「ホントだ~僕のより大き~い」
「そうか?俺のがデカイだろ?」
後ろから覗きこみながら熊と牛が言う
宍蔵は、おもむろに巌のパンツを掴むと、そのまま一気にずり下ろした
「~~~~~~ッ!!」
見事に反り返ったモノを揺らしながら、巌の顔は真っ赤に染まっていった
「ふ~む…太さはお前さんのがあるが、長さはコイツの勝ちだな」
おめでとうと言わんばかりの満面な笑みを浮かべて宍蔵は巌に話かけた
「…そうかよ」
羞恥心と荒い息を押しころし、何とかそれだけ言うと、その場に座り込んだ
両腕を掴んでいた二人は、その手を離した
「チッ…つまんねーな」
負けた事が気に障る牛も、巌の背後に座り込んだ
「そんなしょげなくてもー」
熊が牛を気遣いながら隣に座る
しばらくその場を誰も動かなかった
全員、服を着るわけでもなく、ただ談笑していた
そんな中、ふと宍蔵が何かに気づき、呟いた
「おめぇ…全然萎えねーなぁ…」
宍蔵の言葉に、全員が巌を見た
宍蔵の言葉通り、巌のモノはあれからしばらく経っているにも関わらず、相変わらず天を向いている
この場には雄しかいない
ノンケならとっくに萎えていてもいい状況だが
宍蔵は、何も答えない巌に腕を伸ばし、巌のモノを掴んだ
「……~~~ッ!!……」
ドクドクと脈打つそれは、何かにすがるように甘い欲望の蜜を垂らした
宍蔵は何か考えながら布団に転がっていた犬を呼ぶ
呼ばれた犬は、宍蔵に何か耳打ちされ頷くと、そのまま巌に近より
巌のモノを喰わえた
「!!?お、おい!!!?///~~ッ!!!!」
巌は驚き立ち上がろうとするも、犬から与えられた甘美な快楽に、その場を動けなかった
宍蔵はそんな巌の様子を見て
「溜まったもんは出さなきゃ体に悪りぃんだよ。安心しな、コイツの口は一級品だ」
そう言いながらタバコに火をつけた
下に目をやると巌のモノをくわえたままの犬と目が合った
「ッ!!…俺が言いたいのは、くッ!そういう事じゃねぇ…!!んぐ!!…」
「往生際が悪りぃぞ?素直になれ、溜まってんだろ?」
煙を吐き出しながら巌を見る
巌は理性と欲望の間で迷い、逃げようとしながらも、押し寄せる快感と興奮に流され、尻餅をつきながら後ろへとヘタリこむ
舌と口全体が亀頭を包み、激しく上下に扱かれる
激しく扱かれたかと思うと、今度は優しく舌で舐め上げられる
裏筋から竿の根元まで、舌先でなぞる様に
繰り返しながら先走りと唾液の混ざった、 ち゛ゅくち゛ゅくと卑猥な音をと共に、
犬は更に激しく動いた
「う!・・・あぁ!・・ん・・ッ!!!」
自然と声が漏れる
久方ぶりに人とこうした行為に及んだからか、絶頂はすぐに訪れた
「~~ッああ!!!!!」
押し寄せる射精感にあがらう事も出来ず、そのまま犬の口内へと欲望を吐き出した
犬は動きを止め、吐き出された欲望の種を零さないように咥えこんだ
少しずつゴクリと喉を鳴らし飲み込んでいくものの、何度かの脈動と共に吐き出されるそれは、犬の許容量を超えたらしく、ついに口の端から溢れ、床にいくつものシミを作った
「はぁ・・はぁ・・」
肩で息をしながら、その場で仰向けに寝転ぶ
だらんと垂れたモノからは、まだ残っていた精液が糸を引いて床を汚した
犬はというと、一目散でトイレに駆け込んでいた
ゲホゲホとむせる声が聞こえる、
「スゲー量だなぁ~オイ!」
宍蔵が興奮気味に笑いながら言う
スゲーな・・アイツが飲み込めない量って・・、うんホントにね~
後ろから見ていた二人も驚きの表情で巌を見ていた
荒い息が整わず、何も言えない巌の上半身に腕を回し、横からそっと抱き上げる
「お前ぇ、まだ人と距離置いてたトコあっからなぁ、前ほどじゃねぇがな。飲んでても上の空になったりしてよ、どうにかしてやりてぇのが親心ってもんだ!」
巌の心の中を見透かしたように自信満々に喋る
どうにかの方法がおかしいだろと突っ込もうかと思ったが・・
宍蔵のゴツイ手が巌の頭を撫でる、子供をあやすように
いつもはフサフサした毛並みも、今は汗で湿気を帯びて小さく纏まっていた
「無理やりだったがな、気持ちよかったろ?」
牙を見せながらニィ~と笑う
この人には敵わないなと思いながら、まぁな・・と小さく微笑んだ
だろ?と笑う宍蔵
和やかな雰囲気が部屋を包む
「まぁな・・じゃないッスよ!!!」
いつの間にかトイレから出てきた犬がその空気を破り、吠える
「何スか!?あの量!どんだけ溜め込んだらあんなんなるンスか!?」
両手を握り締め熱く叫ぶ
その場に居た全員が呆気にとられた顔をしている
「そ・れ・に!!イクならイクって言ってくださいよ!!コッチだってあんなデカイの咥えんのやっとなんスから!!息続かなくて死ぬかと思ったッス!!」
部屋に犬の怒号が響く
「わ、わりィ・・・」
巌が何とかそれだけ言うと、犬はその場に座り込んだ
「はぁ~・・初めて全部飲めなかったッス・・」
残念そうに溜息をしながらうな垂れる犬
すると後ろから、お前の修行が足りねえんだよ、そうそう、と牛と熊
うんうんと頷く二人に
「うへぇΣ俺が悪いんスか!?」
驚く犬
宍蔵はガハハと大声で笑いながら
「そうだな!これも勉強のうちだ。いい経験になったろう?」
「そんなぁ~・・オヤカタまで~・・・・ようし!決めたッス!!巌さんの全部飲み込めるまで頑張るッス!!」
「お、俺かよ!?」
「決まってるッスよ!何せ俺の記録を破った人なんスから!ちゃんと修行につきあって貰うッスよ~!」
再び、巌のモノを咥えようとした犬の頭を、牛の腕が押さえる
「はいはい、今日は『お預け』な。ったく・・こういうことだけは熱心なんだからな」
「そうだねぇ~、仕事の方も熱心だといいんだけどね~」
熊が付け足すように言う
あうぅ~・・と情けない声を出しながら、お預けを喰らった犬はその場で腕をバタバタさせた
何だか、そのやりとりが可笑しくて
何だか、どこか懐かしくて
巌は思わず声を上げ、笑い出した
巌の声に応えるように全員が、声を上げて笑った
久しぶりに自分の笑い声を聞いた気がした__
その夜、いつもと変わらない、いつもの飲み会が開かれた
奧さんが隣の部屋で寝ている頃には
皆酔いつぶれ、狭い部屋で重なりながら寝ていた
宍蔵の、人一倍デカイいびきが響き渡る中
独り、巌は外へ出た
満天の~、とまではいかないが
晴れ渡る空には星が輝き
灯りを消した街を
月と共に静かに照らしている
持っていた缶ビールの蓋をあけると
階段の手すりに寄りかかりながら
空を見上げた
夜風が、火照った体を冷ましてくれた
口をつけようとした時
部屋から宍蔵がのそのそと出てきた
酒瓶を小脇に抱え、片手で頭を押さえている
足取りが、見るからに危うい
「あ?…なんだお前ぇ・・んなトコで飲んっ・・う~・・でやがったのか?」
巌の姿を見つけるとフラフラしながらも近寄ってきた
ようやく巌の隣まで来ると
同じように手すりに寄りかかり
そして、立っていられずにそのままズルズルと座り込んだ
持っていた酒を口に含むと
まるで灼熱の砂漠を旅してきたかのように、ノドを鳴らし一気に飲み干した
「…飲み過ぎなんだよ、ちょっとは考えろ」
呆れたように宍蔵を見て、巌も一口飲んだ
「いいじゃねぇか酒くらい!!明日の分まで飲んでんだよ!!」
「……んで明日も飲むんだろ?」
「あったりめぇだろ!!今日は今日!!」
もはや、何を言っても無駄らしい…
堂々と矛盾を押し通す宍蔵に、巌は会話を諦めた
星に手が届きそうだなと、ゆっくり手を上げ、やはり届かずに、その手を握った
「…お前ぇ…変わったな」
ふいに、宍蔵が話しかけてきた
相変わらず顔は赤かったが、眼は真っ直ぐに巌を見ている
いきなりだった為何のことか分からなかった巌は、視線だけを送り、また前を向いた
「・・俺が見つけた時はよ・・何つーか、ギラギラしてたっつーか・・他人を寄せ付けない、意思みたいなのがあったからよ・・」
また一口だけ、ぬるくなったものを飲んだ
「・・違ぇな・・他人と関わるのから逃げてるって感じだったな・・・」
巌は目を閉じて、隣にゆっくりと座った
静かな風が、木々と二人を撫でた
「・・そうだな」
自然に出た言葉だった
「・・・まさか、シモの世話までされるとは思わなかったがな」
宍蔵がニヤリと静かに笑った
「悪くねぇだろ?」
「・・・まぁな」
少しだけ微笑んで返した
宍蔵は、してやったりと笑っていた
巌は立ち上がり、手すりに体重を預けた
宍蔵に背を向け、街を見ていた
「アンタに出逢わなければ・・俺はあのまま野垂れ死んでたかもしれない」
独り言のように、静かに言った
「・・アンタには・・感謝してる」
宍蔵は、一瞬キョトンとした顔を見せるが
目を閉じ、どっこいせ・・と息をしながら重い腰を上げた
そして、まだ何か言おうとしている巌の背中に平手打ちを喰らわせた
「何水臭ぇ事言ってやがる!!!」
あまりの衝撃に、思わず持っていた缶を落としそうになる
「お前ぇはもう、俺の家族なんだ!お前ぇだけじゃねぇ、アイツらも!みんな俺の息子だ!!」
月と星だけが、静かに輝きながら、その様子を見ていた
「だから!・・遠慮なんてしてんじゃねぇぞ・・家族なんだからな、だろ?」
そう言って、笑った
皆が寝静まったアパートに、近所迷惑な宍蔵の大声が響き渡った
「・・・かなり酔ってるな?」
「なにィ~?まだまだこれからが本番じゃあ!!」
そう言うなり、空になった酒瓶をしっかり握り締めながら部屋に戻っていった
「おう!!お前ぇら飲みなおすぞ!いつまで寝てやがる!巌!お前ぇも来い!」
玄関のドアを開けっ放しにしたまま、また叫び声が聞こえた
巌は、預けていた体を戻すとゆっくりと足を踏み出した
「・・・結局・・言えなかったな」
誰に言うわけでもなく、そう呟く
ゆっくりと後を追って中に入り、戸を閉めた
「アンタ達ッ!!!いったい今何時だと思って騒いでんだいッ!!!?」
その場にいた全員残らず、重い衝撃を頭に喰らい
その日一番の叫び声が、断末魔の悲鳴と共に響き渡った
月と星達が輝きを増し、夜は更けていった
巌がここに来て季節が2回巡った
木枯らしが、冬の訪れを告げる時期
宍蔵は倒れた
数ヶ月前から調子が悪いと言っていたが、体だけが取り柄だと、夏の暑さのせいにして病院にも行かず、仕事も休まず出ていた
ある日、仕事中にイキナリ倒れ、緊急入院ということになった
本人は、なんでもねぇ!今すぐ退院させろヤブ医者が!と息巻いていたが、奥さんが許さずベッドに張り付けられていた
仕事帰りに交代で宍蔵の見舞いに行った
宍蔵が居ない穴を埋めるのは大変だったが、すぐそこまで冬が来ている
アパートの仲間全員でなんとか雪が降る前に作業を終えようと、みんな必死になって働いた
ほとんどの作業が終わり、いよいよ明日には完成、となったある日
仕事を早めに切り上げ、巌を含むアパートの住人全員で病院にいった
部屋が、以前巖が来た時と変わっていた
広い個室だった
奥さんと宍蔵だけがいた
少しだけ痩せたように見えた
巌達が入ると
「おう、お前ぇら!ぞろぞろ揃って来やがって!笑いにでもきたか?」
いつもと変わらぬ大声で、牙を見せながら笑う
持ってきた花とバスケットに盛られた果物を見るなり
おいおい、酒は無ぇのかよ!と憤慨している
着ている服以外、いつもと変わらない
その場にきた全員が安心した
「オヤカタぁ~、病院内で酒はマズイッスよ~」
先頭にいた犬がおどけた口調で言うと
「そうそう、またアパートに帰ってから~」
「早く退院しろよな」
熊と牛が続けた
「バッカやろう!医者が怖くて酒が飲めるか!大体、んなもん見つからなきゃいいじゃねぇか」
豪快に笑う宍蔵を見ながら、その場でみな笑う
「・・・今は早く治せよ、アンタが居ないと仕事が増えるんだよ」
後ろから、静かに巌が言う
全員がキョトンとした顔で巌を覗き込む
「な、何だよ・・」
視線が自分に向けられ、キョロキョロと挙動不審な行動になる巌に宍蔵はニヤニヤしながら
「ほう・・・巌に心配されちまうとはなぁ~」
気づけば全員ニヤニヤしながら巌を見ていた
「一番心配してたもんねー」
「心ここに在らず、って感じだったもんな」
「それでカナヅチで何回も指打ってんの自分見たッス!」
熊と牛と犬に茶化され、みるみる顔が紅潮していく
「/////あれは!!ッ!///・・・ちょっと余所見してただけだ!!」
真っ赤になり、尻尾をピンと空に向かって伸ばす
「巌さんって・・ツンデレなんスねー」
「誰がツンデレだ!!」
横から茶化した犬の頭に間髪入れず拳固を喰らわせると壁の方を向いた
「痛いッス~・・俺も入院しちゃいますって~・・」
未だそっぽを向いたままの巌を除き、全員が声を上げて笑った
「珍しいこともありやがる、こりゃ明日は雪かぁ?」
言いながら宍蔵も、声を上げて笑っていた
それから、部屋にあるイスに座りしばらく談笑していた
仕事の話、アパートで雨漏りしている所がある事、病院食はマズイだの、看護婦が美人だの・・・
さすがに奥さんから引っ叩かれていたが・・・
気がつけば、外は日が沈み、暗闇が覆っていた
時計に目をやると、もうすぐ19時半
この病院は20時に正面玄関を閉めるため、付き添いで泊まる人以外はそれ以降面会は出来ない
巌達は、明日も仕事があるし、この辺でお暇しようと立ち上がった
「じゃあ、オヤカタ!また来るッス!」
おう!と短く言うと、宍蔵に背を向けた
「お前ぇらッ!」
呼ばれて、全員が、帰りかけた足を止め振り返る
宍蔵は真剣な眼差しで全員を見つめると
「・・オヤカタじゃねぇ・・俺は!・・・お前達の親父だッ!!お前ぇらがどう思おうかは知らねぇがな・・お前ぇら全員・・俺の息子だッ!・・どこへ出してやっても恥ずかしくねぇ!俺が鍛えたんだからな!!俺の自慢の息子達だ!!!」
全員を睨む様に見つめ、そして続けた
「だから・・・俺が居なくても、中途半端な仕事すんじゃねーぞ・・!・・胸張って!!・・最期までやり遂げろッ!!」
「「「「「「おう!!!」」」」」」
全員頷き、病院だということも忘れ、大声で返事をした
その返事を聞き、ニヤリと笑う
「行ってこいッ!!」
宍蔵に見送られ、そして、宍蔵に背を向け、歩き出した
巌は一度振り返ると、宍蔵は牙を剥き出して笑い、ガッツポーズを作って見せた
小さく微笑んで巌も背を向け、歩き出した
それが、巌が、最期に見た、宍蔵の笑顔だった
雪を待たずに
宍蔵は亡くなった
巌達が訪ねた翌日の朝だった
一面の曇天が朝から広がっていた
早朝に奥さんからアパートに電話があった
連絡を受けた犬が、泣きながら、電話の内容を皆に告げた
何を言っているのかわからなかった
理解できなかった、いや、したくなかったのかもしれない
ただ、泣き叫ぶ声と朝だというのに見えない鈍い光が
巌の肩に重く圧し掛かった
宍蔵の願いから作業を中断してまで来るなと告げられ、皆仕事を終わらせるまでは誰も持ち場を離れなかった
そして、無事に完成した家
みんなで建てた家
だが、完成を喜ぶ宍蔵の姿は、そこには無かった
巌達は、そこに住むことになる依頼人と会うことなく、代理店の人に後の処理を任せ、アパートへと向かった
降り出した小雨
体温が奪われる冷たい、凍りつくような雨
体中の毛が纏わりつく
誰も傘もささず、ただ目的地まで足早に歩いた
心臓の音が熱く、早く聴こえた
もしかしたら、嘘なんじゃないか?俺達を驚かせようとしてるんじゃないか?
それは願いだった
何かに縋る願い、そうであって欲しいという願いだった
だが願うにしては、あまりに暗く、重く、凍える雨だった
アパートが見えた
皆、思わず走り出した
視界に入る、1つだけ、明かりの灯った部屋
足元で跳ねる水達に構うことなく、その部屋に向かって走った
先頭の犬がドアの前で止まった
荒い息をしながら、目の前の部屋に手を伸ばす
ドアノブを回す手が僅かに震えていた
部屋には、こちらに背を向け座る猪獣人の女性と、女性の目の前には白い布団が敷かれていた
布団の上には、誰かが横たわっていた
顔は白い布がかけられている為、誰かは見えなかった
皆が狭い玄関に押し寄せると「おかえり」と短く、女性がこちらに微笑んだ
立ち止まっている皆をかき分け、巌は中に入る
ふらふらと、靴も脱がずに、横たわる何かを目指して
そして、白い布をゆっくりと引っ張った
願いは___届きはしなかった
「・・・なぁ・・アンタ・・いつまで寝てんだよ・・」
震える手が顔に触れる
「・・冗談・・なんだろ・・?・・何・・で・・こんなに・・冷たくなってよッ!・・!!」
何かが落ちた
流れ出したそれは、現実のものとなり、冷たくなった顔に落ち、乾いた毛を濡らした
「・・・また、・・皆で・・酒呑むって・・アンタ言ってた・・だろ・・?・・・・何とか言えよ・・ッ!言ってくれよッ!!!なぁ!?!!!」
白い服に包まれた胸倉を掴もうとしたところを、後ろから慌てて駆け寄った牛と熊に止められた
そして、その場に崩れ落ちた
現実を直視出来なくて、目を塞いだ
「・・・俺はッ!!・・まだ・・アンタに!・・・何も・・ッ!!」
溢れ出たものが、頬を伝う
「・・・あり・・がとうって!・・・言えてな・・かったのにッ!!!」
温かな雫は
集まり
流れとなり
零れ
そして、堕ちて
弾けて
儚く散った
「・・・親父ッ・・・!!!!!」
いつからか雨は
雪へと変わり
空から舞い
地を染めた
冬の到来を告げたそれは
ゆっくりと、少しずつ
落ちていく
白に覆われた街は
全てを守るように
温かく、優しく
色を失った
雪が融け、厳しい寒さも和らぐ季節
まだ蕾だが、薄っすらと薄紅色に染まる花が
もうすぐ春の訪れを告げていた
色を取り戻した街は、小さな鳥や虫達に彩られていった
「おい、これはどうすんだ?」
アパートの2階の部屋から顔を出すと、持っていたダンボール箱を、下から見える位置まで持ち上げた
「それもッス~、お願いしまッス!」
へいへいと言いながら、ダンボールを持って階段を下る
軽トラの荷台に隙間なく積まれた物達、その上に箱は乗せられた
犬がビニール製のカバーを持って近寄ってくる
「それで全部ッスね!」
荷台に被せながら、フックでカバーを固定していく
その様子を巌はただ見ていた
後ろから猪の女性が何やら荷物を持って近寄ってきた
犬は作業を終えると、二人の方を向き姿勢を正した
温かな日差しが街を射し
少しだけの静寂が三人を包む
それは一瞬のことであったが
巌にはとても長いように感じた
「お世話になりました!」
静寂を破ったのは犬だった
二人とアパートの方に向かい頭を下げる
深々と、姿勢を崩すこと無いまま
「向こうでも、元気でやんな」
女性が声をかけると、頭をあげ、はい!と返事をする
宍蔵が亡くなった後、住人達は次々とアパートを去った
新しい目標に向かっていく者、故郷でやり直す者
理由は様々だったが、皆それぞれの道へ歩きだしていった
牛と熊も、先月、北海道で二人で暮らすと出て行った
熊の実家の農場をやるらしい
埋まっていた部屋も、今は3つ表札があるだけだった
そして今日
自分が育った孤児院で働くことになった犬が
田舎の、生まれ故郷へと帰ってゆく
女性が持っていた紙袋を手渡す
犬がそれを受け取ると
「道中食べな、くれぐれも飲みすぎるんじゃないよ?」
中には数本の酒と、タッパーに入った煮物、まだ温かいおにぎりが入っていた
「ありがとうございまッス!俺、この煮しめ大好きッス!」
満面の笑顔で応えるその光景を、巌は何か眩しいものを見るように
目を細め、じっと見つめていた
助手席のドアを開け、渡された紙袋を乗せる
扉を閉める音が、巌の耳に残った
「・・・もう、行くのか・・?」
重く閉じた口から、絞り出すように
「・・はい!・・巌さんも、お元気で!」
「・・気をつけて行くんだよ?こっちに来ることがあったら顔見せな!」
女性は犬の背中をバシッと叩くと、後を押すように送り出した
痛いッスよ~と冗談を言いながら、運転席に乗り込む姿を巌は黙ってみていた
エンジン音が鳴る
やや五月蝿いそれは、静かなアパートの前で力強く響いた
窓を開け、二人を真っ直ぐ見つめる瞳
今の太陽のように、少し眩しくて
きらきら光って見えた
思わず、巌はまた目を細めた
「・・・じゃあ、・・また!」
「・・あぁ・・」
「・・またね・・!ちゃんとやるんだよッ・・!?」
その『また』は、もう、二度とないであろう事を知りながら
それでも女性は口に出した
二人に手を振りながら、車はゆっくりと遠ざかった
五月蝿かったエンジン音が遠くなり、やがて見えなくなった
見えなくなるまで、残された二人は
その先を真っ直ぐ見ていた
春の柔らかな太陽が
その道を照らしていた
少しだけ
残った排気ガスの匂いは
青々とした葉の囁きと共に
ゆっくりと消えていった
「・・行っちまったねぇ・・」
「・・・・あぁ」
振っていた手を止め、二人はその場に立ち尽くしていた
「・・・アンタは?」
相手の方を向くでもなく、ゆっくりと話す
「・・・・・俺は」
そこまで言って、空を仰いだ
太陽が天高くで輝いていた
眩し過ぎるそれに、目がくらんだ
蒼い空を見つめることが出来ずに
また消えていった何かを追うように遠くを見る
「・・・そうかい」
下を向き少し微笑む
静けさを取り戻した住宅街で
柔らかな風が体中の毛を撫でた
「さ!洗濯日和だよ!?アンタも手伝いな!」
隣の背中を思いっきり叩くと、身を翻しアパートへと歩き出した
「痛ぇな!・・・おい!」
言ったところで、当の本人はとっくに離れたところにいた
ほら、グズグズすんじゃないよ!
・・へいへい・・・・人遣い荒いババアだなホント・・
聞こえてるんだよ!早くしな!
そんなやり取りをしながら
二人は、アパートへと戻った
吹き抜ける風が
これから、暖かな季節の訪れを
確かに告げていた