「いきなり農園へ行きたいなんて言われてもなぁ。俺もそんなに暇じゃねぇんだと言いたいとこだが、テディには俺からたっぷり礼をしたい所なんだ。良いぜ、今から行くか?何か見たいものや収穫したいものはあるのか?」
そうダグラスに言われて僕は首を傾げた。何かダグラスにお礼をされる様なことしたかな、僕。僕がじっとダグラスを見ていると、ガハハと笑って僕の頭を撫でた。
ダグラスは豪快な熊獣人だけど、案外年齢は若いのかもしれない。ていうか竜人が何百年も生きるならば、もしかして獣人もそこそこ長生きなんだろうか。
「ね、だぐらちゅ、なんちゃい?」
ダグラスは面白そうに眉を上げて僕に尋ね返した。
「おう、何歳に見えるんだ?」
僕はこの手の質問をしてくる相手は大抵そこそこの歳だと知っていたので、少し細目になりながらじっとダグラスを見つめた。態度はおっさんぽいけど、あのシャルがひと回り下って言ってたから30代、下手すると40歳以上かもしれない。でも、獣人の平均寿命も分かんないしな。
「んーちょね、んー、さんじゅうーごちゃい?」
するとパーカスがゴホゴホ咽せながら笑い始めた。ダグラスは呆れた顔で僕を眺めている。え。この反応はどういう事なんだろ。僕が二人の顔を窺っていると、ダグラスはニヤリと笑って僕に言った。
「おい、ちびっこ。流石に35歳はないだろう?そんな若造じゃ領主にはなれんて。俺は60歳だ。獣人は長生きする者では200歳まで行くからな。はは、35歳か、そりゃ良い!」
僕は獣人の寿命を聞いて顔を強張らせた。
はい、終わったー。僕は寿命の長い人達ばかりのこの世界で、あっという間に成長して、あっという間に年老いていく謎の生命体になる事が決定しました。…まじか。じゃあ僕はジェシーをあっという間に追い越して、おっさんと獣人の少年みたいな展開になるの?ああ、何かヤダ…!
僕が深刻な表情で顔を顰めていたせいか、ダグラスは僕を持ち上げて言った。
「可愛子ちゃんはまだまだずっと先の話だな?まぁ獣人も30歳で成人だからなぁ。そっからはそんな見かけもそう変わらんよ。」
僕はジト目でダグラスを見つめて呟いた。
「…しゃる、なんちゃい?」
すると見るからにデレついた顔で、ダグラスはうっとりと呟いた。
「うちの奥さんは、まぁ俺よりちょっと若いんだ。40歳だ。35歳で結婚したのはちょっと早かったが、誰にも盗られたくなかったからな。ガハハ。」
僕はあの20代後半に見えるあの美人の騎士が40歳だと聞いて、ますます顔を引き攣らせた。ジェシーが35歳の時に僕は33歳だけど、見かけはきっとジェシーが20歳やそこらに見えるんだろう。ああ、ほんと嫌になる…!
鬱々とした気持ちになった僕が、ダグラスの腕の中からパーカスに手を伸ばして抱っこを強請ると、ダグラスはニヤニヤしながら言った。
「なんだ、やっぱり隠者様が良いのか?まったく可愛子ちゃんは甘ったれだな?」
僕はハッとしてパーカスを見上げた。パーカスは嬉しそうに微笑んで僕を見下ろした。ああ、気が滅入ったからって、無意識にパーカスに甘えるなんて、僕はこの幼児の身体に心まで引っ張られてるよ。ま、いいか。熊野郎よりパーカスの方が目線が高いからな。
僕が気を取り直しているうちに、何だか話が決まった様で僕たちはまたバッシュに乗って走り出していた。重そうなダグラスに乗られたダダ鳥が全然響いてないので、さすが怪鳥ダダ様だ。ウクク。
あっという間にだだっ広い農園の様な場所に到着した。大きな平屋の建物で数人の獣人が働いている。ダダ鳥からダグラスが降りると一人の獣人がにこやかにやって来た。
僕が見るに牛の獣人の様な気がする。て言っても、優しいモーモーさんというより、強そうなブルさんだ。僕が立派なツノを見つめていると、ブルさんが僕と目を合わせて嬉しげに満面の笑みを浮かべた。
「あー!噂の可愛子ちゃんですね!?ダグラス様、連れてきてくれたんですね?いやー、噂では聞いてたけど、ほんと可愛いし、ちっこいですね!」
いかつい見かけの割に、ブルさんは若いみたいだ。土の上に降ろされた僕は、思わずブルさんに尋ねた。
「‥なんちゃい?」
すると目を丸くしたブルさんは自分の事を指差した。
「え?俺?俺は27歳だけど…。今見習いでここで働いてるんだ。あ、ダグラス様、今丁度ミルの収穫してるんです。ご覧になられますか?」
僕はミルと聞いて、ブルさんの年齢問題は何処かに行ってしまった。僕の常用ドリンク、ついにあのミルの正体が判る!僕はある意味興奮していたんだと思う。だからミルを目の前にして、僕は息を呑んでしまった。思ってたのと全然違ったから。
畑には50cmぐらいから2mぐらいの大きさの様々な、白っぽい何かが植っていた。植えてあるというのはおかしな感じだけど、柔らかな巨大な白いものが三列に並んでいくつも地面から生えていた。
…ミルって植物だったのか?僕は魔素が含まれているとパーカスが言っていたので、何となく魔物的ミルクだと思い込んでいた。実際牛乳を思わせるミルの味は、僕をその想像から離さなかった。
「可愛子ちゃん、搾りたてを飲みたいか?好きなんだろう?これ。」
そうダグラスが楽しげに言うので、僕は言葉なく、コクリと頷いた。するとダグラスは見習いのブルさんに合図した。ブルさんは手に持った巨大なボトルを一番大きなミルの前に置くと、柔らかな表面を引っ張った。するとスルスルと表面が細く伸びて管の様になった。
ブルさんがその管の先端をナイフで切って、ボトル口に差し込んだ。トプトプと僕がいつも飲んでいるミルがみるみるボトルをいっぱいにした。ブルさんが管の手を離すとその管はまたスルスルと元に戻って表面は元通りになった。
まるでミルクタンクの様なこの植物に呆気に取られていると、ブルさんが向こう側へ行って何やら話かけていた。…話しかけている?植物なんだよね?僕の顔は少し青ざめていたに違いない。
僕はパーカスの足元に近寄って、服を握りしめた。
「ぱーかちゅ?みる、いきちぇる?」
すると微笑んだパーカスが僕と手を繋ぎながら、畑の中の手前の小さなミルの側へ近寄った。恐る恐る覗き込むと、その白くて柔らかな、言うなれば巨大な大福の様なものに目が付いていた。でも、それは目を閉じて眠っている様だった。
「ミルがいっぱいになると起きるんじゃ。ほら、あれなんぞ起きてるぞ?」
呆然とした僕が、パーカスに釣られて指差す方向を見ると、1mほどの大きなミルがぱっちり目を開けてこっちを見ていた。
「本当にミルは可愛いの。ミルが成熟する前に中身を収穫してるんじゃ。あ、これ、どこ行くのじゃ、テディ!」
僕はパーカスの手を振り払って慌てて畑から逃げ出した。僕が騒いだせいか振り返ると、ミル達が一斉にそのひとつだけの目をぱっちり開けてこっちを見ていた。
僕は叫び声を上げながら土くれに足を取られながら必死で走った。ふいに身体を持ち上げられて、つんざく様な悲鳴を上げると、パーカスが呆れた様に僕を持ち上げて笑っていた。
「テディどうしたのじゃ?怖かったのか?ミルが?」
僕はパーカスにしがみついて泣きじゃくりながら、恐る恐る畑を覗き込んだ。ダグラス達が笑っているのを目の端に写しながら、ミル達が僕のことをじっとりと見つめているのが見えた。やっぱりミルは魔物だったよ…。