魔物討伐

  黒竜になって水上に飛び立ったパーカスに向かって僕が声を張り上げたその時、舟の方から悲鳴が聞こえた。パーカスに気を取られていた僕達がハッとそちらを見ると、舟が大きく揺れていた。風ひとつない穏やかな湖はなぜか大きく一部盛り上がって舟を浮かそうとしていた。

  けれど波に流されて、舟はその盛り上がりから勢いよく滑り落ちて行った。それと同時に膨れ上がった湖面から姿を現したのは、大きな筒状の異形の魔物だった。ナマコの巨大な姿とでも言おうか、少し濃い翡翠色のブヨブヨとした胴体と、先端に沢山の触手の様なものがポッカリと空いた口の様なものを取り囲んでいる。

  少しズレていたら舟ごと飲み込まれていただろう。

  湖畔からは悲鳴が波の様に湧き上がり、逃げ惑う獣人達の姿が目に映った。僕とロバートは強張った表情で、恐ろしい湖の魔物に襲いかかる黒竜を、固唾を飲んで見つめることしか出来なかった。

  黒竜の鋭い爪が魔物の胴体を切り裂いて、大きく跳ねた巨大なナマコの魔物はドブンと湖に沈んだ。その間に湖に出ていた舟達は必死で船着場を目指した。

  誰かがやった!と歓声をあげたけれど、僕は魔物がもう一度水面に浮上して来るのが予想できた。また光が浮かび上がって来たからだ。

  【テディ、奴は来るか?】

  頭の中に響く黒竜になったパーカスの問いかけに、僕は間髪入れずに答えた。

  【くゆ!ふねぇのちた!】

  狙われた船遊びの舟が必死に船着場を目指していたけれど、いかんせん進みが遅かった。

  ぼんやりした光がますますハッキリと光りながら、舟を追いかけて来た。そして魔物が顔を出したその時、バルコニーから見ていた僕たちは誰もがもうダメだと息を呑んだ。

  その時、パーカスの黒竜が真っ逆さまに魔物目掛けて襲い掛かって行った。もう一度切り裂いたものの、その魔物もパーカスの身体に触手を伸ばした。パーカスより大きなその魔物は、ゾッとする様な軋む音を響かせてパーカスに絡みついた。

  「ぱーかちゅ!にえて!」

  僕は必死で叫んだけれど、声など届くわけもなかった。パーカスと言えども、あの水性魔物に湖に引き込まれたら終わりだ。するとバリバリと激しい光が炸裂して、魔物がパーカスから離れた。魔法?パーカスが魔法を使った?

  辺りに立ち込める焦臭い匂いと一緒に、そのナマコ型魔物は波飛沫を撒き散らしながら湖面に横たわった。ゆっくりと沈むその魔物の光が消えるのを眺めながら、僕はハッとして水上を旋回して飛ぶ黒竜のパーカスへ呼びかけた。

  【ぱーかちゅ!おなかのへちょ、まちぇきあゆ!】

  パーカスが狙いを定めてナマコ型魔物の腹に爪を突き立てると、翡翠色の大きな塊を掴んだのが見えた。魔石を取ったせいなのか魔物は光を失って、あっという間に水の中に沈んでいった。

  耳をつんざく様な歓声が辺りを包んで、僕もまた安堵と衝撃に涙が出そうだった。知らず虎獣人の尻尾を握り締めていたみたいで、僕はそのふわふわの感触に癒されて手の中でモミモミしていた。

  また尻尾に触ってしまったとロバートの顔を見上げると、ロバートは何とも言えない顔をして僕を見下ろしていた。

  「…テディ様、パーカス殿の所まで参りましょう。」

  そうロバートが言って、僕をサッと抱き上げてくれた。僕は名残惜しい気持ちで尻尾を離すと、ロバートの首に手を回して抱き抱えられ、店の階段を降りて行った。

  湖の湖畔に歩みを進めると人だかりが出来ていて、頭ひとつ大きなパーカスが疲れた様子で周囲を見回していた。僕と目を合わせたパーカスがホッとした様子で僕に声を掛けた。

  「助かったぞ、テディ!」

  パーカスを囲んでいた獣人達が一斉に僕の方を見た。その獣人達の目がまた丸くなるのを感じながら、ロバートに連れられてパーカスの側に近づいた。よく見るとパーカスの仙人服は少し焼けて、皮膚も何箇所か|爛《ただ》れている様だった。

  「ぱーかちゅ!けがちてる!いちゃい…!」

  僕はパーカスが無事で戻ってきてくれた事への安堵と怪我をしている事への心配が襲って来て、喉の奥が詰まってしまった。パーカスはロバートに抱きかかえられた泣きそうな僕の頭を撫でると、疲れた顔で呟いた。

  「テディのお陰で魔石も取り出せたぞ?これが回収出来なかったら、また恐ろしい魔物が生まれる所だったわい。よくやったのう、テディ。」

  そう言いながら、腕に抱えた30cmはありそうな翡翠色の美しい魔石を僕に見せてくれた。僕は潤んだ目を手のひらで擦りながら、その魔石を見つめた。綺麗で大きいけど、僕にはパーカスの怪我の方が気になった。

  「ぱーかちゅ、けが…。」

  そう言って、腕の爛れた場所を指差した。すると人を掻き分けて領主である竜人のブレートさんが、息を弾ませてやって来た。

  「パーカス殿っ!聞きましたぞ。この度は何と言って御礼をすればいいのか…。パーカス殿のお陰で、領民の誰も失う事なく被害を食い止められました。私だけでは魔物を倒せたかどうかも怪しい所です。ありがとうございました。…怪我の手当もせねばなりません。どうか我が屋敷へこのまま来てください。」

  見れば広場にダダ鳥の二頭立ての馬車が待機していた。初めて見る馬車に興味は覚えたものの、僕はパーカスの怪我の方が気になった。パーカスはブレートさんに魔石を渡すと、ロバートさんに地面に降ろしてもらった僕の手を繋ぎながら馬車に乗り込んだ。

  馬車の中で僕はパーカスから少し離れて座った。抱っこしてもらったら、きっと傷が痛むだろう。パーカスは大きく息を吐き出すと、ブレートさんの顔を見て言った。

  「今回の事は、テディが役に立ってくれたのだ。ここだけの話、テディは魔力を感知するのに長けていての。湖の水面下に魔力を感じて教えてくれたのじゃよ。

  お陰で私も舟の獣人達に被害が出る前に動けたのじゃ。犠牲が出なかったのはこの子のお陰じゃな。しかしあの様な魔物は聞いたこともなかったが、この地方では知られておったのかの?」

  すると対面に座っていたブレートさんは、膝に抱えた魔石を見つめながら考え考え呟いた。

  「この魔石は国宝サイズですな。これがあの湖に存在していたとなれば、いずれこの様な巨大な魔物が登場するのは時間の問題だったでしょう。領民の運の良さは、たまたまパーカス殿と養い子が、その時に遭遇した事でしょう。私から改めて御礼を申し上げます。

  …この魔石はいかがいたしましょうか。」

  二人は黙りこくって大きな魔石を見つめた。どうするのが良いのか迷っている二人に僕は尋ねた。

  「ぱーかちゅ、まちぇきおっきいちょ、まもろおっきい?まちぇき、ちっちゃいちょ、まもろちっちゃい?」

  僕の質問に二人は顔を見合わせて、微笑んだ。そしてブレートさんは頷いて言った。

  「国宝サイズと言えども、こんなに大きな魔石を残したら、手に負えない大きな魔物を発生させる可能性を残しますね。これは砕いて、適度な大きさで有効活用した方がリスクが低くなりそうです。パーカス殿はどうお考えですか?」

  パーカスは僕の頭を撫でながら言った。

  「この子の言う通りじゃ。未来に災いを残さぬ方が王にとっても良いであろうな。まったくテディは賢い子供じゃ。フォホホ。」

  うん、なんか褒められちゃった!砕くなら綺麗だから、ちっちゃい欠片くれるかなぁ。僕もちょっとは役に立ったっぽいし、ご褒美ちょうだいね?