【サンプル版】狼獣人の父親と相思相愛にまぐわった話

  今のパートナーと出会った時のこと。馴れ初め、っていうやつは覚えているだろうか。

  俺のタイプは格好良い系、なんだけど。アイドル的なカッコ良さは別に求めてなくて、文系理系やらではなく体育会系寄り。端的に雄臭い雰囲気のある奴だったらおっさんでも年下でもいい。運転手やら作業員がイメージできるような野郎だったら尚更良いし種族違いであろうが気にしない。

  誰専に近いといえばそう。加えるならば、身体つきは細身よりもガッチリ系のほうがアガる。揉みしだきたいし吸い付きたい欲求に駆られるからだ。その枠組みの中に親父がガッチリと嵌め込まれたような感じ。その表現がおおよそ正しい。

  親父からのファーストコンタクトは、言うまでもなく母親から産まれてきた時になるであろう、俺自身、そんな記憶は残っているわけもないが。此方は微塵も覚えていないのに、向こうは昨日のことのように鮮明に覚えているだなんて、想いが確固たるモノになっている今になってみればありがたく嬉しい半面、羨ましく疎ましいの二面がコインの裏表のように感じられていた。物心つく前から親父が居た俺からすれば、学生時代の淡い初恋のように、ファーストインプレッションたる感覚を味わいたかったし欲しかった。それはないものねだりなのだけれど。

  齢五十ほどになる壮年の狼獣人。その血を引く息子である俺も、種族的に評するならばそういうことになる。

  彼の、と形容するのもなんだかくすぐったくなるような感覚があるけれど、親父のビジュアルを語るならばまず毛並み。灰色と純白とのコントラストが美しく、特に色がちょうど変わるあたりのグラデーションが絶妙だ。

  日々欠かさないであろうブラッシングのおかげで、常に良質なコンディションを維持している。ところどころで色落ちた毛が目立つようになってきたと自嘲気味に呟いていたけれど、逆に若者が意図的に出せない味わい深さが良い。

  親父の良さに気付くまで、ハイイロオオカミの地味な毛色なんて、と思っていたけれど、生まれ変わってもまた狼に生まれたいと思うほどに好きだ。面と向かって言うのは全身から火が噴き出るくらいに恥ずかしいけれど、肉親という垣根を易々と飛び越えられるくらいに父親を溺愛している。

  親父の評価はあくまで俺から見ての話なので、母からすればまだまだ甘いと軽口を叩かれながら鼻で笑ってくるレベルのものなのかもしれない。ひとまず言えるのはその辺にある市販のハンカチーフなんかより肌触りがよく暖かで、気持ちよいものだということ。もう手に触れずとも分かる。

  一度肌に接触してしまえば、時間を忘れていつまでも撫でたくなるのはメリットであり、忙しい時間帯にはデメリットとも言える。

  顔のパーツに注目しても、眼は二重瞼ということもあり強い目力が感じられるが、家で朝食を摂る姿、休みの日は肩の力が抜けているのかいつも眠そうで、一見気怠げに見えてしまう。それでも、リビングの窓際で本を読んでいるだけで、はたまたテレビを見ながらビールを口に運ぶ動作だけで、絵になるくらいのものだと誇らしくなる。

  此方に視線を穿つ表情は刺々しくも、惚気抜きで実年齢より若く凛々しく映ると形容して相違ない。そんな親父に間近で見つめられてしまったら……。

  すぐに見惚れて、そして欲情して、いつ何度でも、こうしている今にでも魅了されてしまうに違いなかった。

  昔は休日にジムで躰を鍛えているらしかったのだが、最近はめっきり通わなくなってしまったそうだ。それでも精悍な体つきは迫り寄る老いに対しても、十二分に立派で全面的に抵抗する姿勢を見せている。先に記した通り親父の実年齢は還暦数歩手前といったところだが、肉体年齢でいうと健康体の四十代前半か、あわよくば三十代でもいい勝負ができるかもしれない。

  ジムには足を運ばずとも自主的な筋トレは日頃から怠っていないようで、親父の部屋でダンベルやらローラーが置いてあるのを見たことがある。

  実際、家族でなく赤の他人である目線から親父を見れば、アラフィフの人狼だとはとても思わないだろう。意識的に行う若作りとは違い、半ば趣味が高じて着いてきた結果が肉体美だったというだけで。ストイックな性格に結果が勝手についてきた、といった印象を持つ。

  ピンと立てた獣耳やふさふさの首元。機嫌が良かったり興奮したりすると片耳はピクピクと動き、無愛想な顔よりもよっぽど豊かに表情を顕著に現してくる。喉元はゴロゴロと小気味良い音を立てて愛らしい。数センチ下りたマズルと肉食獣さながらの口元は男らしく、口角が上がるとニカッと開かれる空間から、広がる歯茎と牙は獰猛な狼に相応しい。一度噛み付かれてしまえば逃げ帰ることは叶わないだろう。その奥にはフェロモンの分泌を促進させてくれる立派な舌が待機している。

  唇は仰々しい牙とは真逆に、採れたての果実の如く瑞々しくて柔らかい。そして口内に残る煙草の残り香が愛おしく、それを一戦交えるたびに痛感させてくれる。極上の快楽としてスタートラインに置かれた入口を味わった身として語るとすれば、底なし沼のように深く、下ろしたての羽毛布団のようにやはり幸せな気持ちに誘うのだ。

  親父は一方的に構われるのが得意ではない。というか、ちょっかいを出されるとやり返してしまいたくなる性分なようで、二人きりでイチャイチャと戯れていると、なし崩しにモーションやらアプローチがどんどん派手になっていってしまい、終いには、やはり本能に任せてケモノならではの豪快な交尾へと成り下がってしまうので、大型犬のように撫で回して遊ぶ、といったことは未だ実現していないのだけれど。

  繋がりたいという気持ちは親父にも強くあるようで、共にベッドの中で一夜を明かすとき、アプローチに不満を抱いたことはない。昔ながらの雄、のような凝ったプライドはあるのだろうが、あくまで相手を立てながら、自己の欲求もくまなく満たしていく段取りの正体は長年の経験から成せるものなのかもしれない。

  そんな親父とは、初めから相思相愛だった訳ではなかった。社会人になって何年かしたぐらいだったはずだから、俺が二十五歳ぐらいで、親父は四十五前後のころだと思う。付き合っているだとか、そういうのは何処となく語弊があるけれど、カップル的な感性で言い表せば、まだほんの数年しか経っていない。

  俺がアラサーと揶揄される領域に脚を踏み入れたとき。その年頃の男と言えば、遊びたい盛りの真っ只中。毎週末のルーティンとして飲み屋を周り、同業の集まるナイトイベントに飛び込んではそれらしい雄をゲットして、貪るように取っ替え引っ替えで食い散らかして。一旦気に入ったセフレを手に入れようものでも、新しい獲物を見つけたらすぐ移ってまた食ってという、肉欲的な日々を過ごしていた。

  そんな中で、ある日急に俺の運命を変える出会いが起こった日を、

  そしてぽつぽつと親父とのことを語ろうと思う。

  週末ということで今夜もたらふく野郎を喰ってやる、そんな心意気から、仕事終わりに行きつけのバーへと直行することにした日。あわよくばそのままラブホに連れ込むか、ハッテン場でしけ込むかなどという、移動中の電車内でもエロを多分に含んだあれやこれやの妄想に期待を大いに持ち込んで、下腹部に位置する下着を僅かに斜め上に持ち上げながら、気分とテンションをハイなベクトルへとスイッチを入れ込む。

  乗り込んだ車両は週頭のものと比べると、乗客の顔付きもポジティブな感情を孕んでいる者が多く感じられた気がした。それは自分自身がそうだったから、そう見えただけなのかもしれないけれど。

  アフターファイブに友人と呑みに行く者、自宅に帰って自分だけの時間を過ごしたい者。そして俺のようにこれから雄漁りに向かう者。数多の欲望を持った者たちが車内にいただろう。

  高揚に身を任せ、誰得かも知り得ぬ総括を粗雑に捩じ込みながら、目線を出入口の自動ドア、その更に上へ向けると、電光掲示板に表示される字面が目的の駅に変わった瞬間を目の当たりにした。耳に蛸ができるほど聞いた走行音と不意に左右に揺れる車内、近くに座する若者の安そうなヘッドホンから漏れるシャカシャカ音、スマートフォンを耳に押し当てて傍若無人に通話へ勤しむ高校生。

  それらは憂鬱な早朝であればストレスに直結し、反射的に眉を顰めていたであろうが、今の俺の心持ちには全てを許容できる寛大さを持ち合わせている。何故なら明日は休みだからである。

  窮屈な箱から飛び出して改札口ですれ違う街の喧騒をバックグラウンドに足元を踏み締める。早まる心臓を引き連れて歩くのが不快な面持ちにならなかったのは、先の通りテンションの土台がキッチリと組み上がっていたというのももちろんあったけれど、右手の中でしっかりと握った端末画面に、マップアプリのゴール地点が赤色のピンでしっかりと突き刺さり、そこへ目掛けて現在地を示す青色のピンが、徐々に徐々に接近していることが分かっていたからだった。

  赤いレンガがモチーフの階段を降り、オンボロな照明が等間隔に並んだ連絡通路を抜け、まだかまだかと客が屯するタクシーの待合所を過ぎて、数分おきに忙しなく現れては消えていくバスたちが集うターミナルも視界の外に消えていった。

  季節は夏を過ぎて秋といったところ、道ゆくヒトやケモノの服装に一貫性は感じられず、長袖にストールを巻いて暖かそうにしている者もいれば、対称的に素肌を露出させ談笑する学生グループもいた。

  それから数分から十分に満たぬくらい後。すっかり世話になったアプリに感謝しながら、縁ボタンを押下しスリープモードにシフトさせてポケットに突っ込む。目を瞑って鼻から大きく酸素を取り込んだのち、口から二酸化炭素を多量に吐き出す。

  さあ、遊ぶとするか。

  そう意気揚々と入店して、ほんの数秒のことだった。

  「………! …………………」

  入念なステップをもってアゲてきた気分は、一気に急降下してしまった。それもそのはず。ドアを開いて初めに目につくカウンターには、自宅で毎日顔を会わせる見慣れた狼のオッサンが。氷の入ったグラスをちびちびと傾け、右手の二本指で火の点いた煙草をふかしている。毎朝目にするラフなスーツ姿にネクタイ。俺も同じ毛色を持っているのだから見間違えるはずがない。

  俺の親父だった。

  そんな偶然があるものか。

  駅とかレストランならまだしも、ましてやゲイバーで。幸か不幸か、視線がかち合わないことから向こうは気づいていなさそうなものの、数秒と持たぬぐらいの余裕しか無かった。脳内が真っ白になるというのはこういったことを言うのだろうと学びを得たが、対処法は全く出てくるわけもなく。

  思考回路は壊滅的にシステムダウンしてしまい、「a」だの「u」だのという母音すら発することが出来なくなってしまい、数秒ほど立ち尽くしてしまっていた。

  ぶんぶんと尾を振って全て見なかったことにし、冷静さを装って親父のいたところからまあ離れた距離感の席に着く。店に入ってから座るまでのこの間、約三十秒。幸い店のオープンから少し時間が経過していたために、俺たち以外にも客はいた。

  親父がいちいち誰が入ってきたかをチラチラ見てくるような気質は持ち合わせていなかったおかげで、俺の開幕からカマした怪しすぎる挙動はさして悪目立ちすることはなかった。

  スムーズに飲み物を注文して一息つく。つもりだったのだけど、視線の方は嫌でも親父へ向かっていってしまう。その挙動の所為なのか否か、やはり案の定、親父の方も俺の存在に気づいてしまったようだった。

  初め俺の顔見た瞬間、あからさまに眉を上げて「あ?」みたく何事かとした顔をしていたのに、まともに真正面から目線がかち合ったせいで、今何が起きているのかを整理・理解したのか、目を逸らしスマホに手を伸ばしてしまった。

  シャイかよ、と思ったのだけれど場所が場所だけに、こちらからも気軽に声をかけることがめちゃくちゃに躊躇われた。それは向こうも同じ想いだった、それだけだろう。

  『よう親父、こんなとこで何してんだ』

  聞けるわけがない。

  ……そんなことを愚問の暁にはオメーもだよ、ってなるに決まっている。俺が言われる側でもそうだ。まして初見の店でこんな会話をマスターや客に聞かれでもしてみろ、恥ずかしくてもう行けなくなってしまう。

  けれど、いつまでも顔色を伺っているわけにもいかない。此処にはあくまで男漁りをしに来ているワケだから、いつまでも親父を気にしていると無駄足、無駄金、無駄時間のトリプルパンチを食らってしまう。それは避けなければならない。

  給仕してくれたモヒートのノンアルコールドリンクを一思いに一気に飲み下す。添えられたライムの酸味と辛口なジンジャーエールが程よく交わり、舌の上で爽やかな清涼感を与えてくれた。

  ここを訪れるまで大変世話になったスマートフォンへ、こんなときどうすれば良いのかと救援要請を要請すべくポケットに手を突っ込む。まさか検索エンジンで、親子ともどもゲイだった場合の対処方法なんか調べてみたとしても、そんな答えなんか書いてある筈がないのだけど。

  と、捕まえた端末の、暗転した画面に指先が触れたかどうかぐらいのタイミングだったと思う。

  ピロン♪

  …………あ?

  僅かなバイブレーションとともに、画面にメッセージアプリの通知が下りてくる。タイミングからして差出人はやはり親父からだった。バリバリに遠回しな確認でもされるのだろうか。

  ワンクッション置いて聞いてくるのが自然といえば自然か。とかいう半ば能天気なことを考えながらも、早く内容を確認したくなって、未読数の点いたスマホアプリをトンと押す。親父との会話記録には新着メッセージが届いていた。

  "おい"

  "ちょっと話さんか”

  この場合の話というのは面と向かって話したいという意味であって、話なら今こうして、しているじゃねぇか。という意味のものではないことだけ軽く注釈しておく。メッセージ内容の潔さというか、あまりに簡潔した内容に目を丸くしてしまう。

  俺に気付いてから露骨に目を逸らしたクセに、慌ててすぐ帰ろうとせず、むしろ逆に息子とコミュニケーションを取ろうとする動きに、漢気を感じてしまう自分に違和感を抱いた。毎日顔を合わせているはずなのに。

  ……とはいえ、このバーでわざわざ席を変えてまで親子水いらずの会話などやりづらいことこの上ない。あえてしらばっくれようとしてみても良かったのだけど、メッセージの潔さからして、親父は勘繰りの類ではなく確信を得た状態で話しかけてきたニュアンスだった。ということであれば、俺もはぐらかさずに簡潔に返信するのが筋といえるだろう、関係性が親子というのは一旦伏せるとして。

  "どっか違うとこがええわ"

  あちらも気が急いているのか知らないけれど、親父からのレスポンスは一分と待たなかった。

  "おう"

  "先に出とるけ、好きなときにビル裏の茶店に来いや"

  好きなとき、なぁ……。

  一度の返信で済ませるのではなく、メッセージを分割して送ってくるようなところで焦りに近しいようなものを感じる。にしても、勢いとはいえ半ば丸投げに等しい俺のレスポンスに対して、店のリードを始めからタイミングまで任せてくるだなんて。

  まるで彼氏みたいに気が利くな、と思ってしまう。思わず端末に表示されている内容をゆっくりと目線でなぞりながら往復させてしまい、バックライトに照らされた文面の存在が、夢やら妄想の産物ではないことを認める他ないようだった。

  そんな俺のの様子を知ってか知らずか、カウンター席に座っていた親父は会計を済ませてしまい、俺が入店したときと同じ振る舞いで店内を一瞥することもせず出て行ってしまう。

  カランカランとドアに取り付けられたベルが鳴る。親父を追いかけようかと思ったのだけれど、親父のことを狙ってんじゃないかと、退店してからヒソヒソ噂を立てられたらという自意識過剰さが邪魔をしてしまう。

  そんなことを気にするわけもないだろうに、考え出したらそれはそれで何か不愉快で、そんな考えも一緒に喉奥に突っ込むように、勢いのままにモヒートを一気飲みした。

  ライムの風味がとても心地よかったのだけど、炭酸飲料だったと言うのを思い出したのは、多量に口内へ流し込んだあとで、危うく派手に咽せるところだったのを気合いで誤魔化しながら飲み込む。

  戻すわけにもいかないので、流れでそのままグラスを傾けたのを後悔した。きっと数秒以内には俺の視界は涙で霞み出すだろう。一人でそんなこんなをやっているうち、ひとつ思いついた閃きを実行に移すことにした。

  お代わりを頼むために呼びつけたマスターに絡んだところ、親父は月に一度来るか否か程度くらいの頻度で来店しているらしい。四、五年に以上前から通っているためにマスターも顔はバッチリ覚えているのだとか。

  割とモテる顔つきで、本人の好みは一回り上から二回り年下までいけると、今いるバーの客層ほぼ全てを網羅しているんじゃないかというくらいに守備範囲が広いことから人気らしい。

  それこそ見た目はまあまあイカツいし、目力のある鋭い視線を飛ばすだろうから、初見の者からすれば" 何見てんだ"という態度と取られても仕方ないのだろうけど。打ち解けてみると話し上手の聞き上手で、話題も尽きずに面白くて、響くように心地良いバリトンボイスで心を奪われてしまう奴も何人かいるとかなんとか。

  体格としては背の高いガッチリ系が本人のドストライクゾーン。俺もいつか思いっきり抱かれてみてェぜ、とマスターが下品に笑い始めたあたりから、あー……、もうこれ以上はいいな。と満足してしまい会話のシャッターを閉めた。

  マスターが武勇伝のように話す内容は正直テンションに任せているところが感じられたせいで妙に信憑性に欠け、盛ってるんじゃねぇんだろうなと思わず訝しんだ眼差しを向けてしまう。

  けれど、さも嬉しそうに親父のことを話すマスターを見ながら、身内が褒め殺されている事実に、不思議と嫌な感情は抱かなかった。

  親父ほどじゃないけれど、俺もタイプに年齢種族なんかゾーンがあってないようなスタンスだし、この店のマスターであるやや腹の出たウケ(話をしている感じから察するに)の鰐獣人だってたぶん、俺は抱こうと思えば抱ける。

  親父もそんな感じに性に奔放なのだろうかと考え始めたとき、その気持ちが嬉しいのか悲しいのか、コーヒーに植物油脂をぶち撒けて混ぜずにいたときの模様みたいにグチャグチャと複雑な気分になった。

  あの灰色狼の性的嗜好が俺と酷似していることから、やはり血の繋がった親子であることを突きつけられているような気がして、親父にときめいている訳ではないはずなのに、どこか痒い箇所に手が届かないような、むずむずとした感覚が思考の中を這い回っていた。

  親父のことを考え出して少しでもセンシティブな方向へ脱線するたび、打ち消すようにモヒートを流し込むのだけれど一時凌ぎにしかならなかった。とすれば時間つぶしという名目で携帯を手にしてみるのだけど、すると今度は時計が目に入ってしまうことで、メッセージの約束を思い出しては再び親父のことを考えてしまい、と無限ループを繰り返してしまっていた。

  一分、また一分と分針が進んでいくにつれ、指定場所に行かねばならないという思いが、心拍を増す鼓動によって湧き出てきて、緊張も相俟って無意識に貧乏ゆすりをしてしまい、カップに三割くらい残ったドリンクをゴクゴクと飲み干すし、酒呑みのように汚らしく二酸化炭素を排出する。埒が開かないと理解したところで席を立ち、マスターに向かって人差し指交差させ、"お会計よろしく"ジェスチャーで意思表示をした。

  カウンターへ歩み寄る最中、横目に通した親父が座っていた席をちらりと見たが、タバコの灰皿はとうに片付けられテーブルも綺麗に拭かれており、あの狼が座っていた痕跡は残っていなかった。

  店の雰囲気は悪くなく、ソフトドリンク二杯という夜のバーには似つかわしくない低単価な客であろう俺にも愛想良くしてくれ、親父の情報を流してくれたマスターには感謝しかない。今度またここに来ようと思った矢先。

  「そういやアンタ、あの親父狼サンの息子か? 雰囲気似てやがるしよ……」

  「百歩譲って親子共々ゲイだったとしても、わざわざ同じとこ来るわけないッすよ」

  「ははっ、それもそうだな、ところでどうだい、今度俺とズッポリバッコリ………」

  「うーん……まあ、タイミングあればッスね! そいじゃまた」

  「おう、またな」

  マスターからしても、俺自身はタイプのフィルターを問題なく通り抜けられる容姿だったようだ。いつもならワンチャン飛び込んでいたであろう誘い文句だったのだろうが、今日ばっかりはそれどころじゃない。手早く会計を済ませてドアを出るなり、モテるのも困りモンだな、とイキって鼻で笑いながら、入店前よりも暗くなった空を見上げた。

  季節はまだ秋になるか否かといったところだったのに、ヒュウと吹いてきた横風は悪い予感を彷彿とさせるように不気味に冷たく感じた。横目で通り過ぎていく何棟かのビルに貼り付けられたネオンサインが鈍く点滅を繰り返すたび、視界がチカチカとチラつくのが少し不快だった。親父の言っていた通りビルのすぐ裏にあるというだけあって、徒歩換算で二十秒くらいの距離にその喫茶はあった。

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  ガラス張りになっている店内を外から覗くと、何組か客がコーヒーやらケーキを楽しみ、会話に華を咲かせている様子が映る。店の名前は聞いたことがなかったから、おそらくは個人で経営しているものなのだろう。

  黒い木造造りの入り口は和洋どちらかといえば洋寄りでケーキ屋と紹介されてもなんら遜色ない。ファッション的に見せるためであろう赤レンガが、通行の邪魔にならない程度に突き当たりで積まれていた。

  目を凝らして親父のいる席を探すと、店内の一番奥あたりに同じ毛色を持つ獣人が、何かを読んでいるような姿勢で椅子に腰掛けている姿が目についた。無事探し人が見つかったところで、手汗をかいた手のひらを服にゴシゴシと擦り付けてからドアの取っ手を握って自分側へ引いた。

  からんからん。

  親父に失礼を承知で言うと、大学のカップルや老夫婦ならお似合いだろうが、男臭い野郎同士で入店するには、今回のように片方が先に待っている設定の待ち合わせだったとしても、若干しんどいくらいには落ち着いていた。

  過度に主張してこないレベルで万人受けするような可愛らしさを持ち、だからこそ今この用事で行くには勿体無いという、そんな誰が悪いでもないのに申し訳ない気持ちになってしまうくらいには、シックでSNS映えが狙えそうな印象を抱くような内装だった。

  俺の入店に気づいたであろうヒト科の従業員が、我先にと迅速に、走らないよう丁寧でキビキビとした動作で近付いてくる。白と黒の二色を基調としたシワの無い制服が清潔感を際立たせている。常日頃からクリンリネスに気を配っているのだろう。床を流し見しても埃ひとつ見当たらなかった。

  一人と言ってしまうと親父と離れた別の席に連れて行かれてしまうので親父がいたであろう方面を指差す。その仕草を見て、待ち合わせだと気付いた察しの良い店員は、頷いて笑顔を振り撒き、踵を返して元の業務へと戻っていった。

  限りなく黄色からヒト科の肌色に近い色調で整えられたフローリングの造りになっていて、会話や作業の邪魔をしない程度の音量でBGMが耳に入ってくる。喫煙席とガラスに印字されたプッシュ式の自動ドアをくぐって奥、窓際の席に親父は座っていた。

  近年、喫煙席といっても電子タバコのみ許可している形態は決して少なくはない。親子ともども紙巻きタバコを嗜むものだから、どうせアイツも吸うだろうとこの店をチョイスしてくれたのならば、というのは勘繰り過ぎだろう。

  そこまで気周りが良いのに、基本的に無関心なのか読書に没頭しているのからなのか、親父が俺の存在に気づいたのは対面に腰を落ち着かせてからのことだった。

  「よう」

  「ん、あぁ、来たか」

  バーにいたときは気付かなかったが、親父は俺と同じく仕事帰りということもあって、スーツ姿ではあったもののシャツと色合いは堅苦しくなくて、そういうカジュアルな私服と言われても頷ける自然体さだった。

  終わりかけのクールビズといったところか、上着を羽織っていればもっとイケメンになるだろうに、と。無用な世話まで頭をよぎってしまう。衣替えは目前にまで迫るタイミングであろうから、きっと外で親父のこの姿を見るのは今日が最後になるのだろう。この姿の親父を見ることが出来たのは良かったのかもしれない。

  「悪ぃ、待たせちまった」

  「いんや、俺もこれ読めたけぇ、ええわ」

  親父は付属の芋紫色をした紐状の栞をページに挟んでから、ぶらぶらと書籍をチラつかせパタンと音を立てて閉じた。ブックカバーによって妨げられているせいで、表紙はまるっきり分からなかったけれど、パッと目にしたあたり冊子にしては薄く文庫本のような印象を受けた。壮年の雄獣人が珈琲とタバコを片手に文字に耽っているのもまたいいなと、切り抜いたワンシーンに色気を盛り付けて脳裏にまあまあ強く焼き付けてしまう。

  「なんそれ、エロ本け」

  「アホ、んなモンやったら家で読まぁ」

  ガキにはまだ早ぇけどな、と鼻を鳴らして鞄に本をしまい込み、家だったら読むことを堂々と言ってのける。ガキっつってもアラサーなんだが、親からしてみれば息子はずっと子供扱いしたくなるような存在なのだろうか。

  反論したところで適当にあしらわれそうだと思ったので、空気を読んで言葉を飲み込んだ。俺自身読書の趣味はないので、親父が何を読んでいようと構わないのだけれども、先程のマスターとの件といい、親父について知りたいという好奇心が留まるところを知らず、何を読んでいたのかが気掛かりだったが、今度にでも知る機会はあるだろうというところで、深く思い詰めるのは止めた。

  「お前、シラフけ」

  「おん、まだ入れとらん」

  「酒もあーけ、呑みゃええ」

  「ん、そげすーわ、親父もなんか頼むか」

  「さっき頼んだ奴がまだあーけ、あとでええわ」

  「ほい」

  傍目から見てみれば友人の付き合いにしては歳が離れすぎているし、家族にしては距離感があまりにもフランク過ぎるかと、周りの客に会話を聞かれて笑われていやしないかと内心ヒヤヒヤしてしまう。自意識過剰と諭されればそれまでだが、とりあえず親父は呼び鈴を鳴らして店員を呼んだ。

  「はい、ご注文をお伺いいたします」

  「エールを一つ」

  「かしこまりました、少々お待ちくださいませ」

  一礼しては背筋をピンと伸ばしたまま去っていく店員を横目に、教育がしっかりしてんなぁ、と感心した。

  親父側を向いて置かれた逆さまのメニューに、限定のケーキという心躍る字面を見つけてしまったのだけれど、女みてぇだなと揶揄われるのを想像しただけで、なんだかムカついてきそうだったので、次回用の候補として頭の隅にメモを残す。親父がこれを頼むならば、流れで乗っかってやらんこともない、みたいな変なプライドも持ちながら。

  「菓子に洋酒使ぁモンがあーが、だけんメニューにも酒置いとるらしいで」

  「ほーん」

  素気ないリアクション通りに親父の話に興味がないわけじゃなくて、むしろ興味津々だった。一瞬でも目線を戻せば、家族という境界線を取っ払ってグイグイと食いにかかるダンディなオオカミ獣人が目に入る。自分でも不思議で堪らない、親父って、こんなに魅力的に見えたものだったっけ、と。

  さっきのバーで出会うようなことがなければ、更に言えば親父がさして気になる容姿でもなかったら、こんな思春期のガキみたいにドギマギすることもなかったのに、まるで初恋を追体験しているようだった。

  セフレはさておき彼氏としての付き合いだって、こちとら何人も経験しているというのに、ちっとも面白くもない。親父から見て俺の目線は童貞のように泳ぎまくっているに違いなかっただろう。

  話したい内容はお互いに分かりきっていると言えば、それは間違いないのだけれども。特に核心に触れるような雑談もなく、無言の時間が長く続いた。

  スマホを弄っていたわけではないので、どのくらいそうしていたかは分からなかった。体感三十分かそこらが経過したかどうかで、仕切りを跨いだ隣の席に客がいたとしたら、初めの朗らかならムードと異なって、今はきっと中々に重苦しいムードと形容せざるを得ない雰囲気だったと思う。

  「お待たせいたしました、エールでございます」

  「ああ、ありがとう」

  「ごゆっくりお過ごし下さいませ、失礼いたします」

  給仕に来た従業員に気づくと、実のところ五分すら経っていなかったことに気づく。

  「ん」

  「ん、って何じゃ」

  ステンレス製のマグカップの取っ手を持ち黄金色に光るグラスに近づける素振りを見せる親父。行動の意図が読めなかった。考えるよりも先に喉元から言葉が出てしまう。

  「何て、乾杯以外になかろうて」

  「え、あ、あぁ、はいよ」

  可愛いかよ。

  親父に今まで喰われてきた奴らは、こういう、どこか抜けて見えるのに生真面目にキッチリとしたところに雄らしさを感じては魅了されてきたのだろうか。

  「言うて、もう呑んどるじゃろ……、乾杯」

  「細けぇこたぁええんじゃ」

  かちん。

  ちょっとだけ重量感のある乾杯音がテーブル席に木霊した。飲み口をぐいっと押し付けながら見下す視線で、どこぞの誰かが遅く来た所為だな、と軽く嫌味を言いながらニヤリと笑ってみせる。

  そりゃあ、そう言われてしまえば何の言い訳もできない。いつの間に点けたのか親父のタバコから出る煙が天井へと立ち昇っていくのが見えた。溜息か、一服して落ち着いたのか、親父の口元から漏れ出した副流煙は、一度二度前に吐いたものよりも濃くなっていた気がした。

  俺がエールを半分くらい飲んだ頃。

  「おい」

  ついに来たか、と悟られないほど僅かに身を前のめりにして紡がれる言葉を待つ俺。それでもシラを切るようにわざとらしい演技は付加させて。

  「ん」

  「俺も呑んでええか」

  内心大きく肩を落としながらもエールをもう一つ注文する。短時間に何回も店員を呼びつけることに若干の申し訳なさを感じながら、店員はその気持ちを汲み上げるでもなく懇切丁寧に対応してくれた。そこからまたやや経って、親父が注文した飲み物が届けられる。

  「ん」

  「ん、って何じゃ」

  このやりとり、さっきもやったな。笑いそうになるのを堪えて、親父がやってきたことをまんまやり返してみせる。疑問符を浮かべて見つめてくる狼が可愛らしく見えてしまった。全く、この親の顔が見てみたいものだ。

  「乾杯」

  「あ、あぁ……」

  かちん。

  ガラス同士をかち合わせて鳴った擬音は、今度こそ小気味良い音を立てた。ぐびっとエールを何口か口に頬張って、ゴクゴクとこちらに聞こえるくらい良い飲みっぷりで胃に落とし込んでいく親父。ぷはーッと、オッサン臭くアルコールを摂取したことで、ついに、やっと本題に踏み込んできた。

  「俺な」

  「ん、おん」

  「お前が男好きって事、大分前から知っちょったぞ。鍛えとる割にはちっとも女っ気無いし、持っとる雰囲気とかから、なんとなく」

  「あ、そうなん」

  「ノンケは騙せてもオケケは騙されんぞ。分かるじゃろ? 同じやつ分からん、特有の雰囲気みたいなやつが」

  「オケケて」

  その発言は親父も立派な”オケケ”だったということのカミングアウトである。若作りをしているとはいえ、このビジュアルの狼からオケケとかいう、若者に決して伝わらない言葉選びをしてきたことに、ショックほどではないにしろ、いわば解釈違いに近いような衝撃を受けた。

  周りに聞かれても大丈夫なように言葉を冷静に選んだ結果なのだろうけれど、せめてなんかこう、もっと別の言い回しはなかったのかと鼻から笑いが漏れてしまった。

  「伝わっとるんじゃから、ええじゃろ」

  「それは、まあそうじゃ」

  「そんで、いつぞやお前が怪しいと思ってな」

  「おん」

  「前にお前が居らへん間、部屋を掃除してやった事があったじゃろ」

  「あぁ、やたら珍しい事するんじゃ、と思って熱でもあるんかと思っちょったわ」

  「アホ。したら、マッチョな奴が映ったビデオは出てくうし、何処ぞのイヤらしいパンフレットは出てくうしで、俺の息子は男食い散らかしとるなと思ったんじゃ」

  「…………」

  知らなかった。

  「……そういうのっててっきり、おかんからバレるモンだとばっかり思っちょったわ」

  「残念やったな……。病気とか貰うて無いじゃろな、父親としてはその事だけが心配なんじゃが」

  「無いて、定期的に検査しとるから病気は無え」

  「おん、ならええわ」

  父親からゲイバレするパターンもあるのだと、世の認識を改めることにした。親父が同業の場合に限るだろうけど。それにしても主の不在の間に部屋漁りから確信を得るなんざ、まあまあ卑怯くさいことをしたなと悔しくなる。

  「おかんには言うたんけ」

  「いんや、お前に彼女の一人も出来んことを心配しとるけど、そんくらいなもんじゃ」

  「そんなもんか」

  「嗚呼、じゃが……、気ぃつけろよ、お前がホモって知ったら、おかん気い狂いよるぞ」

  「ましてや親父もホモじゃ、家庭崩壊するわな。で、そう言う親父はどうなん」

  「いやー、分からん」

  「分からんとかあるんか」

  「ん、もうアイツとは十年以上ヤッとらんから、おかしいとは思っちょるじゃろ。でも外に女おるような素振りもしとらんし」

  この流れで両親の性事情を知りたくなかった。親父も立派な雄だから、性的な興味を身内に抱かなくなったとはいえ、溜まるモンは溜まるだろうし、発散ついでに楽しもうという算段だったのだろう。

  「まあ、おかんもあんまりエッチ好いとらんからな、それ除いたら上手いことやっちょると思うが」

  「でも親父は好きなんじゃろ」

  「……やかましい」

  これは肯定の反論と捉えてよさそうだった。

  「まぁ、親父はパチンコとかも行かんし、家事も手伝っとるしでいい旦那しとうが」

  「当たり前じゃ、つうか、……俺なんかよりお前、ほんに病気だけは気い付けろよ」

  ピロートーク中に説教しだす老害かよ。と思ったものの、冗談ではなく二度も言葉をかけてくれるあたり、世辞ではなく本心なのだろうと嬉しくなった。腹を割って話をしたつもりでもなかったが、会話のペースはトントンと進み、親父自身も言いたいことは言えたようだった。

  誰もいない空間ならまだしも、公共の場で互いのセックストークだの体験談だのを話すまでは踏み込めなかったけれども。

  親父と俺は必要以上に会話することがない。家族として付き合いの長い関係だったら、いつまでもベタベタしているような家庭は少ないだろう、たぶん。別に仲が悪いわけでもないのだが、親父とは普段、最低限の言葉しか交わすことがない。

  ただいま、とか、いただきますみたいな日常レベルのやつ。しかし今回は珍しく一対一で長いこと話したし、ゲイの友人とはまた違う、もうワンランク上の理解者が出来たような感じがして嬉しかった。

  「そろそろ閉店近ぇけ、帰ろか」

  「そやな」

  本音の一割くらいは、男漁りをメインの目的としてここまで来たわけなので、一発遊んで帰りたかったところはあった。けれど、親父と長く話せたということもあってぼちぼち満足しており、特に断る理由もなかったので喫茶店を出たらタクシーを拾って一所に帰ることにしたのだった。

  車内に座り込むや否や、発進してからは特に会話なんかもなかったから、俺は今隣に座ってスマホを眺めている親父について考えていた。普段の行動や言動には十分過ぎるくらいに慎重に過ごしていたようなので、これといって目立つような事柄は思い付かなかった。ましてや同業である俺に対してでさえ、男の影なんてもんも一切思わせない徹底ぶりだ。確信までは持てないけれど、そうなのかも知れないと思わせる点はいくつかあった。

  還暦に近づいている身の割には、年相応以上に小綺麗で洒落たような印象が強い。普段は今日出会ったみたいにスーツが多いのだけど、オフは迷彩柄のカーゴパンツに黒革のワークブーツ、そんな組み合わせでいることが多い。

  親父世代でいうところの当時、イカホモ系の代表的なファッションの一つだったようではあるのだが、今の時代にその格好で出歩いていても、知らない若者からしたら小洒落た渋めのダンディなオヤジが街を闊歩しているようにしか映らないだろう。

  その取り揃えも母親が買いに行っているようではなくて、あくまで自分の趣味として買いに行っているようだった。ジムは若い時から長い間通っていたようで、服の上からでは分かりにくいが所謂脱いだらスゴい、というやつ。

  胸筋はきっちりとあるし、腹筋も昔は割れていたような痕跡もあった。今からでも数週間か鍛え直せばすぐ復帰できそうなくらいには土台がきっちりと整えられていたことから、身体も資本の一部として気に掛けていたようだった。パッと見ガッチリの強面という見てくれの割には、多弁では無いにしろ口調がとても柔らかい。オネエ言葉とかナヨナヨした印象は微塵も感じられない。

  同じような部類のオッサンはノンケにも数多と居るだろうけれど。まさか自分の親父がお仲間とは思いもしてなかったものだから、悪く言えばただの若作りの勘違いオッサン程度にしか思っていなかった。

  タチなのかネコなのか、とか。どんなキスに愛撫をするんだろうか、とか。恋人同士の関係だったら、帰りの乗車中も見えんように手繋いだりとかしてドキドキするもんなんかな、とか。家に入った瞬間に後ろから抱きつかれて玄関でしけ込むんかな、とか。ちょっと気を抜けば下世話な妄想ばかりで、我ながらウブらしいシチュエーションを妄想すると少し興奮した。

  そんなこんなで車が住宅街で止まったところで、いつの間に自宅まで着いていたのか、ドアが開いたのに気付かないほど没入して考え込んでしまっていた自分に気づいた。運転手には自宅の横付けにしてもらい、親父が何も言わずにカバンから財布を取り出し料金を払うのを見る。

  「ありがとな」

  「当たり前じゃろ、ガキに払わすなんざ父親としての肩身が狭いわ」

  俺の財布事情を汲んでくれたわけではなく、親父なりのプライドの問題らしかった。タクシーを降りてすぐ、数十歩のところで玄関につき、ドアを開けて俺が先に家の中へ入る。その後に続いて親父も同様にして。

  「帰ったぞーいっと」 「おーう」

  「へ?」

  家の奥の方から、何故か疑問符を浮かべた声が上がったことに違和感を覚えていると、おかんが駆け寄ってくる。夕飯の家着の上にエプロンを着けた姿だと思ったら、男衆の同時帰宅という事態に目を丸くしていたようだった。

  「珍し、何であんたら一緒なん」

  おかんは目を丸くさせ、耳をひょこひょこと動かしている。

  「帰りに偶然見かけようたから、一緒に一杯引っ掛けてから帰ったんよ」

  「へー、まあ勤めちょる場所も近いっちゃ近いし、偶にはそんなこともあーかねぇ」

  親父は嘘もつかず、あくまで自然に偶然を装って説明してくれた。実際は駅なんかで偶然見つけるよりも遥かにレアパターンを経験しているわけだが。

  「引っ掛けた言うても、腹は減っとるんじゃろ?」

  「そりゃもう」

  「んじゃ、早う手洗いうがいしてき。おとんもやで。あ、今ご飯作っちょるけ、スーツは自分で掛けーや」

  「あーい」  「あいよー」

  どことなく申し訳ないという気持ちが湧いてきていたけれど、親父はそんな俺をどんな風に見ていたのだろう。親父は俺に話しかけるでもなく、食卓については黙々と白米を平らげて、その上お代わりまでしていた。俺も俺で腹は減っていたものだからおかんの手料理に舌鼓を打った。まるで、今日のことは俺だけが覚えている夢のように感じられた。

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  季節は冬。親父との相互カミングアウトから一、二ヶ月ほど経った頃。

  親父とおかんは、この時期になると毎年蟹を買いに行くついでに、東北へ温泉旅行に行っている。幼少期の頃はあんたも一緒に行かこいって聞かれることもあったのだけど、社会人になったあたりから同行しないようになってしまっていた。

  現地は雪が大量に積もっていてひたすらに寒いし、ガキの頃と違って体力もない(といっても同年代と比べると並以上にはある)という適当な理由をつけて行かなくなってから、なんとなくその年以降敬遠気味になってしまい、なんだかんだ暫く行っていなかった。

  ある日の週末、昼下がりにリビング両親がその話題を持ち出していた。いつもの旅館で予約をとっていいか、とか。お土産はどこの誰宛に、どのくらい買うかのような。話が一旦まとまったようで、今年も興味なさげに"行ってらっしゃーい"と口を挟む準備をしていたのだけど。

  「お前ぇも一緒にどげかや」

  「えっ」

  誘い口上のテンプレートは母親からのものしかなかったのに、まさかの親父から白羽の矢が飛んでくる。珍しい展開に目を丸くしていると、それを耳にしたおかんも調子に乗って、

  「せやせや、久しぶりにあんたも一緒に行こうや」

  となり、完全に逃げ場を失ってしまう。

  我が家のリビングには家族一人一人の予定が書き込めるホワイトボードが常備してあるのだが、日程を聞いていた当日の予定表を遠目に見てみると、華麗なまでにその日のスケジュールは真っ白。なんなら前日の仕事は早上がりとまで書いてあり、荷造りする時間までたっぷりあるときた。

  こうなると断る理由もない。今更予定を書き込んでしまうのは露骨過ぎる。どうせ誘わんかったら暇でしょうがなくなって男遊びするんじゃろ、と親父にネチネチ言われる(かもしれない)のも癪だった。実際その通りになるんだろうけど。

  「お父さんと二人やとなぁ、お母さん退屈やが。あんたやったら朝まで相手できるやろ?」

  一見センシティブな話題に見えるがそういう話ではなく、母は酒豪なのである。

  言い換えると、旅行先で息子とオールで呑み明かしたいという宣戦布告を受けているのである。おかんは普段からも毎週金、土曜にまあまあ度数の高い酒を飲み、ゲラゲラ笑いながらバラエティ番組を嗜むのが昔からのルーティンとなっている。

  親父も酒は呑むけれど、おかんに比べれば赤子を腕を捻るような程度で、サシで勝負しようものならウォーミングアップが終わった頃に親父は潰れてしまい、ぐっすりと鼾(いびき)をかきながら寝落ちているに違いない。

  話の最中でチラリと親父の方を一瞥する母の言葉に見向きすることもなく、ただソファに寝っ転がりながらテレビを見ているだけの壮年の雄狼。その耳と尻尾がピクピクと動いていることから、聞き耳を立てながら苦虫を噛んだような顔つきであんたが強過ぎるんじゃ。と反論していそうな後ろ姿だった。

  予定は空いているし、久々に言ってみるのも悪くない、と珍しく俺も乗り気になっていた。

  「あ~……じゃあ準備しとくわ」

  テーブルに乱雑につまれた個包装のチョコレート菓子を、ひょいとつまんで口に放り込みながら返事を返す。

  「やったー! 何年振りかね、楽しみやわぁ、何持ってこうかな」

  満面の笑みで昼飯の後片付けをしながら、何呑もうかなぁと、末恐ろしそうな酒類のリストを妄想しているのであろうおかんを見ながら、たまにはいいか。と俺も俺で必要な持ち物を組み立てることにした。その横で尻尾がより激しく左右に揺れている親父がいたことを俺は見逃さなかった。そして、妄想を上回る現実があったことを未だ知らなかった。

  ----------

  旅行当日。

  新幹線に乗り込んで、乗車券に印字された指定席へと足を運ぶ俺ら家族一行。着替えやらなんやらを詰め込んだキャリーケースのローラーが、フロアの床をゴロゴロと踏み進んでいく。券ごとに座る箇所は決まっているが、好き勝手に窓際席をいただく。

  手違いか知らないが、通路を挟んだ席の窓際に親父が一人、反対側の窓際に俺、その隣におかんという位置編成。移動の車内が暇を持て余すことを始めから予見していたのか、親父は席に着くなり缶のエールをカシュッと景気良く開けたかと思えば、片手に本を構えて一人の世界に入り込もうとしていた。自分から率先して窓際席をキープしにいった分際で言う資格はないことだが、親父のその姿に羨ましく思った。

  親父と隣同士で座りたかったというのがほんの少しあったから。と、それ以上に懸念されたのはこれから目的地に着くまでの間、徐々にテンションのギアが右肩上がりになっていく母の相手を、俺一人でしなければならないというのが確定しているからだった。

  おかんもおかんで新幹線が動き出したと思いきや、カシュッとプルタブを上げてエールをグビグビ呑み出したかと思えば、馬の合わないご近所さんの愚痴が壊れた蛇口のように延々と出し続けてきた。

  ゆっくりと流れる時間を家族と共に過ごすのも久方ぶりだったため、初めのあたりは相槌を打ちながら親身に話を聞いていたのだけれど、このペースでこなしているとガス欠になってしまうということに気づいてしまい、徐々に対応が雑になっていた。あらかた出し尽くして、やっと終わったかと一息着こうとすると、やはりそういうこともなく。

  キオスクで買っていた暇つぶしの週刊誌を捲りながら、芸能人の顔偏差値に始まり自分の友人のように有る事無い事をベチャクチャと語り出す有様。知らんがなと一蹴したところで、このイベントに分岐は存在せず強制スクロール型のものとなるため、大人しくする他ない。二時間かそこら、そのあたりでようやくネタも尽きて酒が回ってきたのか、瞼を指の根で緩く擦り始めた。

  「夜に備えてちょっと寝るわ、あんたも寝ないよ」

  散々話を引っ張り倒しておいて、この言い様は肝っ玉が素晴らしい。きっとこの車内でダントツに能天気な母親やってんな、と息を吐いた。仕事に家事に人付き合いにと、男衆には理解出来ない母親特有のストレスもあるのだろう、数分と経たずに隣からは静かな寝息が聞こえ始めていた。旅行という名目であるから、年一回のガス抜きには少なからず助力してあげることが出来ただろうか。

  ガラスに映る母親と、さらにその向こうにいる親父の横顔を眺めると、目を細めて相変わらず本を読んでいた。あの日、喫茶店で読んでいたものかと思ったが、時間も幾許か経過している。遠目で見る表紙のサイズと厚みから判断すると別の本らしかった。

  窓に反射する俺からの視線を感じ取ったのか、親父がページから顔を上げてこちらを見てくる。目が合うと、両眉を一瞬だけ上げながら口元の牙をニカッと見せ、そうしてからまたすぐに文字の旅へと旅立っていった。

  親父はゲイで、それに一目惚れしたのが母親で、そこから産まれた俺がまた親父に惚れているのかもしれないと思ったとき、きっと業の深い事をしてしまっていると一人で自嘲してしまっていた。

  仕事で嫌々行くような地方出張とは異なり、旅に道連れが居ると負荷も軽減されるようで、気付いたら駅に、そして旅館に着いていた。旅行ではずっとこの旅館を利用しているらしいので初めて来たわけではない、筈なのだけどあまり記憶にない。

  田舎にあるような祖父母宅を連想させる古めかしさを持ちながら、手入れが行き届いているようで小綺麗な建物だった。駅からタクシーで移動するまでの間、見慣れたコンクリートではなく、石畳のように整備された舗装が終始ついて回っていた。

  地方にある旅館の勝手なイメージといえば、緑の山々を背景に設置したら区画の中央にどどんと大きな河川があり、景観をあらかた整えたら個人だのチェーンだの、旅館やらホテルやらが所狭しと手招きしてくるようなものだったのだが。

  「あんた久々に来たけえ覚えとらんかもしれんなぁ」

  「まあ、一昨年だかに改装したらしいけんの」

  「へぇ、そうなんじゃ」

  昔は目にも留めなかったけれど、見慣れない風情の景色が冒険心をくすぐらせてくる。この景色を見ることが出来ただけでも、旅行についてきて良かったと思った。仲居さんの案内で通される部屋は特別室という場所らしく。

  大きな無駄遣いのない家族だからこそ(酒は必要経費らしいが)年一回でしか訪れることのない旅行先では、思い切り札束をはたいて時間の許す限り存分に羽根を休める、というのが我が家のポリシーらしい。

  受付で'特別室にご案内いたします'と言われ、内心はしゃいでいるのが尻尾の振りようで分かってしまったのか、親父は小馬鹿にするかの如く鼻で笑っていた。別館ではあるものの、この部屋を使う者専用の露天風呂が付いて寝間が二つ。和室特有の畳が良い香りで鼻腔をくすぐった。座布団の上に腰を落ち着けてから、仲居さんに淹れてもらったお茶を俺と親父で啜っている最中、母親はキャリーケースを開き、黙々と荷物の整理をこなしていた。

  着いて早々ゆっくりするでもなく、先にやることを片付けてしまう性格は見習わなければならない。もちろん俺も親父も別の角度から頑張ってくれているのはわざわざ言うまでもないことだが。

  「おい」

  「ん、なんじゃい」

  「風呂でも行かんか」

  人の家ではお目にかかれないほど芳醇な香り漂う煎茶を、ぐびっ、と一気飲みして俺に問い掛けてくる。その呑みっぷりは焼酎か日本酒と間違えてしまうくらいに遜色無く男らしかった。

  「あー、ええな、行こか」

  「二人でゆっくりしてき、母さんもこれ終わったら入ってくるわ」

  「先行くで」

  「え、ちょい待ってや」

  俺の言葉が聞こえていないのか、親父は颯爽と部屋を出て行ってしまう。こんな特別なイベントでも浮かれるでもなく、普段通りの親父なのは最早当たり前として受け止める他ない。元々奔放主義ではあるだろうが、キメるところでバッチリキメてくるくせに、気を抜いたタイミングだと雑というか、不器用になるものなのか、と思ってしまっていた。

  こちらの準備を待って一緒に向かうのが普通なのではないか、というのもまた自分が親父との妄想に身を委ねすぎなのか。分からない。

  部屋から風呂場までの廊下は長い直線通路になっていて、全体的に調和の取れた落ち着いた色合いをしていた。ところどころで壁にポスターなり展示品が飾られており、著名な陶芸家が寄贈したものであろう(よく分からないが)壺なのかオブジェなのかも怪しい形状の美術品は、その数ある中でも突出した存在感を醸し出しており、一目見て率直に感じたのは旅館内の待ち合わせに最適そうだ、というまさに現代人らしい感性だった。

  その先で、本当に息子を待たず先に向かってしまった親父を見つけてしまう。

  少しの希望に賭けて、実は部屋の外で俺を待ってくれていれば良いなと少女漫画じみた妄想をしていたのだけど現実は決してそんなことはなく、遠目に見えた後ろ姿に下唇を噛みながら独りよがりに落胆したような溜息を吐いた。

  受付にて特別室への案内と知って特別分かるほどはしゃいでいたわけではないのに、親父に笑われていたであろうあの時の気持ち。それが客観的に分かるほど、地に向けて垂れた親父の銀灰色の尻尾は偉くご機嫌に揺れていた。

  クールぶったあの厳つい顔でよくもあそこまで可愛げなアクションをしてのけるもんだとギャップによる衝撃は大きかった。結局表情に出さないだけで、尾は顔よりもモノを言うとはよく言ったものだと思ったし、あの親父あってこその俺の性格なんだろうなと、強く受けた遺伝の力を改めて感じた。

  脱衣所で服を取っ払っている最中、親父はとっくの前に湯煙の中へ入っていた。風呂で使う一式はきっちり準備した上で来たようで、スタートの出遅れのみならず、ここでもタイムロスが発生してしまう。

  そういえば、カミングアウトし合ってから一緒に風呂に入るなんてのは初めてだし、何を今更といった話ではあるのだが、裸を見せるってことは当然チンポも見られるんだよな、と思うと途端に小っ恥ずかしくなってしまう。

  同性の家族に裸を見られるなんて恥ずかしがる方が少数なのだろうけど、昔と違って今の俺は、互いに男がイケることを知ってしまっている。それに加え、親父に対して言語化できないくらいによく分からない不可思議な感情を抱いてしまっているから。

  引き戸を開けて浴場に足を踏み入れると、ムワッと硫黄の匂いを多量に孕んだ湯気が上半身を包み込んだ。周囲を見渡してみるのだけれど親父の姿はなく、特に気にすることはなくかけ湯で全身を仄かに温める。貸切の露天風呂を利用するのはとても気分が良く、鼻歌どころか大きな声で歌い出しても咎めるものは誰もいない。

  誰もおらぬ上に親父と二人っきり……となると、邪な考えがふわふわ浮かんできてしまうのだが。今回の目的はより親交を深めるためのものであって、決してエロいことを考えて動いたわけではないと戒めるように律した。自身に言い聞かせながらも、下着を脱ぎ去ったあたりから、一物に血液が集中してきていることに気づいてしまい、これは所謂半勃ちの状態であると認めざるを得なくなってしまう。

  所詮、自身にも言い訳ができない本能に生きる雄なのだということを恥じ、浴場の温度とは別の理由で紅潮していく顔の中で、冷静さを取り戻すため額を小突いた。

  旅館を予約する段階で狼獣人が利用することを含めて伝えてあったのか、備え付けのシャンプーやボディーソープの類はきちんと獣人用の物が準備されていて、ホスピタリティの高さに感服してしまう。

  こういった細かい気配りが満足度に繋がり、親夫婦はこの旅館を毎年選んでいるのだろうと推測を勝手に完結させたところで、頭を除いた全身に泡立てた汚れやら汗やらをくまなく洗い流していく。浴場に足を踏み入れたときから感じていた芳しいまでの硫黄臭は、ただ主張するだけ強いというわけではないようで、蜂蜜のように美しい透明な琥珀色の内容液を身に宿したシャンプーを、ワンプッシュ・ツープッシュと手にとり、入念に擦って頭に刷り込んでいく頃にはすっかり気にならないほどになっていた。

  液体の手触りから泡状の滑らかさ、流したあとの毛質のしっとり感までもが上位に値するほど高品質なシャンプーに一目惚れして気を良くした俺は、帰りに自分用へのお土産として買っていこうと心に決めたのだった。

  露天風呂と言いながらも、湯の種類は非常に充実しており温泉施設だけとして銘を打ってもやっていけそうなポテンシャルを持っており、一人が丸々すっぽりと入れ湯船を独占できる壺湯や、素肌に当てると程々に痛そうな勢いで落ちてくる打たせ湯。'万病に効く!' と誇張された看板の下にはオリーブ色に濁った薬湯もあるし、低音でのぼせる事なく長湯し放題の微炭酸風呂まで備えてあった。

  サウナの横窓をチラリと覗くと、中で胡座をかいて腕組みをしながら俯き、早々に温泉をエンジョイしている親父がいた。サウナ自体は大きな施設とは言えず、あくまで宿泊客用に拵えたものであるからか室内には入れても四人程度が限界だろうといった広さだった。下を向いている所為で、どんな表情をしているのか分からなかったけれど、日常では見ることのない、熱気に耐えているような厳つい顔をしているのだろうと思った。

  ミストサウナと掲げられた看板を横目に、脱衣所から浴室に入る扉とは違うタイプの扉を押して中に入る。むせ返るほどに立ち込めた湿気が皮膚を濡らした。チラッと顔を上げた親父は、俺が入室してきたことを知ると、僅かに身を持ち上げて座るスペースを作ってくれた。横に座れ、という意味だろう。

  正直なところ何かしら期待しているところはある。その期待を後押ししてくれるように、貸切の狭い密室空間に雄二人きりと整っているし、部屋に戻れば酒豪を相手にしなければならず、その時間稼ぎ的な意味としても、少なく見積もってもニ時間近くはある。

  退いてもらった場所にサウナマットを敷いて尻を置くと、おそらく、たぶん、間違いなく気の所為なんだろうが、親父の残り香が感じ取れた気がした。今まで体験してきたサウナたちと比べると温度が低く、室温計を見ると五十度あたりを長針が指していた。

  「おう」

  「ん」

  悟られないように横目をやると、年の功ということもあって親父は全体的に肉付きが良かった。個人個人で筋肉や脂肪のつきやすい箇所は異なるし、代謝による消費カロリーの差もあるけれど、均一に鍛え上げられた四肢を見て、生唾をゴクリと飲み込んでしまう。親父の身体は大胸筋が俺より発達していて腿から下までも満遍なく太くて逞しく、これもまた俺の持ち物よりも発達している。丸太ほどにもなる立派な腕から力こぶを成せば、常人なら呆気に取られるほどの完成度は出せそうだった。

  ボディビルダーとまでは届かぬが初対面で圧をかけるには十分すぎる体躯だった。それに加え、決してプラス評価にはされないだろう持ち前の眼力で凄まれようものなら、ティーンズは怯えてその場から動けなくなってしまうに違いない。

  一方でメインディッシュの股ぐらの方はガッチリとタオルによるモザイク加工が施されていた。隠しているといっても肉棒の質量でタオルが持ち上げられる光景は、むしろ焦らすタイプの興奮剤として役目を果たしてしまっており、それはそれで成熟した雄のエロさをオーラとして醸し出している。

  「風呂誘ったクセして先行くなや」

  「俺かて、寒いし早よう風呂入りたかったんじゃ」

  「あ、そう……、おかんもだいぶ舞い上がっちょったけど、あれ大丈夫なん」

  「いつもの事や、そげに心配せんでいいじゃろ……お前が一番よう知っとうやんけ」

  「他人事やと思っちょうじゃろ」

  「まあな……そういやお前、いつジムに行っとんじゃ? えらいゴツうなっとうの」

  「…………その日の気分とかもあーけど、週三ぐらいじゃねぇかな」

  「ほう」

  俺にはトレーニング仲間みたいな連れはおらず、何も語らず黙々と身体を虐めることに精を出していた。ジムに行く日はその日その日でどこを鍛えるかを気分で組んでいるものだから、アドバイスやヒントの一つでもくれそうなトレーナーとも喋ったことがない。

  筋肉の限界を測りたいと思ったこともない。所詮、筋肉は服と同じようなものだ。雄を惹きつけるファッションとしてのものであって、整っていれば自ずと声が掛かるし、不足していれば何も起きない。ストレス解消にもなって都合が良いことから続けられているという、まあまあに不順じみた動機から成る趣味だった。

  室内では、数分おきに機器が大きな音を立てて濃いミストを噴射していくものだから、ダンマリとした時間が終止続いているような感覚はなかった。その代わりにといってはなんだが、すぐ近くに親父がいるというのに、表情が見えないレベルにまで視界が霞んでいく。親父の胸・腹あたりを起点として、それらより上は全然見えないのに、タオルで隠している下半身は見放題という計算され尽くしたラッキースケベが顕現されているのだった。

  「……俺も、ジム通うか」

  ミストの蒸気が落ち着いたタイミングで放った親父の言葉は、どこか寂しそうでもあり憂いを孕んでいたように感じた。

  「言うて、親父も前はジム行っちょったんじゃろ」

  「じゃなぁ、今は筋トレみたいなこたぁ部屋でやっちょうが、そんぐらいだわな」

  「ええと思うわ、ストレス解消にもなるで」

  「じゃなぁ」

  サウナ室内では滞在時間を分かりやすくするために、十二分毎に一周する時計が壁に掛けられている。長針の位置が入室時と全く変わっていないところを見ると、既に最低でも十二分は居座っているようだった。

  ぼちぼち水でも被ってくるかと思い始めながらも、バレないのを良いことに俺の目線は親父の股間を凝視していた。亀頭がズル剥けの使い込まれた一物は、当然のことながら大人しくしていて少しつまらなかった。親父は続け様に口を開く。

  「お前、ちょい力入れてみろや」

  家の中だとパンツ一丁でウロつくのも頻繁にしていたから、俺のセミヌードを見る機会はわりかしあった筈なのに、直接は別モンだと言わんばかりに親父の目はギラついていたように思えた。

  「ん、おう」

  「どれどれ……」

  瞳の奥に宿った感情を示唆するように、ただのチェックにしては恐ろしいほどスローペースで、舌を這わそうとするようにゆっくりと大胸筋に近付いてくる。

  おそるおそる、よりも迷いなくハッキリとしているのに、面前に盛り付けられた重厚な骨付き肉を、何処から喰らってやろうかと思案しながら進んでいくような欲望を感じ取ってしまった。

  「お、おい……触ぁなら……」

  どーんと男らしく来いや、とか言おうとしたのだけど、どうやら親父の真意は別のところにあり俺の体のチェックなんかだけに留まらず、実は盛りのついた猫のようなそれだったということに気づいたのは、隠し切ろうとしてもどうしても荒くなってしまっている鼻息からだった。

  長時間サウナにいれば息苦しくなるため、いずれは呼吸が大きく、そして荒くなっていくことは必然なのだけれど、あまりに急すぎることから、親父が興奮を隠せていないということを如実にしていた。

  視界は未だ悪いままだったが、親父の腰に巻かれているタオルは、サウナに入室する以前と比べ一点だけ明らかに隆起した形状を見せている。山を注視し続けていると脈拍の半分か或いはそれ以下の、不定期な頻度で山頂がビクつくものだから、その挙動は見間違いでもなんでもなく現実のもので、親父が欲情してきているからこそ、この現状を生み出しているのだと確信した。

  こういったシチュエーションで想像していたチェックというものは、何回か胸筋を指先で揉んで腹筋を突いて、仕上げに腕の力こぶを見せつけて終わるものだと思っていた。俺が裸の付き合いを特別に感じていたのは、独りよがりのものではなかったということを思い知る。

  一方的に触られるならまだしも、こちらが許可を出した上でのスキンシップなのだからそこまで強く言うこともできず、ましてや望んでいない展開と言えば大嘘になることから何も言えず出来ずの二重苦を味わっていると、親父の太くゴツゴツとした指先が胸筋から腹筋へ一直線になぞった。

  それでもまだ俺は、この展開が妄想の類か何かだと思い込み、気に留めないよう努めている。

  「んッ………」

  つもりだった。

  親父が突拍子も無く俺の乳首を指先で引っ掻くように滑らせてきたとき、そうされたことを脳で感じるよりも先に、声が出てしまっていた。

  「おン?どげしたや」

  「こ、ンの……」

  この確信犯を払い退けてしまうのは簡単なことだった。このまま立ち上がってサウナを退出し、何事もなかったかのように旅行を続行すればいい。けれど、旅行までの間特にこれといったイベントもなかったので、溜まりに溜まっていた身体の疼きから、ヤりたいか、ヤりたくないかで云えば正直めちゃくちゃにヤりたかった。

  俺からも手を出したいしなんならこのまま立ち上がって思い切りしゃぶらせたい、両者汗だくになったまま抱き合って匂いを鼻腔の奥まで堪能したい。全身で親父を感じたくて堪らなかった。悪戯を成功させた親父の目つきは、子供ながらの純粋さなどを持ち合わせておらず、此方が拒絶しない限りは手を出し続けてやるぞという強い意思で瞳を凝視し続けてくる。

  「エロいな」

  迫り来る拍車に瀬戸際でストップをかけていたのが、貸切と云えど此処があくまで公共の施設であるということと、すっかり夢中になっている隙に万が一、第三者が入ってこようものなら取り返しがつかない事態になってしまうのが想像に難くないという、至極真当な理性の働きによるものだった。

  それらを天秤に掛けて釣り合いを取ろうとさせている間、俺もまた親父に似て発情期の獣みたく、けれど親父と違って性急にではなく、少しずつではあるものの白い布地を押し上げだしていた。もう確認しなくとも間違いない、この状況で俺は勃起してしまっている。

  理性は欲望に屈服し始めていた。全身の体毛はすっかり湿気を吸い込んで塊ができており、毛の先端からは吸収し切れなくなった汗や水分がポタポタと落ちていく。

  タオルに着地した箇所は転々と水滴の跡を残すのだけれど次から次へと滴り落ちていき、空気中の水分も吸っているということも相まって、タオルを絞れば雑巾から出ていくように沢山の水分を含んでいそうな程、色味が変わってしまっていた。

  「ええ筋肉しとうなぁ、揉みがいあるで」

  「……んっ…………」

  この"非"日常的な動作がなければ、サウナの利用方法として文句なしに模範的で健康的なのだろうけれど。俺に嫌悪感が無い所為で、親父のなすがままに俺は肉体を弄ばれていた。

  互いの腿同士はベッタリと密着していて、その上で親父の指は羽箒の先端でくすぐるように撫で回してくる。そうかと思えば、ゴツゴツした指先で乳首を摘んで押し込んでを相変わらずのスローペースでしてのけるもんだから、何回か繰り返されるうちに俺が筋肉に力を込める動作がおざなりになってしまっていた。

  セックスの前戯と比べると今の状況は軽いじゃれあいに等しいほど可愛いものだが、ストッパーが外れてしまえばこの程度で済まないことは、俺と親父のどちらもが思っていることだろうと思った。

  「ん、ッあ"………」

  「なんじゃ、乳首感じるんか、おお?」

  「……くすぐってェんだよッ、……親父なんかに色目使うワケねェだろ」

  嘘を包含した精一杯の強がりだった。

  親父と息子だからとかそういったことはどうでもよくて、ただ欲望に任せピンクな色欲に溺れてしまいたかった。

  事実として、普段の男遊びでもお目にかかれないような、おちょくって小馬鹿にしてくるような親父の言葉責めは俺の性感をダイレクトに刺激してきており、特に肉棒はその反応が顕著で、大っぴらに勃起してしまっていることを室内全体にアピールしてしまっている。

  自身の真横に併せて手をつけば、もっとしてほしいと解釈した親父が身を乗り出してくる。動作に併せてずれ落ちそうになる親父のタオルが立派に起立したチンポに引っ掛かり、すんでのところで落下を未然に防いでしまった所為で、そのハプニングにより生まれた絵面は酷く官能的、耽美的で雄としての情欲をふんだんに刺激した。

  ノンケから見ればさぞかし異常な光景だろう、オッサンに股座弄くり回されているのに抵抗の一つもせずマグロのようなリアクションだなんて合意の上のセックスのようなものだから。

  「ほーん……、擦っとらんのにビンビンにしちょるんか」

  「ンッ………うる、せッ……」

  ちまちまと弄られる乳首から来る反射によって、身体がビクビクと反応してしまうのは最早抑えようがなく、無理に押し留めたところで声があがる。親父は俺の勃起を見ると下品に舌舐めずりをして見せた。面と向かった親父の身体つきは良き膨らみを持っており、舌を這わせば分泌された雄のエキスが旨そうだと思えた。

  親父も親父でそれなりに男遊びに精を出していたのだろう。乳首の先端は腫れたように突出しており、慢性的に愛撫しなければそうはならないほど開発されていた。ズレたタオルの横からは筋が無数に走っているであろう一物のシルエットとともに、血を分けた俺と同じ毛色の陰毛が露出してはみ出している。

  股座周りも周期的な手入れは怠っていないようで、パイパンとまでは剃り上げていないものの、俺と同じく一物に毛が纏わりつかない程度に気を配っているようで、ホモ野郎から見れば即座に同類だと分かるものだった。

  「ッ、親父も勃ってんじゃねぇかよ」

  「おォ。年甲斐も無く、お前でムラついとるわ」

  「欲情してんじゃねェよ」

  「もっと見てぇなら見しちゃるぞ」

  別にいいわ、そう断るつもりだったのだが、すっかり水分の染み込んだタオルを腿上に乗せる。興奮するなと必死に自制しようと釘を刺そうとしても時既に遅く、ご開帳となった空間には浅黒く淫水焼けした立派なチンポが聳(そそ)り立っていた。

  「ほれ」

  「……ッ、…」

  親父がわざと見せつけるようにして腰を何度か上下に浮かせてくるものだから、野郎のケツをいやらしく掘っているように見えてしまって、俺も同調し肉棒もびくん、びくんと震えさせ、色欲に染まった様子を不本意ながらもリアクションとして示してしまう。

  親父はそれなりに男と遊んできたのだろうと思っていたが、いざ本物を目の前にするとがっつり野郎同士のセックスにのめり込んでしまっているのだと、察するに余りある様子ですっかり目を離せなくなってしまっていた。

  使い込まれた肉棒はズル剥けで雁首が太く、ケツにぶち込まれようものなら確実に気持ち良い箇所を突きまくり、捕らえた獲物をメスとして堕としに来るだろう。臨戦態勢を目の当たりにして改めて眺めると、肉体とシンボルのバランスも良い。俗に言う性豪と呼んでも遜色ない身体だろうと、ゴクリと生唾を飲み込む。

  「遊んどるクセして、俺のチンポに怖気付いたんか」

  返す言葉はなかった。怖くなったからではない。

  言葉を返すのも忘れるほどに親父の肉棒に目が行きっぱなしだったからというのが本音だった。

  「うるせぇ」

  咄嗟の返事にしては肯定を隠し切ることができず、そうとしか言えなかった。

  精を穿つまでには刺激も興奮も到底足りていないだろうから、今よりもギンギンにして吐精を間近にしたとき、親父は今の面構えをどんな風に崩して、どのような雄叫びをあげてイくのだろうという疑問が膨らむばかりだった。

  親父からしても俺がすっかり夢中になってしまっていることは理解せしめたようで、見せつけるようにわざと股間の剛直を震わせてくる。俺の愚息は一度たりとも誰の手にも触れていないのに、エロビデオを見ている時か、それ以上になるまでの状態にまで性的な欲求を求めてしまっていた。親父は休ませていた俺の右腕をぐいっと引っ掴むと、そのまま目前のチンポに向かって連行していった。

  「お、おい、何すん……」

  「触らしちゃあぞ」

  このスケベ親父、予想以上に性に貪欲だ。

  導かれた手は肌の上に着地することはなく、上か下かの分かれ道で宙を迷うようにわざとらしく止まった。挑発的な目つきが肉体だけでなく精神面も骨抜きにされてしまいそうになる。俺を掴んだ親父の肉体にはすっかり汗が滴って、よりいい男に見えた。

  「どっちがええや」

  「…、ッ……!」

  察するにこれは、親父の乳首を弄(まさぐ)りたいか、はたまたチンポを弄(いじ)りたいか好きな方を選ばせてやるという分岐を意味している。拒否する選択肢はとうに破棄してしまっている以上、どちらを選ぶか考えているこの僅かな時間の中で、二点の部位を鋭く見定める他無い。

  隠れ蓑を取り外され完全に顕わとなったチンポは未だ小刻みに震えており、来客の訪問を心待ちにしている様子だった。手のひらであの立派なモノを握り込み、上下に揺さぶってやれば親父の気持ち良さげな表情と、甘く漏れるバリトンボイスを即座に体現することができるだろう。

  その一方で両胸に実る紅色に近い乳房を味わえば、チンポとは別ベクトルの悦楽に喘ぐ親父の姿を瞳に焼き付けることができるのは間違いない。こうして見比べている間にも重力に従って滴る一雫たちが、肉欲的な極上のスパイスとして垂れ流しになっていることが勿体無く許せなかった。

  どうせヤるならとことん味わい尽くしてやりたいと思った俺は、誘い言葉を持ちかけた野郎を心底後悔させてやろうと、持ち得る全力で応えてやるために動くことにした。空いた左腕で腰を浮かせると、親父に向かって急接近を仕掛ける。右手が親父のチンポをがっしりと掴む。俺より縦にも横にも強大な、オスとしての象徴はどくんどくんと脈が伝わってくるほどに存在を主張してきていた。

  サウナに座する親父の太腿からは汗が噴き出しており、毛先は水分で固まってしまっていることから体感温度は相当に高まっているだろう。

  「おッ…………」

  男としての急所の主導権を文字通り握られたことによって、親父は反応を示すように一瞬だけ声を漏らすと、深く、長く息を吐く。最後に煙を味わったのは新幹線の喫煙ルームであっただろうから、その吐息から煙草臭さは感じられない。腕が目的地に辿り着いたと見るや、仕事を終えた腕は座所に押し付けられ、親父の体重を支える役割へとシフトしていった。

  すかさずもう片方の腕を親父の胸へ寄せ、人差し指と親指の先で豊満な先端を捕まえると、予見していなかった衝撃を受けた親父の身体は一度、けれど見間違いでは決して済まないほど大きく跳ねさせた。律動する俺の右腕に力が篭り、筋肉に青筋が立つ。

  「ぐッッ、ううぅ!」

  いくら発情しているからといっても、遊び程度に扱かれただけで挑発してきた性豪親父が満足するとはとても思えなかった為に気を衒(てら)った作戦だった。結果を見るに効果は抜群だったようだった。

  「ッは、ッ、ああ、くそ、乳、首…ッ……ぐうッ……!」

  感じているのを明らかにしたのは全身を震わせたからだけではなく、指先と触れ合った乳頭を何度かくすぐっていると、ただ上下に繰り返しているだけだった親父のチンポから水音が漏れ出していたことからだった。

  「おッッ、お前……、中々ヤるじゃあねえか…………!」

  生まれてこの方見たことのない痴態に俺も俄然やる気が昂(たかぶ)ってくる。ここまで俺の目論見通りで、どんな顔をして喘いでいるのか覗き込んでやろうとすると、親父は恥ずかしそうに頭を背けた。

  あんなに男らしい挑発を仕掛けておきながら、おふざけ程度の攻撃に身悶える様はまるでビッチなヤリマンのように感じられ、それがまた尚のことアガる要因となったのは言うまでもない。

  「親父は乳首とチンポ擦られるだけで鳴くんか」

  「ッッ…………! ッんぐううっ……!!」

  「ほれ、親父の汁で手ぇべとべとだわ」

  「あ、ッぐ、ううっ……! お、まえ……ッ……」

  反論しようとも快楽が勝(まさ)ってしまいそれどころではないのだろう。おちょくってみると嘸(さぞ)かし悔しそうにするのに色欲に塗れた目つきで睨んでくる。けれどその表情には、俺に行動に対する嫌悪感は微塵も含まれていない。裏付けるように勃起した鈴口からは明らかな粘液が生み出されていることから、これからどんな手で責め立てられるのかを親父が心待ちにしているかのようにすら感じられた。

  「ッふ…、ッふ、ぐぅうッ、おッおッおッ…おおッ!」

  力加減はずうっと同じまま、グラフで示すところのただ平坦に横一直線を維持するように愛撫しているだけで、妄想の中だけでしかなかった親父の淫乱な様を目の当たりに出来たことが、より強くアクセルを踏み込ませる動機となる。

  「ッ、ッ、ッ! っガあ、ァァあああッ!」

  試しにわざとらしく音を立てて扱くと、親父の羞恥心を煽るには十分すぎたようで、バキバキに反り返り、そして包み込む手の壁に歯向かうように太く、力強くなるチンポに俺も思わず生唾を飲んだ。

  「うぐっ、ぐ、ッ、ぐあっ、お、おおおっ、いッ、ぃっ……」

  親父の口から漏れ出すのは、もはや快感を享受することへの悦びを隠すことができない声ばかり。眉間に深いシワを寄せ、歯を食い縛って耐え忍んでいた。

  「ぬ、がぁ、は、ッ、ぐ、ぐ、ぐ、うぐぐぅっ……!」

  苦しそうな呻き声とは裏腹に苦痛の色は一切なく、もっと欲しいと言わんばかりの期待感を漂わせてくるのは先と変わらない。すっかり汗ばみ紅潮しながらも、歯を噛み締め快楽を貪る親父の仕草。その痴態に、すっかり俺は虜となってしまっていた。

  「ふーッ、ふうッ、ん、ぐ、ぐ、うおおッ! お、おっ、お…っ、ぐッ!!!」

  親父の身体が大きく仰け反る。強い刺激に全身全霊で抗おうとしており、快楽に耐え切れなければ射精を迎えてしまうであろうことが目に見えて分かった。このままイカせてやるのもいいのだが、酷く魅惑的に喘ぎ散らかす親父の雄臭い顔付き、甘く蕩ける声、全てを知りたくて断腸の思いでチンポを扱く手を緩めた。

  「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!」

  俺の手の動きが止まったことに安堵した様子を見せる親父。けれど意地悪そうにしていたであろう俺の顔を見て、すぐにそんなわけはないと悟ったようだった。

  「もうイきそうやったろ」

  「……ッ……! や、喧しいわ……!」

  先走りでヌメヌメになってしまった亀頭をずるりと撫で回す。このまま俺に扱かれて達したいということを意味しており、しかし未だこの期に及んで無様に屈服するまいとする姿勢に、俺の心が熱く燃え上がった。

  チンポを握り込んだまま、ジリジリとスローテンポで虐めていると、我慢の仕様もなくなってしまった親父は、俺に縋るように太腿に力強く手を押し付ける。指先から伸びた爪は俺の皮膚にめり込み、若干の痛みを伴うほどだったが、むしろ心地良くすら思えて、つい力が入ってしまった。

  親指と人差し指の間に挟み込んでいたチンポを圧迫して、捻る。親父の身体が激しく跳ねた。そのままグリグリと、チンポの裏筋を強く擦り上げる。親父の股間が一層強く盛り上がった。俺の手に握られているチンポは、今にも爆発せんばかりに脈打ち、ビクビクと痙攣を繰り返す。親父は必死に堪えようと歯を食い縛り、俺の胸元に額を当てて、その顔を見られないようにしていた。

  「ッ、おぉっ……、あッ、ああぁっ……!」

  親父が、俺の手で果てようとしている。

  その瞬間を見届けたいがために、俺も親父の背に手を添えて、優しく抱き寄せた。

  「ッ……!」

  「親父、どうや」

  「ッ、うっ、ぐううっ……!!」

  「ほら、答えぇよ」

  背を抱いたまま耳元で囁くと、親父が肩を大きく震わせた。

  「うっ……ぐっ……! ううっ……、ッ、き、ッ、気持、ち、良すぎて……ッ! あかん……ッ!

  ッ、あ、あああああっ!!」

  親父の口から漏れ出した言葉に、俺はゾクリとした感覚を覚える。俺の手の中で暴れ回るチンポの熱さ、ドクンドクンと波打つ鼓動、そして何より、俺の言葉に素直に答える親父の可愛らしさ。それら全てが俺を昂らせ、同時に俺も興奮しきっている。

  上下の抽送は闇雲にただ擦るだけでなく、亀頭を中心に責め立てるおまけ付きで責め立ててやる。一往復させる都度、滑稽なほど感じている目前の狼が愛おしく感じられた。

  「う、あ、ああっ、ッ!! はっ、あ、はっ、あっ、ああっ、は、はあ、ッ!!!」

  「気持ちよさそうやなあ親父。俺もチンポ濡れそうじゃ」

  親父のチンポからは先走り汁が大量に溢れ出していた。竿の部分は硬度を保ったままで、血管が浮き出ているのはまるで怒張したかのように。

  「ぐッッ、うっ! はっ、はっ、あぁっ!」

  ズドンと一際強く押し込むと、待ち望んでいた刺激を与えられた親父の身体は大きく仰け反り、再び身体を震わせた。

  「ッ、ぐっ、うっ、くっ、おぉっ……!」

  「どうや、手コキがええんか」

  「ぐ、ッ、おおォッッ! きもち、いいッ!」

  「良かったなぁ。なら、もっと気持ちようけしちゃる」

  「はッ、はッ、んッ! ふぅーッ、ッ! あぁッ!!」

  親父の口から漏れ出すのはもはや意味のある言葉ではなく、ただひたすらに快楽に酔い痴れるだけの喘ぎ声だけだった。より快楽を享受しやすくするためか、親父は股を大っぴらに広げてこの状況を楽しんでいる。もしもここで止めてしまおうものなら、ぶん殴られてしまうだろうか。無論、そんなことをするつもりもないが。

  「うっ! ぐっ、ぐ、う、ッ、ぐ、ぐッッ、グッ、グ、ウ、ゥ、ッ……!あああっ!!」

  絶頂を迎えそうになったところで、俺はチンポから手を離して酷く一方的な寸止めを続けさせる。肩まで使って呼吸を整えようとする様は健気だった。

  「はぁ……ッ、はぁ……ッ、ん、ッ、はぁ……ッ」

  「これで終わりやと思うたか、まだまだ終わらんで。ほら、また続きや」

  「うっ……! んっう、ふんっ……!ッく、ッグう!!」

  「どうや? 寸止めええやろ」

  「はっ、ッハァ、ッは、ッ、きもぢッ、いぃッ……!」

  俺はカリ首を中心に責め立てていく。同時に乳首を摘んで捻ると、親父の反応はより一層大きくなった。

  「素直になってくれて嬉しいわ。ほれ」

  「がッ、あァァあぁッ! そ 、こはッ……ぐう!!」

  口はだらしなく開きっぱなしで、端から鈍い輝きを放ちながら唾液が流れ落ちている。

  「あっ!ああっ!! ……ッ!!」

  指先を亀頭の先端に触れさせ、グリグリと擦る。

  「ここ好きか」

  「ああっ、す、すきっ、すきやぁ……!」

  「おッッ!? あぁッ!? あああああぁッ! あぁッ!! ああぁッ!! ああぁっ!! ああああああああッ!!!」

  「チンポが汁でトロットロや」

  「ああぁッ!! いいっ、イイッ! あっ、ああぁッ!! ああぁっ!!! もっと、シゴいて…くれッ……!!」

  親父は俺の手首を掴んできた。力は全く入っていない。むしろねだってさえくる始末である。

  「親父がこんなに可愛いなんて、知らんかったわ……」

  「ッ……!」

  「……親父」

  「ッ、く……ッあ……ッ、はァ……!」

  親父は悔しそうに毒づき、唐突に顔を上げてきたかと思えば目と鼻の先にまで顔面を押し付けてくる。火照った親父の顔は生暖かった。そうしたら親父は俺の首に腕を回し、口を重ねてきて。舌を絡ませ合う濃厚なキス。脳髄にまで響くような快感。残り僅かな理性を剥ぎ取るには十分すぎるほどの火力だった。

  唇を離すと、名残惜しそうに糸を引いた唾液が垂れ落ちる。数秒ほど瞳の奥を覗き込み合ってから、息継ぎをするように口元へ戻っていく。

  「んっ……」

  「んむっ……、ふっ……、んっ、んぐっ……!」

  俺が親父の口を塞いで、親父が俺の口を覆う。互いに吸い付いて、貪るような接吻を交わし合った。舌を絡め合いながら、肩、乳首、腹をまさぐり合い、激しく愛撫し合う。ついに来たとばかりに、親父が俺のチンポを手にしたとき、えもいわれぬ電撃が全身を貫いた。この感覚を数分前に親父も味わっていたかと思うだけで、ひどく悦楽が襲い掛かる。

  「んぅっ、ふーッ、ふうッ、んぐ、んうっ……!!」

  「んー、ッふてぶてしいぐらいにデケえチンポじゃ、今まで何人鳴かせて来たんじゃ」

  「んっ、ぐっ、おッ! 覚えとらん、なぁ……!」

  「ふん……、じゃろうな」  「ッ……!」

  「鳴かしてくれた礼じゃ」

  すっかり主導権を取り返した親父の目つきは、つい先程まで手のひらで踊るように喘ぎ狂っていた者とは別人の覇気を纏っていた。男臭い、タチの顔だ。

  親父は俺の腰を引き寄せ、チンポをまとめて一緒に握り込んだ。互いの先走り汁でヌルヌルになった二本のチンポは、まるで一つの生き物のように絡みつく。身体に挟まれた双方の亀頭が、圧力によってグリリと押し込まれる。散々嬲った親父のチンポにべっとりとついた粘着質な汁が、俺に絡みついてぐちゃぐちゃに混ぜ合わされていく。安物のローションより気持ち良い。

  「おっ、おおっ!! あぁっ、ああッ!!」

  「どうや、親父のチンポと兜合わせする気分は」

  「あっ、あっ、ああっ……! こ、これ、親ッ父……っ……、あっ、ああんっ、あ、うぅうッ!!」

  「そんなに堪らんか」

  「す、凄いっ、ああッ、チンポ、チンポが擦れて、あひっ、あっ、親父、あかん、あかんって……!!」

  先とは打って変わって俺が身体を預け、されるがまま身を委ねている。その姿は実に淫猥で艶めかしく映っていることだろう。たまらず親父の身体を抱き締める。親父の身体は肉付きも良く、抱擁しているだけで安心した。

  親父が背中を反らせてビクビクと震えると、その度に親父のデカマラがゴリリと擦れ、快感を生む。力でやり返すように激しく動き回るもんだから、耳元で呻く狼の獰猛な荒い息がダイレクトに鼓膜を揺らした。

  「ッふ、ッふん!ッおぉお……我慢汁が出とるぞ、おらッ……!」

  「あああッ、ああッ、ああああッ……!!」

  「ッぐ、ッおぉぉ!どないした、チンポッ、ダラダラになっとるぞ!」

  親父の口から溢れる言葉責めが心地良い。俺は堪らず、親父の頬に手を添えた。

  「あ、あっ、ううっ……! 親、父……ッ!」

  「はン……! 、ッんんンっ! ッん、んふ……!!」

  俺が親父の顔を見つめると、向こうから再び唇を合わせてきた。親父が求めるままに応じ、舌を絡ませた。

  「うぐっ、んっ……! んうッ!んんっ……!!」  「んっ、んんっ……!!」

  互いに抱き寄せて、夢中で接吻を交わす。唾液を交換し合い、貪り合う。親父と俺の境界線が曖昧になって、溶け合っていく。このまま一つになってしまいそうな錯覚さえ覚えるほど。それほどまでに俺は親父を愛していたのだ。

  それはもう、家族愛なんて言葉ではとても言い表せない程に。下半身では絶えず二本のチンポが激しく扱き合う。ぐちょぐちょと卑猥に音を立てながら、俺の先走りが親父の腹筋の上に飛び散った。

  「んふぅッ……!! んっ、んんっ!んむぅッ!!」

  「あがぁッ!? あっ、ああッ、あひぃっ、ッうぅ……!!」

  親父が俺の首筋を噛んできた。痛みと共に、快感が生まれる。

  「ッふぅーッ……!! ッんんっ!ッぐぅぅッ……!!」

  「ッぐ、ぐううッ!! ッお、おおッ!!」

  親父の口角が吊り上がり、野獣のような笑みを浮かべる。俺も負けじと親父の乳首をつねってやった。乳首を強く摘んで引っ張ると、親父は仰け反って悦びの声を上げた。

  「ッうおおッ……! そろそろ出そうじゃ……!!」

  「おぉっ、おッ、あぁ……ッ! ッくぅ、俺も、ザーメン……、アガッてきた…………!!イくッ……、イクぞ、イク、イッちまう……ッ!」

  「ッ……!」

  親父は俺の頭を掻き抱き、耳元でそう囁きながら激しく痙攣する。絶頂を迎えようとしているのか、それともただの射精前兆なのか分からないが、どちらにせよ俺の興奮は最高潮に達していた。

  「ッ、俺もや、俺もイくで、親父、親父ッ……!!」

  「おう、来い、おおっおぉおぉッ……! 思い切りッッ、お前のザーメンぶっかけてみろッ……!」

  俺の肉体を抱き直してチンポ同士を根本から密着させる。手を親父に重ね動きに合わせるように動かした。親父の身体がビクンッ、ビクンッと跳ね上がる。そのあまりの気持ち良さに、俺も親父の腰にしがみつき、身体を震わせた。

  「あぁッ、あかん、あかんッ! イグゥッ、イグ、あぁあぁぁッッッ! あっ、ああっ、ああっ……! んぐうううッッッ!!」

  親父が一際大きく喘ぎ、背中を弓なりに反らせた。親父のチンポが、ビュルルルッと大量の精液を吐き出した。親父自身の腹から胸にかけて白い粘液が大量に降りかかり、ドロリと垂れ落ちる。

  「んっ!ンガッ、アアッ!! ガァッ!! おおォおッイグッ! イッぐうぅぅッ!!ぐおぉおォォお!! あァァあ"ああああぁ!!!」

  同時に俺も果てた。

  親父の身体に向かって盛大に飛び散る。俺の精子は親父の顔にまで届き、その頬や鼻梁を伝う。公衆の場ということをすっかり忘れて獣へ先祖返りするが如く、親父の掌目掛け熱い精子がドクドクと流れ込んでいく。

  孕ませんと飛び出した大量のザーメンは一滴も目的地に辿り着くことはなく、サウナの床はもちろんのこと、勢い余って顔にまでかかる。意図せずして親父から顔射しつつされたことに下衆じみた笑みを浮かべてしまう。

  「はッ…………、ハァッ、はっ、ッハァ……!!」  「……先、出るぞ」

  全身の毛皮を汗で、股座あたりを中心に濃そうな白濁液を身に纏わせた親父が立ち上がる。

  素直にイカせてやればザーメンだらけの大惨事になることはなかったのだろうけれど、予想以上に淫らに乱れる親父の姿は色っぽく、エロい以上に言い表せる言葉が見つからなかった。ぐちょぐちょに手コキしながらケツをガン掘りする妄想であったり、あのまま押し倒されてケツに種付けされるといったシチュエーションでもよかった。当分オカズには困らなくて良さそうだなと思っていると、既に親父は室内を出て行ってしまっていた。

  そういえば俺が入る前からサウナに居たし、こちらよりも激しい運動をしていそうなもんだから身体が火照るのも当然か、と回帰しながら、とりあえず派手に撒き散らされた雄の証を片付けるべく、熱気でおぼつかない足取りの中、外から水桶を取ってサウナを綺麗に片付けた。

  ……ついに親父と一線超えちまったんだな。

  そう改めて実感したのはそれから一時間弱ほど後、すっかり整って脱衣所で休む間もなく稼働し続ける扇風機に当たっているときのことだった。長距離の移動で凝り固まった疲れを癒やして、その上で溜まった獣欲を二匹仲良く吐き出して。それだけで旅行に着いてきた甲斐がある、むしろ、これだけを旅行の思い出として締め括ってもよいのではないかというくらいの充足感だった。

  欲に欲を重ねていえば、まだ本番まで至っていないのだからこのまま勢いで行けるところまで行けたらいいのにという傲慢さは少なからずあった。

  親父はフルチンのままバスタオルを肩に乗せ、風呂上がりのフルーツ牛乳としけこんでいる。姿そのままは年相応のオッサンそのものなのに、スタンダードな牛乳でもコーヒー牛乳でもなくそのチョイスなのがまたギャップを感じさせられる。先ですっかり役目を果たし切ったチンポは床を向いてぶらぶらとしており、サウナで事に入る前のものと相違ない。

  「なーにいつまでも俺のチンポばあ、見とるんじゃ」

  俺の考えていることなど手に取るようにお見通しだと言わんばかりに、気付かぬうちに目前にまで来ていた親父は俺のイチモツを下から手のひらで撫でた。

  「な、何じゃい」

  「今晩覚えとけよ、まだヤり足りんからな」

  性欲に拍車を掛けたような親父の口ぶりは冗談でもなんでもないようで、この短い会話の中だけでも少しずつ親父のチンポは上へ上へと芯を実らせていく。そんなものを挑発的に見せつけられたら、雄として黙っているわけにはいかない、据え膳食わぬは男の恥、毒を喰らわば皿まで、とでも言うように。

  「おーう、チンポ勃たんようになるまでヤッたるわ」  「……ふん」

  口調と裏腹にニヤリと牙を見せて笑う親父。

  それはそれとしてこの後の問題は、このあと部屋で待ち構えているであろう、酒豪との強制イベントをどうやり過ごすかにかかっているのだが。旅館で食った蟹は美味かった。すき焼きも濃厚なタレと卵黄の相性が良く、刺身は舌の上で溶けるくらいに新鮮で柔らかく満腹中枢は偉くご満悦になる。ただそれくらい。親父のアレも冗談だと思っていて特に気にしていなかった。

  あれだけ激しいことをした割に、素面になってみると思い出すのも恥ずかしくなって、改めて夕飯の席で親父と会話する気にはならなかった。向こうもそれは同じだったようで、おかんを間に噛ませないと口が回らないようだった。

  それでも、いくら聡明なおかんと云えどアルコールを摂取した彼女に俺たちの違和感を見破ることは出来なかった。

  すっかり出来上がってしまい寝床に入るのもおぼつかなくなってしまうほど酩酊した俺を解放してくれたおかんは、早々に寝床に入っていってしまった。たっぷりとご当地の名酒やらビールやらを腹に入れた今夜はぐっすりと眠れることだろう。

  親父もいつの間にかいなくなっており、俺自身も酔いが回ってふらふらとした俺は与えられた寝床に就こうと千鳥足だった。よほど大金を叩いた良い宿なのだろう、飯を食うスペースとは別にそれぞれが個室をあてがわれていて、いくら寝相が悪かろうがイビキが五月蝿かろうがストレスを溜める心配もないとまできている。

  明日は何をするのだったかさえ、今の頭で考えようと、いまいちピンと来ないのだけれど、スマホを見るに日付を跨いだかどうかくらいの時間であったと朧気に思ってから意識を失うまで、実に数分と経過していなかったかもしれなかった。朝目が覚めて、時間があれば朝風呂に行けたらいいなといったところか。

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  身体に違和感を覚え、意識が覚醒する。

  身体が重くて股座あたりがやけに生暖かい。足湯、ではないのだけれど、まるでその部分だけがぬるま湯に浸かっているように。旅館の部屋着は浴衣のように着こなしていたはずだったのに、寝返りだけでは済まないほど露出しているだろうと思ったのは部屋の空気をやけに肌が感じ取ったからだった。

  とはいえ、もう一度意識を落とせば、さぞ安らかな二度寝にありつけるだろうと、そのままふわふわとした感覚に身を委ねていると、ところどころで不審な音を拾う。それは、どうやら足元の方向から聞こえているようだった。

  「んッ……! ッふ、ンん"んう……ん、ふ…!」

  呻き声と、ピチャピチャという水分を孕んだような擬音。寝返りを打とうとしたとて、身体に錘がのしかかっているようで上手くいかない。指先を伸ばしたところで身体と旅館の敷布団から成る衣擦れが生まれるだけで、真っ暗な視界の中だけでは何が起きているのかなど皆目見当もつかない。けれど。

  「ッんぐ、ッむ、うン………、はァ、美味え……」

  耳を疑った。

  「あー、すげぇ……ッんく…ッンっ……! ぐゥ、ぅン……!」

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  サンプル版は以上となります。

  後半の方がエロマシマシな構成にしました。

  「狼獣人の父親と相思相愛にまぐわった話」

  全体は7万字超で140p、価格は1300円です。

  素敵な表紙の狼親父!

  G-04,World Wide Wildにてお待ちしています!

  よろしくお願い致します。