「カチコミじゃあ、オラぁ!」
「!?」
御座所でゆっくりしていたある日のこと。どたどたと走る音が聞こえたかと思うと、勢いよくふすまが開けられた。何事かと思った声聞士は作業の手を止めて後ろを振り返ると、怒り心頭の[[rb:下総 > しもうさ]]がいた。
「ど、ど、どうしたの下総」
「どうしたもこうしたもねぇ、先公!!」
角をぶんぶんと振って、まるで威嚇しているかのように振舞う。かなり興奮しているのは明らかだ。下総はどんどんと柱を叩いて叫んだ。
「オレの新しいぬいぐるみ、どこにやりやがった!?」
「は、はぁ!? し、知らないよ!」
「しらばっくれるのもいい加減にしろぉ、先公! あのぬいぐるみを見せたのは先公だけなんだよぉ!!」
あのぬいぐるみとは、前に下総とゲームセンターで取った、ドラゴンのぬいぐるみである。昔から人気のあるキャラクターで、まんまるとしたボディが、老若男女問わず、心を掴んでいるという。下総も見た瞬間、「先公先公、あれ取ってくれよ!」とせがんできた。声聞士もこのドラゴンが気に入って、2体取ってやると意気込んだものだった。…………結局は1つしか取れなかったが。
「先公だってあのぬいぐるみ欲しがってただろ! だからパクリやがったんだ!!」
「は、はぁ!?」
どうやら状況証拠的に、声聞士が盗ったと決めてかかっているようだ。普段なら、喧嘩っ早いものの、ここまでは怒鳴らないはずだ。声聞士は当然動揺したが、身の潔白を証明するために、声を張って叫ぶ。
「やってないよ!!」
「んだとゴラぁ!?」
「いくら欲しくてもそんな手段とらないよ!!」
「じゃあ、誰なんだよ。オラぁ、さっさと吐け!!」
「そ、それは…………」
声聞士は言葉に詰まる。見当もつかないし、それに誰かを疑うなんて、声聞士にはできなかった。[[rb:地魂男児 > くにたまだんじ]]は皆いい子だし、盗みなんてするとは思えない。あやかしの誰かかとも一瞬思ったが、彼らもそんなことはしないだろう。
「ほーら、口ごもってやがるってことは、先公が犯人だろ!」
「そんな、むちゃくちゃな!」
「あー、マジでサシで[[rb:殺り合い > やりあい]]てぇけどよ、先公を殴ったらな、追放されるからこれでも我慢してるんだぜ? あー、ムカつくぜ、オラぁ!」
下総は思い切り床ドンした。地魂男児は人間の数倍力が強いため、手加減なしで人間を殴ると結構な怪我を負う。そのため、現世では人間に対し危害を加えることを禁止されている。もちろん声聞士に対してもそれは例外ではなく、規則を破った場合は追放という、重い罪が待っている。
「……チッ、なんとか言えや、ゴラぁ!」
「…………っ」
「このままなら絶交だぞ、ゴラぁ!」
「……それでも、僕はやってないから。もし疑っているのなら、この部屋中を探し回ってもいいよ」
「……他の部屋に隠してるかもしれねぇだろ! もういい、言い訳ばかりする先公のことなんて、大っ嫌いだからなぁ!?」
下総は声聞士をまじまじと見つめていた。声聞士はうつむいて、何も言わなかった。これ以上何を言っても頭に血が上っている下総は言い訳にしかとらないだろう。下総は何度か、「ほ、ほんとに絶交だぞ!」とか、「いいのか、先公!?」とか言っていたが、やがては「もう知らねーからな!!」と開いたふすまから走り去っていった。残された声聞士に、どっと疲れと後悔の念が押し寄せる。その場に座り込んで、動かなくなった。
「下総…………」
下総はぷんぷんしながら大部屋へと足を進めていた。一歩一歩踏みしめるごとに、床がきしむ音がする。徐々に後悔の念と、寂しさが募って来た。
「あ~~~、先公に言い過ぎたかもしんねぇ、どうしよう、嫌われちまったかなぁ、見捨てられちまうのかなぁ…………」
だが、後悔しても時すでに遅しであった。今更戻るなんてことは今の下総にはできなかった。とぼとぼとした足のまま大部屋に入る。周りにいる地魂男児が、落ち込んでいる下総に声を掛けようとしたが、下総は精一杯ガンを飛ばした。委縮した他の面子をよそに、下総は寝床へと向かった。ひと眠りして、気分でも落ち着けようと思った。すると、寝床の端の方に、[[rb:上総 > かずさ]]がいた。しかも裁縫道具と、例のぬいぐるみを持って。
「カズ兄、そりゃ…………」
「あら、下総。このぬいぐるみ、持っていたものが取れ掛かっていたので、縫っていたところなんですよ」
どうやら手に持っていたりんごがクレーンゲームで何度も落とされたからか、外れかけていたようで、下総の寝がえりやらなんやらで取れ具合がエスカレートしていたらしい。下総は、「お、おう、ありがとよ、カズ兄。…………」とお礼を言うものの、頭の中では先の喧嘩が離れないでいた。そして下総はぶわっと涙があふれ出てきた。
「どうしよう、オレ、先公にひでぇこと言っちまった、うう、ぐすっ、見捨てられちまう、うううっ」
「あらあら、どうしました、下総」
「ひぐっ、実はな…………」
下総は喧嘩のことを一から十まで話す。その間、上総は黙って下総の話を聞いていた。そして、何度も見捨てられちまうと呟く下総をぎゅっと抱きしめ、頭を優しくなでた。大きく柔らかい体が下総を包む。
「ごめんなさい。まさか私が原因で、主さんと下総が喧嘩するなんて…………」
「うう、ひぐっ、オレだってそんな、思ってねぇよぉ……。オレ、どうしよう…………」
「…………ねぇ、下総。こういう時はどうしたらいいか、知っていますか?」
「なんだよぉ、カズ兄ぃ…………、もったいぶらずに教えろよぉ…………」
下総は上総にすがりついた。上総は優しく受け入れて、包み込んだ。
「『ごめんなさい』です。きちんと頭を下げれば、主さんも許してくださるはずですよ」
「…………」
「ほら、いつまでもめそめそしない。下総は本当は強い子なのは、私が知っています。勇気を出せば、できますよ」
「カズ兄ぃ……。オレ、先公に謝ってくる。ちょっとハズいけどよ」
「いってらっしゃい」
下総は上総の体から離れると、ぬいぐるみを持って一人で歩き始めた。上総は手を振って、弟の勇進を見守っていた。
「…………先公」
開きっぱなしのふすまから下総は御座所に入る。声聞士は座ったまま、振り向いてきた。ぬいぐるみが目に入る。下総のすることがなんとなくわかっているようで、優しく微笑んだ。下総はぬいぐるみを後ろ手に隠して、「その、さ」と呟いた。
「どうしたの?」
「……ご……」
「……?」
「ごめんなさいぃぃぃ! 先公ぅぅぅ!」
下総は涙交じりに、謝罪した。彼らしくなく、深々と頭を下げている。声聞士は黙って謝罪の続きを聞くことにした。下総もそれを察して、声聞士を見つめた。
「あの後な、カズ兄が、オレのぬいぐるみを直している所を見たんだ。先公じゃなくて、カズ兄が持ってたんだ。なのにごめん、先公を疑っちまって!! …………オレを、見捨てないでくれぇ!!」
「…………いいんだよ、下総。見捨てないよ。約束したじゃないか」
「本当か、先公……?」
「うん。僕こそごめんね。はっきりと言えばこんなことにはならなかったかもしれない。これからは気を付けるよ」
「先公…………」
「ぬいぐるみ、見つかってよかったね」
「…………へん」
下総は涙を指で拭うと、強がったように笑った。声聞士も笑い返す。
「詫びと言っちゃあなんだがよ…………、今度の外出にオレも付き合ってやるよ」
「いいよ」
「やったぜ! …………喜んでなんかいねーぞ、コラぁ!」
素直な気持ちを隠せない下総が、いじらしくてかわいいと思った声聞士なのであった。