新春恒例の裸祭りのあの日、あの時間、この場所であの虎の青年に出会わなければ、俺は男になんか興味を持たなかったかもしれない。
小さな社の裏手は、ちっとも10年前と変わっていなかった。
社殿の木製の欄干は朽ちかけて、苔むした岩肌と、吹き溜まりに積もった落ち葉が、何とも侘しさを抱かせる。遠くに流れる祭囃子が、辺りにひっそりと落ちる静寂をさらに際立たせていた。
俺は石造りの土台に腰を下ろすと、神輿担ぎに火照った体を安堵の息とともに投げ出した。昼時といえども、節分を過ぎた寒さの盛り。刺さるほどの石の冷たさが、後ろ手に体を支えている肉球と尻から余分な体温を奪っていく。それがどうにも心地よかった。
そう、祭りで出会ったあの青年も、ちょうど俺のような姿勢でここに座って体を休めていた。褌一丁で、剥き出しの虎の体は、寒色に染まる景色のなかでことさら映えて見えた。
目の前に広がる竹林から視線を落とすと、荒い息遣いに上下する胸と腹が目に入った。分厚い胸と、割れた腹、その先には白い褌がこんもりと内容物に膨れている。
きっとあの時の青年も、同じような光景をその鋭い瞳に映していただろう。
いつの間にか自分の体は、いっぱしの雄の虎の肉体に逞しく成長していた。憧れて、心奪われてしまった、あの日の虎の青年のように。
初めて男の性を知って、恋を知った。
これは甘酸っぱくもホロ苦い、少年時代の遠い記憶――
神輿が境内に到着すると、僕はようやく解放される喜びに、せわしく動く胸を撫で下ろした。
生まれて初めての神輿担ぎは思ったよりも大変で、慣れない動作に体が悲鳴を上げている。重荷を下ろされて、唐突に重量を失った体の身軽さが変に足をもたつかせた。
「おおう、若い衆もお疲れさん」
火消しの法被をまとった年配の狸が、担ぎ手の労をねぎらって回っている。
周りを見れば、町を回っていた神輿がちょうど帰ってくる頃で、境内は見物人と、数基の神輿と担ぎ手たちで活気にあふれていた。
「どうだ、虎の若いの。さすがにくたびれたか」
「あ、いえ……少しだけ」
そう言い返した僕に、その年配の狸はおかしそうに笑うと、皆に一声ずつかけていった。
僕が担いでいた神輿は、今年15歳を迎える男子が担ぐ特別な神輿だ。大人たちが担ぐ大神輿と違って、造りや装飾も幾分か簡素になっている。
ちょうど15歳という年は、昔で言う元服に当たる年齢らしくて、成人として認められる年頃なんだそうだ。つまりは大人の仲間入り。
大人、か……。僕は自分の体を見やった。
いやいや、溜息をつきたくなるのも仕方がないじゃないか。
胸板や腹はまだ薄く、手足も細っこい姿は、到底大人の男と呼べる体格ではなかった。15歳になるのはまだ数ヶ月先のこと。少年らしい華奢な体つきは、年相応なのだから悲嘆してもしょうがない。
目を配れば、皆同じようなもんだ。
白日の下、褌一丁に同じ年頃の男子の体が晒されている。隣の猪や狼の少年、参道に並んだ出店へいち早く駆けていった豹の少年だって、大人になり切れていない未成熟の体つきだった。
「リンゴ飴買いに行こうぜ!」
「おうっ、ってワリィ、その前に小便行ってくる!」
ようやく自由の身だ、賑やかな声を響かせながら皆方々に散っていく。
僕も尿意にぶるりと体を震わせると、人気のない社殿横の方へと足を向けた。
身を切るような肌寒さのはずなのに、体はぽっかぽっかと暑かった。さすがに二時間近くも重いあれを担ぎ続けたんだからそれも当然。被毛にはうっすらと汗が染みていた。
「……はぁぁ」
いそいそと褌からペニスを取り出すと同時に、勢いよく尿が飛び出した。よほど溜まっていたんだろう。白い湯気を立てながら、見事な放物線を描いて繁みへ落ちていく。
放尿に緩んでいく顔が、ふと目の端に人影を映した。
5、6m先の社殿の土台に、大人の虎獣人が腰を下ろしていた。僕と同じ褌姿から、神輿の担ぎ手だということはすぐに分かった。
まさかこんな奥まった社の裏手に誰かいるなんて。すっかり弛緩していた体にやや緊張が走る。
虎の片方の耳がこちらへ向いている。どうやら僕の存在には気付いているようだ。それもそうだ、落ち葉を踏みしめてやって来て、盛大に長い息を吐きながら用を足しているんだ、気付かないわけがない。
案の定、チラッと視線が合わさると、虎獣人は興味なさげにすぐさま目を元に戻した。
僕も慌てて視線を落とす。
目の先で、当たる尿に翻弄されて笹の葉が踊っていた。
耳を打つ、ジョボジョボと尿の放つはしたない音がどうにも恥ずかしい。きっと彼にも聞かれてしまっているだろう。
「……」
また小便姿を見られてやしないか。思春期の気恥ずかしさが再び目を虎へと向かわせる。
いや、見ていない。後ろの石床に両手を付いた姿勢で、ぼうっと前の竹薮の方を見やっている。
「…………」
僕はそれをいいことに、彼を観察した。
正確に言うと、彼の体から目を離すことができなかったんだ。
完璧な男の肉体がそこにはあった。僕の華奢な体とは天と地ほどの差のある、完成された雄の肉体。それから視線を逸らすことは、思春期の僕にとって容易ではなかった。
谷間を刻んだ胸の厚さに息を呑んだ。
いくつにも割れた腹の起伏に息を呑んだ。
筋肉の陰影を刻んだ太い腕、えげつないほど肉の詰まった太股に息を呑んだ。
そして……、
「……凄い」
視線が最後に向かった先に、僕は思わず生唾をも飲み込んでいた。
カーブを描く太股の向こうに、こんもりと白い山が頭を覗かせていたんだ。
その大人の膨らみから目が離せなかった。僕のとは明らかに違う、巨大な何かが褌の中に息づいていた。青年の精悍な顔や逞しい体躯も何もかも、その股間の膨らみの前には霞んで見えてしまうほど、それは雄を集約させたような力強さを放っていた。
好奇心が正常な判断を鈍らせたようだ。
「坊主、いつまでそこに突っ立ってんだ。もうとっくに出切ってるだろ」
低い声に我に返ると、青年の顔は真正面にこちらに向けられていた。
とっさに目を自分の足下へ落とすと、皮の先から一滴の雫がしたたるところだった。
「えっ、あっ……あっとえっ、すっすみませんっ!」
気が動転して、悪くもないのに口が詫びる。
慌ててペニスを褌にしまった。
「ブハッ、なんでそこで頭を下げるんだよ、おかしな奴だなぁ」
青年に盛大に噴かれて、耳の先まで真っ赤になっていくのが分かった。
言えないよ、お兄さんの股を凝視してました、だなんて。
いけないことだとは分かっている。けれども最近、他人のそこはどんなふうになっているのか興味が湧くんだ。友達との間で、下半身の話題が出るたびに耳を傾けていた。皮が剥けたとか、一日何回出しているだとか。でも、残念なことに僕の体はその意味をまだ理解していなかった。
その行為がオナニーで、射精という現象であることは保健体育の授業で習ったから知っている。それでも知識だけで実際はどんななのか知らない。だから僕は、好奇心からつい他人のそこに目がいってしまう。
「見たところ中坊か? 神輿重かったろ?」
「……は、はい」
羞恥にどうにか返答する。
虎の青年はこちらの心中を知るはずもなく、ただ手招きに指を動かすや、
「まぁここに来て座れや。ひんやりした石が最高に気持ちいいぞ!」
白い牙を覗かせて、屈託のない笑顔を浮かべた。
どうやら悪い人ではないらしい。その胸のすくような表情に誘われるようにして、僕も彼の隣へと腰を下ろした。なるほど、石の冷ややかさがじんわりと尻たぶに染みていく。
「冷たくて気持ちいい……」
「だろ?」
そらみたことか、と言わんばかりに青年は得意げに鼻を鳴らした。
間近だと、まざまざと体格の違いが浮き彫りになる。僕の細っこい手足に比べて、隣のそれの太いこと。二周りどころか三周りは違ってそうだ。
「坊主いくつだ?」
「もうすぐで15になります」
「ってぇことは俺の10こ下か。そうか、なら今年が神輿デビューだったんだな」
僕はこくりと頷いた。
「はい、お陰で肩が痛くて」
慣れない神輿担ぎに、左の肩が痛かったんだけれど、いつの間にか和らいでいることに気が付いた。いや、痛みが麻痺しているのかもしれなかった。
お互いの肩が触れあうほどに近い距離。幾ばくかの緊張と、感じる青年の体温が僕の気持ちを高ぶらせていた。
「お兄さんは毎年参加しているんですか?」
見上げる先で、青年は顔を横に振った。
「俺は隣町の奴。今日は風邪っ引きの友人の助っ人だ。だから知り合いもいねぇから、こうしてここに一人休んでたんだ」
言うや、青年はひとつ欠伸をする。伸びに動いた体に、ほんのりと香る汗の匂いが僕の鼻先をくすぐっていった。
どうりで見かけない顔だ。
体格のせいもあって、獰猛にも見える彫りの深い顔はしかしそれだけではない。澄んだ金色の瞳と、緩やかに口角の上がったマズルの口元が、情を知る優しげな印象を与えていた。
その顔が、意味ありげにニヤリと変わる。
「……ところでよ、さっきはなんで俺のほうをジッと見ていやがったんだ?」
あからさまに変化した表情と台詞に、一瞬にして身が強張った。
「えと、あの……」
言葉を継げないでいる僕に、彼は痛烈な一言を浴びせかけた。
「俺のコレを凝視してたんだろうがっ!」
語気が強まるや、掴まれた僕の手が、ためらいもなく彼の股座へと伸びていく。
手を引く間もなかった。いや、仮に引こうとしても彼の豪腕に僕の華奢な腕はびくともしなかっただろう。
掌が容赦なく、褌の膨らみに押し付けられる。
「ああっ!?」
思わず声が漏れた。
それは青年の理不尽な行動に混乱した脳が上げた声であり、もうひとつは……その膨らみは感嘆を吐くほど、熱く掌に響いていたんだ。
僕の掌には収まらないほどの肉の塊だった。汗に濡れた布触りがじっとりと手に伝わってくる。早く手を引っ込めたかった。恐ろしかった、その余りにも高い熱量が。
恐くて目をつむった。それを直視する度胸は僕にはなかった。
「ちっ、違います! 僕は見てません!」
「嘘をつけ! 俺は感じてたぞ、坊主の目がしっかりと俺の股間に突き刺さっていたのをな」
「……ほ、本当に違います!」
必死に首を横に振るしかなかった。拒否するしかない僕に、青年は畳みかけるように言う、いやに優しい猫撫で声で。
「仕方ねぇさ、坊主ぐらいの年なら誰だって男の一物に興味あるわな。俺だってあったさ、なぁ坊主?」
掴まれた手首がさらに下へと沈む。五本の指がみちみちと膨らみに食い込んでいくのが分かる。感じる収納物の弾力。
僕は黙って耐える。それ以外、僕のとれる行動はないように思えた。
「ほら触ってみろ。何もそんなに恐がることはねぇ。大人の一物は見たことはあっても、触ったことはねぇだろ? どうだ坊主、大人の一物の握り心地は?」
僕の手の甲に青年の掌が被さると、円を描くように僕の手を揺らしていった。
左右に手が傾ぐたびに、ぐにぐにと形を変える膨らみ。僕は恐る恐る目を開けると、横目で手元を見やった。
それを待っていたかのように嬉しげな声がかかる。
「でっけぇだろ? 熱いだろ? ……この中身も見たいか?」
そっと囁くように呟かれた最後の一言。そのフレーズは、思春期の僕にはあまりにも強烈で、刺激的で。他人の男性器に興味があった僕は、誘惑の甘言に思わず、
「……うん」
小さく頷いてしまっていた。
ただ純粋に知りたかっただけなんだ。他の男の人のペニスは僕とどう違うのか。ずっと悶々と抱いていた疑問がようやく解ける。そんな単純な考えで、僕は彼に言われる通りに体を動かした。
男らしく開いた青年の股座へ、身を割り込ませる。地面に膝を付いた僕の目線と、社の土台に座る青年の腰の高さが、ちょうど水平にくる位置。見上げると、真剣だった虎の顔が優しげに微笑んだ。
「ほら、まずは褌の上から触ってみろ」
僕は頷いてから視線を下ろす。美しいオレンジと黒の虎柄を浮かせた太腿の先、クリーム色へと変わる内股の奥まった突き当たりに、鋭く切り立った白い壁が待ち構えていた。山の天辺はこんもりと丸みを帯びて、遠方に腹筋の山々を頂いている。その景色は圧巻の一言だった。
未だ熱の抜け切らない僕の掌が、再び褌の頂きに蓋をする。
「凄い……」
じんと響く青年の灼熱。僕はうわ言のように呟くと、手を離してそれに見入った。
六尺の褌はすっかり汗を吸って、布地が薄っすらと透けている。
やや浅黒い色の肉棒と、その先で大きな段差を浮かせている赤黒い何かが布越しにも分かった。僕のそれとは全く色も形も違うみたいだった。褌の前袋にはみっちりと、大人の男性器が詰まっていたんだ。
前袋の横から、無造作に飛び出ている陰毛といい、まざまざと『男』を見せ付けられて、僕はただ呆気にとられるほかなかった。僕なんか、まだ毛もようやく生え始めたばかりだというのに。
もっと知りたい。
もっと男を知ってみたい。降って湧いた欲求に、引き寄せられるようにして僕の顔はそこへ近づいていく。
「あったかい……」
安堵にも似た息とともに僕は言った。
ほっかほかに温まった柔らかな弾力が頬に当たっている。その白い膨らみと温もりは、蒸してから一分ほど外気に晒した肉まんでも触っているかのようだ。心がほっと休まるほどの加減のいい温度に、僕はたまらず頬をすり寄せた。その膨らみに、なぜか愛おしささえ感じ始めていた。
「そんなに気に入ったか、俺のもっこりが」
愉快そうな声が頭に降ってくる。
「なら、坊主の好きなように弄くってみろ。俺は何も言わん」
言われなくても、好奇心旺盛な僕の脳は、すでに雄の探求に動いていた。
大人の男が醸すそこのにおいが、強烈に僕の鼻腔を衝いている。汗臭さとは違ったまた別のにおい。僕はそれが何のにおいなのか分からなくて、盛んに嗅覚を働かせて嗅いでいた。ムワッと咽るほどのにおいだったけれど、不思議と嫌悪感はなかった。
次いで舌先が、しょっぱさを脳に伝えてきた。
褌の盛り上がりの頂点を、僕の舌がチロチロと這っている。汗に透けて、さらに僕の唾液を吸った布地が、赤黒い中身を露骨に浮かび上がらせていく。
「はぁっ……」
舌を躍らせている僕の口から漏れるのは、甘い吐息だけ。
僕は興奮していた。そして自分の腰が異様に熱かった。褌が小さく突っ張っていることは分かっているし、それが勃起という生理現象だということも知っている。けれどもその猛りを鎮める術は、僕の未熟な知識にはなかった。それがたまらなくもどかしい。
僕はそのありったけの鬱憤を舌先に乗せた。
「はあっ……んふっ、んぐっ……ふあっお兄さん!」
ザラついた綿の舌触り。たっぷりと唾液を含ませた舌を這わせていく後ろから、浅黒いペニスの色が鮮明に炙り出されていった。
舌で弄び、ときには口唇に挟んで褌ごと吸い上げる。汗の塩味と大人のペニスの味が唾液に混ざって喉を下りていく。それを別に汚いとは思っていなかった。愛しい褌の膨らみから滲み出たものなら、何でも受け入れられるような気がした。
「坊主……お前、本気か?」
青年の声から余裕が消えていた。
どうして声色が変わってしまったのか僕には分からない。ただひたすらにソフトクリームを舐めるように舌を動かした。
「おおぅ!」
くぐもった呻きが青年から漏れる。
見上げると、苦しそうに眉間に皺を刻んでいる顔があった。
「お兄さん?」
「ううっ……坊主、俺は何も言わんと言っただろう。これは性教育だ。大人の男の体を理解するいい機会だ。俺の心配はいいから、納得するまでやってみろ」
苦しそうに呻きながら言っている。それを僕は彼の男気だと、身を呈して僕に教えてくれているんだと、そう信じて疑わなかった。
すっかり唾液にまみれた膨らみが、やや膨張していることに気がつくと、
「あっ」
僕は驚きに声を上げた。それがたちまちのうちに様相を変えていった。
ムクムクと容積を増す青年のペニス。赤黒い頭が褌を突き破らんばかりに押し上げる。
勃起だ。虎の青年も、僕と同じように興奮していたんだ。
「……お兄さん」
僕の呼びかけに青年はだんまりを決め込んだまま。鼻息荒く、じっと自分の股間を凝視している。
好きなようにしていい――。彼の言葉に僕は素直に従うことにした。だって、今の僕には他人を気遣っている余裕なんてありはしなかったから。
僕の行動は大胆になっていった。
勃起に浮き上がった褌の隙間に指をもぐり込ませる。布越しではなく、どうしても直に触ってみたい。そして見てみたい。他の男の人のそこはどんなふうになっているのか。
露骨にペニスの形を浮かばせている布地に、僕の指の形が浮き上がる。
「凄い熱い」
そう、褌越しに感じていた温かさの比ではない。前袋に篭もっていた体温と性器の熱さが手を焼いていた。
握った竿は信じられないぐらいに硬くて、太くて。
その宝物を早く見たくて、でも気が急く僕の指はどうにも竿を動かすことが叶わない。すると、青年の指が前袋の端を持ち上げてくれた。顔を上げると、大きく頷く青年。
僕はすかさず前袋を横に引き寄せると、寒さにむわりと白い湯気が立ち昇るなか、それは勢いよく飛び出して青年の腹を打った。そして目に飛び込んできたもの。この衝撃は一生、忘れることはないだろう。
「…………」
感嘆と絶句。
言葉が出なかった。
ペニスに血管が浮くものなのか。浅黒い竿にくっきりと蛇行に巻きついているそれに、異様さを感じずにはいられなかった。
それに頭に皮がない。
僕のように、朝顔の蕾のような包皮はどこにもなかった。
一体どこに消えてしまったのか、目の前には赤黒く傘の張った頭があるだけだ。これが『剥ける』ということなのか。分からないことばかりだ。
恐る恐る、それを指で触れてみる。
ちょうど頭の横側。褌に浮いていたあの段差は、この傘のくびれだったんだ。
分厚いくびれだ。指の腹で擦ってみると、ちょっと硬いグミのような感じだ。艶のある熱いグミ。僕は自然とそれへ舌を這わせた。
「グゥ……」
青年が唸る。
僕はかまわず彼のペニスを吸っていく。
これが大人の性器なんだ。僕のもいつか、お兄さんのようになるのかな。虎の風貌のように厳ついペニスに憧れた。僕の目には、本当の宝物のように映った。
「坊主、これが大人の一物だ。どうだ凄いだろう?」
「うん……」
頷く以外ありえない。すっかり魅了されてしまっていた。
「お前も俺と同じ虎だ。成人すればお前のチンコも、俺のようにでっかくなるぞ」
「うん……」
力強い台詞だった。この憧れのペニスのように逞しいシンボルへと成長できることを約束されたような気がして、なおさら愛おしさが増していく。
頭から竿、ふぐりを覆う短毛の一本一本まで余すところなく味わっていった。
僕の唾液にぬらぬらと濡れる浅黒いペニスは、純白の褌により一層、魅力的に見えた。
「ほら、一物の先から透明な汁が出てきたろ? 吸って覚えろ、これが男の味だ」
見れば、確かに頭の割れ目から透明な雫が浮かんでいる。
僕はためらいもなくそれを口に含んだ。
汗よりも少ししょっぱい味がした。
「もっと味わいたいか? なら遠慮せずにしゃぶり続けてみろ。どんどん湧いてくるぞ」
それから僕は必死になって舌を這わせた。
もっと知りたかった。大人の性器の仕組みを、味を、忘れないように脳に叩き込みたかった。視覚と味覚にしっかりと記憶させて、自分のペニスも、これと寸分違うことなく成長してほしい。理想と現実のギャップに将来の僕が落胆しないように。
なぜそこまで固執するんだろう。それは……、
『いつ頃剥けた?』『昨日は三回も出したぜ!』『今度いいエロ動画見せてやるよ』
頭の片隅に同級生の台詞が思い浮かんだ。
もう僕は疎外感を味わいたくはない。成長するんだ僕も。彼らの下ネタについていけるように。そんなすごく小さな夢を叶えるために、
「んぐっ、ふぐっ……お兄さんっ、んむむっ」
がむしゃらにペニスを頬張った。
味はしょっぱい味しかしなかったけれど、なぜか美味しかった。
お兄さんの味。虎の味。大人の味。雄の味。ただの塩気じゃない。複雑な味気を含んだ、今の僕にとっては深みや旨みのある塩味だ。
「グオッ……おお凄ぇ、おっおお……いいぞぉその調子だ」
青年の言葉なんか耳に入ってこない。
もう僕は一心不乱になって、目の前の雄を口に含んでいた。霞がかったように白む意識のなか、僕の下半身は爆ぜてしまいそうなほど熱を帯びていた。
「おおっおおっ坊主っ! それだ、もっと……もっと亀頭を強く吸ってくれ!」
なぜか青年は腰を浮かせて、僕の口の中へしきりに頭を突っ込んでくる。
後ろ手に体を支えて、のけ反った青年の上半身は、ことさら筋肉の隆起を激しくしていた。胸板の谷間にビキビキに筋を浮かせて、腹筋を波打たせて。汗だくに被毛を艶めかせる姿は、なぜだか美しいとさえ思えた。美術の教科書で見た、西洋の彫像のようだと。
僕はその現実離れした景色を上目に見ながら、何気なく肉の傘へ舌を絡めたときだった。
「フウゥゥゥンッ、グオオッ でっ出る、出るぞっ!!」
今までにない、切羽詰ったような荒い声色が青年の口を割った。
何が出るのか。疑問符を浮かべた思考回路は、すぐさま混乱にショートする。
「んぶっ! ふああぁっ!?」
それは唐突にやってきた。
喉奥へ勢いよく噴出する何かに、僕は慌ててペニスから口を離した。
離す際にも、僕の牙を、マズルを、噴出する何かは止まることなく濡らしていく。
小便か。いや、見ればペニスの先から濁った液体が、青年の腹を見る間に白く汚していった。どろりと粘った液状のものは、明らかに小便ではなかった。
そうか……。これがそうなんだ……。
喉に絡みつく青年の放った体液。初めて嗅いだ生臭いにおい。
これが、射精――
これが、精液――
子供を作るための特別な体液で、それを作れるのは大人の雄の証で。虎の青年は身をもって、無知な僕にこれを教えたかったんだ。
すっかり放出し切って、萎えていくペニスに僕は舌を乗せた。とても濃厚な青年の味がする。
「ありがとう、お兄さん……」
荒い息をつくだけの彼へ、ありったけの感謝を込めて言った。
僕の褌の中にも、べったりと同じものが付着していることに気付いたのは、それから家に帰ったあとだった。
祭りの日。14歳の僕の無垢な体は、虎のお兄さんによって射精を知った。
俺は土台の石に腰掛けると、褌の前袋を横へたぐり寄せた。
ぶるんと立派に聳え立った陰茎が姿をあらわす。
「……」
あれから10年。すっかり雄の体に成長した俺のそこは、少年時代に見た、あの虎の青年のように高々と傘を張っていた。太く長い陰茎に浮き出る血管も、赤黒く茹だっている亀頭もそっくりで、懐かしい記憶の中の雄の象徴が、まざまざと脳裏に甦る。
俺は竿を握った。
ずしりと響く重量感。どくどくと熱い血潮が海綿体に満ちている。
大股に広げた股座の向こうへ視線を向けた。
そう、ちょうど10年前の今日、少年の俺はそこの地面に膝を付いていたのだ。そして、今俺が握っているように、青年の一物を手で愛撫していた。たどたどしい手つきで、それでも貪欲に青年を知りたい一心で。
「フグッ……フッ、フウッ!」
少年時代の俺の姿を股座に想像しながら、慣れた手つきで竿を扱く。
大人になった今では分かる。
あの虎の青年は、俺の未熟な性知識にかこつけて、自身の性欲を発散させようとしたのだと。俺は奴の性処理にうまく利用されただけだとしても……けれど、その思い出が俺をどうにも発情させてしまうのだ。
「グルルッ、糞っ! ハァァ……糞ぉ!」
甘い快感が腰の奥から生まれていく。
目を瞑れば、少年が懸命になって青年の強張りを口に含んでいる。初めて見た、大人の男の怒張だった。初めて知った、臭いと味だった。少年心にその鮮烈なほどの性経験は、今もこうして隆々と陰茎を奮い立たせている。
「グオッ! おおっ、グオオオゥ!」
射精に精液がほとばしった。
まるであの日の虎の青年と同じように、上半身をのけ反らせながらブッ放す。少年の口の中へ注ぎ込むように腰を突き上げながら。
上体を起こせば、手にべったりと白濁が付着していた。
「……」
あの青年の白濁を俺は舐めたのだ。今も覚えている青年の味は強烈に舌に響いた。
俺はそっとその濡れる指先を口元へ持っていく。
「おい、そこのド変態」
唐突に静寂を破る、辛辣な台詞。
ギョッと視線を横に馳せれば、笹の繁みへ用を足す虎獣人の姿があった。
俺はすぐさま指を引っ込める。
「げ……いつからそこにいたんだ、兄貴っ!」
「おうよ、坊主が千摺りおっぱじめた時からいたかな」
がははと豪快に笑いながら尿の雫を切ると、虎は俺のもとへやって来る。
「覗きとは趣味わりぃな……ったく」
「随分と飛ばしたじゃねぇか、ああ? 毎晩可愛がってやってるっていうのによぉ」
ニタニタといやらしい笑みを浮かべて、俺の頭をがさつに撫でる。
10年経っても変わらず、俺を坊主呼ばわりだ。
「仕方ねぇだろ。ここに来ると俺は……」
兄貴と出会った大切な思い出の場所。甘酸っぱく、ホロ苦いどころではない、強烈すぎるほどの記憶。性を知って、男を知ったこの場所に立つと、どうにも性的興奮を覚えてしまう。
「坊主が社の方へ消えていくから、もしやと思って後をつけたのさ。……ここは俺とお前が結ばれた記念すべき場所だしな」
むず痒いことをさらっと言ってのける兄貴。
30を半ば過ぎて、やや脂肪の乗った体はそれでもがっしりと厚く逞しかった。胸から腹へ続く淡色の被毛の先で、真っ白に輝く褌が目に入る。
あの日、俺はこれに目を釘付けにされたのだ。10年経った今も、それは堂々と中身の具に膨れている。俺をこの道に引きずり込んだ、魔性の褌もっこりだ。
「ドすけべ兄貴が……」
俺は再び陰茎に血が集まっていくのを感じて、それから意識を離そうとぼやいてみせる。
「ドすけべ坊主が」
その兆しを目ざとく見つけた兄貴の手が、俺の陰茎に伸びた。
どちらともなく、引き寄せられるようにして重なる体。触れ合う互いの口唇。
俺の尻尾が揺れる。
あの日に知った温かな白い膨らみが、俺の下半身を押し潰していた。
完