くもり、のち、晴れ 1

  

  『ありがとうございましたー!!』

  

  鬱陶しいくらいの元気な店員の挨拶を背に、力無く自動ドアをくぐった

  

  

  

  外は初夏の太陽が照りつけ、これから気温も上がるのだろう

  

  通りを見れば、サラリーマンの方々が今日は何を食べようか?などと束の間の休息を楽しんでいる、

  

  そんな昼下がり

  

  1人の男が、今しがた出てきた店の前で大きな溜息をついていた

  

  「ハァ~・・ヤメときゃよかったな・・・」

  

  

  

  男は、うな垂れたままポケットに手を突っ込んで、出てきた小銭に目をやる

  

  「いち・・に・・・・・・184円・・」

  

  今時、小学生のお手伝いでももっと貰えるであろう金額

  

  また深い溜息をつきながら、出てきたパチンコ屋を恨めしそうに見上げる

  

  

  無造作に小銭をポケットに突っ込み、タバコを取り出し

  

  最後の1本であったソレに火をつけ、とぼとぼと歩き出した

  

  「ヤベぇ・・家賃どうすっかなぁ・・あの猪ババァ、また部屋の前で待ち構えてんだろーな・・3ヶ月ちょ~っと遅れただけでうるせーしなぁ・・・」

  

  3ヶ月も滞納されたらどこの大家もそうすると思うが。

  

  1ヶ月汗水流して稼いだ給料を、わずか数時間で使い切った男は

  

  

  

  まぁ何とかなんだろ・・とりあえず帰っか

  

  ・・これである

  

  男はタバコを地面に捨て、足でガシガシ踏みつけた

  

  空は晴れ渡り、男の心情とは真逆の青空だった

  

  

  「だり・・天気にも裏切られてんな・・」

  

  「また仕事・・探さねーとな・・・」

  

  

  ハァ~・・とまた溜息をつくこの男

  180センチ以上ある背丈に

  薄汚れた作業用のつなぎを着て、頭には白いタオルを巻いている

  チラリと見える胸元は、白い毛で覆われ

  捲くり上げられた筋肉質な腕からは、黄色と黒の毛並み

  タオルの隙間から覗く耳の毛も黄色い

  腰の下から伸びた尻尾は太く長い、これも黄色と黒の毛並みをしている

  

  大柄で厳つい虎獣人であった

  

  東谷巌(いわお)

  36歳、今は独身 ノンケ

  現在は土方の仕事や、何でも日雇いの仕事を探しては

  ギャンブルや酒に遣う毎日である

  

  高校までは実家に暮らしていたが

  高3の時に両親を事故で亡くし

  元々勉強嫌いな為、進学はせず、都会の中小企業に就職

  以後独り暮らし

  

  人付き合いは良く、荒っぽいが誰からも好かれ

  交友関係は広かった

  都会に出てきてもすぐに馴染み、友人も出来た

  飲み会の席で知り合った女の子に一目惚れ

  以来猛烈なアプローチをかけ続け

  初デートで決死の覚悟のプロポーズ

  玉砕することなく結ばれ、一人の子宝に恵まれる

  以後娘と嫁とで安アパートに3人暮らし

  豪勢な暮らしでは決してなかったものの

  それなりに幸せに暮らしていた

  充実した日々だった

  

  

  

  ・・3年前までは

  

  

  

  

  

  

  「・・・あの日もこんな天気だったな・・・」

  

  

  

  目を細め、まぶしそうに空を見上げた時

  

  グウぅぅぅ・・と無常な腹の虫が不快な音を奏でた

  

  「・・冷蔵庫、カラだったよな・・・」

  

  現実に引き戻される

  

  また、何度目とも分からぬ溜息をついた

  

  

  

  

  空は一面に晴れ渡り、男の心情とは真逆の、綺麗な青空が広がっていた

  

  

  晴れ渡る空は嫌いだ

  自分がちっぽけなモノだと再認識させられる

  

  青空は嫌いだ

  その透明感溢れる蒼に

  

  

  ___自分が染まる事が出来ないから

  

  

  

  

  

  人は生まれながらに罪を犯していると誰かが言っていた

  

  存在自体が罪だと

  

  ならば、その罪を償う方法は存在するのだろうか?

  

  人は、その罪すら気づいていないのに

  

  

  犯罪を犯した人間は刑務所に服役をして罪を償う

  

  だがそれは、所詮、人が作り出した『ルール』に過ぎない

  

  人が作りだした、人の為の、ルールである

  

  加害者と被害者、その両者に押し付けるだけの

  

  決してイコールにはならないルールを

  

  

  どんなに頑張っても、願っても

  

  届かない、叶わない事を

  

  運命という言葉で片付けられたなら

  

  どんなに楽なのだろうか

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  人通りの多い繁華街を独り歩く

  

  タバコを咥えようと、ポケットをあさるが

  

  無常にも何も入っていない箱が出てきただけ

  

  カラになった包みを握りつぶし、近くにあったコンビニのゴミ箱へ放り投げる

  

  適当な放物線を描いたソレは、元の持ち主の思惑に反し、ふちに当たり道端に転がった。。。

  

  

  

  

  

  「おにぃ~さん☆」

  

  背後からイキナリ声が聞こえた

  

  巌は、自分には関係ないと思ったのか、ただ単に気づかなかっただけなのか

  

  歩幅もスピードも変えず、そのまま歩いていた

  

  「おにぃさんてば~!」

  

  流石に2度目ともなると、自分に向けられているのがわかったのか

  

  

  

  振り返ると、満面な笑みでニコニコしている犬獣人がいた。

  

  歳は男より下であろう

  背も男より10センチくらい低い

  幼さがまだ残ってはいるが、整った顔立ち

  灰色の毛並み、腹部だけが白く

  それを露出させた青いアロハシャツにジーンズという

  平日の、まして、日中のサラリーマンが行きかう大通りには場違いな格好

  

  

  

  「はいコレ☆おにぃさんのでしょ?」

  

  ニコニコと笑顔を崩さない犬獣人が差し出した手のひらには

  

  先ほど男が放り投げて入らなかったタバコの包み

  

  「ダメだよぉ~?ゴミはゴミ箱に、ちゃんと捨てなきゃ☆」

  

  正論だが、明らかにゴミだと思われるソレを

  

  わざわざ届けに来る辺り

  

  嫌味で喧嘩を売っているのか、単なるバカか

  

  

  巌は厳つい男である

  

  凄めばその辺の輩は避けて通る

  

  腕っ節は強く、喧嘩では負けたことが無い

  

  

  

  

  そんな巌に話しかけてきた若者、まだニコニコしている

  

  差し出された物を投げつけるわけでもなく

  

  押し付けるわけでもない

  

  ただ、巌の反応を待っている

  

  どうやら前者ではないらしい

  

  メンドクサイ上に意図が読めない

  

  単なる注意なら、こんなにヘラヘラしないだろう

  

  

  これ以上コイツに関わりあいたくないのか

  

  差し出されたゴミを乱暴に犬獣人の手のひらから奪い、

  

  それを強引にポケットに押し込み、また無言のまま背を向け歩き出した

  

  「あっ☆待ってよ~!!」

  

  無視だ無視!ホント今日はロクなことが無ぇ!

  

  

  その場を離れようとする巌を追いかけるように、犬獣人も歩き出した

  

  

  

  

  

  

  数百メートル歩いただろうか・・

  

  巌がチラリと振り返ると、そこにはさっきの犬獣人がいた

  

  最初に見た時と変わらず、ニコニコと

  

  目が合うと

  

  やっほー☆と言わんばかりに手を振ってきた

  

  チッ・・と軽く舌打ちをしながら見なかった振りをし今度は足早に歩き出した

  

  男の歩調に合わせて、犬獣人も歩みを速める

  

  

  気になって振り返るたびに犬獣人の姿はあった

  

  なんでついて来てんだよ!

  

  悪態をつきながら

  

  足早に狭い路地を何度も抜けた

  

  普段の帰り道とは違う、明らかに遠回りをしながら

  

  

  昔なら何らかの会話をしていただろうが

  

  今の男は、極端に、人との関わりを避けていた

  

  あの若者から逃げているのではない

  

  自分に関わろうとする、全ての人から逃げていた

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  大きな交差点の信号を、巌は肩で息をしながら待っていた

  

  「ハァ・・ハァ・・ハァ・・・・撒いたか?・・・」

  

  走ったわけではないが、かなりの距離を動く羽目になった

  

  息を整えながら、周囲をキョロキョロ見渡す

  

  先ほどの犬獣人の姿は見えない

  

  「はァ~・・」

  

  大きく息を吐くと、ぼんやり空を仰いだ

  

  

  いったい・・・

  

  「いったい何だったんだ?アイツは、って顔してるね☆」

  

  その声に驚き、バっと横を見ると

  

  撒いたと思っていたの犬獣人が横に立っていた

  

  「もぉ~・・イキナリ速くなるんだもん、焦っちゃったよ☆」

  

  「なッ!」

  

  状況が飲み込めず、それ言葉が出ない巌をよそに

  

  「あ、それと俺、お前じゃなくて、磯島健吾って名前があるんだから~ケンでいいよ☆」

  

  よろしくね~☆と、またニコニコと笑っている健吾と名乗る若者

  

  そのあっけらかんとした反応と言葉遣いに

  

  巌は拳を握り締めながら、ワナワナと震えていた

  

  「でも逃げなくてもイイじゃ~ん・・こっちは用事があったのにサ☆」

  

  「あ、色んな抜け道知ってるんだねぇ☆楽しかったよー」

  

  

  「~~~何なんだ!!お前は!!!俺にゃお前に用事なんて無ぇよ!!」

  

  近くに鳥でもいたら、驚いて全部飛び立ってしまうような巌の大声が響き渡った

  

  だが、ここは鳥が囀る森ではない

  

  交差点である

  

  信号待ちをしている人のど真ん中での怒号

  

  イライラが頂点に達したらしい巌の声が響き渡る

  

  道行く人、信号待ちをしている人、誰もが振り返る

  

  巌もしまった!と思ったが、もう手遅れ

  

  皆何事かとザワザワしている

  

  

  やっちまった・・と気まずそうにしている巌の横で

  

  「あ~!何でもないデス何でもないデス☆」

  

  手をぶんぶん振り、周囲にアピールする健吾

  

  「ほら☆おにぃさん行こ行こ☆」

  

  巌の手をぐいっとつかみ、その場を去ろうと引っ張った

  

  「あっ!お、おい!」

  

  「いいからいいから☆騒ぎが大きくなったら面倒でしょー?」

  

  元はお前のせいだろ・・と内心思ったが

  

  この状況、この場を去りたいのは巌も一緒であったので

  

  言われるがまま、健吾について行くことにした

  

  

  「それにー☆」

  

  巌が歩き出したタイミングを見計らったかのように

  

  腹から、ぐうぅ~・・・と食べ物を催促する音が響いた

  

  「お腹すいてるんでしょ?近くに美味しい店があるんだよねー」

  

  ごちそうするよ☆話はソコで、ね?と

  

  軽くウインクする健吾

  

  

  

  巌は、くっ・・!と奥歯をかみ締めながら

  

  恥ずかしさと気まずさで俯いたまま

  

  逃げ出すことも出来ず

  

  嬉しそうにしっぽをぶんぶん振っている

  

  仕方なく目の前の健吾のあとを追って歩いた

  

  西の空に、雲が見え始めた

  

  

  

  

  

  

  

  

  扉を開けると、チリンチリンと、来客を知らせるベルが鳴った

  

  健吾に連れてこられた店、裏通りのさらに奥

  

  普段この町で生活していても、なかなか気づかないであろう場所に

  

  その店はあった

  

  概観は、今流行のカフェではなく、いわゆる昭和風の喫茶店

  

  店内は、天井から吊るされたぼんやりとした照明で薄暗く

  

  ボサノバの音楽が絶え間なく流れている

  

  それほど広くは無い店には、4人がけのテーブルが2つ

  

  カウンター席が8席ほど

  

  店の奥にはジュークボックスがあった

  

  ワインのボトルが並べられたカウンター内には

  

  店主だろうか?白い髭を生やした山羊獣人が

  

  コップをキレイに拭いていた

  

  まるで、この店だけ時間が止まっているような雰囲気があった

  

  

  「おや、いらっしゃい健吾くん」

  

  「やっほー蓮造さん☆ご飯食べにきたよー」

  

  知り合いなのだろうか、蓮造と呼んだ山羊獣人の前の

  

  カウンター席に健吾は座った

  

  「ほら早く早く!座って座って☆」

  

  隣の席をバンバン叩いて催促される

  

  「あ・・あぁ・・」

  

  昼時を過ぎているからだろうか、俺たち3人以外、店内には居ない

  

  

  「さ、何食べる?なんでもイイよ☆好きなの選んで!マスターの作るのは何でも美味しいから☆」

  

  「ははは、そりゃどうも」

  

  りっぱな眉と髭を蓄え、中年を過ぎた初老のマスターは

  

  目を細めながら、氷水を2つ、目の前に置いた

  

  

  健吾からメニュー表を渡される

  

  上から下までメニューを見てみたが、やはり喫茶店のように軽食が多い

  

  あまり深く関わり合いになりたくはないが、やはり腹が減っては何とやら

  

  半ば強引に連れて来られたのだ、食えるだけ食っとこう

  

  「えーっと・・じゃあオムライスとナポリタンを」

  

  メニュー表の中で目に付いたモノを適当に選んだ

  

  

  「はいよ・・じゃあちょっと待ってて」

  

  そう言うと、蓮造と呼ばれたマスターは店の奥に消えていった

  

  「この店、蓮造さん1人でやってるから、混んでるときは来づらいんだよね~良かったすいてて☆」

  

  なるほど、確かに1人で調理から全部やるのは大変だろう・・・ってそうじゃない!!

  

  何かを思い出したように、巌は水の入ったグラスを飲み干すと、一旦呼吸を整えてから健吾に話しかけた

  

  

  「お前・・、何で俺をつけ回してきたんだ?」

  

  

  コイツとは面識も無い

  

  俺が捨てたゴミをわざわざ拾って届けに来て

  

  かつ、その後つけ回し、メシをおごるという理解不能な行動

  

  当然の疑問だった

  

  しばしの静寂の後、巌の目を見ながら

  

  「う~ん・・一目ぼれ、かな☆」

  

  満面の笑みで答える健吾に

  

  巌の疑問は解決することなく、更なる疑問で埋め尽くされた

  

  「・・は?・・・・えっと・・・聞き間違い・・だよな?・・」

  

  こんなオッサンを捕まえて、一目ぼれだと?

  

  いやいや、それ以前にコイツ、男じゃねーか!

  

  「間違えてないよー?何かパチンコ屋の前でしょんぼりしてんの見かけてー・・・」

  

  「ビビビッ☆っときちゃいました☆」

  

  得意げにウインクしてくる健吾を見て

  

  ・・・なるほど同情か

  

  軽い頭痛が巌を襲った

  

  大方、金の無さそうな獲物を見つけての暇つぶし・・

  

  そんなとこだろ・・

  

  それ以上の回答を諦めた巌のもとに、マスターが料理を運んできた

  

  

  

  今時、ふわとろではないオーソドックスなオムライス

  上にかかっているのも、デミグラスではなくケチャップ

  

  鉄板の上に盛られたナポリタンには、細く切られたピーマンと玉葱、ベーコンが見える

  

  

  いわゆるフツーの・・

  どこにでもあるようなモノだった

  

  

  

  「はい、お待ちどうさん ごゆっくり」

  

  それだけ言うと、マスターは店の奥へと消えていった

  

  

  

  とりあえずコイツはこの際忘れて

  

  食うの食ったらオサラバしようと

  

  目の前の料理を口に運んだ

  

  

  「・・・・うめぇ・・・」

  

  

  思わず、そうつぶやいてしまった

  

  「でしょー!!おいしいって言ったじゃん☆」

  

  

  「あ、あぁ・・」

  

  何か、懐かしさを感じる

  

  昔食べたことのある、何かを思い出させる

  

  そんな料理だった

  

  

  

  それ以上、会話することもなく、ケンは

  

  巌が食べるのをじっと見ていた

  

  大切なものを見るように

  

  そんな視線を感じることなく

  

  巌は、それらをキレイさっぱり平らげた

  

  

  

  「ふぅ・・」

  

  夢中で食べたからであろうか

  

  額には薄っすらと汗が浮かび、所々の毛が湿り気を帯び、まとまっている

  

  

  頭に巻いていたタオルを取り、無造作にとなりの席へ置く

  

  満腹感が襲い、しばらく動けなかった

  

  

  「もっと味わってゆっくり食べればイイのにー・・」

  

  

  ぶつぶつ不満そうな健吾

  

  暇つぶしにならなかったか?少しゆっくり食えば良かったかと巌は思った

  

  

  

  ふとケンが何かに気づいて巌に話しかけた

  

  「ねえねえ、ご飯つぶ・・顔についてるよ?」

  

  それほどまでにがっついてたどろうか?

  

  手で触ってみるが、なかなか見つからない

  

  もっと上だよー、違う、もっとみぎー

  

  などと、ケンが案内をして手探りで探すも、当人には発見できない

  

  「もう!取ってあげるからジッとしてて!」

  

  健吾に言われ、思わず、お、おう・・と押し黙ってしまう

  

  

  

  

  マスターは店の奥

  

  他に誰も居ない店内で

  

  

  

  健吾は、巌に近づき

  

  

  

  

  そのまま、キスをした___