タイガーヒーローの最期の仕事

  イナズマが帰ってきたのは作戦決行から一ヵ月後だった。帰ってきたとはいっても、全身麻酔をかけられて、深い眠りに落ちていたのだけれど。

  電撃遣いのタイガーヒーロー、イナズマ。戦闘スタイルは接近戦。だからヒーロースーツも筋肉を圧迫して可動効率を底上げし、体毛を押さえて空気抵抗をより抑制するタイプのものだった。耐電・耐刃・耐打撃の稲穂色のスーツに全身を包み、文字通り電光石火のように戦場を制圧するトップヒーローだ。

  最も相性がいいのはパワータイプのヴィランとの肉弾戦なわけだけれど、今回の作戦では最も苦手とする、搦め手のタイプだった。

  現存する最も大規模な特別指定ヴィラン団体、ファルス。

  主なシノギは、人身売買とセックスドラッグの流通——というか、性奴隷の流通である。男根とかいう名前を自称するあたり、品格が地の底だ。イナズマは、詳細を省略して一言でいえば、一ヵ月間ずっと性奴隷調教を受け続けていた。彼の仕事は拠点と性奴隷調教の情報を体内に埋め込まれタグから送信することだった。メンタル・フィジカル共にトップランクの彼だけがこなせる任務だった。

  その甲斐あってファルスは今回の作戦でアジトごと取り押さえ、首領も捕縛したので事実上の解散となる。

  で、戦闘系ヒーローのお仕事はおしまい。

  次は僕の仕事である。

  「イナズマの状態は?」

  と検査室で解析官に聞くと、資料の表示されたタブレットを渡される。そこには彼の施された調教の履歴が事細かに記載されていた。解析官が補足する。

  「セックスドラッグによる性力増強と微熱が見られます。それと……人身売買ルートに乗せるための処置は全て」

  「人体改造、拷問調教、洗脳催眠……全部盛りだ」

  解析官はうなずく。

  「命には別条ありませんが、それだけです。だいぶひどい状態です。電撃能力は残っていますが、デバイスで阻害中。本人はもう目覚めています」

  「カチコミかけて存命ってのはさすがだねえ」

  軽口を叩く僕に、解析官は無表情に視線を投げる。

  でも何も言わなかった。僕と一緒に仕事をしてきた解析官は、僕の無二の親友がイナズマであることを承知している。

  「チューナー、あとは、お任せします」

  「分かりました」

  頷いて、僕はイナズマの隔離病室に入った。

  ◇

  イナズマはタイガー種のヒーローだ。快活で好青年っぽい顔立ち、少し硬い黒縞の毛並みと、タイガー種と言えば多くの人が思いうかべるあのタイプだ。ヒューマン種の僕よりもずっと大柄で、俊敏な身体を持っている。毛並みと同じ色のヒーロースーツに身を包むと、山脈のような筋肉の隆起がよりはっきり見える。僕からすれば逞しくてかっこよくすら見える巨躯は、ヴィランからすると怖ろしく見えるのかもしれない。

  彼はベッドに横たわっている。橙色にほど近い黄色と、白の毛並みが見える。分厚い布団をかぶっているので、肩から下は見えないが、あのスーツを着たままのようだ。おそらく横着とかではなく、脱げなかったのだろう。

  僕が病室に入った瞬間、

  「ひっ」

  と彼はほとんど反射で僕を、というか部屋に訪れた存在を恐れた。後ずさりをするように、ヘッドボードまで背中を押し付ける。

  白衣に黒いスラックスと白いシャツのヒーロースーツを着た僕は、どう見てもヴィランじゃないのだけれど、それほどまでに傷が深いのだ。

  多くのヴィランをすくませてきたはずの鋭い瞳が、ぽっきりと折れてしまっていたのが見て取れた。眼光が暗く淀んでいた。それだけで、だいたいどういう扱いを受けてきたか、何となく分かってしまった。傷の有無は暴力の有無とイコールではない。薬剤・治療系の能力持ちがファルス構成員にいたから、暴力は振るい放題だったのだろう。

  「よう、イナズマ。半年ぶりじゃない?」

  「チュ、……チューナーか」

  イナズマの名前を呼ぶ。養成校からの同期なので気安い。ファルスの作戦はほぼ秘密裏に行われたので、ブリーフィングに僕に携わっていなかったから、これくらいの時間は空いている。最後に会ったのは、プライベートで一緒に飲んだときだった。

  僕に焦点が合うと、彼は力を抜いてあぐらをかく。布団がはだけて、上半身を覆う勇ましスーツが露わになる。先ほどまで拷問を受けていたにしてはやけにきれいだ。

  彼はきょろきょろと周囲を見回す。

  「……ここは?」

  「ヒーロー専門病院。僕はセラピストの仕事でここにいるんだ」

  「あ……そうか。そうだった。作戦は? そうだ、他に何人もいたはずだ」

  「全員無事だよ。他の人は別の病室で治療中。ファルスも壊滅。あとは片付けだけだね」

  「そうか、……よかった」

  イナズマはそう言って大きく息を吐いた。本当に心配だったのだろう。

  自分のことより周りのことなのだ、こいつは。一ヵ月、終わるかどうかも分からない拷問と調教の恐怖を終えて、それで出てくるのは他の人達のこと。そういう男なのだ。僕は彼ほど完成したヒーローを見たことがない。

  「お前が生きてるって聞いて本気で嬉しかったんだぜ」

  「はは、心配をかけたな」

  快活に笑うイナズマに、僕は右手を差し出す。今の僕たちは、いわば患者と医師のような関係であって、友達というだけではないのだけれど、これくらいの接触ならいいだろう。

  それがミスだった。

  イナズマが僕の手を握ると、太く骨ばった指から、静電気がばちっと流れた。反射的に手首が跳ねてしまう。

  「っ……、お、元気じゃん」

  彼の強い能力は、手首につけられた抑制デバイスでは完全に抑えられない。コントロールが外れて溢れたのだろう。しかしこれくらいの静電気など、獣人と仕事をするときには日常茶飯事だ。

  笑いかけようとすると、

  「あ……ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! すみませんっ! すみませんっ!」

  「い、イナズマ……?」

  友人は静電気に過剰に反応し、布団をはねのける。大きく謝罪を繰り返しながら、ベッドに四つん這いになって、肉厚な舌で僕の指をくわえた。その舌遣いは明らかにペニスに奉仕をする際の動きだった。唇の端からだらだらと唾液がこぼれて彼の顎を濡らした。恐怖で混濁した茶色の瞳からは大粒の涙が流れていた。

  おそらくファルスから行われたイナズマの調教は完成しているのだろう。暴力と調教と快楽によって、イナズマのメンタルはグズグズに破壊されている。

  数秒してイナズマははっとして、膝立ちのまま脱力した。僕は彼の唇から指を抜くと、白衣のポケットからハンカチを取り出して、彼のよだれまみれの口元を拭った。

  ぐるるる……と彼の喉が鳴った。それは彼ら特有の愛情表現だった。

  「こ、これは……」

  顔を赤らめてイナズマは何か言いかけるが、口を閉ざしてしまう。彼は電撃の漏れでどれだけの暴力を受け、性的な奉仕を強いられてきたのだろう。暴力と、かりそめの優しさのコントロールの果てに、イナズマは、ただ顎を拭われただけで愛情さえ返すようになってしまっている。

  僕は一応医療系のヒーローで、いくつも戦場を渡り歩いてきたけれど、ここまで強固に調教された相手は見たことがない。研修でも、実践でもだ。PTSDどころじゃない。あらゆる暴力と凌辱から、イナズマの精神はいまだ逃れ切っていない。だからむしろ、驚くべきは、さっきまでヒーローみたいな顔をできていたことそのものだろう。

  何を言えばいいか分からない。言うべき言葉が、僕の職務を飛び越えてしまっている。

  これほどまでに歪められた相手に、もうセラピストもヒーローもなかった。僕は衝動的に友人として彼を抱きしめてしまった。筋肉と骨のがっしりした肉体は以前のままなのに、イナズマの、ヒーローとしての柱のようなものが失われていて、頼りない柔らかさがあった。

  何か温かな、暴力や性欲の絡まない接触が必要なように思えた。静電気なんか笑ってすませばいいことなのだと伝えたかった。もうヴィランはここにはいないのだと伝えたかった。

  しかしそれもあまり意味をなさない。

  抱擁した僕の腕の中で、イナズマは小さく身体を震わせた。

  「ん、ふああ……」

  と彼の唇から小さく声が漏れた。性悦が滲んでいた。そして吐息はすぐに絶望に塗り替えられてしまう。

  「あ……」

  「イナズマ?」

  「み、見ないで……くれ……。うぅっ!」

  イナズマがまた身体を震わせた。それは快感に悶えているように見えた。

  彼の俯いた視線に引かれて目を落とす。かかっていた布団がはねのけられたせいで、イナズマの股間と思しきものが蛍光灯の冷たい光を受けていた。そこにはあるべきものがなかった。上半身とは異なって、黒色のスーツに覆われた下半身は、股間部分の布地が切り取られていたし、ファウルカップもなかったし、男根もなかった。なにもなかった。ただ肉色の割れ目が、ふっくらと膨らんでいた。ひくひくと蠢いて、とろりとした粘液を吐き出していた。イナズマの、濃い匂いがした。たぶん雌のフェロモンに似ていた。

  人体改造。男根の除去反転と、疑似女性器の形成。外科系の能力を用いれば、確かにこのような事は不可能ではない。

  「すまない……」

  恥辱と絶望から絞り出すようにイナズマが謝った。何に謝っているのかは、僕にはもう分からなかった。謝るべきは僕たちの方だったのかもしれない。僕は彼を何かから隠すように、深く覆いかぶさって抱きしめた。

  ヒューマン種の小さな体に抱きしめられながら、イナズマは、

  「オレはどうなるか決まっているのか?」

  と、力なく呟いた。

  「え?」

  「ど、……どこまで聞いている? オレが、その、何をされたか」

  ほとんど全部だ。

  性奴隷調教全部だ。

  「オ……オレ、たぶん、もう……ヒーローとしては……」

  「大丈夫だよ」

  「…………」

  「だから僕が来たんだ」

  僕は職務に戻る。

  施術を始める。[newpage]

  ヒーロー名、チューナー。

  調教師ならぬ調律師のヒーロー。

  戦うことのない裏方のヒーロー。

  僕の仕事場はこの病室だった。

  抱擁を解き、イナズマにはベッドに仰向けになってもらう。スーツは着たままだ。脱がそうとすれば、皮膚刺激がより鋭敏になる。というか、本人が脱ぎたがらない(おそらくヒーロー性奴隷として売り出すつもりで、スーツを脱ぎたがらないように調教されたのだろう)ので、薄いタオルケットだけをかけて、秘所を隠す。しかし常時濡れているイナズマの秘所のあたりのタオルは、すぐに湿り始めていた。

  僕はベッドの頭側に立つ。

  「何を……」

  「君を調律する」

  僕の能力はヒーロー名の通り「調律」。露悪的に言えば——洗脳である。精神操作系の上位能力。発動条件は肉体接触。

  肉体に触れた相手の精神状態に、僕は介入できる。あたかも粘土を捏ねるかのように、触れられた相手は僕の支配下に置くことができる。

  ファルスのセックスドラッグや調教は、おそらく僕の能力と同類のものだ。僕の「調律」なら一週間あれば精神的な奴隷を作ることができる。性奴隷ならば、肉体の回路も触るからもっとかかるだろうが、ファルスと同程度の時間がかかるだろう。しないし、したことはないが、できるという強い確信がある。砂の城を作り替えたり、新しく建てるよりは、踏みつぶすことはよほど簡単だ。

  ノーコストで奴隷も兵も作り放題なのだから、「調律」はヴィラン垂涎の能力だ。そしてそんな危険な能力者をヒーロー業界が放っておくはずもなかった。僕は洗脳の能力を「調律」と名乗って、政府直轄ヒーローセラピストとして暮らしている。シンプルなリラクゼーション、恐怖の緩和、PTSDの治療、罪悪感のマスキング。心に関することなら僕は何でもできた。

  今回ならば、まずトラウマと恐怖を応急処置的に緩和させ、性感と結びつきすぎた感覚を再構築する。長期的には精神科医、他のセラピストと連携して、トラウマへ対策を打ち、可能であれば性器の再構築も視野。ヒーロー活動がイナズマのメンタルの根幹にある場合は、なにか少しでも近い仕事へ繋げることが必要だ。

  ぱちん。

  脳裏に光が走る。

  そこまで一応考えたけれど、僕はこめかみに指を当てて、思考を打ち切った。

  イナズマには必要のない処置だった。

  「僕のメンタルセラピーは受けたことある?」

  「い、いや……」

  「そうだよね。政府直属のヒーロー専門セラピストの施術を受けられるなんて、なかなかないんだぜ」

  僕はイナズマの頬に手を乗せる。

  「あひっ」

  「まず性感の神経を分断する。大丈夫。痛いことなんかしないからな」

  優しく撫でただけで、虎の瞳が蕩け始める。

  「んん……っ」

  ハグされただけで絶頂するような感覚神経をまず「調律」する。イナズマの皮膚に触れた状態で、彼の精神に心理の指を潜り込ませる。ぱちん、と脳裏に光が閃いた。能力を使うとき、いつも、視界にぱちんとはじけるような光が現れるのだ。

  その光に照らされて、複雑怪奇にあらゆる回路が絡み合った巨大なシステムが視界に現れる。それはイナズマの精神のイメージだった。僕は回路をなぞるようにして、触覚と性感の連結を一つ一つ外してやる。

  「少し楽になっただろ?」

  「あ、ああ……。これは……?」

  「性感と触覚の連結を鈍らせたんだ。これを全体に行き渡らせて、性感を鈍らせる」

  短い口吻を撫で、額、耳と毛の流れに沿って手の平をゆっくりと動かす。虎の短く、やや硬めのきしっとした毛に、指を通していく。髭が心地良さそうにぴくぴくと動いた。性感の連結を鈍らせながら、僕は脳の意識レベルも少しずつ落としていく。麻酔ほどじゃない、眠りに落ちる寸前の、覚醒と眠りの間を目指す。

  心を「調律」し直すのは困難だ。

  でも壊すのは恐ろしく簡単なのだ。

  心の中で何度も唱える。

  「ん……本当だ。なんか、安心してきた」

  「そ」

  言いながら、鈍化を続ける。ある程度、意識が蕩けてきた辺りで、僕は本格的に施術に移った。

  指を首筋から、胸に滑らせる。よく鍛えられたイナズマの胸は夢のように柔らかい。伸縮性のあるヒーロースーツに包まれて、むちむちの感触だ。

  「あっ……!」

  「胸も開発されてるか」

  「あうっ! あひっ!」

  胸筋に持ち上げられて、谷間に薄い空洞ができている。谷間を埋めるように両胸を寄せて離すと、肉が揺さぶられながら脇へ流れていく。それが可愛くて、何度もそれを繰り返す。スーツを盛り上げて主張している乳首を、親指でくにくにと捏ねると、イナズマは甲高い嬌声を上げた。

  「あっ、あっ! ああっ! な、なんで……あぅっ!」

  わざと嗜虐的な台詞を吐く。

  「まるでメスじゃないか、イナズマ。ん? このおっぱいはファルスのやつらに何をされたんだい」

  「はぅっ! そ、それは……ああっ!」

  抵抗がまだある。僕は意識の鈍化を止めて、抵抗を取り除く必要があった。けれど、イナズマの心中を見る限り抵抗はほとんどなかった。男に触られることや、快楽を与えられることへの抵抗はなかった。友人、それも養成校を一緒に卒業した親友の僕に悦がらせられるのが嫌だ、という最後に残った砦だけ僕は貫く。

  片方の乳首を強くひねり上げる。

  「ぎゃううっ!」

  痛みと快楽で、イナズマの瞳に涙が散る。

  「何をされたんだい?」

  「あぁっ……犯され……犯されながらっ、乳首……をつねられて……っ!」

  「犯されたんだ。へえ。何人に?」

  「わっ……分かんないっ、数も……」

  「ふうん」

  イナズマの腕は、気を付けのように伸びていて、白いグローブをはめたままの手も、快楽に耐えるようにぎゅっとタオルを握っている。

  次に移る……が、その前に一応は答えてくれたので飴をあげることにする。

  乳首を指ではじく。

  「ひゃうっ!」

  スーツで覆われた肉付きのいい腹に、軽く爪を立てるように指を滑らせる。機能の多い特殊繊維はつるつるとして気持ちがいい。毛皮を通して皮膚に刺激が行くように、かりかりとかいぐる。

  「んんっ……ふああ……っ」

  乳首をくりくりといじられ、腹をかりかりと撫でられて、イナズマは甘い息を漏らす。

  緩やかな快感が流れているのが、僕には手に取るように分かる。まるで腹を撫でられる猫のようだ。

  「はあぁ……、チューナー……オレ、オレ……」

  「ん?」

  「も、もう……あああっ!」

  切なそうな表情をしたイナズマが身体を弓なりにそらして、嬌声を上げた。

  バスタオルが床に滑り落ちて、べちゃっと生温かい液が僕の頬に当たる。

  「ああっ! と、止まらな……っ」

  絶頂だった。

  イナズマの擬似女性器が激しく収縮する。潮が僕の頬や白衣にかかり、多くはリノリウムの床に落ちて広がった。

  「はあっ! ああっ! ご、ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」

  一番強い快楽を越えると、イナズマはたどたどしい滑舌で何度も謝りながら、僕の頬や白衣の潮を舐めた。そしてすぐにベッドを降り、床に四つん這いになって、愛液の水たまりを舌で舐め取ろうとする。

  「す、すぐきれいにします……!」

  「待った」

  僕の静止に、イナズマがはたと動きを止めた。

  そして愕然とした顔で、口吻に片手を当てた。唇の端だけが取り繕おうと笑おうとして、それ以外は決して動かない、ひどく奇妙な表情をしていた。人が壊れるとき、きっとこういう顔をするのかもしれない。

  「あ……」

  一体どれだけの改造と調教をほどこされればここまで行くのだろう。床にこぼれた自分の体液を舐める? しかも躊躇いなく? 意識だって鈍くさせていた。それでも、そんなもの飛び越えて肉体を動かすほど染み付いた奉仕の動作が、僕を戦慄させていた。

  ファルスのイリーガルな洗脳は、政府主導の洗脳術しか知らない僕より、きっと何枚も上手なのかもしれない。

  「チューナー、オレ……」

  地面にへたり込んで、イナズマが俯いている。潮の水たまりに波紋が立った。イナズマの涙だった。顔の毛を流れ、口吻をたどり、鼻先から落ちていく。

  ここで殴れば、あるいはもっと彼を追い詰めれば、ガラスの置物を落とすように他愛なく、イナズマのメンタルは破壊できる。施術前に自分の脳内にセットした嗜虐の回路がそう囁く。

  しかし僕はそれを躊躇した。

  「そんなことは気にしなくていい」

  「ああ……」

  イナズマはうなずく。しかし身体は脱力したままで、水面に薄く映る自分を覗き込んでいる。鏡にはいくつもの水紋が生まれた。こぼれ落ちる涙を、イナズマは拭うこともなくただ眺めている。

  「あれ? と、止まんねえ……」

  イナズマのメンタルは、倫理と虚勢だけで成立していた。でも女性器での絶頂や、染み付いた奉仕の動作を見られたことで瓦解してしまった。おそらくは、僕に見られたことで、と思うのは親友の欲目だろうか……。

  ポケットの端末が震える。

  『まだかかるか?』

  とメッセージが来ていた。

  『申し訳ありません。あと十分ほどで終わります』

  返信。

  ベッドの上でわだかまっていたタオルケットで、床の体液をふき取る。どうせすぐ洗浄するのだ。

  「立てるかな」

  「あ、……ああ」

  甘えたような声ですすり上げ、濁った意識のままイナズマがベッドに戻る。そのときに、うつ伏せで、と言い含めると彼は驚くほど従順に尻を上に向けて横になった。肉厚で引き締まった曲線が付き出されている。

  ヒーロースーツはほとんど無事だが、尻の割れ目に沿ってだけ生地が破けていた。何度も犯されたのだろう。尻尾を上の方に流して、背中に乗せているせいで、濃い肉色の肛門がぼってりと盛り上がっているのがよく見えた。排泄器官というより、むしろ性器に近かった。

  ずり、とイナズマが尻を上げる。

  「ど、……どうぞ」

  たぶん尻を向けさせられるのは犯される合図だったのだ。イナズマの声は上ずっていて、敗北の暗い期待が湛えられていた。彼の視界には僕ではなく、もしかしたらファルスの構成員が映っているのかもしれない。犯される、から犯してもらう、に転倒して、媚びた倍音が痛ましく響いた。

  僕はベッドに身体を乗せると、そっと彼の尻の割れ目に指を差し込んだ。

  「……ぁん……」

  艶っぽく、イナズマが息を漏らす。

  使い込まれた肉穴は非常に柔らかく、透明で無臭の腸液でしっとりと濡れている。

  くにぃ……と押し広げるように中指を入れると、ふわふわの肉輪に締め付けられながら、難なく飲み込まれてしまう。肉は柔らかく、熱く収縮している。

  ここにペニスを挿れたら、確かに気持ちいいのだろう。

  「んんっ……」

  イナズマは、まるで恋人に肛虐されているように、甘く跳ねるような声を上げる。彼の肛門は慣らしも必要ない、使われるために改造と拡張を施された性器だと化していた。指先を、優しく腹側に押し付けてやる。ふんわりとした前立腺を捉えると、イナズマは身体を縮こまらせる。

  「あ……っ! んっ! うぅ……!」

  「気持ちいいか?」

  「は、はいっ! 気持ちいいですっ! オスマンコ気持ちいいですぅっ! ひゃああっ!」

  僕は指を引き抜くと、ベルトを緩め、イナズマの目の前にペニスを露出させた。イナズマの痴態に、僕のペニスは沈鬱に勃起している。

  彼は四つん這いになると、躊躇いなく友人の男根に頭を下げた。その姿勢は、土下座に似ていた。

  「失礼しますっ」

  多分その挨拶も、調教の成果なのだろう。

  イナズマの柔らかな舌が僕のペニスをくるみ込み、くちゅくちゅとまとわりついた唾液を絡めてくる。

  棘が削られて、緩やかな凹凸だけが残る舌の愛撫はまるで桃源郷のような感触だった。温かい肉と唾液がまぶされる刺激だけで射精してしまいそうだ。

  「ん……んくっ、じゅぷ……」

  唾液の分泌量が増してくる。唇の隙間から唾液が漏れているが、熱情に浮かされているイナズマは気にしないのだろう。また懐のハンカチで唾液を拭ってやると、イナズマの喉がぐるぐると鳴った。

  この哀れな男はすぐに愛を囁くけだものになり果てていた。僕は絶望と興奮がないまぜになった、知らない気持ちになっていた。

  イナズマのうますぎるフェラチオは、すぐに僕を射精間際に連れて行ってしまう。頬を指でとんとんとやって射精が近いことを知らせ、腰を引いて彼の口吻からペニスを離す。

  僕はベッドに乗って、イナズマの背後に回る。

  「尻、下げられるかな」

  「はいっ」

  イナズマは四つん這いのまま尻を下げてくれる。くすんだ肉色の門に僕は勃起の先端を押し当てる。男の秘所はすでに腸液で濡れそぼっていたし、僕のペニスもイナズマの唾液を纏ってぬらぬらと光っている。ぬめりはもう十分なはずだ。

  腰を押し進めると、獣人の中でもずっと巨根の男に犯されていたのだろう、イナズマのアナルは僕のペニスを容易く呑み込む。僕の下腹部は、すぐにスーツに覆われた尻に当たった。

  「ふあああぁ……っ!」

  挿入された瞬間、虎の尾がぴっと高く立って、ざわざわざわっとイナズマの背中の黒縞の毛が波打った。まるで女の嬌声のような高く細い喘ぎ声が隔離病室に響いた。

  「あっ……やあ……っ! ごめんなさい、チューナー、オレ、オレまた……」

  「ん、イっていいよ」

  僕を認識していたのか、名前と一緒に絶頂を乞われる。許可した途端に、ピストンさえしていないにもかかわらず、イナズマは絶頂した。精巣と連結しているようで、イナズマのスリットから精液がびゅるるるっと激しく漏れた。

  「あぅ……っ! んんんんっ!」

  すさまじい締め付け。肛門と腸壁が精液を搾り取ろうと、貪欲に蠢く。

  ぱちん、と僕は彼の尻尾の付け根に手を置く。

  そこはタイガー種の弱点だ。

  「やうっ! はあぁんっ!」

  指を通して、僕は性感を引き出す。

  ファルスの洗脳によって形成された快楽の回路を、僕は強引に書き換える。

  イナズマを、他人にめちゃくちゃにされるだなんて我慢ならない。

  精神をキャンパスにして描かれた性奴隷の陰鬱な絵を塗りつぶす。守るべき名画を台無しにする陰惨な歓びがそこにあった。

  絶頂しているアナルにピストンする。締め付けを割り開くように、僕は強く突き入れる。亀頭で前立腺を貫く。ぱちゅんぱちゅんと腰が尻にぶつかる淫らな水音が鳴る度に、イナズマは甘く啼いた。

  「はぁんっ! あっ! あぁんっ!」

  「イナズマっ! だ、……出すぞっ」

  「あんっ! はいっ! あいぃっ!」

  「……っああっ!」

  「ふああぁぁっ! ありがとうございますっ! ありがとうございますぅっ!」

  射精するペニスを絞るように、イナズマのアナルが収縮する。僕のペニスは肉壁の蠢動によって最奥まで導かれ、そこでねっとりと愛撫を受けて精液を絞られてしまう。

  僕はイナズマに覆いかぶさるように脱力した。イナズマの屈強なはずの体躯は、僕の重さに負けてたわみ、くちゃくちゃに潰れてしまう。シーツが吸水しきれなかった体液が水たまりになっている。嗅覚の鈍いヒューマンの僕でも分かるほど、強烈な雌の匂いが部屋中に満ちていた。

  広がった白衣の下で、イナズマがうつぶせのまま歯を食いしばっている。液体がしみ込んでいく染みが見える。絶頂を迎えたせいで、淫情から醒めたようだ。

  「……すまない。オレはもう……ダメなんだ。この一ヵ月で、オレは……」

  「…………」

  「なあチューナー……頼みが……」

  「嫌だ」

  「チューナー……!」

  「言っただろ。僕が助けるって」

  挿入したまま、僕はイナズマの後頭部を掴んだ。

  もう材料はそろった。

  ぱちん、と閃光が脳裏に走る。

  「調整」の応用。前立腺の性感を、何倍にも増幅させてイナズマの脳にぶち込む。それを何度も何度も何度も繰り返すようにする。

  「あぐ……っ!? ああっ! ありがとうございますっ! ありがとうございますっ! え、なんで、全然……終わらな……ああああぁぁっ!! なに、なにを、チューナー……! なんで……! ああっ! ありがとうございますっ! あああっ! あ————っ!」

  絶頂の感覚で反射的にイナズマは礼を言う。しかし絶頂に導いている刺激がないことで、彼は混乱していた。バックで犯され、彼は射精を受け止めさせられ、絶頂を強いられている。脳内で繰り返される、僕からの強姦、終わらない凌辱。

  引き抜いたペニスを、近くのティッシュを数枚とってふき取る。

  「くそ……っ」

  自分のこめかみに触れて、ぱちん、と閃光を鳴らす。嗜虐の回路を閉じる。罪悪感をマスキングする。後悔を緩和する。感情を「調律」する。能力を自分に使わないと狂ってしまいそうだった。

  ◇

  やがて病室にその男がやってくる。

  大柄な竜人だ。エメラルドの鱗に黄金の瞳。礼服に身を固めた、政府直属、ヒーロー管理局のトップだ。

  僕の洗脳能力者としての教師。養成校での僕のカリキュラムは彼が組んでいた。

  彼はベッドでイキ狂っているイナズマを一瞥する。

  「あー……、うぁ……」

  イナズマは、四つん這いの崩れたような姿勢で、尻を高く上げて、ベッドに突っ伏していた。唇からは、長い舌がこぼれて、だらしなく唾液が流れている。晒された肛門からは僕の精液が流れ出していた。快楽の嵐によって正気はたぶんもう失われていた。

  「あ……申し訳ありません、お見苦しいものをお見せして」

  「いや、構わん。君だってたまにはストレス解消が必要だろう。ふふ、たまには能力を全力で使うのも気持ちがいいものさ」

  竜の男はイナズマのなれの果てからすぐに興味を失って、僕に視線を戻した。鋭い眼光が僕を射抜く。

  「確かにイナズマの処分は終わったな」

  「……では彼の管理は私に移るということで」

  「うむ。愛弟子の我儘だからな。これくらいは面倒を見てやろう。あいつへの保険金も、君の口座で構わんね」

  「はい。ありがとうございます」

  「しかし、君も健気だな。まさか社会がこんな囮を許すはずもない。イナズマも正義感が強すぎて邪魔になってきていたし、ファルスと一緒に殺す手筈だったが、命だけは助けるか。君のヒーロー精神もここまでくると頭が下がるよ」

  「いえ……これは、ヒーローの仕事ではありません」

  トップは、腐肉食獣の笑みを浮かべた。

  「いいや? 私は君が一番のヒーローだと思っているよ。見捨てられた命を助けたのだからな」[newpage]

  本来、作戦によってファルスに捕らわれたイナズマは回収後、秘密裏に処分される予定だった。そして拷問によって命を落としたとしてヴィラン鎮圧の法整備に利用される手筈になっていた。

  それに異を唱えたのは僕だった。表舞台から正義感あふれるトップヒーローを消すだけなら、殺さなくていい。僕の「調律」ならそれができた。性奴隷ではなく、人格を本気で破壊するための「調律」なら。

  彼が何もかも失えば、政治劇から退場する。そして僕は無二の友人の命だけ助けることができた。命以外は僕が全部壊した。

  「え? お前も政府推薦? 珍しいな」

  中学校を卒業して、ヒーロー養成学校に入学したとき、一年生の特進クラスにいたのは僕のほかにイナズマだけだった。そのクラスはヒーローとしての高い適性を持っていると政府から認められた子供だけが入学するクラスだった。

  「政府推薦でないとこんなヒューマンが入れるわけないじゃん」

  「はは! きっとそんなことないぜ!」

  僕もイナズマも、政府の政治劇の駒としてヒーローになったのだった。

  イナズマは能力も身体も、入学の時点で完成されていた。未来を嘱望される期待の新星。対して、僕はヒーローとしての道しかなかった。だってこんな「調律」なんて能力は、ヒーローでなければ、ヴィランにしかなれない。

  僕の「調律」の内容を聞いたイナズマは、

  「精神操作系のめっちゃ強い版だ! 後衛とか補佐でブイブイ言わすだろうな」

  と黒い耳を揺らして能天気なコメントをしたことがあった。

  「理解浅すぎ! 悪いことし放題なんだよ」

  触れればあらゆる人間は僕の奴隷になる。能力を研ぎ澄ますほど、僕の「調律」は悪としての色を増していった。メンタルや神経回路のセラピーではなく、人を壊すことに特化していたからだ。

  この能力がどれほど厭わしいことだったか、きっと誰にも分からない。

  でも、イナズマはきょとんとして、尻尾をゆらりとさせて答えた。

  「? 悪いことに使わないだろ、お前は。だからここにいるんだろ?」

  それが。

  それがどれほど嬉しかったかも、きっと誰にも分からないだろう。イナズマだって分かっていない。そうやって全部の信頼を投げてくれるお前が、僕にとってどれほど眩しい光だったか、お前自身知らないのだ。

  イナズマがヒーローにならないなら、僕もならない。僕はそう思って、二人でヒーローになった。

  「……でも、結局これかあ」

  僕のセーフハウス、地下。そこにまだイナズマはいる。生存しているだけで、生きているとは言えない。彼の倫理も記憶も正義感も、まとめて絶頂の波にさらわれてしまったのだから。僕が壊したのだから。

  「あ、ご主人様、お帰りなさい!」

  「うん、ただいま」

  「お仕事はいかがでしたか?」

  仕事から帰ってきて、地下室の玄関に行くと、全裸のイナズマが待っている。喋り方はやや幼くなって、表情も以前よりどこか子供に近い雰囲気がある。

  ハグをして、キスをすると彼は腕の中で少しだけ震えて、軽い絶頂を迎えた。射精や潮吹きに至らないものだ。そしてイナズマは照れたように顔を赤らめて笑う。

  イナズマは外からしか開けられない地下室に閉じ込められ、1Kほどの間取りで暮らしている。彼は皮膚感覚が敏感すぎるために、いつも全裸で過ごし、僕のことをご主人様と呼んで暮らす。一度やめてもらうように言ったが、

  「でも、学校で、生かしてくれている人は全員お前のご主人様だ、って教えていただきましたし……」

  とご主人様呼びを譲らなかった。学校というのはもちろんファルスの基地のことだ。何もかも忘れたくせに、ファルスで受けた調教と、僕のことだけは覚えている。友人にして主人という関係が、彼の頭の中でどのように整合性を取っているのか、僕にはもう分からない。彼のメンタルはもう誰にも解きほぐせないほど、ぐしゃぐしゃに混線してしまっていた。

  「あっ! あぁんっ! ご主人様のちんぽっ! ちんぽ気持ちいいですっ!」

  僕は身体を洗うと、寝室で彼のスリットを犯す。イナズマのスリットはひどく熱く、ねっとりと僕のペニスに絡みついてくる。

  彼のメンタルは滅茶苦茶によじれて、常に欲情の回路が暴走していた。スリットの熱を慰めなければ、彼は際限なく膨らむ性欲に押しつぶされてしまうだろう。そして割れ目で絶頂を迎えたときだけ、イナズマは安らかに眠ることができる。僕に抱かれなければ、イナズマは眠ることさえおぼつかなかった。

  まるで贖罪のように、僕はイナズマを犯し、ヒーローの生活を送っている。

  もうこの地下室の外はイナズマの死んだ世界だ。彼の身体のない葬式だって行われた。

  ヴィランは制圧され、生活は滞りなく進んでいる。

  世界は善で満ち溢れ、清明に整っていた。

  この外には、君の敵しかいない。

  君が礎となった美しき世界に暮らす者全てが君のヴィランだ。

  というか、あの教室で出会ったときから君の周りは敵だらけだったのだろう。

  それなら、ここで何も分からないまま暮らした方が、ずっと幸せなはずだ。

  スリットに射精を受けて、激しい嬌声を上げて昏倒したイナズマを見下し、僕は自分のこめかみに銃を突きつけるように指を当てる。

  ぱちん。