命を懸けてでも

  目の前には幼い[[rb: 灰色熊 > グリズリー]]獣人。犬獣人である俺よりも頭半分くらい小さいそのグリズリーが、俺のことを見上げている。

  俺とそいつだけしかいない、真っ暗な空間。そこに、冷たい声が響く。

  ーーーお前なんか助けなければよかった

  「っ!!」

  飛び起きるとそこは布団の上。打ち身のように痛む身体とドロドロに汚れた被毛が、昨晩のことを思い出させる。

  動きたくない、もうこんなの嫌だ。……それでも、今日だけは、出かけなければいけない。

  冷たいシャワーを浴びて気を引き締めると、真夏の太陽が猛威を振るう外へと向かっていった。

  大学があるこの県から高校生の頃まで過ごしていた故郷の町まで、電車で2時間。頑張れば通えないこともないのかもしれないけど、俺のこの身体が朝の通勤ラッシュに耐えられるとは思えなくて、今はこうして大学近くのアパートに部屋を借りている。

  帰郷する電車に揺られつつ、今朝の夢を思い出す。よりによって、なんで今日あんな夢を見るんだよ。……いや、今日だからこそ見たんだろうか。

  あのグリズリーは、小学生のころ同じマンションに住んでいた男の子だ。外国種ってことに加えて引っ込み思案だったそいつは、子どもたちの輪に入れずに、いつも独りで羨ましそうにこっちを見ていた。

  その頃の俺は体が大きくてスポーツもできて、ガキ大将とはいかずとも、マンションの近くにある公園に遊びに来る子供たちのリーダー的な存在だった。だから、そのグリズリーが独りでいるのが気にくわなくて、強引に色々と連れ回したりしたんだ。

  その影響か、いつの頃からかそいつは子どもたちの輪に自然と入れるようになった。それでも、あいつにとって俺は1番だったらしく、俺にすごく懐いていて、俺もなんだか子分が出来たような気持ちで可愛がってた。

  そいつは俺と違ってチビで動きがトロくて、「おいおせーぞ!」「待ってよー」みたいなやり取りを何度もしたことを覚えてる。

  ……あの夏の日も、そんな感じだった。

  マンションから公園に向かう途中にある、信号のない横断歩道。左右を確認して渡るように徹底されていたのに、俺を追いかけてきたそいつは、その確認をしなかった。そして最悪なことに、そんなタイミングで脇見運転をしていた車が突っ込んできたんだ。

  「危ない!!」

  俺はそいつを突き飛ばして、代わりにその車にはねられた。そのはずだった。

  はねられた俺は頭や体を強く打ち付けて意識不明の重体。一命を取り留めたものの目が覚めたのは2週間後。そして、その時に聞かされたのは……そいつは遠くに行ってしまってもう会えない、ということ。

  いくら子供でも、それが何を意味するか分からないほど幼くはなかった。俺がやったことは無駄だったんだ。

  そして、それだけではなかった。

  俺は、事故の後遺症で、走ったり跳んだりといった激しい運動ができなくなった。そして運動ができなくなったからか、体や頭を打った影響か、はたまた最初からそういう成長曲線だったのかは分からないけど、その頃からほとんど背が伸びなくなった。だから俺は、鼠獣人や兎獣人みたいな小型種じゃない普通の犬獣人なのに、大人になった今でもちょっと大柄な小学生くらいの体格しかない。

  ーーーお前なんか助けなければよかった

  違う!俺は、あのとき間違いなく、あいつを助けたいと思ったんだ。

  その気持ちは否定したくない。しちゃいけない。だって、もし俺が何もしなければ、俺に後遺症が残らないどころかあいつが死ななかったのだとしたら……俺がやったのは、最悪の結果を導く行動だ。

  だからせめて、結果的に最悪だったとしても、間違ったことはしていないと、胸を張っていたい。助けようとしなければよかったなんて、思いたくない。

  ……だってそうじゃないと、惨めすぎるじゃないか。

  駅を出て、炎天下の中、痛む身体に鞭打ちつつ足を引きずりながら歩く。少しでも大人っぽく見えるようにと思って黒く染めた被毛が熱を持って、俺の体力を奪っていく。それでも、前に進まなくちゃいけない。

  駅から15分くらい歩いて、目的の場所にたどり着く。そして事故があった横断歩道の近くまで来ると、あの事故の後に設置された信号の柱の根元にしゃがんで、そこで手を合わせた。

  ダメだよ。俺、もう限界だ。

  お前を殺してしまった俺は、お前のぶんまで生きなきゃいけない。そう決めたのに。

  手を合わせても、何を言っていいか分からない。ここに来れば、無理矢理にでも生きる気力を出せるかと思ったのに、駄目だった。むしろ、お前のところに行きたい、お前に会いたいなんて思ってしまう。

  死にたい。なんでこんな、なんで……

  目から滴がこぼれ、熱されたコンクリートに落ちて蒸発していく。それと一緒に、生きる希望まで漏れ落ちているかのようだった。

  ここに来てもダメなら、本当にもうダメだ。

  死を決意した俺は、ゆっくりと立ち上がる。途端、ぐらりと視界が揺れた。体に力が入らず、立っていられない。

  掴むものもなく、倒れていく。俺の目に映るのは、赤い信号と、こちらに向かって走ってくる車。

  あぁ、これ、死んだな。死にたいと思ってたとはいえ、こんなに急じゃなくて少しくらいは身辺整理をしておきたかったな……

  「危ねぇ!!」

  怒鳴り声が聞こえると同時に腕を掴まれて、俺の体はグッと逆方向に引っ張られる。そしてドン!となにか大きなものにぶつかった。

  それは一瞬だけ俺のことを抱きとめると、そのまま少しだけ突き飛ばした。

  尻もちをついた俺が上を見ると、そこには天をつくような巨体の熊獣人……グリズリーが居た。

  その人は背が高いだけでなく、どこもかしこも大きくて、右頬の大きな傷と厳つい表情も相まって、まるでヤクザみたいだ。まだ若そうだから、もし本当にヤクザなら若頭だろうか。ただ着ている服がスーツとかじゃなくてTシャツ半ズボンとサンダルだし、外国種だから、ヤクザというより悪役レスラーのほうが近いかもしれない。

  「あっちぃ!そんな黒い毛皮であんなとこに居続けるなんて、お前バカか!?」

  そんなグリズリーは見かけに反して流暢な日本語で熱いと言って怒鳴りつつ、俺の腕を掴むと強引に立ち上がらせてそのままグイグイと引っ張っていき、抵抗する気力も体力も無い俺は、されるがままに喫茶店へと連れ込まれた。もっとも、体力や気力があったとしても、この巨体相手に抵抗したところで無意味だろうが。

  クーラーの効いた店内に入ると、火照った体が冷やされていく。猫獣人のウェイターに案内されてテーブル席につくと、目の前のグリズリーは不機嫌さを隠そうともせずに俺のことを睨み、出されたお冷を飲むように視線で促した。

  促されるままにコップに口をつけ、冷たい水が喉を流れ落ちていく。グリズリーはそれで満足したらしく、険しい表情を解して視線を合わせる。

  「あんなとこでうずくまって、なんかあったのか?俺で良ければ話聞くぜ?」

  普通なら、初対面の人に話すような内容じゃない。いや、初対面どころか親友相手だろうと話せる内容じゃないだろう。でも、目の前のグリズリーは、種族が同じというだけで大きさも声も態度もあいつとは全然違うはずなのに、何故かあいつと同じような雰囲気があって、死にたくなるくらい心が弱っていた俺は、その優しさに縋ってしまった。

  「……俺、レイプされてるんです」

  「はぁ!?」

  「それで、生きるのがつらくて……あそこには、俺の友達が眠ってるんです。今日、そいつの命日で。ここに来れば、そいつのぶんまで生きてやろうって気力が出てくるかと思ったんですが、ダメでした。むしろ、そいつの所に行きたいと思ってしまって……。」

  「それは……わりぃ。軽々しく聞いていい話じゃなかったな」

  沈黙が流れる。急にこんな話を聞かされたんじゃ無理もないだろう。その沈黙を破ったのは、グリズリー獣人のほうだ。

  「まぁその、なんだ。とりあえずなんか食うか。奢るからよ」

  「いや、自分の分は自分で払いますよ。助けてもらったうえに奢ってもらうなんて、そんなこと出来ません」

  「いいから奢られとけ。俺が奢りたい気分なんだよ」

  「でも……」

  「じゃあその代わり、俺の話も聞いてくれよ」

  そう言うと、少しだけ悲しそうな表情をしたグリズリーが、ぽつりと話しだす。

  「俺の友達も、あそこに眠ってるんだ。友達というよりも兄貴分みたいな人で、車にはねられそうになった俺をかばって、身代わりになって死んじまった。俺がこの頬の傷だけで済んだのは、その友達のおかげなんだ」

  「そうなん、ですか……」

  「それなのに、その事故の後、すぐに祖国に引っ越したから、まともに墓参りも出来なくてな。だから、日本に戻ってきて、真っ先にごめんなさいとありがとうを伝えに来たんだよ。そしたら先客が居るし、様子見てたらふらついて倒れそうになるし……」

  「すみませんでした」

  「いいんだよ。死ななかったなら、それで」

  大きな手が伸びてきて、俺の頭を雑に撫でた。なんだか子供扱いされてるみたいで少しだけムッとするけど、この巨体からしたら俺に限らず大体の人は子供みたいなものだろう。

  それにしても、あの事故より前にも交通事故があったなんて初耳だ。あいつとこの人は同じグリズリー獣人だし、一瞬だけこの人はあいつの親戚かなんかで、死んだってのはあいつのことを言ってるんじゃないかと思ったけど、どう見ても俺より年上なこの人の兄貴分があいつなわけがないと思い直す。

  「で、なに食う?昼は食ったのか?」

  そう問われて、昼どころか朝ご飯も食べてなかったことに気付く。それを自覚すると猛烈にお腹が空いてきて、直後にぐぅ~と分かりやすく腹が鳴った。

  「ぷっ、ははははは!いいねぇ、分かりやすいじゃねぇか!」

  「あ、朝ごはん抜いてきたからしょうがないじゃないですか!」

  「なんだよ、朝も食べてねぇのかよ。ちゃんと食べないと大きくなれねぇぞ」

  「……もう大きくなんて、なりませんよ。こう見えて俺、ハタチなんで」

  「は、ハタチ?って、にじゅっさいって意味だよな?」

  「そうですよ。どうせ中学生かなんかだと思ってたんでしょ」

  「いやそんなことは……」

  「嘘つかなくていいですよ、いつものことなんで」

  そう言って、この話題は打ち切りだという意味を込めて卓上の呼び出しボタンを押し、来たウェイターにトーストセットを注文する。

  ただ目の前のグリズリーは何故か注文どころではないらしく、下を向いてぶつぶつと何か言っている。

  仕方ないのでウェイターにとりあえず帰ってもらうが、今度はチラチラとこっちを見てはあーとかうーとか言って俯くことを繰り返す。そして頼んだトーストセットが来た頃になって、ようやく心が決まったのか、そいつは強い視線で俺のことを射抜いた。

  「ハタチってことは、[[rb: 犬養 > いぬかい]] [[rb: 健太 > けんた]]って知ってるか?」

  その声には、縋るような切迫した響きがあった。なんでそんな声を出すんだと少し動揺しながら、その問いに答える。

  「俺のこと、ではないですよね。申し訳ないけど、俺以外の犬養健太は知らないです」

  「そうか……わりぃな。変なこと聞いて。さっき言った兄貴分ってやつの名前が犬養健太で、生きてたら同じ20歳なんだよ。だからもしかしたら墓の場所とか知ってるかもしれないって思ってな」

  「そうなんですか」

  「でも、あの辺にケン君と同姓同名の奴なんていたっけか」

  グリズリーのその発言に引っかかりを覚える。ケン君なんて懐かしい呼び方だなぁ、俺もアイツからケン君って呼ばれてたなぁ……ちょっと待って、20歳のソイツがこのグリズリーの兄貴分?

  「あの、申し訳ないんですが、今何歳です?」

  「ん?あぁ、19だ。こっちには大学進学のために来たんだよ。だからアンタよりも年下だな」

  そう言ってニヤリと笑う。その表情だけ見れば、どう見ても悪い大人だ。

  その貫禄で19!?外国種は大人びて見えるのは知ってたけど、ここまで違うか!?

  いや、そうなると、もしかして……もしかして!

  「もしかして、ガイラス・グレイベアー……?」

  「ん?そうだが……俺、自己紹介してなかったか?」

  そっか……そうだったんだ。

  生きて、たんだ……

  「お、おい!?どうしたんだよ!?」

  ガイラスの焦る声が聞こえるけど、涙を抑えることが出来なかった。

  助けなければ良かったと、思わないようにするのに必死だった。自分を正当化しないと、殺してしまったという事実に押し潰されそうだった。

  でも違ったんだ。俺がやったことは正しかった。ガイラスは、生きてたんだ。

  「良かった、本当に良かった……生きててくれた……!」

  「は?何言って……」

  「今日俺は、事故のあと遠くに行ってしまってもう会えない、ガイラスの墓参りに来たんだよ。あの事故で、俺が突き飛ばして殺してしまったと思ってた」

  「まさか……嘘だろ?」

  「多分、ガイラスが言ってる犬養健太ってのは、俺のことだよ」

  「いやだって医者はあのとき、ケン君はもう助からないって。そ、それにケン君は赤茶色だったはずだ!」

  「俺、赤茶色だよ。これは黒く染めてるだけ」

  「本当にケン君、なのか……?」

  「証拠は出せないけど、思い出話なら出来るよ。例えば、ここの喫茶店の大きなパフェを頼んだけど大きすぎて食べきれなくて、せっかくお小遣い払ったのに勿体ないって悔しくて泣いた話とか」

  「な、泣いてねぇよ!」

  「あのときも同じこと言ってたよな。泣いてない!ってムキになって」

  「う……」

  ガイラスは反論が出来ないらしく、うぐ、と言葉を詰まらせる。

  懐かしい思い出だ。あんまり思い出さないようにしてたけど、結構覚えてるもんだな。

  「本当に、ケン君なんだな。なんというか、その、ちっちゃくなったな」

  「あの後から全然身長伸びなかったから。逆にガイラスはめちゃくちゃデカくなったな」

  「成長期だったし、向こうでラグビーもやってたから……なぁ、このあと時間あるか?」

  「うん、大丈夫」

  そのガイラスからの問いかけに、俺は肯定を返す。しかしその直後にガイラスのスマホが鳴って、画面を見たガイラスの表情が一気に険しくなった。

  「マジかよ……」

  「どうかした?」

  「俺、こっちでは爺ちゃんの家で世話になってるんだけど、今日は町内会の奴らと徹夜で麻雀するから帰ってくんなって。適当にホテルでもとれって言われたけど、急に言われてもどうすっかな……」

  「それなら、うち来る?」

  「ケン君の家?」

  「あ、今俺大学の近くで一人暮らししてるんだ。ここからかなり遠いけど、もしよければどうかなって」

  「めっちゃ助かる!じゃあ早速行こうぜ!」

  善は急げだと言うように、伝票を持って勢いよく立ち上がるガイラス。

  「あっ、俺が払うよ」

  「いいって、さっきも言ったけど俺が奢りたい気分なんだよ」

  「でも俺のが年上だし」

  「そんなに言うなら奪ってみろよ?」

  そう言って頭の近くで伝票をヒラヒラと振る。俺の身長では到底届かない位置で揺れる伝票に、強い既視感を覚えた。

  ただし、やられる側じゃなくてやる側の記憶だ。

  「くっそ、馬鹿デカくなりやがって……」

  「へっへっへ、ケン君、俺に同じことしたの覚えてるか?」

  「覚えてるよ。あれはテスト用紙だったけどな。しかも満点のやつ」

  「……本当にケン君なんだな」

  ガイラスは感慨深そうにそう言うと、伝票を持ってそのまま会計をしてしまう。まだ疑ってるのかよ、と少し不満になるけれども、昔の俺はガイラスにとって頼れる兄貴分な赤茶色犬獣人だったのに、今の俺は子供みたいな黒色犬獣人だ。疑うのも無理はないのかもしれない。

  喫茶店を出て二人で並んで歩くと、ガイラスの大きな影が陽射しを遮ってくれるのがありがたい。でも、ガイラスが俺に合わせて露骨にゆっくり歩いてくれているのが非常に申し訳なくて、無理に急ごうとした結果、足をもつれさせて転んでしまう。

  だけど、俺の顔が地面と衝突する前に、ガイラスの腕が俺のことを抱きとめた。

  「うぉっ、と……大丈夫か?」

  「あ、ありがと。あはは、さっきの熱中症がまだちょっと残ってんのかな」

  「……足、怪我してんのか?」

  「怪我なんてしてないよ」

  「そうか?ちょっと引きずってるように見えたんだが」

  「そんなことないって、気のせいだよ」

  「……もしかして、俺のせいか?」

  「なにが?」

  「その足。確か医者が「もし命が助かったとしてもまたちゃんと歩けるようになるかは分からない」って言ってた。ケン君、正直に言ってくれ。それは事故の後遺症なのか?」

  なんで、こんなとこ気付くんだよ。なんで、そんなこと覚えてるんだよ。

  そんな泣きそうな目で見ないでくれ。嘘が、つけないじゃないか。

  「まぁ、な。でも、走ったり出来ないだけで特に生活に支障はないから」

  「…………わりぃ」

  「気にすんなよ。少し走れなくなったくらいでお前が助かったんだから安いもんじゃんか」

  出来るだけ明るく振る舞う。助けようとしたことを後悔はしてない。ガイラスが生きてたのなら尚更。だからこの言葉は本心なんだけど、ガイラスの顔は沈んだままだ。

  少し沈黙が続いて、気まずい空気が流れ出したころ、俺を抱きとめていたガイラスの腕が動く。そして軽々と俺を抱えあげると、颯爽と歩き出した。

  「ちょっ!?」

  「俺がケン君の足になるから。ずっと支えるから」

  「なに言ってんだ、下ろせ!ってか駅そっちじゃない!」

  「俺、車で来てんだよ。駐車場はこっちだ」

  ガイラスはコインパーキングに入っていくと、俺を片腕で抱えたまま出庫手続きをして助手席の扉を開け、俺のことをそこに放り込む。車に詳しくないから車種とかは分からないけど、デカくてゴツくて黒い車。ガイラスみたいな巨体の種族に合わせた造りなのか、多分俺が運転しようとしても足がアクセルに届かないと思う。

  車のゴツさと、運転席に乗り込んできたガイラスとの親和性が高くて、思わず見惚れてしまった。

  外国種ってそれだけでイケメンに見えやすいけど、そういうのを抜きにしても今のガイラスはイケメンだと思った。

  「ケン君、ナビゲーションよろしく。……ケン君?」

  「あ、うん、ナビね。了解」

  見惚れていた俺はガイラスに声をかけられてハッとして、慌ててスマホに住所を打ち込んでナビを開始する。

  所要時間は約1時間。その表示に目を疑う。

  「ケン君、どうした?」

  「電車だと2時間かかるのに、車だと1時間で着くんだけど。」

  「ん?あぁ、その位置だと、車だと海の上の橋を渡って最短距離で着くけど、電車だと陸地を大回りしないといけないからやたらと時間がかかるんだよ」

  「そうなんだ……」

  「俺が車で良かったな。んじゃ、出発するぜ」

  エンジン音を響かせて、車が走り出す。そしてスマホの音声案内に従って走っていくと、ガイラスが言ったとおり、程なくして道が橋になり、周囲が海になる。夏の日差しを浴びてキラキラと輝く海はとても綺麗で、年甲斐もなくその景色に夢中になってしまった。

  「わぁ……!」

  「そんなに海が珍しいのかよ」

  「そりゃ、こんなところ通る機会無いし。ガイラスはどうなんだよ」

  「俺は[[rb: 外国 > むこう]]の実家が海沿いだから、特に」

  「へぇ、そうなのか」

  「でもいいな、この感じ。ただの移動のはずなのに、隣に誰かがいてその人が喜んでくれるっていうのが、まるでドライブデートしてるみたいだ」

  その発言に、少し思考が停止する。そして自分の視線がガイラスの股間に移っていることに気付いて、慌てて顔を上げた。気付かれて、ないよな?ガイラスは運転中だ、俺の言葉を聞いてても、俺の顔や視線は追えてないはず。

  というか、なにしてるんだ、俺。デートって単語から真っ先に想像するのがソレなんて最悪だ。俺は淫乱でも、雌犬でもない。絶対に違うんだ。

  「……わりぃ、忘れてくれ」

  ぽつりとそう言うと、ガイラスは話題を置き去りにするかのように速度を上げ、俺はそこから生じた沈黙から逃げるように、視線を海へと戻す。橋を渡り終えて周囲が海から建物になっても、俺たちの間に流れるのは無機質な音声案内の声だけだった。

  近所のコインパーキングの位置を知らないから、とりあえず家の近くの大型スーパーに車を止めてもらって、家へと向かう。足があまり良くない俺にとって、大学の近くであり、スーパーの近くでもあるこのアパートは、まさに理想の立地だ。

  ただガイラスを家の前まで案内してから、中の惨状を思い出す。多分シーツはドロドロが渇いてカピカピだし、服は乱れて散らばってるし、臭いも酷いだろう。なので5分だけ待つようガイラスに言い残して部屋に入ると、とりあえず服とシーツをまとめて洗濯機に放り込んで蓋をして見えないようにして、消臭スプレーを片っ端から部屋の中に吹き付けていく。

  「お待たせ……!?」

  応急処置を終えて扉を開けて、驚きで一瞬だけ固まってしまった。

  玄関を開けても壁のような巨体があるだけで、首から上が一切見えないのだ。大きいことは理解していたけど、比較物があるせいで改めてその大きさを実感して、同じ人類なのかどうかすら疑ってしまう。

  そんなガイラスが通れるように道を開け、体を大きく屈めて扉をくぐって家に入ってきたガイラスを座らせると、エアコンを入れて麦茶を注いでガイラスの前に置く。普通のコップなのに、ガイラスが持つとお猪口みたいだ。

  「ここがケン君の家……」

  ガイラスはそう呟いてきょろきょろと周囲を見回すが、特になにも面白いものなんかないはずだ。アイドルのポスターが貼ってあるわけでもないし、ぬいぐるみがズラリと並んでいるわけでもない。テレビとベッドとテーブルと本棚があるだけの、シンプルな六畳一間。あえて違和感があるものを挙げるとするならば、ベッド脇にある大きな姿見鏡だろうか。

  「ベッドは無理だろうし、テーブルを片付けて床になんか敷いて寝てもらうことになるけど、夏だからいいよな?」

  「おぅ、それは全然。」

  「じゃあ少し休んだら買い物行くか。ガイラス用のマットと、晩御飯の食材を買ってこないと」

  「俺用のマット?そんな気を使ってもらわなくても、俺は床で十分だぞ」

  「ガイラス以外にも、今後誰か来るかもしれないだろ。前々からそのために買っておきたいと思ってたから、荷物持ちがいるときに買っておきたいんだよ」

  これは建前だけど、こう言ってしまえば反論の余地は無いだろう。案の定特に反対されることはなく、スーパーに行った俺たちはマットと食材を買って帰ってくる。

  買ってきた食材はにんじん、じゃがいも、玉ねぎ、牛肉……早い話、今日の晩御飯はカレーだ。ガイラスがどれくらいの大食漢なのか分からないから、大量に作れる料理を選んだほうがいいという判断だ。余ったらタッパに入れて冷凍しておけばいいし。

  トン、トン、と食材を切る音が部屋に響く。カレーは煮れば煮るほど美味しいから、早めに準備しておくに限る。最初は俺も手伝うとか言い出したガイラスだけど、客に料理なんかさせないし、ガイラスの膝上までしかないキッチンでの料理なんて無理がありすぎるから、いいからテレビでも見て待ってろとテレビの前に座らせてきた。

  こうやって手料理を誰かに振舞うなんて初めてかもしれない。それを食べるのがあのガイラスだということが、とても嬉しい。呪いになってしまっていた存在が生きているというだけで、こんなにも世界が輝くとは、思わなかった。

  だけど、その輝きは、今この瞬間だけのものだった。

  ピピッ、ピーと不規則な通知音がスマホから鳴る。絶対に分かるように、特別な音にしている唯一の相手からの連絡。それが意味するところは、つまり。

  「ごめんガイラス、ちょっと今から人が来ることになった。終わったら連絡するからさ、ちょっと外で時間を潰してきてもらえないか?」

  [newpage]

  ガチャリと玄関のドアが開く。俺は今、六畳一間のアパートのベッドの上で裸になり、後ろの準備を済ませ、薬で強引に発情させられている。

  「はぁっ……はぁっ…」

  「おーおー、出来上がってんな」

  部屋に入ってきて楽しそうに声をかけた狼獣人の男は、うずくまる俺を足で突く。ドアが開いたことすら認識できていなかった俺は、そこでようやく狼獣人の存在を認識して、潤んだ眼で狼獣人を見上げた。

  「鈴山、センパイ……」

  「なんだよ、すぐ楽にして欲しいってか?ったく毎回言わせるんじゃねぇよ、礼儀がなってねぇな。まずはご奉仕、当たり前だろ?」

  カチャカチャとベルトを外すと、ズボンとパンツをずり下ろして性器を露にする。俺は未だ萎えているそれを手に取ると、ゆっくりと口に含んだ。

  しょっぱい、不味い、吐きそうだ。今すぐにやめてしまいたい。でも、もしやめてしまったら、この体の疼きに苦しみながら夜を過ごすことになる。そして何より、あの動画が拡散されてしまう。それだけは絶対に避けないと。

  「どうだ、うまいか?」

  「おいひぃ、です……」

  少しでも味が薄くなるように唾液を絡めつつ、嘘をつく。こんなものが美味しいわけがない。そんなことはこの男だって百も承知だろう。そのうえで、俺がおいしいとしか言えないことだって、分かりきっているんだ。

  芯が入って天を突くようになったチンポから口を離して、見上げると、俺の醜態を見下してニヤニヤと笑う狼の視線と目が合った。

  「チンポがうまいとか、すっかり淫乱な雌犬になっちまったな。感謝しろよ。」

  「はい、ありがとう、ございます……」

  俺はこの人に逆らえない。逆らってはいけない。でも、従順に侍るたびに、俺の自尊心が壊れていく。

  今日はガイラスと奇跡の再会をした。ガイラスは俺なんかよりもずっと大きくなっていて、ゴツい車なんかも運転できちゃうくらいカッコよくなっていた。

  それに対して、俺はこんな男に脅されて、媚びて。傍から見たらまるで自分が望んでいるかのように、チンポをしゃぶって。なんて惨めなんだろう。

  喉を突かれたわけでもないのに、嗚咽が漏れて涙が零れる。発情した体と頭、膨らんだ感情、そういうのが全部ごっちゃになって、あふれ出してしまう。

  そして、そんな失態をした俺を、この人が許すわけがなかった。

  「あぁん?なんだてめぇ」

  「ごめっ、なさ……」

  「は~あ、もういいわ。せっかく俺が抱いてやろうってのに泣かれるとか、マジで興醒め。俺、自分の言うこと聞かない玩具に興味ないんだよね。つーわけで、もうお前要らねーわ。動画拡散しといてやるから、せいぜい無様に死ね」

  半勃起まで萎えたチンポをしまうと、ズボンのポケットからスマホを取り出す。その行動を止めないといけないのに、体も心も、まるで動かない。

  あの動画が拡散されたら、本当にもう終わりだ。

  ……もう、終わりでもいいかな。こんな俺なんて、ガイラスも見たくないだろ。お前の中での頼れる兄貴分が、惨めでちっぽけで男に媚を売る雌犬で、犯罪にまで手を染めている愚か者だと分かる前に、俺は……

  「やっぱり、そういうことかよ」

  「えっ、いだだだだだっ!?」

  唐突に響いた悲鳴に驚いて顔を上げると、そこにはここに居るはずのない人物の姿。スマホを持っている鈴山先輩の手の上にガイラスの大きな手が覆い被さって、その手を握りつぶしていた。

  ガイラスが手を離すと、鈴山先輩の手に握られていたスマホが床へと落ち、その手を庇うようにして押さえながらガイラスを睨む。

  「なんだてめぇ!ふざけやがって!!」

  「俺はその人の弟分だ。お前こそ、なにしてやがるんだ!」

  ガイラスが勢いよく一歩踏み出す。床が抜けるんじゃないかと思うような衝撃と、バン!という激しい破裂音。ガイラスの足の下では、鈴山先輩のスマホが見るも無残な金属片へと成り果てていた。

  そしてガイラスは、怯んだ鈴山先輩を床へと押し倒して、そのまま首を押さえつける。

  「次に同じような事をしようとしたり、動画を拡散したりしたら、スマホじゃなくてお前自身がああなるからな」

  頬に大きな傷を持つ、外国産の超巨体。そんな存在に圧し掛かられて凄まれて、首まで絞められていて、引き剥がそうとしてもびくともしない。間違いなくトラウマものだろう。

  ただガイラスはそれで終わらせず、さらに追い打ちをかける。

  「あの人は命の恩人だ。あの人のためなら俺は命だって懸けられる。法律に守られてるから殺されるわけがないなんて、ぬるい考えを持つなよ?」

  ぐ、とガイラスの手に力が籠る。窒息するよりも先に、首の骨が折れてしまいそうだ。ガイラスの手を振りほどこうともがいていた先輩の抵抗も弱まって、とうとう泡を吹いて意識を飛ばしてしまった。

  そんな急展開に唖然としている俺をよそに、ガイラスは鈴山先輩とスマホを玄関の外に放り出すと、俺の元へと寄ってくる。

  「ケン君、大丈夫か?」

  「お前、なんで……」

  「レイプされたじゃなくて、レイプされてるって言ってたの、ずっと引っかかってたんだ。そんで今から来る相手と会うために、わざわざ俺を追い出した。だから、ケン君がその相手に脅されてレイプされるんじゃないかと思って、張ってたんだよ。間に合ったみたいで、良かった……!」

  泣きそうな顔で、縋るように抱きついてくるガイラス。ここで、綺麗にお礼を言えたら良かったんだけど、そうはならなかった。

  「あ゛ぁっ!」

  ガイラスの腕の中で、ビクンと大きく体を震わせる俺。急展開が起こったせいで思考はちょっと冷静になっていたけれど、体は発情したままだ。少し触れられるだけでも、感じてしまうほど。

  抱きしめただけで喘ぎだした俺に驚いて、ガイラスの体が離れる。

  「ケン君!?」

  「ごめん、薬、効いてて……」

  「チッ、あの野郎、マジで殺しとくんだった。なんか俺にできることあるか?」

  ガイラスに出来ること。この状況なら、ひとつしかない。

  「おねがい、俺のこと、犯して」

  俺の必死の懇願に、目を円くするガイラス。当然だろう。せっかくレイプから救った相手が、犯してほしいと言い出したんだから。

  「この薬、イかないと、抜けないんだ。でも俺、前を弄るだけじゃ、満足に、イけないから……お願い、俺を犯して、イかせて」

  ガイラスは俺の言葉を聞いて、苦虫を噛みしめたようなツラそうな顔をする。そうだよな、昔の兄貴分がチンポ狂いの雌犬になってたら、幻滅するよな。

  「いいぜ、犯してやる。ただ最初に言っておくが、これはセックスじゃなくて、あくまで薬を抜くための処置だからな」

  その言葉を受けて、そんなことは当然で俺が今望んでいるのもそれだと分かっていて、体は悦んだのに、ズキリと胸の奥が痛んだ。

  ・

  ・

  ・

  それから一週間後。

  俺は今、自分の部屋でガイラスと対峙している。事の顛末を伝えたいと思っていた矢先に「ケン君の家に行ってもいいか」とガイラスから連絡あったので、こうして招いたのだ。

  ただ、どうやって話を切り出したらいいのか分からず、沈黙が続く。

  「あのさ」

  「ケン君」

  2人の声が被る。

  「あ、っと……」

  「ケン君からいいよ、話して」

  「あ、ありがと。あれからさ、鈴山先輩……あの狼獣人の人ね、その人から連絡来なくなったんだ。動画が拡散された様子もないし、本当に解放されたんだなって。ありがとう。」

  「あぁ、なら一安心だな。ところで、もし問題が無ければでいいんだけどよ、その動画の内容っての、聞いてもいいか?」

  「……万引き動画だよ」

  「万引き?」

  「少し金欠だって話をしたら、バイトのあの人しかいない深夜のコンビニに呼び出されて、その辺の弁当はすぐ消費期限が切れるから好きに持っていっていいぞって言われて。その言葉を鵜吞みにして持っていったら、当然監視カメラには弁当を鞄に入れて会計をせずに店を出ていく俺の姿がばっちり映ってたんだ。今考えれば、それが愚かな行動だってのは分かるよ」

  「なんだよそれ……」

  「あの人は大学内でもかなりのインフルエンサーだから、もし拡散されたら、俺の言い訳なんか簡単に揉み消されちゃうと思う。だから、もうどうしようもなくて。言うことに従うしかなかったんだ」

  「あの野郎……」

  「でも、ガイラスがそこから救い出してくれた。感謝してもしきれない。本当にありがとう」

  深々と頭を下げる。するとガイラスは少し焦り気味に、そんな大したことしてねぇよと謙遜する。

  これで、俺が伝えたいと思ってたことは伝えた。次はガイラスの番だ。

  「あー、ちょっと言いづらいんだけどさ。ケン君、俺とセックスして欲しい」

  「……どういうこと?」

  「ほら、あの時はただの処置だっただろ?だから、今度はちゃんとセックスをしたいんだ」

  ガイラスの言う通り、あれは薬の効果を消すための処置だ。そのためにガイラスは、犯したくもない相手を仕方なく犯したんだ。そのはずなのに、なんでセックスの申し込みをされてるんだ?

  意味が分からないと表情に出ていたのか、ガイラスはさらに言葉を続ける。

  「薬で強制的に発情させられて、犯してほしいという感情を無理矢理植え付けられて、懇願する相手を犯す。これ、あの狼獣人とやってること変わらねぇだろ?俺はそれが気に食わなかったから、あれをセックスとは認めなかった」

  「そ、そうか……」

  「でも、ケン君を犯した記憶があれだけってのは、もっと気に食わない。だから、上書きセックスさせて欲しいんだ」

  「いや、上書きもなにも普通に忘れてくれよ。あんなの、思い出したくもないだろ」

  「あんなエロいの見せつけられて忘れられるわけないだろ!あれから毎日あの記憶でヌいてんだぞ!」

  「は?」

  お前今なんつった?

  俺が睨むと、ガイラスは自分の失言に気付いたらしく気まずそうな表情を浮かべる。しかしすぐに俺のことを睨み返すと、開き直ってまくしたてるように話しだした。

  「子供の頃からずっと俺にとって一番大切だった人が生きてそこに居るってだけで、すごく嬉しいんだ。それなのに、それだけじゃなくて、そんな大切な人が犯してくれって懇願して、潤んだ瞳で俺のことを見上げて、息を荒げて、細い手足で弱弱しい抵抗をしたり、少し体を愛撫するだけで大げさなほどに反応したり、俺の巨根を小さな体で易々と飲み込んだかと思ったら入れただけで絶頂したり。こんな記憶、忘れられるわけないだろ!」

  「なっ……」

  「しかもあの時、イかせるための処置だって断言した以上は中出しなんて許されないと思ってめちゃくちゃ我慢してたんだからな」

  確かに、あのときガイラスは射精していない。てっきり、俺みたいなのを犯して勃起することはあっても射精にいたるほどは興奮しないってことだと思ってたんだけど。

  「だから薬に支配されてないケン君の口から、同意を得てセックスしたいんだ。ケン君、俺とセックスしてほしい。」

  最後にもう一度そう言って、ジッと俺を見つめる。その真剣な眼差しが、なんだかセックスのお誘いというよりプロポーズみたいだなと思ってしまった。

  「いいよ、俺もガイラスとヤりたい」

  正直なところ、俺も若干欲求不満だったんだ。犯しに来てた鈴山先輩が来なくなって、自慰をするにも前の刺激だけだと気持ちよくイけないし、かといって自分で後ろを弄るのは少し抵抗があって。だからこの誘いは、願ったり叶ったりだ。

  少し準備があるからと風呂に行って戻ってくると、ガイラスはテーブルを片付けてマットを敷いて、その上で胡坐をかいて俯いていた。俺がその正面に座ると、ゆっくりと、俺のほうを向いて視線を合わせる。

  「ガイラスの好きにしていいよ」

  「お、おぅ。ならまず、キスしていいか?」

  「ん」

  俺はガイラスに合わせるようにして立て膝になって、顔を近付ける。立て膝になってもなお、ガイラスのほうが俺よりも背が高くて、俺がガイラスの首に腕を回すと同時にガイラスは俺の腰を掴んで支えてくれて、そのまま、口が触れ合う。

  お互いの存在を確かめ合うように、触れるだけのキスを数回。おでこをくっつけて、鼻キスして、もう一度口が触れると、ガイラスの舌が口の中に侵入してくる。歯列をなぞられ、口蓋を擦られ、舌を絡めとられ……性処理に使われていただけでキスの経験がほとんどない俺は、されるがままだ。

  キスって気持ちいい、というか、昂ってくるなと感じて身体が熱を帯び始めたところで、腰を掴んでいたガイラスの手がシャツの中に入って、するりと体を撫でた。そして、その刺激で少し体を震わせた俺に構うことなく、ガイラスの大きな手が俺の体を這いまわり、胸の突起に辿り着くと、やさしく引っ掻いた。

  「っ!」

  ビクン、と体が大きく跳ねる。

  薬の力が無くてもそこがこんなに敏感だと思ってなかった俺は咄嗟に体を捩って逃げようとするけれども、ガイラスが俺を支える手はビクともしない。

  このままではマズい、という気持ちと、俺ばっかりじゃなくてガイラスも、という気持ちを合わせて、俺も負けじとガイラスの股間に手を伸ばす。そこは既にガチガチに勃起していて、ズボンの上から撫でると、自己主張激しく俺の手を押し返してくる。ガイラスがそんな俺の手を引き剥がすようにして俺の体を遠ざけると、口も離れて銀の橋が架かった。

  「もうガッチガチだな」

  「仕方ねえだろ、夢にまで見たシチュなんだから」

  「なぁ、しゃぶってやろうか?」

  少し悪戯っぽくそう言ってみせるけれど、内心では、自分の口からさらっとそんな言葉が出てしまったことに驚いてしまった。

  チンポをしゃぶるなんて、淫乱な雌犬のやることだ。おいしいわけでもなければ、自分が気持ちよくなれるわけでもない。それでも、そんな言葉が出てしまったのは、ガイラスに気持ちよくなってほしいと思ったからだろうか。

  「いいのか?」

  「嫌だったらこんな提案しないよ」

  「そうか、なら頼む」

  短くそう言ったガイラスがズボンとパンツを脱ぐと、極太のチンコが俺の前に姿を現す。そいつはズル剥けカリ高で、俺の手じゃ回りきらないほどに太く、両手で掴んでも余るほどに長く、少し強めに握ってもビクともしないほどに硬い。ガイラスの巨体に恥じない、雄の象徴。

  顔を近付けて、スンと少しだけにおいを嗅ぐと、そこからは濃いガイラスのにおいが放たれている。一般的に言えば臭いのだろうけど、不思議と嫌な感じはしない。そんなチンコに、ゆっくりと舌を這わせた。

  しゃぶる前から勃起してるのは初めてかもしれない。そこで、このチンコはしゃぶったから勃起してるんじゃなくて、俺だから勃起してるんだと気付いて、嬉しくなってしまう。

  今の俺は性処理の雌犬じゃなくて、ガイラスが大切に思ってくれているケン君なのだ。

  先走りを掬い取るように裏筋を下から上へ。竿の部分を手で押さえてゆっくりとしごきながら、亀頭に唾液を広げていく。そして大口を開けると、吸い付くようにしてその亀頭を口に含んだ。

  犬獣人の口をもってしても、咥えるのがやっと。今まで咥えさせられてたチンコと比べて圧倒的に大きな巨根をどう気持ちよくしてやるべきか考えていると、唐突に、頭に手が置かれた。

  いつものだ、と身体が瞬時に理解して喉奥を開くように力を込めるけれど、その手が俺の頭を押さえつけることも、チンコを思いきり喉に突き立てることもなかった。俺の頭の毛を楽しむようにさわさわと撫で、耳の付け根をくすぐる。

  「ケン君、めっちゃ気持ちよくてヤバい。すぐイきそう」

  慈しむように俺の頭を撫でながら、そう伝えてくる。

  まだ動いてすらいないのに、と思ったけれど、ガイラスの声には切羽詰まったような快感が溢れていて、咥えている亀頭はパンパンに張っていて、竿も膨らんでビクビクと脈打っている。ガイラスの言葉は本当だろう。となると、途端に悪戯心が湧いてくる。今までは、射精のタイミングは鈴山先輩がコントロールしていたけども、今は焦らすもイかすも俺次第なのだ。

  竿を握る手を、少し支えるくらいのわずかな力加減にして、口の中にある亀頭を重点的に攻める。カリの部分に唇を添えて擦りつつ、舌先で鈴口をなぞり、チンコが震える反応を楽しんでいると、俺の頭に置かれた手に力が籠り、荒い吐息と共に余裕の欠片もない声が聞こえてくる。

  「ケン君、ケン君っ……」

  その声を聞いた俺は、ラストスパートをかける。イラマチオをされたときと同じように思いきり喉奥に招き入れて引き抜く、ディープスロート。ガイラスのチンコは長すぎて半分くらいしか咥えられてないけど、それでも、ガイラスを絶頂に導くには十分だった。

  「イくっ!!」

  ブシュ、と聞こえてきそうなほどに勢いよく、喉奥に精液が叩きつけられる。それを皮切りにして口の中でチンコが暴れて、精液で満たされていく。

  何度も何度も吐精してようやく落ち着いた時、俺の口は開ければ漏れてしまうほどにガイラスの精液で溢れていた。俺は萎えたチンコを口から出すと、脱力して天を仰いでいるガイラスを尻目に、そのままゴミ箱へと吐き出した。

  ドロドロと大量の精液が、口を伝って流れ落ちる。

  「うぇ、マズい。ガイラスのだからおいしいとか、そんなこと全然なかったわ」

  「ふぅ……そんなの、当たり前だろ」

  「どうだった?」

  「最高だった。ケン君、すげえよ」

  「そりゃよかった」

  「お返しに、俺もケン君のを」

  「それはいい」

  「なんでそんな食い気味に拒否するんだよ」

  「あの時も言ったけど、俺、前だけの刺激じゃ気持ちよくイけないんだよ。それに……」

  「それに?」

  「こんだけ大量に出したガイラスの後で、ちょっとしか出ないの、なんていうか、男として負けた気分になる」

  さんざん雌犬調教されたこの体でガイラスと男らしさを競おうなんて、なに馬鹿なこと言ってるんだって感じだ。ガイラスもそう思ったのか少しキョトンとした顔をしてから、ニヤリと口元を歪めた。

  「つまりケン君は、ザーメンをたくさん出す俺のことを男らしいと思ってくれたってわけだ」

  「そういうことに、なるのか……?」

  「なら、これからもっと、俺の男らしいところを感じてもらうことになるな」

  「え?」

  「休憩は終わりだ、第二ラウンド行くぜ」

  ガイラスはそう宣言すると、俺のことを優しく押し倒す。ちらりと視線を股間にやると、出したばかりだというのに、ガイラスのチンコは徐々に鎌首をもたげ始めていた。

  こいつ、薬の処置が出来るくらいには射精コントロールが出来て、あんだけの量が出せるうえに、絶倫なのかよ。

  少し恐怖を覚え始めた俺にはお構いなく、服を脱がせていく。シャツを脱がし、ズボンを脱がせようとしたところで、ガイラスの手が止まった。その反応を見た俺は、計画通りだと、いたずらが成功したときのように笑う。

  風呂で準備をしてきたのに、なんでわざわざ服を着たのか。それはこのパンツを隠すためだ。メッシュ生地で少し透けている、白いTバック。緩く勃起した俺のチンコが押さえつけられて、先端か少し滲んで色が変わっている。お子ちゃま体型のお前にはこの色がお似合いだと鈴山先輩に言われて買わされた、勝負下着だ。

  残念なことに、穿いてみた今ではその通りだなと思わざるを得ない。染めた被毛との相性も抜群だった。

  「エッッッロ……」

  「気に入ってくれた?」

  「なんでこんなモン持ってんの?」

  「そりゃ、ガイラスを悦ばせるためだよ」

  ここで鈴山先輩の名前を出すのは、いい気がしないだろう。俺の答えを聞いたガイラスが一瞬だけ戸惑ったような表情をしたから、ガイラスもそれに気付いたらしい。だけど、その上であえて俺がこういう答えを返したのだから、持っている理由なんて些細なことだ。

  今この瞬間、俺がこの勝負パンツを穿いてるのは、間違いなくガイラスを悦ばせるためなんだから。

  ススス、とガイラスの指がパンツの上から俺の勃起をなぞると、先走りが押し出されて、先端の染みが少しだけ広がる。こうして見ると、ガイラスの人差し指1本だけでも、俺のチンコより太くて長い。そんな指で何度も擦られると、もどかしい快感が蓄積されていく。

  「ガイラス、もう……」

  「チンコを弄っても気持ちよくなれないんじゃなかったのかよ?」

  「そうは、言ってない。気持ちよく、イけないって、言ったんだ」

  「へぇ……寸止めしようとして失敗して、中途半端にイっちまったときみたいな感じか」

  寸止めなんかしようとしたことないから分からないけど、きっとそんな感じ。そのもどかしさに耐えられなくなった俺は、ガイラスの指が離れた隙をついて体をひっくり返してうつ伏せになると、尻を掲げるような体勢を取った。

  「だからさ、早く、入れて欲しい」

  そう伝えてローションのボトルを渡すと、パンツをずり下ろす。この体勢になってしまうともう、俺からガイラスへのアクションが取れない。ガイラスのしたいように、されるがままだ。

  尻の谷間にローションが垂らされ、穴の縁を少しだけなぞって馴染ませて解してから、指が侵入してくる。具合を確かめながらゆっくりと慎重に入ってくるけど、俺の痛みなんか気にせず突っこまれることに慣れてしまっている体にとっては、逆に物足りなく感じてしまう。

  そんな俺の余裕に気付いたのか、あまり時間をかけることなく指が増やされていく。そして3本が馴染んだところで、指が引き抜かれた。

  「入れるぜ、痛かったら言ってくれよ」

  大きな手が俺の腰を固定して、拡張された穴にズプリと巨大な質量が触れる。それが容赦なく俺の中に侵入してきて、おそらく亀頭がすべて入ったであろうタイミングで、いったん止まる。

  これだけでもすごい圧迫感だ。鈴山先輩のモノが、こどものおもちゃだと思えてしまうくらいに。

  「先っぽ入ったぞ。大丈夫か、痛くないか?」

  「へい、き。ただちょっと、待って」

  「分かった」

  俺の声をちゃんと聴いて、俺を気遣ってくれる行為が、ありがたかった。正直なところ、このまま進まれてたら、またしても挿入即絶頂なんてことになりかねなかった。薬が効いているときはただただイきたいという気持ちしかなかったけれど、今はガイラスとセックスをしているという認識が快感にブーストをかけているように感じる。ガイラスという薬は発情薬よりも強力かもしれない。

  発情薬と違うのは、ただ絶頂したいというわけじゃなく、この快感を楽しみたい、長く続けたい、ガイラスにも気持ちよくなってほしいという、幸福感があるところだ。

  「いいよ、動いて」

  俺からのGOサインが出ると同時に、巨根が進撃を開始して俺を貫く。さっきよりも少し早いのは、俺の中が気持ちよくって我慢が出来ないってことだろうか。

  そうだとしたら、嬉しいな。

  そんなことを考えていると、俺の中の行き止まりに当たるような感覚がある。ガイラスもそれを感じたのか、動きが止まった。

  動きが止まって数秒。流石になんか動きか言葉が欲しいと思っていたところで、俺の腰を掴むガイラスの手に、グッと力がこもった。

  「ごめんケン君。こんなん無理だ。俺もう止まれねえ!」

  その言葉と共に思いきり腰が押し付けられる。今までと違って勢い良く、鈴山先輩では届かなかった未知の領域を犯された俺の体は、かつてない程の快感の波を受けて声も出せずに絶頂する。

  「~~~~っ!!」

  それでも、ガイラスは止まらない。引き抜いて、突き入れる。単純かつ容赦ない動きに俺の体は揺さぶられ、絶頂から降りることが許されない。ずっと、イき続けている。

  「ケン君っ、好きだ、大好きだっ!!」

  ガイラスはその告白と共に今までで一番強く腰を打ち付ける。そして中のチンコが膨らんだ次の瞬間、洪水のような精液が俺の中に注ぎ込まれた。ドクドクとチンコが脈打って、最奥がガイラスの遺伝子で溢れていく。

  体感で数分が経ったんじゃないかという長い射精の後、落ち着きを取り戻したチンコがずるりと引き抜かれる。ガイラスの手を離れてべしゃりとマットの上に崩れ落ちた俺を見たガイラスが、慌てて俺の体をひっくり返す。

  「悪い、やりすぎた!ケン君、大丈夫か!?」

  「なんとか……お前、処置してた時の冷静さはどこいったんだよ」

  「あのときは、心を無にして処置棒に徹するよう意識してたからな。次はどうする?」

  「次?」

  「俺としては、やっぱケン君の顔を見てたいから正常位がいいんだけど」

  あれだけ激しい行為をしておきながらまだ続くのか!?そう思ったけれども、そう言ったガイラスのチンコは既に復活をしていて、俺の股間に擦り付けられている。そして兜合わせのような形で小さな俺のチンコを潰しながら擦られると、悲しく単純なことに俺の体はガイラスの狙い通りに再び欲情してしまう。

  ただ、正常位はダメだ。ガイラスに主導権を握られるとさっきの二の舞を舞うことになる。

  「ガイラス、横になれ。今度は俺が動くから」

  起き上がってガイラスの体を押し倒すと、されるがままに巨体がマットに倒されてくれる。そんなガイラスの体に跨ると、チンコに手を添えて、その先端に腰を下ろしていく。

  ガン堀りして慣らされたからか、さっきほどの圧迫感は無い。それでもデカいことに変わりはなく、呼吸を整えつつゆっくりと進んでいき、数分かけてさっきの未知の領域を超えて、俺の尻がガイラスの体に到着する。

  「ふぅ、お前の、ホントに、デカすぎっ……」

  「そのデカチンを受け入れてくれるケン君だって、相当だぜ」

  「そういうこと、言うなっ……いいか、俺がいいって言うまで、動くなよ」

  「分かった」

  その素直な返事がありがたい。ガイラスにとっては生殺し状態かもしれないけど、慣れるまでは少し我慢しててもらおう。

  そう思っていたのに、ガイラスの手がおもむろに俺の体に伸ばされると、俺が制止する暇もなくキュッと乳首を摘まんだ。

  「あぁ゛っ!」

  「さっきも思ったけど、ケン君乳首感じるんだな」

  「ん、や゛めっ…」

  「でも、気持ちいいだろ?」

  既に2回出しているからかすぐにイく気配のないガイラスはかなり余裕がありそうで、太い指先で器用に俺の乳首を摘まみ、引っ掻き、圧し潰し、逃げ場のない場所で乳首を弄られる俺の痴態を見て、楽しんでいる。

  一方の俺は、腕のように太いモノが最奥まで攻め込んできているせいで、動かなくてもじわじわとした絶頂感が積もっていく。動くなと言った通りガイラス自体は動いてないのかもしれないけど、乳首を弄ろうとするガイラスの手から逃れようと身を捩るたびに俺の中はえぐられて、快感が加速していく。

  後ろは徐々に馴染んできて、快感を与えられるだけでなくガイラスを気持ちよくしてやらないといけないのに、足に力が入らなくて動くことが出来ず、乳首を弄るガイラスの腕に縋るようにして震えるだけだ。

  このままだと、ガイラスが動くまでもなく、乳首でイかされてしまう。そう思ったときには手遅れで、こみ上げてきたものが爆発する。

  「だめっ、あ゛っ、あ゛あ゛あっ!!」

  ビクン、と大きく体を震わせて絶頂する。ガイラスのモノを締め付け、チンコからトロトロと精液が漏れだす。まさか動かずに乳首を弄るだけでイってしまうと思ってなかったのか、ガイラスは俺の体から手を引いて、目を円くしてこちらを見上げている。

  「はぁっ、はっ……」

  「だ、大丈夫か?」

  「大丈夫なわけ、ないだろっ……」

  俺が睨みつけると、申し訳なさそうな顔をするガイラス。そんな顔をするくらいなら初めからやるなよと思ってしまうが、騎乗位をしている現状、相手が自分の手で気持ちよくなっている姿を見たいという気持ちが分かってしまうので、強く責められないのが甘いところ。

  ただ、もう限界だ。まともに力が入らない。俺が、ガイラスを気持ちよくさせてやりたかったのに、それが出来ないことが悔しい。

  俺は怒りをぶつけるようにしてガイラスの腹を叩く。全然力の入らない弱弱しい攻撃だけど、この感情が伝わるだろうか。

  「俺、もう動けないから、ガイラスが動いて」

  「お、おぅ。分かった」

  短く答えたガイラスが上体を起こすと、騎乗位から対面座位の形になる。本来ならこの座位では入れられている俺が主体で動くものなんだろうけど、俺の体をがっしりと掴んだガイラスがまるでオナホを使うかのように俺の体を動かして、行為が進む。ただ最初の後背位と比べて動きが制限されているから、ガイラスの竿が丸ごと出入りするような大きなストロークが無くて、少しだけ、余裕があった。

  俺とガイラスの体格差が凄まじいせいで俺の体はすっぽりとガイラスの腕の中に収まっていて、ガイラスに守られているような、あるいは完全にガイラスのものになったかのような感覚。そんな感覚の中、俺は言葉を紡ぐ。

  「あ、んっ、がい、らすっ……」

  「どうした?」

  「俺も、ガイラスが、好き……」

  さっき言われた好きという言葉。本能的に出ただけで、返答なんか求めていないのかもしれない。それでも、俺の気持ちもきちんと伝えておかないといけないと思った。

  こんな言葉、セックス中の浮かれた状態じゃないと、多分言えない。

  「ケン君っ、俺も、好きだっ!」

  そう吠えたガイラスは、その感情に任せるように腰を振る速度を速める。その動きは当然俺の中もゴリゴリと刺激していて、俺たちはほぼ同時に絶頂を迎えた。

  「「イくっ!!」」

  その瞬間、ガイラスが俺のことをギュっと強く抱きしめる。体力も気力も使い果たした俺は、痛いと感じるほど強い抱擁に幸せを感じながら、ガイラスの腕の中で意識を手放したのだった。

  [newpage]

  うーん……

  俺はスマホとにらめっこしながら、どうしたもんかと考える。

  あのセックスの後、まったく動けなくなってしまった俺を介護するような状況になってしまったせいでそういう話をするタイミングが無かったんだけど、俺はガイラスと告白し合ったってことでいいんだよな?

  それにしても……俺はベッド脇の姿見鏡に映る自分の姿を見て、少し落ち込む。

  ガイラスは、俺と違ってめちゃくちゃデカく立派な大人になっていた。少しだけ足が不自由な俺の足になると言ってくれた。鈴山先輩に脅されて人生に絶望してた俺を救ってくれた。

  一方の俺はなんなんだろう。俺はガイラスに、なにをしてやれる?

  ……なにも思いつかない。ガイラスが俺を慕ってくれてるのは、ただ、昔ガイラスを助けたからってだけだ。

  あまりにも、釣り合っていない。今は助けられた時の気持ちが大きくても、一緒に過ごす時間が増えればそれだけその気持ちは薄れるだろう。好きだという気持ちも、恩人だから仕方なく付き合っているという形になってしまうんじゃないだろうか。

  それなら、セックス中に浮かれて言った言葉なんだから本気じゃないよと、誤魔化してしまったほうがいいんじゃないだろうか。

  悶々と考えていると、目の前に置かれたスマホから不規則な通知音が鳴る。絶対に分かるように、特別な音にしている唯一の相手からの連絡。それが意味するところは、つまり。

  『ドライブしようぜ』

  ・

  ・

  ・

  迎えに来てくれたガイラスの車に乗って、海沿いの道を走る。窓を開けて風を受けながら運転をするガイラスは、驚くほどにカッコいい。そんなガイラスに見惚れないように、俺も窓を開けて海を眺める。

  防波堤の近くの駐車場に停めた車から降りて、周囲をぐるりと見まわす。穴場なのか、俺たち以外の人の姿はほとんど見えない。

  「よっし、じゃあ行くか」

  「え、わっ!?」

  背後からガイラスの声が聞こえたと思った次の瞬間、俺の体が宙に浮く。ぐんぐんと視線が高くなっていき、俺は慌てて目の前にあるガイラスの頭にしがみついた。

  この歳になって、肩車なんて……!

  「おいガイラス!」

  「言っただろ、俺がケン君の足になるって」

  俺の怒声なんか気にも留めずにガイラスは歩き出す。海風を感じながら防波堤沿いの道を歩くその速度は俺が歩くよりもずっと速くて、文句を言おうにも言えなくなってしまう。肩車は恥ずかしいけど、楽であることは間違いないんだ。

  ただ……また、ガイラスに迷惑をかけている。ここまで車を運転してきたのもガイラスだし、俺は何一つガイラスに返せてない。

  「なぁガイラス」

  「なんだ?」

  「あのさ、俺、お前になにしてやれるかな?」

  「何の話だ?」

  「俺、ガイラスからもらってばっかりで、なにも返せてやれてないなって」

  「なんだ、そんなことかよ。これは俺が好きでやってんだ。見返りなんか要らねえよ」

  「でも、それじゃ俺が納得できないんだよ。なんか俺から返せるもの、ないか?」

  「そう言われてもな。俺はもう、ケン君に命を救われてるんだ。それだけじゃない、独りぼっちだった俺の世界を広げてくれたのだってケン君だ。俺にとってはそれだけで十分で、俺のすべてなんだよ」

  「俺だって車にひかれそうなところを助けてもらったし、この間のやつもガイラスに命を救われたようなもんだ。それ以上にもらうなら、やっぱり俺からも返したい」

  俺の言葉に、ガイラスは言葉を返さない。

  やっぱり、俺から返せるものなんてないのかな。そんな気持ちになっていると、ガイラスの足が止まる。そして俺のことを下ろすとスッと跪いて、急なその行動に動揺している俺の手を取った。

  「それなら、もし俺がまた死にそうになったら、命懸けで助けてくれよ。だからさ、その時のために、ずっと俺のことを見ててほしい」

  なんだそれ。思わず笑ってしまいそうになる。その仕草と言葉だと、まるでプロポーズみたいじゃないか。

  ここまでされて、それでも自分の価値を疑っていたら、ガイラスに失礼だ。何を返せるかは分からないけど、何がしたいかなら分かってる。だから、俺はこう答えてやるんだ。

  「あぁ、分かった。ずっとガイラスのそばに居て、命を懸けてでも守ってやる」

  [newpage]

  おまけ

  Side ガイラス~処置棒のその後~

  写真を見て、にへらと口元が緩む。

  翌日、どうしても外せない用事があって、移動時間とかも考えるとそれなりに早い時間にケン君の家を出る必要があった。だから仕方なく、意識を落としてしまったケン君の体を綺麗にして、添い寝して写真を撮って、用事があるから帰るとメッセージを残して帰ってしまったのだ。

  今考えると、用事を終えたあと、ちゃんと薬が抜けてるか確認しに来たとか言ってケン君の家に行っても良かったかもしれないと猛烈に後悔している。結局ケン君の手料理も食べ損ねたし。

  写真の中でぐっすりと眠っているケン君。こうして見てみると確かに、色が違う以外はほぼ昔のケン君だ。なんで初見で気付けなかったんだろうと思ってしまうほど。

  昔から、ケン君のことが好きだった。友達としての好きは勿論なんだが、それ以上に、ずっと一緒に居たいとか自分のモノにしたいとかいう気持ちが強かったと思う。あの頃は俺のほうが小さかったけど、父さんも母さんも大きいし、何より大柄になりやすい外国種だから、将来的にはケン君を追い抜いてケン君をお嫁さんにするんだ、と思ってた。

  ケン君に言ったらなんで俺が嫁なんだって怒られるに決まってたから言ったことは無かったけど。

  嫁に、してえなぁ……

  ケン君のことを忘れるために蓋をしていた気持ちが溢れてくる。それに加えて、成長した今では、昔の純粋な好きという気持ちに肉欲が混じる。

  画面をスワイプすると、次の写真が出てくる。そこに写っているのは、俺のチンコをずっぽりと咥えこんだケン君だ。ケン君は薬のせいでチンコに夢中だったから、撮られたことに気付いてないと思う。

  処置棒じゃなくて、俺を求めて欲しい。情熱的に名前を呼び合って、抱きしめ合いたい。ただ犯すだけじゃなくて、色んな事をしたい。

  「体だけじゃなくてチンコも化け物サイズになりやがって…」

  「ケン君は昔と同じで可愛いな。比べてみるか?」

  って兜合わせしてみたり、

  「おいガイラス、俺の服隠しただろ。返せよ」

  「返してもいいけど、その前にコレ着てくれよ」

  なんて言って俺のシャツを渡して彼シャツしてもらったり、

  「俺は雄なんだから、そんなとこ吸ってもなんも出ないぞっ……」

  「そんなこと言いつつ、しっかり感じてるじゃねえか」

  みたいな感じで乳首の開発してみたり、

  「……ガイラス兄ちゃん」

  「うおぉ、めっちゃはまり役……可愛すぎる」

  兄弟プレイなんかもいいかも。遠慮なく頭撫でられるし。いや、逆に甘さ控えめで

  「椅子なんだから動くな。当然だろ?」

  とか言われて椅子になるとか。ケン君軽いからいくらでも椅子出来そうだし少し尻を叩かれたりしてもそれはそれでおいしい。で、そのあとに

  「お、重……」

  「まだ全然体重かけてないぜ。ちゃんと椅子の役目を果たしてくれよな」

  って言って逆転するとか。いや、そもそもケン君は足が悪いんだからこんなことさせちゃダメか。足が悪いならいっそのこと

  「うぐ、深いっ……」

  「これなら、ケン君自身が歩く必要ないだろ?」

  って駅弁の体位でセックスしながら歩くとか。あーでもアレだ。ケン君を持ち上げてセックスするのは造作もないだろうけど、俺があの部屋で立とうとすると頭がギリギリだから下手に上下運動すると天井に頭をぶつけそうだ。

  あー……無理だ。考え出すときりがない。こういうときはやっぱりシンプルイズベストだ。

  俺は写真を見つつパンツを下ろすと、記憶の中からケン君の喘ぎ声を再生する。ただあの時、処置棒に徹していた俺は一言もしゃべってないし、ケン君も喘いでばかりだったから、セリフは全部捏造だ。

  「あっ、あっ、あんっ……ガイラス、ガイラスっ!」

  「気持ちいいか?」

  「あんっ、そこ、気持ちいっ」

  「俺も、ケン君の中めっちゃ気持ちいいぜ」

  「あ、だめ、もうイっちゃう!」

  「俺も、イくぞっ!」

  ……ふぅ。

  ドロドロの白濁液を包んだティッシュをゴミ箱に投げ入れる。寸止めとか射精コントロールもそれなりにできるという自負があるけど、ケン君をオカズにしてしまうと全然ダメだ。意識してイかないようにしないと、超早漏だと笑われてしまうレベルの早さでイってしまう。

  うー……辛ぇ。

  妄想じゃなくて本物とセックスしてぇ。でもあんなことがあった後だし、セックスがトラウマになってる可能性だってあるんだよな。

  いや、そんな可能性に怯えてこのまま悶々とした日々を過ごすのか?違うだろガイラス・グレイベアー!

  俺が上書きしてやるよって言って、ゆっくり時間をかけて、ケン君の嫌がることはせずに、セックスは気持ちいいものだって教えてあげればいい。

  そうと決めれば、即行動。俺はスマホの画面を切り替えるとメッセージ画面を開き、連絡先を交換したばかりの最愛の相手に「ケン君の家に行ってもいいか」と送信したのだった。