生まれず埋もれた作品群

  [chapter:とある戦闘員Aの受難]

  今、この世界はとある組織に支配されようとしている。その組織の名は『BB団』。

  …あ、おもちゃの銃の弾じゃないぞ?Beast Brave団、略してBB団だ。この組織は、弱肉強食であるこの世界において人間が獣人に支配されるのは当然の理であるという信念を元に、日々侵略活動を行っている。

  しかし人間側も「それはそうですね」と易々支配されるわけも無く、何とかレンジャーだの炊飯ジャーだのよく分からない連中がBB団に対抗して戦っている、という現在の世界情勢だ。

  そして俺はそんな世界で、人間であるにも関わらずBB団の下っ端として働いている。

  いやぁだって実際この戦いではBB団の方が強いと思うし、こっち側に付いておけばBB団の急な侵略活動で家を壊されたり命を落としたりするなんてことも無いわけじゃん?それに人間側は自分の住処を守るために戦っているから戦闘組織は主にボランティア精神で成り立ってて、危険を冒して戦闘協力したとしても出るのはBB団対策庁の政治家が出し渋った僅かな報酬。一方でBB団はきちんと身体強化スーツ(通称下っ端スーツ)を戦闘員全員に配ってるし、労災あるし、会社で保険も入ってくれてるし、それなりの給料も出る。スーツは顔まで隠してくれてるから万一BB団が負けてもその後の生活で人間どもに後ろ指さされることも無い。その辺まで考慮してスーツを作ってくれているBB団は流石、職員の暮らしを第一に考えてくれている。

  そもそも思想自体、人間は獣人に支配されるべきというよりも、人間の能力に合わせて適切に管理してやろう、に近い思想だからな。弱肉強食、には純粋な肉体面以外にも、技術、テクノロジーとかの意味も含んでいる。ま、地球外から来て侵略活動ができるんだからそりゃテクノロジーも進んでるのは当然だよな。だから、人間が頂点じゃなきゃ嫌だ!なんて下手なプライドさえ無ければ、特に反発する理由も無い。

  ぶっちゃけ、どっちに味方するかなんて決まってるだろ。

  ジリリリリリリリッ!!

  お、出勤要請だ。んじゃ、炊飯ジャーたちと戦ってくるかな。

  ・

  ・

  ・

  「いててて…」

  医務室から出た俺は、痛めた腹を擦りつつ廊下を歩く。

  俺たち下っ端は、基本的に妨害役だ。いくら身体強化スーツがあっても戦闘能力じゃ炊飯ジャーたちには敵わないし、時間稼ぎが精一杯。あいつら遠慮無く殴ってくるからスーツ着てても痛えんだよ…。

  でもまぁ、今日の戦闘は上出来だったんじゃ無いか?俺たちが時間を稼いでいるうちに今回の獣人傭兵が5人いる炊飯ジャーのうちの青いスーツの一人を完膚無きまでにボコしてたから。あいつらの逃げ帰る姿、マジで情けねぇもんだ。

  あ、獣人傭兵ってのは三幹部に雇われた傭兵だな。力将ヘビーベア様・知将フェニックス様・速将レグルス様が雇ってくる奴らだ。基本的に一話限りの雇われ役。え、話ってなんのことかって?細かいことは気にしちゃいけねぇよ。

  さーて、一仕事終わったし帰って寝るかぁ。

  「おい、そこのお前!」

  「え?」

  声をかけられ振り向くと、そこには凄く大きな焦げ茶色の体躯。立派なツノを生やした頭部に少し困ったような顔を貼り付けたバッファロータイプの牛獣人…今日の戦闘で大活躍だった、獣人傭兵のミノタウロスだ。

  嫌なタイミングで嫌な奴に見つかったなと思わずにはいられないが、無視するわけにもいかないよなぁ。というわけで、俺は渋々、その呼びかけに返事をする。

  「…はい、なんでしょう?」

  「この階のトイレってどこにあるんだ?案内してくれ!」

  まるで漏れそうだ、とでも言いたげに切羽詰まった声を出すミノタウロス。腰ミノ1枚しか身につけないその風貌で股間に手を当てていると、半分全裸みたいに見える。いや腰ミノしかつけてない時点で既に半裸か。せめてなんか他の物も着たらいいんじゃないだろうか、放送規制にひっかかるぞ?

  「あ、えっと、こっちです。」

  そんなことを思いつつも、俺はそのミノタウロスをトイレまで案内する。ったく、場所くらい覚えとけよな。これだから脳筋は…。

  獣人は基本的に人間より大きくて強いが、このミノタウロスみたいに、力将ヘビーベア様が連れてくる獣人たちはとくにそれが顕著だ。その分脳みそが足りてない部分も多い気がするんだよなぁ。ま、本人の前じゃそんなことは言わないけど。

  トイレへと案内すると、ミノタウロスは「おぉ、助かった!」と一目散に中へと入っていく。やれやれ、変なところで時間食っちまった。15分だけでも残業つけとこう。サービス残業をすると幹部様たちに労基違反だって怒られちまうからな。ほんと、いい所だよここは。

  「おーい、お前!」

  トイレを去り玄関へ向かおうとその長い廊下を歩いていると、再度、背後から同じ声がする。…早すぎじゃない?お前、手洗ってないだろ。

  「はい、なんですか?」

  「いやー助かったわ。ありがとな!で、ついでなんだけど俺の部屋にある愛斧、磨いといてくんねぇかな。俺は筋トレしてくるからよ。」

  何がついでだよ!全然関係ねぇじゃねえか!

  「……はい、わかりました。」

  …ここでガツンと言えたらいいんだけどなぁ。この巨体を前にしてそんなことが言えるはずもなく、俺は仕方なくその仕事を請け負う。残業手当だけじゃなく、特別労働もあとで申請しておこう。

  ヘビーベア様が連れてきた獣人傭兵の部屋は、この階の一番奥だ。その部屋に行くと、あの巨体でも充分満足できるであろう広い部屋にどでかい布団が1枚。あとは、その愛斧とやらが立てかけてあるだけだ。

  …はぁ、なんか惨めになってきた。俺はこの組織に入ってもう5年になるけど、未だにすし詰め状態の下っ端部屋にしか居場所がないのに、トイレの位置も分からないような新人がこんないい部屋を独占しているなんて。そのうえ俺はそいつに敬語を使って対応しなきゃいけないうえに雑用を押しつけられるとか…。弱肉強食、実力社会がモットーのこの組織じゃ仕方のないことだとはいえなぁ。

  愚痴っててもしゃーないか。とっとと斧磨きを終わらせて帰ろう。

  よく見ると、斧の柄の部分と壁の間に白い布が1枚挟まってるな。多分あれを使って磨けって事なんだろ。他に磨けそうなものは無いしな。

  にしてもこの斧、デカイよなぁ。柄まで合わせると俺の身長超えてるし。流石ヘビーベア様が連れてきた獣人。体が規格外なだけあって武器のサイズも規格外だ。ただ、外見は木+鉄の素朴な斧とか使ってそうな見た目のくせに、この斧はそれなりに装飾がされてたりする。…ゲームとかでもこういう武器を見るたびに思うんだけど、ぶっちゃけ武器に装飾って要らないよな。重くなるだけだし、握りづらくなるし、邪魔じゃん。

  「っと、うわっ!?」

  とりあえずは斧を床に寝かせようと、柄の先を掴んで引っ張ると、床に付いた先端を支点にして斧が倒れる。…それだけならいいんだけど、そのあまりの重さに斧自身を支えきれなくて、ドーンと音を立ててそれは床に激突する。

  咄嗟の出来事に何も出来ず、ただ驚いて目をつむるしかない俺。

  「あっ……」

  恐る恐る目を開けると、そこにはさっきまで壁に立てかけてあった斧が目の前に横たわっていて…そして、柄の先端に付いていた赤い宝石が一つ、コロンと転がっていた。

  やっべぇ!どうするよこれ?もしかして弁償しなきゃいけないやつ?いや、それよりもまずミスをしたら上司に報告ってのが先決で…って、ヘビーベア様にこんなこと報告すんの?ならいっそのこと隠すとか。もしかしたら脳筋系獣人だから気付かないかもしれないし…いやいや、それはマズイだろ。やっぱりここは素直に謝った方が…

  と、とりあえずミノタウロスにこの事を伝え…って、確かミノタウロス筋トレって言ってたよな?うわぁ、あそこ危険だからって人間立ち入り禁止じゃん。どーするよ?

  ……ミノタウロスが帰ってくるのを待とう。で、少しでも機嫌が良くなるよう斧磨きを頑張ることにしよう。

  ・

  ・

  ・

  とは思ったものの、俺よりデカイうえにそもそも自力で持ち上がらないような斧を磨く事に無理があるわけであって。

  今見えている表面だけを拭くだけでももの凄く時間がかかってしまって…

  「ふぃ~…お、サンキュな。助かったぜ。」

  全部を終えないうちに、筋トレからミノタウロスが戻ってきてしまった。

  筋トレでパンプアップしてより一層大きくなった体が部屋の中へと入ってくる。うわぁ…やたら広い部屋だと思ってたけど、なんか納得。コイツが入ってきた途端に急に部屋が狭くなったような気がするもん。そして汗かいたまま戻ってきたらしく、一気に汗臭さが部屋中に広がる。

  …先手を打たなきゃいけないはずなのに、その臭いに気を取られていた若干のタイムロスが命取りになっちまった。

  「ん?なんだ片面しか磨けてねぇじゃん。って、おいお前コレ!?」

  俺が全力を使っても持ち上げることが出来なかった斧を片手で軽々と持ち上げて、斧の磨き具合を確認するミノタウロス。当然そうなれば裏面も見るし、取れたからと乗せていただけの宝石も落ちてしまう。

  「なんだよ、戦闘で大して役にたたねぇ下っ端のくせに、満足に斧磨きもできねぇのかよ。そのうえ俺の愛斧を壊すとか…落とし前はつけてくれるんだよなぁ?」

  ギロリと睨み付けてくるミノタウロス。自分に非がある手前、変に言い逃れが出来るとは思わないし、この場から逃げ出すなんてことも無理だろう。くそ、腹をくくるしかねぇか…。

  俺は下っ端とはいえ同じ職員、いくら脳筋な獣人傭兵とはいえ暴力で解決なんてのは無いと思うが、ミノタウロスがヘビーベア様に行う報告内容によっては減給は免れないだろう。

  「すみません…報告しようにも、ミノタウロスさんが筋トレルームにいらっしゃったので…」

  「言い訳なんていいんだよ!そうだ、斧が磨けないんなら代わりに槍でも磨いてもらおうじゃねぇか。」

  「槍?」

  何を言われるかと思ったら、再度武器磨きの指令かよ。まぁ減給よりいいか。始末書書かされるわけじゃないっぽいし。でも、槍なんてこの部屋にあるのか?ぱっと見じゃ斧しか見当たらないけど…。

  「どこ見てんだよ、ココだよココ。」

  部屋を見回す俺をニヤリと見下すと、ミノタウロスは自身の股間を一揉み。

  …デカい愛斧を囮にして、自分の意思で元のサイズに戻る大槍を本命としてその中に隠している?腰ミノ1枚なのも隠し武器の存在を相手の思考から外すため?

  ヘビーベア様が雇った獣人傭兵だからただの脳筋かと思ってたが、意外と戦術的じゃないか。

  「そんなところに槍を隠し持ってたんですね。」

  「あぁ、とっておきの逸品だぜ。これに貫かれてイかねぇ奴はいねぇよ。」

  そう言いつつ、ミノタウロスは敷いてあった布団へと腰を下ろすと、腰ミノを取り払った。

  そこにあったのは、身体と同じく褐色をした、雄の象徴。萎えている状態でも十分な大きさを持ったソレが俺の目に入ってくる。

  …槍は?

  「さぁ、磨いてもらおうじゃねぇか。」

  その特大チンコを掴み、ぶるんと一振り。それで、ミノタウロスの意図を完全に理解し自分の勘違いに気付いた俺は、心の中で特大のため息と呆れを示す。

  槍ってそういうことかよ。脳筋というよりスケベ脳じゃねぇか。意外と戦術的とか考えた俺が馬鹿だったわ。万が一というものあるから確認はするが、返事は予想通りのものだった。

  「あの、磨くというのはその…」

  「当然、この槍だぜ。ぼーっと突っ立ってねぇでとっととやれよ。」

  斧の件で怒らせたのに、これ以上機嫌を損ねられてもマズいと思った俺は、ミノタウロスに近づいていく。汗の臭いが急激に強くなって顔をしかめそうになるのをグッと堪え、両膝を立てて開くミノタウロスの脚の間に入った。

  脚1本だけでも俺と同じくらいかそれ以上に大きいミノタウロス。そんなミノタウロスの股間の息子に触れると、ピクッと体が動いた。

  お、意外と敏感だぞ。これなら早く終わるかもしれない。

  [newpage]

  [chapter:異世界転生ケモホモ]

  「はぁ…」

  第一次帰宅ラッシュの時間をやや外れて、少し余裕の出来た電車に乗り込んで家へと帰る。座席について一息ついたときに思い返すのは、入社当時から仲良くしていた同僚の、全然悪いとは思っていないであろう「悪いな」という言葉と顔。

  あぁ、またか…と思ってしまうくらいには慣れてしまった。

  俺の名前は進藤歩。奪われることに慣れてしまった、しがないサラリーマンだ。

  子供のころ、甘え上手な弟に親を奪われた。弟が可愛すぎる親は、俺に対してはお兄ちゃんだから、の一言ですべてを片付けるようになった。もともと自己主張が薄かった俺は言われるがままに親を差し出した。

  中学生のころ、初めて出来た彼女を先生に奪われた。今考えると14歳の少女を奪う先生もどうかと思うのだけれど、成績を人質に取られた俺は何もできず、彼女本人も俺から先生に心変わりしてたから、引き下がらざるを得なかった。

  高校のころは部活のレギュラーを奪われた。きっと俺は狙いやすかったのだろう。3年生の大切な時期に、転倒に巻き込まれた不幸な事故という形で俺は足を骨折し、最後のインターハイに出ることは叶わなかった。

  そして今、同僚から昇進を奪われた。大部分を俺が進めてきた一大プロジェクトを、あたかも自分がすべてやったかのような形で経営陣に伝えられ、プレゼンの内容だって全部俺が考えたのに、そいつの指示でやっているということになってしまっていた。その結果がこれである。

  奪われ続けた自分の手元には、ほとんど何も残っていない。奨学金返済という形で大学に金を奪われ続けている俺には貯金は無い。大学時代は趣味の旅行に行ったり、ジムに通っていたりもしたけれど、会社に時間と体力を奪われている今の俺にそんな余裕は無い。

  昇進した同期から離されるような形で別部署に異動になった俺に活かせる経験だってほとんど無い。彼女を寝取られたトラウマは深くその一件以降ずっと独り身だし、家族は未だもういい年になったにもかかわらず弟にべったりで、俺の身を案じてくれる奴はほとんどいない。

  なんか…疲れたな。

  だからといって、奪われ慣れている俺は線路に飛び込む気にはならないし、もし万が一飛び込んでしまったら、家にいるシロの面倒は誰が見るというのだ。

  シロはその名の通り白猫で、一人暮らしの俺の帰宅を待ってくれている健気な猫だ。いや実際のところ飯をよこせと待っているだけかもしれないが、そんなものは些細なこと。今年24になる俺が高校に上がった時に飼い始め、一人暮らしの俺のところに連れてきた。もう結構なおじいちゃん猫だけれど、可愛い奴なのだ。

  シロは、俺からなにも奪わない。シロは、俺に安らぎと活力を与えてくれる。

  こういう疲れた日は、シロをモフモフするに限る。

  そう決めて、俺は電車の中で意識を落とした。

  ・

  ・

  ・

  「ん…」

  いつもなら、最寄り駅のアナウンスで目が覚めるんだが、今日に限ってはそうではなかったらしい。

  …というか横になってる?

  その異変にバッと起き上がり周囲を見回して、俺は唖然としてしまった。周囲は木、木、木…木漏れ日が優しく降り注ぐ、森だ。

  その地面に横たわっていたようで、汚れているであろう右腕を軽く叩こうとした。だがその行為は、想像もしていなかった変化によって止まってしまった。

  伸ばした左腕が、真っ白な毛で覆われていたのだ。

  はっ?なんで?

  慌てて全身を色々と見ていく。脚、同じく真っ白。右腕、同じく真っ白。身体、同じく真っ白…?

  身体を見るのになんか視界の下の方が遮られていて、顔に手を伸ばすと、そこには鼻はなく、太く長いなにかになっていた。ただその先っぽに触れるとちょっとむずむずするから、多分これは鼻なんだろう。

  いきなり森だし、なんか変な白い生き物になってるし、しかも裸だし。夢…にしてはリアルすぎる。森の匂いまで再現するこれが夢だとは思えない。

  …いや、やっぱり夢かもしれない。木漏れ日が降り注ぐ森だというのは間違いが無いんだけれど、木漏れ日以外にもよく分からない光る玉がふわふわとそこら中に浮いてる。そう、ファンタジーアニメでよくあるような…

  その光景に再度唖然としていると、目の前の茂みがガサガサッと勢いよく揺れた。

  何かいる!?と思ってビクついたと同時に、そこから一つの影が現れた。

  最初に現れたのは狼の頭。紺色の毛並みの狼なんて珍しいと思ったが、それ以上に、狼にしては異様に高い位置にその頭が有ることに疑問を抱いた。そして、その体も茂みから現れたとき、俺は愕然としてしまった。

  身体は、完全に人のソレだった。2本の脚で地面に立ち、2本の腕で茂みを掻き分けていた。比率がおかしいことも無く、ちゃんと服は着ているし、腰には剣も付けている。ようは頭以外は普通の人間で、俺が知っている四つ足で地を駆ける狼ではない。

  「……子供?」

  ポカンとしている俺と同じように、俺を見つけたそいつもポカンとして俺を見つめた。そして、ザッザッと俺に歩み寄ると、しゃがんで目線を合わせる。

  「どうしてこんな白猫の子供がこの森の中にいるんだ?」

  白猫の子供…って、俺のこと?

  まぁ確かに童顔であることは認める。よく言われるし、コンビニで酒を買う時もまだたまに年齢確認を求められることがあるけども、これでも身長は平均くらいはあるし、子供には見えないだろう。

  反論しようかと思ったが、そもそも顔の形が変わっているらしいのだから体型も変わっているのかも?と思って控えた。白猫って言われたしな。それよりも、狼野郎が差し出された手に興味が移ってしまった。その手は人と同じ5本指の形であるにもかかわらず、顔と同じように紺色の毛に覆われていて、指先に黒く丸い毛の生えていない部分があった。

  コレ、肉球…?

  「…まぁいい。色々と聞きたいことはあるし、とにかくここは危険だ。俺の基地に行こう。」

  この狼野郎は、俺がその手に気を取られていることなど知らず、無言になってしまった俺をヒョイと持ち上げると、そのまま俺のことをお姫様抱っこする。

  うおぉ…なんだこれ…

  予想外の行動にマジビビリしていると、俺を見下ろした狼野郎が優しく俺に微笑んできた。…で合ってるよな?多分今、こいつは笑ったんだと思う。狼フェイスなせいで分かりづらいし自信は無いけれど。ただ、瞳が綺麗な金色で、それに魅入ってしまったのだ。

  というかですね、抱き上げられて気付いたけど、この狼野郎めっちゃデカい!2mは軽くあるんじゃないか?しかも軽々と成人男性の俺を抱き上げるあたり、かなり力持ちでもある。

  …それとも、俺が縮んでるんですかね?

  されるがままに狼野郎に運ばれて、基地へと到着する。

  …それにしても、狼野郎と俺が乗ってきたあの生き物は何だったんだろう。馬に近い生き物だと思うけれど、尻尾は三本あったし角も生えてた。

  なんかもう、気にしたら負けな気がする。

  俺が居た場所から少し離れた所に開けた空間があって、そこに幾つかのテントが張られていた。おそらく、これがコイツの言っていた基地だろう。

  「お、たいちょー!どうでした?」

  「子供を拾った」

  馬らしき生き物から降りた狼野郎は、乗ってる間ずっと抱き続けていた俺を、近寄ってきた人物に見せる。その人物は、狼ではなく虎頭で、デカい狼野郎より更に一回りくらいデカそうだ。そいつは、これまたポカンと俺を見てから、隊長と呼んだ狼野郎に視線を戻す。

  「神域の森に子供って…いやいや、隊長初のジョークがこれって笑えないっすよ?」

  「ジョークではない。実際に居たんだ。」

  「…まぁ、そうっすよね。堅物な隊長がそんなジョーク言うとは思わないし。」

  「あの…ここはドコですか?」

  このままではどうしようもないと思って、会話が途切れたタイミングを見計らって、意を決して口を開くと、2人の視線が一気に俺に降り注ぐ。こんなに激しく見下ろされることは滅多にないので少し萎縮するが、それでもなにかは言うべきだろう。

  そう思って聞いたのがこれだったことを、俺は自分を褒めてやりたい。そして、その問いの答えに対して発狂しなかった自分も、褒めてやりたい。

  「ここはガルニア王国にある神域の森だ。とにかく、落ち着いて話を聞く必要がある。」

  狼野郎はそう言うと、幾つかあるテントの中で一番大きなテントへと、俺を運んで行った。

  「まずは自己紹介だろう。俺の名前はジェイク=ガルニア。この隊の隊長をしている。ジェイクと呼んでくれ。」

  「俺は副隊長のウォール=コンスタイン。ウォールだ、よろしくな!」

  こっちの狼野郎がジェイク、虎の奴がウォールな。よし、覚えた。

  「ジェイクさんにウォールさん…。俺の名前は進藤歩。えっと、アユムのほうが名前で、シンドウの方が家名です。アユムって呼んでください。」

  ジェイクの言い方からすると、多分名前がジェイク、家名がガルニアだろう。会社とか学校では普通に進藤って呼ばれてたけど、向こうが名前呼びを希望するのにこっちは苗字で呼ばれるというのはなんかイヤだ。

  「変わった名前だな。あと、俺達相手に敬称は要らない。ジェイクでいい。ウォールも呼び捨てで構わない。言葉も畏まらなくていい。」

  「あ、うん。分かった…」

  「それで、君のような子供がなんであんなところに?」

  「…さっきから俺のこと子供っていうけど、こう見えて俺24だよ。」

  「「24!?」」

  2人の声が重なった。え、そんな意外?

  「てっきり12、3歳かと思っていた…」

  「俺もっす…どうみても俺より年上にはみえないっす…」

  12歳って…完全に子供じゃん。お前らがデカいってだけで、俺だって平均身長あるんだよ?今は分からんけど。

  というかウォール俺より年下なんかい!

  「え、ウォールっていくつ?」

  「今年、22になったっす。」

  「ちなみにジェイクは?」

  「26だ。」

  うわぁ、まさかの同世代。

  狼や虎の年齢なんか分からないけれども…デカい奴ってなんか年上っぽく見えない?

  「で、話を戻すが、アユムはいったい」

  「はっくしゅん!!」

  ジェイクの言葉を遮って、くしゃみが出てしまった。こんなよく分からない所に居るのに緊張感皆無だな俺…。自分の逞しさに驚きだ。

  「…とりあえず服を着せるべきか。」

  ジェイクの呆れた声とため息が聞こえた。

  「すまないが、子供用…アユムサイズの服は無いからこれで我慢してくれ。」

  そこまで言ったら言い直したって無駄だからな。

  そう言うが早いか、ジェイクは手早く上着(ベストっぽいやつ。隊って言うからには何かと戦うのか、前面は堅そうでかなり防御性能ありそう)を脱いで、更にその下に着ているシャツを脱いで渡してきた。グレーの長袖シャツだ。

  …いやいや、なんで他人の脱いだ服を着なきゃならないんだよ。というかなんでお前はサラッと渡せるんだよ。予備の服とか無いのかよ。ってかそういうときって普通上着を貸すもんじゃないの?なんで下に着てたシャツなんだよ。

  と言いたいことは山盛りなんだけれど、目の前のジェイクは受け取るまで動かないし動かせないぞと言わんばかりの眼差しで俺を見つめている。上半身裸になったからムキムキなのが一目瞭然になって、威圧感も半端ない。というか体も紺色の毛が生えてるんだな。って、そうじゃなくて!

  …あーもう、着ればいいんだろ!

  「あ、ありがとう…」

  そのシャツは脱ぎたてでちょっと暖かくて、さっきまで裸で冷えてた体にはありがたい。下半身は?と思ったけれど、シャツが大きすぎて膝上くらいまであるから問題は無いかも。

  というかですね、デカすぎるんですよ。袖先から手がほとんど出てないんですけど。

  「これは…ヤバいっすね。」

  何がヤバいんだ?とウォールを見上げると、「うっ…」と小さく呻いて視線を逸らされてしまった。なんなんだ?

  そしてジェイクが、ゴホン、と咳払いひとつしたから視線をジェイクに戻すと、その金色の瞳に射貫かれた。

  「で、アユムはなんであんな所に居たんだ?」

  「分からないけど…気が付いたらあそこにいた。ここ、日本じゃないよな?」

  「ニホン?なんだそれは?」

  「俺が居た国だよ。」

  「…さっきも言ったが、ここはガルニア王国だ。」

  日本どころか俺が居た世界でもないっぽい。

  ということは、異世界転生?

  いやいや待てよ。俺死んでないよ。異世界転生ってトラックに轢かれるんじゃないの?

  「まさか……神子?」

  「ミコ?」

  「伝承にある神の使い。アユム、そうなのか?」

  神妙な面持ちで尋ねるジェイク。ただ、そんなもんは知らん。

  異世界転生系なら転生するときにそういうのは神様が教えてくれるだろうし、多分違うんじゃない?

  「えっと…違うんじゃないかな。」

  「…とにかく、一度王城に戻らないといけないな。」

  そう言って、ここに来た時と同じようにひょいと俺を抱き上げるジェイク。

  「え、ちょっと、俺ふつーに歩けるよ!」

  「靴も履かずに歩いて怪我したらどうする。大丈夫、お前みたいな軽い奴を落としたりしない。」

  「まぁ、こういう時の団長はテコでも動かないっすから、安心して運ばれるといいっすよ。」

  それでも降ろしてくれと言おうとした矢先のウォールの言葉で黙る。

  俺が抵抗したところで絶対敵わないだろうし、意志を曲げる気が無いなら抵抗するだけ無駄だ。

  それに…こいつの腕の中はなんだか安心感がある。いきなり異世界に来て、不安だらけの状態で、この安心感はとても温かかった。

  そのせいで緊張が解けたのか、俺は馬らしきものに乗るジェイクの腕の中で眠りに落ちたのだった。

  ・

  ・

  ・

  「…い、起きろ」

  「ん…?」

  意識が覚醒していない状態で緩く返事をすると、とたんに体がグラグラと揺さぶられた。

  「アユムちゃん、着いたっすよ。」

  「おいよせ、乱暴にするな。」

  「へーきっすよこれくらい。」

  グラグラと揺さぶられた直後にグッと左に引っ張られ、その衝撃で完全に目が覚めた。

  「ううん、なんだよ…」

  「お、起きたな。」

  目を開けて声のした方を見ると、ほぼ真上から金色の瞳をした狼が俺を見下ろしていた。

  「うわっ!?」

  「アユム、どうした?」

  そ、そうか…?そういやなんか知らない世界に来たんだっけ?

  夢から覚めても夢、なんてことが無ければ、やっぱりこれは現実なんだな。ただ顔を見てびっくりしたとか失礼にも程がある。ここはうまく言っておこう。

  「いや、何でもない。ジェイクはイケメンだなって思っただけだよ。」

  「イケメン?」

  「あぁ、えっと…かっこいいってこと。」

  「…ありがとう。アユムは可愛いな。」

  「はぁ!?」

  褒めたら貶されたんだが。納得いかん。男に対して可愛いは無いだろ。

  「アユムちゃーん、俺は?」

  「あ、ウォールもカッコいいよ。」

  「やったぜ!」

  「でもそのアユムちゃんっていうのやめて。俺、年上。」

  「だってそう見えねーんだもん。」

  「じゃあ俺も次からウォールちゃんって呼ぶ。」

  「げ。それは勘弁…」

  「お前らその辺にしとけよ。着いたぞ。」

  ジェイクがそう言って、俺を床へ下ろす。目の前には、荘厳と言って差し支えないような大きな扉がひとつ。

  起きた時点でどこかの建物の中を歩いていたのは分かっていたけれど、ここってまさか…

  「ガルニア王国自衛部隊隊長、ジェイク=ガルニア。ただいま戻りました。」

  ジェイクがそう告げると、目の前の扉が徐々に開く。

  そして完全に開くと、その先には段があり、その頂点にきらびやかな椅子が配座されている。

  ここ、玉座の間だー!?

  玉座に座っていたのは、割と緩い感じのスーツっぽい服を着ている、ジェイクと同じ紺色の狼。目の色はジェイクとは違って青っぽい色。俺はジェイクの方が好きだな。

  王様って、もっと派手なローブとか宝石とか王冠とか身につけているものだと思っていたけど…こう見ると、そんなものが無くとも威厳が保てるならそれでいいんだろうなって思ってしまう。なんか、逆らっちゃいけない系オーラが凄いもん。

  歩みを進めて部屋の中央あたりまで来たジェイクとウォールが傅いたから、俺も慌ててそれに倣う。

  「面を上げよ。ジェイク、その子供はなんだ?」

  「は。神域の森に居たので、保護しました。」

  「…では、神域の森における異常の観測は、この子供が原因だと?」

  「まだ断言はできませんが、恐らくは。」

  あれ?なんか俺、予想以上にヤバい存在って扱いされてる?チラチラと王様とジェイクを行き来するが、どちらも真剣な表情を崩さない。

  …まぁ、あんまり狼面の表情は分からないんだけど。

  ジェイクの発言のあと、微妙な沈黙が流れる。そして、チラ見していたつもりだったのだが、ジェイクを見たタイミングでバッチリと目が合ってしまった。

  その瞳を見て、少しドキッとした。

  多分、優しく微笑んだ…んだと思う。心配するなよ、って言われた気がした。

  「少し、気になることがあります。今しばらく、この子供を私の元に預けて頂けないでしょうか。」

  王様を見上げて、ハッキリとそう告げるジェイク。言葉としては伺いを立てる言葉だが、有無を言わせぬ気迫が、まるで見えるかのようだった。

  「う、うむ。いいだろう。その子供はそなたに任せる。ただ完全に一任するわけにもいかんから、詳細は隣室にて詰めよう。」

  王様動揺してるし。でもこれで、多分ジェイクのもとに居られるんだよな?そう思うと、なんだかホッとした。変な研究施設に監禁されるなんてのは絶対嫌だからな。騎士隊長に預けられるのなら、そういう目には合わないだろう。

  玉座の間に入ってからは俺は自力で歩いてたのに、出ていくときにはなぜかまたヒョイと持ち上げられて出ていく。なんだこれ。

  そして、一度廊下にでて、さっき言ってた通り隣室に向かう。廊下に出た瞬間、ふぅ~とウォールのため息が聞こえた。

  「ウォール、どうしたの?」

  「玉座の間は相変わらず疲れるなぁって。そういやアユムちゃんは平気だった?」

  「ちゃんはやめて。で、平気って何が?」

  「王様の威圧だよ。感じなかった?」

  「なんとなく?」

  「すげーな…」

  なぜかウォールに感心されてしまった。

  そんな会話をしていると、隣室の扉の前にくる。隣室は普通の扉だ。…というか、玉座の間から隣室までだいぶ遠いな。

  「ジェイクだ、入るぞ。」

  2回ノックをして、中の返事も待たずに部屋に入るジェイク。俺も担がれて一緒に入る。

  ただ、ウォールは入ってこなかった。いってらっしゃーいって軽く手を振ると、中に入らず扉を閉めた。

  中には、さっきの王様と、その横には橙色の毛並みの狐面が立っていた。狐面は黒いローブのようなものを着ていて、見た目的にも、多分こいつが魔法の研究とかしてるんだろうなって感じだ。

  「ほぅ、その子供が神域の森に…」

  その狐が俺に手を伸ばしてきたが、ジェイクは俺を守るようにして体を捻ってそれをかわす。当然狐は少しムッとした表情になるが、ジェイクはそんなのお構いなしだ。

  「はっはっは、まさかジェイクがそんなことするなんて、明日は槍が降るかもしれんなぁ!」

  「なんですと!?では今から緊急警報を出して防御壁のランクを上げないと!」

  「…コックス、お前は少し冗談というものを学ぶべきだな。」

  「きゃんっ!」

  目の前に座る王様が、さっきとは打って変わって親しみやすい笑顔で笑ったかと思うと、狐面は顔面蒼白になり慌てて部屋から飛び出そうとして、王様がその尻尾を掴んで引き留め、狐面は一言鳴いてその場にへたり込む。

  …なんだこれ。

  そんなコントのようなやり取りをポカンと見ていると、俺を抱えたまま椅子に座ったジェイクからため息が漏れた。

  「とにかく、さっき言った通りこいつは俺が預かる。親父、国としての要求はあるか?」

  すごくめんどくさそうに、目の前の2人に問いかけるジェイク。

  ただ、今すごく大切な単語を聞いたんだが。

  「親父って…もしかしてジェイクって王子様!?」

  「…そうだ。言っただろう、俺の名前はジェイク=ガルニアだって。まぁ、王位を継ぐことは無いだろうがな。その話は後だ。」

  俺の頭に大きな手をポンと置くと、会話を王様の方に戻す。

  すると、王様ではなくコックスと呼ばれていた狐面から言葉が出る。

  「えーと、とりあえず聞き取りと身体検査かな。なぜ神域の森に居たのかと、神域に長く滞在できたのであれば多少なりとも特異な性質はあるだろうから、それを確認してから以降の処遇を決める形になるよ。場合によっては幽閉や断命という処置も…」

  「…ほぅ?」

  「あ、あくまで可能性があるというだけだよ!そうならないよう我々が全力で対処するから!」

  「そうしてくれると助かる。」

  一瞬、ジェイクから冷気のようなものが出た気がした。鋭いそれは狐面を貫いて、その脚がブルブルと震え出した。冷気じゃなくて殺気だろうか?…なんか可哀想だ。

  少し、話題を逸らしてやろう。

  「ジェイク」

  「ん、なんだ?」

  「俺、自己紹介したい。降ろして。」

  「このままでもいいだろう。」

  「俺が嫌なの。ねぇ、お願い。」

  子供だと思われてるなら多少子供っぽいおねだりの方が効くんじゃないか?と思いつつ猫撫で声を出してお願いしてみた。成人男性にこんな事されても正直ドン引きだと思うし、自分でもちょっと引くが、その効果はあったようで、ジェイクは少し顔を逸らすと俺を床に降ろしてくれた。やったぜ。

  「初めまして。アユム=シンドウと言います。この度、森の中にいるところをこちらのジェイクさんに助けてもらいました。」

  よろしくお願いします、と言うのもなんか違うかな、と思って、ここで言葉を区切ってペコリとお辞儀をする。服は相変わらずジェイクが着ていたシャツ1枚だから礼儀も何も無いけれど、そこは許して欲しい。

  「随分礼儀正しい子供だな。気に入った!俺はグレース=ガルニア。この国の王だ。よろしく。あ、玉座の間以外では畏まらなくていいからな。そーいうの苦手なんだ。」

  それって王様としてどうなんだ、と思わなくもないけれど、そこには突っ込まない。突っ込むべき箇所が他にあるからな。

  「よろしくお願いします。あと、俺は子供じゃないです。今年で24になりました。」

  「「24!?」」

  今度は王様と狐面の声が重なった。なんでお前らはそう驚くんだよ。

  「どう見ても子供だろ…」

  「私も12、3歳くらいだと思ってました…」

  ジェイクとウォールと全く同じ反応をしやがる…

  ジトッと王様を睨むと、少し焦りつつ狐面に視線を移した。それを認識した狐面は、驚いた表情からきりっとした表情に変わって自己紹介を始めた。

  「私の名前はコックス=マルフェディア。魔導士会の会長および魔導総合研究所の所長をしています。以後お見知りおきを。」

  グレースとコックスな。よし、覚えた。こっちは完全に年上っぽいし、さんは付けた方がいいだろうな。

  「それで早速ですが、アユムさんはどうして神域の森に居たんですか?」

  自己紹介から流れるようにして俺に質問をしてくるコックスさん。隣にいるジェイクの狼耳がピクリと動いたのが視界の隅に見えて、さっきの幽閉とか断命とか気にしてるんだろうなと思いつつも、目を輝かせて質問してくるコックスさんは蔑ろにできないわけで。

  それに、俺も知りたいしな。なんでこんなことになってるのか。

  「分かりません。気が付いたらあそこにいて…」

  「それ以前の記憶はありますか?どこに住んでいるかとか、両親の名前とか。」

  …これ、異世界から来ましたって言っていいんだろうか。

  帰ろうと思うのなら当然真実を伝えるべきだとは思うんだけれど、幽閉とか断命とか言われた後だと非常に言いにくい。…今はまだ、言うべきではない気がする。

  「えっと……分かりません。」

  「ふむ…自分の名前と年齢は分かるようだけど、記憶喪失ってことかい?」

  「はい、そうだと思います。」

  「なるほどねぇ。」

  「もういいだろ。アユム、帰るぞ。」

  「へっ!?」

  コックスさんがうんうんと頷いてるところでジェイクが急に立ち上がり、隣に居た俺を抱えて扉へと向かう。

  あっという間の出来事に、俺が声を上げた時には既にジェイクは扉のノブに手をかけていた。そしてそれはコックスさんも同じだったようで。

  「あ、ちょっとジェイクくん!まだ質問は終わってない…」

  「明日また来る。」

  それだけ言い残すと、ジェイクは部屋を出て扉を閉めた。やや強めに音を立てて閉められた扉には明確な拒絶が見て取れる。…いくら王子だからって王様相手にそれでいいのかよ。

  「おー、おかえり。長かったっすね。」

  「ちょっとな。それよりも頼んでたものは準備できてるか?」

  「バッチリ!でも正確に測ったわけじゃないから、ちょっと余裕を持ったものを準備したっすよ。はいコレ。」

  さらに隣室の控室に居たウォールがそう言って渡してきたのは服だ。淡い水色のシャツと、薄茶色のハーフパンツ。下着は…無さそう。

  ただ、用意してくれた手前、文句は言うまい。

  ジェイクのだぼだぼシャツに慣れた俺としては若干名残惜しい感じがしないでもないけれど、そのシャツよりは体型に合った服なのは確かだ。

  そして、ここで初めて自分の体の変化に気付かされた。

  まずはシャツを着た状態でハーフパンツを履こうとしたんだが、腰回りに違和感がある。なんかつっかえてる感じがしてうまく履けない。なんだ?と思って腰の後ろに手を回して、ビクリと体が跳ねてしまった。

  「んぁっ…!?」

  「ど、どうしたアユム?」

  「なんでもない、大丈夫っ…」

  そこにあったのは、細長いなにか。それが尻尾だと気付くのに3秒くらいはかかった。

  ただ、なんというか…ここまでくると「ななな、なんだこれ!?」なんて思うことも無く、「あぁ、そりゃそうだよな」という感想しか出てこない。まだ鏡は見てないがジェイクは俺のことを白猫の子供と言ったんだ。ジェイクやウォールにも尻尾は生えてるし…となれば当然俺にもあるだろう。

  …尻尾の付け根がかなり敏感だったのは予想外だが。

  そして、残念なことに、尻尾があることは分かっても、尻尾が生えてる場合のズボンの穿き方が分からない。

  ので、仕方なく助け船を要求することにする。

  「ジェイク、ズボンがうまく穿けない…」

  「サイズが合わないのか?」

  「え、そんなことないはずっすけど。」

  「そうじゃなくて…これ、どうやって穿くんだ?」

  ジェイクがくれたぶかぶかシャツを脱ぎ半裸になり、腰回りを露わにする。尻尾を持ち上げようと意識してみたら簡単にできてしまったので、尻尾を持ち上げ腰を突きだしてよく見えるようにして、うまく穿けないことをアピールした。

  「ぐっ、ごほっ!!」

  「…アユム、それはわざとか?」

  俺の助け舟要求に対し、ウォールは思い切り咳き込んで顔を逸らし、ジェイクは睨みながら低く唸る。まるで見てはいけないものを見てしまったような、そんな反応…?

  な、なんなんだ?

  「ふにゃああっ!?」

  突然、持ち上げていた尻尾の根元を掴まれ、先端に向けて撫でおろされた。敏感なところを勢いよく擦られて思い切り変な声が出てしまう。そしてその刺激に腰が立たなくなって、へなへなと座り込んでしまった。

  なにすんだ、とやや涙目になってしまいつつも振り返ってジェイクを睨んだら、ジェイクはもの凄い形相で俺のことを見下ろしていた。その瞳に怯んでしまい、言おうとした文句が喉から引っ込むと、追い打ちをかけるようにジェイクが言葉を発した。

  「ズボンを穿くときは尻尾を下ろせ。ホックになってるから、それで留めるんだ。」

  言われて、尻尾の付け根に手を伸ばしたら、確かにホックが付いていてそれで留まっていた。こんなものが付いてたのか、全然気付かなかった。

  ただ、知らなくて迷惑かけたからと言ってそんなに睨むこと無いじゃないか…。

  「とりあえず上も着ろ。で、とっとと帰るぞ。どうやらアユムに教えなきゃいけないことが山ほどあるらしいからな。」

  「俺もたいちょーん家お邪魔していいっすか?たいちょー口下手だから俺も居た方がいいと思うっす。」

  早くしろ、と急かすジェイクに、ウォールが軽く尋ねる。ジェイクは何でお前が来るんだ、とでも言うかのような顔をしてるけど、俺としては2人居てくれた方が色々と聞きやすい。特に質問するならジェイクよりウォールの方が気軽さがあるしな。

  「俺もウォールちゃんが来てくれる方がいいかな。」

  「…その呼ばれ方、結構ダメージくるっすね。」

  ふふふ、さっきのお返しだ。

  耳が頭上に付いていることに少し戸惑いはしたものの上着は難なく着られた俺は、騎士2人を伴ってジェイクの家に向かったのだった。

  ・

  ・

  ・

  「着いたぞ。」

  到着したジェイクの家は簡素な一軒家。庭もあってそれなりに広いが2階は無い。というかこの世界、城から家まで歩いた感じだと、全部平屋だな。そういや王城も天井は高かったけど上に続く階段は見なかった気がする。

  「……小屋?」

  「ぷっ…そりゃ、そう思うっすよね。」

  ジェイクの家として招待された家には、殆ど物が無い。居間の端の方にテーブルとイスが申し訳程度にあるだけだ。灯りも窓から差し込む光だけで少し薄暗く、ハッキリ言って生活感がまるで無い。

  「家なんて、寝られればいいだろう。」

  さらっと言ったジェイクは、居間の端にある椅子に座り、俺とウォールもそれに続いた。

  長方形の机の左右に2脚ずつ置かれた椅子の、片側に俺、もう一方にジェイクとウォールが座る。椅子がちょっと高くて座ると足が下に着かないのがなんか悔しい。

  さてまずはこの世界の何について聞こうか、と意気込んでいたところに、ジェイクからの先制質問が来た。

  「それで、どうして嘘をついたんだ?」

  「嘘?」

  「コックスに、自分は記憶喪失だと言っただろう。だがお前は俺達に、ニホンというところから来たと言った。その記憶があるんだろ?」

  う…鋭いな。覚えてたか。

  なんのことだかわからない、とはぐらかすのは簡単だけど、隠し続けて後々ヤバいことになったら取り返しがつかないからなぁ。

  ジェイクとウォールだけに伝えて、幽閉とか断命とかの危険性があるのかを判断してもらう方がいいかもしれない。危険なら、正体は秘密にしてもらおう。

  「幽閉とか断命とか言われたからつい隠しちゃったんだけど、俺、この世界とは違う世界から来たみたいなんだ。証拠出せないし、信じてもらえるか分からないけど。」

  「…本来なら頭を打って妄想と現実の区別がつかなくなった哀れな子供だと判断するところだが…。」

  辛辣だなおい!あと子供じゃない!

  「神域の森に突如現れた存在っすからね。哀れな子供よりも別世界からやってきたって言われる方がまだ信じやすいっす。あと、超世間知らずなところとか。」

  「う…ズボンを穿けなかったのはしょうがないんだよ。元の世界では尻尾なんか生えてなかったんだから。」

  「尻尾が無い?…なるほど、どうりで。」

  「でももう大丈夫。ホックがあるのが分かれば多分一人でも穿けるよ。」

  「いや、俺たちが言ってるのはそこじゃない。」

  え?そうなの?

  なんか間違えたか?と思いキョトンとしてしまった。そんな俺を見て、ジェイクは深くため息をついた。

  「尻尾を上げて尻を突き出すというのは、犯してくださいと誘うポーズだ。」

  なんですと!?

  「やっぱり知らなかったか。出合って間もない俺達を王城の一室で誘うなんて常識を疑ったぞ。」

  「ご、ごめんなさい…。そんなつもりは無いです。」

  とりあえず謝っておく。なんか悪いことしたみたいだし。

  …でも俺は男だぞ?裸を見られてるんだからそれは分かってるはず。男を犯すってなんだ?

  「でも、俺は男だぞ。どうやって犯すんだ?」

  「オトコ?なんすかそれ?」

  は?

  ウォールの質問の意味が分からない。男は男だろ。なにかと言われたら、性別?そういう答えを求められてるのか?なんか違う気がするけど、男と言えばとりあえずは…

  「えっと、ちんこがついてる人…?」

  「…ついてない人は居ないっすよ。無かったらどうやってションベンするんすか。」

  …は?

  曖昧な俺の答えに、ウォールは何言ってんだコイツとでも言いたげに首をかしげる。ついてない人は居ないって、女が居ない?王城や、帰ってくる道中で、何人かの人は見かけてるけどそういえば女の人って…?全員が動物の頭だったし、パッと見で性別が分かるほどコイツらのことを見慣れてるわけじゃないからなぁ。結局分からないな。

  でも、女が居ないって、どうやって子供作るんだよ!

  「もしかして、この世界って女は居ない?じゃあどうやって子供作るの?」

  「…アユム、そんな質問はここ以外でするなよ。」

  ギラリ、とジェイクに睨まれ、俺の好奇心は一気に萎んでいく。俺、何も知らないんだ。そんな態度とらなくってもいいじゃんか。

  「たいちょーは言葉が足りないっすよ。外でそんなこと言ったら「知らないなら俺が教えてやる」と犯されるに違いないから、外じゃ言うなって話っす。」

  しゅん…としてる俺を見かねたウォールが補足をしてくれた。あ、そういうこと…?

  ジェイク、分かりづらいけど俺のことを思ってくれてたのか。

  「でも、俺を犯しても子供は出来ないだろ。子供を作るには男が女を犯す必要があるんだぞ。」

  保険の授業じゃあるまいし何言ってんだって感じではあるが、ここは確認しておいた方がいい気がする。俺の知的好奇心と貞操がそう訴えてる。

  「アユムが居た世界のことは分からないが、この世界では犯される方が薬を飲んで性行為をすれば子供ができる。…当然、無理矢理飲まされても、だ。」

  はぁ、なるほど…?俺の居た世界とはだいぶ違うんだな。

  と、とりあえずこの話は終わりにしよう。ようは、そういうことをしなければいいんだろ。この世界で子作りするなんて、今考えることじゃ無い。それよりも聞きたいことは山ほどある。

  「アユム、子作りしたいのか?」

  「そ、そういうわけじゃない!ただ俺の居た世界とかなり違うんだなって思って。…俺、元の世界に帰れるのかな?」

  子作りするなら元の世界で女の人としたいな、と思って、ふと気になった。俺、元の世界だと失踪扱いなのかな?

  …シロ、お腹空かせて鳴いてないかな?あいつ、したたかで図太いけど、寂しがり屋なんだよな。

  「帰りたいのか?」

  「そりゃぁ…帰れるなら。俺の帰りを待ってるやつがいるんだ。」

  「家族か?」

  「うーん…家族より大切な存在、かな。」

  正直なところ、家族が亡くなっても大して悲しまないと思うけど、シロが死んだら号泣して動けなくなる自信がある。

  「そうか…でも、帰る方法があるかは分からない。本当に別世界から来たとしても、前例が無いからな。」

  残念そうにジェイクが言う。同情してくれてるんだろうか。顔や態度に似合わず意外と優しいなコイツ。

  俺自身もどうやってここに来たかが分からないし、情報は完全にゼロだ。同じ道を通ればいいなら神域の森で寝ればいいんだろうが、それで帰れるとは思えないし、そもそも神域って言われてるだけに簡単に入れる場所ではないんだろう。ってか、そもそも神域の森ってなんだよ。

  こっからは、俺の質問タイムだ。

  「そういや、俺が居た神域の森?あそこってなんか特別な場所なのか?コックスが特異体質って言ってたけど。」

  「神域の森はな、魔力を吸うんだよ。」

  「魔力を吸う?」

  出た。異世界ワード。

  魔力とか本当にあるんだ。いや異世界なんだからあってもおかしくないんだろうけど。ついつい中二病チックだな、と思ってしまった。

  俺が苦笑いするのを尻目に、ジェイクは言葉を続ける。本当に知らないんだな、と言いたげな視線を俺に向けながら。

  「魔力を吸われ尽くした奴は消滅する。だから、あの森は立ち入り禁止なんだ。」

  消滅って…HPがゼロになって死ぬのは分かるけど、MPがゼロになっても死ぬの?それ、結構ハードじゃないか?折角魔力があっても、迂闊に魔法とか使えないじゃん。

  「一般人なら10分持てば凄いほう、って感じっすね。」

  「ジェイクやウォールは平気なのか?」

  「俺たち自衛部隊は魔力量が一般人より多いっすから。たいちょー以外は1時間くらいまでなら大丈夫っす。」

  「ジェイクは違うのか?」

  「たいちょーはちょっと特異体質なんで。」

  「そうなのか?」

  「……お前は喋りすぎだ。その話は今はいいだろう。」

  ハァ、と大きくため息をつくジェイク。でも、ウォールがこういう性格だというのはジェイクが一番把握してるんだろう。特にウォールを怒ることも無く、しかし強引に話題を切った。

  ここで、嫌がってる話題を引き延ばすのは野暮ってもんだ。

  「じゃあさ、神子ってなんだ?ジェイク、俺のことをそう聞いただろ。」

  「国に恵みをもたらす存在。神の遣い。大昔に居たとされる伝承上の存在だ。」

  「…なんで俺が神子だと思ったんだよ。」

  「神子は、国に恵みをもたらした、という話から、凄まじい魔力量を秘めた存在だったとされている。突如神域の森に現れて、かつ神域の森に居続けられるほどの魔力量を持つのであれば、そうかもしれないと思ってな。」

  「魔力量って、パッと見で分からないのか?」

  「分からない。だが、俺と同じように考えるなら、明日城に行った際にコックスが測るはずだ。」

  「…もし万が一、神子ってくらい魔力が多かったらどうなるんだ?」

  「王城で軟禁されて魔力を供給する装置扱いっすかね。贅沢な暮らしは出来るけど、王城からは多分出られないっす。」

  そう聞くと、なんか有り得そうだな、と思ってしまった。そもそも異世界に来てる時点で多分、なにかしら特殊ではあるはず。で、俺は奪われる側の人間なんだ。神子という名目で異世界に来てまで魔力の供給装置になって奪われ続けるだなんて、お似合いじゃないか。

  「そう耳を落とすな。大丈夫だ、そんなことはさせない。」

  ジェイクはポン、と紺色の手を俺の頭に置いて、わしわしと撫でる。頭上の耳と手が擦れて結構くすぐったい。子供扱いされてるみたいで不服だけれど、俺のことを励まそうとしてくれたみたいだし大目に見てやろう。

  それにしても耳を落とすって…肩を落とす、的な感じなのか?

  「他に何か質問はあるか?無ければ、飯に行こうと思うんだが。」

  [newpage]

  [chapter:発情竜にご注意を!]

  『竜人には、他の獣人たちと異なり、発情日というものがある。

  竜人の祖先であると考えられている竜という生き物は、生物の頂点に立つほどに強く、とても長寿な生き物であった。そのため子を成す必要性が低く、繁殖行為をほとんど無かったという。そしてその遺伝子を受け継ぐ竜人も、自発的に繁殖行為をすることはほとんど無い。

  しかし、竜人は竜と違い長寿ではない。となれば必然的に、繁殖行為をとる必要性が発生するわけだが、受け継がれてきた竜の遺伝子は簡単に消えるものではない。この相反する2つの性質を抱えた結果、竜人は、通常はほとんど繁殖行為を行わない一方で100日に1日だけ発情日というものが訪れるよう、身体を進化させた。

  発情日になると、身体が熱を持ち性的な行動を求めるようになる。それだけでなく、より確実に子を成すために、周囲までも発情させてしまう。そのため竜人は、発情日は一日家に籠って誰にも会わないのが基本である。

  発情日は、二次性徴と同時期に発現し、発症後は100日周期が乱れることはほとんど無い。年齢や体質によって発情度合いの強弱はあるものの、基本的に発情日は死ぬまで続く。』

  「なんでだろうなぁ……」

  スマホの画面から目を逸らし、天を仰ぐ。そして自棄になって、ベッドへと寝転んだ。

  俺の名前は龍崎大吾郎。深緑色の鱗に覆われた竜人で、部活も引退して受験真っただ中な高校三年生。そして当面の悩みは、今見てたwokipediaにも記載されていた『発情日』に関してだ。

  俺はもう高校三年生なのに、発情日が来てない。相談した医者には、二次性徴がかなり弱かったことが原因じゃないかとは言われたが、あくまで憶測の域を出ない。受験とかいろいろと控えてるし、発情周期を把握しておかないと竜人として色々とまずいんだけど…。

  「兄貴!風呂空いたぞー!」

  考えるのをやめてゴロゴロとスマホを弄ってると、弟の宗太郎が部屋に戻ってくる。風呂上がりのその体はタオルすら身につけていない完全な裸。部屋に入ってくると、その足で扇風機をつけて、大きな体をグダっと伸ばして熱い体を冷まし始めた。

  竜人は他の獣人と違って濡れた毛から雫が滴るなんてことはないし、男性器はスリットに収納されているので恥ずかしいなんてこともない。だから裸がはしたないとか急な冷風は体に悪いとか、そんなことにいちいち文句をつけたりはしないけど、宗太郎を見ていると、自分もこうだったらちゃんと発情日が来たのかなぁ、なんて思ってしまう。

  宗太郎は俺の2つ下で高校一年生。でも俺と違って発情日はとっくに発現している。その弟と俺の違いと言ったら、やっぱり体だろう。

  竜人は、希少種であると同時に体格に優れる種族だ。成人男性の場合、中型獣人の平均身長が165センチ、大型獣人の平均身長が180センチ、竜人の平均身長が190センチくらいだと言われている。宗太郎は、高校一年生ながらも大人顔負けに成長し、このあいだ2mを超えたと報告してきた記憶がある。それなのに俺は、竜人なのに中型獣人と同じくらいの164センチ。ここ3年間1センチも伸びてないし、医者に二次性徴が弱いとか言われても納得できてしまうのがとても悲しい。

  そして、いつもは割と仲が良い兄弟なんだが、たまに、体格で大きく劣り未だ発情期も来ていない兄のことを、雄として見下すような視線を感じるのも事実。

  あーもう、とっとと来てくれよ発情日!!

  悶々とした気分で風呂に入り、宗太郎と同じように裸で部屋に戻ると、宗太郎はパンツ一丁のラフな格好でベッドに横になり漫画を読んでいた。

  「俺、明日発情日だから。兄貴今夜は居間な。」

  宗太郎と同じように扇風機で熱い体を冷ましていたら、視線も向けずに俺にそう伝えてくる。発情中の竜人は近くにいる人を発情させてしまうから、部屋を別にするのは仕方ないことではあるけども…俺は兄だぞ?

  「…なんだその態度。迷惑かけてるのは自分なんだから、申し訳ないけれども今夜は居間で寝てください、って頼むのが筋じゃないか?発情日が来てることがそんなに偉いのか?なぁ?どうなんだよ!」

  「あ、兄貴!?」

  コンプレックスを刺激されたうえでぞんざいな扱いを受けて、我慢できなかった。俺は扇風機を蹴り飛ばし、ベッドに横たわる弟を見下ろす。

  普段割と温厚な俺が声を荒げたことに驚いたのか、宗太郎は目を丸くして俺を見上げる。その顔をみて、少し冷静にはなるものの、それで怒りが収まるわけでもなく。困惑する宗太郎を尻目に、梯子を上って二段ベッドの上に横になった。

  ああやって怒った手前、宗太郎がちゃんと俺に頼んでこないのに居間で寝るというのは、すごく負けた気分になる。イライラとしながら宗太郎が謝ってくるのを待っていたが、結局宗太郎は俺が寝付くまで一言も言葉を発しなかった。ただ、なんで言いに来ないんだよ…とウトウトしてた時に、一言だけ聞こえた気がした。

  「どうなったって、知らないからな…」

  ・・・・・

  「ん……」

  朝の陽射しで目覚めた時、真っ先に感じたのが、強い熱さ。まだそこまで暑い季節じゃないと思うんだけど…

  体が熱い。頭がぼーっとする。あ、そういや結局服着てないじゃん。……風邪ひいたかな?体温計は居間の救急箱にあるよな……

  ふらつく体を起こし、梯子を下りて部屋を出ようとするが、足がもつれて盛大に転んでしまった。

  「あいてて…」

  ほとんど下りきったところだったから特に怪我はしてないけど、痛い。ドシン、と結構大きい音がしたと思うけど、宗太郎を起こしちゃったかな?

  そろり、とベッドを覗き込むと、やはり起こしてしまったらしく、ちょうど上体を起こした宗太郎とばっちりと目が合ってしまった。その眼はまず俺を見て、驚き、困惑し、最終的に俺を睨み付けるような眼差しになる。次の瞬間、俺はすごい力で引っ張られ、宗太郎のベッドの上で組み敷かれていた。

  「だから……言ったのに!」

  叫ぶようにそう言われ、口を奪われる。いきなりのことに困惑するが、熱かった身体がより一層熱くなり、俺の本能が、もっと欲しいと訴えているのが分かる。噛みつくような、貪るようなキスを受け入れ、求める。舌が俺の口を蹂躙し、長い長いキスが終わるころには、息も絶え絶えになっていた。

  「そう、た…」

  「兄貴が悪いんだからな。俺のせいじゃねぇ。」

  唸るようにそう言うと、再度口を重ねてきた。逃げることは叶わないし、熱に浮かされた頭では逃げようとも思わなかった。

  そして、最初よりも短い時間で俺の口から離れていった弟のマズルは、俺から離れることなく首筋を舐めあげた。

  「ひぅっ…!?」

  ぞくっと背筋が震え、咄嗟に目をギュッと瞑る。大きな手が俺の腰をがっしりと掴み、俺を舐める舌は首から鎖骨、胸、腹とどんどんと下がっていった。それでも俺は目を開くことが出来ず、ただ耐えて体を震わせることしかできない。

  「おい」

  刺激が止んだと思ったら、今度は怒気を孕んだ低い声が耳に届く。恐る恐る目を開けると、宗太郎は俺を睨み付け、腹のあたりを舐めていた顔を俺の目の前へと持ってくる。鼻と鼻が触れそうな距離で睨まれ、逃げることも、顔を逸らすことも出来ない。

  「そんな嫌そうな顔すんなよ。発情日の竜人にアてられたヤツがどうなるか、兄貴だって分かってんだろ?」

  その手が、俺の身体をさする。たったそれだけなのに、舐められて敏感になった体に電流が走ったような強い刺激が襲い、声が抑えられなかった。

  「んあぁっ!」

  「撫でられただけでいい反応だなぁ?」

  ただ撫でられているだけじゃない。視線を射抜かれ、身体を抑えられ、弄ばれている。目を瞑って堪えていたときには無かった視覚情報が、今、自分はエッチなことをしているんだと明確に伝えてくる。そんな俺が、声を抑えられるわけがなかった。

  身体を撫でていた手が徐々に下がっていき、腹よりも更に下へと移る。その手が、俺の一点を撫でたとき、いつもとは違うことに気付く。

  「ひゃあぅっ…な、コレ……なに?」

  スリットの中に、硬い何かを感じる。その硬いモノをスリットの上から撫でられると、腰が跳ねるほどに感じてしまう。

  「そうか、兄貴はまだ発情したことねぇんだったな。」

  俺の反応を見た宗太郎は二ヤリと笑うと、俺の上から体を退かして膝立ちになる。そして、唯一身につけていたパンツを取り払った。

  宗太郎の股間には、雄々しい肉棒がスリットを裂いて生えていた。それを下から見上げた姿は、逆光であることも合わさって、まるで神を見ているかのようだった。

  「オスはな、発情すると、自分のチンポをそそり立たせて、相手に突っ込みたくなるんだよ。」

  再度俺の上に乗ると、雄々しい肉棒の先端を俺のスリットに当てる。俺の身体と比べるとそのモノの大きさが嫌でも分かってしまい、恐怖心からか一気に冷静になった俺は咄嗟に拒絶する。

  「え、突っ込むって、無理だって!そんなの入るわけない!」

  「焦るんじゃねぇ。兄貴の小さい体に俺のが入るなんて思ってねぇよ。」

  宗太郎を押し返そうとした俺の手をまとめて、頭上で固定されてしまう。両腕をまとめて、左手だけで押さえつけられているのに、解けないのが情けない。

  そして、言葉とは裏腹に、抵抗が出来なくなった俺のスリットに肉棒の先端を擦り付け始める宗太郎。先端からはぬるぬると汁が出ていて、徐々に動きがスムーズになっていく。そして、俺の中の硬いモノを宗太郎の肉棒でつつかれ、その度に喘ぎ声をあげてしまう。

  宗太郎が、息を荒くして俺に向けて腰を振っている姿を見て、腰を振られて喘いでいる自分が居て、突っ込まれていなくとも犯されていると感じる。そう感じているのは、俺だけじゃなかった。

  「ハッ…やっべぇ…ホントに兄貴を犯してるみてーだ…」

  荒い息の中でぼそりと呟かれたその言葉。宗太郎も同じ気持ちだと思うとちょっと嬉しくて、そして、それならこんな一方的な行為は嫌だと思った。

  「そう、た……そうたぁ…」

  「ハッ…あ、なんだ?」

  「んっ…もう、暴れないからっ…離して…」

  「お、あぁ。わりぃ…」

  宗太郎が俺の両手を押さえていた手を離すと、有無を言わせぬ速さで宗太郎の太い首に腕を回し、今度は俺の方から口を塞いでやった。

  「!!?」

  不意打ちでキスをした、はずだったんだけど…少し上体を起こした途端、下腹部にズキッと痛みが走り、触れたかも分からないようなキスになってしまった。

  宗太郎も違和感を覚えたらしく、二人そろって下半身を確認すると、宗太郎の肉棒とは別にもう一本、俺のスリットからも肉棒が生えていた。

  「へへへ…ようやく出てくれたな。兄貴のチンポ。」

  「俺の…」

  発情したことが無かった俺は自分のモノを見るのが初めてだったから、さっきまでの硬いヤツの正体はこれだったのか、なんて子供じみた感想を抱いてしまった。宗太郎のと比べるとだいぶ小ぶりだけれども、体格が違い過ぎるのだから仕方ないってことにしておく。

  「あぁぅっ!?」

  盛っている雄は、感慨に浸っていられるような生物じゃない。待ちきれないといった感じで、俺のモノの上に乗っている宗太郎の肉棒がにゅるり、と動く。スリットに守られていても十分な刺激だったのだ。それが直接的になったら、受ける刺激はその比ではない。

  宗太郎の首に回していた腕を離してしまい、再度ベッドへと落ちる。宗太郎は自分のモノを俺のモノに擦りつけてきて、俺は擦りつけられるたびに強い刺激から逃げようと宗太郎を押し返そうとするのだけど、快感で力が入らない腕で押したところでびくともしない。一方、面の刺激が線の刺激になった宗太郎は、俺とは逆でこれでは物足りなかったらしい。

  「ん、やっぱこっちのがいいか。」

  「~~~~っ!!?」

  前置き無く、宗太郎の大きな手が、鍔迫り合いをしている俺と宗太郎の肉棒をまとめて握る。今までスリットに隠されて自分でも触れたことの無かった敏感な部分を急に握られ、強すぎる刺激に声も出せない。

  少し落ち着いて、いきなり何するんだ、と潤んだ目で睨み付けるも、見上げた宗太郎は不敵に笑みを浮かべるだけだった。その表情にゾク、と被虐心が疼く。

  俺を支配するその表情から視線が離せなかった。だから、握っている手が動き出すなんて、気付きもしなかった。

  「んあぁっ!?あ、あんっ、あっ、あぁんっ!!」

  「ん…おっ…いい声で鳴くじゃねぇか……」

  宗太郎の硬くて熱い肉棒に自分のモノが押し付けられ、出てきた汁を潤滑剤としてグチュグチュと扱かれる。俺は、予測できない刺激に喘ぎ声しか出せない。一方の宗太郎も、声や息づかいに余裕がなくなってきている。一方的に弄られるだけではなく、一緒に気持ちよくなっているというのは、凄く嬉しいことだった。

  そんな気持ちを抱えて、行為を受け入れていると、だんだんと尿意のようなものが込み上げてきた。それに焦りを感じた俺は、慌てて宗太郎に声をかける。

  「や、やめっ…漏れ、漏れちゃうからっ!!」

  「俺も、そろそろっ…」

  俺の制止も聞かずに、ラストスパートをかけるように握る力が強くなって、動きのストロークも早くなる。激しさを増した扱きに耐えられるはずもなく、あっという間に限界は訪れた。

  「~~~~っ!!」

  「んっ…!」

  漏らした、と思った。でも実際はそうではなくて、どくんどくん、と脈打って、俺のチンコは何かを吐き出した。少し落ち着いた頭では、そうか、これが射精か、なんて冷静になっている。

  「はぁ、はっ、はぁ…」

  息を整え、自分の体を見ると、俺が出したものと宗太郎が出したものが全部俺の身体にかかっていた。マズルの裏がぬるぬるする。射精した時に少しでも顔を上げていたら、顔にかかっていそうだ。

  宗太郎の手に握られている俺のモノは柔らかく短くなり、スリットの中へと戻ろうとしている。しかし、それが戻り切ることはなかった。

  「ぎっ!?」

  柔らかくなったものを引っ張られて、変な声が出てしまう。

  何をするんだ、と宗太郎を見上げると、不機嫌そうに俺のことを見下ろしていた。そして、マズルが触れるくらいの距離で、低く呟いた。

  「発情日は一日続くんだ。こんなもんでへばったなんて言わせねぇぞ。」

  ドクン、と胸がなる。出したことで少し治まっていた身体の熱が、再び燃え上がる。握られているモノが、再度硬くなり始めた。

  長い長い発情日は、まだ始まったばかりだ。

  ・・・・・

  「先生、どうでした?」

  「血液検査の結果、発情日の初日が来たって結果が出たよ。話を聞く限り、それは誘起発情だね。」

  「誘起発情?」

  「他の竜人の影響での発情をきっかけにして、自身の発情日が発生することだよ。昔は、発情日が来ない竜人に対して、そうやって無理矢理に発現させていたんだ。」

  「そんな方法があったのなら、なんで教えてくれなかったんですか!?」

  「誘起発情すると、発情日の100日周期が完全に一致する。つまり100日ごとに、大吾郎くんと宗太郎くんは同時に発情するんだ。言いたいことは分かるね?」

  「あっ……」

  「だから近代でこの方法を取ることはまず無い。顔を赤らめるのは勝手だが、今後どうするかはきちんと宗太郎くんと話しておくんだよ?」

  「…分かりました。先生、ありがとうございました。」

  <登場人物設定>

  龍崎大吾郎(18)

  164cm/70kg(角抜き/尻尾込み)

  神明高校に通う高校三年生。学年トップ3から落ちたことの無い成績で、生徒会副会長をつとめ、所属する美術部では賞を取るほどの腕前のうえ、運動部に助っ人に呼ばれたりする運動神経を持つ超人。竜人なのに体格が並で威圧感がなく、本人自体も割と温厚なため友人も多い。

  父と弟との三人暮らし。父は仕事人間で家のことをほとんどしないため、掃除や家事なども受け持っている。その腕前はなかなかのもので、ホントに超人。

  本人曰く、人に尽くすのが好きなのだとか。将来の夢は執事になること。

  弟に関しては、純粋に家族として好意を抱いている一方、自分の持っていないものを持っている存在として羨んでいる。大きくて怖い等と言った感情はなく、電球取り換えてもらうのに便利だ、という程度。性的な目で見たことは無い。

  本人は気付いていないが無性愛者である。実は、誰かを好きになることが発情のトリガーとして大きいため、発情が来なかった一番の理由はこの性嗜好。特にMというわけではない(竜の視線には人を従わせる力があるため、宗太郎に睨まれた時だけMになるとも言える)。

  龍崎宗太郎(15)

  202cm/186kg(角抜き/尻尾込み)

  神明高校に通う高校一年生。成績は上の中、野球部所属。高校一年生ながら校内一背が高く、しかもまだ成長中。竜人であるため十分に優れた能力を持つものの、大吾郎が超人で有名人なため、入学時から「大吾郎の弟」という扱いを受けている。気さくな性格で一度知り合ってしまえば友人となるものは多いが、遠目で見ると大きくて怖くてガサツそうに見えるため一度知り合うまでのハードルが高く、実際の友人はだいたいが野球部。バリバリの体育会系。

  父と兄との三人暮らし。家のことは兄がほぼすべてやってくれるため、全力で部活に取り組んでいる。炊事洗濯は、出来なくはない、という程度。

  将来の夢はプロ野球選手。実際にそれを目指せるくらいの実力は有る。

  兄に関しては、普通に尊敬している一方で、大吾郎の弟という扱いを受けている劣等感がある。体格に優れているから暴力に訴えれば確実に勝てるが、そういうのじゃなく何かでぎゃふんと言わせてみたいとも思っている。友人が野球部のデカくて雄臭いやつらばかりで女子との付き合いがほとんど無いので、小柄で温厚で家の世話もしてくれる兄を女性的な目で見たことがないわけではない。

  本人はノンケだと思っていたが、兄と共に発情して以降、雄もいけるな、と思っている。

  <補足>

  ・竜人の雄には角があり、雌には無い。外部から性器を確認できない竜人は、この違いで雌雄を確認する。

  ・小便をするときも性器を出すことはない。というか勃起しないと出てこないし、自分でスリットに指を突っ込んで取り出そうとしてもまず無理。なので立ちションはできない。

  ・翼はある竜種族と無い竜種族があるが、鳥人と比較して小さいし、翼に対して体が重すぎるため、あっても飛ぶことは出来ない。ちなみに大吾郎と宗太郎には翼がある設定。

  ・発情した竜人は、男女問わず誰でも相手にしたくなる。発情にあてられた者も同様。受けと攻めは場合によって異なるが、どちらにせよ、強い視線で人を従わせることの出来る竜人が主導権を持つことがほとんど。

  [newpage]

  ・とある戦闘員Aの受難

  エッチした後、シーンを翌日に飛ばして、ミノタウロスが炊飯ジャーたちに負けるものの戦闘員Aがエッチの褒美としてもらった宝石からミノタウロスが復活してなんやかんやラブラブ、みたいな路線を想定してたけど、そもそものエッチが書けなかった。途中で「これ、エロいか?」みたいな疑念が生まれてしまった。残念。

  ・異世界転生ケモホモ

  神域の森と同じく周囲の魔力を吸ってしまうジェイクと、そもそも体が魔力で出来ていないアユムの割れ鍋に綴じ蓋コンビ。アユムは魔力(精液)を注がれると倍にして出してくる無限魔力製造装置。設定自体は悪くないと思うんだけど、生活力皆無なジェイクのお世話をするアユムの流れを作ったのに、最重要と言っても過言じゃない料理描写が出来ないことに気付いて頓挫。ジェイクの世話をするアユムの描写が無いと完全にお荷物だから、ウザヒロイン枠になりかねないし、ここは必須だった。

  そもそも見切り発車で書き始めたはいいものの、この世界観の情報量で物語を書くとなると連載不可避で、僕にそれを書ききることが出来るとは思えなかった。

  ・発情竜にご注意を!

  読んでもらったとおり、実は小説自体は完結してる。でも、万能な兄の唯一のコンプレックスっていう設定なのに、書き終えてみたら作中で万能さが全く表記されてないせいで、単にキレてるだけの人になってしまっていて、全く納得がいかなかった。

  同じような設定で一から書き直しているものが手元にあるので、もしそっちが書けたらいずれは投稿されるかも。