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峠を越えた愛の歌

  大草虎次郎は今年30歳になるが、これまで女性を抱いた事がなかった。いや、それどころか自慰すらした事のないほど、彼は真面目に生きてきた。

  学生時代はその恵まれた体格を生かしてラグビーに取り組み、勉学に積極的で、そういった行為があるという事は勿論知識として知っていたが、とりわけ興味もなかったし、同年代の男子達が馬鹿のように下劣な会話をしているのを見ると、珍しい考えで、むしろ自分から避けるほどであった。

  そんな事をしてなんになるのだろうかと全く必要性を感じなかったし、何故か性欲の高い獣人種であるにも関わらず、そういった行為をしたいと本能的に感じる事もなかった。

  学校を卒業し、大学も出て、弁護士として頑張ろうと決め、それからも仕事が忙しくそういった性に関する事は頭のすみにすら出てくる事はなかった。

  そんなこんなで、全く性に関する事柄に触れることなく、この年齢になるまで、勿論恋人なんてものも出来た事は、いや作ろうとも思わなかったし出会いもなかった。

  しかし最近になって、なんだか性というものに関して少しだけ興味が沸いてきていた。

  それは別にセックスがしたい!というものではなく、知識として確認して見たいと思ったのだ。

  先日、自身の経営する弁護士事務所で働く、猫獣人の青年が、休憩中に聞いてきた。彼は堅物の多い弁護士には珍しく軽薄で、良く合コンに行った話等を大声で話すような今時の若者だった。

  「大草さんて~、イケメンでガチムチで知的で、まさに百戦錬磨って感じっすけど、今まで一体どのくらい女食ってきたんですか?」

  「食った?……俺にカニバリズムの趣味はないが。」

  虎次郎は至極真面目にそう返した。すると青年はその大きくつり上がった猫目を見開いて、大口を開けて笑った。

  「ニャッハッハ!やだなぁ~、惚けなくたっていいじゃないっすかぁ、何人“食った”って言ったら、何人“抱いた”って事っすよ~」

  大草はそう言って笑う青年に、眉を潜めて訝しげに顔をしかめると、書類へと目を戻して強い口調で言う。

  「俺はそんな事した事もないし、これからもしない。穢らわしい。」

  虎次郎は自身の事務所にこんな男がいると思うと心底嫌な気分になったが、これでもなかなかどうして、優秀な男なのだから仕方ない。虎次郎は他人の性格に言ってもしょうがない事を言う等という無駄な事はしない。言ったところで性格は簡単に治せないと理解しているからだ。

  そして彼のなかでは、青年の言う“女性を抱く”行為も無駄な事にカテゴライズされている。

  青年は本気で驚いた顔をした。虎次郎が、自分の言いたくない事だったとしても嘘をついたり、言い訳を言ったりする者じゃないと知っているからだ。

  「え!?大草さんセックスしたこと無いんすか!?あんな気持ちいい事………堅物堅物とは思ってましたけどまさかここまでとは………て事はもしかしてゲイ?」

  「この……馬鹿言うな!!さっさと仕事に戻れ!!今日中に纏める資料、出来たのか!?」

  「ひぃ~、す、すいませんした~っ!」

  青年が一目散に逃げる姿を、息を荒くして牙を剥きながら見送る虎次郎。全く本当に何故あんな野蛮な事を話して笑えるのか、と虎次郎は溜め息を吐いてドッシリと席につく。

  しかしこの時、虎次郎は自分の年齢を考える。

  もう30歳にもなって、今まで仕事仕事と真面目に生きてきた。

  真面目に生きればそれだけ自分に帰ってくると信じて疑わなかったし、実際早くから自身の事務所を設立するまでに生活も潤っている。両親はもう随分前に亡くなってしまっているが、妹と弟も自分に違わず真面目な者で、二人とも既に家庭も持って、安定した定職にもついていた。親戚、兄弟はみんな虎次郎の性格を理解しているし、孫を抱かせろなんて良くきく独身者の悩みも無い。

  しかし、良く良く考えてみたら、これから先も仕事ばかり、伴侶もおらず、家に帰ったら暗い部屋が出迎え、酒とつまみを少々、そして決まった早い時間には寝る。

  そんな常習化した毎日を送るのかと考えると、少しだけ、ほんの少しだけではあるが、なんとなく寂しいと感じた。

  せめて伴侶とまではいかなくても、日常のちょっとした些細な刺激として、一回くらい、誰かと付き合って見ても良いかもしれない。

  そう彼にしては珍しく、仕事中にボンヤリと考えていた。

  ――――

  「お疲れ様です。」

  「お疲れ。」

  仕事も終わり、今日纏めた資料を鞄に詰め込む。ふと、昼間虎次郎が追い出した猫獣人の青年が見えた。

  「なぁ、おい。」

  「な、なんすか!?」

  ビクリと青年が身体を震わせた。昼間の事をまだ気にしているのだろう。

  「あ……のな。」

  「は、はい?」

  虎次郎は迷っていた。

  いざ“女を紹介して欲しい”なんて言葉を言うとなると、流石に今までにあったプライドがある。

  しかし、ろくに出逢いもない弁護士業。

  自分一人では相手なんて見つけられるわけもない。

  学生の頃からの友人にはこれまでの自分の態度もある為言い出せないし、家族なんてもってのほか。

  頼るとしたらこの遊びなれている猫獣人くらいしかいないだろう。

  昼間の事もあるが仕方ない。

  ―そう口に出そうとした時だった。

  「あ…「す、すいません!!もうあんな事言いませんから!!首にはしないで下さい!!!さよなら!!!」

  「…………」

  またしても逃げられてしまった虎次郎は、手を宙に浮かせたまま暫くそこで固まった。

  完全に行く先は絶たれた……そう思った。

  「……はぁ。ま、仕方ないと言えば仕方無いが。」

  別に絶対必要というわけではないが、これはこれで悔しくて切ない気分になった。

  やはり自分はこのまま天涯孤独が合っているのだろう。これは最早神が遣わした運命なのだ。

  どうせ子供も泣いてしまうような見た目である。最初から女性と出会ったとしても上手く行くかわからなかった。いやむしろ失敗する確率の方が高いだろう。

  2m越える身長、ドッシリとした胴体と筋肉質な身体。厳つい顔は、常に眉を眉間に潜めて、思えば昔はここまで厳つくはなかったので、告白も両手で数えきれないほどされたが、この年齢になったら、おそらくこの真面目過ぎる性格すら相手にとって重荷になるかもしれない。

  そもそも女を一度も抱いた事がないと知られれば笑われるのではないか。

  と、少しだけ自分を慰める。

  まさか自分がここまで悩むとは、と虎次郎は溜め息を吐いた。

  ――――

  虎次郎は家の近くの公園のベンチに座って缶珈琲を飲んでいた。

  あの大きなマンションに帰るのも何だか嫌に感じるのは、やっぱりまだ未練があるからだろうか。知識として一度セックスをしたいという気持ちも本当であったが、何やら遅い思春期でも来たのか、考えたら止まらなくなって、モンモンとした気持ちが胸の中に溜まっていく。

  珍しく居酒屋で一人酒を煽り、この気持ちを忘れようとしたが無理だった。飲みすぎて少しだけ気分が悪い。夜風が熱くなった身体に気持ち良かった。

  ふと、何だか睡魔に襲われる。この真面目男がまさか公園で眠るとは、本格的におかしくなっている予兆かも知れない。

  忙しさに託つけて考えていなかっただけで、実際は心の何処かで、結婚した兄弟達や、友人の事を羨ましいと思っていたのだろう。それが今回顕著に現れてしまったのだ。

  きっかけがなければ恐らく気付かないままだったかも知れない、しかし虎次郎は気付いてしまったのだ。

  本当は寂しいと感じる自分の心に。

  うとうとと目を閉じる。ゆっくりと微睡みの中に落ちていく。

  ――お…い…

  ――おーぃ…お兄さん。

  「ん……?」

  虎次郎がうっすらと目を開けると、目の前に見知らぬ人間の青年がいた。

  せっかく人が気持ちのよい気分に浸っていたのにと、力なく瞳を半分隠した瞼の奥が揺れる。赤い頬が全身に酒が回りきった事を表していた。

  「大丈夫ですか?」

  「……君は……誰だ?」

  「通りすがりの人間Aです。お兄さんがこんな場所で眠ろうとしてたから。……サラリーマン?」

  虎次郎がパチパチと緩く瞬きを繰り返した。目の前にいる青年は、青年というには幼い印象を受けた。しかし耳にピアスをつけて、髪を染めている事から恐らく少年という歳ではないだろう。身体は決して大きくなく華奢で、中性的な顔をしている。髪も伸ばしているので、声を聞かなかったら女と間違えるかも知れない。

  「おーい?もーしもーしかーめよーかーめさんよー?」

  青年が手を目の前で振りながら声を掛けてくる、恐らく返答を待っているんだろう。

  「……弁護士だ。」

  「弁護士!!?つうかプロレスラーみたい!」

  さっきはサラリーマン?と聞いて来たくせに…と内心虎次郎は思ったが、何だか相手の高く暢気な声を聞いていると不思議とどうでも良くなった。

  青年がパン、と手を叩いて曲げていた腰をただし、ベンチに座っていた虎次郎を見下ろした。

  「で!この公園がどゆとこか知ってる?」

  「……如月公園。」

  「あー、正解だけどね、一応。うん。でも違う。」

  青年が小さく困ったようにはにかんだ。ここは如月公園であっているはずだ。それ以外に名前があるなんて、虎次郎は知らない。青年が「ま、いっか。」と一人呟くと、その場に体育座りのようにしゃがみ、虎次郎を見上げる。

  「ここはさ、ハッテン場っての。わかる?」

  虎次郎が無言のまま青年を見下ろす。青年はその無言が知らないというアピールだとすぐに把握すると、そのまま小さく笑った。

  「だよねぇ。知るはずないっスよね~。あ~あ~お兄さんかなり好みだったから見つけた瞬間声かけたのにな~残念。」

  好み?残念?青年の発言に尚更虎次郎は頭の中が混乱したが、しかし青年が次に呟いた説明で全て解決した。

  「ま、ぶっちゃけて簡単に言っちゃうと。ハッテン場ってのは、男の人が男の人と出会う場なのよ。同性愛者って奴。」

  「………」

  青年の説明に、虎次郎は特に驚きはしなかった。何せ自分の性にすら興味が無かったのだ、他人の性なんて虎次郎にとって更に興味のないものである。同性愛者に対する偏見なんて持ち合わせてはいない、それもまた虎次郎にとっては“無駄”な事であったのだから。

  「驚かないね~。意外にいけちゃう?なんてね。ま、とゆことで、お兄さんここ、離れた方がいいよ?嫌な気持ちしたくないでしょ?ほんとしつこい人とかもいるし、お兄さんこっち側の人にとったら喉から手が出るくらいご馳走だから危ないもん。ノンケで体おっきいガチムチ虎獣人、しかも弁護士なんて理知系の仕事してる人、めったにいないから。」

  「………という事は、君もそうなのか?」

  「え?……うん。あはは、気持ち悪い?ごめんなさいね。」

  「………いや。」

  「……?」

  虎次郎は何故だか、この青年踏まえ、“そっち側”の者に好かれているとわかったとき、悪い気分ではなかった。男だとしても自分は好まれる外見なのだと。

  それは今日思っていた、自分の見た目は人に受けない、という考えを否定してくれているようで、何だか自信が持てた。

  「ま、俺も、お兄さんにエッチな事したくて近付いた人だけど、僕みたいに温厚なのは少ないよ?僕で良かったね。」

  「………」

  青年が笑顔でそう言うと虎次郎の中に少しだけ邪な考えが浮かんだ。

  この青年が自分に?一体どうするつもりだったのか、少しだけ興味が湧く。それは今酔っていて、丁度人に飢えていたからなのか、虎次郎にはわからない。

  「……例えば。」

  「…ん?なに。」

  「…例えば俺が、君のその行為を受けていいと言ったなら……どうする?」

  青年の顔が驚き、そして真剣な表情になって、立ち上がった。

  「……お兄さん。酔ってるんでしょ?弁護士なんだったら、考えたら分かる筈だよ。興味本意で手ぇだしたって、後悔するのはお兄さんなんだから。」

  青年の言葉に、虎次郎は内心驚いていた。こういった部類の奴等は、皆誘えば即答して行為に及ぶ尻の軽い奴等ばかりなんじゃないかと勝手に思っていたからだ。しかし青年はまるで此方の身を案じているかのようで、虎次郎は少しだけ共感が持てた。

  「……意外だ。俺は好みだと言っていたのに。」

  「…好みだよ?すっごい好み。でも俺は、興味本意はやめて欲しいって事を言ってる。」

  「………」

  「好みだからこそこっちは真剣になりたいんだ。だってこの世界じゃ出会いは少ないもん。更にその中で本当に自分が好みである人に出会えるのなんて稀。初めから振られるのわかってて相手なんかしない。本気になって、振られたくないもん。興味本意でセックスして、興味本意で捨てられるなんてまっぴら、お兄さんだって今は酔ってるからいいけど、もし俺とセックスして酔いが覚めたらどう思う?気持ち悪いって思うよ。俺はそう思われたくないし、気持ち悪いって思ってほしくないから忠告してるんだよ?」

  青年の説教はもっともだった。しかし逆に虎次郎は、この青年なら良いかも知れないと、内心思っている自分に気付く。確かに興味本意な部分もあった。しかし何故だか青年の言うように、気持ち悪いと思う気がしない。それは今まで性に無頓着だったからなのか、誰でも良いと言うわけでは無いのは確かだった。

  この青年だからこそ。

  不思議とそう思った。

  「……なら。本気でいい。」

  「……っ」

  虎次郎は青年の顔が強張ったのを感じた。

  ふと、青年がまた真面目に此方の目を見つめる。

  「……本気の本気?」

  「……ああ。」

  「…………」

  青年と目が合って暫くすると、彼はため息を吐いてガクリと項垂れた。その華奢な腕が虎次郎の両肩におかれる。

  恐らく虎次郎の意志が変わらないと観念したのだろう。

  「はぁ~…駄目だ。やっぱりいい男。こんないい男と1日だけでも枕交わせるなら、気持ち悪がられてもいい思い出になるや。まいった。……その変わり、ちょっとでも嫌になったら言ってね?終わった後出ていけってなら出ていくし。」

  「…お、俺の家なのか?」

  相手の言葉に些か驚く。青年は訝しげな表情で顔を上げた。

  「あったり前田のクラッカーだよ。お兄さんが誘ったんだかんね!」

  「……まぁ…いいか。」

  一体何歳なんだと思いながら、何だか少しドキドキとした気持ちを押さえられない自分を虎次郎は感じていた。男相手、しかも自慰すらしたことのない虎次郎だ。その気持ちは当たり前だろう。

  「……あと、残念だけど、やるのは一回だけね。お兄さんは未練なくても、俺は確実に未練たらたら垂れ流し状態だからさ。お互い気持ちよくなって、嫌なら忘れられるし。」

  「……わかった。」

  「じゃ、行こっか。案内してね?」

  「………あぁ。」

  虎次郎は立ち上がると、公園から歩き出した。

  ――――

  「うっわ~広すぎ~!さっすが弁護士!」

  「……そうでも無いだろ。」

  「そうでもあるよ、つうか知ってて言ってるでしょ?」

  タワーマンションの2LDKの部屋は、良く整頓されていて、無駄なものが一切なかった。

  キッチンには大型の業務用冷蔵庫。カウンターがそのままテーブルになり、良く見るセレブの部屋といったイメージだ。

  白と黒で纏められたリビングは大型のテレビと、真ん中に硝子で作られたデザインの良い小さなテーブル。大きな黒いソファーは吸収性が良く、青年の軽い身体で座っても、吸い付くようにゆっくりと身体を支えた。

  ベランダからは夜景を一望でき、テレビの横にあるスライドドアの向こうには、黒いキングサイズのベッドと様々な本が並ぶ本棚が見える。

  まるで別世界。

  青年はつくづく弁護士という仕事は凄いと、ただただ感嘆の息を漏らした。

  寝室に入って行った虎次郎は、暑苦しいスーツを脱ぎ、クローゼットに掛けて、上下黒のスウェットとタンクトップに着替えると、リビングに戻る。未だ酔いの覚めない頭は先程まで眠気が強かったが、今は独特の空気が醸し出すドキドキとした感覚で満たされ、そんなものなくなっていた。青年が、ニコニコとしながら隣に座るよう、ポンポンとソファーを叩く。

  人を招き入れたこともなく、人のぬくもりすら知らなかった虎次郎には、それが何だかとても奇妙な感じだった。

  隣にドッシリと座ると、青年の手が、虎次郎の腕に触れる。

  ビクッ…と少しだけ虎次郎の身体は反応し、恥ずかしさに耳まで真っ赤にしながら、虎次郎は彼を見下した。

  今さらになってこんなに緊張するとは……虎次郎はここまで緊張したのは、ラグビーで全国大会に向かった時でもなかったと、初めての強烈な緊張に喉がなった。

  「ふふ、緊張してる?でもお兄さん、女の人は抱いてるでしょ?俺を女だと思って、さ。」

  「………それ、何だが。」

  「……?」

  青年は、“女”と言葉を放った瞬間、虎次郎の表情が曇ったのを少しだけ感じた。

  虎次郎は言うか言わないか迷ったが、やはり身体を合わせる以上、それに関わる隠し事はしないようにと意を決する。

  「俺は、女を抱いた事が無いんだ。……それどころか、自慰もしたことが無い。」

  「え!?」

  さすがの青年も、その言葉に大きく目を見開いて驚愕する。

  虎次郎は、やはりそういう反応だろうなと、頬をポリポリと掻いて、恥ずかしげに目を反らした。

  「……そうなんだ。」

  「…あ、あぁ…そのっ―――ッッッ!!?」

  青年に何とか弁明しようとすると、瞬間、いきなり彼が虎次郎の胸に飛び付き、ギューと強く抱き付いた。

  いきなりの直接的な人肌に、ビクンと身体中の毛が逆立つのを感じる。虎次郎は焦ってオロオロとするしかなかった。

  青年が抱き付いたままグリグリと虎次郎の胸に顔を埋めて、そのまま顔を見上げる。恐らく汗で蒸れた臭いがする筈で、虎次郎は尚更恥ずかしくなった。

  しかし青年は微笑む。

  「それって最高!お兄さんを俺好みにするのだって夢じゃないじゃん!あ、でも1日だけだから無理だけど、けど初めてを貰えるのは嬉しい!」

  「ぬ、ぬう…そう、言うもんか?」

  「そういうもんです!」

  やっと青年の身体が離れる。

  屈託のない青年の笑顔は確かに虎次郎の心を刺激して、バクバクと心音が煩いと感じたのは初めてだった。青年が続ける。

  「どうする?俺はこのままお兄さんとしたいけど、お兄さんがお風呂入りたいなら入っていいよ?俺は入ってきたから。」

  「う…む…このままだと、汗で蒸れていて…に、臭うと思うんだが。」

  「俺はそっちのが興奮するの!だから欲を言うとこのままがいい!……て、気持ち悪いよね。はは。」

  青年が気まずそうに頭を掻きながらはにかんだ。しかし虎次郎は、正直風呂に入る時間すら惜しいと思っていたため、それを了承する。

  「いや、君がそうしたいならば……」

  「ほ、本当!?……お兄さんて、優しいね。」

  「う…むぅ…」

  何だかこの笑顔がこそばゆい、ただ目を合わすことさえ恥ずかしいと思ってしまう自分がいた。

  「そう言えば名前」

  青年が、ふと思い出したかのように呟いた。確かにいつまでも「君」や「お兄さん」では呼びにくい。

  「……大草だ。大草虎次郎。虎と書いてコジロウと読む。」

  「俺は翔。蒼瑠魅翔。よろしくね、コジロウさん。」

  「あ、あぁ。よろしく頼む…翔…君。」

  「あはは、翔でいいよ、コジロウさんは年上だしね。」

  「そうか…翔。」

  青年がまた笑顔で提案した事を、虎次郎は素直に受け止めた。名前にさんを付けて呼ばれるのは、学生時代ぶりで懐かしいと感じる。

  「…じゃあ。楽にして?」

  「…う…ぐ…」

  翔の目付きが変わったように見えた。何故か、こんな自分より小さく年下な者に威圧さているように感じる。蛇に睨まれた蛙といった感じで虎次郎の身体が強張り、そして追い立てられるように、身体がソファーへとゆっくり倒れていった。

  翔が仰向けになった虎次郎の腹に馬乗りになる。その先程までとはうって変わった目に、虎次郎はゴクリと喉を鳴らした。

  柔らかく、優しく、撫でるようにゆっくり、翔の手が、既に緊張で汗ばんだタンクトップの下を撫でていく。

  臍周り、腹の僅かな脂肪を圧し、そのまま脇腹にくすぐったくなるような手つき。

  あばら、胸、そして乳首へと、タンクトップを捲りながら撫で上げる。

  虎次郎はまだたったそれだけなのに、スウェットに大きなテントを作った。あまりにも使われなくてもしかしたら雄の機能がないかも知れないと懸念したが、思い過ごしだったようだ。突き上げたトランクスには恐らく既にジットリと染みが出来ている。

  やはり初めての行為に、想像以上に身体は興奮しているようだ。

  翔の指が、チリ…とその身体には小さすぎる乳首を撫でた。とたんにビクッ、と虎次郎の身体が反応する。「うぐゥッッ!!」と声を上げた彼の低い声に翔は厭らしい気持ちに胸がいっぱいになる。

  桜色に色付く乳首は、触れられた事もないため色が綺麗で、そしてまだ小さい。この綺麗な乳首を開発して肥大させたら、どれだけ敏感になるのだろう。もしかしたら乳首だけで射精するように出来るかも知れない。こんな未開発の時点でこれだけ敏感なのだから。

  翔はゾクゾクと身体の奥底から何か沸き上がるのを感じた。

  肉に指を埋め、クリクリと優しく転がす。

  「うがァッッ!はあぁあッッ!」

  ビクビクの虎次郎の上半身が軽くソファーを跳ねる。彼の額からはジットリと玉の汗が浮かび、生え揃った立派な牙を剥き出して叫んだ。マズルに皺が寄り、ギュッと目を瞑り、眉をひそめる。

  翔は一旦乳首を弄くるのをやめて、腕をあげるよう指示する。

  虎次郎はハアハアと息をしながら、トロンとした力のない半目で、言われた通りその丸太のような腕を頭の上、ソファーの肘掛けに置いた。ムワリと汗で蒸れた腋が臭いたち、蒸気をあげたように感じる。

  「ふふ、素直だね。」

  「…っ――ひア゛ッッ!!やめ゛ッッうああッ…」

  すると翔は躊躇いなくその腋に顔を埋めた。人間のような縮れた毛ではない、いつもはフサフサとした腋毛が、汗で顔に張り付く、それに構わず、スー、と臭いを嗅ぐと、ツンとした酸い臭いが鼻腔を擽った。翔はこの臭いが大好きだった。

  虎次郎は恥ずかしさのあまり目を見開き声を上げたが、またしてもクリクリと乳首を刺激されれば、ビクンとまた身体が跳ねてしまいそれも中断する。更には腋をピチャピチャと舐められれば、えもいわれぬゾワゾワとした感覚が背中に這い、またしても顔がトロンと破顔する。

  その顔は、いつも厳格な虎次郎のソレではなく。完全に未開拓の感覚に溺れる野獣の顔だった。デロンと舌が口の端から出て、ヒクヒクと鼻の穴が動いている。

  トランクスを濡らすカウパーは、粘着力が凄まじく、ドロリとぺニスを伝い白い陰毛を汚す。ドッシリと30年分の精子を溜め込んだ、鶏卵ほどの金玉が、キュウキュウと縮み、膨らみを繰り返し、太い血管を浮かべたぺニスから射精したいと懇願するように震える。

  翔が右の腋から顔をあげると、ムア…と蒸気が立ち上ぼり、唾液で作られた粘液の糸がツゥ…と伸び上がった。

  ペロリとそれを舌で掬い、厭らしく微笑めば、間髪入れずに次は左の腋へとまるでゾンビが肉を喰らうかのように勢い良く顔を埋める。

  「ハガぁあッッ~~っっァア゛ッッ!!あっふうぅっ!!」

  ジュルルチュク…ヂュルルル、と血を啜るような水音が響く。他人に自分ですら触った事のない腋を舐められるという羞恥に、虎次郎は顔を耳まで真っ赤にして叫び声をあげる。しかし腕を閉じないのは、その感覚を享受しているという事であり、心の底では嫌がっていない為である。クリクリと刺激が強くなった乳首から感じる感覚は、ぺニスの先端にも伝わり、完全に快楽だと脳が判断すれば、もっともっと触ってほしい、出来れば1日中ずっと。そんな事すら思ってしまう始末だった。

  翔が顔を上げると同時に指を離す。

  何故離すんだ、もっと触ってほしいのに。

  そう思いながら、肩で息をして、半目で彼を見る。腋を見せて、顔を脱力させる。まるでペットのような服従のポーズだ。そんな格好で青年に凌辱される自分にすら虎次郎は欲情していた。

  「気持ちいい?」

  「あ、あぁ…こんな、気持ちいいものが、あったなんて…」

  「ふふ、コジロウさん、今かなりエッチな顔してるよ?デロンてしながら、顔赤くして、すっごくそそる。」

  「あ…は…」

  翔が顔を近付けて、そのマズルの先端に人差し指を添えながら呟いた。何故だか虎次郎はその瞬間、翔の湿った小さな唇に噛み付きたいと本能的に思う。しかし、すぐに顔が離れていってしまったので、それは不可能だった。

  「もっと気持ち良くして上げるからね?」

  これ以上気持ち良いこと……

  虎次郎は高鳴る胸の鼓動と期待を感じたが、逆に同じだけ恐怖も感じた。

  これ以上されたら自分が自分でいられなくなりそうで。これ以上の快楽を受けてしまったらそれ無しでは生きていけない気がした。

  虎次郎はこの行為が行われて、快楽を享受するほどに、後悔していた。

  こんなに気持ち良い事をこれまで自ら拒否してきたなんて……

  虎次郎は夜遊びを覚えたての学生のような気持ちだった。彼の何の面白みもない真面目な人生にとって、今体験したことはスパイス以上の刺激だった。

  堅物で真面目過ぎる故に、自分がのめり込んでしまった事に対してとことん貪欲に、虎次郎はこれこそが生きる意味なのではないかとすら感じた。

  まだほんの前戯であるにも関わらずだ。

  元々敏感な身体で他人より強い快楽を生み出せるのもあっただろう。酔っていた身体は既に覚醒し、真面目に頭で考える。

  前戯でさえ究極の生き甲斐だと感じた。

  だとしたらこれ以上の快楽を享受していいのか。破滅してしまいそうな気さえする。

  しかし何度頭が警報を鳴らしても、身体は思い通りに動きはしなかった。

  翔が、虎次郎の豊満な胸にその顔を埋める。片胸の面積だけで、彼の頭一つ分あるんじゃないのかと思うその胸の突起に、翔は小さな唇でヂュ…と吸い付いた。

  また跳ねる虎次郎の身体。温かく蠢く湿った塊が、桜の先端をチロチロと弄んだ。

  「ぐあ゛ぁ゛ぁッッ!」

  口では歯茎を剥き出して叫ぶ虎次郎だが、その快楽をもっともっとと言うように、翔の頭を抱いて自ら胸に押し付けていた。翔は片方の腕で、反対側の乳首を弄るのもやめない。パチパチとした感覚が、虎次郎は堪らなく気持ち良いと感じてやまなかった。

  乳輪をなぞったかと思えば、ふと乳首の先を触れるか触れないかという焦れったい動きで刺激する。

  ビクビクと震えてその刺激に集中した瞬間、次はヂュルルと音を立てて勢いよく吸引され、乳首が強烈に引っ張られていく。

  次には反対側の乳首にも唐突に噛み付かれて、また虎次郎はビクンと震えた。

  この快楽を離したくないと、虎次郎は夢心地な気分になっていた。

  ペニスも切なげに、何度もテントを揺らしている。

  翔は、そろそろ下半身も責めようかと、乳首から口を離した。待ちに待った下半身だ。おそらく今にも破裂しそうになっているだろうが、ここからが本番だと、翔は喉を鳴らした。

  「さてと、じゃあ待ちに待ったオチンチンにいこうか。」

  「ハッ、ハッ、ハッ…」

  虎次郎はまるで犬のように舌をだらしなく出して息を吐いていた。

  完全に快楽に染まった強面の顔は、見ていて滑稽にすら思う。

  翔は虎次郎の上から退くと、床に降りて、虎次郎の片足を持ち上げてソファーから下ろした。

  ガバリと虎次郎の足が無防備に開く形になる。

  ズボンを押し上げたペニスは、まるで巨砲。

  体格に見合った立派なモノだろう。

  翔は躊躇うことなくズボンを下ろした、快楽に溺れた虎次郎は、抵抗なんてするはずもなく、むしろ自分から脱がせやすいように尻を浮かせて角度を変える。

  翔はトランクスを突き上げるペニスを見て息を飲んだ。脇から覗けば、ふてぶてしい逸物が見えて、えもいわれぬエロスを感じる。

  パンツ越しにも、蒸れた汗とアンモニア、雄の臭いがして、翔はクラクラとしながら、今にも食らい付きたい気分に陥った。

  「コジロウさんの……スッゴい……おっきすぎだよ…太さも、食べれるかなぁ。」

  「う…ぐ…そ、そんな事は……普通だ…」

  「全然、謙遜しなくて良いよ、美味しそ」

  翔がクンクンとトランクス越しにペニスに鼻を近付けて臭いを嗅いだ。

  恥ずかしいのか目をギュッと閉じて、ビクンビクンとペニスが揺れる。

  突き上げたペニスの先は、もうドロドロになって、キツい雄の香りを染み付けていた。

  「いくよ?」

  ゆっくりと翔がトランクスを下ろした。ペニスが引っ掛かって布に擦れると、またしてもビクンと虎次郎の身体は跳ねて、どこまでも敏感すぎる身体は、翔を興奮させた。

  トランクスの中の、まるで角の様な肉槍が、現れる。

  ビクビクと震え、太い血管がドクドクと脈動する。翔の顔の半分はある巨大な存在は人間型で、大きさに似合わず皮は半分程亀頭を覆っており、使われた事のないという証明に、ピンク色の亀頭が可愛く見えている。根元にふてぶてしく存在する、短な披毛に覆われた双玉もたっぷりと精液を蓄えているのだろう。翔の手のひらを広げて掴んでやっと一杯になる大きさ。むわりと漂ってきた蒸れた臭いに、興奮を隠せなかった。

  翔が、熱の孕んだ瞳で、ソコを凝視した。無意識に顔が近付いていき、もう鼻先にそれがある。

  虎次郎の心臓は今まで以上に激しく振動し、嫌にその音が耳に響いてくるのを感じていた。

  「うほォォォ゛ォ!!??」

  翔が両手を使ってゆっくりとその皮を下に下げていった。

  徐々に露になっていくピンク色の亀頭。ビクビクと手の中で脈動する芯。むわぁ、と今まで以上の雄の臭いを放ってそれは現れた。

  玉袋がキュッと収縮する。

  虎次郎が獣のように雄臭い声を上げてブルブルブルと震えた。

  脳を突き抜ける今まで以上の快感に、虎次郎はガシガシとソコを扱きまくりたいと本能で感じていた。

  立派に傘を張った雁首が現れる。そこには黄ばんだチンカスが大量についており、強烈な臭いを放っている。ポロポロと掌でもカスが落ちた。

  「すご…」

  翔は思わず呟いていた。今目の前にあるペニスは、さながらケチャップを掛けられたホットドッグ。翔の味覚に作用する最高のご馳走だ。

  次の瞬間には、迷わずそれを口一杯に頬張っていた。

  「ウガァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッッッッ!!!!」

  絶叫が響く。

  あまりにも強い快楽に身体がビクンと弓なりにしなり、翔の口の中に腰をつきだしてペニスを差し込んだ。

  バチバチと虎次郎の目の前がスパークする。がくがくと見開かれた瞳の瞳孔が中央で揺れた。

  とたんに決して開けてはならないパンドラの箱を、開けてしまったと翔は感じた。

  「うぼぉぉ゛ぉ゛ッッッッ!!!?????」

  「グルゥゥゥゥゥ!!!」

  翔の口の中には、虎次郎のペニスの半分も入らなかった。それが焦れったかったのだろう。

  虎次郎はまるで狂気触れたかのような険しい獣の顔で、いきなり立ち上がった。

  マズルと眉間に皺を寄せ、瞳が血走っている。

  ソファーから翔も反応出来ない速度で立ち上がった虎次郎は、すぐさま翔の頭と顎をガッシリと掴むと、それを真上に向けて、ミチミチとそのペニスを食道まで無理矢理挿入した。

  あまりの唐突な変わりように翔は驚く。そして食道を広げていくペニスに顎が外れそうな勢いと、苦しみを味わった。

  虎次郎は、ペニスが挿入されていくと、顎から手を離し、その手を翔の後頭部に持っていく。

  虎次郎は、がに股になり、爪先だけで立って、まるで翔の頭に股がるかのような態勢になり、そしてやっと根元までペニスが入ると、ふてぶてしい金玉がドッシリと翔の首を隠した。

  途端にその金玉がキュッとより一層収縮すると、虎次郎は下半身の奥の奥から、ペニスを通って何かが沸き上がるとてつもない快感が巻き起こった。

  「ウゴォォォォォッッッッ!!!!!」

  ペニスの中を、何か重々しいモノが駆け巡っていく感覚がする。

  ブルブルと爪先立ちした身体が震え、翔の頭を強く股間に押さえ付けながら、上半身が弓なりにしなり、顔は上を向いて、惚けた表情をする。

  長い舌をマズルの端からダランと出し、ヒクヒクと鼻穴を動かして、舌から唾液がドロドロと身体を汚していく。

  押さえ付けられた翔の頭がガク…ガク…とたまに動くのは、射精するたびにビクンビクンと震える虎次郎のペニスに頭を意志とは関係なく動かされているからである。

  ドゥルルル…ドュル…と重量感のある音が聞こえて、その度に虎次郎の身体も大きく震え、いつの間にかダラリと四肢を投げ出して脱力した翔は、ゴク…ゴク…と鈍い音を立てながら喉仏を上下させるのみである。飲み込めなかった精子は口の端からゴボ…と垂れて、虎次郎の陰毛と玉袋を汚した。

  「オ゛ッ~、オ゛ッオ゛ッオ゛ッ……オ゛ッ~ッッッッ!!」

  喉奥から低い声を出しながら、感じた事のない快感にうち震える虎次郎。

  翔は虎次郎が脱力したその瞬間、何とかその大きな手から逃れ、ジュルルルル、と音を立てながらペニスを抜き去り、盛大に蒸せた。虎次郎は抜かれたその感覚にすら喘いで身を震わせる。

  「んお゛ッッ!!」

  「ゴホッ ゴホゴホッ…んあ゛…ごえっ…え゛…」

  抗議の言葉すら、息をするのに必死で出てこない。涙がボロボロと出て、鼻から吹き出た精子と、口周りを拭う。

  「はぁ、はぁ、翔…翔…」

  「やっ…もっ……んぼッッ!!!??」

  そんな翔を知ってか知らずか、虚ろな目で、まるで譫言のように翔の名を呼ぶ虎次郎は、まるで子供だ。もっと、もっとと無邪気に快楽をねだり、それに心酔しているようで、まるで翔の言葉など聞かず、虎次郎はまた翔の頭をガッシリと掴むと、出したばかりだと言うのに全く萎えない、いやそれどころか、更にギンギンに硬くなったようにも見えるそれを、また無理矢理翔の口の中へと挿入し始めた。

  尿道に残ったドロドロと翔も味わった事がないほどの粘着力を持つゼリーのような精子は、黄ばんでいるようにも見え、更に熟成された濃厚な青臭さを香らせている。

  舌にこびりついた先程の精子とチンカスの混ざった凶悪な味に、翔は涙を流して、しかし力で敵うはずもなく、また食道まで一気にペニスを挿入された。

  「オ゛ォ…スゲェ…スゲェ…気持ちいい、ア゛ッア゛ッア゛ッ!!」

  「うぶっ…ごあ…ッッ―――え゛ッッ」

  ジュボジュボと、相手のことなんて全く考えてない激しいピストンが行われる。ただ快楽を求めるだけの、獣のような激しいピストン。

  理性を無くした今の虎次郎は、ただただ新しい感覚に囚われていた。

  ろくに刺激された事のない亀頭は、締め付けられる度に膨張して、鈴口がまたパクパクと開閉する。

  快楽に無頓着だった身体は、初めての感覚に勿論耐性なんてある筈もなく、またすぐに射精を迎えた。

  「ォォオ゛ッッッ!!ま゛たぐる゛ッッッッ!!でちま゛う゛ぅッッ!!!」

  ペニスが増大して、また弾ける。ピストンされているので何とか呼吸が出来ていた翔は、それでも直に腹の中へと射精される苦しみに身を捩った。

  一回一回の射精も長い。凝固している精子にも関わらず、まるで尿のようにドバドバと出て、胃の中に溜まっていくのが嫌なほどリアルだった。

  そしてまた時間を置かずに激しいピストンが開始される。

  いつの間にか、虎次郎が、この場の中での絶対的上位者に君臨していた。

  ――――

  十回程射精したところで、流石の虎次郎も爪先立ちという不安定な態勢に加え、射精に伴う倦怠感でソファーにドサリと尻餅をついた。

  フローリングの床には、翔の口から溢れ、吐き出した精子が水溜まりのように広がり、雄の臭いのほかにも、酷い香りを放っている。

  それでも相変わらず虎次郎のペニスは元気満々と言った感じで天に怒張していて、変わらない硬さを保っていた。そのペニスは精子と唾液によりテラテラと輝いていて、恐らく今少しの休憩が終わったなら、虎次郎はまた快楽を求めようと翔の口を犯すだろう。

  流石の翔も、無理に詰め込まれた精子によって胃の中がパンパンになり、外から見てもわかるほど、腹が膨れていた。

  ソファーに身体を預けて、吐き出したいのか、仕切りにえずいている。

  虎次郎はそんな事見えてないと言った感じで、仰向けになって目を閉じたまま、ただ気持ちよすぎるこの行為に満足していた。

  心は貪欲に、更なる快楽を求めている。

  虎次郎が上半身を起こした、その時だった。

  「コジロウさ……待って…口なんかより…気持ちよくしてあげるから、ね?」

  「ほ、本当か!?」

  翔が身体を起こしそのまま近寄ってきた虎次郎を制する為に掌を掲げる。

  すぐさま言われた言葉に反応した虎次郎は、目を期待に輝かせてその場に手を付き、ズイと顔を近付けて呟いた。

  少し苦し気に苦笑いしながら頷く翔。

  虎次郎は最早セックスという行為に完全な虜となっているようだった。

  翔が虎次郎の両肩に手を置いてソファーへと寝そべるように力を入れる。

  されるがままに翔の顔を見ながらまたソファーに倒れ込んだ虎次郎は、一体何をするのかと、期待に心臓を高鳴らせた。

  翔はそのまま手を這わせて下半身で元気に天を差す虎次郎のぺニスを根元から握り絞めると、それを己が下半身に持っていく。

  大きさは規格外で、今までこんなぺニスをくわえた事なんて無かったが、処女では無いのだ、恐らく大丈夫だろうとたかをくくって、虎次郎のぺニスに付着した微量な精液と溢れ続ける先走りを肛門に塗りたくり、指を二本取り敢えず入れてやんわりと解しながら腰を落としていった。

  「か、翔?そこは肛門だぞ?本当に大丈夫なのか?病気なんかになったら……」

  少し脅える虎次郎に、翔は余裕無さげにニコリと微笑む。

  「大丈夫…コジロウさんを、筆下ろししてあげるから。」

  亀頭が徐々にアナルへと飲み込まれていく。流石にキツいのか翔は目をギュッと瞑り、その圧迫感と痛みに顔を曇らせていた。虎次郎が感じるのは、徐々に自身を包んでいく暖かい肉の壁の存在。ウゴウゴと蠢き、亀頭の先に吸い付いてくる未知の感覚を感じた虎次郎は、その圧倒的な気持ちよさに目を見開いて声を上げた。

  「お゛っ…お゛ぉ…お゛お゛お゛お゛ぉッッッ!!!!」

  まだ亀頭の半分を飲み込んだ程度なのに、そこから産み出される快感の渦。

  一体この快感が自身のぺニスを全て飲み込んだのならどうなるのか。

  虎次郎の理性はまた、先程のあの状態に戻りつつあった。

  ふと翔が息を吐く。

  一気に挿入するのは無理と感じたのだろう。唇を緩く噛み締めて、不安定な態勢のためガクガクと震える膝を支えながらその場で停止する。

  体重を乗せればいいだけだ、大丈夫きっと入っていく。

  そう決意しながら、また体重を掛けようとすると。

  「も、もう行けるだろ?先が入ったんだ!」

  「ま、待って、コジロウさんのは大きいから」

  「そのまま下がればいいだけじゃないか!」

  「ひっ!」

  不意に虎次郎がもう我慢出来ないと声を上げた。

  普段冷静である虎次郎も、今は子供のようにせっかちで、早くこの快感の続きを味わいたいと我慢が効かないのだ。

  翔はグイと腰に手を掛けられて、そのまま力強く下へと身体を下げられた。

  華奢な翔の身体は抵抗なんて出来ずに、されるがままに下がっていく。

  ミチミチという嫌な音が確かに翔の耳に響いたような気がした。

  「ひあ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛ッッッ!!」

  「お゛お~ッッッ~ッッッ!!!」

  確かに飲み込まれていく肉槍。

  とてつもない快楽。熱い肉壁。

  痛む穴。強烈な圧迫感。

  二人は対称的な気持ちになっていた。

  「ん゛ひぃぃ゛ぃッッッ!!」

  「があああッッッ!!」

  亀頭が飲み込まれた瞬間、ズパンと何かがぶつかる音がし、不意に突き上げられた腰。

  弓なりにしなるお互いの身体。

  翔は顔をビンと上げ、目をこれでもか見開いた。中央の瞳孔がガクガクと世話しなく動き、若干上向きに仰け反る。突きだした舌がフルフル震え、開いた口の端から唾液が頬を伝った。

  同時に虎次郎の茸のように張った雁が前立腺を圧迫する。

  それは今までされたどんな圧迫より強く、確かな感覚で、更に虎次郎はこの時、あまりの快楽に牙を剥いて射精し、身体が持っていかれると錯覚するほど翔の中でぺニスをビクンビクンと跳ねさせていた。その為翔は堪らずドロリと小振りのぺニスから精子を吐き出し、虎次郎の白の体毛を濡らした。

  「お゛ぉ゛お゛ッッッ お゛ッお゛あ゛~ッッ!!」

  今まで以上に虎次郎の射精も止まらない。

  壊れた蛇口のように、未だ粘り気を失わない濃厚な精子を吐き出して、翔の中を自分色に染めていく。

  キュッ、キュッ、と無意識に尻の力が入り筋肉が収縮し痙攣する。

  野太い声を部屋に響かせる度に尿道からドクンドクンと精子を溢れさせた。

  「ひッ あ゛っ…止まらな…ッ!も…無理…ッ」

  翔がビクビクと痙攣しながら、虎次郎の胸に倒れた。

  接合部分から濃い精子がドロォ…と見事に根本まで入った虎次郎のぺニスを伝い、白くサワサワとした二つのふてぶてしい金たまに垂れていく。

  二分ほど経ってやっと射精が泊まると、翔は既に苦しさでグッタリとし、肩で息をして生理的な涙を流していた。

  虎次郎はそんな翔を抱き締めて、流石に強すぎた快感に息を吐いている。

  接合部から少し見えるぺニスの根元は、ビクッ…ビクッ…と何度も痙攣していた。

  「な…なんだこれは…あぁ…中が…ぺニスを包んで絡み付いてくる…す…凄いぞ…翔」

  「ひっ…う…」

  虎次郎が翔の頭を愛しげに撫でた。

  翔のアナルは虎次郎のぺニスを温かく包み込み、そして離さず、ドクンドクンと脈動している。

  虎次郎は何だかえもいわれぬ安心感を感じていた。このまま翔を離したくない…何故かそう感じ、抱き締めたその小さな身体に、何となく、ただ何となく、無意識にキスを落としていた。

  「ッッッ!?……ふ…む…ん……」

  「んぐ…ジュル…むぅ…」

  後頭部をその大きな手で支え、顎を優しく持って、唇をパクリとくわえ込む。

  驚いた翔は一瞬目を見開くが、すぐにその心地好さに頭が真っ白になって、虎次郎のなすがままにキスをした。本能がそうさせるのか。長くザラザラとした舌は、翔の歯と口蓋を舐め、そして小さな舌に絡みつき、唾液を吸う。

  翔もいつしかその首に手を回し、目を閉じてキスに夢中になっていた。

  そのキスがトリガーになったのか、鼻で空気を勢い良く吸った虎次郎は、ガバリと態勢を変えて、翔の口にがっつくようにその身体を仰向け押し倒した。

  かと思えば、一瞬口を離し、吐息多く呟く。

  「掴まれ…!」

  「え?…ッッんん゛!!」

  たった一言早口でそういった虎次郎は、またすぐにその淡い唇に噛みつく。と、同時に駅弁状態で軽々と翔を持ち上げると、そのまま揺れる振動で中を抉りながら、隣の寝室へと足早に歩き出した。

  驚いた翔が声を上げようとも構わない。

  ソファーじゃ君を愛せない。

  ボフリと柔らかなキングサイズのベッドが揺れる。

  高級なスプリングがギシリと音を立てて、勢いのまま突き出されたぺニスに、翔は虎次郎の口の中でくぐもった声を上げた。

  依然として息を荒くしながらキスを交わす。

  虎次郎はどこか自信のようなものがあり、先程のような勢いのある攻めの中に冷静さが垣間見えていた。

  「んは…はぁ…はぁ…」

  「ん…ふあ…は…は…」

  口を離せば、お互いの間に銀の糸がキラリと橋を作る。

  虎次郎の真剣な眼差しが、翔の微睡んだ目と交差すれば、二人は胸の奥がジンと熱くなるのを同時に感じた。

  「翔…ッ!翔ッ…!」

  「あ゛っ…あたるッ…中、コジロウさんで…ッッ!」

  虎次郎が、翔の首筋に、頬に、額にキスを落として何度も名前を呼んだ。

  呟かれる度に耳が熱い。ただ突かれるだけでイキそうになる。

  ギュッと繋がれた手と手。

  絡み合った指と指。

  一夜だけのはずだったのに。

  もうこれっきりなのに。

  心はそれを拒否してしまう。

  「あぁッ!激しッ ~~あ゛っ イクっ……イッちゃっ~ぅッッッ!!」

  「ああっ!イクぞ!中にッッッ…一緒にッ イク!!…ガアアアアッッッ!!」

  二人の声が合わさった。と、同時に二人の快感が最高潮に身体を駆け巡る。

  繋いだ掌に力が入り、両者が顔を上げ、身体が勢いよく弓なりにしなった。

  最奥を貫いたぺニスがビクビクビクゥと脈動し、尻の筋肉がキュッと締まって痙攣を繰り返す。

  ドビュ…ドクン…と放出される精子。

  翔は尿道を駆け巡るその感覚を確かに腸内で感じ、どこか恍惚とした気持ちになった。

  お互いが出した精子はシーツと腹を汚し、二人向き合って肩で息をする。

  虎次郎は惚けた翔の唇をまた奪い、出したばかりなのにすぐさま腰を打ち付け始めた。

  ーーーー

  「んひっ…らめぇ…もうらめらのっ…まらイッちゃうろッッッ!!」

  「ふっ、ふっ、ッッ!!イっちまえ!!俺もイクぞッッッ!!」

  あれから数時間、未だ二人はベッドの上で情事を重ねていた。

  翔は虎次郎に尻を向けて力なく寝そべり、虎次郎はそんな翔をベッドに座り下から突き上げる。尻だけをまるでバスケットボールのようにバウンドさせて挿入し、射精しながら何度も何度もそれに合わせて虎次郎は腰を打ち付けた。

  翔の腹は無様に膨らみ、垂れた精子がベッドを汚す。シーツは最早激しい性交にヨレヨレと乱れてしまっていた。

  「あ゛っ…お゛っ…」

  「ふぅ…グルゥ…」

  翔はまるでえずいているように昇天の勢いを身体で感じ、声をあげる度に身体を痙攣させていた。

  その目は虚ろで、今にも閉じてしまいそうになっており完全に虎次郎にペースを握られている。

  虎次郎はやはり学習能力が高く、今や翔の弱い所全てを熟知し、慣れた手つきで、まるでAV男優のように、挿入したまま翔を仰向けに翻した。

  そしてそのまま惚けた翔に多い被さり、鼻息を一気に吐きながら、その頭を両手でヘッドロックするように固定。

  またその唇に噛みつき、どこか、し馴れた余裕のある穏やかなキスをする。

  最早呂律も回らない翔は舌を絡めることすら億劫とばかりにされるがままで、唾液を吸われクチュクチュと音を立てた。

  「ふ~……ん…クチュ…ジュル…ふむ…んふ」

  「ん…チュ…あ゛…むん…ふ」

  キスをしながら、同時に艶かしくユラユラとピストンを開始する。最早翔と虎次郎は一つの身体であるように繋がっていた。

  「ん、ん、ん、ん、んっ」

  「ふ、ふむ、ん、ふ、ふ」

  虎次郎の中のセックスはこの短い時間に変わって来ていた。快楽をただ貪る行為であっただけなのに、今や最早翔無しでは駄目だと、無意識のうちにそう考えてしまう。

  同時に腕の中で悶える小さな身体が愛しくて、ドロドロに溶かしてしまいたいとも感じた。

  自分の行う突き一つ一つで、相手が快感を感じている事を確かに感じる。

  翔を抑えた腕に添えられる小さな掌が、自分にすがるように爪を緩く立てるのが愛しい。

  自分の行動一つで、相手が快楽に堕ちている。

  その姿が何とも言えず、虎次郎に優越感を与えた。

  「…はっ…翔…ッ…翔…気持ちいいか?」

  「ふあ…あ…コジロウしゃ…あひ…気持ち…ッ…気持ちぃれ、す…ッ ん」

  お互い荒い息が掛かるほど近く、痛いほど目を合わせて……

  そしてただ…快楽に堕ちていったのだった。

  朝。

  虎次郎が目を覚まし時計を見ると、7時であった。

  完全に遅刻だ…と頭を抱えて、眩しい朝日に煩わしそうに顔をしかめる。逞しい彫刻のようなドッシリとした体格は、それだけで映画のワンシーンのように様になっていた。

  ふと隣に目を向ける。

  安らかな顔で、スースーと眠る青年の顔を見ると、何故だか無意識に表情が綻んだ。

  昨日…いや今日はすまなかった…と冷静になった頭で謝罪しながらその額に軽いキスを落とす。

  深い眠りについても無理はない、結局夜中の4時過ぎまでずっと身体を重ねていたのだから。

  虎次郎はゆっくりと翔を起こさないようにベッドから降りると、せめて翔が好きなだけ眠れるように黒い遮光カーテンを閉めて、部屋を暗くした。

  トランクスを履き、居間に向かえば食パンをトースターに差し込む。

  携帯で仕事場に遅刻する旨をメールし、自身は手早くシャワーを浴びた。

  何だかとても心地良かった。

  妙に清々しい気分で、今日はやる気に満ち満ちていると実感する。

  セックスがあんなにも情熱的で、心地よくて、幸せな気分になれるとは思いもよらなかった。これを今まで知らなかったと思うと、本当に損をした気分になる。

  翔に出会えてよかった。虎次郎はシャワーを浴びながらそう思った。

  シャワーを浴び終わると、濡れた身体をドライヤーで乾かした。何となく買っていたドライヤーだったが、音が比較的静かで助かったと思う。

  パンを手早く口に運び、牛乳を飲めば、歯磨きをしてスーツに着替え家を出る。

  翔が起きた時の為に、冷めてしまっているだろうが、朝食のベーコンエッグとトーストを作っておいた。

  しっかり書き置きも用意してある。

  何だかとても新鮮な気分に、虎次郎は小さく苦笑していた。

  仕事場に着くと、全員が全員、とても怪訝そうな顔をする。

  「…あ…遅れて…すまない…少し寝過ごしてしまったんだ。」

  虎次郎が遅刻するなんて、彼らからしたら地球がひっくり返るくらいあり得ない事だ。

  もしや天変地異の前触れか!?などという声も聞こえてきたような気がする。

  虎次郎はその目から逃れるように汗を垂らして自分のデスクがある部屋へと向かった。何だかいつまでも見られている気がしたが、全然気分が良く、そんなもの気にならないほど仕事は順調に進んだのだった。

  ――――

  翔が目を覚ますと、素肌が柔らかいシーツに包まれている感覚がとても心地よく、いつまでもこの微睡みの中にいたいと思った。

  スー、とシーツに顔を埋めて空気を吸うと、虎次郎の香りがする。

  と、同時に寝惚けていた頭は覚醒し、ガバリと起きた表紙に頭痛と腰の痛みに襲われて顔をしかめる。ベッドにまた顔を埋めながら、チラリと視線を横に向ければ、黒いデジタルの時計は午前11時と表示していた。

  「あー……」

  昨日、いや今日の明朝と言っても差違は無い時間まで、虎次郎の豪快な性欲に付き合わされた身体は悲鳴をあげていた。あの体格相応の巨根に散々突き回されたアナルはヒリヒリとし、恐らく赤く腫れぼったくなっているだろう。ついでに虎次郎のピストンを受け続けた腰は悲鳴をあげ、ずっとトランス状態だった脳は、まるで二日酔い状態。ガンガンとまるで内側から金槌で叩かれているような、そんな感覚だった。

  「…ひう~」

  まさか虎次郎があんなにハマるとは思いもよらなかった。

  発情期の犬。その喩えがしっくりくる。

  最初は荒々しく、まるで此方を考えていない我が儘な子供のようであったのに、一度挿入し、中で射精した後。その後まさかキスをされるとは思わなくて、そこからだ、明確に変わったと感じたのは。

  確かに愛撫はキスくらいなものであったが、ピストンは的確に此方の弱い場所を突き上げてきて、最終的にはオーガズムから抜け出せなくなり、教えてもいないのに自ら体位を変えて、何度もキスを落とされた。

  昨日本当に初めてのセックスだったのか?と疑うほど、初めのキスをした瞬間冷静に、かつ大人のセックスへと変貌したのだ。

  翔自身、男性経験は数えて十数回程度であったが、一番気持ちよかったと言っても過言ではないと思う。情けなく意識を手放しそうになった時もあった。

  しかし、それ故に。

  「勿体ないなぁ…一回だけって…」

  でも駄目だ。

  このままだと彼に本気になるのは目に見えている。

  だから一回で良い。

  今はまだ理性が効く。

  もともと深く付き合いはしないと自分に誓っていたのだから。

  「はぁ……切ない。」

  頭の痛さに腰の痛さ、だんだんと腹痛までしてきた。

  翔はゲンナリした顔でまたしても柔らかい枕に顔を埋めたのだった。

  腹に溜まった精液をひりだし、無理やり喉をつついて吐き出すと、何とか身体はある程度楽になった。

  それでも頭痛や腰の痛みはまだ続く。

  意外と時間がかかってしまって、もう昼過ぎだ。

  何か食べたいという気にはならず、しかし頭痛薬なんかを飲みたいと思えば、無理にでも食べなければいけない。

  他人の家でそこまで寛ぐ気はなかったが、薬品くらいなら…

  そう思って薬箱を探してみたが何処にも見つからない。

  「あー…病気も気合いで治しそうなイメージだしねー。」

  妙に納得するが、えてして状況は変わったわけではない。この頭痛を一日中放置するのは流石に気分が参る。

  「ま、仕方ないか…いつつ。」

  頭を押さえて痛みに顔をしかめる、とりあえず薬も含めて買い物でもしてこよう。

  一応有意義な時間は過ごせたのだし、元々夜食くらいなら作ってあげようと考えていたのだ。

  頭は痛いが我慢すればどうって事はない。

  「いくか。」

  そう呟いて、翔は家を出た。

  ――――

  虎次郎はどこか落ち着かず、顔には出さないがウキウキとした気持ちで帰路へとついた。

  結婚しているものの気持ちがやっとわかった。

  頭の中はすっかり翔一色だった。

  ついでに1日限りという約束は完全に忘れており、最早恋人の面持ちである事は見て分かる通りである。

  マンションに着き、エレベーターで自分の部屋のある階まで向かう。

  早く早く!なんて馳せる心は見た目にそぐわず子供のようだ。普段の虎次郎を知るものならば目を丸くすること必須である。

  「帰った!!!」

  ただいまだと何だか恥ずかしい。

  でも声は掛けたいので素直ではないけれど、そのまま口に出た言葉を叫んだ。

  何かいい香りが鼻孔を擽る。それがカレーだと言う事は直ぐにわかった。

  しかし

  「翔?」

  声が帰ってくることはなかった。

  ただ怖いくらい静かで、背中がゾワリと寒くなる。

  「翔!!」

  急いでリビングに向かって見れば、そこには誰もいなくて、咄嗟に寝室と脱衣場、トイレを調べてみたけれど翔の存在はポッカリと消えていた。

  強く握り締めた拳に鞄を持っていることも忘れる有り様で、虎は力なくリビングに戻る。

  ふと、テーブルにあったメモを見た。

  ――――

  1日だけの関係でも、とっても心地いい体験が出来ました。

  コジロウさんに会えてよかった。

  カレーはお礼。口に合うかな?

  それじゃあまた縁があったら。

  by.翔

  ――――

  咄嗟に力の抜けた掌から、握っていた鞄がフローリングの床にボトリと落ちた。

  そしてその瞬間、昨日の約束を思い出す。

  ――1日だけだからね――

  1日だけ。

  その言葉が酷く寂しく聞こえて胸を刺した。

  確かに昨日偶然会っただけの赤の他人である。

  でも、それでも虎次郎は、一夜にして翔の虜になっていたのだ。

  少し子供っぽい悪戯な笑顔も

  虎次郎の名前を呼ぶ少しハスキーな高い声も

  赤く蕩けた大きな目も

  全て好きだ。

  なのに……。

  不意に虎次郎は走り出していた。その顔はいつもよりも数段険しく、靴は履かないまま靴下だけで外に出ていった。

  丈夫に造られている筈の玄関の扉がガシャンと派手な音を建てて外れかける。それほど虎次郎は力を入れていた。

  けれどそんな事眼中にない様子で虎次郎はエレベーターへと一直線に向かう。

  直ぐ様前までくれば、カチカチカチと何度も何度もボタンを押し、早く来いと牙を剥いて叫んだ。

  やっと来たエレベーターの扉が開ききらないうちに急いで乗り込めば、またしても一階のボタンを連打する。

  実際には数秒の時間乗っていただけなのに、それが永久に感じ、虎次郎はギリギリと歯軋りをした。

  扉が開きかけた瞬間、ガッとその隙間に掌を入れて掴み掛かり、力技で一気に抉じ開ける。

  もうあとはただラグビーで鍛えられた足を全力で使って走れば良いだけ。

  虎次郎は勢いよく外に出ると、周りをキョロキョロと世話しなく見渡した。

  外は先程まで晴れていたくせに土砂降りの雨になっていて、濡れた毛皮が萎れて肌に付着する。

  視界が悪く、目に入る水が鬱陶しい、それでも構わずに虎次郎は、自分が来た反対側の道に走りだした。

  そちらには翔と出会った公園があり、事務所から帰って来た時には翔の姿など無かったと記憶していたからだ。

  家の明かりは自動点灯。

  虎次郎が家に帰って来た時にはついていた。

  あの明かりが自動で消えるまで一分かかり、それが消えて居なかったということはまだ近くにいるのは明確だった。

  もしかしたらエレベーターですれ違いになった程度の距離かも知れない。

  バシャバシャと靴下が濡れて、全身から水滴が弾けとぶ。

  あんな紙切れ一枚で終わるなんて、虎次郎はどうしても嫌だった。

  暫く走って、あの公園に着いた。

  泥にまみれるのも構わず、グシャグシャと公園に入っていく。

  流石にこの雨だ。

  夜でもそこそこ人がいる場所であるが、今は誰もいない。

  街灯だけが至るところを照らし、翔の姿は見えなかった。

  「…う…ぐ…あ…」

  その場に膝を付く。

  その勢いで跳ねた泥が、濡れたYシャツに幾つもの汚れを作る。

  雨に紛れて、虎次郎の歪んだ顔に暖かい雫が幾つも伝う。雨に混じって弾けたそれが、地面にたどり着く事は無かった。

  「うあぁ……」

  好きなんだ。

  「かける…ッ!!」

  たった一晩だけだったけれど、君に触れ合ったその時、確かに愛しいと感じた。

  「くそ…ッ…くそぉ!」

  君はそうじゃなかったのか?

  俺を愛しいとは思ってくれなかったのか?

  本当に一晩だけの関係で…終わりにしたいのか?

  答えを…

  「コジロウさ…ん?」

  「うぐ…ぅ…」

  君の声が聞こえた。

  雨の音に混じって、確かに君の、あの声が。

  「か、ける…っ?翔!!」

  周りをキョロキョロ見回して叫ぶ。

  前にも横にも君はいなくて、俺はいてもたってもいられずに立ち上がった。

  「何してるんですか!?」

  声が聞こえたのは俺の後ろ。

  俺は直ぐ様振り返り、その愛しい君の姿を確認した。

  「…あ…」

  そこにいたのは、傘をさして此方を心配そうに見る君。

  「靴下だし…っびしょびしょだし!風邪引いちゃうよ!?」

  走りよってきた君は、俺の姿を見て、心配そうに呟く。

  俺はその姿に身体の力が抜けてしまって、また膝をついてしまった。

  「…翔……」

  「え?ちょ!ぬ、濡れちゃうし!」

  虎次郎は翔に抱き着くと、ギュッとその身体を離さないように力を込めた。

  顔を翔の顔に埋めて、泣き声のまま翔の名前を呟く。翔の体温が、冷えた身体に心地よかった。

  翔は困惑してしどろもどろだった。

  「い、一体どうしたの?不審者だと思われるよそれじゃ!」

  「……君を捜してたんだ。」

  「っ……僕を!な、なんで!?」

  「君が好きだからだ。」

  「ッ!?」

  「君を……愛してるんだ。」

  翔の身体がビクリと震える。

  虎次郎の放った言葉に動揺して、同時に顔が真っ赤に赤面した。

  「だ、だって、たった一晩だけだし…」

  「関係ない。君の笑顔や体温、声や仕草、全部好きだ。たった一晩だが、俺は君にずっと虜だった。」

  「や…くそくだって…」

  「そんな約束、俺はしてない。始めに言ったじゃないか。本気でいいって。」

  「あ、あれはコジロウさん酔ってたし。」

  「でも……事実だ。」

  「………」

  翔が口ごもった。

  虎次郎から伝わる体温、熱意、鼓動が聞こえる。それは確かに自分が恋をした時のそれで、嘘をついてない、真っ直ぐな感情だとわかった。

  「……それで…この雨の中…ずっと?」

  「あんな紙切れ一枚で、君を失いたくなかった。」

  虎次郎がやっと離れて翔の目を見つめた。

  青色の瞳に、全て吸い込まれそうになる。

  翔はとうとう耳まで真っ赤にして、あまりに真っ直ぐな視線を見ることが出来ずに俯いた。

  「……君は…どうだ?」

  その言葉に、翔の心臓がドクンと高鳴る。

  「俺を…好きにはなれないか?」

  反則だ。

  貴方を好きにはならないと、自分の心に誓っていたのに。

  絶対馬鹿を見るのは自分だって、必死に言い訳をして心に嘘をついたのに。

  そんな声で…

  瞳で……

  熱意で…

  俺を見つめないで。

  心に作った境界線が

  ぼろぼろに崩れてく。

  「俺も……好き。」

  「……っ」

  「俺もコジロウさんの事が好きだよ!!」

  翔が叫びながらコジロウに抱き付いた。

  心に作った嘘の壁が崩れて、向こう側にいた本当の気持ちが顔を出す。

  虎次郎をこの公園で見つけた時からずっと好きだった。

  一目惚れして、気付いたら無意識に声を掛けていた。

  嫌がられるのを覚悟で会話を続けたら、思いもよらず、虎次郎と行為をする事になって。

  翔はそれで満足だった。いやそれで満足なんだと自分の心を必死に押さえつけた。

  まさか虎次郎が自分を好きになってくれるなんてと、翔の心は夢見心地で。

  「…夢じゃないよね。」

  「現実だ。試してみようか?」

  「え?」

  そう言った虎次郎は、翔の口に噛み付くようなキスをした。

  何度も何度も暖かい舌に自分の舌を絡ませて、この現実を、現実たるものとして、翔に嫌というほど確認させてやったのだった。

  ――――

  「うあ…コジロウさ…好き…大好き…!んあ…」

  「ああ翔…ぐ…あ…ふ…俺も…っ君を愛してる。」

  二人がお互いの頬に手を添えて何度も何度も呟いては、繋がったままキスをする。

  荒い息が、声が、瞳が、二人を更に昂らせた。

  「あぐっ…!イグッッ!!イクぞ翔!!!」

  「来てッッッ!来てコジロウさんっ!!!」

  「があああああ!!!」

  「んあああああッッッ!」

  そうして二人は何度も果てた。

  何度も何度も、その気持ちを確かめるように。

  おわり

  「コジロウさんの子供産めなくてごめんね。」

  「ははは…俺は翔がいたらそれでいい。」

  「……ありがとう。」

  「君を俺なしじゃ生きられない身体にするからな。」

  「わー、コジロウさんスッケベー!」

  本当におわり。

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