魔素を貯める

  僕は食卓に並ぶ食べ物をじっと見つめていた。獣人で魔法が使える者は、特異体質で魔素を貯める事が出来る者だとパーカスは話していた。僕が魔法を光として感じる事が以前より出来る様になったのは、魔素が貯まったせいなんじゃないのかと仮説を立てたんだ。

  この世界に居ないかもしれない人間は元々魔物とは無縁だ。それならば、この暴論も一応検証してみる必要があると思った。中々食べ始めようとしない僕を心配気に見つめるパーカスに、僕は尋ねた。

  「ぱーかちゅ、こえも、まそいっぱい?」

  僕は魔鳥の肉の側にある芋の様なものを指差してみた。するとパーカスは眉を上げて僕の言わんとする事を察知してくれた様だった。

  「何だ、テディは魔素が含まれる食事が知りたいのじゃな?そうじゃのう、肉類はほぼ魔物の物じゃから魔素は入っとるの。後は…、テディの好きなスイスイや、これなんぞも入っとるぞ。」

  そう言って指差したのは、僕の常用ドリンクのミルだった。僕はしばし固まってしまった。スイスイがまるで毒キノコの見かけのラッピングをした果物だとすれば、果たしてミルはどんな毒々しい物から発生した飲み物なんだろう。

  ほとんどミルクと遜色ないこのドリンクの本来の姿を知るべきなのか、知らずに居た方が幸せなのか、僕はミルを睨みつけて考え込んでいた。

  そんな僕にパーカスは親切にも提案してくれた。

  「何じゃ、ミルの事が知りたいのかの?ではダグラスの農園へ見学に行こうかのう。久しく街にも出掛けていないから、ついでに必要な物を買いに行こうかの。」

  僕はミルの正体は知りたくない気がしたけれど、やり手ダグラスの農園へは行ってみたかった。

  「うん。だぐらちゅの、のーえん、いきゅ!」

  行くとなれば、僕はなるべく魔素の入っている肉や、毒々しい色合いの果物を口に押し込んだ。見かけはアレだが、味は悪くない。最近よく登場する派手な紫色のナスの様な見かけの果物は、中が血の様に赤くてホラーっぽいけれどほんのり甘くてジューシーだ。

  僕は手を真っ赤にしながら、スプラッターな皿を眺めて顔を顰めた。この分だと僕の顔もまるで食肉鬼の様になっているだろう。パーカスは大人なので上手に食べていたけれど、それでも唇は真っ赤に染まっていた。‥ちょっと吸血鬼っぽいな。

  僕はうむを言わさずパーカスに抱き抱えられると、洗面所へと連れて行かれて、タンクに貯まった水を流しながら顔や手を洗われた。流れる水が血の様で怖い。

  「今がシーズンとは言え、この果実はどうも汚れ易くていけない。まさかテディに食べさせると、ここまで大変になるとは思わなかったのう。まるで魔王の子供じゃ。」

  流石にパーカスも僕の赤く濡れた顔を見て、思うところがあったみたいだ。鏡を見たかったけれど、パーカスの背の高さに合わせているので僕には見る事が出来ない。

  「ぱーかちゅ、みちぇてぇ!」

  僕が高い場所の鏡を指差すと、パーカスが笑いながら抱き上げて鏡に映してくれた。洗ったものの、唇の周りが真っ赤に染まっている。僕が面白くなってウクククと笑っていると、パーカスも楽し気に笑った。

  「テディと居ると、退屈せぬな。‥私には娘が一人おるが、結婚して既に300年じゃ。成人して直ぐに結婚したからもう400歳近いのかのう。あの子の小さな頃は騎士団の騎士として忙しく、あまりゆっくりしてやれなんだ。特に人型になってからの子供時代はたった30年しかないと言うのに、あの子も学校生活で忙しく、気づいた時にはすっかり大きな子供になっておったわい。

  竜生は長いと言うのに、ほんの80年の成人までの間をもっと側で見守るべきだったのかもしれんな。」

  そう、寂し気につぶやくパーカスに僕は黙って首に抱きついた。

  「…らいじょうぶ。ぱーかちゅ、かこいいくおいりゅう。じまんちゅる、ねー?」

  パーカスは僕を抱き抱えながら、ゆっくり談話室へと向かって歩き出した。

  「そうか、カッコいいか。そう言えば幼い娘にそんな事を言われた気がしたの。まぁ随分と大昔の事だが。こうしてテディと過ごしていると、忘れていた昔の思い出が時々蘇ってくるのじゃよ。テディ、ありがとう。」

  そう言ってパーカスは僕の頬にキスすると、そっと床に下ろした。僕は手が乾いているのを確認すると、パーカスを見上げて言った。

  「ぱーかちゅ、えほん、みちぇて?」

  パーカスに朝食の片付けをして出掛ける用意が出来るまで見ても良いと言われたので、僕はソファの上に絵本を広げて眺めた。実は僕はこの絵本を今では全部読める様になっていた。

  絵本と言っても、まるで立派な画集の様なこの本は、僕の大事な必読書になっていた。綺麗な挿絵は眺めるだけでこの世界の文化が分かって興味深かったし、絵本というには文字も多くて、知らない言葉も多かった。ちょっとした児童書なのではないだろうか。

  僕がゆっくり単語に分けて音読していると、パーカスは時々こちらを見てクスクス笑う。間違っていると大きな声で言い直してくれるので、まるで僕たちは呼びかけの練習をしているみたいだ。

  そろそろ出掛ける時間かと絵本を閉じようとした時、最後のページに竜のマークの様なものが印されているのが目に止まった。それは竜の紋章の様なもので、その竜自体は青かった。

  青い竜と言えば、お菓子の定期便の人だ。バルトという名前の騎士を思い出した僕は、あの人はどうしてあんな夜中にここにやって来たのだろうと、思いを巡らせた。

  パーカスに呼ばれて僕は絵本を閉じると、僕専用の棚に片付けた。少しずつ自分の物が増えていくのはいい気分だ。

  庭に出るとダダ鳥のバッシュが柵の側にいた。最近姿を見せないと思っていたのにどういうカラクリなんだろう。

  「ぱーかちゅ、ばっちゅ、いつきちゃの?」

  啄まれない様に用心深くバッシュと距離を取った僕は、手綱を付けるパーカスに尋ねた。あのギョロ目はどうしても信用できない。だって僕をじっと追いかけてくるんだ。

  「ああ、バッシュは私の竜人の力で呼び寄せているのじゃよ。バッシュのこの首には封魔印がされていて、山を抜けて来る時も魔物避けをされているから一頭で来れるのじゃ。」

  

  布から進化した皮製の抱っこ紐の様なものでパーカスに括り付けられた僕は、手綱を握るパーカスの手に鱗が浮き出ているのが見えた。

  「ぱーかちゅ、おてて。」

  僕が指差すと、パーカスは僕の目の前に手首をよく見える様に近づけた。

  「竜人の力を使うとこうして竜化するのじゃよ。要は竜の支配下の元、指示に従わせるという感じかのう。テディには難しいかの?フォホホ。」

  走り出したバッシュに揺さぶられながら、僕は竜人の力について考えていたけれど、襲ってくる睡魔にはやっぱり勝てなかった。