メス堕ち族長の裏切り2

  重くたれこめた灰色の空を眺めていれば、熊族たちの快活な叫びが木霊する。

  気分や空模様は同じだ。時間の流れとともに動き続け、ずっと同じではいられない。

  太陽王国の辺境にある熊族の住み処。トーテムタフ山脈にある洞窟のひとつから、砕牙は外を見上げていた。壁の一部が吹き抜けていて、空を見渡すのにちょうどよく気に入っている。

  「あれだけのことが、あった後であるというのにな。皆よく笑うようになった」

  厳しい声をあげたのは白熊。右目は切り傷で塞がれていた。

  恰幅に恵まれた熊族の中でも見るからに大きく、腕を組み壁にもたれている。

  山脈の腹半ばに位置するため、もわっとした霧が通路に立ち込める。ちょうど、いまのように。

  「ふぅ……」

  白熊である砕牙は、物憂げな溜め息をつく。吐いたものは薄霧に溶け込んだ。

  あの貴族を名乗る異常者。やつらのせいでトーテムタフ山脈は完全に掌握された。

  太陽王国を始め、複数の支援者の手で熊族たちは支配から解放され、元の暮らしに戻れたのだ。族長となり培ってきた繋がりは、無駄ではなかった。熊族は今後とも他種族との交流を深めていくだろう。

  「助けてもらったまではいいが」

  トーテム山脈や太陽王国の終焉まで続く美談。双方の力をあわせ外敵を遠ざけ、絆を深めた友情の物語。歴史を彩る一幕となるのは想像に難くない。

  「俺としたことが、なんという失態だ」

  もちろん、事実は都合よく歪められた。とてもではないが語り継がせてよい話題ではなかった。今回は場合が場合だけに、熊族のみならず、太陽王国でも真実には箝口令が敷かれる手はずとなった。あの事件に纏わる話の一切が禁止された。効果の程は見込めないにしても、当事者が大勢いるトーテムタフ山脈以外では威力を発揮してくれていた。

  「口に戸はたてられない。わかっていても、"やきもき"させられるものだ」

  眉間を深くし、何度も指でほぐす。しかし触れるたびに、硬さを増していた。

  あの貴族を名乗る異常者と付き従う兵士たちに、熊族の誇りは穢されてしまった。短い期間ながら、男女を問わず売春婦に仕立てられた。肉穴つきの肉布団。そんな扱いを受け、熊族はそれに甘んじた。呪いで身も心も侵食され客を相手に股をひらき媚び、快楽を享受してしまった。

  「く……頭が痛くなる」

  砕牙もそのひとりで、『妻』として扱われた。この族長である白熊が、文字通り女々しいにもほどがあった。呪いを解かれた今となっては、思い出すだけで腸が煮えくり返る。あの事件が起き、抵抗する者は多かったが、ルーンによる快楽と服従を込められた呪いは遊び知らずの熊族はものの見事に陥落。またたく間に変貌を遂げてしまった。

  「もはや事態の収拾がつけられん……」

  いままで、トーテムタフ山脈にある鉱石を目当てにした、不埒な違法採掘者どもが跡を絶たなかった。これからは肉穴つきの肉布団を目当てにした太客たちが、熊族を買いに来ていた。こともあろうに無断で山脈を飛び出し、逢い引きをする熊族まであらわれている。元に『あいつはどこにいった?』という会話をたびたび耳にするようになった。

  「規律が乱れるばかりだ。手の施しようがない」

  ルーンによる影響か、本人の意思によるところなのか。

  砕牙はこの問題を思い出すたび、貴族の上で腰を振り肉棒を隆々とさせていた過去を思い出し、なるべく避けるようにしていた。しかし、族長である立場上。もはや知らぬ存ぜぬは通らない。いや、最初から無視してはならなかったのだ。臭いものに蓋をしようとして、熊族は他種族と下半身による交流を深めに深めた。中には自らの住み処に侵入者を匿い、甘い時間を過ごしている始末。それが砕牙の耳に入らなかったのは、知らぬ間に新しい規律が出来てしまっていた。上に知らせない、好きにしようという暗黙の了解。まだ知れ渡っていないだけで、駆け落ちも多いことだろうと予想がついてしまう。それほどに熊族の全体が乱れてしまった。

  「クソ……」

  砕牙は声を大にして、間違っているのだと言いたいが、喉から言葉を出せない。

  グル獣に対する敬礼をしながら、男の腰や太ももをまさぐり、勃起にしゃぶりついた。それも大勢の族長の前で、あの異常者を相手に『妻』なのだと宣言。現実を疑う熊族たちを売春婦に貶めたのは他でもない。呪いに縛られた族長……自分自身であった。

  「あんなことに、ならなければ…………」

  快活に振る舞っている熊族たちの笑い。昔とニュアンスが違った。

  日の高いうちから酒盛りをしているのだろうと、見ずとも理解できた。

  もはや熊族の見張りは歓迎役に成り下がり、肉布団を買いに来た。あるいは恋人に会いに来た連中に恭しく頭をさげていた。都会のベルマンさながらだ。

  「俺が、もっとしっかりしていればよかった。あんなことになるなど想像もしなかった」

  開かられた未来を築きあげたい。戦うばかりの生き方では駄目だと、信じてきた。

  人間に悪印象を持つ者は部族から激減し、人間をはじめ他種族に好意的な態度をとるようになってくれた。なったが、しかし、理想とは程遠い最悪の形で成されてしまった。その多くは下半身の関係。一夜限りの関係にとどまっている。

  「刃……おまえはどこにいる? 俺と同じことをされているのか?」

  戦友の形見であり我が子も同然に愛する若者。

  茶色く荒っぽい、昔の自分たちのように血気盛んであり、目が離せないと思っていた。自分が捕らえられ性奴隷に貶められる前。もはや自分の懐に収まりきらない成長を遂げていたと、我がことのように嬉しく思っていた。柄にもなく、感動のあまり涙をこぼしかけてしまうほどに。断じて、流すまでに至っていない。

  「どこに……」

  砕牙は族長の地位に返り咲いたものの、手をこまねいていた。

  あれだけのことが起きた後だ。立て直しにも時間をかけねばならず、捜索を出せるほど人手に余裕はなかった。仮にあったとしても、果たして熊族が自分の言うことを忠実にこなしてくれるかは疑わしい。

  「俺があんな真似をしていたばかりに、信用は地に堕ちてしまった」

  何しろ、これまで協力関係にある者たちから支援を受け、トーテムタフ山脈を立て直した。その支援者たちの助力を受け、族長に戻るよう押しあげられた形。熊族たちは新しい遊びを気に入りながらも、呪いが解けているため意思はハッキリとしていて、醜態を晒し全体を危機に陥れた族長を昔ほど敬ってはいない。大っぴらではないが、余所者のちからで族長に戻った裏切り者。そういった評価を下す熊族も増えている。

  「………………」

  霧が濃くなり、通路から退散する。毛皮が湿気るのは好まない。

  いつもならば側に誰かが控えていたが、自分ひとりになってしまった。

  ふと、熊族の一部が身を寄せあい目配せをしあっていた。明らかに不審だ。

  気にかかり後をつければ、トーテムタフ山脈を出た裾野に熊族が集まっていた。

  と、ここで砕牙は眉をひそめる。何人か見覚えのない顔が混じっている。

  それが同時に消え、どこにいったのかと岩肌に手をつけたとき、厚い扉であると気付かされた。隠れた入り口が存在し、真新しい外壁が続いた薄暗いトンネルを通り抜けると、世界が一変した。中心部に広がる大広間が現れる。広間の壁には蝋燭が並び、あたりを昼間のように照らしていた。

  「いったい、これは……!」

  明かりがほのかに揺れながら空間を照らしている。石で作られた大きな柱が立ち並び、天井は高く、遠くの壁には梯子や武器が掛けられている。石の床には大小さまざまな模様が刻まれており、ルーンを使われた痕跡が見て取れた。おそらくグル獣の鉱石を使ったものも、存在している。

  「裾野の岩場に、まさかこんなものを作られていたのか。まるで要塞ではないか」

  一部の部屋には食料や水、さらには武器や防具が備えられている。別の部屋には地図や書物が並んでおり、何らかの作戦や研究が行われていた。気づかれぬよう進んでいたつもりであるが、目についた人種が分け隔てないことから、あの男の顔が目に浮かび、眉間の彫りを深めてしまう。

  「トーテムタフ山脈の膝下にこんなものをつくるとは。傲慢な男の考えそうなことだ」

  通路の終わりには小さな覗き窓があり、そこからは鉱山の外部や、さらには遠くの景色を眺められた。平原を一望できるため、大きな動きがあれば即座に発見できる。この場所は、外敵の目を欺くための隠れ家であると同時に、大きな目的のために建てられた施設なのは間違いない。その真意を砕牙は覚えていた。

  「どうぞ、こちらへ。お待ちしておりました」

  思いもよらぬ再会に、脳天へ落石を受けたようだ。

  自分を連れ去った実行部隊のひとり、名も知らぬ女であった。

  恭しく頭をさげ、手で道を示す。誰が待っているか、考えるまでもない。

  しかも、お待ちしておりました。そう告げられた。

  「まんまとおびき寄せられたというわけか」

  彼女は答えず先をゆく。警戒を解かず、細身を追った。

  連れてこられた部屋。あのときの屋敷にあった部屋と異なり、大したものがない。

  文机や食堂で使うような豪奢な長テーブル。複数の椅子に部屋の隅にあるベッド。

  長テーブルの両端でにらみ合う格好になるが、上座でくつろぐ男を忘れはしない。

  「こんな近場に隠れ家を持っているのが不思議か? トーテムタフ山脈を一度は手中に収めていた。何もしていないと思っていたのだといたら、愚かだな」

  ここでも蝋燭の火がなびいていた。空気の流れがあり、どこかに道が通じているはず。

  いったい、どこからどこまで穴を掘っているのか。トーテムタフ山脈の内側にまで通じてはいまいか。改めて侵略される危機感に不安を募らせる砕牙であるが、男は手すりに左肘を載せ、右手で膝を幾度となく撫でている様子。殺意を放とうが、まったく余裕を崩していない。

  「たしかに俺は愚かだ。族長でありながら仲間の信頼を裏切っただけでなく、おまえによがり声をあげ、呪いに狂っていた。あの忌々しい過去を、俺はこれから先も背負っていくだろう」

  砕牙は注意深く感覚を研ぎ澄ませるが、目立った動きはない。しいてあげるならば隙間風。空気の漏れる音だけだ。それに鼓膜をくすぐられていた。風の音とは違っている。

  「だが、おまえは負けた! 潔く消え失せるのが筋というものだ」

  「なぜ隠れ家を持っていると思う?」

  男は姿勢を崩さない。手の動きも相変わらずであった。

  「おおっぴらに支配して見せて、わざと負けてやれば愚かな王たちは勝利に喜び、猿のように興奮しパーティー三昧……あれには時間と労力そして人員が必要であることを、知らぬらしい」

  砕牙は耳が痛い。この異常者たちから開放されたからと、祭り騒ぎになったのは記憶に新しかった。交友会の名目で集まりに参加してもいた。

  「苦い記憶を酒で洗い流し、身も心も都合よいほうに流してしまう。すると、何が起きる? このように、足元から征服されていることにも気づかず、目の届かない場所を知ろうと精一杯に背伸びをする。足元がグラついていると知らぬままな」

  現にここが発見されず、いまもこうして異常者が安穏としている事実は、認めねばならなかった。しかし、こいつの言葉をすべて聞き入れる必要はない。自分たち以外を見下す傲慢な男に、心を許すべきではないと砕牙は重々承知していた。

  「俺はおまえの偏見に満ちた講釈を聞きに来たわけではない」

  丸太のような腕を振るい、一喝する。

  「まさか目当ての人物がいるとは思いもしなかった。部族の仲間たちを引き止めるために着の身着のまま後をつけた。そんなところか? 武器を持たずして潜入など、気を逸らせたな。そんなに再会したかったか、この俺に」

  「おまえにそこまでの価値はない。刃はどこにいる?」

  男はテーブルを片手で掴むと、手首の力だけで、横倒しにする。

  視界がひらけると、そこには跪く熊族がいた。探し求めた刃が――股ぐらに頭から突っ込んで、忌まわしい男の肉棒を一心不乱に舐めしゃぶっていた。

  「刃……おい、刃!」

  はあ、はあ、ちゅううう! ちゅるっ!!

  微かに聞こえていた音の正体。それは刃の呼気と、愛情の込めた口奉仕だった。

  胸が痛む光景であるのに、砕牙は片時も目が離せなかった。視線は釘付けになり、茶色い後頭部がモゾモゾとしている。首と舌をつかい、舌から舐めあげる痴態を網膜に焼きつけてしまう。男が撫でていたのは自らの膝や太ももでなく、刃の頭だった。

  ちゅううう! ちゅっ! ちゅうぅう!

  刃が口を窄める。鼻息を荒く、御馳走にむしゃぶりつく幼子さながらに口を動かす。舌が唾液を絡ませる異音が、ひっきりなしに届いた。意識した途端に、鼻が痛む。これだけ酷い臭いがこもっていたのに、緊張から感覚が失われていた。

  「ふん。感覚を張り詰めていたつもりだったようだな」

  見透かしたように嘲笑われる。

  はあっ、はあっ、ちゅうぅううう!!

  刃は巨体を必死に丸め、幾度となく男の肉棒に愛を訴え、荒々しい吐息で忠誠を囁きかけている。身につけているのは女が身につけるようなランジェリー、黒い薄布で全身を覆い隠し、手足や肩を露出させたもの。寝所で砕牙も着せられた経験があり、男の性的指向が見て取れた。屈強な熊族の一員である刃が、なんと痛ましい姿か。

  「やめろ、俺だけならともかく……刃を辱めるなっ! その子は、そんな真似をさせていい戦士ではない! 刃、やめろ! 刃っ!」

  呼んでも反応はない。故意に無視されているのは明白だった。

  かつて自分が男の股間に奉仕を捧げ、あの子の訴えを耳に入れなかったのと同じだ。

  砕牙は両者から二十歩以上は離れている。にもかかわらず、雄臭さに嗅覚を握られていた。陰毛の周辺ともなれば皮脂が浮かび、汗による湿気が絶えず溢れる。現に刃の顔を撫で天井へ向かう湯気が、たしかに見えた。弱火にかけた鍋を、じっくりと煮立たせているふうだった。それを顔面に浴びているのだから、臭いは相当なもの。言葉通り味わってきた砕牙だからこそ、刃がどういう事態に陥っているのか、理解できしまった。胸が苦しい。

  「何をしにきた? そこで突っ立って、刃の淫猥な姿を目に焼きつけるためか?」

  仮に武装をしていたところで、あの貴族には敵うまい。実力があるからこそ、一度ながら腕を交えた経験からわかっていた。口惜しいが、熊族の精鋭を呼びつけ束になったところで、勝てる保証はない。さらに言えば、やつには必ず忠実な部下が控えているはず。ならば、正攻法で勝ちを拾える相手ではなかった。熊族らしい体格に任せた真っ向勝負は得策ではない。身投げと同じ。

  「ほお。すこしは賢くなったな。敗北の雪辱から、学びを得たようだ」

  貴族は一瞬ながら顔を驚きに彩り、刃の頭を掴んで引き寄せ、雄々しいものを根本まで咥えさせた。しゃぶりついた茶色い毛皮が痙攣し、口に射精されているのだと、傍目からでも実感できる。何としても刃を連れ帰れねば、それだけを思考し、憤りによる暴発を避けた。自分も戻れたのだから、刃が戻れないはずがない。実体験を心の拠り所とし、貴族の視線を真正面から受け止め――堂々と睨みつけた。

  「これ以上。刃を弄ぶのはやめてもらおう……俺を身代わりにする」

  「いいだろう」

  あっさりと、信じられないくらいあっけなく男は刃の頭を掴み、引きはがす。

  口から勃起が飛び出すなり、刃は名残惜しそうに手を伸ばすが男は興味を持たない。

  椅子に越したまま片肘をつき、意味深に砕牙を見つめ返す。口から精液の糸を垂らす刃は胸元までを汁で汚している。白濁なり透明なりの体液をしたたらせ、熱っぽく男を見上げていて、既に何度か射精しているらしい肉棒を跳ねさせ、物欲しそうな視線で訴えかけた。

  「よくも刃を、いずれは思い知らせてくれるからな」

  砕牙は、ぎりっ、と歯を食いしばる。手を握りしめた。

  どれほどに刃を変えたのか。ああやって自分も男だけを見るよう仕向けられたのか。

  あらゆる感情が爆発し、憤りが活火山のように吹き荒れる。しかし、手は出せない。

  男は不遜にも刃のほうに手を振った。出ていけ、の所作であったらしく、彼は立ち上がると部屋を後にする。一度として砕牙を目に留めず、彼の中にあるのは自分が忠誠を捧ぐ男だけだった。腹が出て、スキンヘッドで、熊族を上回る屈強さを持つ異質な人間。自らを貴族と名乗る妙な集団の上役。

  「こっちにこい。次の仕事まで時間がある。すこし遊んでやろう」

  砕牙がわかっているのは、まともではない。それだけだった。

  「身を屈めろ」

  椅子に腰掛けたまま、何をさせるつもりなのか。ろくでもないことなのは間違いないと嫌悪しながらも指示には従わなくてはならない。それだけが、大切な刃を救う方法だ。

  「俺に男色の趣味はない……」

  苦し紛れの台詞を耳に、男は砕牙を強く抱きしめ、引き寄せる。

  ルーンで動きを封じられたように、肉体の自由が利かなくなった。

  至近距離で男臭い息をふきかけられる。黒い鼻に人間の汗臭を嗅ぐ。

  指先は砕牙の首筋を撫で、図らずとも緊張を走らせる。目を閉じたいのに、出来ない。

  その指先は次第に頬へ、唇へと伸びてきた。ついに指が口の中に滑り込んで、間髪をいれずに舌が絡む。

  「……………………っ」

  唾液のぬめりに耐えられたのは、ほんの数秒だった。

  顎を食いしばろうとして、頬の筋肉だけが緊張していく。

  ここで目を閉じたいという願望が叶えられた。嫌悪でないものが由来した動作だと、恥辱の日々を思い返す。最悪だ、あのときの感覚が神経に蘇り、性感帯をいじられた娼婦みたいによがってしまう。

  「ふっ、ふ……ふっ!」

  隻眼がぴくりと動いた。瞬間、全身を稲妻が駆け抜けた。

  大柄な白熊が身をすくめ、四肢を痙攣させ、大口をひらく。

  たっぷりの唾液が口の端より滑り出し、男まとう空気を吸う。

  舌と舌が密着し片方は積極的に絡む。唾液が掻き混ぜられる。

  砕牙の瞳から覇気が抜けていき、息が詰まり、荒々しくなった。

  何も感じるものか。そう意識していたのに、ぬめり、味わい、臭いのすべてが口いっぱいに広がっていた。負けるものか、亡くした親友とその勇ましさを受け継いだ刃の表情が脳裏をよぎる。しかし、床に押し倒されると、背中に岩肌がぶつかる衝撃さえ、キスの味を際立たせるアクセントに変わっていた。

  「んぅうぅうう……!」

  砕牙の瞳は理知的に澄んでいたものだが、舌の動きや唾液の分泌にあわせ卑猥に濁る。

  思えば初めてのキスも、この男に奪われた。おぞましさを抱えながら、情熱的に唇を座れ舌を今のように激しく絡ませては、磨くみたいに強引な舌使いで、歯茎の隅々を責め立てられたものだ。

  「ぬ、んっ」

  瞳が蠱惑的な光をはなっていくと、涙が雨粒のように流れる。この短い時間で、キスという単純な行為を経て、衝撃のあまり意識が朦朧としていく。股間に血が満ち、そそり勃っていた。それを知覚したのは勃起が跳ねて、痛みを覚えたときだった。思考や感覚のすべてが口の中に持っていかれている。

  男は口を離すことなく、一層むしゃぶりついてくる。

  砕牙は得も言われぬ男臭さを一心不乱に嗅ぎ、唾液にほのかな甘味を感じ取った。

  嫌悪感が込み上げる。それすら凌駕する開放感に、立場や過去を投げ捨ててしまう。

  気がつけば自分から舌を動かしていた。ぬめっとした気色悪い物体だと思っていた男の舌が、口内に押し入ってくれる悦び。吐き気を催すどころか、自らも口を吸引させ、息や唾液を喉へ喉へと送り込む。砕牙は鼻息をふかしては、はしたなく男を求めていた。

  「これが欲しかったのだろう?」

  キスをしながらの問いかけ、何をバカな、心で否定しておきながら微かに首肯する。

  舌先が唇と前歯の先に潜り込む。熊族の鋭い牙を撫でるかのように、男は何度も往復させ唾液をすすりあげ、また送られる。甘美なる湧き水を頂戴する如く熱心に舌をあわせザラりとした表面をふたりで愉しむ。

  「もういいだろう」

  唾液と唾液が繋がり、口周りの毛並みは潤っていた。男が口を遠ざけてしまえば、砕牙の瞳は名残惜しいと訴えかけている。その目は、先程に頭を掴まれ遠ざけられた刃がしていたものと同じだった。

  「しゃぶれ」

  男は椅子に座り直した。力強い肉体を支えるに見合った太い両足。その中央に岩から削り出したような雄々しいものが直立し、唾液に濡れ蝋燭の明かりに輝いていた。どんなグル獣の鉱石でも、これほど見事な光沢は放てない。魅了され短い息を続け、膝立ちで接近する。色に溺れた瞳を見開き、勃起している自覚さえなく、言われるがままに顎をさげ口をひらいていた。

  「んっんんぅ! んんんん! んんんぅぅ……!」

  砕牙の口に熱が入る。苦しげに呻いたようだが、実際は歓喜一色の喘ぎ声だった。

  最初はゆっくりとした口使い。しかし、辛坊たまらないと砕牙の舌は肉棒の先から螺旋状に巻きつき、首を上下させる。妻として仕込まれた、旦那さまにする口奉仕。心が拒絶しようとも肉体は全面的に男を受け入れ、旦那さまと慕っていた。

  「んぅうぅ! ぬぅうううう!!」

  夢中になり、肉棒を貪る砕牙の両手は、男の太ももに添えられている。

  吸っても吸っても先走りが溢れる。仄かに刃の臭い、味わいが混ざっていて、唾液を多量に分泌させ、とろりとした粘度に仕上げ洗い流してしまう。男の睾丸から椅子にかけても唾液で汚すものの、構わなかった。

  「んんん!!」

  刃を目に入れたとき、感じたのは憤りではなかった。

  嫉妬だ。羨望の眼差しで、旦那さまについた悪い虫を睨んでいた。

  離れるように叫んだのも刃のためでなく、自分本位の主張。そこは私のものだと、悪い虫に怒鳴っていたに過ぎなかった。

  「いいしゃぶりつきだ。あの日々をしっかり覚えているな。関心だ」

  味わいから風味に至るまで、旦那さまのものに変わっていた。邪魔な味が消えた。

  股間からは雄の湯気が霧となり、肺腑を満たす。顔中の毛が湿気っていく。内臓までを力強くマーキングされる。支配下に置かれる至福に下腹がキュウと捻れ、すぼまった。

  「出すぞ、飲み干せ」

  砕牙は唇を離さず、しっかりと閉じる。

  肉幹を舐めあげ、唾液をしたたらせ、その口元には笑みが出来あがっていた。

  雄臭さと流れ出る粘液が舌の上で玉状になり、口内にどろどろと満ち溢れる。

  痙攣する血管や竿の収縮をも味わう。ねちっこい口奉仕を捧げ、股間に血が巡ってしまう。硬くなり、先走り、旦那さまを相手にしている幸福に先端を赤く張り詰めさせてしまっている。

  「んんんんん」

  とどめ溜まっていたものを、粘った精液を嚥下していく。

  男は得意げな笑みを浮かべながら、ただ砕牙を見下ろしていた。こうなるのだと確信していたことが、現実になったと言わんばかり。対する砕牙はといえば、こうなることを臨んでいたわけではない。しかし自分自身が裏切り、妻としての自覚を持っていた。

  「おまえはなんだ? どうしてほしい?」

  男は蔑むかのように笑い、砕牙の反応を見つめていた。

  これは自分がどう答えるべきなのか、旦那さまが試していらっしゃるのだと、砕牙はわかっていた。だから身につけたものを脱ぎ捨て、勃起を曝け出す。次に尻を向け前かがみになると、自らの指で開いてみせた。

  「貴方様の妻にございます」

  肉の塊がふたつ、左右に割り開かれていけばもわっと湯気が飛び出す。腸液をよだれみたいに垂らし、尻と尻の境目で糸を引かせ潤わせている。うごめいた粘膜は浅黒く、外にすこし飛び出してしまっていた。それは旦那さまからの寵愛を受けてきた証しで、妻である砕牙の誉れであった。

  「どうか、この白熊の肛門をお慰めください……旦那さま」

  返答はない。代わりに腰を掴まれ、一息に勃起を突き立てられる。

  途端に砕牙の肉体が震えあがり、表情は緩んでいき、雄々しい戦士でも厳しい族長でもなくなった。雄に蹂躙されるのを望む、はしたない雌熊のそれに成り代わってしまう。

  ぽたぽた、ぽたり、と肛門から滴り落ちる体液。生臭く奇妙なくらい滑っていた。

  忌み嫌った人間の肉棒を頬張り、唇がそうしたように吸いついてゆく浅黒い肛門。

  「ああ、旦那さま、もっと、この雌熊を犯してください……!」

  手籠めにされる至福に酔いしれる。肉棒の熱や脈動を肛門で締めあげながら、自らの手で割り開き、前かがみになった無様な格好。後ろから抱きしめられると、毛皮から熱があがって、ますます部屋が雄の臭いに支配されていった。湿気りを帯び、白い毛が蝋燭の明かりで微かながら輝いていた。

  「ああああっ! 気持ちがいいです!」

  砕牙は尻を突き出させたまま、大きく足をひらき、自らの手で肛門を割り開いていた。

  乳首の突起はたちあがり毛並みを掻き分け、粘った汁を太ももにまで垂らし痴態に狂い出す。高まりを代弁するかのように、勃起がビクっと勃ちあがり、いやらしく先走っては小刻みに身を震わせるのだった。

  「いい締まりだ。女ではこうはいかん。鍛え抜かれた熊族ならではの締まりだ。流石は族長だな。刃よりも、イチモツを強く咥え込む」

  「お褒めにいただき、光栄にございます!」

  先程についていた悪い虫よりも上回っている。優越感が感情を爆発させ、射精に導かれていた。多幸感を噛み締めながら舌を垂らし、白濁としたものを床にぶちまける。張り詰めた亀頭は痙攣するごとに快感の汁を床に放つが、最も感じるのは、旦那さまを受け止めている肉の穴。激しい腰にあわせ、白い毛皮に包まれる尻が、ほのかに赤く染まった。

  大きな大きな桃尻をスパンキングでもするかのように、腰が勢いよく、叩きつけられる。

  脳の裏側にまで性の衝動が逆巻いた。身を震わせては前立腺を突き上げられ、筋肉を強張らせては絶頂する。

  「ケツて気をやったか?」

  「はい、旦那さま、あなたのたくましいイチモツにて、砕牙はケツイキをしまくりました。いえ、いまもしています。私は貴方様の淫らな雌熊にございます!」

  白い巨体が、ビクンッと跳ねる。人間の男のもつ桁外れの生殖器。太い血管をいくつも浮かばせ、裏筋は膨らみ仮首はエラ状にひろがり、それが肛門粘膜をひっかいては絶妙な刺激を生み出した。穴から溢れ出た液体でヌラヌラと濡れ光って、存在感を強めていた。

  「出すぞ、受け止めろ」

  「はい! ありがたき、幸せにございます!」

  根本までいっぱいに詰め込まれて、ふんっ、と腹を二の腕で抱えられる。

  背後から覆いかぶさり、筋肉によって締めつけられて、それだけで至福の時間を過ごせる。荒々しく振られていた腰は止められて、肉棒は脈を強め、中に白濁を注ぎ出す。

  砕牙はたまらず、身震いする。口で受け止めたものを、肛門で呑ませていただいた。本当に求めていたのは刃ではなくて、刃が独り占めにしていたであろう、この旦那さまからの寵愛であると砕牙は悟った。

  「刃は生かして返してやる。おまえはここで妻として、奉仕する。そうだな?」

  砕牙はうなずきも返事もしない。代わりに、肛門を締めつけ、これまで以上の寵愛を賜りたい。そう積極的に主張した。

  「よかろう。おまえは、これしきの行為で満足しないだろう。わかっているとも」

  「ありがとう、ございますっ」

  びゅうっ、と。

  砕牙の肉棒から、精液が小便さながらに噴出するのだった。

  その後。

  刃は無事にトーテムタフ山脈の地に足を踏み入れ、仲間たちに歓迎された。

  反対に砕牙は行方知れずとなったが、それに対し刃は語った。敬愛してやまない族長は今回の件で力不足を痛感。世界を知るため、力をつけるためにも修行の旅に出ると伝言を頼まれた。

  熊族たちに落胆の色はなかった。

  もはや砕牙についての信頼は限りなく零に等しい。

  元はと言えば、彼が男の妻を宣言したことが事の発端。

  日を跨がず、次なる族長に思慮深く成長した刃が据えられた。

  熊族はだれも刃を疑わず、新たなる族長の誕生を大いに喜んだ。

  刃は砕牙が目頭を熱くするまでに心も逞しくなった。それは事実だが、過去に築き上げた繋がりは、あの連中にとっては都合がよいパイプに過ぎなかった。

  いまの刃は太陽王国をはじめ、複数の重要な地で起きたことの情報を掻き集める諜報員に過ぎなかった。仮に親しいものを裏切れと命じられようが、骨の髄まで呪われた刃に躊躇はない。あるのは主人に仕える絶対的な忠誠のみ。

  仲間たちと族長誕生の祝いだと酒盛りをしている最中。

  彼の頭に浮かぶのは、何をどう主人に報告するか、それだけだった。

  「ハァ! ンゥゥ! ハァァァァ!!」

  砕牙の視界が涙で滲む。

  はしたない喘ぎをあげて、ベッドの上で四つん這い。

  旦那さまの肉体がのしかかって、筋くれだった肉棒が前後する。

  亀頭や血管の張り巡らされた竿が紡ぎ出す強烈な刺激は、甘く指の先までが痺れた。

  砕牙は隻眼を細め、汗だらけの毛並みを蝋燭の火に光らせる。その片目は爛々と輝いて、雄同士の快楽に堕落しきっていた。もはやどれだけの女性を前にしても、砕牙の心が揺らぐことはないだろう。なぜなら彼は、もっとも雄らしい存在の妻なのだから。

  「アアァァ! ハァァァ! ハァ! ハァァンッ!」

  太い声で、甲高く媚びる。

  肉棒をおっ勃たせ、シーツに射精していた。

  すでに夥しい精液が布に染みつき、白い塊がいくつも表面に溜まっている。

  妻であることを認めた日から、肉棒に触れるのは小便をするときだけだった。

  砕牙が着用しているのは、例のランジェリードレス。黒一色のものだ。

  この色だと、白い毛皮がよく際立ち艶めかしいと、旦那さまのお気に入りだ。

  ひらり、ひらり、と布地の端がはためくと妻の臭いが放たれるから、よいのだと。

  砕牙は耳に金属の輪をぶらさげていた。何の効力もない、旦那さまからの贈り物。

  真っ赤な口紅を塗り、自らの手で幾度となく練習を重ねた今。ないほうがいい、下手だと笑われることもなくなっていた。

  「すっかり堕ちたな。また熊族に見せびらかしてやろうか?」

  「そんな、アァァ! 時間の、無駄です……ハァァァ!! ンゥ! そんな暇があるくらいならば、この妻を愛してくださいませ!」

  蕩けた笑みの中には愛情以外は入る余地がない。熊族への想いに族長としての責任。どころかトーテムタフ山脈に対する愛着の一切もなくなっていた。羞恥心を捨て、戦士の矜持もない。あるのは、粘った精液を如何に搾りとって旦那さまに可愛がっていただけるかだけ。大きく太ましい両腕を支えに、体が動かぬよう縫い留める。そうすると、旦那さまの腰が前後する際に尻の位置が変わらず、最後まで気持ちよくなっていただけるのだと熱心にシーツを握りしめていた。

  「ンアアア……ハアアアア!!」

  肛門を蠢かせ、その勃起を舐めしゃぶった。行為を重ねているため、以前にも増して黒ずみが濃くなっていた。奥に突き立てるか、外に引き出すか、どちらかをするたびシワが伸び消える。生臭い汁が分泌されシーツにポタポタと落下した。

  「アアアアアアッ!! アアアアアアッッ!!」

  淫蕩な笑みで、唾液をこぼす。鼻水が垂れていて、頬は持ちあがた泣き顔。

  もともとの砕牙を知るものであれば、彼が再起不能になったのを一目で察する。

  ランジェリードレスに包まれる肉体は、これまで以上に豊満で、胸元も強調された。胸筋が熱で緩み、脂肪を溜め込んだふうだった。雌熊らしい丸みのある輪郭。臀部も同じく肉を蓄えていた。胸筋も臀部も、筋肉と脂肪が一体化したものに変わり皮膚を張らせていた。

  ずんっ! ずんっ! ずんずんっ! ずんっ! ずんっ! ずんっ!!

  旦那さまの肉棒が奥の奥を、乱暴に突きあげてくださる。

  腰と竿を打ちつけられるたび、心地よいものが体の隅々にまで伝わった。

  尻を叩かれたような痛みが走る。普通の雌ならば、このセックスに耐えかね命を失うものの、体格を長所とする白熊。それも以前は族長を全うしていたとなれば、この筋肥大を重ねた雄の相手が務められるのだ。いまの砕牙は、自分はそのために熊族に生まれ族長になるまで上り詰めたのだと、心から信じていた。

  ずんっ! ずんっ! ずんずん……ずんっ!

  緩急をつけ、ときに荒々しく、ときにストップをかける。

  前立腺をハンマーで潰されるのと変わらない衝撃が走った。また精液が飛んだ。

  雌熊と人間の雄が放った性の臭気が濃厚に漂う。壁にも染みついてしまっていた。

  両者は発汗し、おそろしいまでに蒸れていた。精液だらけの巨尻を締め、人間の握力に匹敵する膂力にて竿を握る。だが腸液と、圧倒的なまでの力が、なんてこともないふうに腰を前後させてしまう。この抑えきれない力に組み伏せられる感覚は、妻となった砕牙の好みと合致していた。

  毛並みにランジェリードレスが擦れる。布地の部分が、ふわ、ふわ、と旦那さまの動きに合わせ動く。小さな尻尾は精液が積み重なり、隠れてしまっていた。腰が往復すると胎内を満たしているものが糸を引きながら、ひっかき出すようにシーツへ落ちた。

  「ハァアァァ! ハァァッ! ああァアアア!」

  「またケツイキしたか砕牙。いいぞ、それでこそ妻と呼ぶに相応しい!」

  「はい! 私はあなたの妻です! あなたの雌熊にございます!」

  大声で叫びながら、雄々しい旦那さまの肉棒を受け止め、注がれ尻を打たれる。隻眼が白目を剥き、大口を開けながらドライオーガズムに達する。すべてを投げ捨て妻の身に甘んじた彼にとって、この時間は存在意義そのものとなっていた。

  「ああ、アアアア! アアアアアアンンン!! 気持ちがよいです、旦那さま!」

  頬を小刻みに痙攣させながら、ぷっくりとした男らしからぬ乳房を震わせる。汗が乳首を伝い落ち、涙と一緒にシーツに黒い水跡をつくるのだった。