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「そこの人の子の魔術士。お前はこの森に住む中立流派の魔術士か?」
その呼び声で、大きな三角帽子を被ってローブを羽織っている魔法使いの少年は、薬草集めをしていた手を止めて振り返りました。
そこには宙に浮かんだ4人の美女がいました。それぞれ、青と緑と赤と黄色の長髪をなびかせて、それぞれの髪色と同じ色のとても華やかなドレスを着ています。その身なりから察するに、人間と魔物の争いが続く地上を偵察する為に天界から遣わされた下級女神でしょう。
「うん、そうだよ。お金を払ってもらえるなら、僕は人間も魔物も区別しないよ」
「その前に、頭が高いですよ。まずは私たちに跪きなさい」
黄色の女神の言葉を受けて、魔法使いの少年は渋々言われた通りにしました。
「この森の先に、魔物の前線基地があるのは本当か?」
赤の女神の質問に、地面に片膝を着いている彼は首を傾げました。
「戦線基地? 働いてるのは魔物だけど、あそこはただの牧場だよ?」
「魔物に味方するなんて、なんて卑しいのでしょう! 恥知らずのあなたには、いつか天罰が下りますわ!」
魔法使いの返答を聞いて、緑の女神が指差しながら言い放ちました。少年は眉間に皺を寄せます。
「味方はしてないよ。ただ、事実を言っただけだよ」
「黙りなさい。いっその事、私たちがここで下してあげましょうか?」
「鹿に変えるのはどうだろうか?」
「もっとみじめな生き物がお似合いです。トカゲでいいですよ」
「生物である必要はありませんわ! 1本の箒で十分ですわ!」
女神たちは魔法使いを見ながらケタケタと嘲笑います。彼が属する魔法使いの流派は、人間と魔物の争いに中立を貫いています。師匠から独立を許された少年にとって、この程度の下級女神など詠唱を省いた簡易魔法で瞬時に倒せますが、その誓いを守る為に握り拳を震わせて我慢します。
「みんな、落ち着いて。こんなちっぽけで小さな命、いずれ勝手に野垂れ死ぬはずよ!」
青の女神のその言葉に、他の女神たちは笑いながら頷きました。それから女神たちは、高笑いを上げながら飛び去っていきました。
「女神のお姉ちゃんたち! お姉ちゃんたちの実力じゃ、絶対あの牧場の下っ端にすら勝てないよ!」
森の上を飛んでいく女神たちに向かって魔法使いの少年は、心の中に僅かながら残っていた女神たちへの良心に従って忠告を叫びました。しかし、彼の声は笑い合う女神たちの耳に届いていないようでした。
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「魔法使いさん、ほらよ。今回のお代だ」
魔王軍から牧場の頭領を任されているオークはそう言って、魔法使いの少年に小さな布袋を差し出しました。それを受け取った彼は、重さに違和感を抱きました。袋を開けて確認すると、銅貨の中に1枚の金貨が混じっていました。少年が調合した魔法薬とは明らかに不釣り合いです。
「金貨が入ってる。入れ間違えたの?」
「いや、それはいつも世話になってる礼だ。魔法使いさんとは、これからもいい関係を続けていきたい」
「そう、ありがとう。これからも何かあったら声をかけて」
そう言いながら、魔法使いの少年は布袋をローブを羽織った懐に入れました。微笑むオークに対して、彼は同じもので返します。礼儀には礼儀で返すのが、良識を持つ者の行動です。
「ああ、そうさせてもらう。ほら! お前たちも魔法使いさんに礼をしろ!」
そう促すオークの足元には、先ほどから何度もお尻から勢いよくフンをしている、4羽の青と緑と赤と黄色の雌アヒルが横一列に並んでいます。4羽は一昨日から、少しお腹を壊しているらしいです。オークの使者である1体のゴブリンが魔法使いのアトリエに来たのは昨日の事です。
(ねえ、せっかくなら声を合わせて魔法使いさまにお礼を言おうよ!)
黄色のアヒルがグワグワと鳴いて、他のアヒルに相談を持ちかけました。少年は魔法使いなので、その鳴き声に込められた意味を理解できます。
(賛成! それから、前に魔法使いさまをバカにした事もちゃんと謝ろうよ!)
赤のアヒルがそれに賛同し、更なる提案を口にしました。
(そうだね! 魔法使いさまはそんな私たちにも今回もお薬作ってくれたいい人だし!)
緑のアヒルにとっても異論はないようです。
(じゃあ、みんな! 魔法使いさまへの真心を込めていくよ! せーの!)
青のアヒルの言葉で、アヒルたちは一斉に大きく息を吸い込みました。そして。
((((魔法使いさま! ただのアヒルの私たちにお薬を作ってくれてありがとう! それから、私たちは魔王軍の下っ端たち相手に手も足も出ずアヒルに変えられたのに、前に魔法使いさまをバカにしてごめんなさい! 魔法使いさまのお薬をちゃんと飲んで、私たちはこれからも、肥料用のフンたれ係の一員として、魔王軍の家畜のただのアヒルとして元気にフンをしま〜す!!))))
そう言いながら女神だった雌アヒルたちは、魔法使いに頭を下げながら、ひときわ大きな音を立ててフンをしました。
魔王軍では、自身に敵対する者を決して殺めたりせず、家畜に変えた上でその尊厳を最大限尊重した飼育をします。もちろん、獣になる事を拒む者は、もとの姿のままで魔王軍の為の肉体労働に従事させます。
この雌アヒルたちは、この牧場の魔物たちに取り囲まれて肥料係のアヒルかトンネル掘削労働の二者択一を迫られた時、お互いに身を寄せ合ってボロボロと大泣きしながら「私たちはアヒルとして喜んでいっぱいウンチします〜! だからトンネル掘り送りは絶対しないでください〜!」とお願いしたそうです。
なのでこの雌アヒルたちは他の家畜と同じように、過去の身分を一切を剥奪され、ただの家畜として大切に扱われています。魔物は家畜に変える者の記憶や知能を奪いませんが、家畜たちは家畜として過ごす事に心地よさを覚えて、次第に立ち振る舞いと思考の全てが家畜のそれになります。
「アヒルのお姉ちゃんたち、もうすっかり身も心もアヒルになったね」
((((そうだよ〜! ねえ、魔法使いさま〜♡ 今日も撫でて撫でて〜♡))))
クワクワと甘えた鳴き声を上げる雌アヒルたちは、少年の足に駆け寄って顔や体を擦りつけ始めました。魔法使いは雌アヒルたちが出したフンの悪臭を我慢しながら、ため息を一つついたあとにゆっくりとしゃがみました。
おしまい
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