Day01:おもらし

  獣人が居る世界、多分日本

  「今日はライブに来てくれて、どうもありがとー」

  アイドル衣装に身を包んだ男の犬型獣人、アオイはステージの上から大きく手を振った。年相応よりも一回り小さく、愛らしい表情を振りまく。

  「感謝。皆も盛況であるか!」

  隣に立つ同じくアイドル衣装に身を包んだ犬型獣人、レンが会場にコールする。即座にレスポンスが上がり、小さいライブ会場ながら、その熱気がさらに高まる。

  レンもまたアオイと同じくらい背が低く、加えて童顔な二人が並んで立つとまるで高校生か、中学生のお遊びのようだ。

  「名残惜しいけど、最後の曲行くよー」

  「盛況。同胞たちよ、更に盛り上がろうぞ」

  「PIPASで、『夏色ブーケ』」

  明るく爽やかな楽曲が流れ、アオイとレンの二人組の歌声が会場内に響き渡った。

  小柄で愛らしい二人組の男性アイドルPIPASは、見た目だけでなくハイクオリティなパフォーマンスに支えられている。インディーズの音楽雑誌にも特集された『見た目に騙されるアイドル』の名に恥じない歌唱で、会場内を大いに沸かせた。

  「いやあ、今日のライブも大成功だったね」

  ステージ裏を歩きながら、アオイは隣のレンに話しかける。

  「上々。と言っても、もっと大きな箱を目指しても良かろうに」

  「そーいうのはマネージャーとか、オーナーに言ってよ」

  アオイは唇を尖らせながら、ペットボトルに口をつける。歌いつかれてカラカラになった喉に、薄いスポーツドリンクがさわやかに流れすぎていく。

  「承知。だが、今回のチケットもかなりの倍率だったと聞く」

  レンはポリポリと頭を掻いた。

  あーあ、悪い癖が出てる。

  「マネージャーが、わざと小さい箱にしてるってこと?」

  「胡乱。考えすぎはよくないことくらい分かっているのだがね……」

  どうもレンはPIPASの実力なら、もっと大きなチャレンジができると思っているらしい。もちろん、アオイも同意見だが、オーナーには何か考えがあるとも聞かされている。

  こればっかりは、現場の意見だけでどうにも出来ない。

  「レンは真面目すぎるよ、キャラ付けも抜けてないし」

  「正鵠。すまないな、そういう性分なんだ」

  「ほらまた、クールキャラ引きずってんじゃん」

  「迂闊……あー、もう。半分癖になってるかも」

  「ほんとに真面目なんだから」

  とは言え、アイドル、カリスマとしてもてはやされていても所詮は勤め人、全体の筋書きは上司の指示に従うより他にない。

  「とりあえずさ、今日のライブがよかったってことだけで良いじゃん!」

  「同意……ま、まあ、地道に足元を踏み固めていくことも必要だな」

  「そうそう。とりあえず、お疲れさまー」

  「了承。また次の打ち合わせで」

  それぞれ手早く帰り支度を済ませて、2人はバラバラに帰路に着いた。

  グループを立ち上げた当初は、終わった後の打ち上げまでライブとセットだったものだが、今では淡々とステージをこなし、ライブ帰りも淡白なものになった。

  レンと仲が悪いわけではない。ただ、コアなファンに支えられた小さいながらも安定したアイドル稼業の現状に、2人ともマンネリしはじめていた。

  ガチャ……

  電車を乗り継ぎ、アオイは一人暮らしのアパートのドアを開いた。プライバシーが守られた鉄筋コンクリートのワンルーム。

  「ただいまー」

  誰もいない部屋の中に、アオイの声が虚しく響く。

  パソコン机を中心に小ぢんまりとした生活空間が広がり、流し台には昼飯にラーメンを作った鍋と食器が水に浸かったまま放置されている。

  「さて、寝る前にちょっとレベル上げしますかねー」

  いそいそとパソコンの前に座り、いつものPCゲームを立ち上げる。夕食は帰り道すがら、近所の中華屋で済ませてきたので、今日は寝るまで遊ぶつもりでいた。

  カチカチ……

  「もっと上のステージかぁ……」

  ゲームの中で着々と強くなっていく主人公を見つめて、アオイは自分を見つめなおす。

  自分がPIPASの足を引っ張っている罪悪感が、じっとりと胸を締め付ける。

  プルルッ

  悪寒が体を走ると、急に尿意に襲われた。

  「あ、や……い、今、ボス戦」

  ゲームに夢中になって、トイレを忘れていた。

  アオイの抱えている悪癖だ。

  「そ、そっこーで倒せば……」

  カチカチ……

  半ばパニックになりながら、ゲームを続ける。

  集中していたり他のことを考えてると、尿意に気づけないことが最近増えていた。

  ブルルッ……

  「あ、や、やば……」

  アオイは慌てて立ち上がって、コントローラーを投げ捨てた。

  慌てて股間を両手でふさぐ。

  ショロロロ……

  温かい液体が股の間から流れ出てくる。

  「あ……あっ……」

  両手をぎゅっと握りこんで股間を抑えるが、おしっこが止まる様子はない。

  ショロ……

  安物のゲーミングチェアに、薄黄色の水たまりが広がっていく。大丈夫だと高を括った数分前の自分を呪いたい。

  PC画面に大きく『GameOver』の文字が踊る。

  「うっ……うう……」

  じっとりと湿った暖かい感触がお尻から太ももに伝っていく。

  成人も過ぎていい年しておいて、自分が情けない。

  チョロ……ポタポタ……

  結局一歩も動くことなく、すべてのおしっこを椅子の上でお漏らししてしまった。

  グスッ……

  アオイは小さく鼻をすすりながら、ぴちゃぴちゃと濡れる椅子の上でへたり込む。

  レンには秘密にしているが、マネージャーとオーナーもこのことは知ってる。だからこそ、これのせいで自分たちのアイドルユニットに、大きな仕事が来ないのではないかと、小さな罪悪感を覚える。

  アオイはまだ、お漏らしが治っていなかった。