裾と腹囲の調整は無料です。

  『明日ひま?』

  『遊ぼうぜ』

  『うん』

  『嬉しい』

  この女はうんと言った後に何かしらのスタンプを送ってくる。

  『明後日○○行こ』

  『いいよ』

  『10時にいつものとこ?』

  『そ』

  この女は毎回待ち合わせ場所の確認をする。

  『明日集まらね?』

  『いい子いっぱい誘えた』

  『りょ』

  この男はタイミングはやや悪いが、良い会を俺のためにセッティングする。こりゃさっきの女はキャンセルだな。

  とある連休中の午後。狐獣人の高校生である俺……日野は駅前から帰路に付こうとしていた。今日は少し暑いので白Tシャツがメインのとてもラフなコーディネートである。

  つい先ほどまで別の女の子と遊んでいたのだが、相手がバイバイと言ったらすぐさま俺はスマホを取り出してあちこちと連絡し始めた。誰も彼もすぐさま返事が返ってきて、俺の新たな予定は組みあがっていく。

  別に好きでもない女と遊ぶのは面倒だが、緻密に交友をしてこそ高校でのカーストトップを維持できるのだ。モテ男は大変だ。

  まぁせっかくこんな見た目で生まれてきたのだから、大変だからと言って今の地位を投げ出す事はない。178センチと狐獣人としては高い背丈に、運動をあまりしなくとも維持できる細身で整った胴体、切れ長で美しい目元が特徴のシャープな顔つき……。それら全て利用して、これからもモテ続けるつもりだ。

  「……ふーん。ここ、アジャストができたのか」

  ……駅付近のビル群には沢山の店があったが、俺の目を引いたのは最近話題となっているアパレルブランド、『アジャスト』の店舗だった。どうやら最近オープンしたばかりのようだ。

  アジャストは「あなたにぴったりな服をご提供します」というキャッチフレーズと共に少しずつ人気が出てきた新進気鋭のブランドだ。最近は世界的なファッションモデルやイケメンタレントなどが愛用していると公表しているため、人気は更に火がついてその店舗数をどんどん拡大させているようだ。ちなみにアジャストは様々なサイズの服を用意しているため、どんな肥満体型でも安心して買いに行けると聞いた。そっちは痩せ身の俺には関係ないが。

  興味はなくもないが、今日はワガママな女を上手くあしらった疲労も溜まっているし、こんな所で買い物をして荷物を増やす気もない。さっさと帰ろうか、と思ったのだが……。

  「……おっと?」

  アジャストの店の前できょろきょろと周りを見渡し挙動不審の様子を見せる、巨大な白Tときつきつのパンツとリュックサックを装備した肥満体型。あれは見間違いようがない、俺のクラスメイトである豚獣人……大原だ。

  大原は俺や周りの奴がパシリとして扱っている、クラスのカーストでも最底辺に近いデブだ。ストレスが溜まった時に腹を蹴ったり、昼食を忘れた時に食いもんを買わせたり、その代金を全部押しつけたりとそのパシリとしての活躍は多岐にわたる。

  太りやすい豚獣人と言えど、そのパンパンに膨らんだ顔やでぷんと膨らんだ腹はクラスの中でも他の追随を許さないほどの肥満体。他にも内気な性格や162センチと低い背丈、運動音痴などカーストを下げる要因がてんこ盛りで、むしろパシリとして扱われているだけ恵まれているくらいの奴だ。

  いちおう成績が良いという数少ない利点はあるが、頭が良いだけで人気になれるほど学生生活ってのは甘くない。まぁ、パシリとして考えれば課題とか色々押しつける事ができるのはいい事なんだが。

  そんな大原が、生意気にも今流行りのアジャストに入ろうとしているのか? まったく似合わないな。そもそも着ているあの服装からして太った自分の体を曝け出すようなスタイルで、あいつのファッションセンスのダメダメさが伺える。白T着るなら俺くらいかっこよくなってから着ろっての。

  だがここの服を買う気があるって事は、今のあいつはちょっとだけお金の余裕があるのかもな。ここってあいつみたいな安売りに飛びつきそうな層には若干お高いらしいし。

  ……そうだ。あいつの財布に余裕があるなら、俺の服を買わせるってのは良いかもな。ついでに、あいつは俺の口車に乗せて似合わない服をおすすめするってのも面白そうだ。

  大原は決心がついたのか、アジャストの入口にある大きな自動ドアをくぐり抜けていく。俺はその後を追いかけるようにアジャストに入り……そして大原に声をかける。

  「お~お~は~ら~! な~にしてんのかなこんなとこで~?」

  「あっ! ひ、ひひひ、日野くん。こんにちは……」

  大原は俺に気づいたとたん、びくりと肩を震わせて反応した。怖いものを見たような表情は、ちょっと失礼だなと思った。

  「ひ、日野くん、どうしてここに? 日野くんもここに服を買いに来たの……?」

  「そうそう! 俺ってモテるからさ~、定期的に服を変えないと気持ち悪いんだよなぁ!」

  目を丸くしている大原の質問に対し、俺は自然な口調で嘘をつく。確かに定期的に服は買っているが、今日ここに来たのは大原をからかうのが主な目的だ。

  「それにしてもお前がこんな店に来るとはねぇ~? もっとそこら辺にあるような庶民的な店じゃないと、サイズ合わねぇんじゃねーの? ちゃんとサイズ合うやつ買わねぇと、めっちゃだせぇぞ~?」

  「そ、そんなことないよ。ここはちゃんとサイズがいろいろあるし……。それに、ここで服を買えばカッコよくなれるって聞いたんだ」

  なるほど。こいつはどうやらいつもよりお高めの服を買ってちょっとカッコよく見える努力をしたいらしい。ま、そんな努力はそのデブデブ体型だと無駄だと思うがな。

  だがちょうどいい。こんなアパレルとかにも慣れていない奴なら付け込む隙はいくらでもある。俺はにやにやと笑う。

  「なら俺がもっとかっこよくできるよう、コーディネートしてやるよ。嬉しいだろ?」

  「えぇー……でも僕、一人で見たいというか……」

  「非モテのお前より俺の方が流行とか知ってるから、意見は聞いた方が良いぜ~? それとも、俺が信頼できないとでも言うのか~?」

  俺は精一杯優しい口調で大原に語り掛けるが、大原は怯えた様子だ。

  俺は大原を気遣う思いなどさらさらなく、ただただ馬鹿にしてついでに財布代わりにしてやろうと思っている。その感情を、薄々見抜いているのかもしれない。

  だがもしこの誘いを断ったらカーストトップの俺からとっておきの「お仕置き」をされてしまうことなど、大原も理解しているだろう。もうこいつに逃げ場はないのだ。

  「そ、そんな事無いよ」

  「じゃあ俺の言う事、ちゃんと聞いてくれるよなぁ?」

  「うん……」

  そして大原は諦めたように頷いた。その表情を見た途端、俺は勝者特有の優越感で思わずにやけてしまった。あぁ、やっぱこの子豚ちゃんは俺の言いなりだな。今日も適当に使い潰してやるか。

  「決まりっ! じゃ、ちゃっちゃと服買おうぜ~」

  俺はへらへらと笑いながら、アジャストの店を回ることにした。その横で、大原がにたりとした笑みを浮かべた気はするが……ま、気のせいか。

  [newpage]

  「お前に似合うトップスと言えば、これだなっ!」

  まず俺は大原にお似合いの大きいチェックシャツを薦めた。カッコよく見えるから薦めた、というわけではない。こういうチェックシャツはよっぽどスタイルが良くないとオタクっぽく見えてしまうので、他の友人には絶対薦めない代物だ。だが俺は大原をわざとダサくコーディネートしたいので、これを薦めたのだ。オタクっぽい大原には、ある意味お似合いだしな。

  「うーん……。でも僕、こういうの持ってるし……。それにファッションとしてはあまりカッコよくないんじゃない……?」

  「そんな事無い無い! お前にぴったりなのはこういうのだって。俺を信じろよ!」

  俺が力強くチェックシャツを押しつけると、大原は諦めたようにチェックシャツを受け取る。

  「……まぁ、値段も結構手ごろだし今日はこれでいいか」

  「そうそう。なんなら三つぐらい買えばいいんじゃね?」

  「ううん、今日は初めてアジャストに来たからお試しみたいな感覚で買いたいし……。トップスとボトムス一個ずつでいいかなって」

  「なんだよ、つまんねぇ奴」

  更に押し切って大原にダサいシャツを沢山買わせようとしたが、大原は自分で予算を決めているようでそれは難しそうだ。

  正直面白味はないが、まぁいい。この後自然な流れでこいつに俺の服も買わせたいから、あまり買わせすぎて手持ちが無くなったら困る。

  「ま、いいや。じゃあ次だ。ボトムスは、今の流行は断然ジーンズだな。これさえ履いておけば、お前も女の子から噂されること間違いなしだ!」

  俺は次にボトムスのおすすめとしてジーンズを選んでやった。こちらはまぁ上手く着こなせばチェックシャツよりはマシかも知れないが、正直手に取ったジーンズを俺が他の友人におススメすることは無いだろう。こういうジーンズは流行から外れているため誰も着ないからだ。ま、こいつならある意味女の子から噂にはなると思っているのは本心だ。デブが古臭いの履いてるぞー、みたいな方向性で、な。

  「ジーンズかー。本当はもっと他のを選ぼうかと思ってたけど……。カッコよくなるならこういうのも試してみようかなぁ」

  「へへ、まいどあり~ってね」

  だが大原はそんな流行など全く知らないからか、大きいジーンズを手に取った。やっぱりこいつにはファッションセンスなんてねぇな。ま、あったとしてもこの体型じゃどんな良い服もカッコよくは見えないだろうが。

  「日野くんは何を買うの?」

  「うーん。そーだなー……」

  大原から尋ねられ、俺は思い出したように最近欲しかったタイプのトップスとボトムスを手に取る。どうせこいつに全額払わせるつもりだし、深く考えないでいいだろう。

  「じゃ、これとこれ。いい感じだろ?」

  「うん、かっこいいと思う! じゃあ、一緒に試着しに行こうよ!」

  「まったく。豚がそうせかすんじゃねぇよ」

  俺が服を選んだらすぐさま、大原がはしゃいだ様子で試着コーナーの方を指さした。何を試着ごときではしゃいでいるんだろう、こいつ。やっぱこういった店に来た経験が薄いと、そんな程度の事で大はしゃぎしてしまうのか?

  ま、今のうちにはしゃいでおくといいさ。しれっとこいつに俺の分も一括払いさせて、あたふたさせてやる。

  「いらっしゃいませ。ご試着と調整ですかー?」

  試着コーナーの前にはカウンターがあり、そこには店員らしきガゼル獣人が緩い笑顔で立っていた。近くの掲示を見る限り、ここでは試着後の裾直しなどを受け付けたりするのだろう。

  「はい。まずは僕から、お願いします。……いいよね、日野くん?」

  「あぁ? ま、別にいいけど」

  店員に尋ねられて、まずは大原が前に出た。勝手に返事したのはムカついたが、まぁ後の服代で勘弁してやろう。

  「当店ではボトムスの裾と腹囲の調整は無料です。いかがなさいますかー?」

  店員は掲示を指さして、ボトムスの調整をするかどうかを尋ねた。うん? なんか特殊な形式だな。

  裾の調整を試着前にするのもちょっと変わっているが……腹囲の調整もするのか、ここ。色々なサイズの服が置いてあったから、腹囲はその段階で自分で選ぶもんだと思ってたのだが。

  「もちろんやります! そのためにここに来たようなものですから」

  「ではどうなさいますか?」

  「まず……そうだなぁ。裾から調整します」

  大原は店員の言葉を聞き、興奮したように調整を願い出た。裾上げ無料程度でそんな興奮するのか、こいつ? と言うか、試着せずに裾上げするのか?

  「裾上げってのは、試着してからやった方が良いだろ? 服買ったことが無さ過ぎて、そんな事も知らねぇのか大原ぁ?」

  「いや、今回は裾を下げるというか、伸ばすよ。いい感じになるまでね」

  「伸ばすぅ~? はははは、そんなの出来ねーだろ! それにお前みたいな短足が裾伸ばしたらめっちゃ邪魔になるだろうが~!」

  俺はやんわりと大原の無知を指摘すると、大原は裾を伸ばしたいと言い出した。

  こいつ、馬鹿か? さっき渡す前に軽くジーンズの長さは見ていたが、短足のこいつにはぴったりな長さだったぞ。それをわざわざ伸ばすとか、よっぽど見栄っ張りなのか……それともファッションって物を知らないのか。どっちにしても、笑えてしまう。

  「そんな事無いよ、ちゃんと調べたし。……じゃあ店員さん、いい感じになるまで伸ばしてください」

  「かしこまりましたー」

  俺の馬鹿にした態度に臆することなく、大原は店員にジーンズを渡して裾を伸ばすようにお願いした。すると店員はカウンターの中で作業をし始めた。カウンターの形状のせいで手元は見えないが、おそらく何らかの方法で裾を伸ばしているのだろう。

  「これくらいでいかがでしょうー?」

  「そうですね、それくらいで。足が長くて良さそうです」

  そして店員はしばらく作業をした後、裾が伸びたジーンズをこちらに見せた。確かに裾は長くなってるが……ありゃ長くなりすぎだろ。俺の身長でも長すぎて裾が余ってしまいそうだ。そして大原よ、そんな長い裾のどこが良さそうなんだ。

  「ははは、そんなに伸ばしたらお前の足じゃ裾がだぼだぼにな……る……?」

  俺は横にいる大原を馬鹿にしようとして……瞬間、違和感を抱く。

  ……こいつ、こんなに背が高かったっけ?

  ぶくんと膨らんだお腹が特徴的な大きな体型は、まったく変わっていない。しかし何だか大原がこちらを見る目線の位置が違って見えた。先ほどは下からこちらを覗き込むように話しかけてきたはずなのに、今は上から見下ろしてくるかのような目線なのだ。

  「どうしたの? 僕、何か変な事やったかな?」

  「う、いや……。確かにお前の背丈ならそれくらい伸ばしてもいいかも知れないけど……」

  いや、この目線は初めて会った時からそうだったじゃないか。大原の身長は188センチとうちの学内でもなかなかに高く、立った状態だと俺を見下ろすような形になるのだ。

  その身長と太った体型ゆえに独特の威圧感があり、皆がちょっとビビるからか大原は学内のモテない系男子の中ではパシリにされることは少ない。俺も体型をなじってからかう事は多々あれど、あまり強気にパシったり直接的な命令とかする事はない。

  まぁそんな身長なのだから、たまには裾を伸ばさなきゃいけない時もあるのかもな。うん。俺何言ってんだろ。

  「じゃあ次に腹囲はー……大胆に詰めてほしいですね。僕が良いって言うまで、ちょっとずつ詰めてください」

  「おいおい。腹がでかいのにそんな事しちゃダメだろ。全然合わなくなるぞ?」

  「大丈夫大丈夫。いい感じのとこで止めるから」

  だが大原は今度は腹囲を詰めると言い出した。確かにさっきのジーンズの裾は合ってなかった気もするが、俺が渡したサイズはあいつの腹囲にぴったり合いそうな大きい物を選んだのだ。それなのに何故こいつは腹囲を詰めるんだ? 良い感じのところで止めるって、そんな腹じゃちょっと詰めただけでもう着れなくなるじゃないか。

  「じゃあ少しずつ詰めていきますねー。いいサイズまで来たら止めてくださーい」

  だが店員はそんなゆるい返事で、カウンター内で作業を始める。いやいやいや、ジーンズをカウンターに隠されちゃどのタイミングで詰めるのをやめさせるべきかすら分からないだろ。

  まったく。店員も馬鹿だが、大原も何でそれをニコニコと見つめているんだ。デブデブ野郎の考えは分からんな。

  いや、大原はデブデブとまではいかないか。デブで真ん丸なお腹ではあるが、一般的な太り方で……。あれ、あの程度だとぽっちゃりって言う方が合っているか? ちょっとメタボな感じというか……。いや、メタボでもない。あいつが着てるTシャツ越しだと別に腹も膨らんで見えない。なんとなくふくよかに見えるくらい? いや、違う。あれくらいでふくよかと言っちまったらふくよかな奴に失礼だ。一般的な体型と言うんだよ、あれは。……だがその表現も大原には合わないな。あいつの腹部は一般人とは違う美しさがある。腹部が引き締まっててくびれも美しくて俺なんかより白Tを完璧に着こなしている……あれ? あれ?

  あれ?

  「あ、ストップ。そのくらいでお願いします」

  「はーい。こんな感じでどうでしょうー?」

  「うん。これだけスリムなジーンズならかっこいいですね」

  「お持ちのトップスもピッタリのサイズになっておりますので、是非お試しくださーい」

  細身のイケメン豚獣人が店員の作業を止めさせた。店員は相変わらずの緩い笑顔を浮かべたまま、調整し終わったジーンズを彼に渡す。とても腹囲が引き締まり、足の長いかっこいい体型の男しか着れなさそうなジーンズだ。

  ジーンズを受け取った大原は自分の細い腰にそれをあてて、ぴったりなサイズである事をこちらに見せてくる。

  

  「うん、フィットしそうだ。ジーンズは絶対買わなきゃね。これと比べるとトップスはちょっとイマイチになる気もするけど……まぁ、着た時の質感が良かったら記念に買うのもいいかな。どう、日野くん?」

  「た、確かにサイズはあってそうだけどよぅ……。そんなの着て、腹きつくならないか? めっちゃ腹囲詰めてたように見えたぞ?」

  「全然? 僕の体型だと腹囲が大きなボトムスが合わないのは当然でしょ?」

  「そりゃそうだけどさ……」

  俺はおずおずと大原に問いかけるが、大原は清涼感の溢れる優しい笑顔で平気そうな様子を見せた。確かに見た限り、大原の引き締まった体ならあのくらいの腹囲のジーンズは楽に着られるはずだ。

  というか、何を大原を恐れているんだ俺。しっかりしろ。ここで舐められてしまったら、一生こいつを越えられないだろ。

  大原は太りやすい豚獣人だと言うのにとても細身だ。それもガリガリと哀れな痩せ身という訳でなく、脱いだらかっこいい筋肉がちゃんと付いている……と、ナイトプールへ大原を誘った連中は語っていた。あの体型こそ食事管理や運動などの徹底した健康管理の末に手に入れた、大原の高い意識が生んだ芸術品なんだぞ、と大原信者から囁かれたことも幾度あったか。その体つきのおかげかとても高い背丈も威圧感を放つよりも先に美しい見目が印象に残り、あの腕で抱かれたいと言う奴は男女問わずいる。

  流石に豚鼻が特徴的なのだから顔がかっこよく思われることは無いだろう……と、初めて出会った頃は先入観でそう思っていたがそんな事無かった。しゅっとした顔立ちと豚鼻の相性が実はよかったのか、もしくはギャップがあるからこその美しさか。女子からも男子からもその優し気な顔は大人気だ。最近の学内では私も豚鼻になりたい、俺もなりたいとか大原に憧れる奴も増えている。というか、俺も見ているうちに豚鼻になった方がモテるんじゃないかって気持ちになってて……いやいや、あいつが特別なだけだ! マネしても何にもならん!

  見た目だけでも既にかっこいいのに、帯びている雰囲気も優し気でありながらどこかワイルドで完璧。頭も良く、成績優秀系の奴らとしょっちゅう勉強会しているおかげでいつもトップ成績。料理も上手いと言う話もあるし、トークも面白いし気配りも効く。大原はそんなカーストダントツトップの、俺意外の誰にでも慕われるイケメンヤローだった。

  そう、唯一慕っていないのは俺だけ。俺も中学までは「自分は超イケメンだから高校でも華々しくやれるだろ」と思っていたが、大原と同級生になった事で予定が狂った。女子も男子も大体大原に夢中で俺くらいのかっこ良さでは見向きもされない。ならば大原を徹底的に視界に入れず別のグループのリーダーになれば二位くらいになれる、と思っても大原中心になったクラスで大原の存在を無視なんか出来る訳がない。むしろ無視しようとした事がばれて俺の女子人気が下がり、今ではイマイチグループのリーダー格になりかけてる。最悪だ。

  こんな奴と一緒に買い物なんてする気は無かったんだが……。大原とばったり出会い「日野くんもアジャストでなんか買おうよ」と誘われたのだから断れない。断って変な噂でも立てられたらいよいよカーストも底に落ちてしまう。華々しい学生生活を取り戻すために我慢、我慢だ……。

  [newpage]

  「そちらの方のボトムスの裾と腹囲の調整はいかがなさいますかー?」

  などと考えていると、店員から俺の買おうとしているボトムスの調整をどうするか聞かれた。確かに一発で大原の体型にぴったり合いそうなジーンズに仕上げる手腕は凄いが……万が一失敗されたら気まずい。だから俺は普通に試着後に調整してもらいたい。

  「いや、俺の調整は試着した後で……」

  「腹囲、もうちょっとゆったりさせてもらっていいですか?」

  「お、おい大原! 勝手に調整頼むんじゃねぇよ」

  だが大原が勝手に俺のボトムスを奪い取り、店員に渡してしまった。俺は慌てて止めるが、大原はにっこりと俺を宥めてくる。

  「大丈夫大丈夫。気に入らなければ試着後にまた調整できるだろうしね。試着する前にある程度調整してもらった方が何かと便利だよ?」

  「だからって、腹囲をゆったりさせる必要ねーだろ。俺の体型じゃ合わねーよ」

  「日野くん、まだ成長期あるかも知れないじゃん。ここから僕くらい背が高くなる事を考えると、このウエストよりもうちょっとゆったりさせた方がいいんじゃない?」

  ……むぅ。確かに、背の高い大原と一緒にいるとまだ俺も成長期を終えてないんじゃないかって気分になってしまう。流石に年齢も年齢だし、これ以上ぐんと伸びる可能性は薄いだろうが……。それでも希望を捨てきれないのが本心だ。俺ももっと大きくてかっこいい体を手に入れて、大原以上にモテたいんだ。

  「ね? ちょっとウェスト大きめの奴を試してみようよ」

  ……仕方ない。こいつの口車に乗っている形だが、しつこいからウエストを緩めるか。あまりにも合わない場合でも後で直せるだろうし、直せないとか店員が言い出したら即刻キャンセルすればいい。

  「……試すだけだかんな。合わなそうだったら、ぜってー後で戻す」

  「分かったよ。というわけで、お願いします」

  「かしこまりましたー」

  店員は俺と大原の反応を見てすぐさま俺のボトムスをいじくっているようだ。まったく。もし大きくしすぎたりなんかしたらただじゃおかないぞ。

  「うっ……」

  腹部に違和感を感じた。腹痛かと思ったが、それはすぐに収まる。俺が腹部を見つめると、俺の腹を隠すように白Tシャツが見えるだけだった。なんだったんだろうか、さっきの感覚。

  それにしても俺、中学の頃から比べると太ってきたんだよなぁ……。昔から運動しなくても痩せた体型を維持できている、と自負していたのだが高校生になった頃からその体質に陰りが見え始め、ちょっとずつお腹に柔らかな肉が付き始めているのだ。被毛があるためまだまだ誤魔化せるが、いい加減食事制限か運動量を増やすかしてダイエットを始めた方がいいかも知れない。このまま太ったら、ただでさえ低めのカーストがもっと下がっちまう。

  「ちょっとゆったりさせましたー。これで試着なさいますか?」

  店員は俺が買う予定のボトムスを見せてくる。あまり先ほどと大きな変化は分からないが、確かにウェストが緩くなっている気がする。これで一旦試着してみるか、と思ったのだが……。

  「日野くん、これもっとゆったりさせた方がいいんじゃない?」

  大原がもっと緩めろと待ったをかけた。俺は驚きつつ、咄嗟に拒否しようとするのだが。

  「い、いやでも……ちょうど良さそうだし……」

  「日野くん、最近太ってきてるでしょ? その事を考えるともう少しゆったりさせないとすぐ合わなくなっちゃうよ?」

  「うぐ」

  大原は痛い所をついてきた。くそ、こいつにも俺が太ってきていることがバレたか。だが大原の言う通り、このペースで太り続けたらギリギリの腹囲では合わなくなるかもしれない。もう少しゆったりめで調整してみるか。

  「じゃ、じゃあもうちょっとだけ……」

  「かしこまりましたー」

  店員が再び、俺のボトムスを調整し始める。

  「うぷっ……」

  全身に熱を帯びる。なんなんだろう、さっきから変な感覚ばかり。体を見ても、俺の体は相変わらずのぽっちゃり体型だ。Tシャツ越しでもぽてっと膨らみを見せる腹やぷにぷにの二の腕はもはや被毛で隠しきれない柔らかさになってしまっている。

  だがその見た目は先ほどまでと何も変わりはないはずだ。ではあの感覚は一体なんだったのか?

  「日野君どんどん太ってるから、まだまだゆったりさせた方が良いね。もっとゆったりでお願いします」

  「はーい」

  ぶくっ。大原と店員がそう応対すると、再び異様な感覚。俺の真ん丸なお腹が白Tを押し上げてしまう感触を感じた。あぁくそ。モテない俺はファッション知識なんか知らないからいつもノビノビの白Tを着ているのだが、そのせいで同じ白Tの大原と並ぶと体型の違いが一目瞭然だ。俺は子供の頃から太っていたとはいえ、こりゃガチでダイエットしなきゃ今のカースト最底辺な状況から脱出なんかできない。難しいだろうが、なんとか痩せないと……。

  「そんなお腹じゃすぐ服がちっちゃくなっちゃいそう。まだまだゆったりさせてください」

  「はーい」

  でぷっ。俺の腹や胸が前に横に突き出したような気分。クラスメイトから邪魔者扱いされるほど大きい体は、俺のコンプレックスだ。だがそんな状態でも、俺はダイエットなんてできそうにない。だって俺は食事制限なんて無理なほどバクバク食うのが大好きだし、運動だって大嫌い。生まれてこの方デブデブに太った俺の習慣を今更変えるなんて無理だろう。それゆえモテ組に劣等感を抱いたこともあったが……。大原だけは時々どでかい弁当を作ってくれて優しくしてくれる。餌付けみたいで恥ずかしいが、それでもだんだんいい奴なんじゃないかと思えてきて……。

  「ははは。僕が四人くらい入りそうなゆったりさになったんじゃない? それ、まだゆったりできますか?」

  「もちろんでーす」

  どぷっ。盛大に垂れたどでかい腹や胸肉の重みで疲労感が出る。汗は盛大に噴き出て、立っているだけで呼吸が乱れる。汗を拭こうと腕を動かしても、ぶよりと太い腕の重みでまた疲労を感じてしまう。

  この汗臭さと邪魔な体型のせいで、好かれたことなどほとんどない。みんな俺の遠巻きにし、ヒソヒソと噂するのだ。それでも俺は空腹感と疲労感に抗えず、いっつも巨大弁当を何個も胃に詰め、食べ終えたら眠ってばかり。当然ながら成績もカーストもあったもんじゃない。だと言うのに大原は俺にニコニコと超特大弁当を作ってきてくれる。大原はこんなどでかいデブ男な俺にとって唯一の親友だ。彼は交友関係が広いから他にも親友がいるかもしれないけど、少なくとも俺が頼れるのは大原ただ一人。初めてのアパレル店でも何も知らない俺に代わってズボンの調整とかしてくれるし、ほんと大原と出会えて幸せだなぁ。

  ……本当にそうか? 何かおかしくないか?

  「ふぐっ……ふぐっ……」

  「これ以上やると他のお客さんの迷惑になるし、これくらいで勘弁するか。腹囲はそれくらいでいいですよ、店員さん」

  俺が自身の肉の重みで呼吸を乱していると、大原はヘラヘラと笑いながら腹囲の調整を止めさせる。その笑顔を見て一瞬だけ、「いけすかない笑顔浮かべやがって」と思う気持ちが芽生えたが、すぐさま「なに考えてるんだ、俺のためにわざわざ時間を割いてくれている大原にそんな事考えるなんて失礼だろ」と自分自身を叱責した。なんだか、自分の中に太ってない世界の自分が残っているかのような感覚だ。俺はずっとデブデブな人生だったというのに。

  「じゃ、ついでに裾も思いっきり上げようか。そっちの方が愉快な見た目になるんじゃない?」

  「い、いや……これ以上はぁ……」

  大原は裾上げをさせようとしてくるが、俺は弱々しく拒否しようと試みる。俺が選んだ時には既に長さは合ってたから裾上げしなくてもいいだろ、という思い。これ以上大原に任せるのは申し訳ない、という思い。やめろ、大原にこれ以上任せたらとんでもないことになるぞ、というどこからか聞こえてくる思い。様々な思いが重なり合って、それでもようやく弱々しい力の無い言葉になったのだ。

  しかしそんな俺の自信無さげな言葉に対し、大原は優しく俺を説得する。優しげなくせに、自信に満ち溢れた力強い言葉に聞こえてくる。

  「ちゃんとサイズの合う服を買わないとダサくなっちゃうよ。日野くんはもっと裾を上げた方が合うと思うな」

  「そ、そんなはずはぁ……」

  「非モテの君より僕の方が流行とか知ってるから、意見は聞いた方が良いよ。それとも……僕が信頼できない?」

  どこかで誰かが言ったような言葉を、大原は俺に囁く。優しい言葉のはずなのに、俺は何故か怯えていた。

  僅かな理性が、お前は信頼できないと叫びたがってる。だがそんな事は言い出すことはできない。むしろその理性は考えれば考えるほど、間違いのような気がしてきた。

  大原は唯一の友人なのだから信頼するべきだ。大原は究極のモテ男なのだから信頼するべきだ。俺はファッションの知識なんてまったく無いのだから慣れてる大原に任せるべきだ。大原に嫌われたら弁当を作ってもらえなくなるから言う事を聞くべきだ。言う事を聞くべきだ。言う事を聞くべきだ。聞くべきだ……。

  大原に従うべき理由がどんどん頭の中に積み上がり、大原を否定するべき理由がまったく見つからない。あぁ……そもそも俺はなんで今、大原を否定しようって考えていたんだ?

  「信頼できないとか、そ、そんな事は……無いってぇ……」

  「じゃあ僕の言う事、全部聞いてくれるよね?」

  「あ、あぁ……」

  やがて俺は諦めたように、大原の指示に全て従うと言ってしまった。これで大原に全て任せられると安心感を抱くとともに、何故か敗北感のような物が心の中に芽生え……。

  「決まり。店員さーん! 裾、ハチャメチャに上げてくださいねー」

  「かしこまりましたー」

  そして俺の目線は大きく下がる。俺の体は大きいままなのに、世界が大きくなったように見えた……。

  「ではこんな感じでよろしいですかー?」

  「はい、ありがとうございます。じゃあ日野くん、試着しよっか」

  ウエストが大原何人分なのかと考えてしまうくらいとんでもなく大きく、脚が極端に短いズボンが店員から大原の手に渡る。そして大原はそれを俺に渡して試着しようと言ってきた。見上げないと上手く顔が見えないくらい背の高い大原の姿にちょっと違和感を抱いたが……まぁそれは気のせいだろう。それよりも、このままの状態ではちゃんと試着できないのが問題である。

  「ふぶ、ふぶ。俺ぇ、太りすぎで一人じゃ試着できないからぁ……。手伝ってくれぇ~……」

  「分かったよ。じゃあ僕が試着し終わったら手伝ってあげるからね」

  俺がもじもじと恥ずかしそうに大原にそう頼みごとをすると、彼はにこやかに承諾してくれたのだった。

  [newpage]

  「ありがとうございましたー」

  俺と大原は選んだ服を試着し、ぴったり合う事を確認してすぐに購入した。完璧にサイズも合っていたので、後の調整も必要なかった。俺の腹の大きさだとズボンがズレ落ちるかもと思ったがウェストにゴムが入っているのかそんな事もない。

  それにしても大原の試着した姿、本当にかっこよかったなぁ。あぁいうファッションは一歩間違えたらオタクファッションみたいになってしまうのかも知れないが、大原の体型だとそれを感じさせなかった。やっぱ元がかっこいいと、どんな服でも似合うんだろうなぁ。

  俺みたいに、どんなデザインも引き伸ばされてしまう体型とは大違いだ。

  そして俺は地面にひきずってしまいそうなほど大きなお腹やだるんとだらしなく垂れた横幅の大きな胸を揺らして店を出る。入口が大きい店で助かった。もし小さい自動ドアだったらこの腹の横幅じゃ通れなかったかもしれない。俺が歩くたびにどすんどすんと大きな音が鳴り、ちょっと動かすごとに腕や腿はぶよんと揺れてすぐさま疲れは溜まってしまう。俺からじゃ見えないが、この感覚だとたぶん巨大な尻も激しく揺れているのだろう。身長142センチのせいで極端に短い足も、あちこち邪魔する脂肪と相まって俺の歩きを大きく阻害していた。

  「ぷぷぅ。ぷぷぅ。ふらりと入った割にはぁ~……意外と良い物買えたなぁ~」

  「おっと、日野くんは服を買うために来たんじゃなかったっけ?」

  店の外で俺が荒れた呼吸を整えながら満足げな顔をしていると、大原がこちらの顔を覗き込んでくる。俺はとっさに首を横に振り、ぶよんぶよんに膨らんだ顎や頬の肉の重みを感じつつ否定した。

  「いやいや~、近くのステーキ屋で何か食おうと思って通りがかったら大原が入っていくのを見かけてさぁ~。俺、お前以外に友達いないからステーキ屋に誘おうと思って店に入ったんだよ~」

  「なるほどー。そういう風に変わるのか」

  俺が店に入った理由を説明すると、大原はニヤニヤと悪そうな笑みを返してきた。変わるってどういう事だろう。そういや、さっきまで俺は違う理由で店に入ろうと思っていた……ような気もする。

  まぁ、そんなすぐさま店に入った理由を忘れる訳ないから、気のせいだろう。

  「でもまさか俺にぴったり合う服が買えるとは思わなかったよぉ~。いつもオーダーメイドしか着れないから、つい買っちまったぁ。食いもん以外の買い物は久々だな~」

  「ここはどんなサイズでも置いてあるからね。どんなサイズにもできる、というべきかもしれないけど」

  俺は自身の手に持つアジャストの袋を大原に見せる。俺はシンプルなオーダーメイド品しか着れないほど前と横に大きく縦に小さい体なので、今日買ったようなデザインの服やズボンは初めてだ。こんな極端なサイズまであるなんて、アジャストは本当にすごいと思う。

  まぁ、俺は汗っかきだからこの服とかもすぐ駄目になるだろうけど。俺の今着てる超巨大白Tや超デブ用ズボンだって汗ばんでほとんど黄色く染まっている。きっと今日買った服も一日でこの色になってしまうだろう。悲しいが、俺の昔からの体質だから仕方ない。

  「日野くん、もっとアジャストの服欲しい?」

  「まぁ欲しいっちゃ欲しいかなぁ~。あんなサイズの服、他では売ってないしぃ~」

  「何なら今度、僕が君に合いそうなアジャストの服をプレゼントしてあげよっか。もうすぐ誕生日だって聞いたしね?」

  「うーん。正直服より食い物が良いなぁ~。なんかうまい食べ物送ってくれた方が嬉しいぞぉ~」

  「だったら服と一緒にケーキセットも家に送ってあげるよ。それなら受け取ってくれるよね?」

  「おお。そりゃいいなぁ~、じゅるり。届いたらすぐ受け取るよぉ〜」

  そう考えていると、大原がアジャストの服をプレゼントしたいと申し出てくれた。俺は食い物の方が良い、とねだるとその願いを聞き入れてケーキセットまでプレゼントに追加してくれるそうだ。なんて良い奴なんだ大原。やっぱモテる男は違うなぁ。

  「あぁ……。でも疲れたから腹減ったなぁ」

  俺はハムの塊みたいに太い腕を動かしてどでかい腹をさする。するとそれに呼応するかのようにぐごご、と大きな腹の虫が鳴った。こんだけ色々やったら、疲れで空腹に襲われるのは当然だろう。それにケーキセットの話題を聞いたらますます腹が減ってきた。早く最初に行く予定だったステーキ屋に行かなくては。

  「大原ー、これからステーキ屋行かねぇか~?」

  「ごめんね。僕、用事があるんだ。他の友達から集まろうって言われてて」

  「そっか~。そりゃ残念だなぁ……。モテ男は大変だぁ」

  大原を誘おうとするが、やはり人気者なので予定が入っていたようだ。まぁ仕方ないだろう。こいつは毎日暇で家で何かしら食うばかりの俺とは正反対のタイプなのだから。

  「あ。それじゃ日野くんも来る? 僕は歓迎するけど」

  「嫌だって~。俺、お前以外の奴から邪魔者扱いされてるんだもん~。そんな奴らと一緒にいても楽しくねぇよ~」

  「そっか、残念」

  大原が気を使って俺を誘ってくれたが、正直楽しくなさそうなのでパスする事にした。いつも食い物を奢ってくれる大原と二人きりなら俺は行きたいと思うが、大原以外の奴が混ざるとなるととたんに興味が無くなってしまう。よく知らん誰かと遊ぶ時間を費やすくらいなら家で腹いっぱいにご飯でも食っていたいしな。

  「それじゃあ今日はこの辺で。またね、日野くん」

  「おぉ、またな~」

  そして俺達は笑顔で手を振って、別々の方向へと別れる事にした。

  うぅん。今日は服を買えてちょっと楽しかったが、やはり腹を満たすこと以上の幸福はない。早くステーキ屋に急がないとな。

  俺は大きな体を揺らして、ステーキ屋へと歩いていった。

  その感情の中に、今の状況に対する違和感は既に存在していなかった。

  [newpage]

  ……日野がまたなと言った直後に大原はスマホを取り出してとあるサイトにアクセスする。「アジャストオンラインショップ」と書かれたそこには、様々な衣服の画像が並んでいた。

  大原は適当に画像をタップして、飛んだページに書かれた値段を確認する。この程度なら自分でも買えるだろうと確認し、そして商品紹介欄に自身が望む文が書かれているか確かめる。

  『アジャストオンラインショップでは、様々なサイズ調整が無料です』

  それを確認し、大原はほくそ笑んだ。

  「今回は店頭だからちょっと自重したけど……家にサイズをめいっぱい調整した服を送りつけたら、日野くんはどうなっちゃうんだろうね?」

  大原はサイズ調整欄の数字を次々に入力する。その数字はどれも明らかに人の限界を超えるような数値であった。もちろん自分が着るための物ではない。

  『日野紺汰さんへのギフトとしてこの商品を購入しますか? 送り先:日野紺汰宅』

  商品をカートに入れ先に進み、その確認メッセージをじっくり見た後……大原は確定ボタンを押す。画面は『ありがとうございました』と言うメッセージに切り替わり、注文は受け付けられたようだ。

  「動けなくなって、ずっと何か食べてばっかりの生活に変わっちゃうのかなぁ? 楽しみだなぁ……」

  大原は日野の未来を想像して、口角をめいっぱい上げて笑った。その行動の動機はいじめの主犯だった日野への深く暗い憎しみか、それとも歪み黒ずんだ愛か。それは本人にしか分からない事である。

  【END】