が土方仕事をするハメになるとは思わなかったぜ」

  「でも、結構楽しそうにしてたじゃねぇか。『こういうのも悪くない』って言ってな」

  「まあ、肉体労働もたまにはいいもんだと思ったよ」

  「今思い出すと、懐かしいな。学生時代は結構やんちゃしたからなぁ」

  夢見るような表情でそんなことを呟く憲剛。

  しきりに懐かしいなぁと言う言葉を口にする憲剛に俺は違和感を感じる。

  こんなヤツじゃなかったはずだ。

  いつも前を見て、仕事の話も家族の話も楽しそうに話して。

  未だに独り身の俺は、それを聞いてほっこりしたりうらやましく感じたりしていたというのに。

  「そういや、覚えてるか。2人でズリ合いしたこともあったよな」

  「な! 何をこんなところで……」

  そんな感慨にふける俺の気持ちを台無しにするような言葉を口にする憲剛。

  「オメェは女っ気なかったし、そんなことしねぇと思ったのに、こっそり一人でせんずり掻いてるんだからよ。あれ見た時には驚いちまった」

  「うるせぇ。お前だって女っ気なかっただろうが。それにしたって、一緒に参加することはないだろうが」

  「いいじゃねぇか、男同士なんだからよ」

  「そういう問題じゃねえよ」

  「でも、気持よかったのは気持ちよかったんだからよ。今だから言うけどよ、あの時俺童貞だったからさ、人に触ってももらったのってノギが初めてなんだぜ」

  その言葉に、俺の顔は耳まで真っ赤になる。

  「ば、馬鹿野郎! しょうもないこと言うんじゃねぇ! み、店の大将だって聞いてるじゃねぇか」

  「ズリ合いなんて、別にそんなおかしいことじゃねぇだろ。なあ、大将? ガキの頃にチンコしごきあったり、ザーメンの飛ばし合いとかしなかった?」

  「ああ、ありますねぇ。でも、中学ぐらいの頃ですけどね」

  意外と話に乗ってくる大将を見ながら俺は大きくため息をついて、ジョッキを傾けた。

  5

  覚えてるどころか、忘れるはずがない。

  この思い出だけで、一体どれだけ抜いたことか。

  「ノギ。オメェ、いいことしてるじゃねぇか」

  「なっ!」

  うだるような暑さの8月のある日。

  それは、部屋の片隅で官能小説を読みながら、一人手慰みをしてる時の事だった。

  なぜか、ひょっこり部屋に帰ってきた憲剛が俺の姿を見て言う。

  寮に住んでる連中は、わりかしこの手のことに関して開放的な奴が多く、人が見ていようとお構いなしでマスを掻くようなこともあったのだが、俺はどうしてかそういうのが苦手で、他の奴にはもちろん、同室の憲剛にも悟られないようにこっそり抜くことが常だった。

  普段はこういうことに興味はないって素振りを見せているくせに、実は人一倍性欲が強い俺は、一人きりの時間を捻出するのにそれはまあ苦労したもんだ。

  便所に行ってこっそり出したり、憲剛が絶対に帰ってこない時間を見計らって部屋で抜いたり。

  その日も、憲剛が授業に出ていることを確かめると、鞄の奥底に隠してあった手垢のついた官能小説を取り出して、事に及んでいたのだ。

  それが、まさに不意に現れた憲剛の姿を見て、俺の体は硬直してしまう。

  ……なんで、こんな時間に帰ってくるんだよ。

  「お、おま……授業じゃなかったのかよ。しかも試験だって……」

  「ああ、面倒になったからサボった」

  普段なら、『昨日どれだけ俺が一生懸命勉強見てやったんだよ!』と、怒鳴りつけてやるのだろうが、この状況でそういう言葉も出るはずもない。

  「しっかし、オメェもそんなことするんだな。普段堅物ぶってるくせによ」

  「わ、悪ぃのか」

  「いや、いや、男ならせんずりぐらい誰でも掻かぁな」

  憲剛は俺の見ている本を覗き込む。

  「へぇえ、オメェの抜きネタはこれか」

  憲剛は動揺する俺の眼の前から、さっと小説を取り上げる。

  「あ、おい!」

  相変わらず硬直したまま、ちんこを握りしめた間抜けな状態の俺は、その素早い動きに対処できない。

  俺の目の前でペラペラとページをめくってみせる憲剛。

  「へぇ、こんなのが好きなのかよ。ふうん、華奢な女の犬獣人が、大柄な虎獣人に無理やり孕まされるねぇ」

  「ば、馬鹿、言うな!」

  かぁっ、と顔が赤くなるのがわかる。

  まさにその女を自分に置き換えて読んでいたというのに。

  自分が大柄な虎獣人―つまり、憲剛だ―に犯されている姿を想像しながらせんずりを掻いていたのだ。

  近所の古本屋で、この本を見つけた時には柄もなく興奮して周りの目も気にせず買い込んで、それ以来いつもこれを使って抜いているのだ。

  「い、いいから、返せ!」

  「まあまあ。もうちょっと読ませてくれよ」

  取り返そうとする俺の手を邪険に払うと、開き癖がついた部分―そう、俺が一番抜きネタにしているところ―を食い入るように読み始める。

  俺はそれを止めることが出来ない。

  いつもその部分で抜いているというのを知られたもこっ恥ずかしいのだが、それよりも自分が憲剛に犯されることを考えながら抜いていると、万が一にでも知られたらどうしようという恐怖で身動きできなかったのだ。

  「おい、ノギ!」

  「は、はい」

  何を言われるんだろうと、姿勢を正しておどおどと見上げる俺に、しかし憲剛は想像の斜め上の発言をかましてくれる。

  「ズリ合いしようぜ!」

  「……はい?」

  ズリ合い?

  「これ読んでたら俺もむらむらきちまった。一緒に抜こうぜ」

  止める間もなく服を脱ぎ始める憲剛。

  「お、おい……」

  いつも素っ裸で寝ているから見慣れているはずなのに、この時ばかりはものすごい情欲をそそられる憲剛の体。

  「なんで、全部脱いじまうんだよ」

  「俺、せんずり掻く時は全裸って決めてんだよ」

  「……そ、そうかよ」

  俺の言葉に力がないのは、その股間でいきり勃っている逸物に目を奪われているせいだろう。

  大柄なその体格に似合ったぶっとく長い逸物。

  天を突くほど完全に勃起しているのに、雁の部分の皮が完全に剥けきっていないのがひどく卑猥に思えた。

  先走りは多いのだろう。亀頭の先には、すでに小さな露がぷっくりと浮き出ている。

  憲剛はその大きな手のひらに余る竿を掴むと、ごしごしと扱きはじめた。左手でエロ本ページを抑えたまま。

  その無造作な動きに、すぐに先走りが竿まで垂れて、くちゅくちゅと淫猥な音を立てる。

  「ああ、すげぇ、気持ちいい」

  恍惚の表情を見せる憲剛。

  その姿に、俺は小さく唾を飲み込むと、憲剛と同じく右手を上下させた。そして、左手で濡れている亀頭を丸め込むように持つと擦りはじめる。

  ……ああ、すげぇ。

  好きな奴と同じ空間で、しかも一緒にせんずりを掻いている。

  この異常な状況に、俺はこれまでにないほどの興奮を覚えていた。

  よだれのようにダラダラ流れる先走り。あまりの快感に、すぐにでも金玉が迫り上がって、欲望を吐き出したくなるのを俺は必死に堪える。

  ちょっとでも、憲剛のこのエロい姿を目に焼き付けたかったから。

  と―。

  「くそ、イっちまう!」

  一声上げると同時に、突然白濁液を吐きだす憲剛。

  「ば、馬鹿!」

  一直線には飛ばず、まるでシャワーの方に広がったザーメンは、部屋の広い範囲に散らばっていく。

  俺の虎の子のエロ本の上にも。

  「あ、悪ぃ!」

  慌ててちり紙を取り出して、拭き取ろうとする憲剛。

  「本なんていいから、畳を拭けよ、畳を」

  本に残ったザーメンの痕跡で、また抜きネタが出来たと喜んだのは内緒の話。

  「分かった。分かった」

  全裸でちり紙を持ってしゃがみ込む憲剛には快感の名残があるのか、その尻尾が嬉しげにゆらゆらと揺れている。

  その姿がどこか間が抜けているようで、俺は普段叩くことのないような軽口を口にした。

  「しっかし、お前、ちょっと早すぎるんじゃねぇのか」

  「へ?」

  「イクのだよ。完全に三こすり半じゃねぇか」

  その言葉に、憲剛は瞬時に顔を真赤にさせる。

  「しょ、しょうがねぇじゃねぇか! むっちゃ興奮しちまったんだからよぉ!」

  口から唾を飛ばす勢いで、俺に言い返すが、本人が凹んでいるのは、さっきまで気持ち良さげに揺れていた尻尾がしゅんと垂れたのでわかる。

  「そんなんじゃ、女は満足できねぇんじゃねぇのか?」

  「う、うるせー! 俺は連発銃だから何度でも繰り返し勃つしイケるんだよ!」

  「ああ、そうかいそうかい」

  完全に興味無さ気に応える俺に、憲剛はムキになったように食らいつく。

  「じゃあ、俺が何度でもイケるってとこを見せてやるよ」

  「別にいいよ」

  しかし、俺の言葉なんか聞く耳を持たない。

  「いや、俺の絶倫ぶりをオメェに見せつけてやる! ……でもその前に」

  憲剛は、素早く俺の股間に手を伸ばした。

  「お、おい」

  「俺だけイクのを見せて、オメェがイカねぇのは不公平だからな。オメェもイカせてやる!」

  「あっ」

  ぐい。

  そのグローブのような大きな手が俺の逸物を握り締める。

  ざらざらした硬い皮膚の触感と、俺のものとは違う熱さ。

  そしてそのぬるついた感触は、憲剛の先走りとザーメンがもたらすものなのだ。

  その感触に、萎えかけていた俺の逸物が、一瞬で完勃ちする。

  好きな奴に自分のチンコを握られている。

  その状況に俺は声を出すことも出来ない。

  声を出すと口から心臓が飛び出てしまいそうだ。

  「なんだオメェ、ズル剥けかよ。うらやましいなぁ」

  俺の心の動揺を知らず、握ったちんこをしげしげと眺める憲剛。

  「でも、俺の方がデケェんだからな」

  「そ、そうだな」

  完全に上の空で俺はなんとか返事だけ返す。

  「イってもないのに先走りで泡立ってやがる。むっちゃエロいよなぁ」

  濡れてべたついた俺の逸物を掴んだまま、勢いよく腕を動かす憲剛。

  「馬鹿、痛ぇよ」

  「あ、すまん」

  俺の言葉に憲剛は優しく握り直すと、俺の顔色を見ながらゆっくりと手を動かす。

  ざらついた手のひらが、竿や亀頭を刺激して、今までにない快感を俺に与える。

  「どうだ、気持ちいいか?」

  「ああ。気持ちいい」

  ふと、憲剛の股間に目をやると、それはすでに勃起していた。

  「どうだ、言った通りすぐ勃っただろう?」

  腕を動かしながら自慢げに言う憲剛。

  「……」

  正直、言おうか言うまいか、俺は悩んだ。

  それでも俺は一生分の勇気を振り絞って、口を開く。

  少し手を伸ばしながら、出来るだけ不自然にならないように、さりげない感じを装って。

  「……お、お前のも……触ってやろうか?」

  「え?」

  「……いや、俺だけ気持ちいいのはなんか悪いなぁと思ったから。……嫌ならいいんだ」

  伸ばそうとした手を引っ込めようとした瞬間、憲剛が叫ぶ。

  「さ、触ってくれ!」

  その声の大きさに少し気まずい顔をしながら、それでも憲剛は言葉を連ねる。

  「俺も……触って欲しい」

  「うん」

  その言葉に、俺は子供のように素直に頷くと、そのいきり勃つ逸物にそっと手を伸ばした。

  ……すげえ。

  ドクドクと脈打つ逸物は、普段握り慣れた自分のものとは全く違い、見た目以上に太くごつごつしていた。

  亀頭からは先ほどのザーメンが先走りに押し出されてたらたらと竿に向かって垂れている。

  俺は痛くないように気をつけながらその肉棒を強く握ると、少し皮を押し下げ、亀頭を完全に露出させた。

  少し濃く色づいた竿とは違い、亀頭は淡いピンク色をしている。

  俺は左手をその亀頭に触れさせると、ひと撫でした。

  「ひゃん!」

  まるで、子猫のような声を上げる憲剛。

  「ノギ、くすぐったいじゃねぇか」

  「お前、ここ触らないのかよ」

  「だってあんまり触るとくすぐったいし、痛ぇじゃねえか」

  その言葉に、俺は呆れたような声を出す。

  「そんなんじゃ、いつまで経っても早漏のままだぞ。こっちも鍛えておかねぇと」

  俺はそう言うと、ザーメンと先走りをまぶしながら左手で亀頭を磨くようにくにくにと捏ね回す。

  「だ、駄目だって! 亀頭は無理だから」

  いかついガタイに似合わず、まるで子猫のように必死に俺の手を押さえつけようとする憲剛。

  俺はしょうがなく左手を放し、右手だけでごしごしと竿を擦る。

  「これだったらいいのかよ」

  「ああ。そっちの方が100倍気持ちいい」

  そう言いながら、憲剛は俺がやったように左手を俺の亀頭に添える。

  「オメェはこっちの方が気持ちいいんだよな」

  そして、ごしごしと擦ってくれる。

  「すげぇ、いい……」

  「俺も……」

  俺達はお互いが気持ちいいように考えながら、無言で腕を動かした。

  その尋常じゃないシチュエーションにお互い耐えることが出来ず、絶頂が訪れたのはすぐだった。

  「ノギ、俺またイっちまうよ」

  「イケ! 俺もイっちまう!!」

  二人の動きが早くなる。

  「ああ、イ、ぐぅぅぅ!」

  「イクぅ!」

  同時に発射されたザーメンは、向かい合うお互いの体を汚す。

  ハアハアと荒い息を吐きながら、満足感と罪悪感に身を浸らせる俺。

  そんな俺に、憲剛は嬉しそうに言った。

  「むっちゃ気持ちよかったなぁ、ノギ」

  もちろん、それ以降2人で一緒に抜くことなぞなかったが、それ以降はその思い出が俺の一番の抜きネタになった。

  憲剛もそうだったのか、あれから俺の読んでいた官能小説を貸してくれと頻繁に言ってくるようになった。

  その巨体に似合わず、恥ずかしそうに顔を赤らめながら。

  6

  「俺のあん娘は、煙草が好きで~」

  したたかに酔っ払った俺達は、鼻歌を歌いながら夜道を歩く。

  まあ、呑んだ呑んだ。

  2人で5升ばかり空けて、その足取りは千鳥足だ。

  いや、千鳥足なのは俺だけか。

  「おい、憲剛。せっかくだからうちに泊まっていくか?」

  俺は別れがたくなって、後ろを歩く憲剛についそんなことを言う。

  そう言えば、今日は昔の話ばかりして、全然お互いの近況報告出来ていない。

  うちで一緒にその辺の話をしたいなぁと思ったのだが。

  「いや、いいよ」

  憲剛は穏やかな笑みを浮かべながら首を振る。

  「なんだ、つれねぇ奴だな。うちに泊まろうがホテルに泊まろうが変わらねぇだろうが」

  「そりゃそうだけどな」

  憲剛は、多少酔眼だが、俺に比べて足取りもしっかりしている。

  ……そういや、最後ら辺は俺ばかり飲んでたな。

  明日の仕事のためにちゃんとセーブしていたのか。

  「俺はここらでタクシー捕まえてホテルに戻るよ」

  「まあ、しょうがねぇな。次会った時は朝まで付き合うんだぞ」

  「ああ」

  今日何度目だろうか、憲剛が見せるはかない笑顔。

  ……。

  俺はその表情が何より気に食わなかった。

  豪快な憲剛に、一番似合わないその表情。

  いつからこいつはこんな顔を見せるようになったのか。

  酔った勢いでそれを口にしようとするも、憲剛はさっさと片手を上げて、タクシーを呼んでしまう。

  目ざとい運転手がすぐに道路の脇に車を停める。

  扉が開くと、乗り込もうとした憲剛だったが、思い直したように俺の方を向く。

  「あのさぁ、ノギ」

  「なんだよ」

  「お願いがあるんだ」

  「ん? 帰りのタクシー代ねぇのか?」

  「馬鹿、そうじゃねぇよ」

  少し笑ってみせると、憲剛の顔はまるで素面に戻ったかのように真面目になる。

  「あのさ。……男同士でおかしいかもしれねぇけどよ、俺のこと……抱きしめてくれねぇか。……い、いや、嫌ならいいんだけどよ」

  「……別にいいけど」

  その時漠然と感じたのは、『憲剛のような奴でも寂しいのかなぁ』ということだった。

  憲剛のような男がそんなことを言い出すなんて。

  俺は憲剛と向かい合うと、その分厚い体を強く抱きしめてやる。

  刹那。

  俺の何倍もの力で、憲剛が俺の体にしがみつく。

  まるで、迷子の子供が親を見つけて抱きつくように。

  尋常じゃない力に、俺は戸惑う。

  「おい、憲剛……」

  「……」

  無言のまま、憲剛はただ必死に俺にしがみつく。

  俺は黙ってその姿を見守ることしか出来ない。

  そのままたっぷり一分は経っただろうか。

  「ありがとう」

  ゆっくりと俺から離れた憲剛のその顔は、穏やかな表情だった。

  まるで何かに吹っ切れたような顔。

  「今日、オメェに会えてよかった」

  その時俺は、ふいに思い出す。

  『親父に昔言われたんだ。辛い時に誰かに抱きしめてもらうだけでも安心するからって。辛いことがあっても頑張れるからって』

  『昔、俺がガキだった頃におんなじ事されて元気が出たからさ』

  誰の言葉だ。

  そう、他ならぬ憲剛の言葉じゃねぇか。

  その刹那、俺はやっと気づく。

  ずっと感じていた違和感の原因を。

  こいつが、俺に隠し事をしているということを。

  ……学生時代の俺と同じじゃねぇか。

  隠し事を黙ったまま、俺の元から去ろうとしている。

  きっと悩みを抱えて、親友である俺に聞いて欲しくて、この街まで来たのだ。

  それでも、結局、話すことができなくて。

  ただ、楽しかった昔の思い出を語ることしか出来なかったんだ。

  そのまま別れようとして、でも、せめて抱きしめて欲しくて、迷いに迷った挙句それを口にしたのだろう。

  「じゃあ、またな」

  そんな素振りを見せることなくタクシーに乗り込んで、小さく手を上げる憲剛。

  その扉が閉じられようとした瞬間、俺は扉の内側に腕をねじ込んだ。

  「ちょ、お客さん」

  運転手が抗議の声を上げるが俺は気にも留めない。

  そんな余裕もない。

  ……このまま行かせられるか!

  「おい、憲剛。お前、何を隠してやがる」

  「……!」

  「何を隠してると聞いてるんだ!」

  「……」

  無言のまま顔を俯かせる。

  それを見れば、俺の考えが正しかったということはわかった。

  「お客さん!」

  業を煮やした運転手の言葉を再度無視して、俺は扉を押し広げると、車の中に乗り込む。

  「頼む、……までやってくれ」

  自分の家の番地を運転手に伝えると、彼はそれでいいのかという顔で、憲剛の顔を振り向いた。しかし、俯いたままの憲剛を見て一つため息をつくと、分かりましたと言い、運転手は車を走らせた。

  7

  「どういうことだ」

  憲剛を家に招き入れた俺は、奴をソファーに座らせ、その前で仁王立ちになり睨みつける。

  相変わらず憲剛は俯いたまま。

  「会った時からおかしいと思ってたんだ。お前、どうしちまったんだ」

  「……」

  俺は憲剛の胸ぐらを掴む。

  「俺はお前の親友だろうが。お前が言ってくれたんだろ! 俺が退学したあの晩、『関係ないなんて言うな』って。そんなこと言ったお前が、俺に隠し事すんじゃねぇよ!」

  「……」

  俺の剣幕に、憲剛はポツリと呟く。

  「最後に、抱きしめて欲しかったんだ、オメェに」

  「……最後ってなんだよ」

  その言葉に、憲剛は顔を上げる。

  「俺、もう死んじまうんだよ。医者で検査してもらって……癌だって言われた」

  「……っ」

  癌……。

  その言葉に、俺は息を呑んだ。

  「このところ体調が優れなくて、病院に行って調べてもらったんだよ。そしたらビンゴってやつだ」

  壮絶な告白に、しかし、俺はかろうじて口を開く。

  「そんなの、癌だからって死ぬかどうか分からねぇじゃねぇか。今は医学だって進んでるし……」

  「断言されたんだ。余命3ヶ月だって」

  「……」

  「家族は、……お前の家族はどう言ってるんだ」

  大体、そんな重病人を好き勝手させてどうする。

  「もう、いねぇよ。俺の家族なんて」

  「お前、何を言って……」

  ……お前には、嫁も娘もいるじゃねぇか。

  「癌の話をした途端、嫁は離婚話を切り出してきたよ。しばらく前から俺に愛情を感じなくなってたからちょうどいいってな。どうも、浮気をしていたらしい。まあ、仕事が忙しくてかまってやれなかった俺のせいもあるんだろうけど」

  「……。娘ちゃんは」

  「嫁が引き取るとよ。まあ、それもしょうがねえよな。どうせ死んじまう俺にくっついていても仕方ねぇ」

  「……」

  「そんなだからよ、仕事するのも馬鹿らしくなっちまって、会社も辞めちまった。嫁に金も家も全部取られちまったしよ。今の俺には何もねぇんだ。あるのは、ただオメェとの思い出だけだ。だから、オメェに会いに来たんだ」

  「……」

  「オメェに会いたかったんだ。ひょっとして、ずっと好きだったオメェにただ抱きしめてもらえたら、満足して死ねるかもしれねぇって思ったから」

  「ずっと、好きだった?」

  「ああ」

  淡々と語る憲剛。顔に笑みまで浮かべながら。

  「俺な、オメェのことずっと好きだったんだ」

  「……」

  「俺の持ってないものを持ってるオメェがずっと俺の憧れだったんだ。真面目で、一途で。いや、憧れてたんじゃねぇ、惚れちまってた。……同じ部屋に住んでる間、オメェを押し倒したくて、自分のものにしたくて狂っちまいそうだったんだぜ。

  だけどよぉ、オメェにそっちの気がねぇって知ってたから手も出せなかった」

  「……」

  「最後に気持ち悪い思いさせちまったかな。こんな奴がずっとそばにいてたと思ったら胸糞悪ぃだろ。……ごめんな。俺がこんなこと言っちまったせいで、オメェの楽しかったはずの思い出まで汚しちまったかもしれねぇな」

  「いや、そんなことねぇよ」

  「そう言ってもらえると助かるよ。これで心穏やかに死ぬことが出来る」

  「……」

  「本当はさ。こんなこと言うつもりはなかったんだ。オメェに抱きしめてもらうつもりもなかった。ただ、オメェと最後に会話して、それで納得して死ぬつもりだったんだ。こんな弱いところ、オメェに見せたくなかったんだ。……でも、無理だった。オメェには強がりばかり見せてたけど、俺、本当はこんなに弱いやつなんだよ」

  「……」

  「こういうことがすげぇ卑怯だってことも分かってるんだ。オメェの好意に甘えて、好きな事言ってるってのもさ。でも、死ぬ覚悟を決めたつもりでも、やっぱり怖ぇんだ。誰かにすがりつきたくてたまらないぐらい。今の俺には、オメェしかいないから。……ごめんな」

  「馬鹿野郎!」

  俺はソファーにうずくまったままの憲剛の頭を腕で抱え込む。

  何でそんなこと言うんだよ!

  何でそんなことに気を使うんだよ!

  俺の想いは言葉にならない。

  「なあ、ノギ」

  「何だ?」

  俺の腕の中で、憲剛は顔を上げる。

  一生懸命な覚悟を決めたその瞳で俺を見つめながら。

  「お前のこと……抱かせてくれねぇか。俺、お前のこと好きだ。誰よりも好きなんだ」

  「……」

  「オメェを俺のものにしちまいてぇ」

  「……」

  「でも、お前を抱きたいという感情がどこから来てるかわからない。恋愛感情としての気持ちなのか、雄として好きな奴相手に性欲を発散させたいだけなのか。それとも、死の間際に自分に優しくしてくれる奴にすがりつきたいのか」

  「……」

  「だから、断ってくれてもいい。……でも、後で卑怯者だと罵ってくれてもいい。でも、ほんの少しでも俺を憐れむ気持ちがあるなら……一晩だけ俺のものになってくれねぇか」

  その言葉に俺は苦笑する。

  「なんでお前はこんな時まで馬鹿正直なんだよ。もっと自分の欲望に素直になれよ。無理やり襲ったって俺は抵抗なんてしねぇよ。いいよ、好きにしろよ」

  「……すまん」

  「この、鈍感野郎が。俺だってな、お前のことが好きだったんだよ。いや、今だってお前のことが好きなんだ……」

  俺は思い切り、憲剛の頭を抱きしめた。

  8

  「本当にいいのか?」

  寝室のベッドに俺の体を横たえながら憲剛は心配そうに俺に聞く。

  「馬鹿、それはこっちのセリフだ。俺だって、嬉しくて心臓飛び出しそうなんだぜ」

  「そうか」

  顔をくしゃくしゃに歪める憲剛。

  震える手を伸ばし、まるで女相手にするように優しく俺の服を脱がしてく。

  「そんなことより、こんな時でも、ちゃんと役に立つんだろうな」

  俺はこんな時だからと、憲剛の股間を指して茶化すように言う。

  「ここまで来て、お預け食らわされるのは嫌だぜ」

  「ああ、しっかり満足させてやるよ。オメェの中に、俺の生きてきた証をしっかり残してぇんだから」

  「頼むぞ」

  俺の服を脱がした憲剛は、自分の引きちぎるようにしていそいそと服を脱ぐと、俺の体を抱きしめる。

  「ずっと、ずっとこうしたかったんだ。オメェを俺のものにしたかった」

  「俺だってそうだ」

  憲剛は俺の口にその唇を荒々しく重ねる。

  その分厚い舌は俺の口を蹂躙した。舌を使って閉じられた歯をこじ開けると、すかさず侵入し、縮こまった俺の舌を絡め取る。

  「んんん」

  俺も積極的に舌を絡めた。

  憲剛はそのまま抜き取るような勢いで俺の舌を吸い、自分の口の中に咥え込むとぬちゃぬちゃと音を立ててじっくり弄ぶ。

  俺は目をつぶりながらその感触を楽しむ。

  煙草臭い味と、憲剛の熱を感じながら。

  「気持いいか?」

  くぐもった声に俺は小さく首を振ってみせる。

  「そうか」

  そろそろと伸ばされた指先が、俺の乳首を摘む。

  「んんっ」

  「なんだ、感じるのかよ」

  小さくうめいた俺を見て、憲剛は呟く。

  「しょうがねぇだろ」

  「じゃあ、こういうのはどうだ?」

  「うう!」

  生暖かく濡れた感触が俺の乳首を襲う。

  ぴちゃ、ぴちゃ。

  まるで子猫がミルクを呑むかのように熱心に舌を動かす憲剛。ざらついた舌が気持ちよくて、俺は声を上げる。

  憲剛の生温かい舌は、俺の胸を優しく舐めていると思うと、今度は棒のように固くなり、突起部分に押し付けられる。そして、初めての刺激に乳首が大きくなると、硬い舌を上下に動かしながら弾くように乳首を嬲る。さらには甘噛みをされ、鋭い痛みと気持ちよさが体を走った。

  「あ、ああ……」

  「かわいいぞ、ノギ」

  「う、うるせぇ」

  俺は悪態をつくことしか出来ない。

  憲剛はそんな俺を見て嬉しそうな顔をすると、両手を俺の体に這わす。舌と同じくざらついた指の感触は、昔、逸物を握ってもらった時のものと一緒だった。そんな指先がすぅ、とわき腹を撫でていくと、俺の体はびくり、と震える。熱を持った指先は止まらない。俺の体の存在を確かめるようにしっかりと這いまわっていく。その感触に俺の体は否が応にも昂ぶらされていく。

  「こんなにいきり勃たせやがって」

  右手で俺の亀頭を握った憲剛は、痛いほどに握り締めるとグチュグチュと音を立てて亀頭をこねくり回す。

  「あっ、あっ」

  「ちゃんと、覚えてるぞ。相変わらず亀頭攻めが好きなんだな」

  「くそ、しょうもないこと覚えていやがって」

  「大事なオメェのことだ。忘れたりなんか、するもんか」

  指先を尿道口に突っこんだり、焦らすかのようにさわさわとソフトタッチで攻めたかと思うと、また力強く亀頭を握りこむ。

  もちろんその間も、乳首を舐めながらもう一方の手は俺の体を這いまわっているのだ。

  「駄目だ、憲剛。もう、イっちまうよ」

  「じゃあ、いっぺんイっとけ」

  亀頭を攻める強さが一気に強くなる。

  「ダ、メだって。もう歳なんだから何度もイケねぇよ」

  「心配すんな。俺が何度でもイカせてやるからよ」

  「でも……」

  「逆らうんじゃねぇ。オメェは一晩俺のモンなんだ!」

  「あが……イグぅぅ!」

  俺が鈍く呻くと同時に、ドロドロと溢れだしたザーメンが憲剛の掌を濡らす。

  「気持よかったか?」

  「ああ」

  射精して脱力する俺を見下ろすと、そろそろとその濡れた指先を俺のケツに持っていく。

  「オメェ、こっちの具合はどうなんだ?」

  伸びた指先が、俺のケツ穴を探る。

  「駄目だ、久しぶりなんだから」

  俺の言葉に、憲剛は少し顔をしかめる。

  「くそ、初めてじゃねぇのかよ」

  「しょうがねえだろうが。いくつだと思ってるんだ。それにお前だってそのチンポ使ってるんだからよ」

  「ふん。まあ、いいさ。どれだけ使ってようと、今日はここだって俺だけのもんだ」

  濡れた指先がゆっくりと潜り込んでくる。

  「くっ」

  久々の引きつるような感触に俺は顔を歪める。

  「大丈夫だ。痛くないようにしてやるよ」

  ふいに、柔らかい舌と口の内壁が、ねっとりと俺の肉棒にまとわりつく。

  憲剛が俺の逸物を咥え込んだのだ。

  「馬鹿、イッたばかりで汚ぇだろうが」

  「汚いわけなんかねぇだろうが。オメェのチンコなんだからよ」

  その言葉に、俺は口をつぐむ。

  「うう!」

  亀頭が、喉の奥に当たる。じゅぽじゅぽ、と憲剛の頭が上下する。

  イったばかりだというのに、なぜか気持ちよかった。

  すぐに俺の逸物は力を取り戻す。

  「オメェの息子も満足してるみてぇだな。すぐにおっ勃ちやがった。ケツもすこしずつ緩んできたぞ」

  確かに、逸物にチンポに気を取られたせいか、ケツの痛みが薄れてきたようだ。

  くちゅ、くちゅ。

  「うぅぅ」

  濡れた音を立てているのが自分のケツだと気づいて、俺の顔が紅潮する。

  「少しずつ指を増やしてやるからな」

  「あっ!」

  ケツに感じる異物感が倍増する。二本の指が蠢きながら、俺のケツ襞を探っているのだ。

  「くっ!」

  俺は思わず叫び声を上げる。突っ込まれた指が前立腺を刺激したのだ。呑み込まれた肉棒と、ケツの刺激とで、頭がおかしくなってしまう。

  「ここも感じやすいんだな」

  「頼むから、恥ずかしいことを言わないでくれ……」

  俺の懇願を、憲剛は無視して続ける。

  「いいじゃねぇか。このトロトロのケツを俺のぶっとい逸物でえぐってやるからな」

  「……う、うん」

  「もう、我慢できねぇ」

  不意に俺のケツと逸物から体を離す憲剛。

  その股間には、昔と変わらず、いや、昔よりも少し剥けてどす黒くなった肉棒がその硬さを主張しながらブラブラと揺れていた。

  「じゃあ、入れてやるからな」

  憲剛は、興奮したように強い力で俺の両足を掴み上げる。

  「力を抜けよ」

  ……ああ。

  めりめりと音を立てるようにして、憲剛の逸物が埋没していく。歯を食いしばりながら、俺は痛みに耐える。慣らされたとは言うものの、その太い逸物にケツが裂けそうだ。それでも、少しずつでも押し入れられていくのは、俺のケツが広げられたせいか。

  「くぅ」

  「ゆっくり入っていくぞ。ノギ、オメェのケツ、あったけぇよ」

  じわじわと時間をかけながら、憲剛は俺の中に入っていく。痛みと圧迫感を恐ろしいほど感じる。まるで串刺しにされたようだ。身動き取れない。

  どくどく、と脈打つような鈍い痛いと共に、ケツの奥がじんわりと熱くなるのがわかる。

  「すげぇ」

  熱とともにむず痒いような気持ちよさが俺の体を支配していく。

  「よく締まる。気持ちいいぞ、ノギ」

  堪えきれなくなったのか、憲剛は今までゆっくりと動かしていた逸物を急に、ぐい、と突っ込んできた。

  「ひぃっ!」

  ケツを強くこすられ、奥にある疼きを伴う熱さは徐々に大きくなっていく。

  「おお、おお、ノギ! ノギ!」

  うめきながら腰を叩きつける憲剛。ずんずん、と体を揺らされるほどの衝撃に俺も快楽の叫びを上げる。

  繰り返される衝撃に痛みが麻痺したのか、苦痛を感じなくなる。そして、より自分から快感を感じ取ろうと襞をうごめかしてしまう。

  「ここか、ここがいいんだな」

  まるで昔から知っているかのように、俺の前立腺を心地良い強さで刺激し続ける憲剛。

  「うぁっ、うぁっ、うぁっ、うぁっ!」

  俺はその感触にわめき散らすことしか出来ない。

  もっと欲しいと俺は自分の足を憲剛の体に巻き付ける。それを見て取った憲剛は、足から手を離し、両手で俺の体を抱きしめると、抱え上げた。

  憲剛の体の上に乗った状態で、腰を振るその動きに俺は翻弄される。

  「おかしく……なっちまう……」

  うわ言のように呟く俺。

  「もう、イっちまうよ……イっちまう」

  「イケよ、イってくれ。……俺もオメェの中でイっちまうぞ」

  耳元で囁きながら我慢できないというように、憲剛は腰の動きを早めた。

  ぐちゅぐちゅと、淫らな音が部屋中に広がる。

  「くそ……もう、駄目だ。イクぞ……。ノギ、俺と一緒にイってくれ。イクぞ、イクぞぉぉ!」

  「俺も、イグぅぅぅぅぅ!」

  俺のケツに熱いものが広がるのを感じた途端、俺のチンポからザーメンが噴き出したのを感じた。びく、びく、と肉棒が大きくしゃくりあげながら、何度も何度も白い銃弾を撃ち続ける。

  肉棒が痛いほどの量のザーメンを撃ち出すと、どさり、と大きな体が、俺の上にのしかかって来る。その重みが心地よい。

  「憲剛……」

  俺の吐き出した白濁液で胸が汚れることも気にせず、憲剛は俺を抱きしめる。俺も力を込めて憲剛に抱きつくと口を重ね、舌を絡ませた。

  「よかったか」

  「ああ」

  放心状態で、俺は答える。

  「俺もだ。こんなに気持よかったの、生まれて初めてだ」

  頷いて見せると、憲剛は笑う。

  「俺の初めての相手がオメェだったらよかったのに」

  「俺だってそうだ。憲剛が初めての相手だったらうれしかったよ」

  「でも、俺の最後の相手はオメェだからな」

  「憲剛……」

  俺の顔を見つめる憲剛の瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちる。

  まるで抑えていた気持ちが溢れだしてしまったかのように。

  「俺、やっぱり死にたくねぇよ。やりてぇこといっぱいあんだ。仕事だって、もっと頑張りたかったし、嫁には未練はねぇけど、うちのガキが大きくなるところをもっと見ていたかった。それに、お前ともっと一緒にいてぇんだ。お前ともっとエッチぃことしてえし、お前の体をもっと抱きしめたいんだ。お前の温もりをこの体で感じていてぇんだ。もっと前に、ちゃんと好きだって言えばよかった。そうしたらもっと違う人生が、オメェと一緒の人生が送れたかもしれねぇのに。……ノギ、俺、死にたくねぇよ。死にたくねぇよ」

  憲剛はまるで子供に返ったかのように、泣きじゃくる。

  「ごめんな。憲剛、俺、なんにもしてやれなくてごめんな」

  俺は憲剛を抱きしめてやることしか出来なかった。

  9

  俺は憲剛のために全力を尽くそうと決めた。

  俺の出来るだけのコネを使い、出来る限りの金を使い、少しでも長く、憲剛を長生きさせてやると。

  得意先に頭を下げ、評判のいい病院を紹介してもらい、金に糸目をつけずに検査をしてもらうことにした。

  そこで……

  「誤診だったぁ?」

  素っ頓狂な声を上げた俺に、憲剛は照れくさそうな顔を見せる。

  「どうやら、そうだったみてぇだな。俺、とんだヤブ医者にかかってたらしい」

  「……」

  絶句する俺に、憲剛は事の次第を説明してくれる。

  どうやら、別の患者の検査結果と間違えて説明されたとか。

  なんだ、このオチは。

  あれだけやきもきさせられたのは何だったんだ。

  ……大体、それ十分訴訟できるレベルだろ。

  安堵感よりも、怒りが先に立つのはしょうがないことなのだと思う。

  ……というか、そんな大事なこと、セカンドオピニオンぐらいしろよ。

  「おい、お前。これからどうするんだよ」

  嫁と離婚して、会社まで辞めてしまって。

  生活を無茶苦茶にされたんだ。

  「病院、訴えるなら、協力するぞ」

  しかしその言葉に、憲剛は首を横に振る。

  「いや、いいよ」

  「なんで!」

  声を荒げる俺に憲剛は笑う。

  「嫁とはどうせ長くは続かなかっただろうし、娘ともこれからも会えないわけじゃない。あいつも俺を嫌いなわけじゃないからさ。会社のことは残念だけど、仕事なんてまた探せばいい」

  「でもよ……」

  「俺な、これからも生きてられるって事がわかっただけで、嬉しいんだよ」

  「……」

  死ぬ覚悟まで決めた男の言葉は、重みがあった。

  「それでいいのかよ」

  俺の言葉に、憲剛はうなずく。

  「それにな」

  「うん?」

  「遠回りしちまったけど、一番惚れた相手と一つになれたからな。俺はそれでもう満足だよ。何もなくなっちまったけど、お前と一緒になれただけで、俺は満足なんだ」

  その言葉に、俺は顔を赤らめる。

  「しょ、しょうがねぇ。俺がお前の面倒みてやるよ!」

  10

  「おい、ノギ!」

  今日も奴の声が事務所の中に響く。

  「おい、いつまで言えばいいんだ。いい加減、社長と呼べよ、社長と。周りの社員に示しがつかねぇだろうが」

  「はいはい。わかったわかった。でさあ、ノギよぉ」

  全然わかってない。

  結局、憲剛は俺の会社に入ることになった。一応、俺は社長で憲剛は社員なのだがその辺がわかってるのかわかってないのか、あいつは会社の中でも態度を変えようとはしない。

  社員たちは、俺達のこんな掛け合いを呆れたように見つめている。

  しかし、途中入社のこの男に苦言を呈する事のできる社員はうちの会社にはいなかった。

  もともと以前の会社で営業部長だったというのもあるため、営業を担当してもらうことにしたのだが、違う業界からも敏腕と噂が漏れ聞こえただけのことはあった。

  業界の仕組みを理解した途端、まるで水を得た魚のように動きまわり、たちまちうちの会社の年商を倍にしてしまったのだ。

  もはや、こいつあっての会社になりつつある。

  そういう意味では、俺はいい買い物をしたんだろう。

  「おい、憲剛。お前もそろそろ俺の家から出たらどうだ。もう、一人暮らしできるぐらいの給料は渡してあるだろうが」

  昔務めていた大企業と同じ、という訳にはいかないが、ちゃんと一人で暮らしていけるだけの給料は渡してある。

  「何言ってるんだ。俺はオメェのために、一緒に暮らしてやってるんじゃねぇか」

  「俺のためだと?」

  「ああ」

  そんな俺の横に立つと、憲剛はそっと耳打ちする。

  「俺のちんこなしじゃ、オメェ満足できないだろうが」

  その言葉に俺の顔は一瞬で耳まで赤くなる。

  「ば、馬鹿。何言ってるんだこんなところで!」

  俺は拳を振り上げながら、怒鳴り声を上げた。