『いっちゃんへ
ごめんなさい 最初に謝っとくね
千春の事 私 守ってあげられなかった
だから ごめんなさい
私 あれから考えたの
千春を独りぼっちにさせたくないって
もう 独りになんかさせないって
だから
私は千春の所へ行きます
本当に いっちゃんには迷惑かけてばっかりで
私には何も返してあげられないけど
千春と一緒に いつまでも見守ってるから
だから
私と 千春の分まで
生きて下さい
私の事は忘れて
私達の分まで
幸せになって下さい
私の最期のわがままです
許してね
いっちゃん
大好きだよ
いっちゃんに出逢えて良かった
私 幸せだった
本当にありがとう
さようなら
春実』
____________
1通の手紙
あの時、握り締めた手紙
自分に宛てられたそれを思い出していた
手紙に書かれていた願い
叶えてやりたい、願い
叶えられない、願い___
もしも
降りやまぬ雨が
私を癒してくれるなら
錆び付いた翼を広げ
アナタのもとへ飛び立とう
もしも
いつの日か光が
私を照らしてくれるなら
儚く咲いた華を散らせ
アナタのもとへ届けよう
いつか
欠けては満ちてく月のように
私の心は変わるのだろうか
いつか
海を渡る風のように
私はアナタのもとへ旅立てるのだろうか
止まった時間に祈りを捧げ
私は願った
時が再び動き出さないようにと
願いに、願いを重ねて
私は願った__
____________
昼間だというのに暗い部屋の中から響く嗚咽と嘆き
降りしきる雨が、その音を優しく包んでいた
窓を滴る雫は僅かな光を反射し部屋を覗き込んでいる
2つのシルエットを優しく、儚く、浮かびあげた
「俺が・・・ッ!・・アイツらを・・殺しちまったんだ・・ッ」
溢れ出たものを抑えられなかった
堪え切れずに、支えきれずに
そんな弱い自分を慈しむように
涙は伝っていった
「俺が!!あの時もっと早くに着いていれば!!家で過ごしていれば!!無理にでも店を替えていれば!!」
ーーオレトハルミガ、デアワナケレバ
「__アイツらは死ななくて済んだんだ!!」
泣き叫ぶその姿を女性はじっと見ていた
同情するわけでも呆れるわけでもなく、ただ、じっと見ていた
「…ぐッ…うぅ…だから、俺が…殺したも同然なんだ……そんな俺が!!…幸せになる権利があると思うか…?」
巌は女性を見た
行き場を失い、頬を伝った涙が、床を濡らしていった
「・・春実達だけじゃねぇ・・親父もお袋も・・宍蔵も・・俺に、関わったヤツはみんな不幸になるんだ・・・」
女性は変わらずに、ただ巌を見ていた
雨は止むことを知らず、全ての音を呑み込もうとしている
時が止まった空間をゆっくりと包みこむ
まるで、太陽を拒むように
恐れるように
ゆっくりと・・・
長い沈黙を破り、女性は少し息を吐くと重い口を開いた
「・・・アンタが、どう思おうと勝手だけどさ・・」
「アンタに、1つだけ言っとくことがある___あのひとの、宍蔵の事だよ」
そう切り出すと、睨み付けるように巌を見た
「・・・本当は誰にも言うつもりじゃなかったけど、アンタが甘っちょろい事ばっかり言ってるからね」
半分開かれていた扉を閉めると
玄関に立ったまま、また話続けた
「___あの人は、・・・癌だったんだよ、アンタを連れて来る、ずっと前からね」
巌はハッと顔を上げて女性を見た
仲間内にも、誰にも知らされていなかった宍蔵の事
その事実を、懐かしそうに女性は語りだした
「・・もう何年前の話かねぇ・・あの時は、このアパートには誰も居なくてね、アタシとあの人だけだった・・アタシにぁ子供も・・産んであげられなかったしね」
そう言いながら自分のお腹をさすった
「・・・・」
「・・・・・相変わらずの呑んだくれでね、喧嘩はしてくるし、酔っ払って道端で寝てた事もあった。ほんと、ロクでもなかったよ・・でも、アタシは幸せだったさ・・そんな時、あの人が倒れた事があってねぇ、その時に医者に言われたよ、癌だってね」
「・・・・」
巌は何も言えず、黙って聞いていた
「手術はしたさ、無理やりだったけどね・・。そして手術は成功した・・二人でまた、ここに戻ってきたんだ」
「けど・・」
「けど?」
聞き返されると、女性は玄関先に座り巌に背を向けた
扉の上にある小さな小窓から空を見上げた
「・・・けど、・・永くは続かなかった・・他に転移しちまっててね・・もう・・・手術しても・・・」
「・・・!」
続く言葉が出なかった
出そうとしたが、咽から出てこようとはしなかった
「・・医者はね、投薬で遅らせる事は出来るって言ったんだ、でもね・・・あの人はそれを拒んだ、仕事休んで入院なんて冗談じゃねぇ!ってね、あの人らしいだろ?」
そう言って巌に背を向けたまま少し微笑んだ
「それからだね、あの人が・・・アンタみたいなのを連れ帰ってくるようになったのは」
「・・・」
「そうやって『家族』を連れて来たんだ、アタシが、寂しくないようにって、あの人なりの気遣いだったのかもね」
「・・・ッ」
「あの人はよく言っていたよ、『いつかアイツらが一人前になるまで、もし俺が居なくなっても、お前ぇが面倒みてやってくれ。大丈夫だ!アイツらは__俺らの、自慢の息子達なんだからよッ!』ってね・・ホント世話の焼けるヤツばっかだよ・・」
女性は立ち上がると、玄関の戸に手をかけた
そして、巌の目を真っ直ぐに見た
「・・・アタシはあの時、入院させようと思えば出来た、でも・・あの人を縛り付けたくなかった、あの人のやりたいようにさせてあげたかった・・・___あの人の命と引き換えと知っていながらね」
「・・・ッ!!」
ギリッと奥歯が音を立てる
「アンタが『殺した』ってんなら、アタシだって同罪だよ、でもね・・・アタシは後悔なんてしてないよ!」
「・・それに、アタシだけじゃない、みんなそうさ!後から『たら』『れば』なんて、言ったってしょうがないのさ、・・前を向いて!『生きて』行かなきゃなんないんだからね」
『__生きて下さい__』
『__生きてこーや__』
懐かしい、声が聴こえた気がした
「アンタはまだ、後悔するには早過ぎる・・・自分の事、考えてみるいい機会だよ」
そういって女性は部屋を出て行った
暗い部屋に、1人、残された
いつからか止まっていた涙の後が、熱を帯びていた
雨はまだ降り止まずに、街を包んだままだった
部屋にあるタンス
その上に飾られた、1枚の写真
それを手に取ると、ジッと見つめた
3人で行った、チハルがまだ少し小さかった時に撮った家族旅行の写真
切り取られた思い出の中で、3人共笑っていた
俺はッ___
巌は、写真を元の位置に戻すと、部屋を飛び出した__
自分の部屋に戻っていた女性は
勢い良く扉を閉める音と階段を下る音を聞いていた
お茶を汲み、ゆっくりと座る
「ホント・・世話の焼ける『息子』だよ全く・・」
そう言って仏壇に飾られた写真に目を向けた
呆れているようにも笑っているようにも見えた
巌は走っていた
ようやく乾きだしていた毛や服が、また新たに水分を取り込んだ
雨に構う事無く、ひたすら走っていた
息が切れ、舌を出しながらも走った
身体が熱いのは走っているだけではないようだった
(何で俺は走ってんだ?アイツに会ってどうするってんだ?俺は・・どうしたいんだ?)
色々な事が交錯するが、うまく頭が回ってくれなかった
(アイツの気まぐれかもしんねぇ!ただの暇つぶしかもしんねぇ!)
そう思っても、足は止めなかった
(・・・あの言葉だって、嘘かもしんねぇ・・!)
そう考えても、走り続けた
(・・何だってんだッ!・・くそッ!)
弾む息を抑えられず、悪態をつきながらも、ただ走っていた
「・・ッ・・ハァ・・ハァ・・・」
降りしきる雨の中、肩で息をしながら巌は立っていた
全身びしょ濡れで、毛先からは止め処無く水が滴り落ちていた
辿り着いた、店
さっき、飛び出した、店
(俺は・・何を・・)
息を落ち着かせると、ドアに手を伸ばした
ゴクリと咽が鳴った
チリンチリン・・
ドアを開け、そっと店内を覗くと
そこにアイツの姿は無かった
マスターの蓮造と呼ばれていた山羊獣人がいるだけだった
「おや?さっきの・・健吾君なら、もう帰ったよ?」
そう言われて、ほっとしたような、寂しいような、どこかに忘れ物でもしてきたような気分にさせられた
(いったい何だってんだ・・)
「おやおや、びしょ濡れだね・・ほら、これを使いなさい」
「あ、あぁ・・わりぃ・・」
巌に1枚のタオルを渡すと、蓮造は店の奥へと消えていった
渡されたタオルで頭や腕、しっぽまで一通り拭き終えた頃
店の奥から2つ、カップを持った蓮造が現れた
そのひとつをカウンターに置くと、巌に座るように促す
「ほら、これ飲んで身体を温めなさい。お代は要らないから」
言われるがままに座った目の前には、湯気の立てたミルクが置かれていた
一口だけ、飲んでまたカップを置いた
解けないパズルを、ひたすら頭の中で巡らせていた
「それで?健君に用事だったのかい?」
不意に投げかけられた問い
それに、すぐに答える事が出来ない自分に苛立っていた
「……わからない」
「自分が、何をしたいのか…アイツに会って…どうしたかったのか、……わからねぇんだ」
巨大な迷路の中で、決して見つける事のない出口を探している
「ただ…あの時の…俺が振り払ってしまった意味を知りたい、だけなのかもしれないな……」
マスターは頷くわけでもなく横に振るでもなく聞いていた
少しだけ微笑んでいるように見えた
「そうかい…」
そこで一度言葉を止ぎらせた
「なら、健君にもう一度会いなさい、…手遅れにならない内にね」
「…?…手遅れ…って?」
聞き逃すことのなかった、その言葉を繰り返す
「彼は…もう、どこにも居ないかもしれないからね」
「ッ!!!?!?」
ガタンッ!!
椅子を地に転がす音が店内に響き渡った
「・・・どういう・・事だ・・?」
絞り出すように声を出す
未だ転がっている椅子に構う事無く、巌は立ち上がっていた
マスターはカップに口をつけ、中を飲み込むとゆっくり息を吐いてから言った
「これから言う事は、私の独り言だよ?聞き流してくれても構わない・・・
・・・・健君はね、幼い時に捨てられたんだ、実の母親にね」
「・・ッ!?」
ゆっくりと語られていくアイツの過去
知らなかった過去
・・・知らなければ良かったかもしれない過去
「・・・健君に父親は居ない、正確には、どこに居るかわからないんだがね・・とにかく、母親と、まだ小さい弟と、田舎で3人で暮らしていたそうだ。・・そして、健君が7歳の時、母親は居なくなった__二人を孤児院の前に置き去りにしてね」
もう冷めてしまったカップと置くと、タバコに火をつけ、煙を吐き出しながら続けた
「フゥ~・・・、そして、二人はその孤児院に引き取られた。それからは兄弟で支えあいながら生きていった・・・こっちの高校を受けて上京したらしいよ。弟君はまだその時中学生だったし、大丈夫だから兄さんは兄さんのやりたいようにって、あっちに残ったみたいだけど・・・健君とは、その時初めて会ってね。今のように明るくて人懐っこい優しいイイコだったよ・・」
タバコを消しながら、巌を見た
少しだけ睨むような、今までの穏やか目つきではなかった
「・・・健君は、捨てられる時母親に言ったそうだ『どこにいくの?いっしょにいこうよ』・・・・・そう言って差し延べた手を、母親は振り払い、走り去った___さっきの君みたいにね」
「・・・ッ!!!」
知らなかった
知りたくなかった
知らなければ、こんなに胸が苦しくなる事もなかったはずだ
巌は、手をキツく握り、何かに締め付けられる胸を押さえた
「・・健君は、母親の事、恨み言ひとつ言わなかったよ・・それでも家族だったし、いつも笑顔で話してくれた・・・・君が居なくなった後も笑っていたよ?・・・また駄目だったみたい、ってね。
例え、好きな人に振り払われてもね__」
巌は店を飛び出した
扉が勢い良く閉まり、大きな音を立てる
店内には、倒れた椅子と大きな音を鳴らすベルが揺れていた
「やれやれ・・・若いってのは・・少し羨ましいね・・・」
そう言って倒れていた椅子を元に戻すと、マスターはまたタバコに火をつけた
(・・・・クソ!・・・・・クソッ!!・・・・)
悪態をつきながら、雨の中を独りの雄が走っていた
傘を差して歩く人の波を除けながら、濡れることも厭わずに
(・・・アイツ・・・アイツッ・・何でッ・・)
息を切らしながら、当てもなく走り続ける
(・・何でッ・・笑ってられんだよッ!!?・・)
思い切り踏みつけられた水溜りが、音を立てて飛び散った
行き場を無くした雫は、やがて別の誰かと新たな居場所を創った
狭い路地、広い大通り、さっき通った道、声をかけられた道
自分が何処を通ったかもわからない
何処へ向かっているのかもわからない
ただ、答えを求めて、胸の痛みを抑えながら走り続けた
旅人は光を求め、光から逃げ出した
望まぬ運命に揺れ動きながらも
青く澄んだその先へと
砂浜に描いた記憶にさよならを告げ
羽ばたける事に喜びを願い
傷ついた翼を広げる
例え、太陽がこの身を焼き尽くそうとも
この空を飛び続けよう
そして、いつか風となって
この空を漂い続けよう
そして、いつか____
狭い路地裏、そこに巌は居た
肩で息をしながら、膝に手をつき、いつまでも荒い呼吸を整えられずに
走り続けて、どれほど経ったのだろうか
気がつくと辺りはすっかり色を変え、薄暗かった街並みは、その色を濃くしていた
雨は未だに降りつけ、汗なのか最早わからない光の粒が
体中の毛を伝っていった
時折入り込む車のライトが、路地を少しだけ明るく染めた
「・・・ハァ・・ハァ・・ッ・・ゴクッ・・ハァ・・ハァ」
街中走り回った
ありとあらゆる道を駆け抜けた
求めた答え
打ち寄せる波が、大海原に出るのを拒むように
欠けたパズルのピースは、何処にも見つからなかった
思わずビルの壁に寄りかかった
ひんやりとした感覚が背中に伝う
尻尾の先から、水が滴り堕ちていく
(・・もう・・・遅かったのか・・?・・手遅れ、だってのか?・・)
もう、アイツは居ねぇのか?
その疑問の答えを恐れて考えるのを止め、俯いた
熱い
まともに思考が纏まらない、動悸が治まらない
雨の中、何時間も走り続けて、身体が悲鳴を上げていた
ズルズルと壁にも垂れたまま崩れ落ちた
もう、その場所から動く事が出来なかった
そんな巌に、雨は容赦なく打ち続けた
壊れた筏を眺めながら、砂浜に立ち尽くしていた
「おじさ~ん、こんなとこに居ると悪いヤツに悪戯されちゃうよ~?」
不意に、狭い路地に声が響いた
ゆっくりと顔を上げると、傘を差した5人の若い雄が立っていた
「俺らみたいなのにねーwww」
若い鮫が言った
使い古されたセリフと共に近づいてきたそいつらを睨み付けると、壁に寄りかかったままヨロヨロと立ち上がった
「・・・おめぇらの相手してやる気分じゃねぇんだ・・消えろ」
5人の中で一番背の低い兎が前に出る
「おぉ恐っ、俺らもさぁ~あんま手荒な事したくないんだよね~ここは平和的に解決したいんだよなーほら、俺って平和主義者だし?www」
「だから~オジサン、とっとと金出しな」
ゲラゲラ笑いながら巌を取り囲む
全てが不快だった
耳障りな声も、そいつらに目をつけられるくらい弱った自分も
「・・御託はいい・・とっとと来い」
5人を睨みながら拳を握った
(・・やべぇな・・力が入らねぇ・・)
「おっ、やる気じゃん、見たトコかなりヘバってるように見えるけどね~」
構えた兎を制するように、後ろにいた狼が何かに気付く
「・・?・・コイツどっかで・・・・・・・・!!思い出した!!コイツ、前に街で!!」
そう言われて全員が気付いた、巌は覚えていなかったが
昔、宍蔵に拾われる前、巌が喧嘩に呑んで喧嘩に明け暮れていた時にノシてやったヤツらだった
「そうか・・・じゃあ遠慮はいらねーなッ!」
「あん時の怨み、はらさして貰うぜ!?」
再び、構え直した兎を見るが、今一ピンと来ない
そんな事を思い出す余裕は、1欠片も残っていなかった
「・・・知らねぇな・・・・おめぇらみてぇな汚ぇ面、忘れそうに無いもんだがな」
自分の今の状況を理解しながらも、煽るには十分過ぎる言葉を放つ
だが、最早立っているのがやっとだった
「ッ!!コイツ・・!!遠慮はいらねぇ!!ヤッちまえッ!!」
予想通りに、兎は巌に殴りかかる
(・・・これまでだな・・)
これは罰だ
自分に向けられた罰
握っていた拳を解くと
巌は目を閉じ、そのまま意識を失った
止まった針が、今ゆっくりと動き出した
夢をみた
暗い闇の中にいた
そこで懐かしい人達に出会った
手を伸ばすと、ゆっくりと、遠ざかっていく
待て!待ってくれッ!
手を差し伸べたまま追いかける
走っても走っても
それはどんどん小さくなって
やがて見えなくなる
闇の中に独り取り残される
その場から動けずに泣き叫ぶ
__オレヲ、ヒトリニシナイデクレ!!__
風が吹きぬけ、辺りの景色が変わる
色鮮やかな花に囲まれた草原
1箇所だけ、色を失っている、欠けた空の下
その真ん中にいた
暖かな風が頬を撫で
懐かしい人達の声を残した
色とりどりの花びらが
風と共に、空を舞った
何かを待つように
いつまでも舞っていた
それをただ、いつまでも眺めていた
「・・・ここは・・?」
巌が目を覚ますと、知らない天井が広がっていた
人工的な光の下、ぼんやりとした頭で起き上がる
広い部屋だった
大きなベッドの上から部屋を見渡す
見覚えの無い物ばかりが広がる10畳ほどの部屋
思い出そうとするも、少しばかり頭痛が襲い、うまくは働かない
手で頭を押さえていると、静かにドアが開かれた
「あっ☆気がついた?」
そういってペットボトルと小瓶を抱えて部屋に入ってきた姿には見覚えがあった
「お、お前・・なんで・・?」
ケンだった
探していた人物が今目の前にいた
「なんでって・・それこっちのセリフだよー?あんなトコで変なヤツらに囲まれてるし、何か倒れてるしー・・ここまで連れて来るの大変だったんだからねー重いしー」
ちょっと失礼するよー、といいながら巌の左腕を持ち上げると、脇に体温計を挟んだ
そこで、今自分が何も身に着けていないことに気がついた
「あ、服は全部洗濯機にいれちゃったから、寒かったらこれでも羽織って☆俺の服じゃ入んないだろうしね~」
そういって大きなバスローブのようなものを投げてよこした
未だ、理解しきれない状況を整理しようと、ぶんぶん頭を振る
「・・ここは・・?・・・そうだ!アイツらは!?」
小瓶からいくつか粒を取り出している背中に尋ねる
「んー?ここは俺の家☆俺1人だから遠慮しなくてイイよ~」
「あ、あとあの変なヤツらなら大丈夫☆俺がちゃ~んと『お仕置き』しといたからさ☆・・2ヶ月は病院かなぁ?」
お前がか?と聞こうとして止めた。部屋に置かれた棚の上に飾られた賞状やらトロフィーが目に入ったからだ。柔道の大会やら空手の選手権やら、テコンドーなんてのもある。無邪気な笑顔が、若干邪悪に見えたのは気のせいだろうか。
「やっぱ王子サマは強くなくっちゃね☆」
そういってウインクするする姿からは想像も出来ないが・・
ピピピと機械的な音が鳴り響く
貸してと言われ、体温計を手渡した
「う~ん・・38度7分・・ちょっと熱があるみたいだねぇ」
はいコレ飲んで、と、取り出した錠剤とペットボトルを手渡され、促されるままにそれを飲む
渇いた咽を通る水が気持ちよかった
窓から見える外の景色は月の光を反射し、夜だというのに明るく見える
雨はもう降ってはいなかった
「もう少し寝てた方がいいかもねー。じゃあ俺はあっちの部屋にいるから、ゆっくり休んで☆」
「・・あ、おい」
足早に部屋から出て行こうとするケンを呼び止める
「・・その、・・なんだ・・・・・・すまなかった」
ベッドの上から頭を下げた
うまく言葉が出てこなかったが、それでも口にした
「別に気にしなくてイイのに☆困った時はお互いサマでしょ?」
そう言って笑うケンを見るのが苦しかった
(違うんだ!・・・俺が、謝りたいのは・・)
会って、言いたい事
会うことが出来て、伝えたい事
それを表す事が出来なくて歯がゆかった
「・・今はゆっくり休んで?時間ならあるしさ」
優しく微笑みながら部屋の明かりを落とすと、ケンは扉を閉めた
暗い部屋、ケンの匂いのするベッドの中
独り、考え事をしていた
いつからだろう、自分の気持ちを表現出来なくなったのは
歳を重ねるごとに、素直に表せない
そうして、自分を隠し、自分を偽ってきた
そうする事に慣れて、諦めて、いつしかわからなくなった
(昔は・・あんなに言えたのにな)
「・・・情けねぇな」
誰に言うわけでもなく呟くと
毛布を頭まで被り、無理やり思考から逃れ、眠りについた
「・・・ん・・」
ふと目が覚めた
窓から見える景色は、もう色を落とし、街は眠りについていた
ベッドから這い出ると、渡されたものに袖を通す
先ほどより身体が軽かった
ゆっくりと部屋から出ると、暗い廊下を歩いた
手探りで歩いていると僅かな明かりが見えた
辿り着いた、大きな窓があるリビングらしき広い部屋
照明は落とされ、部屋に置いてある大型テレビだけが、その部屋を照らしていた
テーブルの周りに置かれたソファーに、ケンは横たわっていた
巌はゆっくりと近づいて、寝息をたてているケンの毛を撫でた
寝室から、毛布を一枚持って戻ってくると、それをケンに被せる
「・・悪かったな・・ベッド占領しちまって・・」
もう一度撫でて、テレビを消した
窓の外から見える月明かりが明かりを失った部屋をやさしく包む
それに誘われるようにベランダに出た
少し強い、風が吹きぬけていく
藍色の空に浮かぶ月を眺めながら、巌はゆっくりと手すりに寄りかかった
下方には、信号機の明かりと、疎らな車の明かりが垣間見え
時折深夜営業の店から出てくるものがまるで砂粒のようで
街のシンボルとも言えるタワーや高層ビルが目の前に見えた
日常とは違う風景
いつもより近くに感じる数え切れない星達を眺めながら
ぼんやりと見上げた
「な~に考えてんの?」
ふいに後ろから声をかけられた
「・・なんだ・・起こしちまったか?」
首を横に振ると、ケンは隣にきて手すりに寄りかかる
二人は並んで、何も言わずに夜空を眺めていた
自分が今見ている空は、他の人にも、同じように見えているのだろうか
輝く星を見て、綺麗だと思うのだろうか
きっとそれは誰にもわからない
わからないからこそ
輝く星を、綺麗だと思うのだろう
だからこそ
星は、綺麗に輝くのだと
その時、思った
「お前に・・言っておかなきゃならない」
静かに、言葉が伝わる
「さっきの答えさ」
真っ直ぐにケンの方を向いた
ケンは少し俯き、また顔を上げて巌を見る
「・・・無理に言わなくてもいいよ?」
作ったような、そんな苦い笑顔を浮かべる
「お前が直球投げてきたんだ、返さねぇと悪りィだろ?」
夜風が、少し冷たかった
「・・・正直な、・・自分でもよくわかんねぇんだ」
自嘲気味に、少し笑う
巌を見つめながら、ケンは黙って聞いていた
「・・・好きとか、嫌いとか、どうしたいとか、・・・どうされたいとか・・そういうもんから逃げていたからな・・この歳になるとよ、・・そういうのが眩しくてな」
巌の手が、ケンの頭に重なる
そのまま、頭を少し撫でた
「おめぇは眩し過ぎるんだよ、俺にはな・・。・・俺が持ってない¨強さ¨みたいなもんを持ってる。・・・・・・・お前は太陽みたいなヤツなんだよ・・・そんなヤツを・・・俺の隣になんて置いてたら・・・・・・隠しちまうんだ、お前の、その光をな・・俺が奪っちまう・・・それだけは___」
「そんな事ないッ!!!」
言葉を遮り、静まった街に木霊する叫び
「そんなことない!俺だって・・ホントは強くないんだ・・・今だって・・!・・・聞くのがッ・・・・・恐いんだ・・・・ッ・・」
目を瞑り、拳を握り締める
今にも泣き出しそうなケンに
そっと微笑みかけ、また頭を撫でてやる
自分でも、こんな風に誰かに笑うことが出来るとは思っていなかった
「・・話は最後まで聞け・・・そうだな・・それだけは避けたい___そう思ってた・・・でもな、お前の手を振り払って、逃げて、それからな・・・・そう思えない自分もいたんだ・・・お前と、一緒にいたい・・離れたくない、ってな」
瞑っていた目を、丸く見開いたケンと目が合う
「これが・・好きってことかはわかんねぇけど・・・お前のことは嫌いじゃねーよ・・・・これが、今の俺の答えだ・・・・・だから、・・・・後は、お前次第だ」
長かった、迷路の出口から光が差しこむ
その扉が、今ゆっくりと開かれる
「それって・・・俺が頑張れば・・ずっと・・一緒にいられる、って事?」
眩い光の中を、確かに歩いていく
「___かもな?」
溜まっていた雫を吹き飛ばし
2人は抱き合っていた
強くはない、だが確かに
存在を確認するかのように
体に腕を絡ませる
口先が優しく触れる
そのまま拒むことなく、受け入れる
永く刻んだその時を
月と星たちが見守っていた
「さぁ、もう寝るとするか」
ゆっくりと腕が解かれる
「・・・今日は・・一緒に寝てイイ?」
頬に、まだ熱を保ったまま、願われる
「風邪うつっちまうぞ?」
別にイイ!と、部屋に入ろうと背を向けたところを
満面の笑顔で、後ろから抱きつかれる
お、おい、引っ付くな
えー、だってぇ~・・
えー、じゃねぇ!
いいからいいから~☆
尻尾をぶんぶん振り回すそれを引きずりながら
二人の姿は部屋の中へ消えていった
抱き合いながら眠る姿を
夜を彩る光が見ていた
夢をみた
そこで懐かしい人達に出会った
色鮮やかな花に囲まれた草原
太陽の光が照らす空の下
その真ん中にいた
暖かな風が頬を撫で
懐かしい人達の声を残した
色とりどりの花びらが
風と共に、空を舞った
ゆっくりと腕を上げる
花びらに微笑みかける
_____また、な
光に吸い込まれるように
空に消えていった___
犯した罪は消えない
償いきれもしない
けど
前に進むと決めたのは自分だから
二人なら
きっと止まらずに進めるから
今は前を向こう
例え壁が阻んだとしても
二人なら
乗り越えていけるから
いつか訪れる未来に
運命に負けないように
今は前を向いて歩き続けよう
ピピピピピピ・・・
目覚まし時計が朝を告げる
大きな欠伸をしながら、ゆっくりとベッドから起き上がる
カーテンを開け、訪れた朝と向き合う
「・・・おはよ」
「あぁ・・おはよう」
少しだけ照れた顔に、眩しい光が優しく降り注ぐ
街はいつもと変わらずに
今日も慌ただしく動き出す
窓の外は一面に晴れ渡り
雲ひとつない、太陽の輝く青空だった___
てゆーか・・・はだけて・・前、見えてるよ?
!?
ごちそうさま☆
見てんじゃねぇ!!
えーイイじゃんかー
こっち来んな!!
減るもんじゃないしー☆
引っ付くな!!
おわり