むかしむかしある所に三人兄弟がいました。
兄弟達は早くに両親を亡くし、まだ子供ながら貧しい生活を支えるために盗賊をしています。
街に潜伏して、裕福そうな人から金目のものを奪ったり観光客の案内をしたりしてなんとか生活をしていましたが、とうとう悪行が目立つようになり街を出て行くことを余儀なくされました。
仕方なく街を離れた三兄弟は、人気の無い森の近くに移ることにしたのです。
「これからは三人で固まっていてはダメだ。役人に目を付けられやすくなる。それぞれで住む場所を確保して、会うのは時々にしよう。」
長男がそう提案すると、次男と三男は少し不安そうに目を合わせたがこくりとうなづきました。
少年達は別れると、それぞれが自分の住む家を作り始めました。
長男は森に落ちている枝を集めると、器用にも組み立て始め、簡易的な木の家を作り出しました。
様子を見にきていた三男はそれを見て、呆れながら長男へと話しかけます。
「イチ兄、それだと野生動物とか悪い人とか来たら危ないよ。それに強い風とか吹いたら壊れちゃいそうだ。」
長男はそれを聞いても動じず、家の中で寛いでいます。
「俺が腕っぷし強いのは知ってるだろ?変なやつ来たら逆にボコボコにして身包み剥いでやるよ。それにそんな強い風なんてなかなか吹かないって。お前は心配性だなぁ。」
実際、長男は兄弟の中で一番力が強かったのです。大人顔負けの腕っぷしを持つが、性格がガサツなのが玉に瑕でした。
「そういうお前はどうなんだ?こんなとこで油売ってると家ができる前に雨風で弱っちまうぞ?」
「うん。まだもうちょっとかかりそうかな。レンガを組んで作ってるから。」
「……レンガ?そんなめんどくさいことよくするな。まぁ、頑張れよ。」
長男は三男の行動を笑うと、ゴロンと寝返りをして手をひらひらと振りました。
自分のところへ戻った三男はレンガを組み始めます。
「……よいっしょ。ふぅ、あと少しだ。」
顔を伝う汗を拭い、一息つくと背後からガサガサと音が聞こえました。
「よぅ、まだ家できてないんだな。」
なんだろう、と振り返るとそこには次男が立っていました。
「ジロウ兄。ジロウ兄は家出来たの?」
「あぁ、良い洞穴を見つけてな。雨風も凌げるしそこに決めたよ。」
「洞穴?でも、それって誰でも入りたい放題にならない?大丈夫?」
「大丈夫だよ。罠をいっぱい仕掛けるからさ。」
次男は一番悪知恵が働きます。盗賊として街で生計を立てられていたのも次男の知恵が支えていたからでした。しかし、めんどくさがりなのが欠点です。
「お前はいつも慎重だなぁ。まぁ頑張れよ。俺は一足先に稼ぎに行ってくるからな。」
次男はそう言うと、人の住んでいる村の方へと歩いて行ってしまいました。
そして、家を作り出してから数日後。やっと三男の家が完成しました。決して大きくはありませんが、レンガのしっかりとした作りは家の強度として申し分ない出来栄えでした。
それに三男の得意としている魔法により、魔力障壁による防御加工も施されていました。
「やっとできたか。お前が家を作ってる間、俺たちはこんなに稼いできたぞ。」
長男と次男は自慢げに三男へお金を見せびらかします。
「今度はお前も稼いでこいよ。」
二人はそう言うと、自分たちの家へと戻っていきました。
三男もやっと一番近い村へと行き、困っている人を助けることでお金を稼ぎました。
そんな帰り、村人から少し不穏な噂を聞いてしまいます。
「あんた、森の方に住んでるんだって?気をつけなよ。最近、魔狼を見たって噂があるんだ。あんたみたいな小さい子、魔狼に見つかったらペロリと喰われちまうよ。」
魔狼。通常の狼とは比べ物にならないほど大きく、知能も高い魔物の一種。三男はそんな恐ろしい魔狼の姿を思い浮かべてぶるぶると震えます。
「……そうですか。ありがとうございます、気をつけますね。」
三男は村人に一礼すると、兄達にもこのことを伝えなければ、と森の家へと急いで帰っていった。
「……あれ、お前今帰り?」
「うん、偶然だね、ジロウ兄。」
その帰り、偶然次男と出会したので、先程村人から聞いた話を伝えました。
「魔狼、ね。まぁ噂に過ぎないだろ。それにいたとしても俺たち三人なら倒せるだろ。」
ところが次男はあまり真剣に取り合わず、軽く話を聞き流します。そんな次男の様子に少し三男は不機嫌になりました。
「もう、ちゃんと聞いてよっ!……とりあえずイチ兄にも伝えに行くけどジロウ兄も来てよ。」
「えぇー、まぁいいか。」
次男がめんどくさそうに返事をすると、二人で長男の家の方へと向かい始めました。
時を同じくして、森の中。
巨大なシルエットが夕日の差す木々の間を彷徨っていました。
「くん、くん……、臭うなぁ。美味そうな人間の匂いだぁ。」
この声の主は黒い体毛の狼でした。ただ、通常の狼とは大きく異なり二足で歩行し、体長は6mを優に超えています。三男が村人から話を聞いていた魔狼そのものでした。
腹を空かせているのかお腹をさすり、風に乗って漂ってきた獲物の香りに反応して口からはポタリと唾液が垂れ始めます。
早速その方向へと魔狼は歩き出しました。
しばらく匂いの方向へと歩いていくと、森の中にポツリと木の家が建てられているのを発見しました。再度家の方の匂いを嗅ぐと、強く香ってくる良い香りを確認し家の中の獲物の存在を確信しました。
魔狼はゆっくりと舌舐めずりをすると、家の正面に立ち扉をドンドンと叩きます。
「……なんだ?」
長男は上半身の服を脱ぎ、半裸の状態でトレーニングの最中でした。弟達を守るためにも自己の鍛錬を欠かさない長男はこうして筋肉を鍛えるのが日課でした。
弟達が訪ねてきたのか、と体に伝う汗を拭い、玄関へと赴き扉を開けてしまいます。
「……どうした、何かあっ……た、の、か……!?」
弟達だと思って扉を開けて長男が目にしたのは黒い毛でした。何かと思って上を見上げると、そこにはこちらを見下ろしてボタボタと涎を垂らす狼が立っていました。長男はその恐ろしい光景に固まり、驚いた表情で狼を見上げます。
「……おぉっ、オスのガキかぁ!俺の好物だぁ。」
魔狼は小さくも美味しそうな長男の姿を見ると、嬉しそうに掴みかかりました。
差し迫ってくる手に、ハッと我に戻った長男はバタンと扉を閉めて家へと閉じこもりました。
「な、な、何なんだよあの化け物狼は……!」
いくら腕っぷしの強い長男とはいえあんなに体格差のある相手には歯が立ちません。
このまま家の中でやり過ごして狼が去るのを待つしかない。と扉を背にして、開かないようにギュッと押さえつけています。
「閉じこもっても無駄だぁ。観念して出てきな。」
背中からはドンドンとノックの衝撃が伝わってきます。その度に急造のこの家全体がミシミシと音を立てていました。
何度か扉を叩くが、獲物が家から出てくる気配はありません。
焦ったくなり痺れを切らした狼は、すぅっと息を吸い始めました。
「出てこねぇなら、こんな家吹き飛ばしてやるよ。」
狼が吸い込んだ息をびゅうっと吹くと、家の木材が次々と暴風により吹き飛んでいきます。
そして、長男の家は跡形もなく風によってあっという間に壊されてしまいました。
「……なっ、めちゃくちゃだ……!」
自らを守るものがなくなった長男は行き場を無くし、辺りを見渡します。あまりにも呆気なく吹き飛んだ自分の家の残骸が目に入り、呆然としていました。
そんな長男を目にした魔狼は、すぐに襲いかかります。
「よし、捕まえたぁ。」
「しまっ――」
魔狼の手が長男へと伸びると、ガシッと胴体を鷲掴みにされてしまいました。拘束から逃れようとグッと力を入れるが、魔狼の力には及ばずその手は少しも緩む気配はありません。
「なかなか美味そうだ。ちと、汗クセェがそれもまたいいなぁ。」
捕まえた獲物の姿を改めてじっくりと見ると、魔狼の口からはじゅわりと唾液が溢れ出てきました。鼻に香ってくる汗の匂いも食欲をそそります。
早く食べたくて仕方がなくなった魔狼は早速捕まった獲物を食べることにしました。
「それじゃ、いただきまぁす!」
「ひっ――お、おい、やめ――――」
魔狼は大きく口を開けると、長男の胸の辺りまで一気に口内へと頬張りました。
ぐちゅぐちゅと舌を動かして獲物の味を確かめると、人間の肉の風味と汗の塩味が感じられます。筋肉質だが、子供特有の柔らかい肉付きに魔狼は満足したようでした。
なにやらジタバタと動き、口の中の肉が何か必死に訴えてるようでしたが食べ物の言うことなど魔狼の耳には届きません。
しばらくして味を堪能し終えると、そのまま上を向きはじめます。
重力に従ってズルズルと長男の体は魔狼の喉へと落ちていきました。
「……い、いやだ……!狼に食べられるなんて、誰か、たす――」
大きく喉が開くと、長男の体が一気に奥へと引き込まれます。再び喉の肉が体を締め付けると成す術もなく食道へと落ちていきました。
ゴクリ、と大きな嚥下音が鳴ると、長男は喉の膨らみとなって狼の体を下っていきました。もう外に出ることは叶わず、魔狼の養分となるためにじっくりと消化されてしまうでしょう。
「……ッゲプ、かあぁ〜!!美味かったぁっ!これだから人間食うのは止められねぇ。。」
人間一人を胃袋に収めた狼は、満足そうに少し膨らんだ腹を撫でると食事の余韻に浸っていました。
ふぁぁとあくびをしてその場を去ろうとしたその時、狼は風下から流れてきた微かな匂いを感じとります。
「ん?こっちに人間がきてるな。……面白い。」
魔狼は物陰に隠れると、匂いの元の到着を待ち始めました。
「……あれ、兄ちゃんの家この辺だよな。」
「おぉ、確かこの、あたり、に……!?」
二人の少年がやってくると、兄の家が台風でも来たかのように無惨に倒壊している様子を目撃しました。目を見開き、兄の安否を心配し始めます。
「な、何があったんだ!?」
「に、兄ちゃんはどこ?無事なの!?」
家のあった場所に駆け寄って兄の無事を確認しようとする二人。
その背後から忍び寄る影がありました。
「お前らの兄ちゃんならここだぜ?」
突然聞こえた低く冷たい声に恐る恐る振り向くと、二人の目に大きな狼の姿が映りました。
狼が弄っている腹に目を向けると、状況が飲み込めずに暫し体が固まります。
「お前らの兄ちゃんは美味かったぜぇ?味も匂いも申し分ないし、喉越しも最高だった。」
「――魔狼……!」
「ま、まさか、兄ちゃんを……!!」
そんな二人の反応を見て、魔狼は嬉しそうに笑うと怯えている二人の眼前に屈んで目を合わせながら話し始めます。
「俺は人間の肉が大好物だけどよ、さっきうめぇもん食ったから今は満足してんだ。だから今はお前らを見逃してやるよ。……でも腹が減ったら…分かるな?お前らを血眼で探し出して食ってやる。…楽しみだなぁ、今度は手足を千切ってゆっくり一本ずつ食おうかなぁ。ま、とにかく後でな。腹の中の兄ちゃんに感謝するんだなぁ。」
魔狼の腹からはゴポゴポと水音が鳴り、消化が激しくなってきていました。
魔狼は目の前で震える二匹の獲物の匂いを覚えると、背を向けて歩きだきました。少年たちは怒りと悲しみと恐怖が入り混じり、二人で抱き合いながら去っていく魔狼の背中をただ見つめていました。
しばらくして、少年たちが少し落ち着きを取り戻すと次男は慌てて話始めます。
「あ、あんな化け物敵いっこない……!兄ちゃんもた、食べられっ……ぐっ……。」
今までの兄との思い出が蘇り、目から流れそうになる涙をグッと堪えていました。
「お、俺は自分の家に引きこもるからな。あそこが一番安全だ。お前は勝手にしろっ。」
次男はそう言うと、三男を置いて自分の家へと戻っていってしまいました。心の支えであった長男を失い、追い詰められていたのでしょう、無理もありません。
「ジロウ兄!待ってっ!バラバラになったら危ないよっ!」
三男の声は次男には届かず、その場にぽつりと取り残されてしまいました。
「……これ、は、うぅ……。」
地面に落ちていたぐしゃぐしゃになった服を見つけると、恐る恐る拾い上げます。唾液に塗れている衣服からはどろりと粘性の液体が垂れていました。魔狼が長男を食べている最中に吐き出したのでしょう、酷い臭いも漂ってきます。
三男も仕方なく自分の家へと帰って行きました。
――翌日――
また日が沈み、魔狼が動きだします。
腹はすっかりと元通りになっており、中の物は綺麗に消化されてしまったようです。
グルル、と情けない音が腹から鳴ると、魔狼は今日の獲物を探して森の中を歩き始めました。
「さて、どこにいるかな。昨日の美味そうなガキどもは。俺の嗅覚を持ってすればガキが一日で逃げられる距離なんてあっという間に見つけて追いついちまうがな。」
魔狼が鼻をヒクヒクと動かして獲物の匂いを探ると、ピクッとある方向で止まり口角が上がった。
「なんだぁ?一匹はあんまり逃げてねぇなぁ。そんなに俺に食われてぇのかぁ?」
想像よりも近くに少年の匂いを嗅ぎ取った魔狼は、早速食事のためにその匂いの元へと進んでいった。
「ここだな。美味そうな匂いが奥からプンプンするぜぇ。」
魔狼がたどり着いたのは大きな洞穴でした。ここは次男が拠点としている場所です。
「おい!!!大人しく出てくるなら苦しませずに食ってやるぜ?」
そう洞穴に向かって叫ぶと、壁に反響して何度もコダマのように響き渡りました。もちろん魔狼には獲物を苦しませない、などという考えは一切ありませんでした。
「……出てこない、か。ちっ、じゃあ行くしかねぇな。」
魔狼はめんどくさそうに洞穴の中へと入って行きました。
その頃、次男は洞穴の最奥でじっと息を潜めていました。魔狼の大きな声が次男の耳に届き、怯えて縮こまってしまっています。
「……き、来た……!でも、ここまでは来られないはず。大丈夫、大丈夫……!」
次男は洞穴の至る所にトラップを仕掛けていました。落とし穴や矢が飛び出るトラップ、地面から針が飛び出すトラップなど沢山の罠を前にすれば魔狼も諦めてくれるだろうと思っていました。
洞穴の入り口の方からは罠が作動したことによる地鳴りや大きな音がしてきます。土煙が次男の方にまで届き、罠が正常に動作したことに安堵していました。
しかし、安心したのも束の間、土煙の奥に何やら物影があることに気づき次男はハッと硬直しました。
徐々に土煙が開けていくとそこには次男を嬉しそうに見下ろす恐ろしい魔狼の姿があったのです。
「よぉ、会いたかったぜ俺の晩御飯ちゃん。」
次男は慌てて魔狼から距離を取りますが、すぐに背中が洞穴の壁に当たってしまいます。自ら逃げ場のない洞穴に引きこもったことを今更後悔するのでした。
「なっ、お、俺の罠は……。」
「ん?あの矢とか針とか穴とかか?あんなの俺に効くわけないだろ。俺に傷をつけたければ魔道具でも持ってくるんだなぁ。」
「そ、そんな……」
「んじゃ、いただきまぁす。」
放心した次男の前に魔狼の赤々とした口内が映ります。それが次男の見た最後の景色でした。
魔狼は頭から次男を咥え込むとあっという間にゴクリと一飲みにしてしまいました。
「……げぷ、昨日のより食い応えはないがなかなか美味かった。これはあと一匹の味も期待できるな。」
膨らんだ腹をさすると、もがき苦しんでいるのか中からぽこぽこと振動が伝わってきます。
「そうだ、もう一匹も逃げないうちに捕まえちまおう。」
魔狼は少し腹を重そうにしながら歩き出すと、三男の匂いを辿って歩き出しました。
「ジロウ兄、大丈夫かなぁ。」
三男は自分の家の中で、既に食べられてしまったとは梅雨知らず、兄のことを心配し空を見上げていました。
すると、玄関からドンドンと大きなノックの音が家中に響いてきました。
「おい、ガキ。大人しく出てこい。さもなくば、こんな家叩き壊してやる。」
驚いて玄関へ向かうと、ドアの向こうからは低く恐ろしい魔狼の声が聞こえてきました。
「誰が出ていくもんか!壊せるもんなら壊してみろ!」
三男がそう叫ぶと、魔狼はカッとなり拳に力を込めます。
「人間のガキの分際で……!いいだろう。こんな家ぶっ壊して、捕まえて食ってやるからなぁ!!」
魔狼が思いっきりドアを殴り、ドシンと家全体が揺れ動きます。
しかし、ドアにはヒビ一つ入りませんでした。
「なっ……この、くそっ!!!」
ムキになった魔狼は何回も何回もドアを殴ったりタックルをしたりしますが、それでもびくともしません。
次に、魔狼はなんとか獲物の方から外に出て来させようと揺さぶりをかけ始めました。
「あぁ、そうだ。お前の兄ちゃんだがなぁ。もう一匹の方も美味かったぜぇ?ほら、今も俺の胃袋で苦しそうにもがいてやがる。お前が今出てくれば、吐き出して話させてやってもいいんだぜ?」
当然、嘘だ。吐き出す気などさらさらない。
そんな魔狼の意図も三男は察しており、次男が食べられてしまったことにショックを受けながらも、魔狼に応答することはありませんでした。
「ぐっ……人間のくせに……。……他に入れそうなところは……。」
応答がないと、次に魔狼は家の周りをぐるりと見回しますが、ドア以外には窓もなく出入口はありませんでした。
ドアを壊す以外に家に入ることは出来なさそうですが、それを知った魔狼は少し考えてニヤリと笑みを浮かべました。
「つまり、あのガキもこのドア以外から出られないってことだな?」
そう言うと、魔狼はドアの前にドシンと腰を下ろします。
「我慢比べといこうか。」
それを中で聞いていた三男は、しまった、と青ざめた顔で慌てていました。
急造で作ったこのレンガの家には風呂もトイレもありません。食料もその日食べる分をその日に用意する生活をしていたため家の中にはあまりありませんでした。
このまま閉じ込められていたら3日もしないうちに餓死してしまいます。
「魔狼もずっと座ってるなんてできないはず…隙を見て外に出られる機会を探ろう。魔狼は夜行性だし朝になれば…。」
最初は三男もそう考えていました。
そして、時間が経ち夜明けを迎えた頃。
魔狼に眠気が襲ってきます。
「ふあぁぁ……。ねみぃな。…………そうだ。」
ドアを見張っている魔狼はうかうかと寝るわけにはいきません。そこで、魔狼は近くの木を引っこ抜くとドアに立て掛けはじめました。
そして、簡単なバリケードを作ると、よし、とうなづいて目を閉じました。
「くっ……やられた……。ドアが開かない……!」
三男は朝になり、ドアを開けようとしますが、内側からはびくともしません。
仕方なく、家の中での籠城を余儀なくされた三男も部屋に戻ると、睡眠をとり始めました。
「……ん、んん?」
数時間後、眠っていた三男は異変を感じて目を覚ましました。
何やら焦げ臭い匂いが充満し、それになんだか暑いのです。いつのまにか三男の体は汗だくになっていました。
「な、なに?」
汗を拭い、壁に手をついて起きあがろうとすると、壁に手をついた途端、ジュッとした音があがり慌てて手を離しました。
「あつっ、え、?ま、まさか――」
三男は魔狼の企みに気付いてゾッと血の気が引きました。
そして、その頃魔狼は玄関のドアの前でウキウキしながら作戦がうまくいっていることを楽しんでいるようでした。家の周りには木々が積まれ、パチパチと音を立てて燃え盛っていました。
「どうだ?中はきっと熱々の釜のようだろ?早く出てこないと中まで火が通ってローストされちまうぜ?……まぁ、それも美味そうだからアリだなぁ。」
魔狼は獲物の味を想像し、ダラダラと涎を溢しました。腹からはグルルルと獲物を待ち侘びる音が鳴り響いています。どうやら一晩で昨日食べたものは消化されたようです。
「あ、あつ……、でも外に出たら……。」
暑さで意識が朦朧とし、たまらず服をぬいでいきます。外に出たくて堪りませんが、魔狼と恐ろしい姿を想像し身震いしました。
とうとう視界がぐにゃりと歪み、床に座りこんでいましました。
「ご、ごめん、イチ兄、ジロウ兄……。」
力なく床に倒れると、食べられてしまった兄たちの姿を思い浮かべながら、目を閉じます。
閉じた目からは一筋の涙がつーと伝っていました。
「んぐ、……ん………………、あれ、……」
三男は再び目を覚ますと、自分の状況が飲み込めずにぼーっと頭を整理し始めます。
「ぼく、いえのなかでたおれて…………、!?、」
はっとして目を覚ますと、視界にはいつもより何mも高い地点から見た木々が映っており、体は生暖かい物に包まれていました。手足を動かすとヌチョ、グチョという音がして粘性のある液体がへばりついてきます。
吹いてくる風は血生臭く、酷い匂いに思わずむせ返ってしまいました。
「お、やっと、起きたかぁ、死んだのかと思ってそろそろ飲み込んじまうところだった。」
低く恐ろしい声が響くたびにぬるぬると体に肉の塊が滑って気味の悪い感触に鳥肌が立ちます。
そう、三男は今魔狼の口の中にいるのです。
顔だけ外に出て、首は鋭い牙によって押さえつけられています。少し魔狼が力を入れれば簡単に頭と胴体は鳴き分かれるでしょう。
「や、やだ…食べられたくなんか…」
必死に体を動かすも、ぬちょりぬちょりという音を立てるのみで、唾液にまみれたその体は舌の上をただ滑るだけでした。
「ずっと舐めてたからなぁ、もうお前味しないんだわ。でも、その怯えた声が聞きたくてなぁ。」
くくくくと魔狼は笑うと、ゆっくりと首をもたげ始めました。
「い、いや!助けて!!……だれか!!」
ずるずると舌の上を滑り、三男の体は底の見えない喉の奥へと誘われていきます。何かをつかもうとしてもヌルッと滑り、その運動を止めることは出来ませんでした。
「もうお前を助けてくれる人なんていないぜ?だって、俺の腹ん中で溶けちまったからなぁ……!アッハッハッハッハッ!!」
魔狼は喉に三男が到達した感覚を覚えると、一気にゴクリと小気味いい音を立てて呑み込みました。
膨らみが喉を下っていくと、やがて小さな腹の膨らみへと変わっていきました。
「げふっ、くくっ、これで兄弟仲良く俺の栄養になれるなぁ。よし、住処へ戻るかぁ。」
腹に向かってボソッと、話しかけると後は興味を無くし、満腹になった満足感を感じながら自らの家へと戻っていくのでした。
……ドチャッ
三男の体は狭い食道を下り終えると、僅かばかり広い空間へと放り出されました。ビシャっとドロドロとした水溜まりのような場所に落ちてしまいました。
「……うぐ、う、うぇぇぇぇ…………っ……」
締め付けられていた緊張が解けたからか、息を一気に吸うと、充満した酸と血腥い香りが鼻をツンと突きました。それは、文字通り吐瀉物のような臭い。
それもそのはず、ここは胃袋。入ってきた食べ物を例外なく溶かし尽くす消化器官。
もちろん、三男の体もその"食べ物"に該当しているのです。
「い、いやだ、このまま溶かされて死ぬなんて……!」
三男は入ってきた入口をこじ開けようとしますが、すでに固く閉ざされており人の力ではとても開きそうにありません。
足掻いて手足を動かしていると、コツっと硬いものが足に触れました。
不思議に思ってそれを持ち上げると白い何かが見えて来ました。
そして、完全に持ち上げた物を見た三男は数秒の後に絶叫しました。
それは子供の大きさ程の頭蓋骨でした。
「――――!!!!」
もう誰のものかも分からないそれが誰なのか、三男には理解したくなくても解ってしまいます。
気がつくと三男の周りにはプカプカと溶けかけの骨達が浮かんでいました。
「イチ兄……ジロウ兄……、嘘だ、いやだ――――」
絶望したのも束の間、獲物が入ってきたことを認識した胃壁が三男目がけて収縮し始めました。
ごぽっと三男の体はドロドロの胃液に付け込まれ、そして沈んでいきました。
その先の結末は説明するまでもないでしょう。
次の日の晩、魔狼は住処で目を覚ますとお腹の大きさはすっかり元通りになっていました。
昨日食べたものはすっかり消化されてしまったようです。
「くぁぁ、……腹減ったな。」
魔狼は昨日食べたものの事など気にかけることもなく、今日もまた獲物を探しに行くのでした。