食卓に並んだこんがり焼けた肉がもしかして魔物の肉なのかな。僕は街から戻ってきて数日、そんな事をぼんやり考えながら空腹には勝てずその事実には目を逸らしていた。実際に魔物自体を見たことは無かったし、パーカスはいつも保管箱から肉の塊を出していたので生々しい解体を見た訳じゃない。
それにパーカスの言う魔鳥のお肉は柔らかくて僕のお気に入りだった。味付けはシンプルだけど、お肉自体に甘味が感じられた。僕は顔を上げてパーカスに言った。
「ぱーかちゅ?このおにく、おいちいね?」
僕はそう言って、パーカスに骨を取り除いて貰った肉をフォークで刺して口に放り込んだ。そんな僕をにこにこ見つめながら、パーカスは言った。
「テディは本当に魔鳥の肉が好きじゃな。そろそろ保管箱にも備蓄が無いから、狩りに出掛けようかの。いずれお前も自分で捕まえることになるのじゃから、一緒に行くかの?」
僕は呑気にモグモグしていた口元を止めて、ゴクンと呑み込んだ。魔鳥を狩りに行く?それってついに魔鳥の姿を知ることが出来ると言うことなんだろうか。
僕は好奇心半分、実際に魔物を見ることになるその緊張感に顔が強張った。
「…こあい?ぱーかちゅ、まろり、こあい?」
僕が不安気に見えたんだろう。パーカスは楽しそうに言った。
「魔鳥が怖いかって?いや、魔鳥は普通じゃな…。魔物と言うのは、見た目はそれほど重要じゃ無いのじゃ。そのものの持つ特性を知らないと酷い目にあう事さえ分かっていれば、怖い事などないのじゃぞ?」
そう言って微笑むので、僕は魔鳥はどんな特性があるのか聞きたかったけれど、パーカスが忙しそうに片付け始めてしまったので遠慮して聞く事が出来なかった。
僕はここでミスしたんだ。幼児らしく片付けの邪魔をしようが、その時に知りたい事を聞いておくべきだった。何故なら僕は今、白鳥の様な魔鳥の背中から伸びる、ヌルリとした触手の様な物に足首を掴まれていた。
魔鳥はズルズルと僕を地面に引き摺りながら、パーカスが狩りをしている方向とは反対側へと僕を連れて行こうとしていた。
「ぱーかちゅ!ぱーかちゅ!たちゅけてぇ~!」
僕の必死の叫び声も、パーカスから逃げ惑う魔鳥達の鳴き声に消されてしまう。僕はパーカスが気づいてくれる前にこの魔鳥の巣にでも連れて行かれる気がして、引き摺られながら必死で周囲を見回した。
指先に触れた硬いものをグッと握った僕は、脚に絡む触手目掛けてそれを振り下ろした。ゴムの様な弾力にゾッとしながら、僕は必死になって何度も触手を叩いた。
するとしゅるりと触手が僕の足首から外れた。僕は必死にどたばたと起き上がって、パーカスの作ってくれた魔物避けサークルへと走った。けれど直ぐ後ろからあの魔鳥の嫌な鳴き声が迫ってきた。
「テディ!伏せろ!」
そうパーカスの鋭い声がして、僕は咄嗟に地面に身体を投げ出した。僕の身体の上を風を切る様な音が通り過ぎて、後ろに迫っていた魔鳥が鳴き叫んで暴れるのを感じた。僕はぎゅっと瞑った目を開けた。
ふいに身体を抱え上げられて、焦った顔のパーカスが僕を心配そうに覗き込んでいた。
「大丈夫だったか!?テディ。しかしどうしてサークルの外に出たのじゃ!あの中に居るように言ったはずじゃろう!?」
僕は思わずパーカスから目を逸らして、足元で光る鞭に捕らわれて身動き出来ないでいる魔鳥を見下ろした。遠目には綺麗な白鳥の様に見えたけれど、こうしてみるとやっぱり魔物だ。ぱっくり割れた背中から触手が二本出て、鞭に囚われて#蠢__ウゴメ__#いてる。
僕は見覚えのある普通な生き物だと見くびったんだ。最初からいかにもな恐ろし気な姿をしていれば、きっと僕もサークルから出ようなどと思わなかったに違いない。
パーカスに連れられて来たのは池の近くの草地だった。パーカスはそこに細い鉄の棒の様なものを何本か直径2mほどの円形に地面に突き立てると、何か口の中でモゴモゴと呟いた。
すると明らかにそのサークルの中が柔らかな光に包まれた。パーカスは僕にこのサークルを指差して言った。
「良いかの?この中には魔物が近づけない魔法陣を敷いてある。テディがこの中に居る限り絶対に魔物に連れて行かれることはない。魔物からはこの中のものが見えないのでな、そもそも気づかれることもない。
今から私は魔鳥を狩りに行くから、この中から絶対に出てはダメじゃぞ?約束できるかの?」
僕は家の中で冷蔵庫代わりの保管箱など、魔法が使われているモノがあるのには気づいていたけれど、流石に魔法陣などと言われて目にすると、ワクワクが止まらなかった。
息を呑んで神妙に頷くといそいそとサークルの中に入った。僕のそんな様子を楽し気に見つめたパーカスが湖に近づき、何か寄せ餌を水場に投げ込んだ。するとどこからともなく白鳥の様な美しい大きな鳥が集まって来た。
すかさずパーカスが手に持った剣の様なもので次々に鳥を仕留めていく光景を、僕は呆然と口を開けて見ていた。ふと物音がしてそちらを見ると、サークルのすぐ側に魔鳥が一匹逃げて来ていた。
まじまじと見てもそれは僕には白鳥にしか見えなかった。僕は魔鳥は怖くない、普通だと言ったパーカスの言葉を思い出して、もっとよく見ようとサークルから少し身体を出して近寄った。
次の瞬間、白鳥の背中から触手が伸びて、僕がサークルに戻る前に足首に巻きついて捕らわれたんだ。パーカスが気づいてくれなければ、きっとこの幼児で無力な僕は命を落としていたに違いなかった。
僕はパーカスの胸にぎゅっと顔を押し付けて、今更ながら恐怖で震えながら声を震わせた。この幼児の身体は感情を抑えきれない。
「…ごめんなちゃい…!うぇえんっ!ちぬかとおもっちゃ!うえぇっ、グスっ。ぱーかちゅ、ごめんなちゃい!」
泣き始めたら止まらない僕を、もう大丈夫だとパーカスはいつまでも優しく撫でてくれた。うー、もう魔鳥なんて嫌いだ!