春になると思い出す。
小学校6年生になる春の日、僕は転校をした。
当時から僕は小柄な黒猫獣人だった。
「どこからきたの?」
「好きなゲームある?」
「えっと……。」
クラスの皆から色々話しかけられるけど、ちょっと緊張してどもってしまう。
転校の度に同じことは起こるけれど、やっぱりちょっと居心地が良くないなぁ。
そんな事を思っていたら、ふと声をかけられた。
「ピアノ弾けるの?」
声の主は、猪獣人の君。見た目も大柄で大きな牙も相まって、ちょっぴり威圧的な感じの印象だった。
「どうして僕がピアノ弾けるってわかったの?」
「先生が教えてくれたんだ。どうなんだ?」
「えっと、少しだけなら……。」
「そうか。」
それだけ聞くと、君はサッと立ち去り、友達グループの所へ行ってしまったようだ。
急になんだったのだろう?
授業が終わって、放課後。
担任の先生との今後の話があったから職員室で話し込んでいたら、教室に戻った時には誰もいなかった。急いで僕も帰ろうと準備をしていたら、いつの間に戻ってきたのだろうか教室の入り口に君が立っていた。
「おい。」
「な、何かな?」
「ちょっと付き合ってくれ。」
そう言うと、彼は教室を出る。
何をされるのだろうか?まさか、転校早々にいじめられる?
逃げるべきかとも思ったけど、急に逃げたらそれこそ状況が悪くなるかもしれない。
僕は君の後をついていった。
君が向かった先は3Fの音楽室だった。
部屋に置かれたグランドピアノが目に入る。
「何でもいいから1曲弾いてくれないか?」
「えっ!?今ここで!?」
「ピアノ弾けるって言ってただろ。」
君は僕は半ば強制的にピアノ椅子へ座らせる。
突然、弾いてみろと言われても困る話ではあるが、ここで弾かなければそれこそ次は何が起きるかわからない。僕は意を決して練習している曲を弾いてみた。
弾きながらふと目を向けると、君は目をつぶりながら何かを考えているような渋い顔をして僕の演奏を聴いていた。
「今のはなんて曲なんだ?」
「モーツァルトのピアノソナタ第16番だよ。」
「そうか。」
そう君は呟いて、しばし無言のまま僕をじっと見ていた。
無言に耐えられなくなった僕が口を開いた。
「あ、あのさぁ……。急にピアノ弾いてくれってどういうこと?」
「ピアノは習っていたのか?」
「え?う、うん。小学校入るぐらいから習い始めたかなぁ。転校してもピアノは続けて習っていたよ。こっちでもピアノ教室に通うつもりなんだ。」
「わかった。そしたら、ちょっとどいてくれ。」
これまた急に言われて、僕はピアノから離れる。
君は僕をどかせるとピアノ椅子に座り、その太い指で音を奏で始めた。
たどたどしくも、夕暮れの音楽室に優しい音楽が流れる。
「どうだった?」
君はしかめっ面をしながら僕に尋ねる。
「ブルグミュラーの素直な心だよね。僕もこの曲好きだよ。」
「変じゃないか?」
「何が?」
「俺みたいな奴がピアノ弾いていること。」
「なんで?」
「ほら、ピアノってなんていうかさ。俺みたいな奴に似合わないだろ。」
「そうかな?」
「俺みたいなでかい奴が弾いてたら何か気味悪がられないか?お前みたいに上手く弾けるならまだしも、まだまだ上手くできないしさ。」
「そんなことないと思うけど。そんな話がしたくて僕を呼んだの?」
「男でピアノ弾いている奴はうちのクラスにいないからさ。それに、女子に聞くのも違うじゃん。」
「そっかぁ。それなら、僕からも質問していい?」
「なんだよ。」
「ピアノ弾くの好き?楽しい?」
「何だよその質問。好きで楽しいから弾くんだろ。」
「うん、そうだよね。僕も同じだよ。だから、それでいいんじゃないかな。」
「どういうことだよ。」
「好きで楽しいから弾くでいいじゃん。他のみんながどうとか関係ないよ。」
「お前……結構バッサリ言うタイプなんだな。意外だわ。」
「なっ!?何さ、人を見た目で判断しちゃダメだよ!」
「ごめんごめん。」
「そうだ!せっかく習ってるなら、今度連弾やろうよ!」
「えっ、俺まだそんなに弾けないんだけど。」
「簡単な奴だから大丈夫だよ。というか、もう下校時刻だね。帰らなきゃ。」
「だな。遅くして悪かったな、帰ろうぜ。」
「うん!」
こうして、僕に転校先での初めての友達ができました。
小学校を卒業し別々の中学校に進学するまでの1年間、君と弾いたピアノ曲は大人になった今でも良い思い出になっている。