オオカミくんとトラくんとライオンくんの物語

  「おめでとうございます!!旅行券プレゼントです!!」

  

  「えっ…」

  

  僕は女性の甲高い声と鳴り響くベルの音に驚いて思わず目の前の女性を見つめてしまった。すると、女性はにっこりと僕のことを見つめた。

  

  僕は慌てて視線を下に向けてしまった。通りすがりの人たちが僕を見ているような感じがして何だか恥ずかしい気持ちがしたからだ。

  

  女性はそれを察してか、僕に優しそうな声をかけてから、そっと旅行券を手渡してくれた。

  

  商店街で買い物をしてもらった福引券。仕事帰りに何気なしに福引きを引いてみた。何も期待をしていなかったけど、旅行券を当てるなんて僕は運が良かったようだ。

  

  僕はドキドキしながら家路についた。

  

  

  

  「旅行券かあ…」僕は手にした旅行券を見ながら呟いた。

  

  家に帰ってから中身を見てみると、10万円分相当の旅行券が入っていた。僕にとってはかなりの高額だ。

  

  誰かを誘って旅行に行くのもいいかもしれない。そういえば、学生時代にはよく行った気がする。僕の脳裏に古い友人たちの顔や旅行にまつわる思い出がパッと思い浮かんだ。

  

  仕事、終わってるかな…。

  

  僕はスマホの着信履歴から電話をかけた。何回かコールが鳴った後にその相手の弾んだような声が聞こえてきた。

  

  「おう。どうしたよ、オオカミ。久しぶりだな!」

  

  「あっ、ライオンくん。今、時間は大丈夫かな。ちょっと話があるんだけどさ…」

  

  「ちょうど、休憩中だったんだよ。で、どうした?」「えっとね…」

  

  僕はライオンくんに経緯を簡単に話した。

  

  「今月末の月曜日が休みの3連休なら平気かなって…どうかな」

  

  「おう、多分、まだ予定もそんなになかったはずだ。まあ、あっても予定を調節しておくからいいぞ。で、トラも誘うって言ってたけどよ、トラにはまだ電話してないのか?あいつ、絶対に喜ぶから早くしてやれよな」

  

  「うん。これから電話するよ」

  

  「そっか。んじゃ、トラから返事をもらったら連絡くれよな」

  

  「うん、分かった。じゃあ、忙しいところありがとう」

  

  「良いって、良いって。んじゃな!」

  

  「うん」

  

  普段から忙しそうなライオンくんから二つ返事で旅行に行けるって返事が返ってきたことが僕は嬉しかった。そんな嬉しい気持ちを抱いたまま、僕は続けざまにトラくんにも電話をかけた。

  

  「…うん、そうだね」

  

  「…ライオンくんにも声をかけてあるよ」

  

  「…えっと、詳細は後で話せばいいかな?うん、分かったよ。じゃあね」

  

  トラくんからもすぐに快諾を得ることが出来た。

  

  3人で旅行に行くだなんて学生時代以来だろうか。でも、大人になってからも遠足の前日みたいに嬉しい高ぶるようなこの気持ちは変わらないんだなって思った。

  

  あの頃はライオンくんが企画をしてくれて、僕とトラくんが内容を決めるような感じだったような気がしたなあ…。

  

  僕が企画することもあったけど、みんなが楽しんでくれるのかが心配で眠れなかったこともあったんだよね…。何だか懐かしいな。

  

  そんなことを思いながら、僕はパソコンを起動させた。

  

  

  

  それから1週間。

  

  旅行のパンフレットを取り寄せて、問い合わせをした結果、温泉旅行に行くことにした。

  

  僕はパンフレットを眺めながら旅行の行程を頭の中で思い描いてみた。

  

  まずは、新幹線に乗って目的地の温泉街を目指す。出発はゆっくりで新幹線の中で昼食を食べる感じだ。

  

  温泉街に着いたら、ちょっと観光をしてすぐ近くの老舗の旅館に1泊。温泉と豪華な食事を楽しめればなって思う。

  

  翌日はのんびり起きて自由行動にする感じにしよう。観光をしてもいいし、温泉に入るのもいい。

  

  何だか想像しただけでも楽しくなるような気分だ。

  

  すでに新幹線のチケットと旅館の予約は済ませてある。後は当日を待つだけだ。でも、旅館の予約を取ることが出来て良かった…。シーズンオフというのも理由としてはあるけど、たまたま旅館に空きがあって良かったな。

  

  僕はトラくんに電話をかけて旅行の詳細を伝えた。

  

  「…という感じなんだけど、どうかな?」

  

  「やっぱ、こないだ話をしていた通りに温泉か。たまには良いんじゃねーの?日頃の疲れを癒さねーとな。でもよ、お前にしては行動が早いじゃねーか」

  

  「うん。予約取れなかったらどうしようかなって思って…。でも、行きたい旅館に空きがあったから良かったよ」

  

  「そっか。日頃の行いがいいからだよな。まあ、どんな旅館かも含めて旅行を楽しみにしているからよ」

  

  「うん、期待して待っててもらっても構わないよ」「いい返事だな。じゃあ、当日にな!」

  

  「うん、またね」

  

  後は旅行当日を待つだけだ。病気とかしなければいいんだけどなあ…。無理はしないようにしよっと。

  

  

  

  旅行当日。

  

  目が覚めたのは午前6時。昼に新幹線に乗ればいいのにちょっと早く目が覚めてしまった。理由はシンプルなものだと思う。楽しみで仕方ないからだ。

  

  仕方がないから、僕はボストンバックに入った荷物の確認をすることにした。備えあれば憂いなしだからね。

  

  着替え、タオル、ビニール袋…ひとつひとつを確認していったけれど、昨夜確認した通りに万全のようだった。

  

  そうだ。

  

  トラくんから良いものを貰ったんだった。時間があるからこれでパンを作ろう。

  

  実は昨日から生地を寝かせていた。もし、早起き出来なかったら諦めようとは思っていたけど、予想通りに早く目が覚めてしまったからね。僕は冷蔵庫から『それ』を取り出すと台所に立って準備を始めた。

  

  みんな、喜んでくれるといいな…。

  

  

  

  駅のホームはそれなりに混雑をしていた。新幹線専用の改札付近で待ち合わせをしたけれど、三連休の初日だけあって同じように待ち合わせをしている人が多い。

  

  パン作りに思った以上に時間がかかってしまった。ちょっと夢中になり過ぎて時計を確認するのを忘れていた。慌てて来てみたけど、どうやら僕は1番乗りみたいで安心した。

  

  僕は音楽を聞きながらそれとなく辺りを見渡した。まだ時間には幾分早いからのんびり待つつもりだったけど、突然に「オオカミ!」と僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。

  

  「おっ、けっこう早いな。一番乗りの予定だったんだけどよ」イヤーフォンを外しながら近付いてきたのはボストンバッグを片手にダウンジャケットを格好良く着こなしたライオンくんだった。

  

  「僕が新幹線のチケットを持っているからね。遅れるわけにはいかないよ」

  

  「はは…そうじゃなくたって遅刻はしねーだろ?あらかた、今日の朝だって随分と早起きしたんじゃねーの?」

  

  「うん、その通りだよ」

  

  僕は見透かされたようでちょっと恥ずかしかったけど素直にそう答えた。

  

  「さて、トラは時間通りかちょっと遅れるかだよな…。じゃあ、おれは飲み物でも買ってくるな。お前は何か飲むか?」

  

  「うん、じゃあ…お茶がいいかな」

  

  「おう」

  

  

  ライオンくんが姿を消すと、入れ替わるかのような形でトラくんがやってきた。いつものバスケット選手が着るようなユニフォームに軽く上着を羽織っている格好をしていた。トラくん、寒くないのかな?

  

  「よっ。後はライオンだけか」

  

  「あっ、ライオンくんは飲み物を買いに行ってて…。それより、寒くないの?」

  

  「おれは猛獣だぜ…?猛獣は毛皮を着ないだろ?」

  

  「そ、それはそうかもしれないけど…」

  

  やけに猛獣アピールするよなあ、トラくんって…。僕もそれくらい強気の方がいいのかな…。

  

  トラくんと一緒にいるとそう思うな。

  

  「おっ、トラも着いたか!」

  

  背後からライオンくんの明るい声が聞こえてきた。

  

  「おー、ライオン!」

  

  「トラ、お前にも茶だ。ほら、こっちはオオカミの分だ」

  

  「ありがとう、ライオンくん」

  

  「じゃ、行こうぜ」

  

  僕たちは改札を抜けて駅のホームへと向かった。

  

  途中、構内でお弁当屋さんを見つけた。トラくんが立ち止まってお弁当眺めている。どうやら買う気満々らしい。「おっ、旨そうなのが並んでるじゃん。買っていこうぜ」

  

  「そうだね。ライオンくんはどうする?」

  

  「おれも買うよ」

  

  ライオンくんもお弁当を眺めながら弾むような声で答えた。

  

  「猛獣の皆さん方にオススメのお弁当もありますから、どうぞそちらもご覧になって下さい」

  

  白い調理着を着た大柄のサイさんが低い声だけど優しそうな口調で僕たちに声をかけてきた。

  

  その太い腕の先には他とは明らかにサイズの違うお弁当が並んでいた。どれも大きくて肉類が目立っているような感じだ。

  

  「えっと『牛豚鶏羊肉ボリュームたっぷり弁当』ねえ。牛肉の厚めなステーキに豚のしょうが焼き、鶏の唐揚げ、ジンギスカンか…こりゃ腹に溜まるな」

  

  ライオンくんが両手に抱えるほどの大きさだ。僕だったら三食分に値するよ。いや、それ以上かもしれない…。「おいおい『漫画肉弁当』だってよ。こりゃすげえ!」

  

  実際には夢のような漫画肉じゃなくて、骨に肩ロース肉を巻いた感じみたいに見えるけど…。見てるだけでお腹いっぱいになりそうだ…。

  

  「おれ、これにする」

  

  「はは、おれはこっちだ」

  

  「オオカミの兄さんはどうされますか?オススメは『七切れの仔山羊肉〜赤ズッキーニ添え〜』ですよ」

  

  何そのお伽噺のような名前…。

  

  「僕は『旬の野菜を使った彩り弁当』でお願いします」

  

  「何だよ、オオカミ。まさか猛獣のくせにヘルシー嗜好ってか!?」

  

  トラくんが肩に手を置いて肘で僕のほっぺたをツンツンと突っついてきた。

  

  「や、止めてよ…僕は草食系肉食動物なんだから…」

  

  「な、何だよそれ…」「まあまあ、好みってのがあるんだ。無理強いはすんなって」

  

  ライオンくんがさりげなく間に入ってくれた。トラくんは「そりゃそうか、悪かったな」と肩に手を置いてくれた。

  

  僕は何だかホッとした気分になった。

  

  こうして、それぞれ好きなお弁当を買ってから、僕たちは新幹線の待つホームへと向かった。

  

  

  

  外に出ると冷たい風が頬を撫でた。

  

  新幹線が来るまでにまだ時間があったから僕たちはホームの待ち合い室で待つことにした。

  

  自動ドアを開けると暖かい空気が流れてきてポカポカする。僕はマフラーを外すと並んだイスに腰を下ろした。

  

  窓越しから見える景色をぼんやりと眺めながら僕たちはゆっくりと過ごした。

  

  「たまには…いいよな、こうやってのんびりと過ごすのはよ」「うん…」

  

  「眠くなってきたぜ…」

  

  「トラくんはあまり寝てないの?」

  

  「いや、寝たつもりだったんだけどよ。意外に早く目が覚めちまつてよ…」

  

  「へえ、トラくんも」

  

  「何だ、お前もかよ」

  

  「楽しみにしてたんだよな、オオカミも、トラもな…」

  

  僕たちは新幹線が来るまでのんびりと話をしながら過ごした。こうやっていると、何だか学生時代を思い出すなあ…。

  

  そんなことを思っていると新幹線がやってきた。僕はいよいよだという思いを胸に抱きながら僕たちは駆け足で新幹線に乗り込んだ。

  

  

  

  「あー、旨い!景色を見ながら食う飯は格別ってもんだな!」

  

  トラくんはかぶりつくようにして漫画肉らしきものを食べている。トラくんのイメージ通りというかなんというか…。豪快な食べっぷりだなあ…。でも、僕もあれくらい豪快だったらトラくんみたいにボディもメンタルも強くなれるのかな…。

  

  「しかしよ…甘いもんが食いたくなるぜ」

  

  「てか、まだ食うのか?」

  

  隣に座っているライオンくんが呆れたような顔でトラくんの顔とお弁当を見つめている。

  

  「朝から何も食ってなかったからよー。腹減っちまったんだよ」

  

  「じゃあ、これ食べる?僕、作ってきたんだけど…」

  

  僕は旅行かばんから布で包まれた四角い箱を取り出した。中身はトラくんからもらった餡で作った餡パンが入っている。

  

  「おお、流石はオオカミ!気が利くぜ!」

  

  「餡ぱんか、それ?」

  

  蓋を開けると2人とも興味ありげな様子で覗いてきた。

  

  「うん。前にトラくんに食べてもらったんだけど好評だったからね。トラくんから貰った餡で作った餡ぱんだよ」「へえ、いいじゃねえか…。よし、1個もらうな」

  

  「それにはよ、麩(ふすま)が入っているから香ばしいんだぜ」

  

  「麩…?」

  

  「小麦を挽いた時に出る皮のことだよ」

  

  「へえ、いただきます。おっ、これは…美味いな…いや、美味いなんて一言じゃ表現出来ないくらいだな…」

  

  「おう、前に食ったのより更に旨くなってるな…変えたのは餡だけじゃねーな?」

  

  「流石はトラくん。トラくんのくれた餡に更に合うように使っている小麦の配合や焼成時間を変えてみたんだ」

  

  「へー、まさに2人の仕事の結晶の味って訳だな…」

  

  ライオンくんは頷きながら、残りの餡パンを美味しそうに口に放り込んだ。

  

  「おれがよ、これに合うような小麦とかの仕入れルートを確保したり、マーケティング調査でもすりゃあ…きっと凄いものが出来るだろうなあ…」「そりゃいい…!なあ、オオカミ!」

  

  「うん…!」

  

  ライオンくんの話に僕は心が弾むようだった。もし、それが実現したらどんなに素晴らしいだろうか。

  

  新幹線は順調に走り、僕たちを目的地まで運んでいく。流れ行く景色を楽しみつつ、談笑しながら僕たちは目的地までの時間を過ごした。

  

  

  

  「寒い…」

  

  トラくんが新幹線を降りてからしきりに呟いている。薄い上着を羽織っているだけだしね。僕はそっとマフラーを差し出した。こんなこともあろうかと2枚用意していてよかった。

  

  「悪ィな!いやー、こんなに寒くなるなんて思わなかったしよ」

  

  「全く…相変わらずだよな。じゃあ、荷物を旅館に置いてからこの辺りを観光でもするか」

  

  「そうだな。ここから旅館はどれくらいなんだ?」「えっとね…」

  

  僕は地図と旅行のパンフレット見比べた。

  

  

  周りは山々に囲まれているけれど、舗装された道が続いている。パンフレットによるとバスでも温泉街に行けるけれども、地元の人も乗るバスで、迂回をするように走るらしいから歩いても時間は変わらないらしい。

  

  温泉街までは一本道を真っ直ぐに歩くだけだから迷う心配はない。景色を見て、美味しい空気を吸いながら歩くのもいいよね。

  

  僕は歩くことを提案した。たまには良いよなって、2人とも納得してくれたようで、僕たちは一本道を歩くことにした。

  

  歩き始めてから10分ちょっと。ちょうど身体が暖まってきたところで温泉街の入り口に着いた。ひとの数も増えてきて賑やかになってきた。目的の旅館は温泉街の中心に構えてあるらしい。中を進むと美味しそうなお饅頭の匂いやお煎餅の香りが嗅覚を刺激してきた。さっき食べたばかりなのにお腹が空きそうだな。

  

  「旨そうだな…」

  

  「さっき、あんだけ食っただろ…」

  

  「別腹なんだって」

  

  「別腹…かよ…」

  

  「あっ、あったよ!」

  

  「んっ…?」

  

  目の前には木で出来た大きな門があり、その脇には立派な字で旅館の名前が記された看板があった。その門の奥には歴史を感じさせるような旅館が堂々と構えていた。

  

  「広い庭だな…ほら、あの池に鯉も泳いでいる」

  

  「きっと、時価数百万だぜ」

  

  「鯉ってそんなに高いんだ…」

  

  僕たちはそんなことを喋りながら旅館の入口に向かった。暖簾をくぐると初老の女性が僕たちを出迎えてくれた。背筋がしっかりと伸びていて、着物がよく似合う品のある女性だった。

  

  「お待ちしておりました」

  

  女性の後ろには背丈の高い黒い牛が立っていた。迫力があって男らしさを感じた。でも、どうやら荷物を持ってくれるらしい。

  

  「ようこそ、いらっしゃいました。では、お持ち致します…」

  

  その黒牛さんは軽々と僕たちの荷物を肩に背負った。凄いなあ…重いだろうに…。

  

  「では、手続きはこちらで」

  

  「あっ、はい」

  

  僕たちは手続きを済まると、黒牛さんに部屋の案内をされた。廊下はロの形になっていて、廊下の中心にはきれいに整えられた庭があった。イメージでいえば江戸時代のお城のようだ。そこに庭師のおじさんがいて、目が合うとにっこりと笑って僕たちに会釈をしてくれた。案内された部屋は『松の間』という名前らしい。鍵を開けて入ると黒牛さんが荷物を部屋の隅に置いて旅館と部屋の説明を丁寧にしてくれた。

  

  「…という訳です。すみません、自分、不器用なんで…言葉足らずな点もあったかと思いますが、お話、伝わりましたか?」

  

  「はい。分かりやすい説明でしたよ。ところで…黒牛さんはここに勤めて日が浅いんですか?」

  

  「あっ、え、えっと…」

  

  急な質問に黒牛さんは驚いたらしく目を丸くしている。

  

  「あっ、はい、自分は働きはじめて半年なんですが…ようやく、お客様の案内もさせてもらえるようになりまして…」

  

  「へえ。頑張って下さいね」

  

  「あ、ありがとう…ございます」

  

  黒牛さんは厳つい顔でちょっと怖い感じだったけど、にっこりと笑うとまだあどけなさの残るような少年の顔になった。「あっ、そうだ…後、食事は何時頃にお持ちいたしますか…。メインの黒毛和牛、最高に美味しいです…」

  

  黒牛さんが黒毛和牛を最高って言っているけど…。いいのかな…。

  

  そんなことを思いながら、僕は黒牛さんに夕食の時間を6時と伝えた。

  

  黒牛さんが静かに部屋を出ていくのを見届けると、僕たちは観光をする前に一息入れることにした。

  

  この畳20枚以上はある和式の部屋は充分なくらいに広い。大人3人でこの広さは満足のいくものだった。

  

  それに、何といっても庭があって露天風呂が付いているというのが凄いと思う。きちんと露天風呂として整備されているし、温泉も僕たち全員がお風呂に浸かったとしても余裕がありそうな広さだ。「へー、こりゃすげーな」

  

  「24時間入れるってことだな」

  

  窓から外の様子を覗く僕の頭上から2人の嬉しそうな声が聞こえた。

  

  「ここで身体を洗うことは出来ないみたいだけど、充分に身体を温めることが出来そうだね」

  

  「だな。後で入ろうぜ」

  

  「しかしよ、これだけの旅館に泊まれるだなんて、商店街の福引きに感謝。オオカミに感謝だな」

  

  「後は、食事が旨ければ文句ねーよな」

  

  「期待してもいいと思うよ。ここのは美味しいみたいだからね。それを目当てに来る人もいるくらいだし」

  

  「へえ…楽しみだな」

  

  「てか、お前は食い物の話ばかりだな…」

  

  

  

  僕たちは一息入れた後に観光に出た。温泉街の奥へと進むと更に、甘い匂いが漂ってきた。店先でどうやらお饅頭を蒸かしているようだ。おばちゃんが汗をかきながら慣れた手つきで手を動かしている。「お土産用に買うのもいいかもね、ライオンくん」

  

  「だな。やっぱ、喜ばれるのは食い物だしな。宅配出来っかな…」

  

  「ほれ、饅頭。ここら辺の名物だってよ」

  

  「早っ!」

  

  「んっ…でも、旨いな」

  

  「うん」

  

  半分に割ると餡の甘い香りが広がった。あまり大きくはないから、これくらいなら夕食前でも食べられそうだ。

  

  「店のおばちゃんの情報によるとな、温泉街を抜けたところに極上のマッサージが受けられる秘湯があるそうだ。後は、オススメの土産リストを貰ってきて観光スポットも聞いてきた」

  

  「トラは行動が早いよな…」

  

  感心したようにライオンくんは頷いている。僕もその通りだと思った。

  

  「今日は土産を買って、宅配で送ってもらう。で、明日は観光スポットを巡ってみるってのはどうだ?」「うん、そうしようか」

  

  「宅配もでかい土産屋ならやってるらしいぜ。子どもたちに腹一杯旨いものを食わせたいから買い込んでやるかな」

  

  「は、張り切ってるね、トラくん」

  

  「へっ、まあな」

  

  ちょっと嬉しそうな横顔は『父親』らしさを僕に感じさせた。僕もいつかはこのような表情を作ることが出来るようになるんだろうか。そんなことを思いながら僕は買い物をしていた。

  

  職場のひとにも買って、後はマスターにも買っていった方がいいかな…。

  

  一通り選んだ後にスマホを見ると時刻は5時50分を示していた。

  

  「トラく…」

  

  声をかけようとすると、トラくんは大量のお菓子類やシャツらしきものを段ボールに詰めてもらっているところだった。「たくさん買ったね…」

  

  「んっ、まあな…。ちっと買いすぎたかもな」

  

  「うん…」

  

  「でもよ、ライオンもそうだぜ」

  

  トラくんが 視線を送った先にはライオンくんがいた。どうやら、ライオンくんも荷物を詰めて貰っているらしい。

  

  「ライオンくんもたくさん買ったね」

  

  「まあ、会社の連中にな。お前は何を買ったんだ?」

  

  「僕…?僕も似たようなものかな。職場用にお饅頭とか、自分用に入浴セットとか。特に石鹸は通販とかで出回ってないから貴重なものなんだって」

  

  「へえ…それを聞くと買いたくなるよな」

  

  「ねっ…あっ、でも…時間がないんだった。もうすぐ時間になるよ」

  

  

  「マジか!まあ、明日でもいいか。よし、急ぐとするか!」僕たちはトラくんにも伝えて早足で旅館に戻ることにした。辺りはすっかり暗くなっていて、風の冷たさを感じた。

  

  

  

  先付二種:柿釜盛り 柿の白和え

  

  前 菜:冬の前菜五種盛り

  

  お造り:舟盛り(伊勢海老洗い 鯛 鮪 間八)

  吸い物:土瓶蒸し (松茸 鱧 海老 三つ葉)

  

  蓋 物:のど黒の芋そば蒸し

  

  陶 板:黒毛和牛と鮑の石焼き

  

  添え鉢:野菜サラダ

  

  酢 物:ずわい蟹酢

  

  ご 飯:松茸釜飯

  

  留 椀:蜆汁

  

  香の物:二種盛り

  

  果 物:季節の果物

  

  お品書きに書かれた料理を眺めただけで汚い話だけどよだれが出ちゃいそうだ。だって、アワビや松茸なんて滅多に食べないものだしね。

  

  ふと、2人に目をやると、トラくんもライオンくんも期待に満ちた目をしている。楽しみにしているようだ。「接待とかで食うときもあるけどよ、あんまりそういう場だと味わってる暇がないからな。楽しみだよ」

  

  「懐石料理ってのか?こういう形式的なものは苦手なんだけどよ…でも、旨そうだよな…眺めてるだけで期待値が高まってくる感じだ」

  

  「そうだよね。僕はあまりこういうのは食べないからドキドキしているんだ」

  

  そんな会話をしていると、女将さんが部屋に入ってきて料理を運んできた。僕たちの目の前に料理が並べられると丁寧に料理の説明をしてくれた。

  

  期待に胸を躍らせつつ口に運ぶと、素材の良さと丁寧な仕事ぶりが伝わってくるような味だった。

  

  美味しいものを食べると言葉が出なくなるというのは本当なのかもしれない。食べている時に僕たちはほとんど言葉を発することはなかった。あのトラくんが味わうように食べている。最後の一滴も残さないように。しっかりと味わっている。

  

  ライオンくんがにこやかな表情で食べている。しっかりと素材の味を噛み締めるかのように。

  

  そんな2人の姿を見られて嬉しいな。

  

  そして、最後のデザートを食べ終えると、気持ちのいい満腹感と幸福巻に僕は包まれていた。

  

  「いやー、最高だったぜ。マジで旨かったな。酒も旨かったし。少し酔っちまったなあ…」

  

  「うん。僕もお腹が膨れるくらい食べちゃったよ。食べ過ぎかな?」

  

  「食事も酒も最高だった。確かに食べ過ぎたかもな」

  

  「お前はもっと食った方がいいぞ、オオカミ!」

  

  「えー、トラくんみたいになっちゃうよ」

  

  「おいおい、そんなに太ってるか…まあ、今は腹が出てるか!」トラくんはお腹を叩くと無邪気な笑顔を見せた。僕たちもトラくんにつられて笑ってしまった。

  

  「ちょっと苦しいな。よし、浴衣に着替えるか」

  

  「そうだな。着替えて茶でも飲みながらのんびり過ごすか」

  

  「賛成!」

  

  「ああ、和菓子でもつまみながらな」

  

  「まだ食うのかよ!」

  

  僕たちはのんびりとお茶を飲みながら過ごした。こういうのんびりした時間ってなかなかないから本当に穏やかな気持ちになった。

  

  先ほどからこんな時間が続いて嬉しい。ずっと、続いて欲しいな…。

  

  「そういや、部屋の露天風呂、入ってみないか?」

  

  「そーだな、確か、パンフを見たら大浴場は23時までやっているんだったな。今の時間だと混んでそうだし、先にここで身体を温めるのもいいかもな」トラくんの視線の先にある時計に目をやると、8時をちょっと過ぎたところだった。確かに、今の時間は入浴するひとが多いかもしれない。

  

  「じゃあ、入ってみようか」

  

  襖の向こうはちょっとした脱衣所になっている。暖房器具や脱衣かご、それにタオル類が置いてある。

  

  暖房器具をつけて、少し脱衣所を暖めてから僕たちは脱衣所に入った。

  

  

  

  「やっぱ、お前…太ったよな?」

  

  ライオンくんが帯を緩めて少しお腹が見えたトラくんに対してストレートな言葉をぶつけた。

  

  「オオカミにも言われたぜ…。まあ、これくらいが丁度いいんだ」

  

  トラくんは白い毛で被われたお腹を擦りながらそのお肉をぷにっと摘まんだ。

  

  学生時代は確かに引き締まった身体をしていたトラくん。でも、今のトラくんは筋肉の上に脂肪が乗っかったという感じでそこまで太っているという印象を与える訳ではないけれど。「おおう、柔らかいな」

  

  「はは、止せよ…くすぐったいぜ」

  

  ライオンくんはふざけてトラくんのお腹をぷにぷにと触っている。何だか、その光景が懐かしく見えてきた。

  

  「オオカミも触ってみろよ。柔らかいからよ」

  

  「僕も?分かったよ…」

  

  トラくんのお腹は思った以上に柔らかかった。トラくんはくすぐったそうにして笑っている。

  

  「しかし、ライオンこそよ、前より筋肉が落ちたんじゃねーの?」

  

  「運動してないからな。この体型を維持するのも大変になってきた、そんな感じだな」

  「だよな」

  

  ライオンくんは割とスマートな感じだ。そんなことを言いながらもきっと何らかの努力はしているんだろうなあ…。

  

  緩めた浴衣の隙間から見えたライオンくんのお腹はそんな感じだった。ふさふさの毛の上からもそれが窺える。「オオカミは?」

  

  「えっ、僕?」

  

  「お前は変わらないようだけどな」

  

  「トラくんの言うとおりかも。僕、あまり食べても太らないタイプだから」

  

  「だよな、このわき腹!」

  

  「うわっ!」

  

  突然にトラくんが僕を抱えあげてきた。まるで、子どもを後ろから抱き抱えるかのように…。

  

  「は、恥ずかしいよ…下ろしてよ、トラくん!」

  

  「おう。何だよ、痩せてるからいいじゃねーかよ。このわき腹!あばらが触れるぜ」

  

  「そ、そういう問題じゃないし…」

  

  「はは…ほら、入るぞ」

  

  ライオンくんは浴衣をそっとかごに入れると、トラくんに声をかけてそのまま露天風呂に向かった。

  

  「待てよ、一番風呂!」

  

  トラくんは僕をゆっくりと下ろすと、浴衣をかごに放り投げて慌てた様子でライオンくんを追った。「もう…」

  

  僕は浴衣を畳むとかごに入れた。

  

  そして、やっぱり、恥ずかしいから…

  

  畳んで積んであったあったタオルを取ると腰の部分でタオルをきつく結んでから僕は露天風呂に向かった。

  

  扉を開けると、ひんやりとした冷たい空気が流れてきた。そして、微かに漂う温泉の匂いと湯気が僕の身体を包んだ。

  

  「おいおい、オオカミよ…」

  

  「んっ?」

  

  「お前、タオルで隠しているんじゃねーよ!猛獣なら正々堂々だろうが!」

  

  ええっ!?

  

  「かもな…」

  

  ライオンくんまで!?

  

  2人ともわざわざお風呂から出て僕の目の前まできた。ま、まさか…。

  

  「ほら、見ろ!」

  

  トラくんはわざわざ腰をつき出して僕に見せつけるかのように見せつけてきた。トラくんのを…。

  

  「そんなにでかくなくても、太さには自信があるぜ!?これくらいは自慢してもいいな!後、玉が大きいとかよ!」

  

  酔っぱらっているのかなトラくん…?確かに夕食の地酒は美味しかったけど…。そういえばかなり飲んでいたっけ…。

  

  

  「相変わらず太いよなあ…」

  

  ライオンがトラくんのおちんちんを見つめながら頷いている。

  

  「だろだろ?後はお前みたいに完全に剥けたらいいんだけどな。おれ、半分は被っちまうから…」

  

  どうして、こんな話題になるんだろう?そんな大きさとか、太さとか、皮がどうだとかって…恥ずかしい話なのになあ…。

  

  「別に剥けてるからって得したことはないぜ。いいんじゃないのか?」

  

  「そうか?しかし、ライオンのは長いよなあ…」「おいおい、あんまり見つめんなよ…」

  

  「オオカミもそう思うだろ?」

  

  そう言われて、ライオンくんのを見つめてしまった。確かにライオンくんのはだらりと垂れ下がって長さがある。しかも、露茎していて大人そのものだ。

  

  トラくんやライオンくんのと比べたら僕のなんて…。

  

  「という訳で、猛獣ならタオルを取れ!」

  

  「うわっ!」

  

  抵抗をする暇もなく僕はタオルを取られてしまった…。どうせ見られることになるんだ。こうなったら、堂々としていよう。

  

  「…」

  

  「んっ、まあ…普通だな」

  

  「ああ…」

  

  「えっ、普通って…」

  

  「標準でスタンダードってとこだな。まあ、よく分からないけどよ、形はいいんじゃないか?」

  

  「だなあ。さっきも言ったけど別に剥けてるからって特別に良いことがある訳じゃないしな…」何だか、誉められているんだか慰められているんだか分からないや…。

  

  でも、変な意味じゃないけど、堂々とさらけ出すことが出来たたのは僕にとっては良かったのかもしれない。

  

  恥ずかしがってても仕方ないし。

  

  「うう…寒っ…縮こまっちまったぜ。温まり直しだ!」

  

  「誰のせいだ…」

  

  「僕も寒い…」

  

  何だか中学生みたいなことをしてすっかり身体が冷めてしまった。僕たちは急いでお湯に入った。熱すぎず温すぎないお湯がとても心地よかった。

  

  「そういやよ、お前は腰を痛めたんだよな。腰痛にも効くらしいからゆっくり浸かった方がいいぞ」

  

  「ありがとう。確かにそんな感じがするよ」

  「トラも立ち仕事なんだからよ、無理はすんなよ?」「おー、だな」

  

  トラくんは長く息を吐き出すと、目をつぶって気持ち良さそうに肩までお湯に浸かった。僕も肩まで浸かると、空を見上げて満天の星空を眺めた。

  

  都会では比べものにならないくらいの星が輝いていた。まるで、子どものころに描いた星空の絵のように。

  

  僕はこの時間が、3人でいられる時間が、もっと、もっと続きますように。

  

  そう星空に願った。

  

  僕の願いが星空に届いたかのように星が1つ輝いた。