「くそったれめ! あいつ、俺に紛いものの地図を売りつけやがったのか!」
空気が湿っぽく、ダンジョンの中は薄暗かった。
壁に刻まれた特殊な文字が光源となり、レゾックの進む一直線の通路を照らしている。
レゾックはリザードマンの冒険者だ。
肌は緑の鱗で覆われ、冷たい目を持つ。
乱暴者の、素行がよろしくないリザードマン。
舌打ちをし、苛立ちを抑えきれず、尻尾を振った。
「何が宝のダンジョンの地図だ! 道が一本が続いてるだけじゃねえか!」
もう何時間ほど進んだのか、覚えていなかった。
石畳に足音が響くダンジョンの中、レゾックは嫌気がさしていた。
このリザードマンは他の冒険者たちとは一線を画す、金儲け一筋のならず者だ。
緑の鱗には、いくつもの古傷がある。如何にも良心なき悪漢の目つきをして、いまは怒りが滲み、より鋭くなった。
「くそっ! こんなしみったれた廊下を、俺の墓場にするつもりはねえぞ……!」
レゾックは不機嫌につぶやいた。
ダンジョン探索は、自分にとっては金儲けでしかない。
必ず安全なものを選び、楽に手堅くを絶対条件にしている。
仕事を終え、小銭を稼いでは、その日暮らしを続けてきた。
楽で大金をせしめられるものを選ぶが、手堅くとはいかなかった。
不気味な一本道をひとりで、延々と歩くのは精神に負担がかかる。
もともと堪え性のない性格をしているため、レゾックは苛立つ一方だ。
「どうしろっつんだよ!」
喚きが壁に跳ね返った。
罠はなくモンスターもいない。
何もない。何も起こらない。
結構じゃねえかと笑っていた。
なのに、腸が煮えくり返る。
「どうなってんだよ!」
この一本道の単調さには参っていた。
ずっと警戒しようと何も起こらない。
同じ景色。同じ足取りで進むだけの道。
それがかえって、レゾックに緊張を生む。
「ああ、くそっ、あの地図屋め、ただじゃおかねぇぞ。ハァァァ」
鼻面に鱗だらけの手を密着させて、溜め息。
精神力は焼けた鍋の水みたいに目減りしている。
罠やモンスター、そして目当ての宝の部屋はどこにもない。
あるのは一本道。
子供が砂遊びで作った山を掘ったようなトンネルが、どこまでも続いていた。
厄介なことに、どれだけ目を凝らそうと、道の果てが見当たらなかった。
「ひとりで来るのはマズっちまったかな」
舌で自らの頭に触れ、自分の判断を呪った。昔の自分を殴りたい。
大抵の冒険者たちは仲間……パーティーを組むのが一般的であるが。
レゾックは「分け前は俺一人分あればいい」と、欲の皮が突っ張っていた。
遠くからの風の音が耳に入り、舌を引っ込め、力強く舌打ちした。
正面から吹いているのは間違いない。
外に通じている道も、この先にあるはずだ。
「落ち着け。迷う心配がねぇんだ」
レゾックは尻尾が床をソッと撫でるように揺れ動く。
欲望のまま宝の在り処を求めて、ペースを変えぬよう歩く。
「わざとらしく風なんかふかしやがって。ダンジョンをつくったやつの顔を拝んでみてぇもんだ」
レゾックには不安と懸念があった。
不安の理由は簡単だ。本当に金銀財宝があるのかという話。
食いついた自分がバカだった。反省しているが、引き返せない。
そして次には懸念。よしんば宝の話に嘘がなく出会えたとしても。
この先。無事に帰れるかの保証は見当たらなかった。
「くそくそっ、いやな考えばっかり浮かぶ。酒でも持ってくりゃあよかった」
帰りに罠が発動するタイプであれば、それはもう最悪だ。
詳しく言えば、財宝と自分自身を外に持ち運べるかどうか。
「それとも、俺はもうダンジョンの罠にかかってる、とかじゃねぇだろうな?」
ありえない話ではない。
一本道に仕掛けがないわけがない。
そうした心理が悪い方へ転がり、不安が押し寄せてくる。
ポチャッ ポチャッ
奥から水滴が落ちる音が響き、希望が灯った心持ちだ。
しめた、何かあるぞ!
レゾックが不機嫌にダンジョンを進む中――――突如、足元がなくなった。
「いっ!? うおおお?!!!」
喉を潰されたような悲鳴が反響する。
足は空中に浮かび、右足が宙を蹴った。
次の瞬間。レゾックは真っ暗な空間へと落下していった。
思考は急速に回転した。長い尻尾が空気抵抗を浴びながら揺れた。
俺は何を身に着けてる、死なねえうちに対策を練ろ!
身につけているのは簡易な服。古着屋で散々に値切った、安物の上着とズボン。
上着につけているのは古びた革を縫いつけた動きやすさを重視した軽鎧。腰に下げられている剣は、刃渡り七十センチほどの、一般的なものだった。懐には銀色に輝く細身の短剣が仕込まれている。値段が安く、魔除けの効果があり、特殊なモンスターを仕留めるのにも貢献してきた。
くそっ!
くそったれめっ!
死ぬもんか!
どうにかして、生き延びるぞ!
背には大きなバッグが掛けられていた。
丈夫な革製で、内側にはダンジョンで使うロープやフックなど、あらゆるものが詰まっているが、取り出す余裕はない。
これしかねぇ!
折れるなよ!
剣を抜く。
両手持ちで、壁に突き立てる。
ガリガリガリガリッ!!
金属をヤスリがけするような擦過音。
「いででで……!」
鱗持ちの両腕からは凄まじい振動が発生する。
両足が地面に接触するまでの時間は、実際よりもずっと長く感じられた。三十メートルほどの、落とし穴だ。不思議と足裏には柔らかい感触……クッション素材だとすれば、生け捕りが目的の罠らしい。
「捻挫はしてねぇな……? げぇ、刃こぼれし過ぎだろ」
落下の際に両膝を曲げ、尻尾も使った三点着地。
剣を突き立て速度を抑えていたからか、無傷で済む。
ダンジョンの中は何があるかわからない。脚を怪我するのは生存確率を著しく下げてしまう。
「くそっ、片側は完全に使い物にならねぇ」
刃こぼれを観るが、岩に幾度となく打ちつけたように、刃に凹凸が出来ていた。
「あれだけ一本道を歩いて、出てきた仕掛けが落とし穴とは芸がねえな」
剣で削った壁のカスを頭と肩からはたき落とす。
なんて古典的な罠にハマってしまったものだと、自嘲した。
頭上からは、落とし穴の入り口が見え、その先の薄明かりが頭上を照らしていた。
どうにか脱出しようと足掻いてみるものの、道具も手段もなければ話にならなかった。
レゾックが落とし穴の底で立ち尽くしていると、
「おやおや、大変なところへお越しのようですね」
穴の上から、とても気取った声が響いた。
「困っているのでしょうか?」
レゾックは首を傾け、目を細めた。声色で醜男とわかるレベルだ。
しかし、醜美はどうでもよい。問題は狡猾さ。企みを隠していない不気味な態度。
「ああ、困っていてな」
ダンジョンの薄暗さと、声の主の位置が高すぎるため、レゾックは相手の姿をはっきりとは捉えられなかった。それでも一目でわかるほど、小柄な体型だ。
「おまえはだれで、俺にどうして声をかけたんだ?」
レゾックが低く、警戒心を隠さない声で問いかけると、上からの声はくすくすと笑った。
「私の名前は重要ではないでしょう。幸運にも私は魔法使いであり、あなたをこの穴から持ち上げる手段があります。どうでしょう?」
「目的は金か?」
「いいえ。魔法のテストにつきあってもらえれば、それだけで十分です」
レゾックは瞬時に、やつの意図を掴んだ。貴重品の入ったバッグを意識し、警戒しつつも興味津々なふうに問いかけた。
「そいつはありがてぇ! それで、テストってのは?」
「なに簡単なことですよ。私が開発中の魔法の実験台。もといお手伝いを願います。命にも体にも別状はありません」
「そんなに簡単なものなのか? 魔法ってのは、失敗したら大変だろう?」
レゾックは声の主に疑念を隠さず尋ねた。
「とんでもない。契約さえしてしまえば、あなたの安全は保証されます」
声の主は快活に答えると、黒々とした古びた魔法の契約書を投げ落としてきた。
割りとポピュラーな魔法だ。酒場で同じペンを使い、仲間と記入するものもいた。
かくいうレゾックも、裏切りはなしの契約にサインしたことがあった。あれはボロ儲けした、いい思い出だ。
「たしかに条件に不審なところはないな」
「そうでしょう? もう何人もの方々に協力をいただき、報酬もお支払いしております」
レゾックは一瞥しただけで、この契約書が危険な魔法や不利な条件を持っていないことを確信した。契約やギャンブルの世界で培った経験と知識を持っており、どんなイカサマや罠も見抜くことが得意だった。
だってのに、どうして警戒を解いちまったんだか……。
あれだ、風が吹いたのと、と水の音だ。そこから気を緩めちまった。
間抜けなものだと呆れ返った。
一番の敵が自分自身とはいったもんだ。
変な臭いがする契約書であるが、イカサマは厳禁とかかれていた。
知ったことかよ。と、これみよがしにイカサマ用のペンを指に摘む。
「しゃあない、選択の余地はない。契約を結ぶとしよう。だが、お前も何か裏があるだろう。騙そうとしても無駄だと思うぞ」
やつはくすくすと笑った。
「心配いりませんよ。ただの実験台としての協力をお願いしているだけですから」
仕方なしにペンを紙面に走らせ、レゾックの名を記入する。
穴の外から手をひらひらと振られれば、落とし穴の周囲に紫色の魔法陣が浮かび上がった。その魔法陣から煌めく光が立ち昇り、その光がレゾックを包むようになると、鱗のついた肉体が、ゆっくりと浮き上がってきた。一瞬のうちに、レゾックは落とし穴から殺風景な廊下の床に足を着けられた。
「助かった。礼を言うが……おまえインプだったのか、いい魔法だな」
その小さな身体はほとんど小動物のようで、燃えるような赤い目が細く尖った耳の間からこちらを覗いていた。
「契約の通り、お手伝いしましたよ。今度はあなたが果たす番です」
インプは得意げに言い放った。卑しい微笑みで頬をつりあげていた。
「そうだな。おまえが誰かなんて些細な問題だ。いやぁ、助かった、本当に。
心細くて……こんな見た目でも、泣きそうなくらいでよ」
レゾックも友好的な愛想笑いをしながら、小柄な体型を見下ろす。
突如、銀の短剣を取り出してインプに突きつけた。だが、その瞬間、契約書から放たれる光がレゾックの腕を縛り付け、動きを止めた。
「ん!?」
レゾックは契約書に記入した。
時間差で消えるインクを使ったはず。
力いっぱい短剣を振り下ろそうとしたが。
契約書の力により、それは許可されない。
インプはからかうように言った。
「魔法による契約の力を知らないなんて。見た目の割りに初心者なのですね。それとも体中についた古傷は、ハッタリ好きの愚か者がやる、見せ傷というやつでしょうか?」
「なんだと?」
レゾックは歯を食いしばり、自分の短慮を悔いた。
「イカサマは厳禁! ペナルティが発生しますからね! これで契約はますます私の有利に傾きます。消えるインクやこすれば消せるインク。果ては襲いかかってくるインクなど、いろいろありますからねぇ……残念ながらインクが定着し、普通のものになるよう薬品をかけてありまして。ほら、このとおり」
契約書を見せられると、消えるはずだった自分の名前が、はっきり記述されていた。
「あなたは格闘家のサンドバッグ! 科学者の実験動物! 私の玩具になってしまったのですよ! 予想を裏切らない話で恐縮ですが、このダンジョンも、落とし穴も、風や水音の演出も、すべて私が玩具をおびき寄せるために用意したギミックです。気に入っていただけたようで、何よりです」
くそったれめ! 大方そうだろうとは予想していた。
落とし穴に落とすためだけに凝った仕掛けをしてくれたものだ。
「もちろん地図屋も私とグルですよ。魔法の心得のなさそうな、単独で動きそうな、間抜けな冒険者をおびき寄せてくれと、頼んでいましたから」
イラっとしたが銀の短剣は振り下ろせない。
「魔法は何をするのか? ちょっと怯えているようですけど、私はインプで、いつもバカにされていてイライラしていましてね? だから、相手をバカにして、バカな行動を実行させる魔法を研究しているのですよ。インプだからと、下に見る連中に思い知らせてやるためにね!! あなたもそのひとりです!」
「あ? 俺は別に、インプをバカにしたり下に見たりしたことはないが」
「なんですと! 先ほどにインプだったのか、そういったじゃありませんか!」
恨みがましく睨まれるものの、さっきの言葉は『インプだったのか、大した魔法を使うじゃないか』以上の意味はなかった。
「決めた! おまえは特に辱めてやりましょう!」
「待て、やめろ! ふざけんな、契約と違……」
言いかけて、自分が握りしめているものを思い出し、言葉が続かなかった。
「手始めに、混乱魔法をかけ、あなたがどういうことをするのか、確認することもあります!」
一瞬。
レゾックの視界にモヤがかかって、また一瞬で晴れる。
両手の拘束が消え、探検を振り下ろすチャンスの到来だ。
なぜか自分の短剣を投げる。壁にむかって、後退りしながら。
「な、なんだこれ……クソ……どうなって……」
急に泣き出しそうな怯えに支配され、呼吸は乱れ小便を漏らしそうだ。
正面の壁が何よりも恐ろしいものに思え、やぶれかぶれに剣を投げつける。
「ははは! 怖い怖い。何に混乱しているのでしょうね?」
レゾックは意識はハッキリしないものの、鮮明な恐怖が脳を侵食する。
「来るな! 来るんじゃねえ! 俺を、くおうってのか! あっちいけ! 死ね!」
腕をふり、反対側の壁に尾と背中をつけ、しゃがみこんだ。
両手で顔を隠し、それから鼻をすすりあげ、急ぎバッグを開く。
バッグの中の品物を一つずつ取り出し、ダンジョンの壁に描かれている奇妙な文字に目掛けて投げつけ始めた。
「死ね! くんな! あっちに、いきやがれよお!」
魔法の杖、小瓶に入った薬、古びた地図、鈎ロープから包帯。携帯食。
投げるたびに、それが大切な装備やアイテムであることを理解しているのに、それを止めることができなかった。
なんで、怖えんだ! いったい、どうなってんだ!?
道具の使い方も、すべて理解しているはず。
左側にいるインプに目もくれず、壁と向かい合って、震えていた。
それは、レゾックの記憶の片隅に刻まれている、狼に囲まれた駆け出し冒険者のバカげた行動と酷似していた。その冒険者は大声をあげながら、剣を投げ、道具を投げ、果ては何の意味もなく小石を投げて騒ぎ出した。
剣を振っていれば、何の問題もなかっただろうに、バカなやつだ。
金儲けを理由に助けたものの、なぜか、バカにしたガキと同じことをする。
インプはその光景を楽しむように傍観し、さらに舌を出して嘲笑した。
「バカらしい行動と伝えましたが、それはあなたの記憶にあるものに限定されます。私がバカらしいと指示しても、変な踊りや奇声をあげるばかりでね。だから、かけられた相手が『バカだと思った』行動をするよう、仕向ける魔法を考えています。どうです、笑える魔法でしょう?」
インプの微笑はより陰湿になって、言葉を続けた。
「さあ、次は何を思い出しますか? どんなバカなことをしてみましょうか。さあ、混乱魔法を強めますよ、もっともっと、あいつなんてバカなんだろう、そう思ったときの記憶を自分で再現してください!」
やめろ、だれがそんなマネをするかっつんだ!
声が出せず、頭に浮かびあがってきたのは酒場の酔っぱらい。
そいつは人間で、酔っ払いながら調子に乗って、バカをやった。
「くそっ! だれがそんなこと……」
インプが手を振れば、魔法の効力がさらに強まり、意識が飛ぶ。
途端にトカゲの口が緩む……目を細め、酒に酔いしれ気分が高揚する。
「よおし! お望み通り見せてやろうじゃねぇか! このリザードマンの肉体をよぉ!」
レゾックは言いながら、服を脱ぎ捨てる。
これはバカらしい、インプは指差し笑い出す。
口が……体が……やめろ、ダンジョンで脱ぐんじゃねえよ
緑の鱗に覆われた全身があらわになり、数々の爪や剣による古傷が晒された。
どれだけ楽な方を選んでも、苦しいことは起きる。それが冒険者の家業。
クソ、やめろ、あのバカと同じことなんて、したいわけねぇだろ!
心は拒むが、ニヤリと口をつりあげて、意気揚々と吠えてしまった。
「見ろよ! 俺の姿を! 鍛えてんじゃねえ! 生まれついての筋肉よ!」
胸筋を膨らませ、腹筋を引き締めながら微笑む。
インプはバカみたいに喜び、混乱魔法の成功を楽しむ。
「おらぁ!」
厚い胸筋を強調しながら、拳を頭の上に掲げていく。
次は二の腕を曲げ、ちからコブをつくりあげてみせた。
両足を肩よりもひらき、尾を曲げ第三の腕に見立てている。
「どうよ!」
ぎりぃ、と鱗と鱗が擦れあいながら、肉が鳴った。
「いかしてるだろ! 俺の筋肉はよ!」
レゾックは筋肉を見下ろし、うっとりと自酔いする。
何度も肩の丸みにキスを振らす。そのうえで唾液をからませ、舐めあげた。
やめろ、あいつの魔法で、次は何するかわからねぇんだぞ!
いますぐに叩きのめしてやらねぇで、玩具にされてたまるか!
ああ、でも契約書が……イカサマを考えねえと勝ち目もねぇのか……くそっ!
リザードマンの皮膚の下で躍動する肉体美。
これほどの体が他にあろうかと自己陶酔に浸った
それはレゾックが酒場で呑み明かそうとしていた日。
テーブルの上で全裸になった人間の冒険者と、同じ行動だった。
自分から、笑顔で筋肉を見せびらかし、インプに満面の笑みをやる。
「そら! そら! こっちを見ろ! 俺の全身をありがたく拝め!!」
インプの野郎……ドン引きしやがって。
俺にこんだけ恥をかかせながら、笑いものにもしやしねえ!
「あ……ああ…………さすがに、ここまでバカだと笑いも、止まってしまいますね」
レゾックは股間部を中心に、力強く前に、前に、何度も突きあげていった。
腕を引き締まらせ胸を張って、得意な目つきで「どんなもんだ」と腰を振る。
ぶんっ! ぶんっ!
リザードマンの膂力が微かながら風を、空気の混ざる音をあげ、インプにかかった。
「見ろよ俺の勃起を! チンポを! 輝かしい亀頭を拝みやがれ!」
ぶんっ! ぶんっ!
力強く、腰を振る。筋肉を縮め、下半身を加速させ、血が巡り汗を流す。
筋肉が締まる音をあげながら、ウォぉお!! と吠え、なおも語った。
「この玉袋から発射されるザーメンこそ、女を夢の世界に導く魔法の袋だぜ!」
「…………」
「ロマンスがたっぷりつまってやがる、どれほどの女を、こいつで愉しませたか、想像してみろよ!! おらぁ! おらぁ! 俺の腰なら女神だってイかせられるぜ!」
ぶんっ! ぶんっ!
緑の鱗に汗が溜まり、繋がり、流れていった。
冗談じゃねぇよ、レゾックは自分のイチモツは人間とは違うのに、そう思いながらも肉体は『股間にぶら下がった自慢のチンポを自慢してやる』と言って聞かなかった。
「ウォオォ!! どうだ! ケツを出せ、マンコを出せ!
この特大チンポと自慢の肉帯で! 夢の世界に導いてやるぜ!」
大声で叫び、大笑いするレゾックはリザードマン。
心の中では頭を抱え、いっそ死にてぇ、と胸に恥を抱え込んでいた。
自分の種族を人間だと信じ込み、勃起していると錯覚しているのだった。
生殖器は鱗に覆われた肉体。その股間部に位置した切れ込みに隠れている。
また刺激もないのに勃起するわけもなく、閉じたスリットを懸命に振っているのは笑いを通り越し憐れみすら込み上げてきた。
「はぁ……いったい、どんなバカを見たんだろうね、君は」
ぶんっ! ぶんっ!
インプは腰から放たれる風を顔に浴び、おえっ、と辟易する。汗臭い空気に手を振ってもいた。
いやならやらせんじゃねぇよ、ぶっ殺してやる!
ダンジョンの薄明かりに、汗が流れる鱗を反射させた。
自分は最高の肉体を誇っているのだと、誇らしく古傷を見せつける。
しなやかな尻尾が延び、犬がそうするみたいに、左右に振り乱した。
ぶんっ! ぶんっ!
汗が、床に飛び散っていた。
「それはもう結構。見飽きましたから、違うものにしましょうか……次は記憶をもっと掘り下げてみましょうか……子供の頃に戻ってもらいましょう……」
声色が変わった。魔法による変化が起きているのだ。
腰を振って上機嫌に振る舞う自分には、回避のしようがない。
レゾックは心で萎縮しながら、ぶんっ! と腰を前進させていた。
「次は催眠魔法をあわせますよ、子供の頃の記憶を掘り起こして言ってください。いまも当時もバカだと思うようなことを、してみてくださいよ!」
見当もつかない。
だが、魔法は記憶を掘り起こしていき、ボーっとレゾックの体は停止する。
記憶が頭に巡っていった。見たもの、感じたもの、体をどう動かしていたのか。
野山を走って、水に入って虫をとって。
バカみてぇに騒いでた時期が、俺にもあったな。
レゾックは子供が何かを思いついたように、ヘラヘラと口を緩めだす。
身を丸め、照れくさそうに身をくねらせだす。やめろ、と声をあげても表に出てきた言葉は。
「これ、見てみて!」
両手を頬に当てて、大きな目をさらに大きく見開く。
まるきり子供の仕草で、舌を伸ばしおどけた表情になる。
や、やめろ!!
んべべべべっ、んべべべべべべっ!!
舌をふりまわしながら、頬をおさえつけ、視線を上にする。
インプは噴き出す。急なことで間を開けてから、腹を抱えだす。
「な、何をいきなり……あはははは!!」
「キャハハハッ! おじさん驚いてるっ、笑っちゃったから、僕の勝ちだよ!!」
「あはははははははっ! そうですか、ええ、私の負けのようですね」
「へへへへ~、にらめっこで、勝っちゃった!」
身を左右に振って、傷だらけのリザードマンの風格は影も形もなくなった。
恥辱に尻尾が震えだしたが、自由になったのはその一瞬だけ。すぐ、上機嫌に尻尾を振り出す。
「次は何をさせてやりましょうか、もっとバカなことはありませんか?」
瞳の奥には、年齢を感じさせない子供の輝きが宿っていた。
「なんだろぉ、ばかみたいなことって、わかんない!」
レゾックは腕を大きく振りながら、子供が草原を走り回るかのように、その場で飛び跳ねた。その動きは、大柄な体格とは裏腹に、非常に軽やかなもので、自分が無邪気であり純粋であった頃を思い起こさせ――――心を恥で加熱する。
やめろっ! 俺はもう、ガキじゃねえ!!
レゾックは頭で叫びながらも、尻尾を握り顔を隠した。
家に知らない大人がきて、親の後ろに身を潜ませる行動と似ていた。
「いやいや、卑怯者で有名なレゾックにも、幼心があったのですね。これは笑えますよ。他には何かありますか?」
「おじさん……うんち、うんち! いますぐにね、うんちしたいっ」
ふざ、ふざけんなっ! こんなやつに、何を言って!!
レゾックは尻をあげ、もう我慢出来ないのだと身を縮めての上目遣い。
筋骨が発達し、びっしりと生える鱗を汗ばませながら、またたきして強請った。
「いけません。ダンジョンの中でウンチをするなど、お行儀が悪いのですよ」
笑いを堪えきれず、噴き出しながらインプは言った。
「うーんーーーーちーーーー!!」
レゾックは子供らしく身を振りながら、飛び跳ねて尻を押さえる。
もはや恥ずかしさのあまり、言葉も出てはこなくなるが、インプは笑っていた。
「ダメです」
「うんち! うんちしたい! おじさん、トイレ!!」
尻を突き出し、両手でおさえながら、ぷるぷると涙目で震え始めていた。
古い古い記憶だ。トイレにいけないと、バカみたいに騒いでいたことがある。
く、くそっ……腹が…………
ぶぅうぅ!! 汗ばんだ尻から、屁が飛び出す。
インプは手を打ち、「まだ出るのかな?」と見つめてきた。
「うんち! うんちもれちゃう! おなら、だめなの!!」
混乱と催眠をかけられていても、服従の魔法ではない。
レゾックはいやいやと首を振り尻を振り、拒否の構えを見せる。
ぶぅうううぅううぅう!!
いくらケツを閉じようとも、ガスの放出を防ぐ術は持たなかった。
「どうして、ウンチを我慢しているのですか?」
「お外でうんちするのは悪い子だって、親も先生も、言ってたもの!」
ルール違反はいけないことなんだ、と眉を寄せながら力説する。
どこまでも自分が情けなかった。こんな当然のことを守ろうとしていた時期が、良心や正しさを失っていなかった過去と向き合いながら、いまクソを我慢して、辱めを受けているのだ。
「あぁ、そうですか。レゾックからすれば、さぞや恥ずかしいでしょうねぇ。いやいや、しかし子供の言うことですから、どうぞ気にせずにいてください」
インプの厭味な言葉が、いっそう気持ちを惨めなものに仕立て上げた。
「それじゃあ、ここにサインをしてもらいましょう。そうしたら、ウンチをする許可を与えてあげます」
「はーい!」
レゾックは何の疑いもなく、契約書にサインする。
それは完全に主従契約を結ぶ不平等な書面で、自分を奴隷に貶めるものだった。
「ちゃんと書けたよ! おじさん、うんち! うんち! うんちぶりぶりしたい!」
「あなたのバッグがあるでしょう? ちゃんと、出したウンチをダンジョンの外で処理すると約束できるのなら。そこでしなさい」
ざけんな! ころすぞ!
このバッグが幾らしたとおもってんだ!
こんだけ頑丈で、使い心地のいいバッグは一生に何度もお目にかからねぇんだぞ!
いや、それ以前に……俺は本気で。
こいつの前でウンコを垂らさなきゃ、なんねぇのか!
だ、だれが大金を使ったバッグに、くそっ、ケツを向けるな……!
「いっぱい出していいですからね。もう我慢なんて、要らないのですよ」
レゾックの思いも虚しく、インプに指示されながらバッグに跨がった。
その上で、片手をあげてから、微笑んで、学校の先生にしたように言う。
「はーい! おじさん、ありがとう……うんんん!!」
ぶううぅぅううっ! ぶっ! ぶうぅぅぅ!!
レゾックは自らの手でバッグの口をひらき、手始めにガスを噴き出す。
肛門を押しひろげながら、固形物が押し出される異音が響く。ミチミチ、ブチュブチュと聞き苦しいものが、尻から確かに聞こえてきた。
う、ぐぅ! こんな、やつの前でウンコなんか、してたまるかっ!
だが幼児化した精神。混乱魔法をかけられた肉体は舌とよだれを垂らしながら、堪えていたものを開放する喜びに浸っていた。尻尾を振りながら、へへへ、とインプと視線をあわせ恥じらった表情。
もっと恥ずかしがることを、やってるじゃねぇかボケ!!
茶色いものを尻から垂らしながら、欲求を満たす童心が全身に満ちる。
何をしても楽しかった時期。ふざけた排泄ですら、ワクワクを生み出す。
「もっと力を入れて。私は目的以上のことを果たしたので、はやく帰りたいのです」
「はーい! うぅうぅうぅううんんっっっ!!」
肉体は素直だ。こんな時期があった自分が恨めしくなる。
トカゲの牙を噛み締めながら、尻尾をあげ、ぷるぷると尻を気張らせた。
ぶうぅぅううう!!
みちっ、みちっ、みちみちっ、みち………………
膝を立てた両足が痙攣する。呼吸が乱れるが、苦しみではなくて、呆然とするほどの喜びだった。当時に感じていたものが、全身に蘇る。明るかったことや友達がいたこと、愛し愛されていた、穢れていなかった精神。
くそくそくそくそくそくそっ!!
思い出させるな、そんなことして、俺にクソなんかさせんじゃねえ!!
盗んだも同じの大金で手に入れた愛用のバッグ。
その上にしゃがみ、口を両手で開かせながら、脱糞している。
「おぉぉ、ウンチがぶらぶらと垂れていますね」
「へへへ~、尻尾みたいで、面白いでしょ!」
バッグに入りかけたクソを、振ってみせた。
重力に従い肛門がクソに引かれていて、動く度に肛門が割り開かれる。
ぶちっ、と半ばから汚物が千切れてしまった。足元で、微かに落ちた音。
あああああっ! ゆるさねえ……!!
「お行儀が悪いですよ」
「ごめんなさい……おこんないで」
インプに窘められ、怒られることを恐れての謝罪。
本当に死にたくて仕方がない。こんなカスの罠に陥り、無様を晒している。
しかも契約書にサインをさせられた。心で納得していなくとも、肉体は完全に同意していた。あれは覆しようがない、自分のやってきた以上の反則技を前に、膝をつく以外になかった。
「おじさん、うんち出る! ぼくね、いまうんち出すよ!」
「プッ……それは、楽しみですね」
ぶうううううううっ! ぶっ!
ぶりぶりぶりぶりぶりっ! ブリブリブリっ!
「うんちぶりぶり! うんちぶりぶりぶりっ! うーんんーーーーちーーぶりっ!」
「楽しそうで何よりです。もっと魔法の実験台にしてあげますからね」
みちみちっ! みっち、みっちみっちっちっち!
ぶりっ! ぶうぅううううううううう!
汚物が、ガスと共に吐き出されていく。
思い返す。一昨日は地図屋で話を聞いて準備をはじめた。
魔法の杖を何本か、次からは高くとも飛べるものを用意しよう。
怪我したときのため薬の瓶や包帯など、装備一式を揃えていた。
昨日は、ここに来るまで歩き、たしかトイレをしていなかった。
最後に排泄をしたのは、三日前になるだろうか。
くそっ! くそっ! このクソインプ!
殺す前に、このクソを口に突っ込んでメチャクチャにいたぶってやる!
拡げられた肉の穴から、腹の奥から茶色い塊が下っていった。
「うわ、臭いですね」
ところどころが黒く染まり、腐敗しているのが目でわかった。
「うんちうんち! うーんちー!」
ケラケラ微笑みながらケツから出ていく感触。腹が軽くなることに笑っていた。
ぶっ! ぶっ! ぶぶ!
ぶぅうぅう!
ぶっ、ぶっっっ!
ぶうぅう!
肛門はひくつき、排泄の喜びをガスで歌うようだ。
インプのバカ笑いが聞こえてくる。腰を振っていたときより、こっちのほうが酷いじゃねえか、なんでこっちのが笑えるんだよ。そう叫んでやりたかった。
「うんち! ぶりぶりぶりっ! おならぶううう!! へへへへへへへ!」
出しながら器用に吠えるのは、ガキの戯言だけだ。
拡張された肛門はすこしも衰えないで、肉食中心のリザードマンらしい食生活を排泄によって明らかにする。腐った臭いがダンジョンに漂うが、インプは笑い過ぎで気づかなかった。
くそっ……俺のバッグ……装備品……全裸で、こんなやつのまえで
悔し泣きしたいのに、微笑みながら尻尾を振っていた。
「おじさんっ、うんちおわったよー!」
「それじゃあバッグを閉じて、背負って私についてきなさい」
い、嫌だ! これ以上わけわかんねぇことにつきあわされて――
「はーい! おじさん!」
親や先生に褒められていたときの、純粋な喜びに精神は負けてしまった。
尻を拭きもせず、クソの破片をびちゃびちゃと垂れ落としながらインプについていくのだった。
やめろ、解け! 解けよ!
催眠も混乱も解いてくれよ……!
「今日は素敵な玩具が手に入りましたね。魔法を解いたら、どんな顔をするのか楽しみです」
インプの高笑いが、一本道の通路のどこまでも響き渡る。
心とは真逆に、レゾックはピクニックを楽しんでいるようについていった。
「しばらくはあなたで実験をしましょう、どんなふうになるか笑いが止まりません」
ぼたっ、ぼたっ、とレゾックが進むにつれ垂れ落ちる黒っぽい大便のカスが、足跡をつくるようにダンジョンを汚していた。